VR 艦隊これくしょん   作:ちーまる

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シルバーウィークとか存在すらしなかった。

※9月22日 一部文章の表現を変更しました


3 認識→集合

男が所属している鎮守府は、その強さと戦果に敬意を表して深海棲艦との大規模な戦いが終わった後も大本営から「人類の切り札」と呼ばれている。

 

男はまだ若かった。提督などという地位に就くことがなければ、間違いなく学生として過ごしていただろう年齢だ。民間から提督として適正を持つ者を登用するようになったのは、一向に戦局が変わらないごく最近の事である。民間上りの提督が全て掘り出し物だったかと言えば、そんなことは全くない。まさに玉石混合、むしろ使えない石の方が多かったと言える。よって、男が率いることになった鎮守府も期待などされるはずが無かったのだ。

 

が、大方の期待を裏切って、その男は鎮守府に着任して僅か数週間足らずで、人類で初めて深海棲艦に対して完全勝利をおさめるという戦果を上げた。

 

奇跡だと、ただのまぐれだと誰もがそう口々に評価を下した。だが、男は次の戦いも、その次の戦いも深海棲艦に勝ってみせた、ただ一人の艦娘も轟沈させることなく。そうやって勝ち続けていくうちに「奇跡」は奇跡ではなくなっていった。

 

幾度も偵察を繰り返し得てきた情報、それをもとに立てた綿密な作戦、そして何より男の的確な指示。男の采配は天才的だった。艦娘の装備に埋め込まれたカメラによって戦場を見ているとはいえ、未来が見えているかのように敵の攻撃を、作戦を潰していく。常に枯渇していた資源は男の手腕によって不足することはなくなり、男の部隊との演習で劣勢に追い込まれていた他の鎮守府も練度を上げ、次々と海域を解放していった。

 

他の鎮守府も力をつけていったものの、規模の大きい反攻作戦で常に先頭に立つのは男と男が率いる艦娘たちだった。鎧袖一触とばかりに深海棲艦を蹴散らしていく姿を見せつけていく中で、いつの間にか男を「民間上り」と馬鹿にする者は一人もいなくなっていた。

 

 

激戦の中で男と彼の艦娘たちは絆を深め、破竹の勢いで深海棲艦に奪われていた海域を解放していくこととなる。そして遂に世界中のシーレーンを取り返すという偉業を僅か数年で成し遂げた。

 

 

これが、男の部隊の今まで起こってきたことに対する艦娘たちの共通認識である。ゲームでの行動が現実へと補完されたことで、知らず知らずのうちに男は英雄と称えられてしまっていた。男にとってはただクエストを通じてゲームをほぼ全クリしただけであっても、現実に当てはめるとこんな大層なことになっているのである。

 

しかし、万年平社員であった男がこの事実を後々大本営出版の伝記で知ることとなり、顔面蒼白になるにはもう少しの時間がかかることとなる。

 

英雄と呼ばれている男自身はまさかそんな壮大なストーリーになっていることとは露知らず、執務室のソファーの上で項垂れすっかり疲れ切っていた。その顔色は深海棲艦と同じくらい白く、額には隠しきれないほど大量の脂汗が浮かんでいる。全身からにじみ出ている鬼気迫った雰囲気と相まってさながら死地に向かう兵士のようでもあった。

 

任務という丁度いい現実逃避も終わり、男はゲームに似た世界に突然放り込まれる奇怪な現実を真正面から受け止めなくてはいけなかった。現状ここは「ゲームの設定が当てはまる別世界」というのが男の認識だ。VRゲーム上あり得ない痛覚が存在している時点で、ゲームの中のままという選択肢は消える。だがそうすると未だに自分がメニュー画面を開けていることがおかしいが、実際出来てしまっている以上どうしようもない。

 

再度色々といじくった結果、メニュー画面ではゲームの基本的な情報などを閲覧できるが、開発や建造などの妖精さんが絡む事項及び他プレイヤーとのやり取りなどコミュニケーション的なものは使用出来ないことが分かった。また、プレイヤーが私室と執務室以外移動できない仕様と過度な接触の禁止の仕様も消滅している。

 

目下のところ一番の問題はログアウト出来るか否かではない。残念なことにオプションからログアウトも運営への連絡手段も消えた今、一プレイヤーである男に出来ることなんてないのだ。だから、この問題については考えないようにしている。

 

 

では何がこの男を追い詰めているのか。それは自分の部下という立場になっている艦娘、ひいては数時間前の自分の発言だった。

 

