魔法少女リリカルなのは 夢現の物語   作:とげむし

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第十一話

病を治したプレシアから告げられた、フェイトに関する真実。

 

アリシア・テスタロッサのクローンである事、本人でない事からフェイトに対し辛く当たっていた事が、フェイトと、プレシアを苦しめる。

 

今の自分には、時間が解決してくれる事を祈る事しかできない。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

緑色に輝く液体に浸かり、静かに目を閉じているフェイトの母体、アリシア。そして、自分の製造者を見ながら思う。

 

自分を製造したこの人の心理は、プレシアさんと同じようなものだったのだろうか、と。

 

プレシアさんの場合、アリシアの復活を願い結果としてフェイトという『失敗』を生んでしまった。自分の場合、自分の母体となる男の存在していた証として、自分が生まれた。

 

この二つの小さな差異は、とてつもなく大きく感じられる。自分は自分として、フェイトはアリシアとして求められて生まれた。何の為に生まれてきたのか、みたいな哲学的なテーマになりかねない。

 

そして、自分とはまた違った事を考えていたのだろう。桃子さんが溜息をつきながら、お茶を口にしてからプレシアさんへ語りかけた。

 

「……気持ちは、分かるわ。私も、もしなのはが、なんて考えると。私に知識と技術があったなら、同じ事をすると思う」

 

「それでも、私がフェイトにした事は。ただの虐待だわ」

 

《魔製結晶の汚染は人間の心身に影響を与えます。プレシアのフェイトに対する虐待行為も、その汚染による影響かと》

 

「そうかもしれない。けれどね、だからと言ってそれが許される訳ではないでしょう?」

 

《人間は難しいものですね。事実を事実として素直に受け入れることが出来ない。ここら辺は私の今後の課題ですね》

 

「今はもう、その汚染の心配も無いんでしょう? だったら、今からでも遅くないでしょ?」

 

「今更、母親面していいのか……。謝ろうとも、既にしてしまった事の精算は出来ないわ」

 

アリシアの治療が始まってから、同時に二人の母親の話し合いが始まっている。

 

相棒の言ったように、汚染がプレシアの精神に悪影響を及ぼしていたのだろうが、虐待をしていた事実は取り消せない。これは今後も、フェイトとプレシアさんに着いて回る問題だ。今すぐ完全に関係を修復する、というのは不可能だと思う。

 

自分でもこの程度の事は理解できているんだ、桃子さんとプレシアさん、二人が理解していない訳が無い。それでも悩んでしまうのは、やはり母親だから。娘を愛しているからなのだろう。

 

その気持ちがちゃんと娘に伝われば、ほんの少しでも関係の改善はできるんじゃないかと思う。

 

「お母さん、プレシアさん」

 

「あら、なのは。……フェイトちゃんは?」

 

時の庭園に戻ってきたなのはちゃんが、部屋の入口で声をかけてきた。桃子さんがなのはちゃんへ返事をすると、なのはちゃんは黙って首を横に振った。

 

「今は、戻ってきたくないって。私の部屋で休ませてるの」

 

「そう……。しょうがないわよね」

 

「ねぇ、お母さん。今日フェイトちゃんと一緒に、ゆっくりお話したいの。お泊りさせてもいい?」

 

「えぇ、そうね。いいわよね、プレシア」

 

「……お願いするわ。ごめんなさい、母子共々高町さんの手間をかけてしまって」

 

「気にしないで。フェイトさんの、貴女達の為だもの」

 

「ありがとう」

 

桃子さんからの優しい言葉に、プレシアさんは一筋の涙を流した。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

夜になり、流石に二日も風呂に入らんのはいかんという事で、高町家でお風呂を借りる。どうやら昨日の内に連絡をしてくれていたらしく、家から自分の着替えと下着が鞄に入って持ち込まれていた。

 

ベタついた身体を綺麗に流し、ホクホクしながら着替えてリビングへ向かうと、そこには既に夕食が用意されていた。

 

