VR 艦隊これくしょん   作:ちーまる

10 / 10
文字数が安定しない今日この頃。
前回の半分くらいですが、繋ぎのお話なので多目に見て下さい…

春イベも後少し。取り敢えずアイオワとはケッコンしました。流石は本場、懐もデカイですね。

一応リクエストいただいた「足柄が暴走する話」っぽい感じですが、足柄は話しません。後、今回も(残念ながら)駆逐艦は出ません。


10 対抗演習→目安箱

「今日でちょうど一か月、か……」

 

 いつものように目を覚ました男は、小さく呟くと開いた手帳の日付部分にペンで大きくバツ印を付けた。ぺらりと一枚めくれば、月の途中から同じように印が付けられている。男が「艦隊これくしょん」に似た世界に来てしまってからすでに一月が経とうとしていた。

 

 元の世界に戻る手掛かりは当然見つかるはずもなく、ログアウトボタンの前には憎たらしい笑みを浮かべたエラー娘が横たわっている。変わらずにやけたその軽薄な笑みに苛立ちを感じた男は、叩き付けるようにメニュー画面を閉じた。目の前に突き付けられた現実に思わず大きなため息をもらすと、ごろりとすっかりベットと化したソファーに寝転がる。朝の四時ということで室内もまだ薄暗く、普段は大勢の艦娘たちの声が響く鎮守府も今は僅かな波の音と時計の針が動く音しか聞こえない。ゆらゆらと目の前で揺れるカーテンをぼんやりと眺めながら、これまでのことを思い起こす。

 

 

 最初の一週間はただただ困惑していた。

 自分の身に降りかかった「ゲームの世界観が現実になる」などという荒唐無稽な出来事を信じられなかった。いや、信じたくは無かった。今までの平凡な人生の代わりに与えられたのは、奇妙な化け物が蔓延る世界と軍人としての地位。そんなものは要らないから、今すぐに元の世界に返せと何度思ったことか。

 

 次の一週間は恐怖と焦燥感に駆られていた。

 艦娘は人類の希望であり、奇妙な化け物―深海棲艦―に対抗できる唯一の存在。だが、男にとって彼女たちは希望などではなく、強大な力とそれに不釣り合いな心を持ったただの兵器にしか映らなかった。深海棲艦を素手で仕留められるほどのパワーを秘めている艦娘が、数百人と自分の部下として存在している。ゲーム上の設定とはいえ、恐怖と緊張で気が狂いそうだった。

 気に入られなければ殺されるかもしれない。何せ彼女たちにとって男一人殺すことなど深海棲艦を屠るより簡単なのだから。理由など後から何とでもでっち上げられる。ここに男の味方は誰一人いなかった。今は男が「有能な提督」であるから生かされているだけで、何か失態を犯せば、自分より利用価値の高い提督が出てくれば消されてしまう。焼けつくような焦燥感ばかりが溜まっていった。

 

 三週間目には色々と折り合いをつけざるを得なかった。

 未練がましく毎日ログアウトボタンを確認していたが、そんなことをしている暇などまるでない。ゲームで築き上げてきたものを全て失ってしまった状況において、男がやるべきことは山積みであった。ゲームシステムがどの程度適用されているのか、世界情勢はどうなっているのか、自分と同じようなプレイヤーはいるのか、知らなければいけないことばかりだった。

 非力な男がこの世界で生きていくためには力も、時間も足りない。だから――男は上辺だけでも自分を慕ってくれているであろう彼女たちを自分のために利用した。自分が死なないために深海棲艦を倒させ、裏切られないように好感度を稼ぐ。こみ上げる恐怖と罪悪感と嫌悪感に蓋をして、男は「立派な提督」として振る舞うことを始めた。

 

