衝撃の事実、お母さんは女子高生だった。
◇◇◇◇◇
「これが、自分の生みの親……」
「うわぁー、キレーな人」
自分の隣に並んでカプセルを見上げるなのはちゃん。
何とも純粋な意見で結構なのだが、その子供の自分としては何とも難しい気分である。
《相棒に彼女の遺伝子情報は一切存在しません。肉親という訳ではありませんので、製造者、と》
「お前ね、そういうドライな意見必要無いから。それにしても、良く何千年もこうして保存出来たな」
《それがハズラットの、アルハザードの技術力です。どうですか、プレシア・テスタロッサ》
「……そうね。本当にアルハザードの技術であれば、そのぐらいは可能なのでしょう、ね」
突然水を向けられたプレシアさんだが、息を一つ吸うと疲れたように吐き出し、相棒の問いかけに応えた。
その表情は、突然街灯の消えた路地を彷徨う子猫のようで、何とも危うい。
「私は、私は今まで、何を……。こんな、こんな所に、座する場所にこそあったというのに……」
《落ち込んでいる暇はありません、プレシア。貴女の望みを叶えましょう。愛する娘達と、共に生きる未来を》
相棒の言葉に、ピクリと肩を揺らす。
《その為にも、プレシア。貴女は彼女の居るカプセルの隣へと入って下さい》
「は、何故?」
《貴女、身体を壊しているのでしょう。もう余り長くないと診断されたカルテのデータがあります》
「ほ、本当なの? 母さん」
顔を真っ青にしたフェイトの問いかけから、プレシアさんは目を逸らした。
「母さん!!」
《プレシア、その病も大丈夫です。原因不明と言われたその症状、ハズラットの技術であれば治療は可能です》
「本当!?」
相棒の言葉に勢い良く返事を返したのはフェイト。
フェイトの言葉に再びそのクリスタルを輝かせると、相棒は断言した。
《本当です。その症状、ヒュウドラの事故以降から急激に進行していますね。恐らくは不純物を多く含んだ人造魔力を浴びすぎた事による魔力生成部分の機能障害でしょう》
「そんな話、聞いた事が無いわ」
《通常であれば起こり得ない症状です。ですが貴女の携わっていたヒュウドラというエネルギー駆動炉の生成するエネルギーは、不純物が多すぎた》
「確かに、生み出すエネルギーがあの段階では実用に耐えうるものでは無かったわ。けれど、そんな症例」
《ですが、事実貴女の病はヒュウドラ以降急に発現した。そうでしょう?》
「…………本当に、治せるのね?」
《かつてのハズラットでも発生した病です、治療できない訳が無い。それに都合良く、ここにはジュエルシードという純粋魔力を供給可能な遺物が存在している。断言しましょうプレシア、貴女は治療可能です》
「分かったわ、お願いしましょう」
《それでは衣服を脱ぎ、ポットの中へ。あぁ、治療時細胞に欠陥が出ていないか確認を行う為、その髪の毛をポットの中で切らせて貰います》
承諾するや否や、プレシアさんは座っていた椅子から立ち上がり、服に手を掛けた。
「本当に、世の中何が起こるか分からないものね……」
「けんちゃん、ユーノくん、あっち向いてなさい」
「はい!」
「ぐえっ」
スルッと脱ぎだしたプレシアさんの横で、様子を伺っていた桃子さんがにこやかに、だが凄みを感じさせる笑顔で自分とユーノを見た時。
自分は勢い良く後ろを向いて、ユーノの首を無理やり背後へグルリと向けた。
グキッと音がしたが気にしない。
「ひ、ひどいよ堅一」
「トロッとしてるからだ」
涙目で睨んでくる小動物など素知らぬ顔で嘯く。
フェレットの涙目というのも微妙である。
背後からガチャコガチャコと機械音が鳴り、プーッと甲高い音が鳴ったと思ったら、肩を叩かれた。
「もういいわよ」
「はい」
桃子さんに言われるがまま、再びクルッと後ろを向くと、そこにはポットの中で目を閉じているプレシアさん。
幸い顔部分以外は磨りガラスのようになっていて、しかも緑色の液体で埋まっている為肌色なあんなそんなは見えないようになっている。
そして、その正面では不安気に母親を見上げるフェイトと、その彼女の傍らに立つアルフとなのはちゃん。
