魔法少女リリカルなのは 夢現の物語   作:とげむし

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ジュエルシード
第四話


暴れまわる異形の怪物。光を放つ少年。波打つ湖面から少年へと飛来する無数の怪物の破片が、少年を大きく空へと吹き飛ばした。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「なんか変な夢も見始めたな……」

 

自分はちょっと変わった境遇ではあるが極々普通の家庭で育った、小学校三年生である。名前は中田堅一。どこで生まれたかはとんと検討もつかぬ。暗い道場で泣いていた所を父達に発見された事だけは後日の話で知っている。

 

とまぁ猫っぽい自己紹介を介して、自分はとうとう小学校三年生になった訳である。なんだかあっという間の三年間である。

 

小学校三年生ともなると、周囲の子供達も中々に自尊心を持ち始め、具体的な成長が眼に見えてくる。自意識の変革がここ二年で起きている訳だ。子供っぽさは残るが暴れまわるような粗雑な部分はだんだん抜け落ち、行動に思考が伴い始め、意識して会話を行う事が安定して可能となり始める。

 

まぁ自分の周辺の人間は若干そこの部分の成長が早く、利発なお子様が多い。そしてこの度、そんな利発なお子様方と、同じクラスになった。

 

「あ、けんちゃん! おはよう」

 

「おはようなのはちゃん。そろそろバス来るよ」

 

「うん、行こう」

 

同級生その一、幼稚園からの幼馴染である高町なのはちゃんと家前で合流し、一緒にバス停まで向かう。最寄りのバス停は鳴海東通り。ここから聖祥大付属小学校行きのバスに乗って我らが学び舎まで一緒に行くのが毎朝の通過儀礼である。

 

「おはようございます」

 

「おはよーございます」

 

丁度来たバスへ乗り込み、先に乗っているであろう二人を探すと、バスの最奥から声がかかる。

 

「なのはちゃん、けん君」

 

「なのはー、こっちこっち」

 

「あっ、すずかちゃん、アリサちゃん。おはよー」

 

「おはよう二人共」

 

最奥に座っていたのは一年生からの付き合いである月村すずかと、アリサ・バニングス。同級生そのニとその三。小学校一年生からの付き合いである。

 

「おはようなのはちゃん、けん君」

 

「おはよう」

 

すずかちゃんと隣り合わせで座っていたアリサは、自然とすずかちゃんとの間を開け、一人分座れるスペースを確保する。そこにすっぽりなのはちゃんが座ると、すずかちゃんが今度はなのはちゃんとの間を詰め、すずかちゃんの隣に自分が座る。これが毎朝の定位置である。

 

女の子三人と一緒に行動しているので、まぁ自然と男か隅っこになる訳だ。だからと言って寂しいとかそういう風に考える事はない。適度に会話に混ざる程度で正直お腹いっぱいなのである。女の子はお話好きみたいだしね。

 

「けん君。この間教えてもらった『クレープを二度食えば』っていう本、面白かったよ。うん、あれば漫画だからいいんだなぁって思った」

 

「そっか、良かったよ。難しすぎず丁度良い感じの話が入った短篇集だったからね。再録版のほうでしょう?」

 

「うん。話が全部SFチックで、全体的に可愛かったよー」

 

すずかちゃんの言葉にうんうんと頷く。自分の紹介した本が他人に絶賛されると嬉しいもんだねぇ。収録されてる話のほとんどが女の子が読んだらいいんだろうなぁと思ったから紹介してみたが、大正解みたいだ。全体的に『リリカル』なテイストだもんね。

 

学校へと到着し、バスの乗客各々が自分のクラスへと入っていく。昨年まで自分だけは他のクラスへと行っていたが、今年は四人一緒に同じクラスだ。

 

こんな感じで、一日が始まる。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

学校が終わり、いつも一緒にいる女の子三人はこれから塾へ。塾へと通っていない自分は一人、市立図書館へと向かう。自分が塾へ通わない理由は簡単、通う必要性がないと思っているから。

 

自宅で予習復習は毎日ちゃんとしてるし、正直学力面ではほぼ問題がないと自尊している。学校一の優等生であるアリサ・バニングスをして「完璧凡人」と言わしめるものがある。なぜ完璧なのに凡人か、思考回路が小市民的すぎるんだと。それは別にいいんじゃないかなぁとか思う。小市民万歳ですよ!!

