魔法少女リリカルなのは 夢現の物語   作:とげむし

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第二話

 

自分は中田堅一、只今一応五歳。現在妊娠中の中田一家胃袋管理人、中田翔子さんの代わりに夕飯の材料を買う帰りに、道端でひどく落ち込んでいる幼女を見つけた。

 

幼女をこんなに落ち込めてちゃならねぇと父である中田正元の声が脳内再生された自分は、勢い良くその幼女に声を掛けたのである。

 

 

「よう、肉食わねぇか!?」

 

 

正直、勢いに乗ってしまった自分を振り返ると赤面する事必死である。

 

だがしかし勢いが功を奏したのか、幼女は「ふえっ? えっ?」などと絶好調に混乱を引き起こし、その隙に「まぁまぁいーからいーから、寄って行きなよお嬢ちゃん」なんて言いつつ腕を引っ張り帰宅の途についております。

 

帰宅途中で見つけた事もあり、幼女をウチまで引っ張るのに左程時間は掛からなかった。

 

道中黙って腕を引かれるままに着いて来た幼女の様子は、未だに不思議そうな顔をしていて、混乱が尾を引いているようである。

 

まぁ当たり前だ、どこの世の中に突然声をかけて「肉食わねぇか!?」と言う人さらいがいるか。そんな人間自分しか居ないであろう。対処法なんて分かりっこない。

 

あっさりとウチへ連れ込むのに成功した自分は「ケ・セラ・セラ(なんとかなるさ)」な気分で母屋の玄関を開けた。

 

「ただいま戻りました」

 

「あの、えと……」

 

「まぁまぁいーからいーから」

 

玄関前に来てようやく混乱から覚めたのか、幼女は一瞬拒絶の姿勢を見せるがそうは問屋が卸さない訳で。正直ここまで連れて来て逃がしては意味がないので、相変わらずの胡散臭さ抜群の言葉で家に引き入れようとする。

 

とここで、玄関へ向かってくる足音一つ、ゆっくり移動している事から翔子さんだろう。

 

「けんちゃんおかえり。ちょっと遅いよーって、あら? 桃子さん所のなのはちゃんじゃない?」

 

翔子お姉さま、この幼女を知っておられたんですか……。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

アツアツのホットプレートの上でジュージューと香ばしい匂いを放ちつつ完成されていく原始的でありながら究極的に旨い肉料理の一つ「焼肉」。

 

それをまるでバキュームの如き勢いで胃袋へ納めていく我が家族がおりました。

 

「うめぇうめぇ」

 

「うめぇうめぇ」

 

山田流師範であり我が家の長、父である正元さんとその孫娘の翔子さんである。しかし翔子さんよ、未だ二十も半ばも娘さんが「うめぇ」なんて言うもんじゃなかろうもん。

 

「はいはい、どんどん焼いていくから慌てないでちゃんと飲み込んで食べてね。あっ、二人ともご飯無くなるけどおかわりいるかい?」

 

「うむ、弟子よ頼む」

 

「お願いね、あなた」

 

肉をプレートに載せつつ差し出された茶碗にご飯を山盛りするのは仕事帰りの旦那様、雅俊さん。ほんと「パパ」な感じになってきたよなぁ最近……。

 

そんな様を横目で見つつ、自分もプレートから肉を拾い、自分と、隣に座る幼女の器にそれぞれ載せる。

 

「はいなのはちゃん。これ焼けてるから大丈夫だよ」

 

「あっ、はい。ありがとう……」

 

箸が進まないのか、元々この程度の食の進みなのか。一枚一枚をゆっくり食べながらご飯と肉を交互に咀嚼する幼女は高町さんちのなのはちゃん。ひらがな三つで「なのは」だそうだ。

 

翔子さんが近所で見つけた「ママ友」である高町 桃子さんの娘さんで、自分と同じ5歳。早生まれらしいが自分も早生まれだったりする。正確にはわからないけれどね!