なのはちゃんは崩れそうなフェイトの肩に手をおいて、小声で「大丈夫だよ」と繰り返していた。
本当に、なのはちゃんはいい子だ。
《ユーノ・スクライア。プレシアと、他二名の治療の為に、ジュエルシードを三つ使用します。異論はありませんね》
「いいよ、そういう事なら。元々僕のものという訳でもないし」
《それでは相棒、あなたの持つジュエルシードを、ポットの下に開いたボックスへ入れて下さい》
「ボックスって、これ?」
相棒が言うと、カコンッと音を立てポットの下に小さな四角い箱が突き出る。
どうなってんだコレと思いながらも、自分は相棒が排出したジュエルシードをその中へと投入した。
すると、箱が再びポットへと仕舞われると同時に、ポットの中が鮮やかな緑に光り出した。
「おい、これ大丈夫なのか」
《大丈夫、純粋魔力を浴びせ肉体や魔成結晶を活性化させているのです。あぁそうそうフェイト・テスタロッサ。治療に伴いプレシアの細胞が若干退行する場合がありますので》
「えっと……。どういう事?」
《簡単に言えば、若返りです。損傷のある細胞に遺伝子情報から培養した細胞を新規に植えつける為、そういった事も起こります。病は治療できますので不都合は無いかと》
「そ、そっか……。どうしようアルフ、大丈夫なのかな?」
「あたしに聞かれてもねぇ。どうなんだい?」
非常に判断に困った顔をしたフェイトの言葉に、苦笑しながらアルフは自分に聞いてくる。
自分に聞かれても正直分からないが、とりあえずはこう答えよう。
「大丈夫、相棒の判断に間違いは無いよ。ちなみに相棒、治療にはどの程度の時間が必要なんだ?」
《地球時間で言うと明日の夜18時、大体24時間程度ですね。その間私を所有する相棒は可能な限りここに居続けでお願いします》
「マジか……」
相棒の言葉に、思わず膝から崩折れた。
◇◇◇◇◇
一旦家に帰る桃子さんとなのはちゃんに、翔子さん達への言伝をお願いし、自分はフェイト、アルフと三人並んでポットの見える位置に腰掛けていた。
自分の隣にはアルフが、その隣でフェイトがそわそわと落ち着きなくプレシアを見つめている。
「……そんなに心配しなくても、大丈夫だよ」
「えっ!? う、うん……。その、ありがとう」
「いや、礼を言われるような事じゃないし、礼なら自分の相棒のほうに言ってくれ」
《必要ありません。この方法が尤も物事を円滑に進める為に必要であると判断したまでの事です》
「相変わらずドライな意見だな……」
《それほどでも》
「褒めてないっつぅの」
自分と相棒の漫才じみたやり取りで、フェイトが思わずクスリと笑う。
それで漸く、この空間に張り詰められていた空気が変わったような気がした。
「……ねぇ、アルフ。アルフは知ってる? 母さんの関わっていたっていう事件」
「いや、あたしはフェイトの使い魔だからね」
「そう、だよね。……えっと、堅一。教えて欲しいんだけど」
「自分も知らないからなぁ。おい、相棒」
《分かりました、お答えしましょう。その事件は――――》
相棒が話した事件の全容は、フェイトが憤慨して然るべき内容だった。
炉がただ爆発を起こしたという訳ではなく、明らかに人災による事件だったからだ。
しかも当時のプレシアが頑なに実験反対の姿勢を取っていたにも関わらず、開発人員として強硬された実験に携わらなければならなかったというのが、救いようがない。
今のプレシアの病、その当時の責任者が植えつけたと言っても間違いは無いだろう。
《――という事で、プレシアは現在に至る訳です》
「許せないよっ! 母さんが反対してるのに無理矢理働かせるなんてっ!!」
「まぁまぁ、落ち着きなってフェイト」
憤慨するフェイトと、それを宥めるアルフ。
アルフはフェイトの使い魔だからか、今までプレシアに対して好印象を持っていないからか、フェイトのように怒りはしていないようだ。
だが、話を聞いていて意外そうな表情を度々していた。
なるほど、ご主人様じゃない人間に関しては中々ドライな側面を持っているのかな、この犬は。
自分はウムウムと一人で納得して頷いていたら、急に眠気が襲ってきた。
