魔法少女リリカルなのは 夢現の物語   作:とげむし

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第十四話

 

ジュエルシードの発動により、海鳴市に大きな被害が出た。

 

対応するべき自分達は、それぞれに自責を覚え、二度と同じ事が起こらないよう、今以上の力を求める。

 

知識でも、腕力でも、魔力でも。もう二度と、同じ事は繰り返さないように。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

自分に出来る事は現状、そこまで多くはないらしい。

 

なのはちゃんは遠距離特化、フェイトは近接寄りの万能型。自分は近接特化。

 

見方によってはバランスの取れた面子であると言えるかもしれないが、それは三人揃ってでの事。

 

誰か一人だけでもジュエルシードに対応出来るようにならなければ、あらゆる状況に対応出来るとは言い難い。

 

なので自分は、探査魔法及び遠距離攻撃魔法の練習を行う事となった。

 

《相棒の魔力圧縮は高町なのは、フェイト・テスタロッサより頭一つ抜け出ています。圧縮した魔力を打ち出したり、集束した魔力を炸裂させる方向で遠距離を克服しましょう》

 

「それはいいんだけどな。なのはちゃんみたいにスフィアを誘導させたりとかはやっぱり?」

 

《相棒にそちらの才能はありません》

 

キッパリと言い切られガックリと肩を落とす。ああいうの良いと思うんだけどなぁ。

 

自分が出来る遠距離攻撃と言えば、以前フェイトに行ったような魔力を拳から撃ち出すか、直射型の砲撃をするかのどちらかである事が判明した。

 

また例外的に足場を作るのと似たような感覚でケージタイプの捕獲魔法が行使可能。何とも魔法というイメージとはかけ離れたものである。

 

自分と敵を捕獲魔法で隔離して金網デスマッチでもするのか、それが魔法か。魔法なんだろうなぁ。

 

そんな事を思いながら、自分は道場の中心で圧縮魔力を作っては宙に浮かせることをずっと繰り返しているのである。

 

これが何の練習なのかと言えば、瞬時に魔力を圧縮し出現させる。そして、その後の集束の練習である。

 

いついかなる時に魔法を行使せねばならないか分からない。なので頭では無く、身体に魔力の圧縮を染み込ませ、咄嗟の判断で打ち出せるようになるべきである、というのが相棒・スティールの有難いお言葉であった。

 

幸い自分にはそっちの才能があったらしいので、この一週間で身体には十分染み付いている。

 

宙に浮いた魔力球が十分だなと思った所で、その魔力達の中心に立ち、両手をパンと合わせ、意識を集中。

 

両手を合わせるこの行為は、自分の中で集束を行うというスイッチの役割を果たしている。

 

これも身体に染み込ませる為の一つであり、こういう地味だが確りしたものが咄嗟の時に役に立つのだと相棒が言っていた。

 

意識の集中と共に足元に中心に星形を描き、五角形を模した魔法陣が展開される。

 

自分の魔法陣は、なのはちゃんやフェイト、ユーノとは全く違う形をしており、それだけで自分が他の皆とは違う魔法を使っているのだと理解できた。何とも歪な形なのである。

 

魔法陣の展開に従い、両手をゆっくりと離しながら、間の空間に魔力を集めるよう意識を高める。

 

《その調子です。やはり相棒は筋が良い》

 

「コオオオオオッ」

 

丹田に力を込め、身体中へ力を行き渡らせる呼吸法、息吹を用いながら意識を更に高めていく。

 

周囲に存在していた魔力は既に消え失せ、今この道場の中には、自分の両手の間で眩く光る魔力のみが存在していた。

 

この魔力を盛大に打ち出したらどうなるのだろうか。ちょっと試してみたい気もするが、やったら道場どころかご近所さんのご迷惑になってしまいそうな気がするので、未だ試したことは無い。

 

そろそろ圧縮、集束共に限界かな、という所で、相棒から声がかかる。

 

《ここが臨界点です。吸収および霧散を行なって下さい》

 

「ムンッ!!」

 

バチンッ、と両手を一気に合わせ、魔力を吸収する。

 

吸収しきれなかった魔力は空中へと放出され、自分の周りをキラキラと彩る。これだけ見ると少女漫画のイケメン君が出る扉絵のような光景である。

 

「おー、今日も盛大に煌めいとるな」

 

「おはよう、父さん。煌めいてるってなんだよ」

 

「見たまんまじゃねぇか」

 

確かにそうなので何も言えない。

 

