今年は地獄の卒論・就活コンボなので遅くなります(言い訳)
ところで、艦これ三周年おめでとうございます!
艦これも三周年だと思うと感慨深いものがありますね。明日から春イベですが、提督の皆さん備蓄は大丈夫でしょうか?
一応リクエストで頂いた「鈴谷にちょっかいを掛けられて胃を痛める提督の話」を元に書きました。……多分。
執務が始まる時間の少し前、男と大淀の二人の姿は工廠の裏手に広がった空き地にあった。
目的は今朝妖精さんから報告された「生産施設」の視察であり、その案内役を待っているところである。二日前、男が依頼してから建築を開始してようやく出来上がったらしい。ようやくと言うべき期間かどうかはともかく、男の前には透明な建物が数十棟ほど立ち並び、その周りでは手乗りサイズの小さな影が数多くちょこちょこと忙しなく動き回っていた。無論、影の正体は言うまでもなくここの施設を担当する妖精さんたちである。
目の前に広がる光景にやっぱり妖精さんって何でも有りなんだと、生まれて数十年これまで培ってきた常識を粉々に砕かれた男は周りに気付かれないように諦めをたっぷり含んだため息を吐きだした。今の気持ちを一言で表すならば、「何ということでしょう」だろうか。何処かのテレビで聞いたことがあるような台詞を思い浮かべながらメニュー画面を開き、今回の任務内容をもう一度確認する。
この任務―「生産体制を確立せよ!」―は以前受けた「艦娘の前で現状を説明せよ!」と同じく、特殊の区分に分類される。そもそも任務区分に特殊何てものは無かったがそこは置いておいて、報酬もその時と同じで「全艦娘の好感度+10」であり、鎮守府所属の艦娘に十分行き渡る程度の安定した食料確保体制を整えることで達成条件を満たすらしい。
提督である男のすることと言えば出来上がった施設を視察して不備が無いかチェックを行うことだが、それはあくまで形式的なやりとりに過ぎなかった。なぜなら元一般人の男に機器の仕組みを一つ一つ詳しく説明したところですぐに理解など出来るはずが無く、ましてや妖精さんの超技術の恩恵を受けている身としては恐れおお過ぎて文句など付けることは出来ない。加えてこの短期間ですっかり妖精さんを信奉するようになっていた男は、こんな簡単な仕事など朝飯前だろうと思っているため端から失敗や不備があると考えていなかった。
――妖精“さん”とか……さん付けじゃなくて、もう妖精“さま”の方が良い気がしてきた
男が妖精さんの呼び名に悩んでいる間にも時間は過ぎていく。ちらりと腕の時計を確認してみれば、持ち合わせの時間はとうに超えていた。
野菜や果物、穀物などこの農場で生産可能な種類については前もって妖精さんから聞いている。給糧艦である間宮からの要望で小豆や砂糖といった甘味の材料も生産するらしい。もうここの農場だけで鎮守府の食料全てを賄える気がしなくもないが、肉や魚といった生き物の生育は経費や人件費などの関係で流石に無理だったようだ。となると、問題はタンパク質の確保だが、優秀すぎる大淀さんが昨日のうちに地元の商店と話をつけ、定期的に一定量を鎮守府に卸してくれる契約を結んでいたみたいである。それも格安の値段であり鎮守府の、ひいては提督のお財布にも優しい結果で。
契約に関して経費ではなく男自身に支払いをさせることを大淀本人は大変気にしていたが、この程度の出費に抑えてくれたことに感謝はあれど文句などあるはずがない。というより、男が自分で同じ契約を結ぼうとしていたら、業者に搾り取られていただろうことは明白だ。慣れない書類に四苦八苦する自分を影から支えてくれて、裏方まで完璧にこなす仕事っぷりは、まさに大淀様々といったところである。もう男は一生、大淀に足を向けて寝られない。
流石だと手放しでべた褒めした自分とは対照的に、「当然の結果です」と冷静に眼鏡を押し上げながら返された時の複雑な気分は忘れられない。取り敢えず間宮の甘味交換券を何枚か握らせておいたが、あれでよかったのだろうか。