そういえば、もういい時間であり、小学生はオネムの時間なのではなかろうか。
ふと、寝床とかどうするんだよと思った自分の耳に、ふと、つい最近聞いたガコンガコンという音が聞こえてきた。
「……おい相棒。何してんだ」
《相棒がそろそろお休みの時間ですので、ベッドをこの部屋へ運んでいます。もう少々お待ち下さい》
「……お前って、ほんと何でもありなのな」
《それほどでも》
「だから褒めてねぇよ」
◇◇◇◇◇
相棒が運んできたベッドはクイーンサイズの大きなベッドで、フェイトが「あ、これ私のベッドだ」と言った事からフェイトのものだったのだろう。
だがその時の自分にはそんな事どうでも良くて、いつもなら既に寝ている時間なので意識が限界に来ており、無言でフラフラとそのベッドへ近寄り、徐に身体をベッドへ預けた。
《相棒、せめて靴は脱ぎましょう》
「無理。おやすみ」
そう言った所までは記憶にある。
そして今、頬を何かが啄く感触に目を開いてみれば、そこには笑顔のなのはちゃんが立っていた。
「おはよう、けんちゃん。もう朝だよ」
「…………えっ、ほんとに?」
「うん、本当。もうすぐ学校に行く時間だから、ご飯持ってきたよ、ほら」
手に提げたバスケットを掲げてホラと見せてくるなのはちゃん。
中にはサンドイッチとサラダ、恐らく桃子さんお手製の朝食が並んでいた。
なのはちゃんはそれらを見せてから、ふと自分の後ろに視線を向ける。
「……フェイトちゃんも、起きないね。昨日夜遅かったの?」
「え、フェイト……。そういやあいつ、どこで寝てる?」
「え? 一緒に寝たんじゃないの? ほら」
ホラと指差すなのはちゃんに導かれるまま視線を自分の隣へ向けると、そこには同じ布団に入っているフェイトの姿。
すーすー寝息を立てて寝ているフェイトと、その頬をプニプニと啄くフェレットがそこに居た。
なんじゃこりゃ。
「そういえば昔は、けんちゃんとよく一緒に寝てたよね~」
「いつの間に……。ていうかぐっすり寝てるなこいつ」
ちなみにアルフは犬状態で床に横になっていた。
こいつらも中々肝が太い奴らだなぁ。
「今日はけんちゃん学校来れないでしょ? アリサちゃんとすずかちゃんに何か伝言ある?」
「ん、そうだね。二人によろしく言うだけでいいよ」
「うん、分かった。じゃあけんちゃん、スティールさん。フェイトちゃんのお母さんの事よろしくね。ご飯テーブルに置いておくからね。いってきま~す!」
「いってらっしゃ~い」
言うだけ言って手をフリフリして駆けていったなのはちゃんと、その後ろへ着いて行くフェレット、ていうかユーノ。
あいつ一言も喋らないとは、ペットに徹する事にしたのか、まさかな。
それにしても。
「……せめてフェイトを起こして欲しかった」
《良い朝じゃないですか、相棒》
「すー、すー……むにゃ……」
◇◇◇◇◇
目が覚めて、なのはちゃんが置いて行ってくれたサンドイッチと、ポットに入った紅茶をいただく。
「これ、おいしい……」
「こいつも普通にメシ食ってるしな」
桃子さん特製サンドイッチの美味しさに思わず目をまん丸にして驚くフェイト。
こいつは目が覚めると共に「おはよう」と挨拶しシャワーを浴びに行った後、極々自然にテーブルにつき自分と一緒にサンドイッチを食べ始めた。
何で一連の行動がまるで疑問を持たない流れ作業になってるんだと突っ込んでやりたい。
ちなみにアルフはまだ士郎さんが保存していたのであろう猪肉の燻製にそのまま齧り付いていた。
「昨日のも、ハグッ、良かったけど、ムググッ、これはこれで」
「あーそうかい。良かったな」
《相棒、朝からやさぐれてますね》
「自分は学校行けないでこいつらの為に残ってるのに、なんでこいつら普通に過ごしてんだと思ってな」
「あ、その……ご、ごめんなさい」
「あーもう別にいいよ。もういいから、ちゃんと残さず食え」
自分の言葉に申し訳なさそうに頭を下げたフェイトだが、もう本当、それすらもどうでも良かった。
自分は、なのはちゃんと、一緒に、学校に、行きたかった。
《相棒。寂しいのは分かりましたから、フェイトで我慢してください》