黙ってタオルを放り投げてきた父に冷ややかな視線を向けながら身体を拭いた。

 

「そろそろメシ食って高町の所行くぞ」

 

「分かってるよ」

 

本日から、二泊三日の旅行なのである。高町家主催で。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

子供組は全部で六人。自分、なのはちゃん、アリサちゃん、すずかちゃん、はやてちゃん、フェイト。その他恭也さん達も居るにはいるが、彼らを子供としてカウントするのは失礼だろう。そしてユーノはペット枠である。なので六人。

 

そして車を運転できるのは三人。父、士郎さん、ノエルさんである。忍さんと恭也さんは未だ免許を取っていないそうだ。

 

父の車には中田家が。士郎さんの車には高町家と月村忍さんが。ノエルさんの車は、八人乗り。

 

そうして完成したのが、男女比7:1という子供組車両である。

 

「アリシア達も来られれば良かったのにね」

 

「これ以上女性を増やそうとしないでくれフェイト」

 

ポッキーを齧りながら言うフェイトに心の底から苦言を呈する。

 

今回の旅行は温泉であり、山間の旅館である事。そしてプレシアさんが自分の体調は崩していた割に医療に煩い人だった事から、今回のアリシア・リリナさんを中心としたリハビリ組の参加は見送られる事となった。

 

『絶対に! 絶対に温泉たまごとお饅頭! 分かった! フェイト!?』

 

必死の形相でそう見送ったアリシアの顔を自分は忘れない。半分泣きながらの事でもあったし。

 

アリシアってこうだったかしら、と遠い記憶を思い出しながら、確かに。と納得したプレシアさんの顔も忘れられない。何を思い出したんだあの人は。

 

リリナさんとリニスは笑顔でいってらっしゃーいと見送ってくれた。しっかりお土産は要求されたがな。

 

そんなこんなで、自分達はこうして旅立つ事となったのである、まる。

 

「けんちゃん、次どのクエストやるー?」

 

「やっぱりダブル討伐やろう」

 

「イヤや! もう飛竜に追いかけ回されとうないー!!」

 

現在車内でモンスターを狩るGを三:三でプレイ中だったりもする。

 

はやてちゃんもこのゲームを持っていたそうで、今回旅行のお供として持ち込んで貰った。フェイトは以前借りていた美由希さんのものを再び拝借している。今度プレシアさんに強請って購入するそうだ。

 

通信プレイ中そこら中からギャーとかワーとか叫び声が挙がる中、運転席に座るノエルさんと助手席に座るファリンさんは慣れた物で、文句一つ言う事無く士郎さんの車を追尾してくれている。何とも有難い事である。

 

今回の旅行の趣旨は、単純な慰安旅行では無く、なのはちゃんとフェイトの心のケアにある。あの街に被害を出した一件から連日、テレビでは現場の映像が流れ、ワイドショーではキャスターが願望を交えた的外れな予想をしたり顔で話す日々が続いた。

 

そんな現実に、なのはちゃんの情緒が最近不安定になり、フェイトもその現状を知ってか寡黙に、まるでプレシアさんから遠ざけられていた頃のように暗い表情をするようになっていたのである。

 

そこで高町夫妻が見るに見かねて、気分転換の為情報が伝わりにくい温泉旅館で少しでも休養させようという話になったのであった。

 

自分? そんな繊細な神経をしていたら中田家では生き残れませんよ、ねぇ?

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

山間の温泉旅館、連休という若干混む日ではあったが、旅館の方は自分達団体を快く迎えてくれた。

 

仲居さん達が荷物を降ろしてくれ、早速部屋へと案内してくれる。

 

仲居さんの荷物降ろしを手伝っていた自分は一歩出遅れ、みんなの後を追おうかと思っていた所で、服の袖をクイ、と引かれた。

 

「ん? あ、すずかちゃん」

 

「けん君、ちょっとお話があるんだけど……」

 

自分の袖を掴んでいたのはすずかちゃん。その表情は旅館についた時の晴れ晴れとした笑顔とは打って変わって、どこか浮かない。

 

何事だろうか、と思って腕を引かれるまま着いて行くと、そこには忍さん、ノエルさんと、父さん、士郎さんが居た。

 

「あれ、どうしたの」

 

「あぁ、来たか。そこのノエルさんがな、少し話があるという事でな」

 

疑問を呈した自分の言葉に応えた父の顔も、なにやら厳しい。

 