現状において男が艦娘たちについて知っていることと言えば、艦娘一覧に記されている個別の性能及び数行の自己紹介文、そしてゲーム時代のボイスしかない。例を挙げるとするならば、金剛は紅茶、島風は走ることで川内は夜戦が好きと艦娘の詳しい好みなど知っているはずが無かった。むしろ好み云々だけでなく、彼女たちについて知らないことの方が多い。
この不可解な事態を引き起こした原因も少し気が利くのなら、「好感度システム」などという恋愛ゲーム染みたふざけたものを実装する前に、プロフィールの一つでも載せておいてくれればと何度目かになる苛立ちが湧き上がる。何が不正解で、何が正解なのか分からないというのも案外気を使うものだ。それが自分の生死にかかわるとするならば尚更である。いつ爆発するかもしれない地雷原を歩いているような現状は、勘弁してもらいたい。
更に任務一覧を睨みつけること数分、農場の前で待機する二人の元に一人の艦娘が近づいてくる。大淀と似た改造セーラー服、トレードマークの赤いおさげが猛スピードで走っているためか激しく揺れていた。彼女は工作艦明石、元々はアイテム屋娘と呼ばれていたが、任務娘だった大淀と同じくゲーム内で後々実装された艦娘であり、本日の案内役である。元NPC娘という縁なのか、艦隊運営の裏方として働いているからか、詳しい経緯は分からないものの二人の仲はとても良いようだ。
「提督ー!大淀ー!ごめんなさい、ちょっと遅れました!」
「ちょっと、明石大丈夫?汗、凄いわよ。はいこれ」
ぜえぜえと肩で息をする明石の額には大粒の汗が浮かんでいる。見かねた大淀がハンカチを差し出すと、苦笑いを浮かべながら受け取った。
「いやー、農場の散水機の調整に手間取りまして。でもお待たせした分は、最高水準の農場に仕上がった自負してますから!」
ふんっと鼻息荒く胸を張る明石に合わせて、肩に座っていた妖精さんも鏡に映したかのように真似をする。褒めてと言わんばかり二人の様子が何だか無性に可笑しくて、男と大淀は目を合わせると小さく笑みをもらした。行きましょうと促されるままに目の前の農場に入る。
明石の興奮したような説明が始まるが、男の意識は眼前に浮かぶメニュー画面のマップに向けられていた。この長々とした説明を聞かなくても男が知りたい情報はもうすでに手に入っている。おそらく案内役である明石が来たことで任務が進行したのだろう、少し前までロックがかかっており見られなかった農場の詳細が閲覧できるようになっていた。半透明の画面に指を伸ばして、ボタンをクリックすればおびただしい量の情報が一斉に出てくる。男は知りたい情報だけにざっと目を通しつつ、手に持った見積もりと照らし合わせ始めた。
ゲーム時代はほぼ置物と化していたマップを見ると、現在いるこの鎮守府の施設はいくつかのエリアに分けることができる。鎮守府入り口からすぐの場所にあり、執務室や作戦司令室、入渠施設とは別の風呂や食堂など日常生活に必要な諸々の施設が備え付けられた「本部」。次に工廠や船渠など開発に関係する施設と出撃ドックなど戦闘に関する施設が纏まっている「工廠」。そして艦娘たちと妖精さんの寮がある「住居」の三つだ。
この三つの施設のうち本部と寮は建物自体が連結しているので、一つという括りでも良いのかもしれない。唯一独立している工廠の付近には資材置き場や食料保管庫が立ち並んでいるが、工廠エリアの三割近くは実のところ空き地だった。そして、この空き地を何とか有効活用できないかというのが農場成立のそもそもの発端である。
大淀によると元々「艦隊これくしょん」というゲームだった頃から、この空き地農場化計画はあったらしい。しかし深海棲艦との戦いの第一人者であり、なおかつ終戦の立役者ともいえる男とその艦娘たちには、大本営から多大な資金及び物資の援助がされていたためわざわざ製作費をかけて設立する必要が無かったのだ。半ば放置されていた計画が今回の鎮守府食糧危機騒動に瀕して再浮上し、その結果が今目の前にそびえたつ農場である。
――たった一日足らずで荒れ地が農場に変わるとか、どこのゲームだよ