 そうして迎えた四週間目。

 男には文字通り山のような書類と仕事が待っていた。

 数百人の艦娘を抱える鎮守府の食料体制の構築と管理、備蓄してある資材と相談しながらの練度上げ及び消えてしまった装備の開発。加えて表向きは新米提督の鎮守府であるため、大本営に提出するためのデータや書類の改ざん。そしてそれとは別の、本来の鎮守府としてのデータと書類の作成。当然処理しなければならない書類の数は単純に計算して二倍に増え、男の仕事も激増することとなる。艦娘の負担を減らすために秘書艦を置いていないことも忙しさに拍車をかけ、サービス残業の毎日だ。

 無論文明の利器であるパソコンのような便利な道具は無く、書類作成は手書き若しくはタイプライターのみ。大本営に提出する際は妖精さん特製のFAXのような装置があるらしいが、あくまでもそれには送信する機能と受信する機能しかない。増え続ける書類に忙殺された一週間だった。

 

 そして今日でちょうど一か月。

 すっかり見慣れてしまった男の狭い部屋とは違う立派な執務室。何とか一か月は提督としてやってこれた。艦娘とのコミュニケーションも少しずつだが、増やしていくようにしている。だが男が提督として進歩していても、男の抱えている問題はなにも進展していなかった。帰るための方法も分からず、そもそも帰れるのかどうかも怪しい現状。この世界がゲームなのか、ゲームに似た異世界なのか、それすらも分からない。運営に連絡を取る手段も見つからず、男にできることは何もなかった。

 

 ――本当にままならないな、何もかも……

 

 沈んだ気持ちを表すように自然とため息が零れ落ちる。緩慢な動作でソファーから起き上がると執務机に足を向けると腰を下ろした。ぎしりと軋む椅子から見渡す景色と男の狭いアパートの部屋が重なる。ホームシックなのか、決して快適とは言えなかったあの部屋が恋しかった。ずきずきと痛むこめかみをゆっくり揉みながら、眠気覚ましにと淹れておいたコーヒーを流しこむ。

 

 壁にかけてある時計の長針はまだ四の文字を指している。起床してから十分と少し、男はまたため息を一つこぼすと目の前にそびえ立つ書類の山に手を伸ばした。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 応接室も兼ねる執務室は和風な部屋の多い鎮守府の中でも珍しく、洋風にまとめられていた。

 重厚なマホガニー仕様のフローリングの上には赤い絨毯が敷かれ、部屋の真ん中には黒檀で作られた執務机。事務方の艦娘が使用する机と周りにある大量の資料が詰まった本棚も同じく黒檀で作られており、ダークブラウンの壁紙と相まって落ち着いた空間に仕上がっている。

 

 家具コインというゲーム内通貨で購入できる家具はさまざまあるが、私室は和風に、執務室は洋風で揃えるというのが男の数少ないこだわりだった。妖精さんが作ったからであろう、たまにあり得ないようなギミックが搭載されていたりするものの、品質は既製品の頭一つ飛びぬけていた。Made in JapanならぬMade in Fairyとでも言うべきか、やけに書き心地の良いペンを紙の上に滑らせる。凄いなーとあたかも目の前のペンに集中しているような様子で、男は必死に目の前の出来ごとから何とか気を逸らそうとしていた。

 

「いいですか、足柄。現状、資源はとても貴重なものです。限りがあるとはいえ妖精さんに頼めば入手できますが、それには提督のお力が必要になるのですよ。緊急時ならともかく、無断出撃なんて言語道断です。だいたい貴女は――」

「妙高さん、もうそろそろそのあたりにしておいたら……」

 

 何故か執務室で―しかも男の前で―繰り広げられていたお説教を打ち切るように、大淀は声をかける。呼びかけに応え振り向いた艦娘のその表情はいまだ険しいままだ。紫色の制服にタイトスカートとまるでOLのようないで立ち、複雑に編み込まれたシニヨンが印象的な妙高型重巡洋艦、そのネームシップである妙高はきっと眉尻をつり上げ床に座る人物を睨み付ける。視線をたどるようにそっと向ければ、涙目でフローリングの上に正座させられている足柄の姿。

 

 どうしてこうなったと男はぎりぎりと痛み出す胃を押さえて天を仰ぐ。

 