「お、風呂上がったか」

 

「恭也さん。お風呂頂戴しました」

 

「今夜は母さんのご飯だからな、たっぷり食べていけ」

 

今夜また時の庭園に戻ることを話してある恭也さんの言葉に頷いて、リビングの席にお邪魔する。既に高町家の面々は晩御飯を食べ始めており、なのはちゃんの隣では、フェイトも静かにご飯を食べていた。

 

浮かない顔をしながら、静かにもそもそとご飯を食べるフェイトの姿は何とも哀愁漂う。なのはちゃんも、そんなフェイトに気を使いながら食事を取っていた。

 

自分は自然と、フェイトの正面に座り用意された茶碗一杯のご飯と味噌汁、焼き魚などに手を付ける。うん、桃子さんの料理は相変わらず、とても美味しい。

 

何だか久々な気分でご飯をモリモリ食べていると、士郎さんが声をかけてきた。

 

「しかし。堅一君の生みの親までいたとはなぁ」

 

《正確には製造者です。相棒は人から産まれたものではありませんので》

 

「お前ね。なんでそこいつも突っ込む訳」

 

《物事は正確に理解して貰う必要があります》

 

「はは。まぁなんだ、良かったんじゃないのかな、生きていた事に関しては」

 

「確かに、色々と聞きたい事とかもありますし。まぁ母親として扱うのは難しいですけどね。今まで一緒に暮らしてた訳でもないですし」

 

「けんちゃんには翔子さんが居るものね」

 

「翔子さんも母親として見てないですけど。世話のかかる姉みたいな感じですね」

 

ご飯のおかわりをよそいながら言った桃子さんの言葉に、苦笑を浮かべて返事を返す。

 

翔子さんは自分にとっては姉のようなイメージ。しかも世話のかかる。所々ドジだったり大人気なかったり、娘を生んでもそれが変わらない所が、翔子さんの若さの秘訣なのかもしれないとか思ったりもしている。

 

自分達の言葉のキャッチボールの所々にピクピクと反応するフェイト。母親とかそういう部分で一々気にしている辺り、彼女の悩みが深いんだなぁとか思ってしまう。

 

そんな一見和やかながら、一部で重い物を抱えている夕食も済み、そろそろ時の庭園に戻らないとと思いながらリビングでユーノに声をかけようとした所で、背後から自分に声がかけられた。

 

「……あの、ちょっと、お話、できないかな」

 

「ん……いいよ。母親の事か、フェイト」

 

少しおどおどしながら自分に声をかけてきたのは、フェイト。

 

彼女は落ち着きなく、不安そうに瞳を揺らしながら、ゆっくりと言葉を紡いだ。

 

「そう、なんだけど。そうじゃない、かな……」

 

「ふむ……。まぁいいや、ゆっくりでいいから、何を聞きたいのか教えてくれ」

 

「その。堅一も、クローンなんだよ、ね。それを知った時って、どうだったかなって」

 

あぁなるほど。まずは自身が人と同じように産まれた訳ではないという事実から消化していこうと思ったのか。

 

これはゆっくり話をする必要があるかなと思いながら、立ったままのフェイトをソファの隣に座るよう促し、慎重に言葉を選ぶ。

 

「自分の場合、一遍に色んな事を知ったからな。正直言うと、誰かのクローンであるという事自体に関しては、何とも思っていない」

 

「そう、なの……?」

 

「そうなんだ。そっちよりは、自分が生体兵器である事、間違いなく人間じゃないって所のほうが衝撃としては大きかった」

 

「あ……。そうか、ごめん」

 

「何を謝ってるのかわからんけど。まぁ自分の境遇に関してはほんと予想外過ぎて理解が追いついてない部分もあるけどな、実感が無いというか。ただ、ゆっくりノンビリ過ごすと世界がヤバイって事らしいから、今を必死に生きるようにしようと心積りはしてある」

 

「今を、必死に……」

 

