これにて闇の書編は一旦終了という事で
魔法生物からの蒐集を繰り返す日々の中、事態は少しずつ悪化していく
そんな中でも最悪の状況
はやてちゃんが、倒れた
◇◇◇◇◇
「みんな、えろうすまんなぁ。イヴぐらい家で過ごしたい言うたんやけどな」
「ま、しょうがないわよ。私達の事はいいから、ゆっくり休んでなさいよ」
クリスマス前日。はやてちゃんの入院する病室にみんな集まってクリスマスパーティーである。
病院なので騒がしくするのは無しではあるが、はやてちゃん自体は食事制限等を受けていないので、お菓子やらジュースやらを持ち込んでパーティーとなった。
件の主導はアリサちゃん。なんともアリサちゃんらしい行動である。
翠屋のクリスマスケーキを特注で貰っており、軽めのオードブルまで添えてもらい、桃子さんには感謝感謝である。
「シグナム達も参加できたらよかったんやけどなぁ」
「しょうがないよ、今忙しいみたいだし」
はやてちゃんのボヤキにすずかちゃんが苦笑で答える。そう、今この場にはヴォルケンリッターの四人は居ないのである。
ギリギリまで蒐集する、という意志の元クロノ達と一緒に無人世界で魔法生物の蒐集を行っている。ヴィータは参加したがっていたが、将の言葉は絶対なので仕方なしといった所か。
今夜には戻ってくる予定になっているので、戻ってきたら改めてヴォルケンとはやてちゃんでクリスマスパーティをしてもらおう。
「という訳で。はいこれ、プレゼント!」
「あっ、私も」
早速鞄の中からラッピングされた綺麗な包みを取り出したアリサちゃんに続き、アリシアも小包を取り出す。これはみんながはやてちゃん用に持ってきたプレゼントであり、みんなの分はまた別に用意しているものだったりする。
自分も一緒にはやてちゃんにプレゼントを渡すと、はやてちゃんは早速自分のプレゼントから袋を開けて取り出す。
前回の誕生日プレゼントの反省を生かし、今度は小さなリボンのついた髪留めという女の子が好きそうなものをチョイスしてみた。
はやてちゃんはそれを見ると、ぼうっとした顔で言う。
「堅一君が、まともなプレゼントしてくれおった」
「前回の反省を活かしたんだよ!」
あんまりな言葉に思わず突っ込んでしまう。途端起こる笑い声に、自分も釣られて苦笑を浮かべるしかなかった。
◇◇◇◇◇
病室での簡単なパーティも終わり、日も落ちた頃。自分は病室ではやてちゃん達と別れて一人、病院の屋上へと立っていた。
暫く屋上から見える海鳴の街を観察していると、背後に4つの気配が降り立つ。
「済まない、待たせたか」
「いや。それよりちゃんと、なのはちゃん達に悟られないよう魔力は」
「大丈夫、抜かり無いわ」
視線を街から背後の四人、ヴォルケンリッターへと向ける。
四人は普段の騎士甲冑と違い普段着を着てそこに立っている。この後はやてちゃんの病室に伺う予定なのだ。
その前に、はやてちゃんの為の用事を済ませておくのである。
自分のリンカーコアからの、魔力の蒐集を。
「それで、自分はどうすればいいんだ」
「ただ自然体で立っていればいい。闇の書のほうで勝手に蒐集を行ってくれる」
「少しリンカーコアから痛覚が来るかもしれないけど、幻痛だから心配しなくていいわよ」
シグナムとシャマルの言葉にそういうものかと思い、肩の力を抜く。
と、そこで俺の相棒たるスティールが口を開いた。
『相棒。私を装着した状態では何らかの不具合が発生する可能性があります。どなたかに預けることをおすすめします』
「そっか。お前は俺の魔製結晶の管理もしているんだもんな」
『その通りです。そして、もしもの時に私が存在していなければ問題が発生する可能性がありますので』
「ならば、我々のほうで預かろう」
相棒とシグナムの言葉に、腕から待機状態のスティールを外して手渡す。
途端、身体の奥から少しずつ、じんわりとした熱が湧き出てくるのを感じる。もしかしてこれが、本来の俺の魔力って奴なのか。
『相棒。身体の調子は如何ですか』
「あぁ。多少熱いが問題無い。大丈夫、いける」
自分がそう言うと、ヴォルケンの四人が俺を囲むように立ち、その中でシャマルさんが闇の書を手に、俺へと近づく。
「ごめんなさいね」
