魔法少女リリカルなのは 夢現の物語   作:とげむし

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第十六話

 

はやてちゃんの居住の話から一転、唐突に突き出されたはやてちゃんの真実。

 

闇の書というロストロギアが齎す非常な事実に、健気に立ち向かうしかないはやてちゃん。

 

本当に、自分を含め周辺は厄介事が多すぎます。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

闇の書の件は、未だアリサちゃん、すずかちゃんには話さないようにとのお達しと共に、現状はこれ以上できる事は無いという事でその日は帰宅した。

 

明けて翌日からは改めて高町家、テスタロッサ家、中田家、バニングス家によるジュエルシードの探索が行われていた。

 

月村家? 彼処も探索してはいるが、目的が「被害が出ないようにする」じゃなく「忍さんの実験の為」になっているので除外しておこう。すずかちゃんが何度も謝っていたのが痛ましくて涙がでる。

 

探索をしながら、自分もなのはちゃんも、フェイトも自身の魔法に関する知識、技術双方を向上させるべく努力を積んでいる訳だが。

 

そんな折、念話にて呼び出された自分は、時の庭園へなのはちゃんとユーノ、そして桃子さんと共にやって来ていた。

 

で、話というのが。

 

「フェイトに向けて魔法が撃てない?」

 

「えぇ。模擬戦を度々申し込まれているのだけれどね……」

 

ハァ、と溜息と共に吐き出したプレシアさんは、どこか疲れた表情をしていた。

 

いきなり何かと思えば。そんな事を相談されても、正直困ってしまうのだが。

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

「えぇ、ごめんなさい。ちょっと自分のメンタルが思ったより弱かった事に落ち込んでしまってね」

 

なのはちゃんの言葉に乾いた笑みを浮かべながら応えるプレシアさん。

 

自分が豆腐メンタルだった事に落ち込んでしまっているのか。それにしても何故?

 

と思っていたら、桃子さんがウンウンと一人で納得していた。

 

「そりゃそうよ。模擬戦だろうと何も悪いことをしていないのに、母親が娘に手を出せる訳が無いわ」

 

「そうなのよねぇ。それに以前の事もあって、また昔のような自分に戻ってしまうんじゃないかという思いが頭を駆け巡るわ」

 

「あぁ~そうよねぇ。そこら辺複雑よね、プレシア」

 

「わかる? 桃子さん」

 

あれよあれよという間に主婦の井戸端ワールドが形成されてしまった。既に室内で喋っているのはプレシアさんと桃子さんの二人だけとなり、お茶を飲みながらウンウン頷きつつ止まらない口を眺めているだけとなった自分達は、一体ここへ何しに来たのだろうか。

 

もう桃子さんに任せればいいんじゃないかと思っていた所に、件のフェイトの使い魔であるアルフが部屋へとやって来た。

 

「プレシアに呼ばれてあんた達が来たって聞いたんだけど、なんだい。忙しかったかい?」

 

「自分となのはちゃんは別に。忙しいのはプレシアさんと桃子さんの口だ」

 

「にゃはは……。二人とも、さっきからずっと止まらないの」

 

「なんだ、暇って事か」

 

アルフが来たというのにも関わらず、二人は相変わらずお喋りを続けている訳で。そりゃ入ってきたアルフも呆れるわ。

 

という事で、自分となのはちゃんはアルフに連れられて、フェイトが魔法の訓練をしているという時の庭園中庭へと来たのだが。

 

そこに映ったのは、地面にへたっているバリアジャケット姿のフェイトと、その前で腕を腰に当てているリニスの姿。

 

「フェイト、少し休憩にしましょう。お友達も来たようですしね」

 

「は、はい……」

 

ゼェハァと完全に肩で息をしているフェイト。顔も汗に塗れて何とも訓練の過酷さが伺えるものである。

 

その姿に、使い魔であるアルフは冷や汗混じりに、畏敬を込めた視線をリニスへと向けていた。

 

