なおこの小説にはデレ娘しかいません(宣言)
クソとか馬鹿とか言っているのはただのツンデレです。
艦娘たちがいつも使う間宮食堂は、普段からにぎやかな声が絶えない。ここの責任者であり給糧艦の間宮がいない時でさえ、妖精さんが常駐しているため二十四時間利用可能なのだ。
だが、今日はそれ以上のにぎやかさだった。テーブルに並べられるのは惜しみなく食材を使った豪勢な料理の数々、たくさん食べる子たちに配慮して勿論用意されている量も相当なものだ。姉妹、あるいは仲の良い者たち同士で固まって、仲良く料理に舌鼓を打っている。
男の艦娘たちにとって向こうの世界で深海棲艦との最後の戦いを終えた時より、今日という日は特別な日になった。前の宴では空席だった場所――食堂全体が見渡せる位置に用意された席に今は提督が座っている。それだけのことだが、彼女たちにとっては何よりも願い続けていたことだった。
執務室でしか会えなかった彼が、この手の届く場所にいてくれる。目を向ければ欲していたその姿を、見ることが出来る。食事をしながら仲間同士で話していても、彼女たちの意識は男に向けられていた。
「はぁ……」
そんな楽しい宴とは正反対に男の口から深いため息がもれる。
もしため息とともに幸せが無くなるとするならば、今日だけで確実に一生分の幸せは無くなっているだろう。鬱屈した気分を誤魔化すように、手に持つグラスに入っている酒を一気にあおった。鼻を抜ける強い香りと旨みが喉を滑り落ちていく。あいにく酒に関する知識は無い男だが、何となく普段飲むような安い酒ではないことだけは察していた。
「提督、どうぞ」
「……ああ、ありがとう」
「司令よければこちらも。美味しいですよ」
「HEY、提督ぅー!今度は私たちのカレーも食べて欲しいネ!」
「はい!比叡、気合い!入れて!作りました!」
「……ああ、ありがとう」
グラスが空になった瞬間、横に控えていた榛名がにこにこと上機嫌な様子で酒を注ぐ。すっと自然と左横に座った霧島は、取りに行ったばかりの料理をまだ山盛りの皿の上にさらに盛り付け始めた。対面の金剛と比叡の二人からほのかに刺激臭がするカレーを「あーん」されそうになって、男は泣きそうだった。
宴が始まってから数十分。艦娘たちと話してみようとなけなしの勇気を振り絞って動き出した男の周りには、強固な金剛型四姉妹の壁(物理)ができていた。
ご飯を食べながらなら少しはコミュニケーションが取りやすくなるだろう、という当初の目論見は早くも崩れ去っている。やはり、一番最初に金剛型姉妹のところに来たのが間違っていたのだろうか、男は遠い目でそびえたつ料理を見つめた。初めは榛名がただお酌をしてくれただけだった。それが霧島を呼び、金剛を呼び、比叡を呼んで、気づけばこの包囲網が完成されていた。あれ?これ、ちょっとマズイかもと男が思った時にはもう手遅れだったのである。何とか脱出しようと試みるものの、高速戦艦四姉妹の連携は見事で未だ打ち破れる気配はない。
そしてそんな五人を射抜くように見つめるその他多数の艦娘。
特に青葉が今にも目からビームを出しそうなほどこちらを見てくる。近くで大井がおもむろに魚雷を取り出し投げようとしているのを、北上が止めようとしながら――こっそりと影で魚雷を構え、これまた姉二人と妹一人が必死に取り押さえていた。遠くから見つめる自分に気付いたのかは不明だが、球磨型の末っ子とばったり目が合う。頑張れよと小さく口を動かせば、疲れ切っていた木曾の顔に不敵な笑みが浮かんだ。
「弱、すぎる!」
「ク、クマァァ-?!」
背後から聞こえる悲鳴に震えそうになる手を押さえ、山盛りの料理を口に放り込む。おそらくこの煮物を作ったであろう大鯨が大きくガッツポーズをしたのが視界の端に映る。料理を取り分けていた鳳翔の手の中にあった箸が無残な木屑になるのを男は見なかったことにした。
まして未だに「あーん」をしてくる金剛を見ながら、虫も殺さないような笑顔のままでアルミ缶を握りつぶした蒼龍の姿なんて一ミリも視界に入ってなどいない。返り血のようにビールを顔に付けた微笑む飛龍の姿も、山のように盛られた料理の隙間からこちらをハイライトの消えた目で見てくる赤城の姿も、静かに据わった目で矢をつがえる加賀の姿も断じて男は見てなど無いのだ。
――空母ってあんなに力が強かったんだ……
男は一つ賢くなった。
所々から聞こえるばきばきぼきぼきぶーんという音、何をしても自分に集まる視線。針のむしろと言っても過言ではない現状に、男は痛み出す胃を撫でて涙がこぼれないようにそっと天を仰いだ。
男の説明から時間は少し経ち、今は明日からの英気を養うための男の歓迎会も兼ねた夕食の最中であった。