艦娘という存在は「ゲーム」の設定上、人類にとって深海棲艦に対抗できる唯一の存在である。容姿こそ年頃の娘から、それこそ幼いと言っていいものもいるが、その身に秘めている力は人間とは比べようもないほど強大だ。その気になれば素手で深海棲艦を沈めることも可能ということは、深海棲艦以下の貧弱な人間も素手で捻り殺せる。

 

つまり、貧弱で戦闘能力皆無の男も簡単に殺すことが出来るということだ。

 

無論、「艦隊これくしょん」がただのゲームだった頃なら何も問題は無い。ただのデータ、意思無きNPCだったからこそ命令できた。だが今は違う、現実で生身の体でそんな少女たちと向き合わねばならない。いくら彼女たちがシステムの都合で自分に好意を寄せていようとも、見た目が可愛らしい少女であっても、非力な男にとっては命を刈り取る死神の鎌をちらつかせているようにしか思えなかった。

 

加えて、本来なら「おさわり禁止」であるゲームの仕様が消えていたのも男の警戒に拍車をかけた。肉体的接触が可能、つまり万が一にでも艦娘が怒って男を殴る事態になってしまえば物理的に首が胴とサヨナラしかねない。

 

もし機嫌を損ねるようなことがあれば死、深海棲艦との戦いに負けても死、まさしく「前門の虎、後門の狼」である。このまま、ゲームの中で死ぬのだけは何としても避けたかった。というより、怖い。死ぬのが怖い。

 

さっき会ったばかりの艦娘の顔を思い出すだけで体が震えた。がちがちと恐怖で鳴る歯を噛みしめて、なけなしの根性で押し込める。こんな情けない姿を見せてしまえば、きっと幻滅されるに違いない。そうなれば、身の破滅を早めることになるのだ。心を許せる味方なんて一人もいない。

 

愛着はあった。

男にとって決して少なくない時間と労力と金を注ぎ込んだゲームだ。好きか嫌いかで聞かれたら、間違いなく好きと答えるだろうし、それなりに好きなキャラクターだっていた。だがそれはゲームの中の彼女たちであって現実にいる彼女たちではない。意思と思考を持ち人間のように見える姿、男はどうしていいか分からなかった。

 

 

どうしようもない孤独が押し寄せる。だが、泣いている暇など男には幾許もなかった。もうすぐここに艦娘が呼びにくる。その時にこんな情けない姿を見せてしまえばどうなるか、それだけは冷静でない頭でも分かっていたからだ。

死にたくなくなければやるしかないのだ、彼女たちが望む「提督」になりきることを。強く、動じず、優しいそんな創作の中でしか見たことが無い人物像に。それには先ず嫌でも彼女たちと親交を深め、情報を得なければならない。好感度というものは少なくて損することはあっても、取り敢えずのところ稼いで損することは無い。

 

卑屈だと、考えすぎだと言われるかもしれない。だが、ここはもうゲームではなくゲームに酷似した現実なのだ。意思を持ってしまった彼女たちが自分を害すはずが無いとは、現状が不明瞭な今断言できなかった。

 

 

規則正しく扉が叩かれると顔が強張ったのが自分でも分かった。これから向かう先でゲームのように失敗は許されない。軽く服のしわを直し、声をかけた。

 

 

「……どうぞ」

「司令官、特型駆逐艦の吹雪です!お迎えに上がりました!」

 

 

◇◇◇

 

吹雪にとって「司令官」は、艦娘としての命を捧げるに足る上司であるのと同時に、何よりも好意を寄せる異性であった。

 

自分の横を歩く男の表情をこっそり盗み見る。緊張を隠そうと必死に無表情を装うとしているのが分かった。その姿からは作戦中に見せる凛々しさより、何だか母性をくすぐられるような可愛さを感じる。吹雪はまた新たな一面を垣間見た気がして、不思議と嬉しくなった。

 

吹雪は男にとっての初期艦である。

つまり、ここにいる艦娘の誰よりも男との付き合いが長いのも彼女だ。だが、男のことをよく知っているかと言えば、そんなことはない。吹雪が知っていることは他の艦娘も大抵知っていることだ。というより、男のプライベートに関しては情報が少なすぎる。好きな食べ物も知らないし、休日をどうやって過ごしているかも知られていない。あのインタビュー大好きジャーナリスト青葉ですらプライベートを暴けていないのだから、吹雪が知るはずもなかった。

 

だからこうして食堂に行くまでのわずかな時間でも、大好きな人と一緒にいれるのは素直に嬉しかった。

……無論、吹雪にとっては楽しい時間でも、男にとっては断頭台へ進んでいく生き地獄である。そんなことは露知らず、吹雪は少しでも司令官の緊張をほぐそうと他愛の無い話を振ることにした。