「リニス、あんた相変わらずだね」

 

「アルフ、丁度良いです。もう少し身体を動かしたかった所なんですよ」

 

「口出すんじゃなかった!!」

 

必死に抵抗しようとするアルフをまぁまぁいいからと笑顔で引きずってどこかへと連れて行くリニス。フェイトォ~! なんて叫び声が聞こえているが、当のフェイトは完全にグロッキーで地面に倒れ込んでいます。

 

「地面が……冷たくて、気持ちいい……」

 

「その気持は凄く分かるなぁ。ヘトヘトの時は特にな」

 

「け、けんちゃんもこうなるまで訓練した事あるの!?」

 

「しょっちゅうだよ」

 

わ、私も頑張らなくちゃかな? なんて肩に乗せたユーノに相談しているなのはちゃんは、どういう訓練をしているんだろうか。

 

少し気になったので聞いてみると、余り身体を動かす事はしていないのだとか。

 

「私は遠距離魔法使いだから。避ける事とかの訓練より、如何に相手の行動範囲を狭めて自分の攻撃を当てるかっていう内容でやってるよ」

 

「なるほど。確かにそれは理に適ってるし、なのはちゃんには丁度良いのかもしれないな」

 

特性を鑑みれば確かにその訓練方法が一番なのはちゃんに合ってるだろうし、今後も非常に重要になってくる物だと思う。

 

自分やフェイトのように近接寄りの人間であれば近づく為の体捌きなんかを訓練する訳だが、なのはちゃんに必要なのは離れる為の魔法の特訓なのだろう。

 

だが実際、近づかれてしまったらどうするのだろうか。それを言った所で、なのはちゃんは指を左右に振った。

 

「ふふん、それを考えないなのはじゃないの。ちゃんと対応策はあるんだよ」

 

「へぇ、どんな?」

 

「ディバインシューターをばら撒いて炸裂させる」

 

物凄く物騒だった。確かにそれは相手の足を止められるだろう。自分が相手したと想定して、なのはちゃんは移動しながらでもディバインシューターを出せるから、追跡していたとしても前方でシューターをばら撒かれて、それが目前で炸裂したら足を止めるか迂回するしか無いと思われる。

 

うむ、悪どい手段ではあるが有効な手段だ。だが、しかし。

 

「なんか、魔法少女のイメージから凄くかけ離れたやり方だね」

 

「うにゃあ! やっぱり! やっぱりけんちゃんもそう思うの!?」

 

「自覚あったんだ」

 

「うん。なんか、レイジングハートとシミュレーションしてこういう手段で、とか打開策はこう、って考えてると、どうしてもそういう物騒な手段になっちゃうんだよね……」

 

《マスター、それが有効な手段であるなら躊躇する必要はありません》

 

物騒の大本はデバイスか。だがしかし言ってる事には一理ある訳で。うむむ……。

 

「まぁ……程々に、ね」

 

「引いてる! けんちゃんが引いてる!!」

 

「引いてない引いてない」

 

「嘘だよ! 絶対引いてるの! 私だってこんな手段あまり使いたくないんだよぉ~!!」

 

なんだかどんどん魔法少女のイメージから離れていくなぁと、少し遠くを見つめたくなっただけなのですよ。

 

本当に、ね。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

地面にへたれていたフェイトが漸く復活し、三人でそのまま中庭で駄弁る事数分。いつの間にか、模擬戦をする事になりました。

 

「お互いの現状を知るにはいいんじゃないかなって」

 

「確かにそうだね、フェイトちゃん」

 

やる気を出したフェイトと、乗り気ななのはちゃん。それにしてもフェイトは先程までへたれてた割に元気だな。

 

「じゃあ僕が結界を貼るから。誰からやる?」

 

「じゃあ私と、けんちゃんかな。フェイトちゃんはもうちょっと休んでて」

 