「それより早くやっちゃって。はやてちゃんを治すのが先でしょ」
「そう、そうね……」
シャマルさんに関しては、自分の事情をある程度リリナさんから聞いている。一番闇の書に対して理解がありそうなシャマルさんにのみ、リリナさんとプレシアさんは自分の事情を説明していたのだ。
だから少し、自分に対して後ろめたさがあるのかもしれないが、自分自身が問題ないと楽観視しているので、はやてちゃんの為にこうして蒐集する事に否はないのである。
シャマルさんが静かに闇の書を自分へ近づけると、闇の書が自ずからページを開き、それと同時に自分の中の熱が一際ドクリ、と鼓動する。
次第にその鼓動は大きくなり、一際大きな鼓動が鳴ったと思った途端、自身の身体から巨大な熱が湧き上がった。
「ぐっ、あああああっ!!」
「きゃぁあっ!」
巨大な熱、魔力が吹き出すのと同時に近くに居たシャマルさんが吹き飛ばされる。それを理解しているのだが、身体が思うように動かない。
目の前には鈍色に輝く結晶と、それの前に浮かんでいる闇の書が見える。
「シャマル、大丈夫か!?」
「え、えぇ。それより早く、蒐集を止めないと!!」
「確かに、こりゃヤベェかもな」
ヴォルケンリッターの四人が話をしているのだが、自分はそれどころではない。何とかこの身体から吹き出る魔力を制御しようとしているのだが、次々に魔力が吸い取られている感覚もあり、思うようにいかない。
他の人間や動物の時にもここまでの反応があったのかと一瞬疑問に思った時、目の前の闇の書が眩く輝いたかと思うと、バチンッと音を立てて2つに分裂した。
いや、闇の書自体が分裂したんじゃない。白銀の髪をした女性がまるで闇の書から弾き出されたかのように現れて、闇の書は黒くとぐろを巻く複頭の蛇へと変化している。
一体これは、どうなっていやがるんだ。
「くっ、なんという事だ……」
「き、貴様は、確か闇の書の」
「早くアレを、ナハトヴァールを止めなければ! 全てが終わってしまうぞ!」
「ナハト……? 一体何が起こっているの!?」
「ナハトヴァール、闇の書の防衛プログラム。だが今は、暴走を起こしている。彼の者の魔力を喰らい尽くした後、この世界を破壊しようとする!」
突然現れた白銀の女性がとんでもない事を言っているが、早く助けて欲しいと思う。自分でも制御できない魔力とその魔力を吸収し肥大している破壊の意志。とてもまともな状況では無い。
そして更にまずい事に、自分の身体の奥底から、更なる何かが湧き出てきているのを感じているのだ。
熱くも無く冷たくも無く、ただ当たり前のように存在していながら、普通じゃありえない何かであると分かる異質なモノ。こんなものが自分の身体の中に入っていたのかと思うと悪寒が走る。
感覚的にだが何とも悍ましい、醜悪なモノである事だけは理解できている。先程からソレが、自分の奥底から這い出し、少しずつ自身の身体を侵しているのだ。
正気でいる事が、難しい。
「ぐぎゃあああああああああっ!!」
自身の身体を侵される恐怖に耐え切れず心からの叫び声を挙げる。それに気を良くしたようにソレは確かに震え、より一層自身を侵していく。
やがて周囲の音も声も聞こえなくなり、目の前が闇に染まった時、自分は確かに見た。
深淵の底、昏い次元の果ての世界に見える、醜悪なるモノが浮かべた笑みを。
◇◇◇◇◇
夢を見ている。紛れも無く夢だ。
殺し、壊し、全てを破壊する動物ですらない、よくわからないモノに成り果てている自分の姿。
全てが終わって初めて自分に戻れる、そんな生き物。
心など無ければ良かったのに、心を持ってしまったから、壊れてしまったモノ。
ただ、ただ。
少女の言葉が、少女の祈りが、寄り添う少女の温もりが、壊れた心を支えてくれていた。
人であろうと思って、でもできなくて。
せめて最後は、少女の居ない所で。
戦場で一人、心も身体も、魂ですらも侵された一人の男の記憶を、ずっと見ていた。
あぁそうか、これは、魂の記憶。
心のあった彼の、人であろうとした彼の魂に刻まれた、大事な記憶。
その魂は、自分の魂で。
あぁ、これは悲劇? それとも喜劇か。
彼はずっと、ここに居たのだ。