 

まぁあの三人で言うとアリサちゃんは優等生でありご両親は大企業の経営者である完璧なお嬢様。すずかちゃんも全世界へ輸出される工業機器の開発・製造会社を経営するご両親の元で育ったお嬢様、一番市民に近いなのはちゃんだって、TVでも偶に取り沙汰されるくらい話題の喫茶店『翠屋』マスター夫婦の娘さんである。一番小市民なのは親父が道場と接骨院やってる自分の家なのだから、そら小市民的にもなりますわ。

 

到着した図書館で自分の今見たい本を探す。目的は心理学の棚だ。

 

「っと、これだな」

 

物色して見つけたのは「夢占い」関連。正直今日ずっと、見た夢が気になって仕方がなかったのである。

 

というのも、ここ最近、自分の体調という調子が、ずっとおかしいのである。数日前から無性に胸がざわつき、どうにも落ち着きがない。そこへ来て今朝の夢である。あんなにくっきり鮮明に夢を見た事がない自分としては、これは何かあるのではと思っても仕方がない。

 

そうして、目的のブツを持って読書机へ移動しようとした時に、ふと視界の端にある意味見慣れた姿を見つける。

 

車椅子へと座り、それでも背伸びをしてなんとか目的の本を取ろうとする少女。やれやれと思いつつ、自分は彼女へと近づき目的のものであろう本を棚から引き抜いてやる。

 

「ほれ、これだろう」

 

「あぁ、ありがとうなぁ堅一君」

 

本を手渡すと自分に気づき、礼を述べつつにっこり微笑む少女。彼女の名前は八神はやて、自分が常連となっているこの図書館にちょくちょく来ている同じく常連さんである。

 

「全く、ヘルパーさんか司書さんにお願いすればいいだろっていつも言ってるのに」

 

「届くと思ったんやけどなぁ。それにヘルパーさんはあと二時間は戻ってきぃへんし、司書さんもどこいるかわからん」

 

「はいはい。はやてちゃん、これ持ってて」

 

「ん、あんがとなぁ」

 

はやてちゃんの言葉を若干呆れ顔で聞いた後、はやてちゃんに自分の持っていた本を渡し、そのまま車椅子のハンドルを持って読書机へと移動する。はやてちゃんを見かけると最近はこのパターンで一緒に読書をする事が多い。

 

本が好きになったきっかけはいつの頃からか、彼女の足が不髄となり、表にあまり出れなくなった為に本を読み始めたのがきっかけだと言う。足に関しては現在も治療の為に鳴海総合病院へと通院しているのだそうだが、状態の改善は見られないという。

 

家ではどうやっているのかは分からないが、正直彼女のプライベートに深く突っ込んで良いほど親密にはなっていないと認識している。彼女から家族の話題を聞いたことがないのも躊躇する理由の一つだ。きっと、複雑な状況下にあるのだろう……。

 

自分に出来ることと言えば、こうして移動の手伝いをしたり、見かけた時に一緒に本を読んだり話をしたりするぐらいである。

 

読書机に到着し、椅子を一つ端に寄せてはやてちゃんの足が机の下に入るよう車椅子を止める。その隣に、自分が椅子に座って本を読むのだ。

 

「はいこれ。堅一君、夢占いなんて興味あったん?」

 

「いや、目的は占い部分より夢を見るメカニズムというか、心理的な状態の部分なんだけどね」

 

「なるほどな、夢見が悪かったりしとるんか? 私の最近夢見が悪くてなぁ」

 

「へぇ、そうなんだ」

 

本を手渡されながら言ったはやてちゃんの言葉に興味がでる。もしかしたら自分と同じような夢を見たりしているかな?