「うん、分かった」

 

おっと、いつの間にか自分もやる事に決まってしまった。まぁいいか、と思いつつ手首をコキッと鳴らす。

 

「まさか、なのはちゃんと戦うような事になる日が来るとは」

 

「にゃはは、確かに。先月までじゃ想像つかなかった事だよね」

 

セットアップしたレイジングハートをくるりと回して言うなのはちゃんの言葉に同意だ。本当に、先月までじゃ考えつかなかった状況に今置かれている訳で。

 

「思えば遠くへ来たもんだなぁ……」

 

「けんちゃん、お兄ちゃんみたいになってるよ」

 

失礼な、恭也さん程老成していないですよ自分は。

 

「スティール、装着」

 

《了解、装着》

 

パシュンと衣服が輝きいつもの戦闘服へと着替える。これでお互い準備万端。向い合って地面に立ち、あとは合図を待つのみ。

 

「なのは、堅一、頑張って」

 

「二人とも、怪我しないようにね。それじゃ、開始!」

 

ユーノの声と共に、自分は一気に前へと踏み込み、なのはちゃんは後方上空へと退避する。

 

「やっぱり初手はそうくるか」

 

「行くよ。ディバインシュート!」

 

宙から放たれる光の弾が4つ、それぞれ不規則な軌道を描きつつ自分へと迫る。こういうのを見ると、羨ましくなる。魔法っぽい。

 

自分はその弾を手で弾き、回避しながら上空へと上がりまたもやなのはちゃんへと迫る。だがそれを待ち構えていたように、なのはちゃんから砲撃が。

 

「ディバイーン、バスター!」

 

ゴウ、と音と共に放たれた砲撃魔法を範囲から少し大き目に回避行動を取りつつ同時に接近、拳の一撃を当てに行く。

 

「セェッ!」

 

「わっ、わっ!!」

 

急上昇で回避したなのはちゃん。同時に置き土産でディバインシューターを瞬時に作って炸裂させて行く悪どい手口を本当に実行してくれた。

 

爆発を回避する為横へとスライドし、自分はそのまま足場を形成、そこへと立って拳を引き絞る。

 

「行くよ、なのはちゃん」

 

「え、もしかして!」

 

中距離程度の位置で拳を引き絞った自分に何か気付いたのか、射線から慌てて退避する。だが、この魔法は小回りが効きやすいのである。

 

「シャア!」

 

掛け声と共に拳を撃ち出し、魔力弾を一直線に放つ。危なげなく回避したなのはちゃんだが、魔力弾は一発だけじゃないのだ。

 

「オラオラオラオラァ!!」

 

「れ、連射で来たぁ!」

 

「腕は左右にあるんだよ、なのはちゃん!」

 

両腕を絶え間なく突き、魔力弾を雨あられと撃ち出す。威力自体は低いものだが、手数で押し切る事が可能だろう。

 

と思っていたら、必死に回避行動を取っていたなのはちゃんが、杖を突き出した。

 

「この、いい加減にするのっ!」

 

《ディバインバスター》

 

バシューン、と光の帯が発射され、自分が撃ち出した魔力弾がほとんど、ものの見事に掻き消えた。

 

まさか一発で今の状況を打ち破るとは。というか、いくら単発威力が低めだからと言え相当数あったものを、そんな簡単にかき消してしまうとは。

 

「なのは……。君の砲撃の才能が、少し怖いよ」

 

「私、今度やったら勝てないかもしれない」

 

「ユーノ君もフェイトちゃんもいきなり失礼なのっ!!」

 

魔力弾を簡単に打ち破る砲撃の威力に若干顔を青ざめるユーノと、以前戦った時との差を思い出してか少しブルッと震えるフェイト。

 

そりゃあもう、魔法の尽くを砲撃一発で打ち破られる想像をしてしまうのはしょうがない訳で。

 

