第十九話
ジュエルシードを取り巻く一連の騒動は一旦の終息を迎えた。
まだはやてちゃんの事など問題は残ってはいるが、海鳴に被害が出るような事は当分無いだろうと思う。
漸く、平穏な日常が戻ってきたのだった。
◇◇◇◇◇
5月と言えばゴールデンウィーク。一週間弱の長い連休がある訳だが、そんな時こそ喫茶店は繁忙期である。それは翠屋も例外では無く、現在桃子さんも士郎さんも、美由希さんも大忙しで店を切り盛りしている事だろう。
そんな中、末っ子であるなのはちゃんはと言うと。
「うーん……これかな」
「残念、それはババよ!」
アリサちゃんの家で、古典的なトランプ遊びであるババ抜きに興じていた。世の中にはゴールデンウィークを利用して旅行に行く家族もいる訳だが、先の通り翠屋は忙しい。旅行に行けない彼女の為に、こうしてみんなで集まって休日をまったりと過ごしている訳である。
ババ抜きは先程からなのはちゃんが連敗中。どうにもヒキがよろしくない。ババを引くよう誘導されている行動に、素直に引っかかってしまっているのがアレである。そういう所も可愛いと思う、妹的な意味で。
「あ、堅一君。そっちの漫画終わったらかしてー」
「ん、いいよ。はい」
「あんがとさん」
はやてちゃんはアリサちゃんのでかいベッドにゴロリと寝転がり漫画を読み耽る。現在アリサちゃんとなのはちゃんのタイマン状態なので、既に上がってしまっている自分達は暇なのである。
ちなみにベッドの上には他にフェイトとアリシアがおり、二人共横に並んで静かに漫画を読んでいる。『少女漫画は乙女に必要な知識を与えてくれる』というアリサちゃんの弁に引きこまれた形だ。
すずかちゃんは一人、フェイトの連れて来た犬状態のアルフを楽しそうに撫でている。
「うふふ。アルフ、ジャーキーあげるね」
「ガフガフッ」
最近開発したらしい子犬モードという機能で小型犬並の大きさのアルフを本当に楽しそうに撫でている。それにしてもアルフ、お前それでいいのかと突っ込みたくなる。
「そういえばアリシア。リハビリの調子はどうだ?」
「ん? そろそろ普段から杖使って歩くようにしようって」
「そっか、良かったな」
「うん。えへへ」
フェイトより幾分小さい、小学1年生程度のアリシアが約一ヶ月のリハビリの末そろそろ歩けるようになるという。これで車椅子ははやてちゃんだけとなってしまった訳だが、彼女はそういう事は気にしないので、よく出来た子だと思う訳で。
「うにゃー! また負けたぁー!」
「ハンッ! 駆け引きで私に勝つなんてなのはにはまだ早かったみたいね!」
持っていたトランプをブワーっとぶち撒けて盛大な悲鳴をあげるなのはちゃんと、フフンと得意気なアリサちゃん。何ともはや、楽しそうでなりよりですねぇ。
「さて、トランプも終わったみたいやし、次なにする?」
漫画を読んでいたはやてちゃんが顔をあげて言うが、次に続く言葉が出てこない。うーん、そろそろ遊びは出尽くした感じだなぁ。
「えっと、トランプやって、ゲームもして、漫画も読んでるし……」
「もうネタは出尽くした感じよねぇ」
すずかちゃんとアリサちゃんも同じ感想のようで、正直次のネタは思いつかない。
あ、そういえば。
「アリサちゃん、この間遊園地の招待券貰ったって言ってなかったっけ?」
「あ、そういえばそうだわ。結構な数貰ったから……うん、全員合わせても大人何人か追加で行けるわね」
「ホント! 行きたい行きたい!!」
アリサちゃんの言葉にアリシアがきゃっきゃと喜んで応える。うん、遊園地、いいんじゃないか。
「じゃあさ、明日とかどうかな」
「そうね。どうせ明日もみんな予定ない、わよね?」
「うん、私は大丈夫だよ」
