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第二十七話
道場に入ってくる冷たい空気を感じ、これからより寒くなる事を想像して軽くため息を吐く。手にした雑巾が冷たさをより一層堅一に伝え、今が間違いなく冬である事を感じさせる。今はまだ12月、2月になればこれより更に寒くなるかと思うとうんざりする。
手にした雑巾を傍らに置いてあるバケツに叩きこみ持ち上げる。中の水はそれなりに汚れており、掃除の成果がこの中に溜まっているのを考えるとほんの少しだけ気持ちが良くなる。
ほぼ毎日使用している道場であり、稽古の後にはいつも門下生を含め師範である父共々掃除をしているというのに、汚れというものは気付かない所で溜まるものだと実感した。その成果がこのバケツの中身ならまぁ、冷たい思いをした甲斐もあるものだと納得する。
「おう、掃除終わったか」
振り返ると、自分に道場の大掃除をするよう指示を与えた師範であり父の中田正元が立っていた。ニヤニヤと何処か悪戯を思いついた悪ガキのような表情をしている所から推測すると、どうやら今回の道場大掃除は彼なりの堅一に対する罰ゲームのようなものであったらしい。
その事に今更気付いた堅一ははぁ、とやはりため息を吐くと今日の成果を語るようにバケツを持ち上げる。
「終わったよ。そっちこそ母屋の掃除ちゃんとしたんだろうね」
「したに決まってんだろ、母屋どころか診療所のほうもピッカピカにしてやったわ、みんなでな」
ニカッと笑みを浮かべた父の言葉になるほど、と納得する。確かにみんなで、というか中田家の面々で掃除をすればそれなりに早く終るだろうと思う。何せ力持ちが二人も居るのだ、普段気付かないような場所でも持ち上げて埃を落とす事ぐらい造作も無い。父の孫である翔子さんもその娘である綾子ちゃんも頑張ったんだろうな。
堅一の感想に父が「あたりめぇだ」と同意し、堅一の持ったバケツを指さした。
「お前が最後だからな。台所じゃ今晩飯とかの仕込みしてっから、外の水道でそれ洗えよ」
「げ、そういやそうか。うわぁ、この気温で水仕事か、きついなぁ」
「日が沈む前に終わらせちまえよな。余計冷えるぞ」
「だよね。早い所終わらせるよ」
バケツを持って慌てて外の水道へと走り、ジャバジャバと水の冷たさを感じながら汚れた雑巾とバケツを洗い流す。粉石けんを使って雑巾を綺麗にした後、バケツをタワシで軽く擦るように洗い、中の砂埃の混じった泥を綺麗に流す。うん、これで完璧だ。ついでに自分の手も備え付けの石鹸で綺麗にする。
それにしても手が冷たい。日本の四季という季節感は非常に好ましく感じるのだが、こういう時ばかりは疎ましいと思う。冬は寒いのが当たり前だが、こうも手が悴んでしまうとやはり冬より夏がいいなぁと感じてしまう。夏は夏で冬のほうが良いなどとまた嘯くのだろうが、それはそれ、である。
悴んだ手を擦りながら母屋の玄関へ駆け込むと、靴が普段の中田家よりも多く並んでいる事に気付く。自分の気付かない間に来ていたのかと考えながら靴を脱いで居間へと向かう。
近づくにつれ居間の騒がしさが耳に入ってくると、どうにも苦笑を覚えてしまう。今年の年末年始は本当に忙しいな。
「おっ、堅一君。終わったか」
「雅俊さん、やっと終わりましたよ。もう手が冷たくて」
居間に入ると正面の炬燵に座っていた翔子の旦那である雅俊が声をかけ、その声に釣られるように、滑りこむように炬燵の中へと侵入する。中は程よく温まっており、悴んだ手の感覚が次第に解れてくるのを実感する。
あーあったけーとほっと一息つきながら、居間に置いてあるテレビのほうを見る。テレビでは最新の格闘ゲームの対戦画面が表示されており、ボコスカとお互い殴りあっているのが見える。