あの激情に任せた演説の後、男は現在自分たちが置かれている状況を改めて把握できている範囲で説明した。
世界が直面している問題は元いた世界とこの世界もだいたい同じであること、艦娘の練度が全員1に戻っており開発した装備なども無くなっていること、今の自分は今日この鎮守府に着任したばかりの新米少佐であることなど、大淀や加賀の手を借りながら話し終えた。なお、練度が戻った事を聞くと崩れた落ちた艦娘が複数名いたものの、些細なことである。……後で扶桑姉妹を慰めておこうと男はそっと心の中で決めた。
が、彼女たちが聞きたかったことはそんなことではなかった。何故今まで自分たちと接触を拒んできたのか、何で、どうして――ずっと待っていたのに。
男は再び口を開く。
艦娘との接触を拒んでいたのは、大本営から極力接触を断つようにと極秘の命令が下っていたからだと。ざわめきが大きくなる中、男は小さくため息をもらした。勿論このような命令は全くの嘘、男の作り話である。しかし、「実はゲームの仕様で私室と執務室から出れませんでした」などという与太話をするわけにもいかない。艦娘たちにこれ以上余計なことを追及されないようにするには、今となっては探ることが出来ない前の世界の大本営に罪を擦り付けることくらいしか思い浮かばなかったのだ。
だが、とざわつく周囲を無視して男は言葉を続けた。世界が変わってしまった今となってはその命令も無効だ、これからはお前たちと積極的にコミュニケーションをとっていこうと思っている。あまりにも都合の良い言葉、受け入れられるかどうかはある意味賭けだった。男は緊張で汗ばんだ手を握りしめた。ここで失敗してしまえば、身の破滅まで近づくことになる。
男が緊張で死にそうになる一方、艦娘たちも複雑だった。命令とはいえたかがそんなことで放っておいたのか、口先まで出かかった言葉を誰もが飲みこむ。頭では仕方のない事だと理解していたが、男の事を責める気持ちが全く無いと言えば嘘になる。言葉にすれば傷つけてしまう気がして、言いたいのに言えない。そんな何となく気まずい雰囲気を打ち破ったのは、男の謝罪だった。
『すまない。……寂しい思いを、させてしまった』
そう一言ぽつりと呟くと頭を下げたまま押し黙る男。その表情は今にも泣きそうに歪み、握りしめられた拳はぎゅっと軍服の裾を握っていた。普段見る凛々しい姿とは違う、母親に叱られた子供のようなその姿に衝撃を受ける。
ふっと今まで漂っていた嫌な空気が消えた。提督自身だって望んでやっていたわけではない、それが分かっただけで十分だ。これからはずっとここにいてくれる、それだけでいい。目線だけでそれぞれの意思を確認した彼女たちがやることは一つだった。
『じゃあ提督、みんなでご飯にしましょう?』
頭を下げたままの男に優しく声をかけたのは穏やかに微笑む鳳翔である。
元々集まるように指示された場所が食堂ということもあって、こっそりと皆で男の歓迎会を用意していたのだ。ぽかんとした表情を見せた男の手を引き、上座まで連れて行く。そして妖精さんによって運ばれてくる大量の料理。美味しそうな匂いに歓声を上げてお皿片手に突撃していく艦娘に圧倒されながら、夕食会は始まった。
そんなこんなで始まった夕食会に早くも暗雲が立ち込めはじめていた。
原因は簡単だ、包囲網を作っている金剛たちである。見せつけるようにイチャイチャ(艦娘視点)する姿に我慢の限界だった。自分たちだって提督と話したいのだ。離れたくない気持ちは痛いほど分かるがそろそろ変わって欲しい、そんな雰囲気が漂い始める。万年平社員で空気を読むことだけは長けていた男は不穏な空気を感じ取り、金剛型姉妹包囲網突破のため強硬手段にでることにした。
「金剛、比叡、榛名、霧島」
四人が一斉に男の方を向く。緊張を悟られないように精一杯の笑顔で静かに自分のグラスを持ちながら席を立ち、周囲に聞こえないよう耳元でささやいた。
「また後でな」
「また後でって……て、提督ぅー!えへへ、時間と場所をわ、わきまえなヨー!」
「司令……比叡、気合い!入れて!待ちます!」
「提督のご命令とあらば、榛名は全然大丈夫です!」
「流石は司令ですね!この霧島、感服しました!」
そのまま自分たちの世界に突入した彼女たちから流れるように離れ、ミッションコンプリート。
後ろから聞こえた声は聞かなかったことにした。男のスルースキルはこの数十分の間に急成長を遂げていたのである。
◇◇◇
包囲網から突破した男がふらふらと会場をうろつく中、次に足を向けたのは戦艦の扶桑と山城のところだった。