「誰かの代わりになんてなれる訳がないし、自分は自分だと思ってるから。自分は自分として、必死に生きる。我思う、故に我あり。それさえ分かればクローンとかどうでもいいかなって思ってる」

 

「そっか……。堅一は、強いね」

 

そう言うと、フェイトはしょんぼりする。全く、何を考えているのやら。

 

「別に強いとか、そういう事じゃない。それにフェイトの場合、自分より事情が複雑だと思う。母体が居たり、母親から辛く当たられていたり。悩むのも仕方が無いだろう」

 

「そう、かな」

 

「そうだろう。自分も家庭環境が複雑だったらもっと悩んでたと思うけど、ウチの家庭環境は良好だからな。だからフェイトは、気が済むまで大いに悩めばいい。いざとなったらプレシアと仲直りしなくてもいいんだし」

 

「……そっか。仲直りしなくても、いいんだ」

 

「好きにしたらいい。誰もフェイトに文句は言わないよ」

 

自分の言葉にほっとしたように、フェイトははにかみながら「ありがと」と言った。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

時の庭園に戻り、プレシアさんが待機しているだろう執務室へ入ると、今日はベッドが二つ並んでいた。

 

「ベッド、変わってるな」

 

「一緒に寝る訳にはいかないでしょ」

 

「ご尤もです」

 

ポットに浮かぶアリシアから視線を動かさず自分の言葉に返事を返すプレシアさん。

 

治療が開始されて数時間、未だ先は長いというのに、彼女は真剣にアリシアの姿を見つめていた。

 

「根を詰めても何も出来ないんですから、休んでおいたほうがいいですよ」

 

「分かってるのよ。それでも、この子は私の大事な娘だから」

 

「そうですか。じゃあ、フェイトは?」

 

自分の質問に、息を呑む音が聞こえる。

 

母娘共々お互いの事で思い悩んでいる事は理解できるが、どうにもその先に行き着くのが遠そうだ。

 

「……あの子も、大事な娘。アリシアの妹、そう、思えるようになったわ」

 

「アリシアが治るから?」

 

「そう、でしょうね……きっと。現金なものだわ」

 

「いいんじゃないですか、それで。子供は別に気にしません、愛情さえ与えてくれたら」

 

「愛情、ね……。あなたは、ちゃんと与えられているの?」

 

「ちゃんと貰ってますよ、厳しい父親と、誠実な兄、お転婆な姉がいますから」

 

「そう……。そうなのね」

 

何かを理解したのか、プレシアさんは一つ頷いて、妙にすっきりした表情を浮かべた。

 

きっと自分もクローンである事とか、そういう理屈を難しく考えていたのだろうと思うが、今はどうでもいい。

 

既にオネムの時間なのである。

 

「それじゃあ、自分は休みます。おやすみなさい」

 

「えぇ、おやすみ」

 

プレシアさんの返事を聞きながら、潜り込んだベットの中で静かに目を瞑った。

 

明日はもうちょっと、急展開が無い日になりますようにと、願を込めて。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

何事も起こらず、その翌日。

 

相変わらず根を詰めてアリシアを見つめるプレシアさんと、朝食に続き昼食を共に摂る。

 

そして昼、時刻は三時過ぎといった時間に、来訪者は訪れた。

 

「……あなたに話があって来ました、母さん」

 

「そう……」

 

来訪者はフェイト。なのはちゃんとアルフを伴い、フェイトはこの部屋へと現れた。

 

自分はフェイトの背後で不安そうに彼女を見つめるなのはちゃんへと黙って近づき、肩を優しく叩く。

 

「けんちゃん?」

 

「行こう。二人きりのほうが話ができるでしょ」

 

「うん、そうだね……」

 

自分の言葉に納得してくれたなのはちゃんと共に、執務室の外へと出る。アルフはフェイトの使い魔だから、一緒に居ても問題無いだろう。

 

執務室の扉を静かに閉じて、廊下の壁を背もたれにして座り込んだ。

 

「けんちゃん、お行儀悪いよ?」

 