 遡ること数時間前、今日も今日とて山積みの仕事に男と大淀は会話も少なく書類を片付けていた。周囲の喧騒とはよそに、ペンが走る音と紙をめくる音のみが響く執務室の扉が突如けたたましく開け放たれる。何事かと驚いて顔を上げた二人の視界に入ったのは、余程全力で走ってきたのか顔を真っ赤にさせながら息を切らせた妙高型の末っ子である羽黒だった。肩を上下させ立っているのも辛そうな羽黒のもとに大淀が慌てて駆け寄る。

 

『ど、どうしたんだ羽黒。そんなに慌てて』

『……たんです』

『え?』

『足柄姉さんが、勝手に!出撃しちゃったんです!……うぅ、ごめんなさい司令官さん……』

 

 へたへたと力なく地面に座り込んだ彼女を何とか支えると、大淀は提督に指示を仰ごうとして――言葉を詰まらせた。そこにいたのは、普段の優しげな少し困った顔の提督でもなく、戦闘の時に見せる凛々しい表情の提督でもない。普段少し下がったまなじりは鋭く吊り上がり、眉間には幾重にも深いしわが刻まれている。今まで見たことがないほど苛立ちを表に出した提督の姿にかける言葉が見つからなかった。

 

 ぴしりと固まったまま動かない大淀をよそに、男は沸々と湧き上がる怒りを堪えるのに精一杯であった。端的に言えば、ぶち切れていたのである。ようやく何とか慣れてきたと思った途端に、ここにきて足柄の命令違反。ふざけるなと喉元まで出かかった罵声を何とか飲み込んだが、苛立ちは増すばかりだった。ここまできて勝手な行動で轟沈などされたら、これまで必死に積み上げてきたものが全部無駄になるのだ。一か月の努力どころか、部下の人心掌握すらまともにできない無能提督に一直線である。どう考えてもNPCが意思を持ってしまったことの弊害を、まざまざと見せつけられた気がして小さく舌打ちがこぼれた。

 

 目の前が真っ暗になるほどの激情を外に向けてはならないと、念仏のごとく必死に唱える。震える手でカップを持ち上げ、残っていたコーヒーを流し込んだ。湧き上がる感情を抑え込むように深呼吸を繰り返し、周囲を凍てつかせるほどの冷たさを帯びた声でうつむいたままの羽黒に問いかける。

 

『羽黒、今誰が追っている』

『妙高姉さん、です。後、何人か駆逐艦の子たちにも頼みました……あ、あの、ごめんなさい』

 

 その答えに少しだけ男の雰囲気が少しだけ和らぐ。だが、穴をあけんばかりの鋭い視線は虚空を睨み、指先は何かを探すように空間を踊っていた。気まずい沈黙が執務室を支配する中、二人の視界に映らない半透明の画面の上で男の指はせわしなく動く。鎮守府、工廠、そして鎮守府正面海域の地図まで捜索範囲を広げたところで、ようやく目当ての人物を探し出した。

 

 羽黒は出撃したと言っていたが、正確には出撃しようとしただろうか。どうやら鎮守府正面海域に差し掛かる前に妙高によって確保されたようである。地図上に示された黒点が執務室に向かってくるのを見て男の顔には安堵が浮かんだ。ようやく気持ちに余裕が生まれ、差し迫った身の危険が薄れていく。深海棲艦と出会う前に確保できて良かったほっとひと息つく男とは対称的に、羽黒の顔色は真っ青を通り越してもはや真っ白になっていた。

 

 自分の姉が犯してしまった明らかな失態とそれを止めることができなかった自分たち姉妹の甘さ、迷惑をかけてしまったこと対する申し訳なさで自然と涙が零れ落ちる。尊敬を、好意を寄せている提督に失望の視線を向けられるのが怖かった。

 

『し、司令官、さん……本当に、ごめんなさい……』

 