「な、なんでも言って! 私、頑張るから!!」
「じゃあ、なのはちゃんの家に行って、桃子さんにこれ返してきて。あとお昼もお願いしますって言っといて」
「うん、分かった! 昨日の家だね、座標まだ残ってるからすぐ行くよ! 行こう、アルフ!」
サンドイッチを食べ終えたフェイトがむん、と無駄に気合を入れて自分に言うので、使い走りに仕立てる。
実際問題自分が離れるとロア、相棒も離れてしまうのでフェイト達に行ってもらうしかないのでしょうがない。
フェイトは再び気合を入れると赤い犬っころと一緒に、パタパターと廊下へと駆けていった。
気合が入っているのは構わない、が。
「……あいつ、ちゃんと喋れんのかな」
《恐らく、家の前まで行って右往左往しているのが関の山でしょう。そして士郎か桃子に見つかる》
「現実的な意見だ」
《ドライ、と言ってください》
実際、フェイトがここへ帰ってきたのは三時間経ってからだった。
「……その、ごめん」
「いいよ、別に。桃子さんと美由希さん連れてきてくれたんだし」
「あはは、家の前をウロウロしてるこの子を見つけちゃったからねぇ」
そろそろお昼時かな、と携帯の時計をチェックしていた所に悄気返ったフェイトと共に美由希さん、桃子さんが入ってきた。
桃子さんはその手にまたバスケットを、美由希さんは鞄の中一杯に携帯ゲーム機と漫画、そしてお菓子を。
「ありがとう美由希さん! あなたは女神様だ!」
「あ、あはは……。ここ何も娯楽が無いって聞いたからね」
思わず美由希さんの手を握ってブンブン振ったのは仕方ない事だと思う。
ここ、プレシアとフェイトの家は本当に何も無い、ベッドと椅子とテーブルしかない。
なので自分はずっと、携帯の充電が切れそうな今の今まで、携帯に内蔵されているゲームを遊んでいたのだ。
とてもとても、詰まらなかったです。
「それにしても、この人がフェイトちゃんのお母さんで、こっちがけんちゃんの……えっと、お母さん?」
《製造者です》
「まぁ、そんな感じで。16って言ってたから、美由希さんと同い年じゃないですか?」
「うひゃぁあ! ホントに~!?」
「普通そう思いますよね! ね!?」
きっと普通の人がするだろうリアクションを美由希さんが取ってくれたのでまた嬉しくなって手を握ってブンブン振ってしまう。
自分のアクションに困っているのだろう、美由希さんは苦笑を浮かべていた。
「けんちゃん、そんなリアクションに枯渇してたの?」
「なんかみんな、ていうか桃子さんもなのはちゃんも平然としすぎなんですよ! どう考えても美由希さんのリアクションが正解でしょ!?」
「はいはい、けんちゃんの話は分かったから、お昼にしちゃいなさい。ほら美由希も」
パンパンと手を叩いて言う桃子さんの言葉に、全員ではーいと手を挙げ返事を返した。
◇◇◇◇◇
夕方になってなのはちゃんとユーノが美由希さんと入れ替わりのようにしてここへと帰ってきて、今このプレシアの部屋ではゲーム大会が開催されていた。
「けんちゃん! 早く走って! 罠が消えちゃう!」
「大剣は一回振ると長いんだよねぇ。あぁフェイト、そこ一匹落ちてくるぞ」
「え、なに? わぁあっ、上から恐竜降ってきたぁ!!」
「きゃぁ~フェイトちゃん早く、はやくにげてぇ~!!」
某モン狩るゲームを携帯機三つでプレイする自分達三人。
フェレットと犬は二人で団子になって横で寝て、桃子さんが静かにお茶を飲んで自分達を見ていた。
初めは操作に戸惑っていたフェイトだが、やり方を懇切丁寧になのはちゃんに教えてもらい、何とか普通にプレイ出来ていた。
なのはちゃんはライトボウガン、自分は大剣、フェイトは太刀という攻勢一本道の編成でモンスターが二匹出てくるクエストをしていたのだが、時間切れで失敗となってしまった。
「あぁ~。やっぱ難しいよこのクエストー」
「ちょっと厳しかったな。あと罠の場所ミスったよねぇ」
「うぅ、ご、ごめんね手間取って……」
クエスト失敗して落ち込むフェイトと、それを笑顔で慰めるなのはちゃん。
本当にいい子だよ、この子は。
《相棒、ちょうどキリの良い所でお話なのですが》