テレビの前のソファーでは小さい影が2つえいえいと声を出しながらコントローラーを動かしており、その足元には恐らく姿の見えない青色の小型犬が居るだろう。
「おっ、堅一君戻ったんやな」
「うん、やっと掃除終わってね。いらっしゃいはやてちゃん」
声のした方を見ると父に抱えられた最後の夜天の主、八神はやての姿があった。はやては父に炬燵の中へ入れてもらうと、あーあったかーと言いながらぬくぬくと温まる。特に部屋が寒いという訳でもないが、炬燵の暖かさは独特のものである。その気持ちはとても良くわかる。
はやての反対側に父が座り、これで炬燵席は一旦締め切りである。来年辺りにはもう少し大きなものを買うか、いっそ掘りごたつにリフォームしてしまうか、なんていう話もある。実現するかは判らないが、掘りごたつもいいな、なんて考える。
「はやてちゃんは、一旦料理は終わり?」
「うん、私はとりあえず終わり。今翔子さんの手伝いをウチの三人がしとる所や。というても教わりながらやけどな」
はやてと一緒に来ているヴォルケンリッターの将シグナムとシャマル、リインフォースの三名で現在翔子のお手伝いという名の料理指導を受けている所らしい。三人がどれだけ料理が出来るのかは知らないが、翔子の頑張りに期待という所である。
「はやてー!」
話しているはやてに飛びつくように横からソファ席に座っていたヴィータが抱きつく。それを苦笑をもって受け止めるはやては完全に姉の表情だった。
「どしたんヴィータ、また負けたんか?」
「ヴィータちゃん、よわーい」
はやての言葉に合わせるようにとてとてと歩いてきた綾子が笑いながら言うと、ヴィータが半分涙目になりながら綾子を可愛らしく睨みつけた。
「う、うるせぇ! あんなコンボ、卑怯だろ!」
「えー! お母さんとかふつーに防ぐもん。ヴィータちゃんが弱いんだもーん」
きゃっきゃと嬉しそうに言いながら綾子が雅俊の膝の上に自然と座り、炬燵に入る。それにしても幼稚園児に格闘ゲームで負けて半泣きとは、大人げないにも程がある。
元々中田家で格闘ゲームをするのは日中程々に暇な翔子か幼稚園帰りの綾子しか居ない。翔子が暇で、綾子も友達との約束などが無い時には二人で何度も対戦をしているものだから、翔子はともかく綾子の上達ぶりは凄まじいものになっている。今や堅一とも対戦で拮抗するレベルだ。初見のヴィータが敵わないのは仕方がない。
だがそんな理屈は彼女達には関係ないのである。ヴィータは半泣きで悔しがり、綾子はとても嬉しそう。堅一としては綾子が嬉しそうならそれでいいかと自分を納得させた。見た目も中身も小学生でも実態は大分年のいったロリばばあであるヴィータより、姪っ子である綾子ちゃんが優先されるのだ。
「はいはーい、そろそろご飯できるよー。男子は配膳手伝えー」
台所からひょっこり顔を出した翔子と共に、背後からリインフォース達が夕食の乗った大皿を持ち歩いてくる。翔子の言葉にどっこいしょと呟きながら父が立ち、それに続いて雅俊も堅一も立ち上がると、台所へと入っていく。中には色とりどりのおかずが盛られており、今夜が盛大に祝われている事を感じさせる。
「さて、じゃあ早く持って行ってご飯にしよう」
雅俊の言葉に丁寧に盛られた皿を持ち上げて、慎重に居間へと運んでいく。居間では既に机とコタツの上に大皿が並べられており、大人数での本年度最後の食事が開始された。
◇◇◇◇◇
「新年明けまして、おめでとうございます」
「けんちゃん、おめでとうございます」
「あいよ、おめでとさん」
元旦の1月1日、中田家では例年通り堅一が起きる前に既におせち料理が食卓上に並べられ始め、翔子と父が準備をしている所に堅一が起きてきて元旦の挨拶となった。例年この日だけは雅俊は綾子が起きてくるまで寝室で待っており、翔子と父はおせち等の準備を行うのである。