 

なんでも明らかに女子大生な翔子さんが抱っこ紐で自分を抱えて買い物していた所、同じ売り場にこれまた明らかに女子大生程度にしか見えない桃子さんが、なのはちゃんを抱っこ紐で抱えて買い物しているのを確認。すぐさま声をかけお互いに苦労とか話している内に仲良くなったとの事である。

 

女ってスゲェ、自分と同じ状態というだけで知らない人でも話しかけられるとかまじスゲェと心の中で思った。恐らく父と雅俊さんも同じ気持ちだった事だろう。笑顔でありながらも若干驚きを含んでいる顔だった。

 

んでまぁお互いに協力しながら子育てをしつつ、互いの境遇を話していたりしたらしい。翔子さんはなのはちゃんのおむつを換えた事があるそうだ。

 

「桃子さんはけんちゃんのおむつ換えた事あるわよ」

 

「やめてぇぇっ! 考えないようにしてた事をあっさり言うのやめてっ!!」

 

「高町さんち男の子は一人居るけど旦那さんの連れ子らしくて赤ん坊の男の子は初めてだって。けんちゃんのあそこを啄いたりしてたわよ」

 

「ぬぐおぉぉぉぉぉっ!! 誰かっ! 誰か自分が今聞いた事を忘れさせてくれえぇぇえっ!」

 

見ず知らずの女性におむつを換えられた事も恥ずかしいが、その女性に恥部を啄かれたなんて知りたく無かったわ!!

 

なのはちゃんはゴロゴロとのた打ち回る自分を不思議そうな目で見ている。何が恥ずかしいのか分からんのであろう。うんうん、まだ君にはこの恥辱は早いのであるよ。

 

その桃子さんにもし会うような事があったらどんな顔をすればいいのかわからんね、うん。気まずい感じになるのは確かだろうが。

 

そんな恥辱混じりの夕食も終了した所で、みんなでお茶を飲みつつまったり談笑。

 

翔子さんはなのはちゃんとお話をしつつ、桃子さんの近況を聞いている。ていうか、桃子さんは『翠屋』という喫茶店の経営者兼店長だそうで。ちょくちょく翔子さんが買ってくるシュークリームはそこの店で買ってきていたらしい。

 

まぁ最近は妊娠しているもんで表に出ない上に悪阻をあったもんで行けていないそうだが。

 

「それでなのはちゃん。お父さんは元気? 士郎さんだっけ」

 

翔子さんがそう聞いた途端、オドオドしながらも質問に答えていたなのはちゃんは一転して意気消沈。ウチに連れてくる前のような重い物を背負った雰囲気を醸し出し始めた。

 

うーん、なるほど。家族に何かあって沈んでいたって事か。翔子さんも納得のいったような表情を見せ、なのはちゃんの背中をポンポンと叩く。

 

「何かあったのかは分からないけど、お姉さんにお話してみない? 」

 

背中を優しく撫でながら促す翔子さんの言葉に、なのはちゃんは涙を流しながらわんわんと泣き始めてしまった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

泣きながら伝えたなのはちゃんの話を纏めると、父親の士郎さんは事故に巻き込まれて入院、現在も意識不明の重体。桃子さんはその看病と翠屋の経営で大忙し、ご家族である姉も翠屋の手伝いで大忙しで、兄は学校から帰ってはどこかへ一人で行って夜中に帰るような生活。なのはちゃんは一人家でお留守番という寂しい状態になっている、という事だ。

 

父親の事故をきっかけに家庭がうまく回らなくなるというのは理解できるが、その兄が家族放っておいてどこかへ行くという行動が一番問題なのではないかと思ってしまう。翠屋の手伝いをしている訳でもなさそうだし……。

 

泣き疲れたなのはちゃんは翔子さんの膝を枕にしてぐずりながら眠ってしまった。優しく彼女の髪を撫でる翔子さんは、まさしく母親の表情をしている。子を生む親は偉大だねぇ。

 