 

「うん、夢の内容はようわからんのやけど、朝起きるとこう、胸がざわつくんよ」

 

「へぇ……。自分と同じかもしれないね、変な夢は今朝見たんだけど、胸がざわつくっていうのはここ最近あるんだ」

 

「そうなんか、何かあるんかなぁ」

 

不思議なもんやなぁと言うはやてちゃんと言葉を受けつつ考える。こう、二人で共通の何かが発生しているというのは言った通り不思議なものである。何が原因なのかよくわからないが、共通の何かが発生し、現在もそのざわつきが止まらない。

 

本当に謎な現象が起こっているなぁ。――なんて思っている時に、胸のざわめきが一気に加速した。

 

 

 

『助けて!』

 

 

 

はっきりと聞こえた声に、思わず椅子から音を立てて立ち上がる。周辺を見回すが、声の持ち主が近くにいるような事は無さそうである。何より、あれ程切迫した声を発する人間が、周辺には居ない。

 

「堅一君?」

 

「はやてちゃん、今声が聞こえなかったか?」

 

「声? いや、何も聞いてへんけど……。ん、なんか胸がざわざわしよるよ」

 

「そうか……」

 

「何か、あったんか……?」

 

不安そうな、心配そうな目で自分を見つめてくるはやてちゃんにどうしようか考える。

 

今自分に聞こえたのは、間違いなく子供の声である。しかし周辺にはそんな状況にありそうな声の持ち主は存在していないし、何より自分の感覚が“ここではない”事を理解している。ならばどうするか、正直自分の感覚に従い行動をしたいのだが、自分と同じような状態にあるはやてちゃんは車椅子、もし“何か”があった時に対応できないかもしれない。さて、どうしよう……。

 

と悩んでいると、隣のはやてちゃんから言われた。

 

「堅一君。私らの“何か”がわかるんやったら、一緒に連れていってな」

 

「……まぁ、そうだよね。わかった」

 

何とも自分の考えを察したようなはやてちゃんの言葉に覚悟を一つ決める。何、なにかが起こると確定した訳でもないんだ。そう怯える事もないだろう。それに自分だったら、“ある程度”の状況であればはやてちゃんを連れて回避する事ぐらい可能だ。その為ではないが、毎日の鍛錬を行っているのは伊達ではない。

 

一つ決めると後はたやすい。自分とはやてちゃんの取った本をすぐ近くにある回収ボックスへ入れ、はやてちゃんの車椅子のハンドルを握る。

 

「ちょっと早歩きになるけど、大丈夫?」

 

「安全運転でなー。あ、ヘルパーさんに電話しとかな」

 

「了解。じゃあいくよ」

 

「はーい」

 

携帯を弄りながら笑顔で頷くはやてちゃんを見てから、自分ははやてちゃんと一緒に、図書館を出るのであった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

ただただ自分の感覚に従い、はやてちゃんの車椅子を押しながら道を歩く。結構自分の家に近くなってきているが、もしや自分の家で何かあるのだろうか? などと日和った事を考えていると、ふと自分の感覚が途絶えた。あれっと思ったのははやてちゃんも一緒のようで、急に落ち着いた事に少々戸惑っている。

 

「ん、なんやおかしいな。急に静かになったわ」

 

「自分も。なんだろ、ここらへんなのかな?」

 

周辺を見渡すと、雑木林の生えた公園が脇にあるのがわかる。ここはボートなども漕ぎ出せる湖があるような結構大きな公園だったりする……、夢の内容を思い出すと、正解なのかもしれない。

 

「はやてちゃん、ビンゴかもしれない」

 

「そか、じゃあ行ってみようや」

 

はやてちゃんの言葉に、ゆっくりと公園へと向かい移動する。いやぁ、ここへ来るまで結構早歩きで来てたから、はやてちゃんも戦々恐々としてたんじゃないかなぁと思いゆっくり歩く事に切り替えたんだけどね。

 

次第に公園の入口が近づくにつれ、自分達とは逆に、公園から出ようとしている人影が見える。数は三つで、中央の人影は何かを抱えているみたいだ。自分たちと同じぐらいの背丈、恐らく小学生なのだろうと思っていたら……。

 

「あれ、なのはちゃん?」

 

「なんや、知り合い?」

 

「うん、幼馴染」

 

印象的なツインテールが目印な幼馴染、なのはちゃんがいた。その両脇にいるのは一緒に塾へ向かったアリサちゃんとすずかちゃん。三人とも、なのはちゃんの抱えた何かを気にしながら歩いてきているようだ。

 

随分慌てているようだが、三人は自分に気づくとこちらへ駆けてきた。

 

「あれ、けんちゃん!」

 

「や、三人とも、どうしたんだ?」

 

「なのはが公園でフェレット見つけたんだけど、なんだか怪我してるみたいなの……」

 

「ウチのネコが偶にお世話になってる動物病院が近くにあるから、そこへ連れて行くつもり」

 