ちなみに今は未だ明け方5時半という早朝。この家の人間は基本的に朝が早い。それも山田流の鍛錬が基本早朝から始まる事もある為、それに釣られるように翔子も早起きが癖になっているのである。何せここの人間は身体を鍛えている為良く食べる。朝食だというのにボリュームが無ければ一日を生きて行けないのだ。それなりのボリュームある朝食を作るには、このくらいの時間から準備しなければ行けないのである。
とは言え今日は元旦、いつも翔子に任せきりの料理だが、正月料理という事もありこの日ばかりは家長が腕を振るう暗黙の了解が成り立っていた。
堅一も率先して準備を手伝い、おせち料理が次々と食卓へ並べられていく。今年は人数が例年よりも多い事もあり、量もそれなりに多い。そして父の作るお雑煮も今年は大鍋である。
そこへ、廊下からバタバタと足音と共にリインフォースとシャマルが駆け込んでくる。
「す、すいません! 気が付かなくて」
「も、申し訳ない」
「あぁいいのいいの。ウチの人達が早いだけなんだから。それより、明けましておめでとうございます」
「お、おめでとうございます」
深々とお辞儀をする翔子に釣られ、シャマルとリインフォースも戸惑いながら礼を返す。すぐさま翔子の手伝いに入った二人と共に動いていた堅一が、気になった事を聞いていた。
「ベルカでは新年の祝祭とか無いのか?」
「うーん、無いわけではないんだけど。今はどうなのかは知らないけど、私達の知っているのは王家主導でやる感謝祭みたいなものだったから」
「あぁ、王家が料理や食材を振るまいその糧を感謝する祭りで、新年だからどう、というものではなかったな」
「日本みたいな感じでは無いね、やっぱり。日本では正月は神様への豊作祈願とか、先祖を祀ったりする意味合いが強いから。風習とか世界的に見ても独特だよね」
堅一の言葉にほー、と感心した声をあげるベルカの二人。次々出来上がるおせち料理を配膳しているとその内に日が昇り、他の八神家の面々や綾子達も居間へとやって来た。
翔子も粗方の作業が終わった所でテーブル席に座り、ヴォルケンの面々はテーブルの大きさの関係上、別に用意されている炬燵に着席である。この日ばかりは、ザフィーラも犬の姿では無く人型である。
全員が席に着いたのを確認すると、一番上座で家長である正元が号令をかける。
「それじゃあ全員揃った所で改めて、明けましておめでとう」
『おめでとうございます』
正元の声に呼応してみんなで頭を下げつつ元旦を祝う。この独特な風習にヴォルケンリッターは戸惑いを浮かべつつも、大事な儀式なのだと事前にシャマルとリインフォース、はやてに説明されており周囲に従うように頭を下げた。
「昨年は、なんつーか色々あった訳だが。今年はどうなんだ、堅一」
「今年は去年程慌ただしくは無いと、思う。ある程度問題は収まったからね」
「去年はご迷惑をおかけしました」
堅一の言葉に苦笑を浮かべながらはやてが頭を下げるが、気にしないと言うように父がプラプラと手を振る。
「ウチのが役に立ったならそれでいい。んで、はやては今年からリハビリ頑張らねぇとな。ウチでマッサージとリハビリ、ガンガンやってくぞ」
「はいっ! よろしくお願いします!」
「おう、やる気があるのは良いこった。んじゃそろそろメシ食うか。いただきます」
『いただきます』
こうして食事が始まり、各々食卓に並べられた豪華な食事に手をつける。今年は奮発してタイの尾頭付きを焼いたものだったりが並んでいる。そのどれもがそれなりに日持ちのするものであり、三が日の間には大体無くなる計算だ。
ヴォルケンリッターの面々は普段見ない料理に戸惑いを覚えつつ箸を伸ばして食べている。おせち料理はその殆どがゲン担ぎ、縁起物だ。普段