「なんだよ」
ほんわかした空気を味わっていたのに、腕輪から聞こえてきた雰囲気ぶち壊しな顔にゲンナリする。
思わず不機嫌丸出しな返事をしても仕方がないだろう。
だがこの相棒は、そんな事知ったこっちゃないとばかりに言葉を続ける。
《もうプレシアの治療が完了しています》
「へー、そう。……終わったのか!?」
次のクエストどうしようかなーと思っていた所に、青天の霹靂。
思わず椅子を立ち上がった自分に続き、フェイトもゲーム機を机に置いてガタッと立ち上がる。
「終わったの!?」
《はい、既に。皆さんゲームに熱中していたので、悪いかな、と》
「いやいやいや! 一番優先するべき事だろうがそれは!!」
「そうなの!!」
《申し訳ありません。それで、目を覚まさせてもよろしいですか?》
「お願い!!」
必死なフェイトの願いに了解、と簡単に返事を返した相棒の声と共に、ポットがピーッと甲高い音を出す。
それと同時に、どうやら内容液を排出しているようで、段々とガラス越しの身体が見えるようになり、自分は慌てて後ろへと振り返った。
すると視線の先では、フェレットが犬に頭から咥えられている光景が広がっていた。
いいぞ、そのままガブッとやってしまえ。
背後からはまたガタピシと音が響き、次いでフェイト達がパタパタと駆ける音が聞こえる。
そうして暫く待っていると、やはりポン、と肩を叩かれた。
「大丈夫だよ、けんちゃん」
「ん、ありがとうなのはちゃん」
そう言われクルッと振り返ると、黒い髪をボブカットにした、桃子さんより少々年上程度の女性が、黒い衣服を着て佇んでいた。
「……身体が軽くなったわ。ありがとう」
《これも必要な事です。その身を持って理解したと思います、ハズラットの技術を》
「えぇ、そうね。――あの子の治療も、同じ手段でやるのかしら?」
《えぇ。貴女の願う子供は、貴女よりも強い拒絶反応からショック症状による仮死状態にあります。同様の処置で問題ありません》
「そう……。フェイト、あなたに大事な話があるわ……」
「な、なに……母さん」
ボブカットの女性――プレシアさんは、身体が治ったばかりだと言うのに、難しい表情をして、フェイトへと近づいた。
彼女の言葉にどこか不安を覚えたのだろう、フェイトは迷子のような表情でプレシアさんを見ていた。
そんな彼女に、プレシアさんは尚も続ける。
「……あなたには感謝しているわ。だからこそ、私はあなたに真実を告げなければならない。こっちへいらっしゃい、母さんの大事なものがこっちにあるの」
「う、うん。分かった……」
「ここから先は、私とフェイトだけで、お願い」
「分かりました」
尚も不安気なフェイトをあやすように背中を擦りながら、プレシアさんはフェイトと二人、部屋の奥にあった扉を潜り入っていった。
《相棒。フェイト・テスタロッサにとっては、些か辛い真実かもしれません》
「お前は知ってるのか、それを」
《はい。ですが、私よりも当人達から聞いたほうが良いでしょう》
「言われんでもそうするさ」
それっきり、相棒と一緒に口を閉じる。
◇◇◇◇◇
暫く経ってから、奥の扉がバタンッと激しい音を立てて開き、中からフェイトが一人だけ現れた。
そのフェイトは、涙を流しながら自分達に見向きもせず出口へと走っていく。
「フェイトッ!?」
「フェイトちゃん!!」
アルフとなのはちゃんが慌てて立ち上がり、フェイトの後ろを追いかけるように走っていく。
自分はその姿を見送り、出てくるであろう人物を待っていた。
やがて、プレシアさんは、その脇に大きなポットを抱えて歩いてきた。
「……プレシアさん。それは?」
「私は、母親失格なんですよ、高町桃子さん」
そう言いながら静かに脇に抱えたポットを床に置く。
その中には、今よりも少し幼い、フェイトと瓜二つの女の子が入っていた。
まさか、と思い当たりつつ、自分はプレシアさんの答えを待つ。
「――この子はアリシア・テスタロッサ。私の娘で、あの子の母体。フェイトは、あの子は、この子のクローンなのよ」
当たって欲しくなかった真実に、思わず大きく息を吐いた。