すずかちゃんが大丈夫と言うと、他のみんなも同意する。何というか、こういう時大人が忙しいと子供は暇でしょうがないのだ。
「じゃあ明日遊園地ね! 今から明日の予定決めちゃいましょう!」
「わーい!!」
こうして、明日の遊園地に向けて楽しい予定作りが始まったのだった。
◇◇◇◇◇
明けて翌日。絶好の行楽日和となった今日、前日の宣言通りみんなで遊園地へとやって来ていた。
メンバーとしては子供七人に保護者としてリニス、ノエルさんが。そして今日翠屋で唯一休みを貰えた美由希さんが一緒にやってきていた。
遊園地に着いた途端テンションが爆上がりした子供六人を先頭に乗りたい乗り物に片っ端から乗るという強行軍を敢行しており、現在はノエルさん、リニスさんが同行して二組に別れて観覧車へみんなは乗っていた。
そして自分はと言うと、子供達の勢いに圧倒されグロッキーな美由希さんと一緒に、観覧車の前で小休止である。
「……子供の体力なのに、よく持つわねあのテンション」
「美由希さんは鍛えてるのにバテましたね」
「テンションに着いて行けなくてねー、アハハ……」
買ってきたスポーツドリンクを口にしながら乾いた笑みを浮かべる美由希さん。確かに美由希さんの性格的に、騒ぐのは性に合わないのだろうと思う。実際控え目で大人しい性格をしている読書家である訳だし。
似たような性格のすずかちゃんが居る訳だが、彼女もなのはちゃん達と一緒に居ると結構テンションが鰻登りだったり騒いだりする事があり、同年代の友達が一緒だと控え目な性格が影に隠れるようである。
「それにしても、短い間に友達増えたよねぇなのは」
「確かにそうですね。先月まではいつもの三人でしたもんね」
「はやてちゃんとフェイトちゃんとアリシアちゃんか。いい子達だよねぇ」
観覧車を見上げながら呟く美由希さんに首を振り同意を示す。見上げていた観覧車はなのはちゃん達が乗っており、遠目ながらこちらに手を振っているのが見えた。自分と美由希さんは揃って手を振り返す。
「先月までは普通、だったのにね。魔法に関わって、色んな人に出会って、友達増やして。これからどうなっちゃうのかな」
「まぁ、なるべく平和に生活していきたいですけれどね。自分が言うのも何ですけど、魔法に関わるのは危険に関わる事と同じですから」
「ま、それは分かってるけれどね。今なのはが魔法に関わっている事が許されているのは、けんちゃんが一緒に居るからだし」
「自分が?」
意外な言葉に思わず美由希さんを見返すと、美由希さんはふと、申し訳無さを含んだ笑みを浮かべていた。
「なのはが自分で選んだっていうのもあるけど、けんちゃんが居るから私達は許容できた。なのは一人だけだったら絶対に反対してたもの。それだけ信頼してるんだよ、ウチは」
「それは、有難いやらどうしていいやら」
「まぁ魔法関連はけんちゃんに頼り切りになっちゃう所が申し訳ないんだけどね。他の誰でも無い、けんちゃんがなのはの傍に居てくれるから安心できるの」
「ありがとう、ございます?」
「あはは、どうなんだろうね。迷惑じゃないかなって思いもするけど」
迷惑とか、考えた事が無かったので思わず目を見開く。自分としては大事な友達であり、護るべき対象だと思っているなのはちゃんをいつも通り護ろうとしていただけで、当たり前の行動だったのだ。
勝手に期待を寄せられて、などと不満に思ったりなど有り得ないし、逆に期待してくれる事実が信頼関係を実感させてくれるので、嬉しいというのが正直な所である。
自分がそんな事を考えていたら、美由希さんがジッと自分の顔を見ていた。
「……何か?」
「けんちゃんってさ、なんて言うか、大人だよね」
「…………そうですか?」