高い火力、薄い防御とある意味男のロマンを体現した彼女たちには、男もよく演習でお世話になっていた。レア度が高い戦艦の中でも序盤に手に入れやすいこともあってか、最初にゲットした戦艦は扶桑型というプレイヤーも多い。が、彼女たちの特徴はその火力特化だけではない。その運の低さだ。改装する前は総じて運が低く、改装されても人並みにしかならない運を揶揄されて「不幸姉妹」とも呼ばれていた。
メニュー画面で開いた艦娘一覧で説明を読みながら、ちらりと男は二人に目をやった。超弩級戦艦である彼女たちだが、艤装を外せばただの見目麗しい女性だ。なまじ普段の艤装込みの巨大な姿しか見慣れていないせいか、強烈な違和感を覚える。そんな不幸艦筆頭の彼女たちは、現在食堂の端の方で陰鬱な雰囲気を醸し出していた。
「ふふっ……折角提督に人並みにしていただいたのに、これじゃあ欠陥戦艦に戻ってしまったわね」
「ね、姉さま……今日はもう二人で飲んで忘れましょう。ね?」
「扶桑、山城、少しいいか?」
肩を出している格好の女性の肩を叩くのはセクハラになるかもしれないと、男は横から俯いた扶桑の顔を覗き込み声をかける。一方、声をかけられた扶桑たちはひょっこりと現れた思い人の姿に息が止まりそうだった。彼があの英国帰りの高速戦艦を筆頭とした包囲網を突破したのは知っていたが、まさか自分たちのところに来てくれるとは微塵も思っていなかった。
「いや、何さっきの話で落ち込んでいたようだからな……これを渡そうと思って」
無駄にどきどきと高鳴る胸を抑え、ほらと男から差し出されたものを両手で受け取る。紐が付いた四角い袋にでかでかと書かれた「応急修理要員」の文字。見覚えがあるそれは、彼女たちが良くお世話になっているダメージコントールの装備の一つだった。妖精さんパワーがこめられた御守りは轟沈レベルのダメージを戦闘中に一度だけ直してくれる装備。何かと被弾することが多い姉妹にとっては見慣れたものである。
ちなみに、この応急修理系の装備はゲームの頃は課金アイテムだった。今は工厰の妖精さんにお布施(お菓子)を貢ぐ事で入手可能である。要員なら手作りお菓子でも手に入れられるが、女神は一定水準以上のお菓子でないと駄目らしい。課金するってこういうことなのかと男は密かに納得した。
戦闘に向かう時に渡されるならまだ分かる。だが練度も1になってしまった今、これが必要になるとは到底思えなかった。そんな疑問を感じながら、山城はいぶかしげに尋ねる。
「あ、あの提督。私たち別に被弾が嫌で落ち込んでたわけじゃないんですけど」
「ん?ああ。それは分かってる。だが、それがあれば心配ないだろう?」
「……それって、いつ不幸にあっても良いようにってことですか?」
どことなく棘のある言葉に男は少し驚くと微かに笑う。それを見た山城は自身のうちに渦巻くもやもやした何かが膨れ上がるのを感じた。別に自分たちだって好きで運が低いわけじゃない。そう、ちょっと他の艦よりそういう目に遭うのが多いだけで、本当はもっと戦場で普通に活躍したいのだ。
ぷくりとむくれた様子の山城と何となく不穏な空気を感じたのかおろおろしだす扶桑。二人のそんな様子は、姿かたちは大きくても仕草は何となく怒った時の妹を彷彿とさせる。思わず懐かしさに笑みが浮かぶが、顔を引き締めさせながら男はゆっくりと話しかけた。
「俺が心配性なだけだ。だから持っていて欲しいんだ、二人に」
ぽんっと一斉に赤くなる二人。少しわざとらしかったかと反省する男だが、嘘は一言も言っていない。万が一、轟沈などされては要らぬ反感を買ってしまう恐れがある。それだけは何としても防がなければならないし、自分としても知っている顔が居なくなるのは目覚めが悪い。
「じゃあ、もう俺は他のところに行くよ。……これからも宜しく頼む」
がたりと席を立ち他の艦娘たちに会いに行った男は、引き止める間も無く去って行く。
「あ!御礼言いたかったのに……」
「はぁ……やっぱり、提督ったら素敵です。……ねえ、山城」
「何ですか、姉さま?」
「頑張りましょうね」
先ほどまでの暗い表情は何処にも見えない、輝く笑顔を見せる自慢の姉。そして、空母のところの行ったらしい提督の背中をおもむろに見比べて、山城は笑った。
「はい!姉さま!」
この二人がいたら何でもできそうな、そんな気がした。
扶桑姉妹からはヤンデレの素質を感じます。ちょっぴり可愛いデレた山城が書きたかったんや!これじゃない感がするのは否めない。
さあ、じゃんじゃん更新する……と言いたいところですが、ちょっと30日まで厳しそうです。夏休みの宿題レポートに手を付けてないので←
終わったら更新していきたいと思ってますので、気長にお待ちください。
次回は空母組の話を予定してます。私は五航戦が好きです。