「実はさっきね、翠屋さんへ電話しておいたのよ。なのはちゃんお夕飯食べていくから遅くなるって。桃子さんじゃなくて娘の美由希さんが出たから何かあったのかと思ってね。お兄ちゃんの恭也君が迎えに来るって言ってたから」

 

翔子さんは始めから何かを察していたらしい。それでもなのはちゃんに聞いたのは結局、本人から聞くしかなかったからなんだろうけど。このぐらいの歳の子が普通一人寂しく過ごすというのはよろしくない事だもんな。

 

しかしその恭也さんも、何を考えているのやら。と思ったら呼び鈴がピンポーンと音を鳴らす。件の恭也さんがどうやら来たらしい。

 

さてどうするのか、と思ったら父と雅俊さんが席を立ち上がった。

 

「さて、利かん坊が来たみたいだからな。ちょっと男同士で話をして来るわ」

 

「翔子はなのはちゃんをよろしく。けんちゃんも来るかい?」

 

「いえ、辞めておきます」

 

「そうか」

 

父と雅俊さんが二人で行くという事であれば、自分が行くのはよろしくないだろう。恭也さんとしても余り見られたくない姿を見せてしまう事になる。

 

そう考えていたのが分かったのか、雅俊さんは得心した顔で一つ頷くと、父と一緒に玄関へと向かっていった。

 

さてさて、どうなる事やら。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

結果から言うと、どうやら恭也さんは士郎さんが復帰するまでウチの道場に通う事になったらしい。

 

と言っても学校から帰った後は翠屋の手伝いをし、その後ウチに来て父の扱きを体験する、というコースらしいが。過酷だ……。

 

「君がなのはを連れてきてくれたのか。ありがとう」

 

眠っているなのはちゃんを背負い頭を垂れる恭也さんは、少し尖った印象のある美少年でした。なにこのイケメン、とマジで一瞬思ってしまう。

 

「それでは先生、皆さん。ありがとうございました。明日もまたよろしくお願いします」

 

「うむ。桃子さんへ明日病室にお伺いする旨、伝えておいてくれ。あとなのはちゃんの事もな」

 

「はい。何から何まで申し訳ありませんが、よろしくお願いします」

 

颯爽となのはちゃんを背負い去って行く彼は、どこかすっきりとした表情であった。

 

しかし明日、病室へ行くという事は士郎さんのお見舞いに行くという事なのだろう。なのはちゃんの事と言うのは、ウチで預かるって事かな?

 

「違うわよ。恭也君がウチに来ることになったって結局一人なのは変わらないんだから、じゃあお夕飯はウチで食べる事にしましょうって」

 

なるほど、そういう事か。確かにきちんとお家があるんだから、寝る時とかはそっちのほうがいいに決まってる。夕飯をこちらで食べるのであれば一人寂しくなんて事もないだろうし、なによりウチには恭也さんが通う訳だし。誰もいない所よりは全然良い訳だ。

 

「さて、じゃあ明日は桃子さんと士郎さんのお見舞いに行かないとね。おじいちゃん、私も行くわよ」

 

「ま、そう言うと思ったがな。身体は大丈夫か?」

 

「もう安定期入ったもの。これからちょろちょろ身体動かさないと良くないわよ」

 

むん、と可愛らしく力こぶを作るようなポーズで翔子さんが言うと、父と雅俊さんはヤレヤレと言った苦笑いを浮かべる。

 

まぁ、昔っからこんな人でしたよねぇ翔子さんは。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

明けて翌日。

 

自分が幼稚園から帰ってくると既になのはちゃんが居間でジュースを飲んでいた。

 

「ただいまーっと」

 

「あっ、お、おかえりなさい」

 

少しもごもごとおかえりを言うなのはちゃん。昨日の今日で慣れる訳もなく、つい言い淀んだみたいだ。それでも昨日のような重い空気は纏っておらず、良い結果に転がったようである。うむうむ、よきかなよきかな。

 

「あっ、帰ってきた。じゃあおじいちゃん道場に居るから呼んで。すぐ病院行くわよ」

 

「はーい」

 