なるほど、なのはちゃんを見ると小動物を抱えている。茶色い毛並みに掌より少々大きなサイズ。子供のイタチと見るとそうなのだろう。今はぐったりとして意識が無いようである。

 

「ほんまや、ぐったりしとるなぁ」

 

はやてちゃんも気付いたようで、なのはちゃんの持っているフェレットを見て呟く。うん、早めに連れて行ってあげたほうが良いだろう。

 

「けんちゃん、その子お友達?」

 

「うん。ま、道すがら自己紹介でもしてよ。今は病院に行かないとでしょ?」

 

自分ははやてちゃんの車椅子をUターンさせて、公園の入り口へ向かうよう操作する。あの動物の様子を見る限り深い怪我は無さそうなので大丈夫だろうが、三人が心配しているので早いに越した事はないだろう、と思う。

 

「ま、ええよ。旅は道連れやからなー」

 

「いつの間にか旅になってたんだ、これは」

 

はやてちゃんの言葉に苦笑しつつ、三人と一緒に、動物病院へと向かう事になった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

結果から言えば、そのフェレットは大きな怪我も無く、少々衰弱している程度の状態であると言われた。今日はとりあえず動物病院で宿泊して貰う事に。心配していた三人はホッとしていたが、自分も似たような見立てをしていたので予想通りである、といった感じだ。

 

今は五人仲良く帰宅の途についている。はやてちゃんはヘルパーさん、アリサちゃんとすずかちゃんは迎えの車待ちで商店街入り口で待機である。

 

ちなみに女の子四人は自分の言った通り道すがら自己紹介を済ませている。すずかちゃんに限っては、その読書好きの為ちょこちょこ図書館ではやてちゃんを見かけてはいたそうだが、今まで話しかけず仕舞いだったそうな。まぁすずかちゃん、引っ込み思案な所があるからね。

 

んで、はやてのほうも顔は見たことはあったそうで、「やっぱりそうかー」などとのほほんと会話している。名前は知らなくともお互い顔は分かっており、同じ読書仲間という事で打ち解けるのは本当に早かった。

 

「堅一君とはちょっと本取るの手伝ってもらってから話しとったんやけどな。月村さんはこう、物静かな感じでなー。読書中に声かけるんは気が引けてたんよ」

 

「わたしの事はすずかでいいよ、はやてちゃん。うん、わたしも、凄く真剣に本読んでるはやてちゃんには、ちょっと話しかけられなかったんだ」

 

「そっかー、じゃあお互い様やな。でもこうして会うたんやし、今度から遠慮せんと声かけてな、すずかちゃん。私も声かけるし」

 

こんな感じで終始和やかに、趣味の事やら好きな本やらを五人で会話を交わしていた。

 

五人でおしゃべりをしていれば時間が経つのもあっという間で、はやてちゃんはヘルパーさんが、アリサちゃんとすずかちゃんは車が到着して「また明日」と約束して解散。

 

自分はなのはちゃんと二人、高町家へなのはちゃんを送る為道を歩いている。

 

「でも良かったー、大きな怪我してなくて」

 

「うん、そうだね。でも公園になんでいたんだろあの子は」

 

帰る道すがらに二人で話していると当然先ほどのフェレットの話題になる訳で、自分としては何故そんな所にフェレットがいるのかが正直不思議だった。

 

その話をなのはちゃんに振ると、一瞬足が止まる。

 

「なのはちゃん?」

 

「けんちゃん、あのね……。声が、聞こえたんだ」

 

その言葉に、自分も足が止まる。なのはちゃんを見ると、どこか不安そうな、縋るような眼差しで、自分を見つめていた。

 

「塾に行く近道だから、公園に行ったら、夢で見たことある光景で。周囲を見渡してたら聞こえたの、『助けて』って……。それで、その声が聞こえた方に行ったら、あの子が居たの」

 

「なるほど……」

 

こんな事、普通は信じないだろう。だが自分も同じ事に遭遇しているので、今のなのはちゃんの言葉は十分に信じるに足るものである。夢の事、そして聞こえた声。どうも、自分と同じような状態なのかもしれない。

 

「その夢って、モヤモヤした怪物と、光る少年が湖で争ってるようなやつ?」

 

「けんちゃんも見たの!?」

 

「やっぱりそうか」

 