これはいよいよ何事だと思いつつ、すずかちゃん家のメイドさんであるノエルさんの言葉を待った。

 

「失礼します、堅一様。本日、私共の方で八神はやて様のお宅へお迎えに行った時の事なのですが」

 

「あぁ、そういえばそうでしたね。それが何か?」

 

「いえ、その……。失礼ですが、堅一様ははやて様のご家族をご存知ですか? 皆様の中では一番、はやて様とのお付き合いが長いとの事でしたので」

 

「いえ、自分は特に聞いてないので……。はやてちゃんの家族に問題が?」

 

まさか以前のフェイトのような状態なのか? と思ったがどうやら違うらしい。

 

静かに首を振るノエルさんが、次の瞬間言った言葉に自分の耳を疑った。

 

「いえ、問題と言いますか。はやて様、ご家族がいらっしゃらないのでは、と」

 

「は……?」

 

何を突然言っているんだ、と思ったが。続く言葉に二の句を告げることが出来ない。

 

「お迎えに行きました所、玄関からお一人で出ていらっしゃいました。どなたの介助も受けず。ご家族がいらっしゃれば、お見送り等をしても良いものかと思うのですが、そういった方もおらず。またご自宅の庭なども手入れがされておらず、もしやお一人で過ごされているのではないか、と」

 

「はやてちゃんにお土産とかどうするの? って聞いてみたんだけどね。自分で食べたりするものしか言わなかったから、余計心配で」

 

何を言っているんだ。常識的に考えて、小学生で、しかも足が不自由な女の子が一人暮らしを行なっているなど、有り得ないのではないか。

 

そう言葉にして告げたいのだが、出てこない。自分でも、実はそうなのではないか、と思ってしまっている。

 

理由は簡単だ。自分ははやてちゃんの家族の事を、何一つ知らない。知っているのは、彼女が図書館へ来る時、ヘルパーさんに頼んで連れて来て貰っているという事だけ。

 

ご両親が仕事だからヘルパーさんに頼んでいる、と勝手に思っていただけで。本当に家族が居ないのではないか? 一人でずっと、家に住んで、食事を作り、一人で生きてきたのではないか?

 

その正確の寂しさ、過酷さに思わず血の気が引き、嫌な汗が背中を流れる。

 

まさか、そんな。小さく呟いた言葉の中に、虚しさが漂う。

 

「堅一君にも言っていないという事は、恐らく彼女が言いたくなかったのだろう。デリケートな問題でもあるからな」

 

「まぁ、気にかけてやれよ。何をどうこうしろって訳じゃねぇ。気にかけてやるだけでいいんだ。分かったな」

 

「あ、あぁ。分かった」

 

士郎さんと父さんの言葉に、苦しい声で返事を返す。あぁ、本当に情けない。自分は何も、何一つ知らない。

 

今はただ、彼女の思いを尊重する事しか、出来そうにないのが、悔しかった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

はやてちゃんの事は当然気になるが、本人が言い出すまでは待とうと気持ちを切り替える。きっと、今よりもっと仲良くなれば、何かしら教えてくれるはずだ。

 

自分の荷物が部屋に運ばれているのを確認し、整理をしながら考えて、廊下へと出る。

 

ちなみに部屋は子供は全員一緒の大部屋。自分は父さんと一緒が良かったのだが、なのはちゃん達の押しに負けてしまい同じ部屋になってしまったのだ。

 

気疲れするのが目に見える訳だが、もうそこはしょうがないと割り切るしかない。

 

既にみんな周囲の散策へと出かけているので、自分もそこを追いかけようと玄関へと出て、恭也さんと忍さんのカップルに出くわす。

 

「これから散策ですか?」

 

「あぁ。なのは達はウォーキングコースへ出ているようだぞ」

 

「私達は、先に近くのお土産屋さん見てこようかなって」

 

「そうですか。ありがとうございます」

 

礼を述べて駆け足でウォーキングコースと看板で案内された道を行くと、すぐに女性陣の後ろ姿が見えた。

 

「おーいっ!」

 

「あ、けんちゃん来た」

 

「堅一君も一緒にお散歩するかー? おか~をこ~え~ゆこ~うよ~♪」

 

「はやて、その歌なに?」

 

「ピクニックっていう民謡よ。フェイトにはそういう所から日本文化を教えていく必要があるわね」

 

「うふふ、アリサちゃん。一応ピクニックはイギリスの民謡だよ?」

 

「が、頑張る。よろしくね、アリサ」

 