 

 

「司令官!」

「っ!ど、どうかしたか吹雪」

「司令官は好きな食べ物ってなんですか?」

 

男の背には無数の冷や汗が伝っていた。下手な答えを返して、「あれ?でも司令官、前は〇〇が好きでしたよね?」とか言われた時にはどうしたら良いのか分からない。後腐れ無い解答を考えてみるものの、緊張でガチガチに凝り固まった脳では直ぐに思い浮かばなかった。

 

「やはり……焼き魚かな」

「へぇー!私も好きですよ!良かったら今度一緒に朝食食べませんか?」

「そうだな、良ければお願いするよ」

 

吹雪は数分前の自分に全力で拍手を送る。好きな食べ物の話題からさり気なく朝食の約束も取り付けた数秒前の自分にはハグすら送りたい気分だった。開始早々に余計な約束を取り付けてしまった己の対応を悔やむ男とは反対に、吹雪の気分は最高頂だ。MVPを取ったわけでもないのに、心なしかキラキラ(高揚状態)になっているのは見間違いではないだろう。

 

その後も吹雪は全力で司令官の緊張をほぐそうと懸命に努力した。完全な善意から来た行動であることは言うまでもない、残念ながら男にとってはそうではなかったが。

 

 

こつりと二人の足が止まる。両開きの大きな扉の横には「間宮食堂」と書かれた看板が掛けられている、目的地に着いたのだ。ここまで案内をしてきた吹雪は小さくお辞儀をすると先に入っていった。扉一枚隔てた先には男の部下である艦娘たちが集まっている。

ここから先は戦場だ。男は小さく頬を叩いて気合いを入れ、意を決してドアノブに手をかける。

 

<――任務が更新されました>

 

今まさにノブを回そうとしていた手がぴたりと止まった。まるで見ているかのように鳴った機械音声に若干の苛立ちを感じながら、仕方なく念じて現れた画面の任務一覧をタッチする。苛立ちを隠そうともしない様子の男だったが、内容を目にした途端顔が歪んだ。

 

任務そのもの内容、「艦娘の前で現状を説明せよ」はまだ良い。問題は達成報酬の方だ。「全艦娘の好感度+10」って何、いつから艦隊これくしょんはギャルゲーに仕様を変更していたのだろうか。というより、好感度システム何てもの初めて聞いた。確認のためステータスが確認できる艦娘一覧を開くが、分かりきった事で好感度などという項目は存在していない。

 

そこで気付く。

もしNPCであった艦娘がPCになったことで本来あるはずが無いシステムが発生していたら、そう考えれば取り敢えず納得できる。つまり意思を持ったことによって、好き嫌いができたということだろう。悩みの種が確実に一つ増え、僅かに痛み始めるこめかみを指でほぐす。下手に信用などすればいつ噛みつかれるか分からないってところだな、そう思って男の口元は皮肉気に歪んだ。

 

「とんだクソゲーだよ、本当に……」

 

ぽつりと漏れた言葉が空しく響く。ドアノブを掴んでいたはずの手はいつの間にか力なく垂れ下がっていた。

 

 

◇◇◇

 

吹雪が男を呼びに行っている間、食堂では今まで一度も全員で集まるなどということが無かったからか、どことなく同窓会のような気分で昔話に花を咲かす艦娘の姿があった。女三人寄れば姦しいということわざがあるが、ここに集まっているのは三人どころではない。結果として、騒がしくなるのも必然と言えるのだろう。

 

「あれ、夕立ちゃん背縮んだ?」

「縮んで無いって言いたいっぽいけど……正直縮んでるっぽい」

「小さくなったというより、改造前に戻ったって感じだよね」

 

「ねえ山城……」

「はい、姉さま」

「私たちの航空甲板ってどこにいったのかしらね……」

 

「あああ!私の烈風が無い!無いよ!どうしよう翔鶴姉!」

「もう、駄目じゃない瑞鶴。艦載機はきちんと確認しないと……ってあれ?」

「……翔鶴姉、もしかして」

 

がやがやと騒がしい食堂だが、がちゃりと小さく扉が音を立てた瞬間に水を打ったように静まる。だらなしなく机に寝そべってた者も、目の前にある食事しか目に入っていなかった者も姿勢を正し視線を向けた。

 

男性にしては華奢な体つきに目深にかぶった軍帽から覗く鋭い目線、そして何よりもその身から感じられる圧倒的な存在感。目がひきつけられる、視線を外すことすら許されないほどの何かを感じさせる男の背を見つめる。そんな多数の視線にも男は一切揺らぐことなく、秘書艦である加賀と大淀が控えていた場所まで進んだ。