これはやっぱり遠距離戦ではどう考えても勝ち目は無いなと踏んだ自分は、今まで以上に気合を入れ、空を滑空した。

 

「いくよっ! なのはちゃん!」

 

「けんちゃん! 勝負なの!」

 

そして撃ち出されるディバインシューターを魔力弾で相殺し、距離を詰める。詰めたと思ったら砲撃を狙い撃ちされ回避行動、また詰める作業を繰り返しつつ、魔力弾で牽制。

 

一直線に詰める訳でも無く、フェイントを織り交ぜながら詰めている訳だが、中々どうしてきっちり把握して撃ってくる。なのはちゃん、厄介だ。

 

「バスター!」

 

「のおぉっ!」

 

「シュート!!」

 

「せぇぇっ!」

 

回避し回避され、撃ち合いの続く中、一発のディバインバスターを回避した所で、自分が一気に距離を詰めた。

 

「おりゃあ!」

 

「わぁっ!」

 

ガン、という音と共に右腕がプロテクションで阻まれる。だが、なのはちゃんの足が止まった。今こそ好機!

 

「魔法展開!」

 

《拘束魔法、展開します》

 

「わわっ」

 

自分の言葉と共に魔法が展開され、足を止めた自分となのはちゃんの四方、上下を魔法の障壁が取り囲む。

 

ガチィンと完全に障壁が接続され、自分達の周囲に、四角い小さな空間が形成された。それを確認し、突き出していた拳を引く。

 

「さて、なのはちゃん……」

 

「ふえっ?」

 

「この狭い空間で、今までのように回避できるかな?」

 

言われ、周囲を見渡したなのはちゃんだが。本当に狭い、なのはちゃんの部屋よりも狭いこの空間内での自由行動は、まず難しいだろう。

 

苦い顔をしたなのはちゃんは、次の瞬間乾いた笑みを浮かべていた。

 

「にゃはは……無理、です」

 

「だよね。じゃあ自分の勝ちでいいかな」

 

「うぅ~! 悔しいの!!」

 

ふぅ、と息をつきながら言った自分の目の前で、なのはちゃんは本当に悔しそうに地団駄を踏んだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

バチュンバチュンと、上空を凄い速度で動く桃色と金色の光を眺めながら、自分は芝生の上に寝転がり途中リニスさんが持ってきたお菓子を頂戴していた。

 

暇を見計らってシナモン味のラスクを作ったとの事で、甘さも控えめでシナモンの風味がとても心地よい。一緒に見上げているユーノもカリカリと貪っている。

 

それにしても、もう20分程はあぁしてバチバチ空中で撃ち合っている。お互い一歩も譲らず、隙を突いては突き返しての繰り返しである。

 

だがしかし、そろそろ集中力が切れる頃なんじゃないかなぁと思う。

 

「堅一は、どっちが勝つと思う?」

 

「フェイト」

 

同じような事を考えていたのか、ラスクを齧ってたユーノが唐突に問いかけ、自分は間髪入れずに答えを出す。

 

良く考えなくとも分かる事ではある。現状、模擬戦という事である程度力を抜いた本気という奴で戦わないといけない訳だが、そうなると魔法に対する理解度、そして練習量が決め手になってくると思う。相性とかを抜きにして。

 

その練習量、理解度は圧倒的にフェイトに分があり、また実戦形式の模擬戦に慣れていないと思われるなのはちゃんには、緊張、集中力の維持がフェイトよりも下であると思われる。

 

なので自分は、フェイトが勝つと予想。というか、今丁度集中が一瞬途切れたなのはちゃんの隙を突いてフェイトがバルディッシュのサイズフォームの刃を突き付けた所である。

 

まぁ順当だろうな。そんな感想を浮かべながら、自分は身体についた芝生を払いながら地面に降りてきた二人に近づく。

 

「お疲れ様。今リニスさんがお茶入れてるからプレシアさんの所へ来てくれって」

 