 ごめんなさいとそればかりを壊れたように繰り返す羽黒を落ち着かせ、鬼気迫る表情で執務室に駆け込んできた妙高が首根っこを掴まれた足柄に説教を始めたのが数十分前。艦娘に甘い男も流石に小言の一つでも言ってやろうと思っていたのだが、妙高と立ち直った羽黒という二人がかりの説教にいつの間にか怒りはどこかに消えてしまった。

 

「駄目ですよ大淀さん。こういうことはしっかり言い聞かせておかないと。ただでさえ、この子は猪突猛進気味なところがあるんですから。私たちだけならまだしも、提督にもご迷惑をおかけするなんて……艦娘としての自覚が足りません」

「そうですよ!姉さんにはしっかり反省してもらわないと困ります!」

「……はぁ、そうですね」

 

 二人の剣幕に押され気味の大淀は気の抜けた返事を返すと、説得を諦めたのか書類に目を落とした。他の場所でやれと言うに言えない男は、強引に捩じられたような胃の痛みを誤魔化すようにコーヒーをすする。どっと疲れが押し寄せるのを感じてまた大きなため息をこぼした。

 

 ――目安箱でも設置するべきか

 

 匿名を条件にすれば普段言えないような不満や、意見も出やすいだろう。妖精さんに頼めば、あっという間に作成できるに違いない。確か、お布施代わりのお菓子もまだ残っていたはずだ。そう思って、確認のために席を立とうとした男は聞きなれた機械音声に足を止めた。空中に手を伸ばし、開いたメニュー画面に現れたのは新着任務の文字。突然のことに訝しむ男だったが、悩んでいるだけでは何も解決しない。仕方なく画面の文字をタッチするのとほぼ同時に、執務室に備え付けられている受信機が新たな任務の発生を大淀に伝える。そのまま機械から吐き出された紙にざっと目を通すと、少し驚いたような声色で男に話しかけた。

 

「提督、新しい任務のようです。どうやらこれは……演習の申し込みのようですね」

「ああ、そうみたいだな……」

 

 初めての対外演習!と銘打たれたそれを、男は苦々しい視線で睨み付けていた。

 

 ◇◇◇

 

 鎮守府中央の建物の一室、執務室のデスクの上に置かれた涙を流すペンギンを手で突きながら、少女は事務方を担っている艦娘からの報告を今か今かと待っていた。提督として鎮守府に着任してから一か月、ようやく他所の鎮守府に演習を申し込めるようになったのだ。最初くらいは白星で飾りたいと同じ新任提督の中から選んだ相手の顔を思い出す。平凡なと言っては失礼かもしれないが、特徴の無い顔だった。

 

「提督、申し込みは無事受理されたようです。日時は五日後、こちらの鎮守府で行われます」

「ありがとー大淀ちゃん。それでさ、大淀ちゃんから見て相手はどんな感じだった?」

 

 聞けば、自分と同じ民間から徴収された提督であるという。これはますます負けられないと人知れず決意を固める少女の問いかけに、大淀は少し悩むような素振りを見せた。

 

「所属している艦娘から考えて、火力の高い重巡を中心にした部隊か駆逐と軽巡の水雷戦隊でしょう。正規空母も軽空母も十分にいないようですので、夜戦まで持ち込んで来ると思います」

「まあ、メインの艦娘が駆逐艦や軽巡ならそうなるよね。……どう、勝てると思う?」

「あら、自信がないんですか?」

 

 からかうような雰囲気に少しむっとするものの、少女はすぐに不敵な笑みを浮かべた。だって、負ける気が全くしないのだ。戦艦も空母もロクにいないような部隊では――私の戦艦を止めることなんて出来やしない。

 

「まさか……相手には悪いけど、全力で行かせてもらうよ」

 




というわけで、唐突なキャラ追加回でした。
今後は色んな提督が出てくるかもしれませんが、あくまでも艦娘がメインのお話なので適当に流してください。

次回は初めての外出、そして対外演習と色々盛りだくさんです。そして今まで出番の無かった駆逐と軽巡が(やっと)メインになります!

……という布石を残しつつ、また次回の投稿は未定です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。