魔法少女リリカルなのは 夢現の物語   作:とげむし

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第一話

「どうかこの子には、心穏やかな日々が訪れますように―――」

 

そんな、祈るような暖かな囁きを、記憶の彼方で聴いた覚えがある。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

唐突ではあるが、自分の頭の中に閉じ込めてある『考察』を許して欲しい。

 

『夢』を見た覚えは誰にでも――至極稀に見たことが無いという“例外”を除けば――あると思う。

日中の活動を停止し、脳を休め、日中に収集した情報の最適化を行うなどと言われている睡眠時に見るものである。

 

モヤモヤとしたものであったり、はっきりとどのような内容であるか理解できたり、場合によってははっきりと感触や感情の揺れを感じ取る事もあったりする、不安定・不確定でありながら誰もが見ているもの、それが『夢』であると思っている。

 

そんな不安定な『夢』の中で、眠りから覚めた時に一番厄介だと思うのが「現実感がありすぎる」類の『夢』だと思う。切迫した『夢』だったら尚の事その影響は大きい。一日中ソワソワしたり、不安になってしまう事もあるのが、そういった「現実感がありすぎる」類の『夢』の最大の悪影響かと思う。

 

『胡蝶の夢』と呼ばれるものにある通り、「現実と夢の境界線が曖昧」になりえるのである。理性では現在が現実であると理解しているはずなのに、どこか感情が「これは夢ではないか」と思ってしまうような、そんな『夢』が存在する。

 

さてここからが本題ではあるが、もう既に皆さんお分かりであるかと思う。

 

現在自分は、『夢』と現実、どちらの側に立っているのか、悩んでいるのである。

 

「――夢と思うには現実感がありすぎるし、だが現実だと思うには、少々奇抜なものがあるよな」

 

洗面台にある台座に昇り、鏡に映る自分の姿を見て、本当にそう思う。

 

映っているのは幼年期の少年。それは正しいのかも知れない。だが心の奥底で、『違う自分』がいるような気がしてならない。

 

それに照明に照らされ照り返している『黒髪』は、その一本一本を解して光に翳すと、非常に深い『青色』である事が分かる。

 

そして鏡を見つめるその瞳も、近付いてよく見ると微妙に『青色』になっている。

 

だがこれも、たった今気付いたものではなく、少しずつ、徐々にであるが、気付いてきたものである。

 

幼少の頃――というには現在も非常に年若い訳だが――の記憶は朧気にあり、ここ最近徐々に意識がはっきりし、それと同時に違和感を覚え、最終的に現状のように「夢か真か」の境地に至っているのである。

 

だが、悩み出して約半月間。これが現実であると理解してはいるのであるがどうにも違和感を拭い切れていないだけで、そろそろ感情のほうも「認めてやってもいいんだからねっ!」と言ってきているのでそろそろ認めちゃってもいいんじゃないかと思う。

 

これは現実である、と。

 

しかしそうなると一つの不都合と言うか、不可解な現実に直面してしまうので、中々認めにくいものがある。

 

「青髪・青眼の純日本人は、世の中に存在しない」という現実に対し、じゃあ自分は何なんだ、っていう不可解が発生してしまう。

 

家族がみんな日本人なのにとか、そんな話では無くなってしまう。かなり「あり得ない」話に発展してしまうから、こうして日々悩んでいるのである。

 

とまぁ、最近はこうして悩む事から一日が始まるのであるが。最終的には、問題の先送りを行うのもセットとなっている。

 

「けんちゃーんっ! そろそろご飯にするわよーっ!」

 

「はーいっ!」

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

自分の家庭環境は何やら複雑なようである。

 

まずこの家の家長であり自分の父、中田正元という人物なのだが。その名の醸し出す雰囲気の通り、どうやっても「おじいちゃん」にしか見えないのである。

 

そして非常にガタイが良い。

 

「なんだ、人の顔見て? 箸が止まっとるぞ?」

 

ぼーっと目の前の父親を眺ていると、そんな返答が返ってくる。少々性格が大雑把というか、適当な所があるが、近所でも評判の『気のいいおじいちゃん』が自分の父である。

 

……明らかに血の繋がった父親ではないだろう。

 

「なんでもない。ちょっと考え事」

 

「もう、けんちゃん。ちゃんとご飯食べながらにしなさい」

 

食ってれば考えるのは良いのかよ、と思わずツッコミを入れたくなる発言をするのは中田翔子。先に挙げた父の“孫娘”である。

 

つまり自分の“逆に”歳の離れた姪っ子という事になる。ちなみに卒業を控えた女子大生。

 

……この拭い切れない違和感は非常に如何ともし難いものがある。

 

「なんかそれはまた間違っているような気がする。食事中は考え事をしない、と言うべきなんじゃ」

 

「いいのよ。どうせけんちゃんの妄想癖は言ったって止まらないんだから」

 

真っ当なツッコミを入れてキツく返されているのが、中田雅俊。父の内弟子であり、翔子さんの旦那。副業で父と一緒に接骨院をやっている。苗字は元々内弟子であり婿養子に入っている為。