「ありがとう、堅一。それじゃあ行こう、なのは」

 

「また負けた……二連敗……」

 

「経験の差だよ。フェイトは今まで訓練してたんだし、自分も自宅で常に鍛錬と試合をしていたんだから」

 

見るからに落ち込むなのはちゃんの肩をポンポンと叩いて移動を促すと、「次は絶対勝ってやるの!」と意気込む。

 

いつの間に、こんなに活発というか、負けず嫌いな子になっていましたか、なのはちゃん。

 

次やった時はどうなるか、また新しい呪文とかを編み出してリベンジとなるのだろうか。自分はとりあえずまだ負けるつもりはないのでいつでもかかってくればいいと思う。返り討ちにしてくれるわ、ぬっはっは。

 

なんて下らない事を考えつつなのはちゃんをフェイトにけしかける。

 

「自分よりはフェイトと一緒に訓練したほうが魔法の訓練にはなると思うよ。自分は山田流の延長上に魔法がある感じだし」

 

「確かにそうだね。じゃあフェイトちゃん、今度から一緒に練習しよう!」

 

「うん、私としても相手が増えるのは有難いから」

 

「やった! じゃあ二日に一日ぐらい、学校終わった後でね!」

 

なんともすんなりとお互い納得して日々の訓練が決まる。それでいいのか少女よ、二日に一遍戦う日々とか。向上心があるのは良い事なのだろうが、それが戦闘行為の練習というのが何とも言い難いなぁ。

 

あぁでも、美由希さんもなのはちゃんと変わらず幼い頃から御神流を叩きこまれていたのだから、高町家はそれで良いのかもしれん。

 

戦闘一家に生まれ、今まで縁の無かった事にどっぷり浸かり始めたなのはちゃんの先行きに幸あれと願いながら、プレシアさんの執務室へと三人で入る。

 

中では相変わらずお喋りを続けているプレシアさんと桃子さん、それと車椅子のリリナさんにアリシア、二人を連れて来たのだろうアルフと、紅茶を静かに足しているリニスの姿があった。

 

「あっ、フェイト! なのはと堅一も!」

 

「こんにちは、二人とも」

 

元気に声をかけてきたアリシアと、笑顔で自分達を迎えてくれるリリナさん。それに応えながら、予め用意されていた空白となっているリリナさんとアリシアの間の席へと着席する。

 

アリシアの隣はフェイトが、真ん中になのはちゃんを置いて自分。自分の隣にはリリナさん。この配置に、自分は少し戸惑いを覚える。

 

と言うのも、リリナさんが起きてから今まで、自分はリリナさんとまともに言葉を交わした事が数える程しか無いのである。

 

今は身体の事がありリハビリに精を出している訳だが、リハビリを始める前にほんの少し自分の事を聞いただけで、それ以外特に言う事も聞く事も無く、今に至っている。

 

正直言うと、母ではない、だが他人でも無いこの人の事をどう扱っていいものか、目下考え中なのである。

 

そんな態度が表に出ていたのか。隣に座っていたリリナさんがクスッと笑う。

 

「ケン君、難しい顔してる」

 

「……ケン君て、自分の事か」

 

「あれ、駄目だったかな。嫌ならケンイチ君とでも呼ぶけど」

 

「いえ、そういう事じゃないです。好きに呼んで下さい」

 

「ありがとう、ケン君」

 

鈴が鳴るような声で、笑顔を振りまいて言うリリナさんに、やっぱり自分は戸惑ってしまう。本当に、何ともしずらい関係だ。

 

「まぁ、しょうがないわよね。複雑な関係ではあるし」

 

「そうですね、これがもう少し分かりやすい間柄であれば良かったんですけど」

 

「こればっかりはね。本来、私が今こうして居る事だけでも奇跡のようなものだし。ケン君もそういう意味では同じかな。咄嗟の事だったから、下手をしていたら宇宙空間に放り出されてそのまま、何て事もあっただろうし」