そして意識が、浮上する。
◇◇◇◇◇
鈍痛、というには割りかし鋭い頭痛を覚えて目を開く。
黄緑色に発光しているフィルターが目の前にあり、何だこれ、と思って身体を見ると、どうやら液体の中に浮かんでいるようである。
あぁこれはあの救急用ポットのやつか、と理解した所でここが時の庭園なのだと気付く。
と、液体が少しずつ排出されているのか水位が下がっており、自分の身体も重力に従い床へと足をつける。
やがて全ての液体が排出されるとポットの扉が開いたので、外へ自分の足で確りと踏みしめ歩いていく。
『相棒。気が付かれましたか』
ふと、いつもの定位置に収まっている腕輪から声が出てきて、それがスティールのものであると一拍置いてから認識できた。
「……あぁ、スティールか。意識がまだグラグラ揺れているが問題無い」
『それは何より。そこにタオルとガウンが用意されているので、身体を拭き身につけて下さい。今の相棒は裸です』
「分かってるよ」
スティールの言葉に傍らに置いてあったタオルで身体を拭いて、バスガウンを身につける。スリッパは置いてないのでまぁ、しょうがない。裸足のまま失礼しよう。
ガウンを着込んだ後、ポットの傍らに設置されていたコンピュータとそのデスクの椅子に、桃色の髪が埋まっているのが確認できる。
『リリナ』だなぁと妙にほっこりした気分になってから、スティールに聞くことにした。
「スティール、あれから何があった?」
『簡潔に申し上げれば、闇の書の暴走と、相棒の中に居るモノの暴走が同時に起こり、お互いに潰し合い闇の書が敗北し、ヴォルが破壊活動に移る前に、私に搭載されたリリナ特製の制御装置により事態は終息いたしました』
「そうか……。ちなみに俺の中に居るモノっていうのは」
『深淵の中に揺蕩う物。虚空の存在。お友達のすずか嬢はこう言っていました、「混沌の媒介」「全にして一、一にして全なる者の一欠片」』
「そらまた大物が……。確かに人との間に混血児を作った話がありはするが」
自身の中に住まう混沌に思わず頭が痛くなる。ヴォルヴァドスなんてものじゃない、もっと醜悪で、最悪なものじゃないか。
「それで相棒、俺の身体に現れた異変はどの程度だ?」
『一つ、貴方のタイムリミットは無くなりました。一つ、私の補助が無くとも、ある程度の生活が可能になりました。一つ、貴方は完全に生命の輪から外れました』
「要するに完全にバケモノになった結果、魔力暴走とかの心配は無くなったって事か」
『その代わり、貴方の中に潜む混沌が顔を出しやすくなった事は留意して下さい。貴方の力は既に、人のソレとは隔絶しています』
「気をつけるよ。最後に、今日は何日だ?」
『おめでとうございます。12月29日、年明け前です』
何が目出度いもんか、一週間近くも意識が無い状態だったんじゃないか。と思った所でもしかして、と思い当たる。
「もしかして俺、意識が戻る前まで人の形してなかった?」
『肯定します。暴走終了後から昨日まで貴方は、肉の塊と呼ぶのが相応しい形容をしていました』
「そのショッキング映像、誰が見た?」
『リリナ、プレシア、そしてヴォルケンで言えばシグナムとシャマル、リインフォースになります』
「リインフォース?」
『貴方が闇の書に魔力を食われている時に飛び出した、銀色の髪の女性です。はやて嬢が名前を付けたとの事です』
「あぁ……」
あの白銀の女か。と思った所で、傍らで寝ていたリリナが目を覚ました。
「んっ……あっ、いけない!」
「そんなに慌てなくても大丈夫だよ」
自分の声にバッと顔を振り向き、大きく目を見開く。まぁ今まで色々頑張ってくれていたんだろう、その対象が急に目の前に現れたら驚くわな。
「ケン君……良かったぁ……」
思わず、といった感じで自分に覆いかぶさるような形でギュッと抱きしめるリリナに、苦笑を浮かべながらポンポンと頭を撫でる。
記憶ではこうして、彼女が泣きそうな時には慰めていたよなぁと思いつつ続けていると、やがてバッと顔をあげ顔を見つめてくる。
その表情は、困惑。きっと何故とかどうしてとか、色々考えている事があるだろうと想像し、思わず苦笑を浮かべながら俺は、まず記憶の方から説明する事にした。