おうおう、楽しそうで何より。

 

車椅子のはやてちゃんと、何故か自然とはやてちゃんの車椅子を押すフェイトを中心に、みんなで広がってウォーキングコースをお散歩。

 

アルフとユーノは車酔いが少しあるらしく、今は旅館で待機だ。動物状態だし、三半規管が人間より敏感なのかもしれない。

 

はやてちゃんはどこで拾ったのか細い棒きれを持ってガッサガッサと道の脇にある植え込みを揺らしている。

 

「全く、はやてちゃん。あんまり振り回すなよ?」

 

「わかっとるよー。たまの外泊やからなぁ、たのしいんや!」

 

心底楽しそうなはやてちゃんが笑顔で棒きれを植え込みに当て感触を楽しんでいる。

 

まぁ誰も怪我する事もなさそうだしいいか。

 

「ん? なんやろあれ。よっと!」

 

はやてちゃんが何かに気付いたように棒で植え込みをツンツンとすると、そこから歩道の方にコロンと何かが転がってきた。

 

「あれ? これどこかで見たような」

 

自身の足元に転がってきたモノ。それを思わず拾い上げ、掌に乗せたすずかちゃん。

 

その、すずかちゃんが乗せているモノを見て、思わず顔を青くさせる。

 

「すずかちゃん! 早くそれを捨てて! それはジュエル――――」

 

言い終わる前、目の前に青い魔力光が眩く走ってしまった。

 

「きゃぁあああああっ!!」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

ジュエルシードの光が走ったと同時に武装の装着を行い、戦闘服で目前を見据える。

 

なのはちゃんとフェイトも同様にバリアジャケットを着こみはやてちゃん、アリサちゃんの前に立つが、その表情はこの先の事を考え憂いを帯びている。

 

それはそうだ。大事な友達であるすずかちゃんが、ジュエルシードの問題に巻き込まれてしまったのだ。

 

自分達が光が収まるのを待っている所に、ユーノとアルフが空を飛んでやってきた。

 

「なのは! ジュエルシードが」

 

「分かってるよ、ユーノ君。すずかちゃんが、発動に巻き込まれちゃった……」

 

「そんな……」

 

なのはちゃんの言葉に絶句するユーノ。前回同様、人が発動させてしまった事による被害などを考えると、その態度も納得する。

 

だが今はそれよりも、すずかちゃんの身の安全のほうが重要な事だった。

 

眩く輝く目前の光景は、次第に光を弱め、完全に消えたそこには。

 

「うっ……ぐぅぅ……」

 

自身を抱きしめ、うめき声を上げながら震える、忍さんによく似た大学生程度の女性が居た。

 

「す、すずか、ちゃん……?」

 

「に、逃げて……なのは、ちゃん……」

 

恐らくはこれが未来の姿なのだろう。忍さんにそっくりな、しかし幾分温厚そうな顔立ちをしているすずかちゃんは、今は険しい表情で自身を抱きしめ、歯を食いしばっている。

 

これは、ジュエルシードの力に抵抗しているのだろうか。

 

「なのはちゃん、フェイト。封印魔法を早く!」

 

「う、うんっ!」

 

「わかった!」

 

自分の手段ではまだすずかちゃんを傷つけてしまうと判断した自分は、またもやなのはちゃん達に頼らなくてはならない情けなさに怒りを覚えながら、お願いをした。

 

二人共意図が分かったようで、すぐさま封印魔法を起動させようと動く。

 

だが。

 

「がっ、だめっ!!」

 

すずかちゃんが短く悲鳴をあげたと思ったらその瞳が妖しく輝き、次の瞬間身体全体に鉛を巻いたかのような重量感を感じた。

 

「くっ! か、身体が」

 

「う、動かん。なんでや」

 

ズシャ、と背後で音がしたのを聞いて重い首を後ろへ回すと、アリサちゃんやなのはちゃん達が床へと崩れ落ち、はやてちゃんがまるで車椅子に縛られるような格好で座っていた。

 

「す、すずかちゃん……」

 

「なんで、どうしてこうなるの。私は、ただ普通に、みんなと生きたかっただけなのに……」

 

フラフラと、危うい姿でその場に立つすずかちゃんは、両目から涙を流しながら、妖艶な瞳で自分を見つめていた。

 

「けん君……。けん君は、大丈夫だよね……?」

 

「自分は、何とかって所かな。それより、すずかちゃん」

 

「分かってる、でも、止まらないの。違う! 止めたいの! なのに、なのに!!」

 