台所からひょいっと顔を出した翔子さんは、すぐさま気付いて声をかけてくる。

 

さて、自分は特に準備をする事もないし、ちゃっちゃと病院へ行っちゃいますか。

 

と父の駆る車で走行する事30分、到着したのは鳴海大学病院。市内で一番設備の充実しているこの病院はまさしく巨大であり、噂ではとある難病に関する研究と治療が行われている場所でもあるらしい。その難病がどんなものかは知らないけれどね。

 

それで、ウチの父はどうやら病院の先生に知り合いがいるらしい。なんでもまだ若い女性の先生らしいのだが……。

 

「父上。どうやってその女医さんとお知り合いになったんでしょうか」

 

「おい息子よ。不穏な発言をするのはやめて貰おうか。ちょっと前にウチの院で整体や骨接ぎを勉強しに来とっただけじゃい」

 

父の言葉にホッと安堵する。ウチの父は道場をやっているが、それともう一つ、昼間は接骨院を開設している。人体構造を武術を通じて理解した父は、その知識を生かし癒し方も勉強、接骨院を開設したという事だ。

 

「お待たせしました。お久しぶりです、中田先生」

 

背後から聞こえてきた女性の声に振り返ると、綺麗な銀髪の『女の子』が立っていた。

 

……どう見ても女子高生程度にしか見えないんですが。でも白衣着て胸にはネームタグが装着されている。

 

「紹介しよう。フィリス・矢沢さんだ。さっき言ったがウチに整体を習いに来た事もある、高町士郎の主治医らしい」

 

「フィリス・矢沢です。よろしくお願いしますです」

 

こちらに向けて頭を下げるフィリス先生。その勢いで綺麗な銀髪がサラサラと音を立てるように、流麗に流れていく。

 

――こんな美人と一緒に居て、本当に疚しい事は何も無かったんだろうか。

 

「父さん……」

 

「おじいちゃん……」

 

「本当に無かった。何も無かったんだ、マジでだ。母さんに誓ってもいい」

 

母さんとは今は亡き父の嫁さんの事である。そこまで必死なら、まぁ、信じてもいいかな、とは思った。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

フィリス先生に病室まで案内されている間、フィリス先生は士郎さんの容態に関して説明をしてくれた。

 

先日まで状態が安定していなかったそうだが、峠を超えた今では随分落ち着いているという事。腕部に大火傷があったり折れた肋骨が内臓を傷つけたりしていたそうだが、そちらも手術で修復し、既に抜糸も終わっている。問題なのが昏眠状態から回復しない所だそうな。

 

一応頭部の確認もしたが特に損傷も無く、植物人間になるといった心配は無さそうではあるが思ったように意識が回復しないとの事。意識の回復を待つばかりであるらしい。

 

状況は良いのか悪いのか、よく分からない所に来ているが、まぁ医者でもない自分が何もできる訳ではない。自分にできるのは正直、フィリス先生の言葉を聞いて不安になったなのはちゃんを慰めるぐらいだ。

 

「大丈夫だよ。士郎さんが起きちゃえばすぐまた一緒に過ごせるようになるから」

 

「うん……」

 

弱々しく、だがしっかりと繋いだ手を握り返してくるなのはちゃんの頭を撫でてから、病室へと入る。

 

個室のベットに横たわる、心電図を付けられた男性と、その横に少々疲弊した女性が居た。見た目通り疲れてしまっているのだろう、その柔らかな笑みにも少し陰りが浮き上がっている。

 

「なのは、翔子さん……」

 

自分たちに気付いた女性は、声をかけるとすぐに頭を下げてきた。この女性が高町桃子さん、なのはちゃんの母親で翔子さんの友人。ベッドに横たわるのは旦那さんの士郎さん。眠っている状態ではあるが、顔立ちが恭也さんに似ているように見える。

 

「お母さん……」

 

「もう桃子さん、一言連絡くれればいいのに。何だって協力したのよ」

 

「ごめんなさいね。身の回りの事で手一杯で……」

 