心の中で悪態をつくがそう言えばここも元はゲームだったことを思い出し、男の顔に皮肉気な笑みが浮かぶ。少しは人が海上を滑ったり、妖精さんとかいうファンタジー的な存在が当たり前に認知されているような世界に耐性ができたと思っていたが、まだまだ自分が思うより適応できていないらしい。煮詰まってしまった思考を追い出すように頭を振りかぶった。
そもそも艦娘や妖精何ていう得体の知れない、というのは少し言い過ぎな気もするが、男の常識では考えられない存在が闊歩している世界がマトモであるはずが無い。此方の世界に来てからわずか数日しか経っていないはずなのに、ぎりぎりと痛みを訴えてくる胃と頭に広がる鈍痛を誤魔かすようにゆっくりとこめかみを揉んだ。
そして農場妖精さん曰く、この一つの建物で春夏秋冬、熱帯から寒冷まで地球上のありとあらゆる気温をほぼボタン一つで再現及び管理することができ、且つ成長を格段に早める「成長促進剤」と出来を良くする「妖精さん特製肥料」を調合した「栄養水」を万遍なく散布することで高品質の作物がお手軽にしかも安定して供給することができる、ということらしい。
野菜なら最短で4日、長くても20日前後で収穫できると聞いた時は、眩暈がするのを隠せなかった。それ何て牧場ストーリー?というツッコミをぐっと堪えたこともまだ記憶に新しい。どこぞのゲーム会社や常識に真っ向から喧嘩を売っているようだが、妖精さんだから仕方ないのだ。
思い出したおかげで再び襲いくる胃痛と戦いながら、男は妖精さんだから仕方がないと呪文のように心の中で呟く。かつてないほどのストレスと胃痛を感じているが、それは今の状況に順応できていない自分が悪い。思わず出かかった溜め息をぐっと堪え、目をつむる。彼女たちは元々この世界で生きていた。そこに何らかの拍子で男が紛れ込んでしまっている。「郷に入っては郷に従え」という言葉があるように男には彼女たちに不利益を与えることなく、適応する義務があるのだ。自身に何度も言い聞かせて心の底からそう思わねば、男はこれから先「提督」などという職業をやっていく自信が無かった。
「あくまでも異物は自身であって、艦娘たちやこの世界ではない。自分はこの世界に適応しなければならない」
艦娘に対する生理的な恐怖、嫌悪、そしてこの理不尽な事態に対する苛立ち、諸々湧き上がる感情に蓋をするために男が考えた当面の対処法であった。
話を戻そう。
この農場で生産された野菜類はいずれこの鎮守府の特産品として出荷し、収入源の一つとすることも計画しているそうだ。軍の施設で機密の塊でもある鎮守府にそんなことが許されるかと疑問に思うが、「この世界」なら可能である。少し調べたところ、「この世界」の鎮守府は深海棲艦との戦いがそこまで逼迫していないせいか、規律も結構ゆるゆるで地元との交流も盛んだ。余所の鎮守府でも似たようなことをしており、鎮守府名物まんじゅうとか、艦娘お手製クッキーとか―無論食品だけではないが―そういったものを売り出して予算の一部に充てている。
無農薬、無添加を押し出して、地元の商店に売りつけようという魂胆だ。
地元の農家の方が可愛そうに思えるほどの生産能力だが、そのあたりは大淀が調整するらしい。……本当に優秀すぎる艦娘である。無論、農場視察に訪れる前に手渡された計画書に不備などあるはずがなく、男のしたことと言えば許可のために直筆のサイン及び判子を押しただけであった。完全にお飾り提督状態だ。
「……ということで、今日から農場を稼働させます。提督、どうでしたか?この明石と妖精さんの傑作は!」
「ん……ああ、素晴らしいとしか言いようがない。工作艦である明石と妖精さんがいてくれて本当に良かったと思うよ」
「っ!あ、ありがとうございます!これからも不肖明石、提督がお望みとあれば全力で応えてみせますから!」