「プレシアさんと二人きりっていうのが辛かった。ほぼ無言だったよ」

 

「あはは、大変だね、けんちゃん」

 

なのはちゃんも自分の隣に座り込み、静かに部屋の扉を見つめた。

 

「フェイトちゃん、大丈夫かな……?」

 

「大丈夫だよ。プレシアさんも、色々考えていたから」

 

「そっか。じゃあ大丈夫かな」

 

そういうと、なのはちゃんは自分に肩を寄せてくっつく。小さい頃、よくこうして一緒にテレビとかを見た覚えがある。つい最近のはずなのに、何だか懐かしい気がした。

 

「そういえば、アリサちゃんが怒ってたよ。二日も休むなんて皆勤賞が勿体無いって」

 

「別に皆勤賞なんて欲しくないんだけどなぁ。まぁ事情もあるししょうがないでしょ」

 

「うん、アリサちゃんも分かってるんだけどね。プンプンしてた」

 

「はは、明日登校したら大変そうだなぁ」

 

無理難題は言われないだろうけど、一緒に遊びに行くとかで一日振り回されそうだな。

 

「ま、今日が無事終われば、万事問題なしかな」

 

「うん、そうだね。アリサちゃんには私からも言っておくから、ね」

 

「お願いね、なのはちゃん」

 

「にゃはは、お願いされちゃった」

 

他愛無い、だけど心暖まるやり取りをしている所に、今日もまたしても無粋な声がかかる。

 

《相棒、話し合いは終わったようです。それと、修復中の二人の快復を確認しました》

 

「そうか。じゃあ行こうか、なのはちゃん」

 

「うん」

 

座り込んでいた床から立ち上がり、なのはちゃんを起こすように、なのはちゃんの腕を引き上げた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

ポットの前では既にプレシアさんとフェイトが、二人を抱えるようにして抱いていた。意外にもプレシアさんは自分の生みの親を、フェイトがアリシアを。

 

「あぁ、来たのね。今呼びに行こうと思っていたのよ」

 

「すいません、お手数おかけして。タオルとかはありますか?」

 

「隣の部屋、今アルフが取りに行ってる」

 

プレシアさんの言葉に返した返事にフェイトはそう言うと、抱えていたアリシアを傍らのベッドへと寝かせる。

 

プレシアさんも同じように、昨日自分達が寝ていたベットへ自分の生みの親を横にさせる。

 

その横にされた二人は、何が起こっているのか理解できないようで、きょとんとした顔で目の前の自分達四人を見つめていた。どうやら、自分達の声も微妙に届いていないようである。

 

《長期間活動していない肉体でしたから、無理も無いでしょう。聴覚や視覚が未だ正常に働いていない為かと思います》

 

「なるほど、そういう事。今後はリハビリも必要かもしれないわね」

 

《筋力の低下はある程度致し方無いでしょう。感覚器官は今日中にはある程度回復すると思われますし、生命維持には問題ない状態です》

 

「こりゃ、話をしたりとかは、明日以降になるかなぁ」

 

「でしょうね。今日は私が見ておくから、なのはさん、今日もフェイトの事泊めてもらってもいいかしら?」

 

「はい、いいですよ!」

 

「お願いね。フェイトも、高町さんにご迷惑をかけないようにね」

 

「はい、母さん」

 

ゆっくり、恐る恐るフェイトの頭を撫でて言うプレシアさんの言葉に、嬉しそうにはにかみながら応えるフェイト。

 

あぁやっぱり、何だかんだで上手く行ったんだなと思い、ようやく自分はある程度事態が解決した事を確認した。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

二日振りに自宅の布団で寝た感触は、非常に極楽気分でした。

 

やっぱり睡眠というのは人生に置いて重要な位置付けにある行為なので、慣れ親しんだ環境で行うのが一番だ。というのが自分の中で今朝得た結論だった。

 

食事に関しても翔子さんの料理が一番気持ちが落ち着く。桃子さんの料理が悪い訳ではないが、やっぱりこれも慣れ親しんだ味が一番ほっとするという事ですよね。

 