食べないのはしょうが無い。「バリうまっ!」とか声が聞こえてくるのでそれなりに気に入ってくれる事だろう。
みんなでワイワイと朝食を食べ、ある程度腹に溜まってまったりした所で、正元から子供組に声がかかる。
「おう、堅一、綾子。それとはやてにヴィータ、ほい」
「わっ、ありがとうございます」
「あ、ありがとうございます?」
正元が出したのは小さなぽち袋で、中にはお金が入っていた。所謂お年玉だ。そういった風習を知らないヴィータは受け取りつつ疑問符を頭にいくつも浮かべており、何の事か分かっていない。
「なーはやて。これなんだ?」
「それはなぁ、お年玉いうて、大人が子供に毎年お小遣いあげるんやで」
「マジでっ! そんな風習あんのか!?」
「あるんやでー。大事に使わんとあかんよー」
はやての説明にひゃっほいひゃっほい喜ぶヴィータに思わず堅一が苦笑を浮かべる。お年玉を渡されるという事は自分が子供だと見られている訳だがそれに気付いているのかどうか。見ればシャマル達も苦笑を浮かべており、シグナムは頭が痛そうに額に手を当てている。これは後でお説教である。ぽち袋の中身は大人三人分なのでそれなりの金額が入っていたりする。全額アイスに消えたりしないよう祈るばかりである。
お年玉を渡し終えた大人な既にお神酒を飲み始め、場はいつしかまったりした空気が流れていた。テレビでは毎年恒例の長時間時代劇が始まり、正元やシグナムなどが食い入るように見ている。子供達もまったりとそれを眺めていた。
時刻が昼過ぎとなり、各々好きなように過ごしていると、ピンポーンと呼び鈴が鳴らされる。これは例年同様みんなかな、と思いつつ堅一が玄関を開けると、予想通りなのはとすずか、アリサの三人娘にフェイトとアリシアの姉妹が来ていた。それと一緒に、なのはの姉の美由希にリリナ、アースラのエイミィとクロノ。そして、見覚えの無い少年が一人。
「えっと……誰?」
「ユーノだよ!! 覚えてるよねぇ!?」
「あー、すまん。フェレット姿じゃないから分からなかった」
見覚えの無い少年がガーっと怒鳴ったと思ったら吾輩はユーノであると言ったので申し訳なく謝った。堅一のこの対応に「まぁいいけどさ」と言っているユーノを置いて、なのは達が前に出た。
「けんちゃん、明けましておめでとうございます!」
「はい、おめでとうなのはちゃん。それで、初詣かな?」
「うん、はやてちゃんも一緒でしょ? どうかな?」
「そうだね、ちょっと準備してくるから待ってて」
一旦玄関を閉めて居間に戻ると、はやてがザフィーラに抱えられている所だった。
「なのはちゃん達やろ? 今準備するからちょう待ってな」
「うん。行くのははやてちゃんとザフィーラ?」
「アタシも行くぞ」
そう言うと、可愛らしい兎の肩掛けポシェットを下げたヴィータがやってくる。他のヴォルケンリッターはテレビや家事に夢中のようだ。
はやての準備も終わり玄関を出ると、なのは達が待ち構えていた。
「あ、はやてちゃん、ヴィータちゃん、ザフィーラさん。明けましておめでとうございます」
「明けましておめでとうございます」
ザフィーラに車椅子を押されながらはやてがみんなの輪に入り、一同で神社へと向かう。毎年初詣には八束神社と決まっており、今年も例に漏れず八束神社である。
堅一は例年よりも多い人数の中、後方をクロノ、ユーノと一緒に並んで歩いていく。女子率の高いこの集団で数少ない男子枠はこうして固まるしか無いのである。
「それにしても、日本の正月というのは独特だな。民族的なものがあるのだろうが、こうも大々的に祝うものなのか」
「まぁ他の世界、というか地球でも他の国から見たら結構独特だと思うよ、日本は。そういやリンディさんとかは?」