すぐに駆け寄ったなのはちゃんを優しく抱きとめ、桃子さんは翔子さんの言葉に苦笑を浮かべて謝罪する。旦那さんが大怪我で入院したという事で、大わらわになってしまったのだろう事はよく分かる。翔子さんもそれが判っているのか、一言言っただけで桃子さんを気遣う言葉をかけていた。

 

ふと父を見ると、一瞬苦い顔をしたかと思えばすぐにフィリスさんへと向き直る。

 

「手術等は終わったという事だが、掌や足裏へのマッサージといった刺激は与えても大丈夫か?」

 

「はい。実は私のほうからお願いしようかと思っていたんです」

 

どうも父は士郎さんの治療に協力するつもりらしい。フィリスさんも意図に気付いたように言葉を返していた。

 

だが父はふむ、と一拍考えると桃子さんへと声をかけた。

 

「桃子さん。俺は接骨院もあって毎日は来てやる事も出来んが、あなたは毎日見舞いに来ているだろう? 掌と足裏の簡単なマッサージを教えてやるから、毎日やってみないか? 神経への刺激は意識の覚醒にも丁度よい」

 

「私に、出来るでしょうか……?」

 

「大丈夫、力は要らない。必要なのは毎日続ける事と、的確に刺激するコツじゃ。どれ、今ちょっと教えてしまおう」

 

父さんはそう言うと、すぐに士郎さんの傍へ寄り、動かしても大丈夫そうな右腕を取り桃子さんへ手本を見せる。

 

「まず掌の場合は薬指を優しく揉みほぐし――――」

 

父さんが士郎さんの掌を参考に講習を始めると、桃子さんと一緒になのはちゃんも、聴き逃すまいと真剣な表情で説明を聴き始める。

 

自分と翔子さんは、その姿を静かに見つめているのだった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

父さんが桃子さんへマッサージを教えたその日、帰りがけに自分は桃子さんへ礼を述べられた。

 

「堅一君、なのはの事ありがとうね。良かったらこれからもなのはの事、お願いしてもいいかしら」

 

「お礼を言われるような事じゃありませんよ。なのはちゃんも、明日また来るんだし、一緒に遊ぼうね」

 

「うん。ありがとう、堅一くん。またあした」

 

今日は桃子さんと一緒に帰るらしいなのはちゃんはそう言って、笑顔でその日はお別れした。

 

その日から約一ヶ月間、平日は毎日幼稚園から帰るとなのはちゃんがウチに居て、一緒に遊んだり自分の稽古を見学したりしていた。ちなみになぜ自分より帰宅が早いのかと言うと同じ幼稚園に近所の子がいるらしいのだ。かと言って仲が良い訳でもないらしいが、その子は自分の事は知っているとの事である。

 

そっかーと思いつつ今日もなのはちゃんの相手をしつつ稽古をし、終わったら夕飯を一緒に食べてお風呂に入る。一応子供一人で入るのは危ないという事なので自分も一緒だ。流石にこの年の子に欲情するような奇異な精神は持ち合わせていないし、精通すら始まっていない自分が興奮する訳もない。気分は娘と入る父親だ。

 

お風呂から上がると来ているだろう恭也さんの鍛錬を待つ為に、なのはちゃんと再び遊ぶ。

 

もっぱら最近はテレビゲームでの対戦時間である。

 

「えいっ、このぉっ」

 

「ふっ、甘いわねなのはちゃん! 大パンチは隙が大きいからボディがガラ空きよっ!!」

 

ガチャガチャと必死になって操作するなのはちゃんに対し、大人気なく勝ち誇った忠告をしつつ隙を突いては連続コンボを叩き込む翔子さん。なんとまぁ大人気ない事を。

 

ちなみにあれからも翔子さんと桃子さんは毎日電話でやり取りをしていて、その日のなのはちゃんの報告をしたり、桃子さんから士郎さんの様子を伺ったりしている。最近はマッサージの刺激に反応を返すようになっているそうで、目を覚ますのも時間の問題だろうと喜んでいるそうだ。