涙を流しながら叫ぶ彼女の瞳から目が離せない。あぁ、これは、そういう力か。

 

彼女の瞳から発せられる何かが自分達の身体を縫いつけ、彼女の瞳から目を逸らせないようにしている。

 

早い所終わらせてしまわないと、すずかちゃんが今以上に傷つく事になり兼ねない。

 

そう思い、意識を動く方向に動かそうとした所、はやてちゃん達の更に背後から声があがった。

 

「なのは! これは!?」

 

「もしかして、すずか、なの?」

 

「お、お姉ちゃん……」

 

恐らく騒ぎを聞きつけたか、あの眩い光が見えたのか。土産物屋に行くと言っていた忍さんと恭也さんが背後からやってきた。

 

だがしかし、現状は余り来て欲しくはなかった。

 

「恭也さん、忍さん。すずかちゃんがジュエルシードの発動に巻き込まれました。そこから動かないで」

 

「あ、あぁ分かった。忍、落ち着け」

 

「でも、でも! すずか! 大丈夫なの!?」

 

「大丈夫な、訳ないよ……」

 

「すずかちゃん、すぐ終わらせる」

 

重い身体を動かし、一歩、また一歩と、慎重に歩みを進める。

 

自分がこうしている間にも、すずかちゃんは目に涙を溜めながら、まるで何かを吐き出すように、忍さんへと叫んでいた。

 

「私、この力、元から持ってるものだよね。ジュエルシードとか、関係ない。ただ、力が強くなっちゃっただけなんだよ」

 

「すずか、それは……」

 

「私は! こんな風に生まれたくなんてなかった! みんなと違う! 夜の一族なんかに!!」

 

「すずかっ!!」

 

「初めてなのに! お友達も、私と競争して勝てる人も、みんなみんな、初めてだったのに! どうしてなのお姉ちゃん!」

 

それは、現状に対する嘆きか、後悔の吐露か。血を吐き出すように叫ぶすずかちゃんの言葉に、忍さんは傷ついたような表情をして、視線を逸らす。

 

もう、終わりにしたい。

 

「すずかちゃん、少し痛いかもしれない」

 

「けん君……。終わる、の?」

 

「終わらせる。スティール、封印術式、展開」

 

目前まで近づいた自分に、すずかちゃんの妖しい瞳がホッと安心したような柔らかい瞳へと変わる。

 

そう、もうこんな悪夢は終わりにしなくちゃいけないんだ。

 

「けん君、お願い」

 

《展開、完了》

 

「封印術!!」

 

両腕に展開された封印術式を、すずかちゃんへと打ち込む。

 

ドムッ、と鈍い音を立て掌打が当り、すずかちゃんが、自分へと倒れ込む。

 

「い……たい……」

 

「ごめんね、すずかちゃん。少し、休んでて」

 

静かに目を閉じたすずかちゃんは、そのまま意識を失った。

 

すずかちゃんの背後、宙空でフワフワと暢気に宙に浮いているのは、青く輝く宝石のような物質。

 

「石っころの分際で、人様を傷つけやがって」

 

《回収します》

 

今回迷惑を掛けまくってくれたジュエルシードが、静かにスティールへと格納された。

 

「……とりあえず一旦、宿に戻りましょう」

 

背後を振り返り、打ち拉がれたように俯く忍さんへと、声をかけた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

結論から言えば、状況は良い方向へと纏まった。

 

何でも忍さんとすずかちゃん、月村家というのは「夜の一族」という人は少し違う異種族の末裔らしい。

 

一部では「吸血鬼」等とも呼ばれ、血を操ったりすずかちゃんが今日やったように瞳を見る事で何らかの暗示をかける事が可能なのだそうだ。

 

つまり今回みんなが地面へと倒れこんだのはすずかちゃんが元から持つ力がジュエルシードによって強化されたもの、という事らしい。

 

全く世の中には知らなかった不思議な事が多いなぁと感心する。何でも叔母とかに自分達のような似非では無い、儀式をしたりとか箒で飛ぶような生粋の魔法使いもいるそうだ。

 

そして、夜の一族にはある掟があるらしい。

 

曰く、その人物とずっと友達でいるか、異性であれば婚姻関係を結ぶか。さもなくば記憶を無くし、関わりを持たないよう生活するか。

 

何とも打算的な話ではあるが、この問に対しては、自分以外は快く友達でいる事に同意したのである。

 