当たり障りない言葉と棒読みで返した男とは反対に、明石は今にもこぼれ落ちそうな涙を我慢するのに精一杯だった。ようやく認められた、この艦隊に自分の居場所はあるんだという安堵と嬉しさで心の中がいっぱいになる。手に持った書類に目を向けている男に気付かれないように服の袖でにじむ涙を拭きとった。
当然ながら、提督や艦隊の仲間から直接お前など必要ないという態度や言葉を示されたわけではない。むしろ、戦闘向きの艦娘が多い中で明石のような技術を持つ艦は重宝されていたと言っていいだろう。ましてや、提督から何かあると掛けられていた「助かった」「次も頼む」というお決まりの言葉が嬉しくなかったわけでもない。そもそも提督が艦娘との関係を極力断っていた頃において、声を掛けられること自体が貴重だったのだから文句などあるはずが無い。それでも、明石はいつも何処かに寂しさと疎外感を感じていた。
「あちらの世界」にいた時、任務や運営に関する事務を担当していた大淀と同じく、工作艦であった明石は主に酒保や工廠を管理していた。所謂「裏方」と呼ばれている仕事には二人とも提督の着任時から長らく従事していたが、艦娘として正式に着任したのはそれから暫らく経ってからである。だからこそ、明石には提督を、この艦隊を、鎮守府を裏方として支え続けた自負と自信があった。
しかし、工作艦明石として艦隊に貢献したかと聞かれると答えは否だ。
工作艦として作戦中に小破以下の艦娘を修理するという他にはない特殊能力を有していたが、常日頃から前線に駆り出されていたこの艦隊では応急修理要員や女神を積んで出撃することが殆どだったため、その能力を十全に発揮したことはない。
なぜならここは、人類の英雄が率いる鎮守府だから。常に先頭に立ち道を切り開いてきたような艦隊の艦娘は、どの娘も歴戦の強者揃い。そんな輝かしい経歴を持った娘たちがいるこの場所は、明石にとって居心地が悪かった。
改造しても大して上がらない自身の性能、反対に悪くなった燃費、工作艦だから仕方ないと言われればそこまでだが、明石は確かに周りと比べて劣等感を感じていた。戦闘でも事務でも貢献している大淀に比べて、自分はどうだろう。満足に深海棲艦を倒したこともない、大規模な作戦で戦果を挙げたこともない。自分は戦闘には向いてないのだと突きつけられている気がして。そして悩んで、悩んで、悩んだ明石は結局――諦めることにした。戦闘など戦艦や空母に任せておけばいい。自分には他の娘には出来ない技術がある。工廠で、酒保で、裏方として提督の役に立てばいいのだ。それでいい、自分にはあんな華々しい結果を挙げることなど出来ないのだから。
割り切って仕事をしていれば、今までの負の感情などいつしか気にならなくなっていた。そして、そんな折に起きた鎮守府異世界転移とかいう馬鹿げた事象は明石の今までの平穏な日々をぶち壊すことになる。何せ今まで汗水垂らして開発してきた装備の数々が消えているのに加えて、補給無し・練度無し・伝手無しの無い無い三連コンボが鎮守府を直撃していたのだ。裏方に待ち受けるのは当然――戦時を彷彿とさせる激務である。事務担当の大淀、補給担当の間宮、工廠関連担当の明石の三人は現状把握とそれを打開するための対応に追われることになった。
それからわずか数日で明石は裏方として、なによりも工作艦明石として最高の結果を出した。今までの技術、経験を余すことなく注ぎ込んだこの農場は間違いなく工作艦明石の最高傑作である。
――提督の一言で全部チャラになる私って、意外にちょろいなー……
そして、ようやく明石は欲しかったものを手に入れられたのだ。
提督に認められた。工作艦として褒めてくれた。たったそれだけのことで、今まで心の隅に残っていた嫉妬や、わだかまりは何処かに行ったしまったようである。案外御しやすい性格だった自分に驚きながらも、まあそれでもいいかと思う。
「そうだ、提督!次は資材を作成する機械を作ってみますね!そうすれば、この鎮守府の資材不足もマルっと解決ですよ!」
「う、む……明石、それはその、些か無理な気がするが……」
「大丈夫です!今の明石に不可能はありませんから!」
――今が幸せだから、いいよね!