 

……接骨院のほうが真っ当な職業であると思います。

 

そんな違和感しか覚えない家族に囲まれているのが自分、中田堅一。傍から見ると普通だが実態は青目・青髪の日本人的にはほぼあり得ない見た目をした幼児である。

 

ちなみに年齢はどの程度かはわからないが、幼児であるとは思う。非常に他人事のようであるが、これは致し方ない。

 

自分は既に「社会性」を持ち合わせており、自分が一般の範疇から逸脱してしまっている事を理解さえしている。

 

傍から見ているような心情で自分を見つめなければ、正直やってられんのである。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

うちは武道の道場をやっている。雅俊さんが内弟子として一緒に住んでいる母屋とは別に、敷地内にいい門構えの道場が立っている。

 

父曰く、若い頃は一人武者修行で世界を放浪していたそうだ。特に決まった流派を師事していた訳でもなく、日本古武道色の強い無手勝流に色んな流派のいいとこ取りをしたという、なんとも大雑把なその流派の道場は「山田流山田道場」と看板に書かれている。

 

なんで山田なんだ、中田じゃないのかと突っ込んだ事はあるが「看板彫った奴が間違えたが、非常に良く出来た看板だからそのままにしている」とこれまた大雑把な回答が返って来た。以来流派は山田流らしい。

 

そんな大雑把な流派である山田流は、老若男女合わせて門下生50名を超える町内ではでかい規模の道場である。

 

雅俊さんのような内弟子こそ一人だけだが、日頃の運動不足解消やシェイプアップ、ついでに護身術と武道の精神を学ぶために日々門下生がこの道場を訪れる。

 

そんな道場も今日は休日。今は広い板張りの床に、何故か自分と父、翔子さんと雅俊さんの四名が座布団敷いて座っていた。

 

「……あのー、何が始まろうとしているんでしょうか」

 

普段中々訪れる事のない道場に、何故四人集まって座っているのか。しかも1対3で自分の正面に大人三人が座るといういかにも「これから何かあります」と言わんばかりのシチュエーションである。

 

さすがに声を上げずにはいられなかった。

 

「うむ。お前も三歳になり、俺たちの言葉も理解できるような年齢になったみたいだしな。色々と話をしておこうかと思っている」

 

その言葉に、喉の奥から奇妙な音が鳴る。“自分が三歳である”という事実に凄まじい衝撃を受けたのだ。

 

こんな三歳児あり得ないだろう……。

 

「なんつーか、お前自分が三歳だって事に驚いてるだろ。無理もないと思うが」

 

呆れたような視線を向けてくる我が父上に無言でコクコクと頷く。あり得ないものはあり得ないのである。

 

だが事ここに至って、更に父は衝撃的な話を重ねてきた。

 

「まぁそれにしても『まだ生まれたばかり』だった赤ん坊、つまりお前を引き取ってから三年程度って事で、実際にお前がいつ生まれたのかは分からんのだがな」

 

父上様、さすがにそれはショッキングすぎる話ではないでしょうか。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

父の話を要約するとこうだ。

 

ある日の早朝、内弟子と二人で道場の掃除から始まる日課に繰り出し道場へ入った所、そこには毛布のようなものに包まれた赤子がいた。

 

どうにも生まれたばかりにしか見えないその赤子がどこから来たのかも分からないが、とにかくどうにかしなくてはと思い大学通学の為家に住んでいた翔子さんと三人頭を捻り、なんやかんやで父が引き取り育てる事に。

 

その子育てを通じ祖父と孫娘のコミュニケーションも円満となり、また内弟子と孫娘は共に『はじめての子育て』に四苦八苦する内に愛を育み「二人の子供も欲しいね」なんて事になってめでたくゴールイン。女子大生でありながら人妻であるという特殊属性が生まれたらしい。ちなみにそれまで翔子さんは“おぼこ”だったそうな。

 

後半は本当にどうでもいい話だが、要は自分は「養子」らしいのである。

 

「まぁ、理解はしていただろ? 自分が実の子供じゃないなんて事ぐらい」

 

「いや、まぁ。正直に言っちゃうと一目瞭然というかなんというか……」

 

「だよなぁー」

 

ほんとに適当なやり取りだなこれ、とか思ってしまうくらい場の雰囲気は緊張感が全くなく、ヘビィな内容に比べてものっすごく軽い空気が流れている。

 

しかも父の隣では自分のキューピット役を務めることになった夫婦が当時を思い出したのかストロベリった空気を放ちキャッキャウフフとはにかみながら会話している。

 

なんなんだこれは。

 

「でまぁお前の生い立ちはこんな訳なんだけど。ここからが本題なんだわ」

 

「えっ、まだあんの?」

 

この居心地悪い場を正すように、改めて話を切り出す父の言葉につい疑問の声を挙げてしまう。

 

もう終わったもんだと思っていた。

 

そしてその言葉に合わせるようにはにかみ夫婦を会話を止め、姿勢を正して自分を見つめる。

 