 

 

「……っ」

 

自分を見つめる視線、そこにこめられた熱気に男は思わず息をのんだ。

艦娘の数が多いこともそうだが、何よりも今まで惰性で行ってきた作業が彼女たちの命に直結していた事実が恐怖を掻き立てる。「提督」としての責任を、嫌でも今ここで明確に理解してしまった。

 

怖い。自分の命を奪いかねない力を持つ彼女たちが。

怖い。自分の命令で彼女たちの命が失われてしまうことが。

 

無意識に握りしめた拳に力がこもる。この頼りない自分にのしかかる何かに押しつぶされないようにするので精一杯だった。死にたくない、そんな浅ましい恐怖と欲求だけが今の男を辛うじて「提督」たらしめていた。もうすでに事前に考えていた内容は覚えていない。眼前に浮かぶメニュー画面のメモを読み上げるために、口が勝手に動き出す。

 

 

「まずは今日、この場に集まってくれたことに感謝する。そして今までお前たちと深く関わることを避けていたことを謝罪させてほしい」

 

軍帽を取って一礼。僅かに彼女たちが息をのむ気配を感じながら、再度ゆっくりと語り始める。

 

「さて、気づいているものもいるかもしれないが、今我が艦隊は非常に不可解な事態に陥っている。現在我等がいるのは今までの鎮守府ではない。さらに世界が違うとでも言うべきか、我等が倒したはずの深海棲艦が未だにのさばっている、そんな世界にいる」

 

 

大きなざわめきが起こる。

当然だ。必死の思いで勝ち取った平和が振り出しに戻ったのだ、冗談じゃないと思うだろう。男は静かに目をつむった。

 

思い出すのは(ブラウザで)駆け抜けた幾多の戦場。無理だと挫けそうになった海域があった。轟沈させそうになりながらも突破したボスがいた。大量のバケツと共に切り抜けたイベントがあった。

 

この三年間本当に色々な苦労があった。だが、それらを俺たちは乗り越えてきた。そんな自信を感じながらも口を開く。いつしか男は用意していたカンペではなく、内に秘めた思いを自身の言葉で語っていた。

 

 

「思えば、お前たちとは様々な困難を乗り越えてきた。無理難題と言われていた海域を突破したり、鎮守府に襲いくる深海棲艦を共に打ち倒したり、本当にいろんなことがあった。だから、きっとこの現状もその一つなのだろう」

 

ざわめきは収まっていた。誰もが男の声に耳を傾け、じっと見つめている。その表情に浮かぶのは先ほどまでの困惑ではない、信じた者につき従う覚悟を決めた強い意志が現れていた。

 

 

「私自身、今の状況に戸惑いを隠せない。だが、我々の為すべきことは簡単だ。――深海棲艦を倒す、それだけだ」

 

つむっていた目を開いて、力強く拳を握った。紡いだ言葉は思ったよりも大きく食堂を揺らす。

 

「戦いに送り出すことしか出来ない私だが、ここに改めて誓おう!誰一人欠けることなく、この戦いを終わらせることを!だから、もう一度私に――その命預けてくれ!」

 

 

その呼びかけは男の決意の表れでもあった。

誰一人死なせない、そんな考えが甘いことなど重々分かっていた。だが、今一度意志ある彼女たちを見て、死んで来いと命令できるほど男は強くもなかったし望んでもいなかった。

だから、誓った。自分も死なない、彼女たちも死なない。それが現状での最適な回答だと信じて。

 

永遠とも思える空白の後、目の前にいた彼女たちが席を立ちあがった。突然の事にぎょっとする男を尻目に、横にいたはずの加賀と大淀が自身の目の前に移動する。そして、少しの乱れもなく一斉に手を横に掲げた。男にとって何となく違和感を感じるその姿は、海軍式と呼ばれているもので。

 

それはまさに彼女たちからの声無き答えだった。胸に何か熱いものがこみ上げるのを堪えるように、軍帽の縁を強く握る。自然と体が同じように綺麗な敬礼を返す中で、男は一人これからの事に思いを馳せた。オプションに残された戦闘記録、図鑑その他諸々のデータを使えば、戦闘を有利に進めることは可能のはずだ。課題となるのはやはり、経験不足からくる決断の遅れだろう。

 

消しきれない不安や恐怖を抱えながらも男は未来を見据えようと必死に前を見た。

 

 

 

 

――提督が鎮守府に着任しました。これより艦隊の指揮に入ります。

 

 




次回から個別回をだらだらやりつつ、ぼちぼち鎮守府正面海域を突破しながら、余所の提督を演習でぼこぼこにしてきます(あらすじ)


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