VR 艦隊これくしょん   作:ちーまる

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E-7甲の報酬がしょぼすぎたので、那珂ちゃんのファンやめます。

……まあ、冗談は置いておいて。取り敢えずお目当ての艦娘も出たので、我が鎮守府は貯蓄モードに突入です。
それより大型建造について色々思い出しました。イベ報酬武蔵を解体したのは今でも思い出したくない歴史です。ごめんよ、武蔵(初代)……三代目はきちんと育てたから許しておくれ。

今回はちょっぴり長くて独自設定があるので、注意です。というより、もう少し短い方が良いのかな。
リクエスト的な何かはまだまだ募集中なので、宜しくです。


9 農場→対抗演習

本日も鎮守府海域の洋上は快晴だった。

頭上に広がる水色の空には雲一つなく、波も穏やかで荒れる気配は全くといって良いほど感じない。春先とは言え僅かに汗ばむような気温の中、時折吹く風が火照った体を冷ましてくれる。本当に今日は絶好の――演習日和だ。

 

「榛名、Follow me!ついて来て下さいネー!」

「了解です、お姉様!援護は、榛名にお任せを!」

 

叫ぶように呼びかければ信頼する妹が頼もしい声で応える。その声に満足げに微笑むと金剛はさらに加速した。青い海面に白い軌跡を描きながら波を裂き、自慢の高速力でただただ突き進む。今回の演習ではお互いに空母や航巡を一隻も編成していないため、頭上から艦載機に狙われる心配をする必要は無い。ゆえに金剛は自身に与えられた役目を全うするために、榛名だけを連れて海上を爆走しているのだ。

 

 

元々、対抗演習―艦隊同士の模擬戦闘―は練度の上げ幅が実戦よりも大きい。練度の高いものが艦隊旗艦となることでその効果はさらに高くなるのだ。しかし、現在鎮守府では数日前に起きた不可思議な現象によって所属している艦娘の練度は軒並み1に戻ってしまっており、海域解放どころか資材確保のための遠征すら儘ならない状況である。が、元の世界で一度は最高練度である99まで到達していたためだろう、怪我の功名というべきか現在の練度が低くとも実戦に出るよりもこうして対抗演習を繰り返した方が効率が良かったのだ。そのため鎮守府を上げての演習三昧の日々だったが、今日は演習は少し特別である。何せ今日は――

 

[金剛、榛名、二人とも準備は良いか]

 

[勿論ネー!誰が来ようと今の私は無敵ヨ!]

[はいっ!榛名は大丈夫です!]

 

提督が戦闘指揮を執っているのだから。

耳元の無線から響く低い声は聞き間違えるはずは無い、愛しの提督の声だ。頼んだぞと掛けられた言葉に金剛の気持ちはさらに昂る。

 

思えば「あちらの世界」に居た頃、提督が大規模作戦と対外演習以外で直接指揮を執ることなど一度も無かった。いつも執務室でしか会えないことに、戦争は終わっていたのに一人で全てを背負おうとしている姿に、寂しさを、不安を感じていた金剛にとって、こうやって提督に頼られているということが何よりも嬉しかった。勿論、今まで『用が無い限り執務室出入り禁止』といった暗黙の了解が無くなったことも嬉しいに決まっている。極力艦娘と接触しないように厳命していた元の世界の大本営には不信感と文句しかないが、逆に言えば引きこもっていた原因が艦娘を嫌ってのことではないというのが分かって正直ほっとした面もあった。

 

頑なまでに交流を拒んできたことが上からの命令なら、まだ金剛にもハートを掴むチャンスがあるというものだ。今まで加賀をずっと秘書艦に据えていたのは、提督が加賀のことを好いていたからだと思っていたが、きっとこれも接触する艦娘を減らすために違いない。だからこそ、これからは今まで我慢してきたこの溢れんばかりの熱いLoveを全力でぶつけてやるのだと金剛は心に決めている。

 

――提督には悪いけれど私たちに寂しい思いをさせた罰ネ……それに、提督のハートを掴むのは、私デース!