まぁ高町家は将来的に血縁となる訳だから、ここで拒否などできる訳もない。恭也さんの将来を考えて。

 

「実は私な、今一人で生活しとんねん……。すずかちゃんみたいな友達おったら、毎日楽しくてたまらんわ」

 

「一杯お泊りとか、しよ? 私がはやてちゃんのお家行くのと、はやてちゃんが家に来るの。きっと楽しいよ」

 

「ちょっと、あたし達も入れなさいよね、はやて、すずか。ウチにもちゃんと来なさいよ、犬が一杯で楽しいわよ!」

 

「ほんま、私には勿体無い友達や、みんな」

 

はやてちゃん、彼女は気丈な胸の内を明かし、それを誓いにして、友達でいる事を約束する。

 

はやてちゃんの周囲には大人も子供もみんな集まり、笑顔でみんながはやてちゃんを囲んでいた。

 

そしてウチとしては、難儀な問題が一つあった。

 

「あの。自分、人間じゃないんですけど」

 

「あ……」

 

自分の言った言葉に、なのはちゃんが小さく呟く。

 

やれやれ、自分でも思うが、中々に困った設定である。

 

「どういう事、かな」

 

何を言っているのか分からない、という表情でこちらを見つめる忍さんに、腕輪となった相棒から声がかかる。

 

《今相棒が言った通り、相棒は人間ではありません。簡潔に申し上げれば太古の血族の遺伝子上に存在した神と言うべき存在を蘇らせた生物兵器です。恐らくは、あなた方の言う「夜の一族」よりも、人とは外れているでしょう。この姿も本来の姿ではありませんので。》

 

「まって相棒。自分それ初耳なんだけど」

 

《言う必要がありませんから。ちなみに本来の姿は暴走すると見られると思います。まぁその姿となった場合、海鳴市どころか宇宙規模で存亡の危機に立たされる事になります。何しろハズラットに知識を与えた『外なる神』の末裔ですから》

 

なにそれ聞いてないんですけど。

 

自分の将来が元から不安だったものが更に不安になった訳だが、何故かそこへすずかちゃんが、若干目を輝かせて来た。

 

「けん君、外なる神って? ハズラットってなに?」

 

《相棒、中田堅一の産まれた世界です。ハズラットと呼ばれる世界で、相棒はその神の末裔の遺伝子から神の遺伝子を抽出した人間の複製として生まれました》

 

「ハズラットって、アルハズラット? アルハザード?」

 

《いいえ、ハズラットです。ですが国に住む人間の内王家に連なる者には全て『アル・ハズラット』と冠する名前が付きます。よくご存知ですね》

 

何故か相棒が応え、その回答にすずかちゃんのテンションが爆上がりする。

 

「そうなのっ!? じゃあじゃあ、外なる神って名前は!? 知識を与えるのであればシュブ=ニグラスとかハスター? もしかしてニャルラトホテプ!?」

 

《私も詳しくは知りませんが、相棒の元となった人物が戦闘時に呼ばれていた名前では『ヴォル』と》

 

「ヴォル!? ヴォルヴァドス! ムー大陸に生活していたという原初人類に崇拝されていたという旧神!? 外宇宙からの来訪者! 外宇宙は本当にあったんだ!?!?」

 

うわーい、と言いながら物凄いテンションになったすずかちゃんが目をグルグルさせながら自分の手を握ってブンブンと振り回す。

 

一体、この子に何があったんだ。

 

「ちょっ、すずかちゃん。落ち着いて!」

 

「こんな事落ち着いていられないよ!? 外なる神だよ!旧神だよ!! けん君すごい! 私よりずっと化け物なんだ!!」

 

褒めるのか貶すのかどっちかにして貰えませんかねぇ!

 

この子、物凄く混乱してらっしゃる!

 

「忍さん、どうやらすずかちゃんはお疲れのようだ。お休みさせてあげてください」

 

「え、えぇ。……堅一君、君がどういう存在かは深く考えないようにするわ。今度本を貸してあげるから読んでおいて」

 

「? 分かりましたけど、内容は?」

 

「うわー、お姉ちゃん! すごいよけん君!」

 

すずかちゃんの肩を抱きながら話し合いをしていた大広間の扉の前で、忍さんは申し訳なさそうに、一冊の本の題名を言った。

 

「……クトゥルフハンドブック」

 

「うわぁ、もう結構です。自分で調べます」

 

聞きたくなかった単語を聞いて、自分はより一層将来が不安になるのであった。

 


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