「リンディさんはプレシアさん達と一緒に自宅でゆっくりしてるよ。日本文化を楽しんでるさ」
ユーノの言葉になるほど、と納得する。何やらクロノの母親であるリンディは独特の日本文化好きらしく、アースラ船内の自室には和室すら用意しているという筋金入りだ。だが室内に鹿威しはどうだろうと思う。
八束神社に到着すると、境内は参拝者が列をなしていた。毎年恒例の行事ではあるが、流石元旦、人入りが最高潮である。
「そういやこの初詣っていうのは、神様にお願いをするんだよね」
「そうだな、基本お願いかな。勉強ができるようになりますように、とか事故に合いませんように、とかそういう類の。ほらあそこ、絵馬って言って絵だったり文字でお願い事を書いてあぁしてぶら下げるんだ。祈願という奴だな」
「へー、色んな形式があるんだね」
「その他にも破魔矢って言って魔除けの矢を買ってそれにお願い事を書いた絵馬をぶら下げて部屋に置いたりとかな」
他にもおみくじを引いたりお守りを買ったりなど、様々な形式がある事を説明し、二人から感心される。境内に並んでいた順番がとうとう堅一達の番になると、堅一は財布の中から十円玉を一枚取り出し賽銭箱へと投げ入れた。その姿を見様見真似でクロノとユーノもお賽銭を入れ、パンパンと手を叩いて何事かをお願いする。初詣の願い事は言葉に出さずに行うというのが一応の通例になっている。
順番が終わると列から離れ、なのは達の姿を探す。彼女達はすぐ脇で待っており、手には既に屋台で買ったのかたこ焼きやクレープが握られていた。
「や、お待たせ」
「ううん、大丈夫。それよりお守りとおみくじ見に行こう!!」
なのはの言葉にわーっと子供集団でお守り売り場へ足を運ぶ。最近は様々な種類のお守りが増え、中には防犯ブザーと一体型になっているというお守りも存在している。もちろん防犯ブザーはきちんと音がなるようになっており、本当の意味でのお守りだ。
家内安全、交通安全、商売繁盛と様々な四文字熟語の並ぶ小さな袋に、地球組はどれにしようか考え、ミッド・ベルカ組はどういう意味なのかを色々聞きながらお守りを物色する。
堅一は無病息災と書かれたお守りを、他のみんなも家内安全など当り障りのないお守りを買っていた。ただ一人、フェイトだけがどこかズレた感覚で夫婦円満を買っていたが。
「あんたね、夫婦円満って意味わかってんの?」
「えっと、母さんと仲良くって事じゃ、ないかな」
お前はプレシアさんの旦那か、とツッコミたい衝動を堪えつつ、フェイトには家内安全のお守りも合わせて買っておくようアドバイスするに留める。
続けてみんなでおみくじ売り場へと行き、一人百円払っておみくじを引く。おみくじの箱から棒を引き、そこに書かれた番号を受付のお姉さんに言うと番号に従いおみくじの紙が出てくるというシンプルなものだ。
結果としてはアリサとなのは、ザフィーラが大吉、はやてとフェイト、エイミィが中吉、ヴィータとすずか、ユーノとアリシアが吉、堅一とリリナ、美由希は小吉となった。なんだかこの組み合わせに嫌なものを感じるなと思っていると、横からクロノが声をかけた。
「なぁ、これはどういう意味なんだ?」
「あー、えーっと。良くないって事、かな」
クロノの差し出した紙には「凶」としっかり書かれている。しかも内容も内容で、待ち人来ず失せ物多し、病注意に事故注意だ。流石に内容的に笑う気にもなれず、若干凹んでいるクロノを励ましつつ、おみくじの紙を境内にある木に結ぶ。こうすると木の生命力で良くないものが追い払えるなどと言われていると説明すると、クロノは必死になっておみくじの紙を結びつけていた。