そんな事を考えながら制服に袖を通し、玄関から表へと飛び出す。

 

「いってきます」

 

「おう、いってこい」

 

道場の入口前を掃除していた父さんに出掛けの声をかけて、一路高町家まで軽くランニング。

 

昨日一昨日と日課の鍛錬が出来ず、今朝のランニングで確認したが少し身体の調子が落ちている気がしたので、ほんのちょっとの距離でも走って行こうと思ったのだ。

 

「あ、けんちゃん! おはよう」

 

「おはよう、なのはちゃん」

 

自分と似たような、白い制服を着込んだなのはちゃんと玄関前で鉢合わせ、二人でそのままバス停まで。

 

定刻通りに到着したバス車内の最奥席には、いつもの二人が座っていた。

 

「おはよう、なのは。ケン! あんたなんで休んだのよ!!」

 

「えぇ。いきなり怒られるの……」

 

「あはは、おはようなのはちゃん、けん君」

 

プンプン怒るアリサちゃんと、それを笑いながらも諌めてくれるすずかちゃん。四人揃って久々に、日常に帰ってきた事を実感した。

 

まぁ、今も絶賛非日常の世界に足を突っ込んでいる訳ですけど、ね。

 

『――おはようございます、プレシアさん。二人の様子、如何ですか?』

 

『おはよう。二人共軽い流動食を食べさせているわ。視覚と聴覚に関してはほぼ問題無し。筋力に関してはリハビリが必要ね』

 

『あの……フェイトちゃんの様子は、どうですか?』

 

次元間通信という魔法を用いて高次空間とかいう場所に存在するプレシアさんと会話をしつつ、アリサちゃんやすずかちゃんと会話を楽しむ。聖徳太子は並列処理を使えた人間だったんだろうなと実感する出来事である。

 

なのはちゃんも通信に入りフェイトの様子をプレシアさんに確認する。けれども、その声色は不安というより、ただ心配なだけのようだ。

 

『フェイトも特には。私が思っていた以上に、アリシアと仲良く会話をしているわ』

 

『そっか、よかったぁ』

 

『そうですか。何事も無いならそれに越した事はないですよね』

 

『えぇ、そうね。きっと、あなた達の存在が大きかったんでしょうね。傍に居てくれる人、自分と同じような境遇の人が居たから、事実を受け止める事が出来た』

 

『フェイトが強い子だっただけですよ。それと、母親が好きなんでしょう、それだけ』

 

『そうね……そうであるなら、嬉しいわね』

 

やはり大人は子供程単純には割り切れないのだろう、喜ばしいのか不安なのか、複雑な心境を現した声色でプレシアさんはそう呟く。

 

これこそ、時間が経てば何とでもなりそうな話だなと思い、それから軽く二、三言葉を交わしてから、自分達は本業である小学生ライフへと戻ったのだった。

 

少なくとも、小学校に居る間だけは平穏でありたいです。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

小学校からの帰り。半ば強引に以前から三人で約束していたという温水プールに付き合う約束をさせられた以外は、特に問題は無い。

 

この温水プールに関しては、二年生の終わり頃に自分も行くよう提案されたのだが、とりあえず自分は断っていたものである。断る理由は、正直女子だらけのプールに混ざる勇気が無かったからです。

 

とは言え、あぁもプンプン怒られては仕方がない。本当に仕方なく、今度の休みに温水プールへお供する事になりました。

 

「プールかぁ。いやプールはいいんだけど、男子が自分一人っていうのがなぁ」

 

「お兄ちゃんも監視員さんだけど、プールにいるよ?」

 

「監視員じゃ結局一緒に遊べないでしょ……」

 

恭也さんがバイト中じゃどうしようもないし、結局自分一人だけか……。ユーノも一緒に連れていくが、あいつはペット枠なのでどうしようもない。

 

仕方ないなぁとうじうじ思いながら、なのはちゃんの家へと到着した。

 