という事は、夢で見た湖はあの公園で間違いないだろう。そして助けを求める声に導かれた先には、怪我をしたフェレット。あの夢で助けを求める状況にあったのは、あの光る少年……。

 

「どうにも、厄介な事になった気がするなぁ……」

 

「そうなの?」

 

「あぁ、なのはちゃんは心配しなくていいよ」

 

「ぶー! なんでー! けんちゃんのイジワル!」

 

駆け寄ってきて拗ねた顔でポカポカと叩いてくるなのはちゃんに可愛いなぁとか思いつつ、先程の思考に思いを馳せる。

 

自分の意識としては正直あのフェレットどうなろうが知った事ではない。まぁ助けを求められて手を貸さない訳はないので助けるつもりではあるが。それよりも危惧すべきは、あの異形の怪物である。

 

あの夢で少年は、対抗出来ず吹き飛ばされていた。という事は、あの怪物は未だどこかに潜んでいる可能性が高い。あれがもし、人の多い場所に現れたとしたら……。

 

自分はこの状況を理解してしまった。ならば、明日、あの少年(フェレット)と話をしなければならないだろう。例えそれが、彼が望まない事であったとしても。

 

この街は、自分の住む街なのだから。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

思ったよりも早く、望まない事態は発生したようである。

 

夜分遅く、食後の鍛錬も終えそろそろ寝ようと思った時、突然激しいノイズのような耳鳴りと共に、声が聞こえてきた。

 

 

 

『聞こえますか? 僕の声が聞こえますか?』

 

 

 

「クソッ、いきなりかよ!」

 

激しい耳鳴りとその声に悪態をつきながら、布団を蹴り上げ洋服へ着替える。

 

『お願いです、力を貸してください! お願い……』

 

勝手な事言いやがってと思いつつ、急いで部屋を飛び出し玄関へと向かう。途中、父と遭遇するが簡単にやり過ごす。

 

「なんだ、こんな夜中に」

 

「ちょっと高町さんの所行ってくる! なのはちゃんが心配だ!」

 

「ん、わかった。連絡しとくか?」

 

「お願い! 家から出さないように言っといて!」

 

父にそれだけ言うと、自分は慌てて玄関を飛び出し、高町家へと猛ダッシュを開始した。

 

頼むから、早まらないでくれよ、なのはちゃん……。

 

 

 

結果から言うと、一歩遅かったようだ。

 

「すまん、電話の後すぐになのはの部屋へ行ったんだが既に飛び出した後だった。今恭也と美由希が探しに行っている」

 

「そうですか……」

 

心配そうに言う士郎さんに申し訳なさが沸いてくる。そしてなのはちゃんの行動力にやっぱりか、というある種の諦めを。しかしここでぐずぐずしていても仕方がない。自分も探しに行くしかない。あの声の主からして行く場所の検討はついている。

 

「自分も探しに行きます。正直に言ってしまうと場所の検討はついていますから」

 

「では俺も行こう。親としてきちんとなのはには言わないとな」

 

そう言う士郎さんの言葉に、数瞬迷ってからお願いしますと返す。これから向かう先には、もしかしたら昨日夢で見たような異形の怪物がいるかもしれない。アレと対峙するとかそういう状況に陥る可能性は十分あるが、その場合士郎さんが居ないよりは居たほうが絶対に良いと思う。

 

小太刀二刀御神流という流派と士郎さんの腕は、達人どころの話ではないのだ。そんじょそこいらの化物だろうと、太刀打ちはできまい。

 

早速行こうと思った自分に、士郎さんの後ろで帰りを待つ担当の桃子さんが聞いてくる。

 

「堅一君、なのはがどこへ行ったのか教えてくれないかしら?」

 

「……恐らく、槇原動物病院です」

 

それだけ言うと、目指す槇原動物病院へと駈け出した。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

槇原動物病院へ向けて走っている途中、先ほど声と共に聞こえたような大きなノイズが、再び自分の耳を襲った。

 

「ぐっ……、なんだこの音!」

 

思わず足を止めた自分に背後から声がかかる。

 

「どうした、大丈夫かい? 堅一君」

 

「えぇ、別に大丈夫で……」

 

声に返答としつつ振り返ると、声の主であるはずの士郎さんが、そこには居なかった。

 