おみくじを引いた後は一通り境内の中を散策し、その後どうしようかと話していると、それじゃあウチに来る? というなのはの言葉にみんなでわーっとなのはの家にお邪魔する事になった。美由希とエイミィ、リリナはこの八束神社で巫女をやっている美由希の友人とこれからお茶をするという事で、別行動だ。美由希は兎も角エイミィ、リリナが地球で着実に同年代の友人網を形成し始めている事に堅一が軽く驚愕を覚えていた。
一路なのはの家に向かう途中、閑散とした商店街を眺めながら歩きつつ、クロノが嬉しそうに呟いた。
「しかし、こういう風習も悪くは無いな。気分的にのんびり出来てラクだ」
「他の世界の風習は知らないけど、そんなのんびりできるもんじゃないのか?」
堅一の言葉に、クロノとユーノが微妙な笑みを浮かべる。
「僕が知ってる風習は、結構ロクなものじゃなかったりするかな」
「あぁ。管理世界入りした世界の中でも、未だに生贄やら姥捨てやらの風習が残っている地域がある」
「マジか。魔法文明が発達した世界でそういう風習があるって」
「だからこそ、だ。土着民族の中で信仰されている宗教と風習が合体してな、神に魔力持ちを生贄に捧げる事で村が豊かになる、といったものは往々にしてあるんだよ」
「それを取り締まる管理局は大変だよね。地域を敵に回す事になるんだから」
ユーノの言葉に全くだ、と首を振り答えるクロノ。その姿に哀愁を感じるのは何故だろうか。
「それに比べたら日本の風習は随分ラクなものだ。お正月にお盆、彼岸にクリスマス。祝い事や祭り事だらけだからな」
「まぁ、一部地域じゃどういう風習が残ってるか分からないけどね。随分穏便なものだとは思うよ。生贄とかそういう考え方は元々無いからな。姥捨てはあったけど、既に過去に規制されてるから」
「穏便でいい事だよ」
うんうんと頷くユーノにクロノが同意する。何より平穏が一番なのは、管理局でも同じ考えなのだ。
話をしている間になのは家に到着し、それぞれなのはの父である士郎と母桃子に挨拶をして、家へと上がらせてもらう。今日は流石に翠屋もお休みであり、三が日はこうしてのんびり過ごす事になる。
リビングルームで女子がグループを作ってワイワイと話しをしている中、男子も自然と固まって、縁側の方を陣取った。
「実は士郎さん達にお久しぶりですってご挨拶した時、堅一と同じように誰って言われたんだよね」
「まぁそりゃそうだろうな。この家に居た時はフェレットだったんだし」
「一時期一緒に住んでたのに、と思ってちょっと寂しかった」
子供らしいユーノの発言に堅一がプッと吹き出す。なるほど、ユーノから見れば何も変わっていないのにという認識なのだろう。
その当の士郎さんは将棋盤を持ちだして、ザフィーラの正面に座る。ザフィーラも乗り気なようだ。その二人の傍らには、日本酒の一升瓶と湯呑みが2つ置いてある。どうやら飲みながら対局のようである。
「ザフィーラと士郎さんって、雰囲気似てるよね」
「あぁ、確かに。あぁして見ると良く分かるな」
「声も結構近い雰囲気あるしね」
そんな事を話していると、不意にクロノが縁側に寝っ転がる。
「あー、こうして過ごすのも悪く無い。うん、悪く無いな。仕事の事は今日は考えないようにしよう」
「うわ、親父臭いセリフ」
「うるさい、執務官というのは大変なんだ、察しろ」
そう言うと、クロノが意地の悪い笑みを浮かべる。
「どうせこの三が日というのが終わったら、堅一もユーノも大変なんだ。今のうちに君達も英気を養う事だな」
「うわ、言いやがったコイツ。考えないようにしてたのに」
「あはは、まぁクロノの言う事も間違ってないしね。僕もこの三が日はゆっくり過ごすよ」
「そうしておけ」
クロノの言葉に同意してユーノも横に寝転がったのを見て、堅一ものんびりする事にする。この先に待っている慌ただしさを受け入れる為に、今はとりあえず、この正月の空気を甘受しておこうと決意しながら。