「ただいまー」

 

なのはちゃんは部屋へ着替えに、自分は中庭へと周り、あの小動物を待つ。

 

「おう、小動物」

 

「いい加減ユーノって呼んでよ、堅一」

 

中庭、リビングに繋がる縁側にユーノが待機しており、魔法陣を展開して周囲の探索を行なっていた。

 

「見つかったか? ジュエルシード」

 

「駄目、付近一帯には反応が無い。やっぱり発動するか、近くまで行って探索しないと確認できないと思う」

 

「中々面倒な事だな。まぁ、明日からはフェイトとプレシアさんも手伝ってくれるから、今よりラクになるだろ」

 

「そうだといいんだけどね」

 

そう、アリシアが快復した事で、プレシアさん達も自分達と共にジュエルシードの回収を行なってくれる事となったのだ。

 

既に報酬というか、アリシアの快復という願いは相棒により成就されており、今更フェイトを使って先日のなのはちゃんのように奪い取るような真似はする必要が無い。だが街には未だ危険物がゴロゴロしているので、協力を取り付け迅速な回収を目指す。

 

海鳴という街を愛する我々の願いを聞いた彼女は、快く頷いてくれたのだった。

 

「けんちゃん、お待たせ」

 

「あ、なのはちゃん。早いね」

 

「うん、今朝の内に用意はしてたから」

 

声と共に現れたなのはちゃんは、オレンジ色の上着を着て、肩から可愛らしいポシェットを提げた服装で現れた。事前に準備をしておくとは、相変わらず細かい所で真面目な子である。

 

なのはちゃんも来た事なので、自分達は、ユーノの転送魔法によって、ヒョイっと時の庭園へと移動した。

 

「そういえば、いきなりこうして中に入るのは日本じゃ不法侵入だよな」

 

「そんな事言ったって玄関なんて無いんだからしょうがないでしょ」

 

「にゃはは。確かにしょうがないよね」

 

どうでもいい事をつい口にした自分に、ユーノは本当にどうでもよさそうに返事をする。確かに高次空間とかいう訳のわからん場所に玄関なんぞ設置できる訳でもないし、しょうがないと言えばしょうがない。

 

その答えに一応の納得をして、自分達はプレシアさんの執務室へと入った。

 

「こんにちはー」

 

「いらっしゃい」

 

中に入ると、ティーセットの置かれたテーブルと椅子、それに腰掛けるプレシアさん以下全員が揃っていた。

 

プレシアさんはカップを置くと、自分へと視線を向けてくる。プレシアさんの隣に座る、何故か瞳を輝かせている女性と共に。

 

「堅一君、待ってたわよ」

 

「えぇ、そうですか。……えっと、その。お隣の人が、自分の」

 

「あなたの製造者のリリナです。よろしくね」

 

「あ、はい。中田堅一、です」

 

艶のある桃色の髪が軽くウェーブのかかった女性、自分の製造者のリリナさんが手を差し出してきたので、握手する。

 

未だ起きたばかりだからだろう、ほとんど力の感じられないその掌は、とても柔らかかった。

 

「貴方も、ありがとうね。起こしてくれて」

 

《製造主を助ける事も私の仕事の一つです。お気になさらず。お久しぶりです》

 

「うん、久しぶり、かな。ずっと寝てたから分からないや。あれからどれぐらい時間が経ってるのかな?」

 

《高次空間への退避および次元跳躍による時間経過で詳細な経過時間は分かりません。単純に計算すると、三千年は固いかと》

 

「三千年て……信じられないわね、それほどの時間を肉体の損傷無く過ごさせるなんて」

 

《それを可能にするのがハズラットの技術力です》

 

相棒の言葉にプレシアさんが驚きのまま目を見開く。本来ならばとうに死んでいる人間が、今こうして目の前にいる事に、今更ながら驚くのであった。

 

「それにしても、本当にあの子そっくり。良かったわ、君が生まれてきて」

 