 

こればかりはいくら可愛い妹たちでも、戦場を共に駆けてきた仲間であっても譲れない。提督とのラブラブな未来を想像して思わず顔がにやけてくるが、慌てて気を引き締め直す。自分のミスで提督の顔に泥を塗るわけにはいかないのだ。それに今まで金剛は提督が指揮する演習では一度も負けたことが無い。その記録は金剛の自慢であり、誇りだった。提督の剣として数多の敵を薙ぎ払ってきた勲章。その記録を自分の慢心で失うわけにはいかなかった。

 

やがて青一色だった視界にぽつりと黒点が現れる。高速戦艦である金剛に劣るとはいえ、同じように全速力で此方に向かってくる姿は事前に言われていた通りの艦娘だった。

 

紅白の水兵服と赤いミニスカートを身に纏い、頭上で一まとめにされている黒髪は風にたなびている。そして何よりも特徴的なのが重力に逆らうかのようなあまりにも巨大すぎる艤装。背部の機関部からは艦首を彷彿とさせる鋭い突起が左右に突き出し、主砲である46cm三連装砲をこちらにしっかりと照準が合わさっている。耐久、火力、消費資材、そして醸し出す存在感のどれをとっても圧倒的。彼女こそが世界最大の超弩級戦艦であり艦隊決戦の切り札、大和型戦艦一番艦の大和である。

 

その後ろに見えるのは扶桑とお供の駆逐艦が一隻だろうか。こちらも言われていた通りの編成だ。扶桑型も戦艦の中では巨大な部類に入るが、大和型には敵わない。開始と同時に金剛たちが向かってきていることは、偵察機で相手も把握しているはずである。それでも大和たちが今ここに居る理由、つまり提督の『各個撃破』という意図をある程度理解した上で真っ向から対決しようとしているのだ。

 

確かに戦力比は二対三だ。加えて大和が積んでいる46cm三連装砲に扶桑の41cm連装砲と自分たちの35.6cm連装砲では火力の面で大きく劣っている。耐久面も鑑みれば、真正面からまともにやり合えば確実に負けるだろう。着任時期こそ金剛よりも遅いが、大和もあの戦争を生き残ってきた艦娘だ。少しばかりの経験の差で戦闘を有利に持って行けるとは到底思えない。

 

――でも、それだけで私たちが負けるはずがないネー!

 

金剛の脳裏には敗北の二文字など端から存在していない。理由など簡単だ――だって提督が指揮を執っているのだから、ただそれだけのこと。そこに疑問を挟む余地など無い。

 

いつだって提督はその手腕で不利な状況をいくつも乗り越えてきている。勝てるはずが無いと言われていた敵も、味方を犠牲にしなければ成功しないような作戦も、金剛の愛している提督はそんな不安を嘲笑うように軽々と覆して見せたのだ。いつだったか、他所の提督が演習を終えた後に青ざめた顔でこう言っていたのを金剛は覚えている。

 

『あの人を敵に回してはいけない』

 

全くもってその通りだと今でも思う。普段の優しさを捨て、立ち塞がる敵を容赦なく排除する本気の提督に敵う者などいないのだ。きっと今も全てを切り裂かんばかりの鋭い視線で戦場を見据えているのだろう。普段と違う冷たい雰囲気の提督の姿を思い出し、金剛は悶えそうになる自分を抑え込んだ。

 

[金剛は大和を抑えろ。榛名は先に吹雪を撃破、扶桑はその後でいい]

「了解です!榛名、全力で参ります!」

 

提督の指示を受け、すぐさま榛名が少し前を進んでいた大和と後方の二人を分断するように先手を取って砲撃を開始する。鎮守府一の命中率を誇る榛名の砲撃は、狙った場所に巨大な水柱を次々と発生させた。目論見通りに大和と扶桑たちを分断することには成功したが、今度はお返しとばかりに扶桑の41cm連装砲が火を吹く。金剛と榛名の周囲で立て続けに起こる水柱。

 

流石は鎮守府の中でも歴戦の艦娘である。幾度ともなく戦闘を切り抜けてきた経験を基に放たれる精密な砲撃は少なからず金剛たちにダメージを与える結果となった。視界に映る自身の耐久値の減りを確認しながら、金剛は榛名に進路を譲る。大和の方もいつの間にか前後が交代し、扶桑とお伴の吹雪が前に出ていた。そうして前に出た榛名と扶桑が主砲を撃ち交わす中、吹雪は冷静に回避を重ねながら雷撃による援護を図る。

