VR 艦隊これくしょん   作:ちーまる

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あれですな、艦娘多すぎて誰を出せばいいか分からん。
皆さんは誰推しですかね?

……こっそり教えてくれたら、こっそり出るかもしれませんよ←

※9月22日 話の流れを変更しました



2 現実→認識

ーーここはどこだ。

 

意識を取り戻し始めて、まず男が感じたことは疑問だった。

 

光に慣れず霞む視界に映るのは明らかに現実の部屋の天井ではない。自分が横たわっているだろう、この布団の感触も全く違う。うちの布団はもっと薄くてごわごわした煎餅布団だが、これは全身を包まれるような極上のふかふか感だ。

 

目が慣れようやく良好になった視野で、ぐるりと一回り見渡せば何処か見覚えのある部屋だった。かっこよさだけで購入した黒塗りの座卓、これまたかっこよさだけで飾っている妖精さんが跨った昇り竜の掛け軸。寝起き特有の纏まらない思考でも分かる。ここは自分の私室だ、……但し「艦これ」内の。

 

弛みきっていた思考が一気に覚醒し、背筋が凍りつくような嫌な予感が全身を駆け巡る。跳ね上がるように体を起こせば、掛け布団がまるで重力従ったかのように落ちた。自分が普段着ているパジャマではなく、やけに着心地良く感じるシャツとズボン。ゲームで見慣れていた軍服の上着と帽子は、脱いだ覚えなど無いのに畳まれて枕元に置いてあった。

 

 

「え、あ、ちょっと待って。本当にどこだよ、ここ」

 

頭をもたげ始めた不安からか、独り言が口から自然に漏れた。落ち着きなく自分の体を確かめるように触っていく。顔、腕、体、足、どこを触っても触れられている感触がした。次は体のあちこちを抓ってみる。定番の頬からおまけに腕も腹も抓ってみる。VRであるはずなのに、目が覚めるような痛みを感じた。

 

VRゲームの中には確かに痛みをある程度感じるように設定されたものもある。だが、それも規制された痛みだ。例え敵にばっさり斬られたとしても、感じるのは一握りの痛みだけ。そうでなければ、プレイヤーがショックで死に至る危険があるから当然の処置と言えるだろう。

 

まして「艦隊これくしょん」はシミュレーションゲームだ。RPGのようにプレイヤー自らが戦場に赴くわけではないから、痛みを感じるようには設定されていない。だからこうして痛みを感じることが、いやそもそも触れている感覚がしたこと自体がVRゲームにおいてあり得ない。あり得てはいけない。

 

 

「は?あり得ない、あり得ないよこんなの。だってシミュレーションゲームでしょ。主人公自らが戦うわけでもないのに、何で痛いんだよ。そもそもゲームで意識を失うなんて聞いたこと、ない……」

 

そこでふと気づく。そうだ、自分は今何と言ったか。ゆっくりとその言葉を思い出し理解するうちに、自然と乾いた笑いがもれた。

 

――「この艦隊これくしょんというゲームにおいて、プレイヤーが意識を失うことはあり得ない」

 

ずきずきと頭が痛み始める。まるで現実であるかのように感じる服、そして自分がこのゲーム内で気絶したということ。つまり、今自分がいるここはゲームではない。

 

へたりと思わず体から力が抜け、再度布団の上に座り込む。こんな奇怪な現象をにどうやって対処していいか何て見当もつかなかった。ゲームの中の現実? 何だよそれ、笑えない冗談だよ。思わず悪態と泣き言がついて出る。ぐるぐると纏まらない思考に男は泣きそうだった。

 

 

◇◇◇

 

人様には聞かせられないような言葉でひとしきり運営に対する文句を言ってすっきりした男は、現状確認に乗り出そうと決めた。先ずログアウト出来るかということ、そしてゲーム内のシステムが使えるかということなど確かめなければいけないことは山ほどある。

 

ゲームではメニュー画面は念じれば眼前に展開されていた。男は目をつむって、必要無いのにメニューオープンと心の中で唱える。どうか使えますようにと祈るような気持ちで、恐る恐る目を開けば目の前にある半透明の画面。男はほっとした様子でそれぞれの項目を確認することにした。

 

僅かな望みをかけてオプションを開き、ログアウトの項目を探すが勿論そんなものは無かった。本来ならボタンがあるべきところには、またも全ての元凶といえる憎たらしいエラー娘が横たわっていた。恨みを込めて連打してみるも、反応はない。というよりも、気絶する前に触ったエラー娘がぷにっとしていた方が問題なのだ。

 

分かってはいたとはいえ、突きつけられた現実ゆえに落胆は大きい。ついでいえば、ご丁寧にも運営へと繋がる項目と戦友に関する項目もきれいに消えていた。今の自分には「ログアウト」や「戦友に相談」という安易な退路は無いらしい。

 

 