 

「ふえーんっ、またまけたー!!」

 

「はっはっはっ! まだまだ甘いわねなのはちゃん!」

 

どうも連続コンボから一度も地面に着地する事無く決着してしまったようだ。テレビ画面ではこれでもかと勝ち誇った翔子さんのキャラクターが映っている。本当に大人気ない事を……。

 

「えーんっ、けんちゃんまたまけたー!」

 

「あーはいはい、また翔子さんの事を負かせればいいんだね」

 

「うんっ、なのはのかたきを取って!」

 

泣きべそかいて引っ付いてくるなのはちゃんの頭を撫でつつそう言うと、嬉しそうに返事を返す。ここ二週間ほどでなのはちゃんからの呼び方が「堅一くん→けんちゃん」に変わったのは、仲良くなったのは元より翔子さんの影響もあるだろう。別に問題ないのでそのままにしている。

 

さて、それじゃあなのはちゃんの敵を取るかなと思いコントローラーへ手を伸ばした所で、ウチの電話が鳴った。

 

「はいはいっと。じゃあ電話出てくるからけんちゃん、なのはちゃんと仲良くゲームしててね」

 

「ゲームで機嫌が悪くなるのは翔子さんぐらいだよ……」

 

よっこいしょと、最近目立つようになったお腹を抱え、翔子さんは立ち上がると電話台へと向かう。こういう時自分が行ったほうがいいんじゃないかと一度聞いてみたのだが、ちょっとした事で動かなくなると動きたくなくなるから自分で出来ることは自分でしたいとの事で、こういう時は翔子さんに任せている。

 

「じゃあなのはちゃん。二人で遊ぼうか」

 

「うんっ」

 

そう言って二人でコントローラーを手に、対戦キャラクターをどれにしようか選んでいく。

 

二人とも決まった所でステージを選択して、さぁ始まるぞという所で、バタバタと何やら慌てた足音が聞こえてきた。ていうかこれ翔子さんじゃ!

 

「二人とも! すぐに出れる準備して!」

 

「ちょっ! 妊婦が走ったりしちゃダメでしょうが!」

 

「んな事はどーでもいいのよっ!」

 

「いやいや良くないからね! とりあえず一回落ち着いて!」

 

慌てて駆けてきた翔子さんに落ち着くように言うと、翔子さんは一度深呼吸し、それでもやはり若干慌てた口調で捲し立てた。

 

「士郎さんが、目を覚ましたって! けんちゃんすぐにおじいちゃんと恭也君呼んできて!」

 

その言葉を聞いた途端、自分は慌てて立ち上がり二人のいる道場へとダッシュしていた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「中田先生。お世話になっていたようですいません」

 

「全くだ馬鹿者。家族を心配させるような情けない事態を引き起こすとは思わんかったわ」

 

「面目もございません」

 

あれからすぐ道場へ飛んで行き父さんと恭也さん、なのはちゃんと四人で病院へ駆けつけると、眠りから覚めた士郎さんが、桃子さんに寄り添われて身体を起こしていた。そこへ先ほどの言葉へ繋がり、二人とも苦笑交じりで言葉を交わしている。

 

「お父さん……」

 

「なのは、心配かけてごめんな。恭也も、すまなかったな」

 

「父さん。良かったよ」

 

なのはちゃんは声をかけられるとわーっと泣きながら士郎さんへ飛びつき、恭也さんは静かに言葉を返す。その顔は本当に安堵したような表情だった。ちなみに娘さんの美由希さんの所へは翔子さんと雅俊さんが行っており、一緒にこちらへ来るという事だった。車が5人乗りだったししょうがない。

 

「堅一君。君も、なのはの事ありがとう。桃子からとても良くしてくれていると聞いているよ」

 

「いえ、自分は一緒に遊んだりしていただけで……」

 

「これからも、なのはと仲良くしてくれるようお願いするよ」

 

「はい、なのはちゃんとても良い子ですから」

 