「そうだよ。苦労を買って出るというか、そういう何かを護ろうとする行動とか、自然に出来ちゃうくらい大人。厄介事なんて関わりたくないし、けんちゃんぐらいの年の男の子だったら駄々こねるものでしょ」
「まぁ、確かに」
「なんかけんちゃん見てるとさ、なのはのお兄ちゃんみたいなんだよね。恭ちゃんは厳しいお兄ちゃんで、けんちゃんは優しいお兄ちゃん、みたいな」
美由希さんの言葉に納得する。確かに自分は心の中でなのはちゃんを妹のように捉えている事が多々ある訳で、傍から見てもそれが分かるのだろうか。
「確かに自分にとって、なのはちゃんは妹ですかね」
「でしょう? なんか見てて分かるんだよねー」
「そんなに分かりやすいですかね」
「傍から見てるとね。でもいつまでも妹扱いじゃ駄目だよ? これはあの子の姉として、同じ女としての忠告」
「……何とも重たい言葉ですね」
「実体験だからね」
そう言った美由希さんは、遠くの空を仰ぐ。その瞳に写っているのは本当に空なのか、それとも……。
「まぁ、言いたいことは分かりますよ。でも今はまだ妹です」
「それでいいよ。もう少しお互いに成長したら、ちゃんと見てあげてね。女の子の成長は早いんだから」
「ご忠告痛み入ります」
「どうもどうも。ま、私もけんちゃんの成長には期待してるから。っと、そろそろなのは達が降りてくるよ」
何とも曖昧な解答になった訳だが、それに納得したのか。美由希さんはなのはちゃん達の乗るゴンドラを指さしながら、ベンチから立ち上がる。
どうやらグロッキー状態から復活したみたいだと考えながら、観覧車の出口へと移動する美由希さんの後ろを自分も追いかけた。
やれやれ、またしても成長を期待されてしまった。
◇◇◇◇◇
楽しかった遊園地から数日後。自分となのはちゃんは、アリサちゃんとすずかちゃん、はやてちゃんを連れてフェイトの招待で時の庭園へと来ていた。
いつの間にか改装したのだろう、時の庭園には中庭以外のエリアにカフェテリアのようなものが出来ており、仮想映像を壁面に表示させて草原の中でお茶会をしているような状態になっていた。
《一昨日にリクエストがあったので改造したようです。ハズラットの技術をふんだんに使った無駄に豪華な施設です。ここでお茶会をするより月村家かバニングス家でお茶会をしたほうが遥かに経済的です。まぁ動力は備え付けの魔晄炉なのでお金がかかる訳ではありませんが》
「そういうシニカルな意見やめろよお前。現実的な事を言うな」
「まぁ、確かに我儘で作るよう指示したのは私だからね。偶にはこういう自然も味わいたい訳よ」
リニスさんと一緒にお茶の用意をしてくれていたプレシアさんが苦笑いを浮かべながら応えてくれた。
「地上での生活はまだ出来ないんですか?」
「管理局に正式に申請を受理された訳じゃないから。次元震の影響で艦船の移動がまだできないのよ」
「あと一二週間で渡航できるようになるだろうって言ってたから、そうなったら申請して受理まですぐだって」
「それまではここで擬似的に自然を楽しむか、いつも通り翠屋や高町さん家に半日程度お邪魔するぐらいしか出来ないのよね」
「なんや縛りがキツいんですなぁ」
「フェイト達は大丈夫なんだけれどね。私は一応元管理局の研究者で、大魔導師と呼ばれてた人間だから。何かやらかした時の管理外世界への影響力がフェイト達とは桁違いだと判断されているのよ」
プレシアさんの説明にほえーとはやてちゃんが感心したような声を出す。管理局が来てからプレシアさんの自由が減ってしまった訳だが、そこは有名税でしょうがないと割り切っている辺りさすがだと思う。
それにしても次元震か、そんなに影響が強いものなんだなぁ。