 

「お姉様、御武運を!」

「榛名も気をつけてネ!」

 

砲撃戦の中、白い航跡を描きながら近づいてくる魚雷をジグザグに回避行動を取りながら、やがて戦場は大きく二手に分かれていく。激しく砲撃を交わす榛名と扶桑、吹雪たちは残してきた本隊がいる方に、そして金剛と大和は誰の邪魔が入らないような戦場の端に。

 

静かに対面する大和と金剛。結局二人とも作戦だ何だと理由を付けているものの、演習という名目でこうして真っ正面からただやり合いたかっただけなのだ。だからこそ、二人とも先ほどの砲雷撃戦には一切参加していない。それに、金剛の仕事は大和を除いた演習相手の艦隊を味方が倒すまでの時間稼ぎだ。

 

『金剛にしか出来ないんだ。頼めるか?』

『勿論デース!私の活躍から目を離しちゃNO!何だからネ!』

 

作戦説明の際に、期待しているよと掛けられた言葉と提督の笑顔が頭をよぎる。提督は他でもない、この金剛に期待していると言ったのだ。なら、自分がその期待に応えなくてどうする。

 

「……そう言えば、大和とは今まで一回も本気で勝負したことないネ」

「ええ。ですから、この機会に一度決着を付けて起きたくて」

 

にっこりと微笑む大和の顔には、敗北への恐れを微塵も感じさせない。ぴりぴりと緊張が高まっていく中、金剛も笑みを浮かべた。久しぶりに全力を出せる解放感と、戦場を駆ける艦娘としての姿を提督に見せられることに闘志が滾ってくる。

 

金剛が一歩踏み込み加速するのと同時に、大和も海面を蹴り飛び出していく。

開戦の合図はお互いの顔面に向かって全力で振るった拳だった。

 

 

◇◇◇

 

[演習終了です。第二艦隊旗艦大和の大破判定により第一艦隊の勝利が確定しました。練度測定の後、船渠に向かって下さい]

 

大淀のアナウンスが流れると同時に、張りつめていた緊張が解れた男はどっと疲労感が襲うのを感じた。メニューの戦闘指揮画面を閉じると、手に持っていたタブレット型の端末と着けていたインカムを机に置いて深く椅子に腰かける。ゲームの時と違って臨機応変に指示を出せるのは便利だが、如何せんとても疲れた。戦果報告の画面に輝く勝利の二文字にこれほど安堵したのは初めてかもしれない。

 

何せ、実戦ではなく演習という点では少し気が楽だったものの、周りのプレッシャーが凄すぎた。提督ならどんな状況でも勝って当たり前、提督が負けるなんて天地がひっくり返ってもあり得ないというような、イメージが艦娘たちに蔓延していた結果である。

 

確かに、ゲーム時代では全戦全勝を地で行くトップランカーであった男だが、それはゲームだからこそできたことだ。幾ら「艦隊これくしょん」がリアルな戦闘シミュレーションゲームでも、現実の戦闘には遠く及ばない。ましてや、男はきちんとした教育を受けた軍人などではなく、戦争とは無縁の平和な世界で生きてきたただの社会人だ。そんなに完璧を求められても困る……とは勿論言えず、結果激しい胃痛に襲われた。

 

 

艦隊全体の練度底上げのために経験値の少ない他所の鎮守府と戦う対外演習ではなく、自艦隊同士で戦わせる対抗演習を連日繰り返していたが、男は今日この世界に来てから初めて戦闘指揮を執った。誰に要請されたわけでもなく、本格的な海域解放の前に戦闘画面のシステムを確認したかった男自身が言い出したことである。

 

メニュー画面は謂わば、張りぼての「提督」という自分の姿を少しでも取り繕うための男の命綱だ。海域のマップ、深海棲艦のデータ、開発のレシピ等々これから必要になるであろう様々なデータから、戦闘を有利に進められる補助システムまで、これが正常に作動するか否かはこれから先の明暗を分けると言ってもいい。

 