「そういえば、なんで自分を作ったんですか?」

 

「あの子が生きた証、存在証明の為。それと、あの子を作ってしまった贖罪として、今度は争いの無い所で一生を全うして貰おうと思って、ね。自己満足よ。結局自分じゃ育てられなかったけど」

 

さっぱりした顔で言い切ったリリナさん。その瞳は本当に、キラキラと輝いていた。

 

「それにしても、本当素敵に育ったわ。ね、今いくつ?」

 

「え、9歳ですけど」

 

「ふむ、わたしが16だから……一回りも離れてないのかぁ。弟って感じだね」

 

「は、はぁ」

 

なんかこの人、テンションが軽いなぁ。

 

「この子、結構ノリが軽いのよ。天才科学者って聞いてたからもうちょっと暗い感じの子かと思ったけど」

 

「別に軽い訳じゃないですよ。物事はスッキリサッパリしてるほうが好きなだけです。ウジウジ悩まない、それが一番」

 

「なんか、体育会系の人みたいだね……」

 

なのはちゃんの小声の言葉にウンウンと頷く。確かに言ってることが体育会系のノリだ。科学者のイメージでは無いなぁ。

 

そして、リリナさんの反対側、プレシアさんの右隣では、金髪の幼女がじっとこちらを見ていた。

 

「プレシアさん。彼女は大丈夫ですか?」

 

「えぇ、歩くのは難しいけれど、リハビリで何とか成るわ。ほらアリシア、ご挨拶なさい」

 

「あ……アリシア・テスタロッサです! 助けてくれありがとう!」

 

「はい、よくできました」

 

ペコリと頭を下げたアリシアの頭を撫でると、アリシアがえへへと喜ぶ。それを見て、フェイトも嬉しそうに笑顔を浮かべた。

 

「……なんかフェイト、雰囲気変わったな」

 

「え、そう、かな? うん、そうかも。なんか色々、悩まなくて良くなったから」

 

「フェイト……」

 

「あ、その、母さんが悪いとか、そういう事じゃなくって、ね」

 

フェイトの言葉に気落ちした姿を見せ、フェイトが思わず慌て出す。まぁ事情を知っているこちらからすればプレシアさんが悪いのは確かだし、しょうがない。

 

自分はとりあえず仕切り直しのつもりで、プレシアさんへと声をかけた。

 

「それで、今後の行動に関してなんですけど」

 

「えぇ、そうね。アリシアとリリナさんは、要リハビリ。その間は、時の庭園内で過ごして貰おうと思うわ。まぁ半月もあればいいでしょう」

 

「その後は、どうするんですか?」

 

「私達は、地球で生活しようと思うの。生活に困らないだけのお金はあるし、フェイトにもお友達が出来たし、ね」

 

「ほんとですか! やったぁ、フェイトちゃん!」

 

「うん、よろしくね、なのは」

 

キャッキャと喜んでフェイトに抱きつくなのはちゃん。フェイトも若干戸惑いながらも喜びを表情に浮かべている。それならそれでいいかと思いながら、自分は続きを促した。

 

「リリナさんはどうするんですか?」

 

「んー、わたしも出来ればプレシアさんに養ってもらおうかなぁって。報酬は時の庭園の設備の使用方法と、わたしの知識、かな」

 

「私としてはメリットだらけだから構わないわ。まぁ、堅一君が自分が引き取りたいというならそうすれば良いと思うけど」

 

「いや、引き取るとか無理なんで。そういう事ならお願いします」

 

「分かったわ。それじゃあリリナさんもウチで引き取ります。当面の行動としてはこんなものね」

 

「ジュエルシードの探索については?」

 

「手分けして探すしか無いわよね。私とフェイトも手伝うわ。いいわね、フェイト?」

 

「はい、母さん」

 

「時の庭園に探査機があれば良かったんだけどね、つけてないからねぇ」

 

アハハと情けなさそうに笑うリリナさんは、本当にあっけらかんとした人だと思った。

 


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