 

「あぁ、ランダム転送という奴ですね。そういう意味では色々奇跡が重なった上での、この不思議な関係という訳か」

 

本当に、奇跡が重なっている。自分でもまさか製造者である人物とこうして生きてお茶を飲んでいるとは先月までは思っていなかった訳で。

 

嬉しいとも言いづらいが、嫌である訳が無い現状を、どう表現すれば良いのだろうか。

 

「私も正直ね、戸惑ってるの。自分が育てた訳でもない、けれど自分が生み出して、知らない所で成長していた君の事をどう思えばいいのか」

 

「立場は違えど考える事は同じ、か」

 

「そうね。けれど初めて見た時は驚いた。記憶にあるあの子とそっくりな子が目の前に居たんだもの。自分で造っておいて驚いちゃった」

 

「あぁ、それは確かに。ていうか、あの子?」

 

「そう、あの子。アブドゥルは私が遺伝子を培養して製造したから、君とほとんど同じような子。そして、とても大事な人」

 

アブドゥル、というのはリリナさんが自分の母体である生体兵器に名付けた名前。ハズラットでは偉大なる始祖と同じ名前であると聞いている。

しかし、大事な人、か。

 

「愛してたんですね」

 

「愛してなかったら君を生み出したりしなかったわ。自分のエゴの為に、彼が幸せになれなかった分幸せにしようと思って造ったのが君だもの」

 

「ま、その願いは叶ってますよね。少なくとも今は幸せです」

 

「私の元で、というのが叶わなかったけれどね。それでも幸せならいい。そう思えるわ」

 

「有難い事です」

 

笑顔で言うリリナさんに、強い人だと感想を思い浮かべる。エゴで造られたという事は既に聞いているし、そうじゃなかったらクローンなんぞ作らんという事も理解しているし、大いに納得している事である。フェイトという存在を見ているので余計だ。

 

だがリリナさんは母親としてではなく、アブドゥルを男として愛していた訳だが。

 

「何ともはや。そこがもう一つ戸惑う理由でもあるんですよね」

 

「気持ちは分かるわ。君とあの子は違うけど、同じ存在だものね。私も、そこで戸惑ってる」

 

「どういう意味で?」

 

「あの子の面影を持つ君を将来愛してしまいそうで」

 

「また、はっきり言いますね」

 

「隠したってしょうがないもの。君はきっとあの子に負けず劣らず素敵な男性になるわ。そうなった時、きっと私は君を愛する事になる。でも今はまだ早いから、どういう距離感で居ればいいのか分からないの」

 

何とも重たい話をきっぱりと笑顔で言う人だ。そういう意味でもこの人は強いと思わざるを得ない。

 

ふと横を見ると、フェイトが真っ赤になりながら、アリシアがワクワクと、なのはちゃんが顔を掌で隠しつつも指の隙間からチラチラと、自分達を見ている事に気付いた。

 

更に見れば、お茶を静かに注いでいたリニスもニコニコ、アルフとユーノはお菓子を食べつつ、プレシアさんと桃子さんはいつの間にかお喋りを止めニヤニヤしながら、自分とリリナさんを見ている。

 

「いやぁ、若いっていいわねぇ」

 

「本当にね。懐かしいわぁ私が士郎さんにシュークリームを食べさせた時の事」

 

「そこの母親二人、娘さんの目の前で何を言ってるんですか」

 

えぇいこの二人の目の前でこんな話になるとは思わなかったし、こんな事言われるとは思わなかった。今更恥ずかしくなってくる。

 

思わず顔の温度が上昇した事を感じると、隣のリリナさんがまたもや鈴が鳴るような声で、過激な発言をしてくれた。

 

「君が素敵な男の子になるの、期待しているからね?」

 

「勘弁してください」

 

本当に、勘弁して下さい。もう。

 


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