演習が始まるまで今にも吐きそうなほど緊張していた男の心配は杞憂に終わった。操作もゲームの時と殆ど変らず問題なく進めることが出来て、男としては一安心である。

 

「艦隊これくしょん」というゲームの戦闘システムは他のゲームと違って少しばかり特殊だ。先ずメニュー画面から海域を選択し、出撃を選ぶと陣形選択というコマンドが出てくる。陣形というのは簡単に言えば艦娘をどのように配置するかということで、一艦隊6隻の総耐久値が四割を切った場合と切らなかった場合に対して、プレイヤーは戦闘前に全5種の陣形から状況に合わせて選択するのだ。その命令を基に後は戦闘フェイズの前にAIが判断して陣形を組む。潜水艦が多い海域だと勝手に単横陣を選択してくれたりとAIは意外と優秀なので、陣形選択はそこまで重要ではないかもしれない。

 

そうして海域に出撃し羅針盤を回して進んでいくわけだが、次にプレイヤーがすることは羅針盤娘へのお祈り……ではなく、戦闘フェイズ突入後のコマンド入力である。「艦隊これくしょん」ではVRゲームであるのにも関わらず、正方形の升目に区切られたマップ上で自軍のユニットを動かして攻撃するという旧来の戦闘システムを採っていた。

 

索敵に関してはフェイズ開始直後に自動で行われるので、プレイヤーの出番は無い。仕事はその後の開幕航空戦から始まる。装備や艦種ごとに攻撃できる有効射程距離が決まっているため、チェスや将棋のように艦隊を動かしていく必要があるのだ。そこから味方の艦隊と敵艦隊が交互に行動を選択していき、そして敵艦隊を全滅させるか、味方が一隻でも残っている状態で規定ターン数経過で勝利となる。

 

プレイヤーが動かしていく艦娘側と違って深海棲艦側の行動選択は全てAIが行っているのだが、通常海域ならユニット上部にはAIが選択したコマンドが3ターン分と敵の行動順が表示してあるのだ。つまり、これから敵がどういう風に動いていくのか、あるいはどんな攻撃を仕掛けてくるのか、表示されたコマンドからある程度の予測を付けられるのである。表示が制限されたイベント海域や対外演習ならばともかく、これがあれば通常海域で負けることはほぼあり得ない。よっぽど艦娘と敵のレベルが離れていたか、プレイヤーが何も考えずに突っ込むといった暴挙を犯したかそのどちらかだろう。

 

こちらの対外演習でそのシステムが通用するかはまだ不明だが、ゲームでは使えなかったはずの対抗演習で適用されていた。つまり、このゲームに似た別世界の中でもメニュー画面や補助システムというゲーム機能の一部は正常にプレイヤーである男にも使えるということである。

 

実際、演習の際に手渡されたタブレット端末―作戦司令室に備え付けられているモニターを持ち運びできるようにしたもの―に開いた戦闘画面を重ねれば、ほぼゲーム時代と変わらない操作が可能であった。変わった点と言えば、コマンドではなく男自身が直接指示を出すことくらいだろうか。

 

演習で確認する何ていう手段をわざわざ踏まなくても良いと思うかも知れないが、命の危険があるような状況でそんなことは到底出来なかった。好感度という不明なシステムが存在している今、必要ないリスクを犯すことはただの自殺行為である。そこで万が一のことが起こってしまってからでは、取り返しがつかないのだ。もし、誰であれ艦娘を轟沈なんてさせてしまえば、どう考えても最悪な状況まで一直線である。今は一応慕ってくれているような雰囲気の彼女たちだが、そんな醜態を晒せば手のひらを返したように敵意をぶつけてくるに違いない。

 

ここはもう男にとっては現実なのだ。

ゲームの時のように失敗したらやり直しなんていうことは出来ない。失敗すれば、待っているのは自分の身の破滅だ。死ぬかもしれない恐怖を思い出し震える手を抑え、演習を乗り越えて緩んだ気を引き締め直す。こんな程度の勝利で喜んではいられない。彼女たちに見限られることの無いよう、自分はこれから先も負けることなど許されないのだから。

 

 

未だに信用しきれない彼女たちにばれないように、平静を取り繕うのに精一杯だった。だが、疲れ切った男のことなど目に入らないようで、興奮冷めやらぬ比叡が男に話しかける。