縦に並んでいるのはプレイヤーのステータス、艦娘一覧、任務一覧、鎮守府とその周辺のマップ、オプション、左上には資材の量と現在の秘書艦、右上には現在時刻。パッと見は変わっていない。一応上から順番に確認しようとして、ふとそこで違和感に気が付いた。現在の秘書艦の欄には加賀の名前が書かれている。それは全く問題がない。だが、横に表示されている加賀のステータスが問題だ。

 

練度が1になっている。

決して少なくない時間とそれなりのコストを費やして所持している全艦娘を練度Maxにしたはずなのにだ。先ほどまでのログアウト出来ない不安が嫌な予感で消し飛んだ。震えそうになる体を抑え、半ば祈るように艦娘一覧を開く。

 

 

全員練度が1になっていた。

 

 

努力と課金の結晶が消えた。

男は叫びたくなるのを我慢して、必死に画面をスライドさせていく。だが、無情にも目に入ってくるのは1の文字だけ。

 

おまけに何度も失敗してようやく開発した装備も艦載機も、初期装備を除いて軒並み消えていた。不幸中の幸いとでもいうべきか、課金して拡張した母港や保管庫はそのままだ。この分だと課金要素は消えていないのだろう、男にとっては何の慰めにもならないが。ついでに言えば自身の階級が元帥から新米提督に変わっていたが、さらにどうでも良かった。

 

苦労してやっとのことで開発したレア装備、何日も張り付いて手に入れたランキング報酬が消えたことが問題なのだ。目をつむれば今でも鮮明に思い出せる。ひたすらレシピを回し失敗を繰り返して、目当てのものが出たあの喜び。数少ないプレーヤーと競いながらも、ようやく勝ち取った時のあの達成感。それらが跡形もなく消えてしまって、年甲斐もなく悲しみでむせび泣きそうだった。

 

涙をこらえ次に開いた任務一覧には、今まで見たこともない内容の任務が並んでいた。

 

 鎮守府周辺の地理を確認せよ

 工廠に行き工作艦「明石」と資材の確認をせよ

 食堂に行き給糧艦「間宮」と食材の確認をせよ

 所持している全艦娘を食堂に集めよ

 

任務というと「開発を十回しよう」とか「いらない艦を二隻解体しよう」などだったはずだ。こんな「〇〇に行って~」という場所の指定は無かった。というより、執務室と私室以外移動できないのだから、本来なら不可能な任務である。

 

つまり、この不可解な事象に伴って移動制限も消えているという事なのだろうか。

 

こればかりは行ってみないと分からないな、そうつぶやくと男は腰を上げる。自身も移動のために畳んであった上着を羽織った。鎮守府の間取り何て一度も私室と執務室から出たことがない男にとっては未知の領域なので、メニューのマップを開きながら部屋を出る。半透明の地図に示された執務室の上には青いアイコンが一つ。手前に表示されている黒丸が恐らく自分の現在位置だろう。数分躊躇った後、意を決してノブを回した。

 

 

がちゃりというドアが開く音に真っ先に反応したのは、執務をしていただろう加賀だった。ぽろりと彼女の手からペンが落ちたのが見えた。大きく見開かれた目が段々と潤み、足早に駆け寄ってくる。

 

 

「提督っ! 良かった……目が覚めたんですね」

 

普段の彼女の設定なら信じられないくらい柔らかな安堵を含んだ声。

 

一航戦、加賀。

加賀型一番艦の正規空母である彼女はゲームでも活躍してくれた。

搭載数も空母の中では多く、耐久値火力共に申し分ない。同じ一航戦の赤城とよく一緒に出撃させたことを覚えている。が、性格の方は少々取っつきにくいようで「一航戦の頼りづらい方」と呼ばれていると確か設定されていたはずだ。

 

そう公式には書かれていたが、今の彼女からそんな様子は微塵も感じられなかった。同じ表情しか見たことが無かった顔は今にも泣き出しそうに歪み、弱弱しく自分を抱きしめるその腕はまるで生きているかのように温かい。その人間染みた温かさを直に感じ、やはりここはゲームではないのかと諦めに似た感情が渦巻いた。

 

落ち着かせるように背を軽く叩く。昔はよくこうやって妹をあやしたものだ。

 

「加賀」

「はっ……取り乱したみたいね。ごめんなさい」

 

絞り出した声で呼び掛けると加賀は顔を赤らめいそいそと離れた。男より少し背の高い彼女はいつもの艤装を纏っている。空母は艦載機の発艦に弓を使用したり、巻物と式神を使用したりする。加賀の場合、弓を使うので普段から弓道衣を着ているのだ。色は青、同じ一航戦の赤城の場合は赤色になる。

 

「いや、それは構わない。それで何か体に違和感を感じるか?」

「いえ、特に感じないけど。強いて言えば少し重く感じる位かしら」

 

こればかりは推定になるが、やはり演習か戦闘をしないと艦娘側は自身のステータス変化が分からないのだろうか。というよりもステータスという概念自体あるかどうか不明である。