「言い難いとは思うんだが、お前、どうなってんだ?」

 

「……え。いや、どうなってるって」

 

「あー、なんていうかな。お前はどうも“子供”じゃない。普通の、それこそ雅俊と同じように会話できるぐらいに“人間”なんだよ。自分でも理解してるんだろうが、それは“子供”じゃない訳だ」

 

言われた事につい心臓が跳ねる。

 

それは今朝も感じていた違和感でもあり、日々過ごす中で疑問に抱いている自分の「社会性」を疑問視する質問だった。

 

「自分を見て他人を見て、自分と他人の差異に気付くっつーのはガキでもできるだろうが、お前の場合その差異が“何”で、“何故”その差異が存在するのかを確認しようとしている。それは“子供”、ましてや口を開いたばかりの三歳児のする事じゃねぇ。――まぁ、大人しくゲロッちまえ」

 

その有無を言わさぬ言葉に、自分はあっさりと両手を挙げ、腹の中のものを吐き出した。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

自分の抱える違和感の正体、自分と家族との差異の疑問に関する解答があり、自分の中に存在する「社会性」に関してゲロッたその日から、毎日鏡を見て悶々と考える事は無くなった。

 

正直一度ゲロッてしまえばあとは野となれ山となれ、だ。

 

腹の中に溜まった違和感も不思議なほどスーッと溶け、毎日が清々しく過ごせるようになった。

 

父は「前世の知識ーとかそんなもんなんかなぁ。まぁ泣き喚いたり危なっかしい真似しなさそうだからラクでいいか」なんて投げっぱなしな事を言っていたが、まさしくその通りで誰もそれで損をしないんだからいいじゃないか、と思っている。

 

そんな感じで二年間、昨年より強制的に幼稚園に通わされつつ山田流の弟子にもさせられつつ、こうして日々を過ごしている。今一番の楽しみは又姪(まためい=姪の娘)か又甥が生まれる事である。そろそろ6ヶ月。頑張ったな、雅俊さん。

 

予備動作からの必殺コンボ「出来たかも……ポッ」を見た時の雅俊さんの喜びようは半端じゃなかった。泣き笑い大騒ぎし父に殴られた雅俊さんはとても気持ち悪かったです。

 

その報告を翔子さんの両親にし、家に訪れてきた両親に土下座して「必ず幸せにします!」と言った雅俊さんはテンパりすぎでした。もう結婚しとんだろ。ちなみにその日が初めて自分の戸籍上の姉に当たる人物に会った日でした。非常に微妙な顔で見つめられましたけれども。「娘より若い弟ってどうなのよ」って自分に言われても知りませんがな……。

 

そんなこんなで翔子さんのおめでたから、重い荷物以外の外への買い出しは自分が担当する事になりました。さすがに妊娠してる人をフラフラさせるのも悪いし、自分幼稚園通ってる以外は道場にいるか市内の図書館に行くかぐらいしかありませんから。

 

自分の住む海鳴市の図書館は蔵書が多く、またジャンルも数多く備えている至れり尽くせりな所である。一日居ても飽きない自信がある。名前の示す通り海の近くにある市なもんで、本の大敵潮風が大変そうだなぁ。

 

そんなくっだらない事を考えつつメモ通りに買い物を終え、調味料とお肉のパック(安定期に入り肉を欲する翔子さんの為の焼肉セット)を持ち帰る道すがら、ふと横を見た。

 

こう、「わたし落ち込んでます」といった雰囲気を醸し出す小さな背中を見つけてしまった。

 

どんな精神構造だったらあんな雰囲気をあの年で醸し出せるんだろうと思うくらいに、非常に“子供らしい”後ろ姿から途轍もない重みを感じる。

 

あー、なんか嫌なもの見ちゃったなーとか一瞬思ってしまったが、それはそれ。正直一般的な価値観ではあの年の子供があんな雰囲気を醸し出すのは異常である。自分も異常の類に含まれる訳だが。「放っておいちゃならねぇ」と父の声でそんな言葉が頭の中を駆け巡っていた。

 

よし、じゃあ関わろう。そう思ったら後は行動するだけだった。

 

荷物の袋をかさかさと鳴らしながら後ろに近づき、頭の左右から下がる短めのツインテールを避けて声をかけつつぽんぽんと肩を叩く。

 

「お嬢ちゃん、こんにちは!」

 

「ふぇっ!」

 

振り返った少女はやはり涙目で、元から大きいだろう眼を最大限に広げて自分を見返した。むむ、幼稚園では見ない子だな。知ってる子だったら良かったんだが……。

 

まぁもう声をかけてしまったので仕方がない。知らない子だろうと放って置けないと判断した以上このまま何もしない訳にはいかないのである。そう思い手に提げた荷物をかさっと持ち上げて笑顔で言った。

 

 

 

「よう、肉食わねぇか!?」

 

 

 

この間抜けな一言が、将来的に自分の道を定める一つの分岐点になるとは思いもしなかったのである。

 


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