一瞬状況が理解できなかったが、慌てて周囲を見渡すと、自分の周辺には人が誰も居なくなっている事に気がつく。今さっきまで自分は、人を掻い潜りながら槇原動物病院へと駆けていたというのに……。

 

「クソッ、何なんだよチクショウ!」

 

本当に理解不能だ、人が突然居なくなるなんて。自分は悪態をつきながら、再び槇原動物病院へと駈け出す。恐らく、この状況でもなのはちゃんは見つかるのだろう、というか自分しか見つけられない状態に陥ってしまったのだと思う。自分となのはちゃんは、同じ夢を見て同じ声を聞いた人間なのだから。

 

頼むから無事でいてくれよと思いながら走る事数分、向かう先から自分と同じように走ってくる影を見つけた。あの髪型は間違いない!

 

「なのはちゃん!!」

 

「けんちゃん!」

 

思った通りなのはちゃんだった。胸元には恐らく声の主であろうフェレットを抱え、慌てた様子で駆けている。急いでなのはちゃんへと近づき、彼女へと合流する。

 

「なのはちゃん、良かった」

 

「けんちゃん! 今ちょっと大変なの! モヤモヤのお化けがいて」

 

なのはちゃんの言葉に思わず舌打ちをする。もう既に遭遇してしまっていたか……。あれがどういう性質の化物かはわからないが、人を襲う類のものである可能性は高い。なにしろ、そこに居るフェレットは襲われていたのだから。

 

「おいフェレット、言葉は分かるだろう? 自分達はどうすればいい?」

 

「助けに、来てくれたんですね。僕に、少しだけ力を貸して欲しいんです!」

 

声をかけると、案の定フェレットは返事を返す。しかし分かっていてもフェレットが人間の言葉を話すのはびっくりするけどね。

 

「お礼は必ずしますから!」

 

「お礼とか、そんな事言ってる場合じゃないでしょ!」

 

続けざまにフェレットの言った言葉になのはちゃんが噛み付く。まぁ怒る気も分かる。助けに来てみりゃお礼はするから力を貸してって、お礼目的で来た訳じゃないんだよって。

 

だがフェレットはその言葉を遮り、なのはちゃんの胸元から飛び出して自分たちに告げる。

 

「今の僕の魔力じゃアレを止められない。でも、あなた達の魔力だったら」

 

「魔力?」

 

思わず自分となのはちゃん、二人でハモって聞き返す。魔力って、またなんてファンタジーな言葉が飛び出すのか。

 

だが状況はそんな悠長な事を考える余裕も与えてくれないようで、なのはちゃんの駆けてきた方向から、まるで獣のような咆哮が聞こえてきた。

 

そちらへ視線を向けると夢と同じ、いや明らかに大きくなっている怪物が、こちらへ視線を向けていた。

 

「グルゥオオオオォォォッッ!!」

 

「クソッ、悠長に話をしている暇は無さそうだな」

 

自分はなのはちゃんの後方、化物の前に立ち塞がる。

 

「けんちゃん! どうするの!?」

 

「なのはちゃんは、どうすればいいのかそのフェレットから聞いておいて。自分は、アレの目を引きつけておくから」

 

「ダメだよ、そんな危ないよ!」

 

「なのはちゃんじゃ一度捕まったらアレから逃げられないだろ? 自分だったら捕まる事もないだろうし、多分逃げられるから。頼んだよ!」

 

自分の言った言葉に根拠なんかありゃしない。それでも、誰かがアレの囮にでもならないと、話をする暇も作り出せそうにない。だったら、普通より動ける自分がその役割に立ったほうがマシだろう。

 

なのはちゃんの背後からの声を無視し、化物へと近づく。

 

夢の中で見た手段は自分の破片を周囲へ撒き散らし物理的に破壊する事と、対象へ直接跳びかかる2つだけ。他にも手段として何かある可能性はあるが、恐らく『目からビーム』とかそんな意表を突かれるような手段はないだろう。

 

物理的な手段だけならば、逃げられない訳はないと考える。

 

「さて、いっちょやりますか」

 

指から手首、肩、首と足の関節を徐々に鳴らしながら構えを取る。

 

正面切って打撃を打ち込んでも無駄だろうとは思うが、試すだけでも試してみるか。

 

 

 

「さぁ、来やがれバケモノ!」

 

 

 

獣の咆哮と共に、自分達のゴングが鳴り響いた。

 

 


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