この事により、リリナとの関係が更に複雑な感じになる未来が、簡単に想像できたのだった。
◇◇◇◇◇
「すまなかった」
翌日。諸々の検査を済ませた後、無事問題無しとお墨付きを頂いたのと同時に、時の庭園にやってきたヴォルケンリッター達に揃って頭を下げられた。
シグナムを筆頭にリインフォースも含め揃って現れた五人は唐突にそう頭を下げる。
一体何に対して謝っているのか分からんが、別に謝られてもなぁ……という感じである。
「別にいいよ。こうなったのは自業自得だ」
「だが! 我らが問題が発生した際には何とかすると言っておきながらも、何も出来なかった。何らかの罰は受けるべきだ」
「って言われてもなぁ」
頬をポリポリ掻きながら周囲を見渡すと、一人思い切り沈んでいるリインフォースが見える。
「そういえば、闇の書は結局どうなったの?」
「あ、あぁ。バグ部分を含め、無事消滅させる事ができた。これも貴方のお陰だ」
「え、闇の書消滅したの? でもヴォルケンのみんなは居るのは?」
「私達は元々魔導プログラム体とも言うべき存在。闇の書から切り離された私達は、現在独自に動いているのよ。そこに制約は何もないわ」
「ほー」
なるほど、切り離されているなら問題が無いのか。じゃあリインフォースを含めたこの五人でまたはやてちゃんと一緒に居られるって訳だな。それは良かった。
「んじゃあさ、はやてちゃんの問題も解決したんだし、それでいいじゃないか」
「だが、しかし……」
「しかしも何も無し。問題ないからそれでいい」
「だが! あの一件さえ無ければ、貴方はまだ人として生きていけたはずなのに」
あー、そこを気にしているのか。なるほど、自分達の行った事の結果で俺が生命の輪から外れた事に対して責任を感じている訳だ。
「別に、いつかはこうなっていたんだろうし、早いか遅いかの違いでしかないよ。だからむしろ、無事に済んで問題ない訳だ」
「そう、そうか……。ならば我らは、これ以上何も言わないでおこう」
これ以上言っても無駄だと悟ったのだろう、シグナムがそう言うとみんなが静かに頷く。うむ、やはり将の言葉は絶対なのだな。
「それで、はやてちゃんの様子は?」
「現在順調に快復に向かっている。足の感覚も次第に戻ってくるだろう」
「そっか、身体を張った甲斐はあったか」
これで何も改善してません、なんて言われてたら流石に泣いていたかもしれない。良くなって本当に良かった。
「今は皆翠屋に集まっている。出れるなら顔を出したほうがいいんじゃないか」
「という事なんですけど、大丈夫ですか? プレシアさん、リリナ」
シグナムの言葉に振り返り二人を見ると、問題ない旨の返事をいただいたので、みんなで翠屋へ行く事にした。
シャマルの転移魔法で翠屋前に来てちょっと中を覗いてみると、なんだか雰囲気が暗い。
なのはちゃんもフェイトも深く沈んでおり、車椅子のはやてちゃんなんか机にべったりと寝ている。
アリサちゃんもすずかちゃんも暗い雰囲気を醸し出しているし、いつも元気なアリシアですら同じだ。
何だ、何があったんだ。
「みんな、堅一君の事が心配なのよ。もう一週間も経っているから」
シャマルの言葉にそういう事か、と思い至る。なんだかこんなに心配して貰って申し訳ないなぁ。
まぁいい、とりあえず快復報告が優先だ。
いつも通り翠屋の玄関をカランカランと鳴らしながら入ると、桃子さんがすぐにこちらに気付いてくれた。
「いらっしゃい、あら堅一君! もう大丈夫なの?」
「えぇ、ご心配おかけしましてすいません」
「あらいいのよそんな、それより」
「けんちゃんだぁあああっ!!」
桃子さんと話をしていると、横からわあああと叫びながら駆け寄ってくるなのはちゃん。というか普通に飛び込んできたので慌てて抱き抱える。
ポフッと軽い音と共に飛び込んできたなのはちゃんは、頭をグリグリ俺の胸板に擦りつける。
「けんちゃんけんちゃん! もう大丈夫なの? 痛くない?」
「大丈夫大丈夫、心配かけてごめんね、なのはちゃん」
胸元から話しかけてくるなのはちゃんに、笑顔で応えると花が綻ぶような笑顔が返ってくる。
この笑顔を見ると、あぁ、帰ってきたなぁと何となく思うのだった。