 

取り敢えず、現状が分かるまで自分がここでは「提督」として振る舞うことに覚悟を決める。

深呼吸をしてばくばくとうるさい気持ちを落ち着かせた。大丈夫だ、自分なら出来る。あの過疎っていたゲームを隅から隅まで遊びつくしたんだ。開発のレシピだって、海域の情報だってある程度なら覚えている。

 

呪文のように心の中で大丈夫と唱えながら、緊張でじっとりと汗ばんだ掌を握りしめた。

 

 

「加賀。いきなりで悪いが、大淀とともに鎮守府周辺の地理を確認してきてほしい。後その前に放送で全艦娘に伝えてくれ、四時間後に食堂に集合するようにと。俺はこれから明石と間宮のところに行って確認することがある。いいな、四時間後に全員食堂に集合だ」

 

「……分かったわ。周辺地理の確認と全艦娘に対しての呼びかけね、任せて」

 

矢継ぎ早になってしまった指示だが、加賀は余すところなく理解してくれた。流石は一航戦というべきかと、内心断られなくてよかった安堵と称賛を送る。

 

勢いよく立ち上がり進んでいた足がぴたりと止まった。いつもは見慣れた重厚な執務室の扉を開く、たったそれだけの事なのに手が震える。ここから先は文字通り「ゲーム」ではあり得ない「現実」だ。自分の行動、判断が、これからの自分を左右する、そう思うと怖くて足がすくんで動かなかった。

 

 

◇◇◇

 

 

加賀は提督と入れ違いになるように入ってきた大淀と放送を終え、足早に鎮守府を進んでいた。彼女は時計回りに、自分は反時計回りに周辺の確認を行うことを決め、途中で分かれたところだ。

 

加賀から見た提督の姿は、いつも穏やかで激情とは無縁な仕事姿と私室・執務室だけを行き来する機械染みたのんべんだらりとした姿だけ。この鎮守府が敵の空襲に晒されても、大本営から深海棲艦殲滅の第一人者として勲章を受け取った時も、喜ぶことも騒ぐこともなく何時だって冷静に対処していた。

 

どっしりと構え何事にも動じない人と言えば聞こえはいいが、感情の起伏がほぼ無いに等しい機械のような人間だった。起床時間も就寝時間も一秒たりとも違えたことがなく、仕事にしてもミス一つなく仕上げてくる。

 

それは深海棲艦との大規模な戦いが終わった後も変わらなかった。抑止力として幾つかの鎮守府がそのまま維持されている現状で、腕が鈍らないように演習と遠征、たまに他の鎮守府との模擬戦や時々湧いてくる深海棲艦の討伐を繰り返す日々。提督は相も変わらず執務室と自室以外動こうとしない。艦娘との交流を持ちかけてもお決まりの『善処する』で対応された矢先だった。

 

鎮守府が大きく揺れた。

地震のような細かな揺れではない。そのため加賀は特に気にしていなかったが、目の前で突然提督が立ち上がったと思ったら足を滑らせ気絶するという天変地異も真っ青な出来事が起きた。深海棲艦に鎮守府が襲われても無傷で帰って来たような人がだ。意識の無い提督を私室の布団に寝かせ、代わりに仕事を片付けている時も実のところ気が気でなかった。

 

だから提督が目を覚ました後見せた、あの不安そうな表情にまず驚きが隠せなかった。どんなに不利な状況でも眉一つ動かさなかったのに。提督のあんな表情など、自分がここに配属されてから初めて見た。そしてその後に下した命令の内容にもだ。

 

――「全艦娘を集めろ」

 

そんなこと鎮守府の大規模反抗作戦を行った時ですら一度もない。というより提督が執務室の外に出るところを見たのも始めてだった。だから正直なところ少し嬉しい。あの何でも一人でこなしてきた提督が、初めて自分たちを頼ってくれたような気がして。

 

信頼は勿論している。それ以上の思いだってきっと……そこまで考えて恥ずかしさで顔が赤くなった。だって仕方ない。気が付いたらいつの間にか好きになっていた。どんなに艦娘との接触が殆どなくても自分たちのことを考えてくれて、戦闘から帰ってきたらいつだって褒めてくれて。

 

戦い抜くことが叶わなかった艦だった昔と違って、深海棲艦との戦いでは誰一人として轟沈させることなく指揮をして最後まで戦い抜くことができた。艦娘の原初の願望とでも言うべき欲求を満たしてくれたのだ。

 

これで好きにならない方がおかしい。

 

そんな言い訳を誰に聞かせるまでもなく心の中で唱えていれば、いつの間にか外に出ていた。加賀の目に飛び込んできたのは見慣れた海ではなかった。海はある、だがいつもの鎮守府ではない。

 

 

「これは……確かに問題ね」

 

たらりと汗が背を伝う感触がした。




大淀さんが、息をしてないだと……っ!
次はきっと話す(フラグ)


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