 

「凄かったですね、司令!金剛お姉様の最後の砲撃!一直線に大和さんまで飛んで行って、こう、ずどーんと直撃しましたよね、司令!」

「……ああ、そうだな」

「ね、ね!流石は金剛お姉様ですよね!後、少し前のあの――」

「比叡お姉様、そろそろ金剛お姉様が帰ってくるようですよ」

「うえっ、本当だ!ありがとう、霧島!」

 

これは長くなると判断したのか、比叡と同じく傍で演習を見学していた霧島が絶妙なタイミングで話を打ち切った。そのまま「お姉様ー!」と叫びながら金剛を迎えに行った比叡が部屋から飛び出していくのと入れ替わるように、作戦司令室で審判を務めていた大淀が執務室に戻り男の対面に座る。

 

「お疲れさまでした、提督」

「大淀も悪かったな、俺の我が儘に付き合わせて」

「いえ、全く。むしろ久しぶりに、直接艦隊の指揮を執られた提督のお姿を見られて嬉しいくらいです」

「ええ、本当に。この霧島、存分に勉強させて頂きました」

 

「……そうか、ありがとう」

 

相も変わらずな周囲の高評価にきりきりと胃が締め付けられる。彼女たちから見た自分のイメージは一体どうなっているのだろう。こちらも比叡と同じく、興奮した様子で先ほどの演習の分析を始めた二人にばれないよう溜め息を吐きだした。上辺だけかもしれないとは言え、敵意ではなく好意を持たれているといことは確かに少しは安心できるが、過度な好意や期待は正直に言って気味が悪い。というより、ただゲームをプレイしてきただけなのに、こんなにも高く評価されている現状が男には理解できなかった。

 

確かに、ゲームで実装されていた海域は全てクリアしているし、開催されたほぼ全てのイベントでランキングは10位以内という所謂トップランカーだったが、「艦隊これくしょん」という廃れてしまっているゲームを今もやり続けているプレイヤーたちなら大体が当てはまる。課金額という点では開きが出るかもしれないが、他のプレイヤーと比べて特別なことをしてきた覚えも全く無い。

 

やはりゲームであった頃の補正で、提督という存在に無条件で好意を持つようにプログラムでもされているのか。だがもし仮にそうだったとして、それが自身に危害を加えないということには繋がらない。見た目がか弱い女子だろうと彼女たちは「艦娘」なのだ。一向に拭いきれない不安に男の表情は険しさを増していく。実のところ全くもって見当違いな予想を立てている男だったが、残念ながらその勘違いが解けるのはまだまだ先の話であった。

 

あれこれと考えて陰鬱に翳りそうになる気持ちを叱咤する。結局のところこの現状を打破する方法が見つかっていない今、男にとって残された道は艦娘たちに信頼されるような提督の姿を作り上げる他ないのだ。そんな不安が頭をもたげてくるのを誤魔化すように、温くなったお茶を呷る。そして机に湯呑みを置こうとした時、男はかたかたと部屋が揺れていることに気付いた。段々と大きくなるけたたましい足音が近づくにつれ、揺れも激しくなってくる。困惑気味の男とは違って、対面に座る二人の表情はまたかとでも言いたげな呆れたものだった。

 

 

「HEY、提督ぅー!!ちゃんと私の活躍見ててくれた?」

 

壊さんばかりの勢いで開かれた扉の先に居たのは、先程まで第一艦隊の旗艦として演習に参加していた金剛だった。その姿には傷一つ、いや汚れの一つすら見つからない。演習ということで実弾は使用していないが、大なり小なり怪我を負っていたのにも関わらず、こんなにも短時間で元通りになっているのには幾つかの理由がある。

 

そもそも、演習だからと言って実弾を使用することは無い。弾薬代だって馬鹿には出来ないのに加えて、万が一大和や武蔵と言った消費資材が大きい艦娘が大破を繰り返してしまえば、資材が直ぐに枯渇してしまうことは明白であった。

 