「高次空間で起こったからこの程度の被害で済んでるけれどね。地上だったら今頃海鳴は無いかもしれないわよ」
プレシアさんの言葉にアリサちゃんが飲んでいたお茶をブッと吹き出す。隣のすずかちゃんもポカンとした顔をしていた。まぁ確かに自分の知らない所で世界が救われていたと知ったらそういうリアクションにもなるよね。
「管理局としてもそういった事態にならなくて胸を撫で下ろしてるわよ。あなた達には感謝していたわ」
「結局自分達の街を守りたいだけでやった事ですから、感謝される謂れはないんですけどね」
「私としては、フェイトちゃんに感謝かな。私とけんちゃんじゃ、あの発現体を魔法で転送させる事は出来なかったし」
「そんな。なのはと堅一も凄く頑張ったよ。堅一なんて傷だらけだったし」
確かにあの嵐龍と戦っていた時に一番傷が多かったのは自分だが、やった事と言えば近距離戦での足止め程度が精々である。本格的なダメージを与えられたのはフェイトとなのはちゃんのお陰だ。
「アンタ達、いつの間にか世界を救ってたのね……」
「ほんと、物語のヒーローヒロインみたい」
「魔法使いやしなぁ」
どうにも実感を得ていない三人の言葉だが、それも仕方のない事で。正直自分達でもアレが世界の危機であったという事を実感できてはいないのである。
その次元震というものを体験していないからだろうとは思うのだが。
「そういえば今日はアリシアは?」
「今はリリナさんと一緒にリハビリ中。リニスとアルフが見ているわ」
日々頑張っているという事か。まぁ筋力をつけるというのも並では無いし、動かしていなかったものを動くようにするにはそれ相応の時間もかかるという事だ。
「あの、プレシアさんに、今の内に魔法の事色々教えて貰いたいんですけど」
「そうね、はやてさんには今後必要になるとは思うわ。と言っても恐らくはやてさんの魔法はベルカ式になるので、知識として分かる範囲だけになってしまうけれど」
「それでもいいんで、お願いします」
真剣な表情で頭を下げるはやてちゃんに、プレシアさんは笑顔で承諾する。
「ついでだからなのはさんも、一緒に勉強しなさい。アリサさん、すずかさんも興味があるならどうぞ」
「是非お願いします」
「理論とかそういう事、知りたいです」
プレシアさんの言葉に飛びついたなのはちゃんとすずかちゃん。アリサちゃんも興味津々なようである。
何だか今日はこのまま勉強会のような感じになりそうだなぁ。
「そうね、それじゃあまずは魔法という現象が発生する原理から――――」
こうして、学校帰りにも関わらず自分達は魔法という不可思議な現象の勉強までする事となった。
◇◇◇◇◇
最近色々面倒な事があり、疎かになっていた恭也さんとの鍛錬が再開した。とは言ってもお互い自宅で鍛錬は積んでいるし、今まではジュエルシード探索に必死だったのでしょうがないのである。
ジュエルシードが見つかったのに鍛錬でクタクタになっていたらいかんだろう、という至極尤もな理由だったのだ。
今日の鍛錬は我が家の道場では無く、高町家の道場である。
小さめの日本庭園の中に立つ板張りの道場の中で、自分は逆立ちをしていた。
これに何の意味があるのかと問われると、何の意味も無いだろうと答えるしか無い。何となく、逆立ちがしたくなったのだ。
自分が始めてから早五分程、ふと気が向いた時に両腕に力を込めて逆立ちのまま腕立て。ググッと力を入れ、また戻す。
視線の先では逆さまの美由希さんが恭也さんと約束組手の鍛錬を。その隣では雅俊さんが士郎さんと二人でその様子を眺めている。
彼女達は既に約束組手を一時間も継続しており、二人共汗びっしょりである。それもそのはず、今回は真剣を用いての組手であり、気を抜けばお互い大怪我は免れないものとなっているのだから。