そう言って明石は満面の笑みを浮かべた。
◇◇◇
男にとってお昼は仕事、睡眠と並んで数少ない気の休まる時間である。
艦娘たちで混む時間帯さえ避ければ、食堂は比較的人が少ないことはこの数日で分かっている。農場視察を終えた今日もまたそんな時間を狙って人目を忍んで食堂に足を向けたわけだが、男はそこで新たな問題に直面していた。まるでこれから戦闘に向かわんばかりに鬼気迫る雰囲気を出して悩む男の前にあるのは食堂前に出されたお品書き。そこに書かれていることこそが男の今の悩みの種、即ち本日の日替わりランチセットAを選ぶのか、Bを選ぶのかということである。
日替わりランチのメニューはだいたい二週間で一回りするようになっているはずだ。そして、報告書にあった日程によれば、ちょうど昨日メニューが一周したはず。つまり、今日を逃せばAかBのどちらかを再び食べられるのは今日から二週間後。……これは難しい決断だ。
小食である男にとって、ランチセットを二つとも選ぶという選択肢は最初から存在しない。であるならば、どちらか一つを選ばなければいけないが大変悩ましいのだ。Aのから揚げ定食にも惹かれるし、Bのとんかつ定食も捨てがたい。どちらも揚げ物という点は同じだが、中身は全く違う。から揚げは鶏を揚げたものであるし、とんかつは豚である。肉汁溢れるジューシーなから揚げか、衣サクサクのとんかつか。男は今真剣に悩んでいた。
だが、いつまでもここで立ち止まっているわけにはいかない。男は目をつむり考える。そこから更に数分後、ようやく心に決めた男は目を開け――
「ちーっす!提督、何してんのー?」
突如として目の前に現れた水色と自身にかけられた言葉に対して、驚きのあまり目を見開いたまま固まった。何で、どうしてここに、そんな疑問だけが頭の中を瞬時に駆け巡る。あまりの衝撃で言葉が出ない男に対してその艦娘はまるでイタズラが成功した子供のように無邪気な笑みを見せた。
「おっ、提督のそんな驚いた顔は鈴谷初めて見たよー」
最上型重巡洋艦三番艦の鈴谷。
改造すると航空巡洋艦になる彼女は小悪魔的というか、ギャル的というか艦娘の中では割とノリが軽い部類に入る。社会人として若さを捨ててきた男にとっては少しばかり、いやだいぶ苦手な人種であることは言うまでもなかった。ジェネレーションギャップを感じるというよりは、そのノリに付いていくのが難しい。何せアバター(外見)の見た目は若くとも、中身は社会に疲れたおっさんだ。こんな今時女子高生みたいな華やかな雰囲気は苦手なのである。
未だ何も反応を返さない男の目の前で鈴谷は心配そうにひらひらと手を振った。
「おーい、提督ぅー!聞こえているー?」
「あ、ああ……大丈夫だ。問題ない」
「もう、鈴谷を心配させないよでね!何かやらかしたかと思ったじゃん!」
ぷんぷんという擬音語が今にも聞こえそうな彼女に対し、ようやく落ち着きを取り戻した男は質問を投げかけた。
「鈴谷はどうしてここに?」
「んー、ちょっち遅めのお昼ってとこかな。トレーニングに夢中になってたら、少し遅くなっちゃってさ」
そういえばと男は今日の予定表を思い起こす。記憶が確かならば、最上型重巡洋艦は休みにしていたはずであった。艦隊同士の対抗演習を繰り返し全艦娘の練度を上げてはいるが、皆が皆毎日訓練というわけではない。疲労がたまらないように、資材が枯渇しないよう大淀監修の元できちんと予定を組んでいる。
だからこそ、鈴谷の言っているトレーニングは自主的なものだろうとあたりをつける。休みの日まで鍛錬を怠らない彼女に僅かに驚きつつも、男は「提督」として声を掛けた。
「お疲れ様、鈴谷。頑張ったな」
「っ!……えへへ、まあ鈴谷意外と真面目さんだし。これくらい、当然じゃん!」
微かに照れる彼女に自分の反応が間違っていなかったことに安堵しつつ、このまま入り口に居座るのもあれなので、男は早々に話題を食事の方向に逸らす。つまり、お昼を食べに来たであろう鈴谷は一体何のメニューを選ぶのかということだ。