よって、演習ではペイント弾と火薬を極力抜いた魚雷を使用しているが、勿論ただのペイント弾や魚雷ではない。妖精さんお手製の特別仕様なのだ。実弾と違って最小限の火薬しか搭載しておらず、染料も無色であるので汚れも落としやすい省エネ仕様。だが、本当に凄いのは艤装に設置された特殊な装置と連動して、着弾すると自動的にダメージを計算して再現するという限りなく実戦に近づけることが可能なことであった。

 

演習、実戦を問わず、艦娘が出撃する時には、特殊なコンタクトかそれに準ずる機能を持った眼鏡の着用が義務付けられている。これらは海域のマップや自身の耐久値、そして弾薬の残量など、簡単に言えば男が見ている戦闘画面のコンパクト版なのだ。無論、戦闘の邪魔にならないように視界に映し出されるデータは厳選されている。

 

つまりこのコンタクトと艤装に取り付けられた演習用の装置、そして特殊なペイント弾のお蔭で実際のダメージをほぼ負うことなく、しかしダメージを負ったように演習をすることができたのだ。現実では燦々と太陽が輝いているのにも関わらず、夜戦演習が出来るのもこの超ハイテクなコンタクトの機能によるものである。

 

そして艦娘専用の船渠に入ってしまえば、演習で負った小破以上中破未満の傷などあっという間に治るのだ。どう考えても人間と同一視することは難しい彼女たちの姿にうすら寒いものを感じつつ、男は湧き上がる恐怖を誤魔化すようにやや引き攣ったような笑みを浮かべる。

 

「金剛、扉はもう少し静かに開けような」

「金剛さん、扉は普通に開けて下さいとあれほど注意したのに……壊したら修理費は全額請求しますからね」

「Oh……、大淀は相変わらず厳しいデース……」

 

にっこりと微笑みながら注意する大淀だが、その目は全く笑っていない。先ほどのまでの勢いはどこへやら、すっかり気勢が削がれた金剛は逃げるように男の元に駆け寄る。

 

「でも、でも、提督ー。今日の金剛は格好良かったデショ?」

 

褒めて褒めてと言わんばかりの笑顔を見せる金剛。まるで飼い主にじゃれつく大型犬を彷彿とさせる金剛の様子に、霧島と大淀は苦笑交じりに告げる。

 

「確かに今日のお姉様は活躍されていましたが、特に変わったようには見受けられなかったですね」

「まあ、金剛さんが提督絡みのことで気合い入らないわけがありませんから」

 

「うぅ……提督ぅー!霧島と大淀がいじめるデース!」

 

若干からかい混じりの言葉にちょっぴり涙を浮かべた金剛は、ぎゅっと男の腕にしがみ付く。胸元に抱えるように抱き寄せられた右腕から少し高めの体温と柔らかい感触を感じて固まる男だったが、空いたままの扉の向こうから聞こえた数人分の足音に釣られて視線を向けた。

 

「もう、お姉様ったら一人で先に行っちゃうんだもん……って、あー!何やってるんですか!」

「比叡お姉様、どうかしましたか?……って、金剛お姉様!駄目ですよ、提督にご迷惑をお掛けしては!」

 

視界に映ったのは、金剛と同じ肩口を露出させた巫女服のような着物にひらひらと揺れる赤い装飾の入った振り袖、そして頭部には(恐らく)姉妹でお揃いの艦橋と電探を模した金色のカチューシャ。ぷるぷると震えてこちらを指差している金剛型四姉妹次女の比叡と、本日の演習のMVP三女の榛名である。

 

「ふふん!こういうのは早い者勝ちですヨ、榛名!」

 

そう言って自慢げに抱き着いた右腕に力を込める金剛。艦娘に抱き着かれるという首元にナイフを突きつけられていると言っても良い状況に、内心の恐怖を押し殺しつつ男は何とか声を絞り出した。

 

「榛名、今日の演習ご苦労だったな。素晴らしい戦果だ。……比叡は、その、大丈夫か?」

「そ、そんな……榛名は当然のことをしたまでですから。でも、ありがとうございます。榛名、気合い入れてもっと頑張ります!」

「うー……お姉様ったら、あんなに嬉しそうな顔で司令にくっついてる……」

 

恨めしそうな視線でこちらを見る比叡と顔を赤らめてもじもじと身をくねらせている榛名。そんな姉二人の様子に霧島は呆れたようなため息をつきながら声をかける。

 