互いの一挙手一投足に神経を張り、手順を正確に実行する。それだけだからこそ、気を抜けば怪我に繋がる為気を抜けない。
暫くゆっくりと流れる刀の軌道を眺め、二人の間合いが離れ納刀された事で、組手は終わりを迎えた。
「……ふぅ。もう汗びっしょり」
「剣筋は良くなっている。鍛錬を積むように」
「はぁい」
タオルで汗を拭く美由希さんに薄い笑みを浮かべてアドバイスを送る恭也さん。兄妹仲は相変わらず良いようで何よりですなぁ。
自分もよっと逆立ちから戻り、今しがた鍛錬を終えた二人へと近づく。
「お疲れ様です」
「ほんと、疲れたよぉ~」
「まだまだ甘いぞ美由希。それよりどうだった、堅一」
「あの剣筋でまだまだ甘いという辺り、御神流は鬼だなぁ、と」
緩やかな速度で振るわれていた剣だが、その鋭さは半端ではない。速度など無くとも簡単にモノを断ち切れるその剣は、自分から見れば達人と言っても遜色無いものである。
確かに、恭也さんと比べると若干劣りはするが。そこは鍛錬の密度と時間で埋められる差だと思える。だからこそ、同じだけの密度と時間で先を行く恭也さんとの差は埋まり難い訳だが。
「なに、俺もまだまだ。もっと鍛錬を積み、父さんを超えなくてはな」
「年々技が昇華されていくあの人は本当の鬼なんじゃないかと思いますけれど」
「違いない」
ウチの父もそうだが、士郎さんも大概である。伊達に実戦を経験している訳でも無く、過去の研磨を昇華させ技と成し、それを更に発展させ進化させている。自分達の師であり父は、超えるべき目標にしては少し偉大すぎる気がするのである。
と噂をすれば、鬼のいぬ間に。件の鬼が木刀と棍を携えやってきた。
「さて、次は堅一君だな。相手は俺がやろう。組手は乱取りで」
「はい、よろしくお願いします」
差し出された棍を受け取り、道場の中央へと移動し、頭を下げる。相手との距離を確認し、棍を正眼に構えて足で確りと道場を踏みしめる。
「綺麗な構えだ。来なさい」
「いきます」
言うと同時に正面に突き、払われた所を逆らわずに勢いを利用し身体ごと回転、逆の棍先で相手を突きに行く。それを避けられると今一歩踏み込んで横薙ぎに払いに行き、下を潜り抜けられ剣が下から昇ってくるのを理解するより前に身体を傾け回転させて剣を逃れる。
棍を一度床に打ち付けてから反動で手元へ戻し舞花棍と呼ばれる棍を回転させる技法で周囲を払い、互いの距離を開かせる。
「何だ、随分器用に使えるじゃないか。普段使わないから武器を使った技法は苦手なのかと思っていたよ」
「山田流は無手のほうが強いですから。自分より上の人との鍛錬で手を抜くのは失礼でしょう」
「それもそうだ。今日はまたどうして?」
「獲物対獲物の鍛錬も大事だと言われたので。それより、次いきます」
一気に踏み込んで下から跳ね上げる。安々と避けられた棍を再び横薙ぎに払い、今度はすかさず逆に戻す。再び踏み込んで突こうとした所で神速の剣が迫ってきたので棍を横にして受け、逸らす。
そのまま身体を回転させて逆先を胴目掛けて振るうが、これも安々と避けられる。
なればと突き、払いを駆使して攻めに攻める事にした。
「セェッ!」
「よっと、うん鋭いじゃないか」
「ハッ!」
上段、払い上げ、袈裟斬り、打ち込み。震脚から棍を伝って衝撃を剣へ通すが、士郎さんも解っていたのか同様の衝撃で相殺する。
そこから二刀による怒涛の連撃が始まった。切上げ、袈裟斬り、突き、打つ、蹴りと四方八方からの斬撃を受け、流し避けながら次の一手として棍を頭上に回しながら振り上げる。
ブォンという音と共に一歩士郎さんが後ろに下がった所で、一気に振り下ろす!