「実は今日の日替わりをどっちにするか悩んでいたんだ。結局Aの方にしようかと決めたんだが、鈴谷はどうする?」
「ほぉー……まあ、間宮さんの料理おいしいもんね」
そう言ってちらりとお品書きの方に目をやった鈴谷だが、すぐに何か思いついたように笑みを浮かべながらこちらに向き直る。
「じゃあさ……鈴谷と一緒にC定食頼んでみる?」
「あ、提督お仕事お疲れ様です。鈴谷ちゃんもお疲れ様」
「間宮さん、ちーっす!C定食一つ、お願いしますー」
「えっ!まさか
「んふふーまあ、ね」
――あれって何なんだよ
ちらりと此方を見てにやける鈴谷と何故か頬を赤らめた間宮の姿に不安と嫌な予感が増す。きりきりと締め付けるような胃痛がぶり返している男に、二人の会話に疑問を投げかける余裕などなかった。二人から突き刺さる視線に居心地の悪さを感じて思わず周囲を見渡してみるも、今日に限って他の利用者はいない。
そのまま待つこと数分、男は目の前におかれた「C定食」から目が離せなかった。
ほかほかと湯気が立つ味噌汁とご飯、そしてメインのから揚げととんかつの盛り合わせ。A定食とB定食の良いとこ取りと言ってもいいメニューに感動していたわけではない。問題なのは――何故飲み物が一つしかないのか、ご飯がハートの形をしているのかということである。まるで新婚の夫婦の弁当のように、これでもかという程そこかしこにハートが散りばめられているのだ。
男の胃は更に悲鳴を上げ、だらだらと嫌な汗が背筋を伝った。大方の予測はついているが、それが外れることを心底願って男は疑問を投げかける。
「鈴谷、このやけに可愛らしい定食は何だ」
「ふっふー、これこそ我が鎮守府食堂の隠れメニューの『C(ouple)定食』だよー!普段はさー、くまのんとかと分けて食べるんだけど、提督はこれ始めてでしょ?だから鈴谷が取り分けてあげる」
――最悪だ……
当たって欲しくない予感が当たったことに、ああやっぱりと諦めの気持ちで男は思わず天を仰ぐ。最早、朝の比ではない胃痛に苛まれながら確信した。つまり、C定食のCとは英語のCoupleの頭文字を取ったものだったのである。艦娘の諸君が二人で仲良くこの定食をつつくのは全くもって問題ないし、一向に構わない。だが、自分は駄目だ。絶対に駄目というよりも無理。絶対に何が何でも断ろう、男がそう思い口を開こうとした時、目の前の鈴谷がぽつりぽつりと話し出す。
「鈴谷さ、こうやって提督と二人でご飯食べるのって結構夢だったんだ。あの戦争が終わってから結構経ってるけど、提督はいつもしかめっ面で執務室から出てこないし」
「……それはすまん」
「いいって、そのことは」
そう言って何処か寂しさを感じさせる鈴谷の様子に、男はただ謝ることしか出来ない。ゲーム時代の制約とはいえ、執務室から出れなかったことも交流を断っていたことも事実である。
「でも心配だったんだよ、提督のこと。仕事にしか興味ありませんっていう雰囲気出してたから」
「……すまん」
「だ・か・ら!」
ぐいっと身を乗り出す鈴谷は手に持つスプーンを男の口に押し付けると、いつものように小悪魔的な笑顔を浮かべた。
「たまにはこうして、鈴谷とランチして休んでよね。約束っ!」
――「あっ!提督じゃん、ちーっす。元気にしてる?」
――「そうそう、聞いてよ提督!提督とこの前C定食頼んだのが、加賀さんにばれてさー」
――「鈴谷のこと今日の演習でちょー狙い撃ちしてきたんだよ!ひどくない?」
――「完っ全に私怨だよ、あれ。まあ、翔鶴さんとかが何とかしてくれたんだけど」
――「ということで、提督」
――「今日も、鈴谷とランチしよっ!」
鈴谷は小悪魔可愛い。明石はマッド可愛い。
というか、ここまでの話で提督が胃痛としか戦ってないことに気付きました。
……じ、次回はきちんと提督するよ!
あ、艦これアーケードしてきました。結構楽しいですね!一応金剛と榛名が出たので満足してます。駆逐艦は凄いダブったけど。
というわけで、次回は演習(勿論自分の艦隊同士です)のお話。多分、メインは金剛型かな。後は、ここまでほぼ出番なしの駆逐艦勢にも触れられたらと思っています。