「比叡お姉様も榛名もずっと入り口に立っていられたら邪魔です。お茶を淹れましたから、どうぞこちらに」

 

すっといつの間にか用意していたカップを男の左側と金剛の隣に置くや否や、目を輝かせた比叡が金剛の右隣に飛び込んでくる。若干取り残される形になった榛名も足早にやって来て隣に座ると、失礼しますと声を震わせながら男の左腕に抱き着いた。両手に花ならぬ艦娘な状況に気が遠くなる男と正反対に、上機嫌な様子の榛名。そして、頬を赤らめながら小さく呟いた。

 

「その……提督、榛名の演習での活躍も、見ていただけましたか……?」

「っ、ああ。勿論だ。味方の被害を出さないで演習を終えられたのも、榛名が本隊に合流するまでに扶桑と吹雪を倒した御蔭だからな」

「えへへ……ありがとうございます、提督」

 

ぱあっと花が咲いたような笑顔を向けられ、男はちくりと自身の中にあった僅かな罪悪感が刺激されたのを感じた。彼女たちは兵器だ、自分のような矮小な人間とは違うのだと頭は理解している。しかし、いやだからこそ――男の目にはただの少女にしか見えなかった。

 

――そんなことは無い。絶対に違う。彼女たちは『艦娘』だ、人の形をした兵器なんだ

 

「艦隊これくしょん」というゲームが現実となってしまったことによる歪さを、浮かび上がった考えを押し込めるように目をつむる。今、従ってくれているのは自分がまだ有用な存在だからだ。もし何かの拍子で敵対感情を持たれたら、深海棲艦に向けられていた凶悪な牙は己に向かってくる。言い聞かせるように心の中で何度も唱えれば、感じていたはずの罪悪感は恐怖に上塗りされていった。

 

結局、こうやって交流を図ろうとしているのも自分のためである。「死にたくない」から艦娘を利用する、そんな自分勝手な薄汚い考えに嫌気が差すものの、男には提督であるということ以外何も無い。だからこれは仕方ないことなのだ、と自分を正当化する言い訳を並び立てる。

 

そんな目をつむったまま微動だにしない男に、ついに痺れを切らした金剛はやや強引に顔を自分の方に向けた。

 

「提督ぅー、私から目を離さないでって言ったのにぃ~!何してるデース!」

 

ごきっという嫌な音に思わず目を開けた男の視線と金剛のブラウンの瞳が交わる。自分の心を見透かすような真っ直ぐなその目に、男は背筋を冷たいものが伝うのを感じた。

 

――見られてしまう、自分の汚い感情が、浅ましい欲求が。

 

見つめ合ったまま固まった二人。先に視線を逸らしたのは金剛の方だった。ふっと優しげな笑みを浮かべると、何故か抱き着いていた腕も放して冷めてしまったお茶に手を伸ばす。

 

「提督、頑張っている姿は素敵だけどサー。無理だけはしたらNo!なんだからネ!」

 

 

 

 

 

――「HEY、提督ぅ!金剛の手作りスコーン持ってきたヨー!」

――「Workはちょっとお休みデース。このままだと提督倒れちゃうヨ?」

――「無理はしてないって?……せめて、私の目を見て言って欲しいデース」

――「私、心配なんだヨ。皆、提督のことを『特別』だって思いすぎてる節がありますカラ」

――「提督だって、普通の人と何も変わりマセン。誰かが止めてあげないと、ネ」

 

 

――「だから、私がこうやって提督を見張っていないとネ!そのためのTea Timeデース!それに提督のハートを掴むのは、私デース!」




金剛は意外とちゃんとお姉さんしてそうなイメージです。
本当はもっと四姉妹とのお茶会描写を入れたかったのですが、二万字に突入しそうだったので泣く泣くカットしました。何れ、個別回でお茶会させます。

駆逐艦のくの字も出なかった件については、謝罪します。何でもしまかぜ!

そろそろこっちの世界の提督とも絡ませたいなーと思いつつ、次回内容(及び投稿時期)は全くの未定です。

その前に溢れだした艦これネタを投稿するかも。許して下さい、何でも(ry

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