今もぴーぴーと鳴き声をあげているなのはちゃんを見ながら答える。士郎さんも、なのはちゃんの頭を優しく撫でながら、笑みを浮かべて彼女を見つめていた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

その後駆けつけた美由希さんも泣きながら士郎さんへ抱きつき桃子さんも泣き笑いを浮かべながら喜んだその日から二週間、あっという間に士郎さんは退院をした。

 

手術などは元々終わっていたし、その後の経過も良好。すぐに点滴から流動食、刺激の少ない和食を中心の食事へと変化し、すぐさま退院という常人では考えられない回復を遂げていた。

 

だが中身は大丈夫でも身体を構成する筋肉などは、寝たきり生活が祟って未だ復調を遂げていない。そこで、暫くリハビリとして週に3日、父さんの接骨院へ来てマッサージと柔軟を受けに来る事となった。

 

付き添いはなのはちゃんで、いつもニコニコしながら接骨院へ訪れては甲斐甲斐しく士郎さんのお手伝いをしている。

 

「全く娘に甲斐甲斐しく世話をされるとは、いい身分だな」

 

「いやぁ面目ない。普段構ってやれなかったもので。しかし先生だってお孫さんがいつも一緒で羨ましい限りですよ」

 

「まぁな。あいつもそろそろ出産だし、ひ孫が生まれると思うと嬉しいもんだ」

 

「そうか、もうお子さんが生まれるんですねぇ」

 

うつ伏せになり寝転がる士郎さんの背中をマッサージする父さん。最近筋肉の張りも出てきたしそろそろマッサージから筋力トレーニングへ切り替えようかなんて話もしていた。

 

自分となのはちゃんはその光景を横目で見つつ、漫画を読んでいた。と、横からツンツンと啄かれ、顔を向けるとなのはちゃんがキラキラした目で自分を見ていた。

 

「ねぇけんちゃん。けんちゃんのお母さん赤ちゃん産むの? けんちゃんお兄ちゃんになるの?」

 

「えっ」

 

「えっ?」

 

一瞬質問が理解できなかったが、まぁ翔子さんの出産の事を言っているのだろうとは思う。そしてなのはちゃんは恐らく翔子さんを「けんちゃんのお母さん」と呼んでいるんだと。――まぁ普通に考えて、翔子さんが母親だと思われても仕方がない訳だが。

 

父さんもそこに思い至ったのか、マッサージをする手を止めて思案していた。

 

「うむ、確かに。普通はそう見えるがな……。あー、堅一、なんとかしろ」

 

「そんな大雑把な……」

 

「ウチも複雑ではありますけど、先生の所は説明しずらい複雑さがありますよね」

 

「いやぁそうですねぇ確かに自分は翔子さんが育ての母親とも言えると思うんですが、戸籍上はそこの人が父親でして……」

 

どうもある程度察したらしい士郎さんも会話に加わり、投げっぱなしの父と二人で、どう上手いこと説明しようか考えこんでしまった。

 

 

 

まぁそんな事もありつつ、高町家と中田家は、これからもずっと、お付き合いをしていく事になるのでした。

 

 

 

ちなみに翔子さんのお子さんはこの会話から一ヶ月後の昼間に生まれました。破水してから一時間後という脅威のスピード出産。元気な女の子です。

 

せめて、雅俊さんが病院に到着するまで待ってあげられなかったのかと、ほんの少し雅俊さんが不憫に思えてしまうのでした。

 




お久しぶりの方も初めての方も、はじめまして。
この度は拙作をご覧下さいまして誠に有難う御座います。

この度「にじファン」にて掲載させて頂いておりましたこちらの文章を「ハーメルン」様にてご掲載頂こうと思い、投稿を行わせて頂きました。

夏休み負荷が怖いので、スローペースで静かに更新していこうと思います。
当面は書き溜め分をゆっくり投下になるかと思いますが、今後とも何卒宜しくお願い申しあげます。

感想・評価等頂戴出来ましたら幸いでございます。

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