ディルムッドとランスロットが象徴である宝具を振るい道を開く。
その二人に守られながらリインフォースが進むべき道を示しながら、その腕にこの世界で唯一、絶望を希望に変える可能性を持つはやてを大切に抱えて駆ける。
「くっ……! キリがないな!」
「随分倒したつもりですが数が減りませんね……っ!」
そう言いながらディルムッドが悪意の獣の首を撥ね飛ばし、ランスロットが剣による一閃で正面の四体を斬り捨てながら応じる。
時の概念が無いこの空間ではどれだけ時間が経過したかは認識できないが、既に両者合わせて一万は軽く打ち倒しているのは確実はずである。だが悪意の獣は一向に減る気配を見せない。
「倒した数だけ蘇っているとしか思えませんね……っ!」
「それだけなら殺し続けるだけの話なのだが……なっ!」
それだけならいい。この程度の相手ならば慢心でもしなければいくら数がいても今の二人が負ける可能性は存在しない。
「せめてこちらを狙ってくれればやりやすいのですが……」
「俺達は眼中に無いのか!」
しかし敵はディルムッドとランスロットを無視して二人が守っているはやてとリインフォースを狙い、自らを屠っていく英霊には一切の興味を示さない。
確実にリインフォースが指す出口へと歩を進めてはいるが、そのせいで中々攻めに転じれず、防戦を強いられていた。
より強い器を求める悪意の獣にとって魂だけの状態であるディルムッドとランスロットに興味はない。敵が望むのは英霊二騎の肉体を捕らえたままのリインフォースと夜天の主であるはやてなのだ。
――――――――リインフォースから二人の肉体を奪い取り、永い時の中で積もった憎悪をはやてにぶつける
ただそれだけしか考えていない悪意の獣には英霊など見えてさえいなかった。
――苦シイ
――助ケテ
――憎イ
そして自我も曖昧になり、闇の書の主へ憎しみを向けるという意思だけが辛うじて残っている悪意の獣は、はやてが自らを殺したと誤認して様々な負の感情を今の主であるはやてに向ける。
「ううっ……」
「耳を傾けるな!」
自身に向けられるその膨大な悪意に押し潰されそうになったはやてにディルムッドが叫ぶ。
「コレはお前の罪ではない! 今はここを出て彼らを救う事だけを考えろ!」
確かにここにいる魂は全てはやてが主となる前の犠牲者だが、彼らの憎念をはやてが受け止めなければならない理由はない。
「マスターはやてが背負うべき痛みは貴方達……いえ、私達家族が巻き込んでしまった『被害者』の物だけで良いのです!」
「クロ……」
ランスロットもはやてを鼓舞するように声を掛ける。彼女は仇ではないと諭せれば良いのだが、闇の書への憎悪以外残っていない彼らにはこちらの言葉は届かないだろう。
終わりが見えない状況で無数の敵からはやてとリインフォースを守りながら見えない出口に向けて歩を進める。常人なら耐えられない絶望的な状況下だが、この程度の逆境で心が折れる英霊ではない。
「ディル君、クロ。大丈夫?」
「くっ……問題ありません……!」
「心配しなくていい。必ずここから出してやる……!」
だが強靭な意志を持つ英霊であっても、一瞬たりとも気を抜く事が許されないという状態を強いられ続ければ疲労の色は隠せない。
「それにこの程度の苦境は何度も超えた……!」
「武器無しで敵に囲まれてる時よりは余裕があります……!」
それでも生前幾たびの危機を乗り越えた英霊としての矜持とはやてを守るという意思によって迫りくる敵を次々に打ち倒していく。
正直この状況よりも生前の修羅場の方が危険で恐ろしかったと思っている二人ではあるが、それを口にしては色々と台無しになるのでそれは言わない。
とはいえそれも限界がある。十の敵を一度に葬っても開いた場所にすぐに次の敵がなだれ込んでくるのだ。全方位から来る敵から二人を守りながら
「やむを得ないか……はやて、済まないがコイツを少し持っていてくれ」
「え、ちょっ……ってか重……っ?! ディル君こんなん軽々振り回してたん?!」
このままではいずれこちらが押し負けると判断したディルムッドは原典・破魔の紅薔薇をはやてに手渡し、苛烈なる日輪の憤怒を両手で構える。
「受けよ我が一閃。苛烈なる日輪の憤怒ッ!」
真名解放と共にディルムッドが剣を振るうと静かに刀身が煌めいた。次の瞬間、正面を覆い尽くしていた無数の悪意の獣の胴体と身体が切断され、消滅する。
「凄い……」
一太刀で全てを倒すという苛烈なる日輪の憤怒。その圧倒的な一撃が齎した威力にはやては感嘆の声を上げる。そして視線の先、悪意の獣が消え去った先には微かな光が存在していた。
「あの場所から脱出できます!」
「……っ! 全員走れ……っ!」
リインフォースの言葉を聞いたディルムッドがはやてから原典・破魔の紅薔薇を再び受け取ると四人が出口に向けて駆けだした。
「ぐっ……!」
「ディル君?!」
だが後少しで光に辿り着くというところで突如ディルムッドが立ち止まって膝を付いてしまう。
「先に……行け……っ!」
ディルムッドがそう言っても彼を見捨てるという選択肢を選べる三人ではない。そして悪意の獣がその隙を逃すはずはなく、再び包囲されてしまった。
苛烈なる日輪の憤怒の真名解放は強大だが、魔力総量が高くないディルムッドにはかなりの負担となる。最大威力で撃った事で貯蔵魔力を使い切ってしまったのだ。
このリスクを理解していたので使用を躊躇っていたのだが、状況を切り抜ける為に使わざるを得なくなってしまった。
「済まない……」
苛烈なる日輪の憤怒を消して原典・破魔の紅薔薇を構える。戦えない訳ではないが、今のディルムッドには剣と槍を自在に操るほどの力は残されていない。
「いえ。あの状況では仕方ありませんでした……後は私の番です」
ランスロットが剣を腰だめに構えると、彼の持つ聖剣が強烈な存在感を放出し始める。
「なんだ……この気配は……!」
――――湖の乙女が何故自らが育てたランスロットに与えし剣に兄弟剣としながらも
それはアロンダイトが二つの剣に劣っていたからではない。事実はその真逆。アロンダイトこそ湖の乙女が産み出した最強の聖剣であったからである
勝利の剣の名に相応しく無いのではなく、その力を越えた存在である故にその名を与えられなかったのだ。
最強の聖剣の担い手であったランスロットであったが、しかし彼は王を輝かせる為にその力を隠していた。
その後聖剣から魔剣に堕ちた際に弱体化し、その後はランスロットの死と共にその力の大半が失われた為、その力と真実は星の歴史から消え去ってしまった。
こうして後世の逸話に登場するアロンダイトは刃こぼれしないだけの剣と化したのである。
だが今ランスロットの手にあるのは真なる力を取り戻した究極にして唯一の聖剣。
「受けよ我が究極の一撃、
ランスロットの声に応じ、太陽と月の魔力が交わった幻想的な輝きが聖剣へと収束していった。
――――湖はあらゆる光を受け入れる
それが荘厳なる星の輝きでも灼熱の太陽の輝きであっても変わらない。そして光を受けた湖はその水面を美しく煌めかせるだろう。
「―――
そうして究極の一撃が放たれた。
―――
二振りの聖剣が司る太陽と星の力。その二つを統べる
独自解釈です。なんでアロンダイトだけぶっぱできへんねんって思いからこう考えてみました。