カァン、と木同士が打ち合う音が鳴り響き、気付けば獲物を取り落としていたのは自分の方だった。
棍は床に落ち、士郎さんは残心をして自分の胸元へ剣を向けながら口を開いた。
「棍の弱点は行動の制限化だな。突く、払う、打ち据える。その3つだけで対応しなければならない」
「正しく。だからこそ、制限された状況下でも戦えるようになれば強くなるというのが父の言葉です。参りました」
「まぁ、全力で打てば人を殺めかねない山田流の拳には丁度良い制限なんじゃないのかな? 御神流もそうだが、先生の拳は生々しい技が多いから」
「そうでしょうね」
山田流の拳は生々しい。確かにその通りであるとしか言えない。関節砕きなどまだ易しい方であり、状況によっては臓物を引きずり出してしまいかねないものすら存在する。いいとこ取りとはよく言ったもので、悪く言えばあらゆる流派の殺人技法詰め合わせのようなものである。
棍の鍛錬のもう一つの目的は、その生々しい拳を使わずに事を収められるようになる事である。道具を使った方が弱いなど、剣道三倍段に謝るべき発言ではあるが、事実なので仕方がない。
何せ棍を持てば掴み、投げ、極める事が出来ないのだから。手数が減るのと同義である。
それにしても、最後の一撃の衝撃は大きかった。腕に痺れがまだ残っている。両腕の痺れを解すようにコキコキプラプラとしていると、士郎さんが頭を軽く掻きだした。
「いやぁ済まないね。最後の気迫が良かったもので、つい技で返してしまった」
「いえ、この程度慣れてますから。それにしても最後のは凄かったですね」
「君達にもあるだろう、衝撃を内側へ徹す技が。それと同じ事を小太刀でやるだけだよ」
簡単に言うがそれはそんな簡単なものじゃない。道具に衝撃を伝える技は、素手よりも繊細な調節が必要だろう。寸勁ですら筋肉の緊張と弛緩の調整がデリケートなのに。
「だが君も出来るだろう? 修練すればできるものだよ」
「まぁそうなんでしょうねぇ」
自分も実際やってる訳だしね、棍で、両手でという違いはあるが。
「けんちゃん、お疲れ様!」
「あれ、なのはちゃん」
声がかかった方向を見てみると、そこにはタオルを持ったなのはちゃんが立っていた。
どうやら見学をしていたらしくパタパタとタオルを持って駆け寄ってきては差し出してきた。
「けんちゃんやっぱり凄いね! お父さんも、お疲れ様!」
「あぁ、ありがとうなのは。堅一君は強いぞぉ、なのはもやってみるか?」
「う、うぅん。なのはは既に何回も負けているので今日はいいのです」
「あはは、そうだったか。悪かったな」
ポンポンと頭を撫でる士郎さんと嬉しそうななのはちゃんの姿にほっこりする。うんうん、親子仲も良好で何よりですな。
暫く頭を撫でられていたなのはちゃんは、そういえばとクルリと自分へ振り返った。
「そろそろ約束の時間だよ。フェイトちゃんとアリシアちゃんのプレゼント、今日買いに行くんでしょ?」
「そうだね、自分はお風呂借りるから準備して待っててくれると助かる」
「うん、もうお風呂準備は出来てるから。けんちゃんは入ってきて」
「ありがとう」
笑顔で促されるままに、なのはちゃんの言葉通り高町家の母屋へと向かう。
今週のフェイト・アリシアの誕生日の為に、これからみんなでプレゼント選びなのであった。