なんとか形にはできましたが、読みにくいところがありましたら申し訳ないです。
――『十二月十三日』――
砂漠での守護騎士達との戦いの翌日。
目覚めたフェイトは、なのはの時と同じように魔法はしばらく使えないが、日常生活を送るには問題がないと診断された。
フェイトが復帰するまでは、増員した武装局員による周囲の散策と情報の収集を行う事となったので、指示があるまではなのはと共に日常生活を送る事になったのだ。
「入院? はやてちゃんが?」
私立聖祥大学付属小学校。
登校したなのはとフェイトとアリサは、友人であるすずかの友人が入院した事を聞き、心配になった。
三人とも、すずかが図書館で知り合ったという、同い年の少女の話は度々聞かされており、いつか紹介してくれるとも言われて、楽しみにしていたのだ。
「そんなに具合は悪くないそうなんだけど、検査とか色々あるって……」
すずかに入院の話が伝えられたのは昨日の夕方であった。
今度ははやての家に泊まろうという話をしていた矢先の事であったらしい。
「だったら放課後にお見舞いにいきましょうか!」
そんなすずかの様子を見たアリサがそう提案し、なのはとフェイトも頷いた。彼女達からすれば、友人の友人は自分達の友人なのである。
「高町さん、テスタロッタさん。ちょっといいかな?」
そんな話をしていると、クラスメイトの男子に声をかけられた。校門の所で、背の高い少年が二人に用事があるという人がいるという事だった。
授業開始まで十五分前。いったい誰だろうと、二人が窓から校門を覗き…………全力で駆け出した。すずかとアリサも慌ててそれに続く。
廊下に出ると同じように校門に向かっている女子の集団があった。
先程見た校門の様子と合わせると、おそらくは学校中の女子が終結しつつあるだろう。
真っ先に飛び出して真っ先に失速したなのはに三人が合わせながら校門にたどり着くと
ディルムッド・オディナがその美貌を隠す事なく、校門に背を預けながらこちらを見ていた。
「二人とも、わざわざ呼び出して済まなかったな……すずかも久しいな」
「おっ……お久しぶりです」
「黙って出て行ってすまなかったな。改めて謝罪させてもらいたい」
「い……いえ! なのはちゃんからお話は聞いてましたし……! それにお手紙も……!」
まさかここに現れると思わなかった人物の登場に固まる二人を他所に、ディルムッドとすずかが親しげに話していた。
蚊帳の外であったアリサは最初は突如現れた現れた美少年を見つめていたが、すずかのその様子を見てここ数日前からすずかが妙になった原因だと察した。
『ディルムッド君、外に出てきても大丈夫なの?』
『周りが凄い事になってるけど……』
アリサも交え、朗らかに談笑しているディルムッドに二人が念話を送る。
魔術の心得が無かった彼はデバイスがないと遠距離の念話ができない。
聖杯戦争の時はマスターと魔力パスがあったので問題なくできたが、基本的には視認した対象としかできない。
『簡易封印は掛けてある。殆ど魅了の影響はない……はずなのだがな』
周囲の様子にディルムッドが苦笑する。
どう考えても殆ど彼自身の魅力が原因なのだが、相変わらずそこに思考が到達していないようだった。
「クロノからこれを渡されたのだが……使い方が分からんのだ」
すずかとの会話を切り上げ、ディルムッドが取り出したのは携帯電話だった。
ディルムッドが聖杯から与えられた現代知識は、この世界の物から比べると十年も昔の物である。
当時一般に普及していた携帯は画面は白黒、スペックも電話とメールができればいい程度の物で、今ディルムッドが持っているものとは比べ物にならない。
老人向けの携帯ならともかく最新型の携帯など渡されても使えるわけが無い。
おまけに完璧なクロノにしては珍しく携帯の電話帳は白紙。デバイスの改良が終わるまでの間、連絡を取るためにと渡された道具はただの四角い箱である。
(まぁ、いざ使おうとした瞬間にこの状態に気が付いた俺にも問題があったがな……)
昨日出発する前にリーゼロッテと話していたのもあり、携帯電話を渡されたことをすっかり忘れていたのだ。
ディルムッドの服にはポケットが付いていないので、腰のベルトに付いている小物入れに携帯を入れていた事も忘れていた原因であったりする。
連絡が取れないと色々困る事が多い。そう考えたディルムッドは、目覚めてからすぐに二人を探しに行った。
二人が通っている学校の名前は知っていたので、同じ制服の生徒を姿を辿って校門で着いたディルムッドは、通りがかった少年に、二人の名前とクラスを告げて伝言を頼んだのであった。
「そこの君! 何してるの?! どこの学校の子ですか?!」
そんな訳で二人に電話番号を登録してもらい、すずかとアリサも連絡先を教えようとした矢先、騒ぎに気がついた教師がこちらに向かって来た。
ディルムッドがなのは達と比べて背は高いとはいえ、あくまで外見は子供。事情を知らない者からすれば、本来学校に通っているはずの年齢にしか見えないのだ。
加えて彼の着ている服はサイズは違えど、聖杯戦争でも着用していた深緑の戦闘服。
そんな時代錯誤な服の少年が、自分の学校の生徒とホームルーム前に校門で親しげに話をしているのだ。教師としては無視する訳にはいかないだろう。
「屋敷で特別に教師を付けて貰っていたので学び舎には通っておりません。フェイトとは親戚でして、彼女を介してなのはとは縁を持ちました。昨日こちらに着いたのですが、連絡先が登録できておらず取れなかったのです。故に無礼とは思いましたが、学び舎に二人の連絡先を問いに参りました」
「そ……そうですか」
爽やかな笑顔でリンディから与えられた『設定』をスラスラと答えるディルムッド。
二人の関係以外はそれ程大きな嘘を吐いている訳ではない。
それでも嘘を嫌うディルムッドとしてはそれでもかなり心苦しい物であったが、リンディに『地上ではこのように振舞って』と言われてしまえば、断る事はできなかった。
「それでは皆、これにて俺は失礼する」
「あ、うん。また後でね」
これ以上ここにいてもゆっくり話す余裕は取れないだろう。目的は達したので、探索に戻ることにした。
『何かあればこちらから連絡を取る。それまではゆっくり過ごせ』
頑張っていたのだから、二人には子供らしく過ごしてもらいたい。そう思って二人に念話を送って背を向けた。
ディルムッドが離れていくたびに周辺でその様子を見守っていたギャラリーがモーゼのように道が割れていくのはかなり壮観であった。
「あ。ディルムッド君もはやてちゃんのお見舞いに誘えばよかった……」
ディルムッドの姿が見えなくなった頃、ポツリとすずかが呟いたのだった。
―――――――――――――――
――『十二月十四日』――
深夜、人の気配の無い暗い森の中、そこに漆黒の鎧を纏った騎士……ランスロットの姿があった。彼は己の宝具によってその力と存在感を覆い隠し、ただ静かにそこに佇んでいる。
いくら優れた武人であろうと、純粋な気配察知能力では、彼の存在を捉えることはできないだろう。
「見つけたぞ」
魔法を使っても見つける事が困難である程、極限まで気配を消していたランスロットの元に、一人の人物が姿を現した。
仮面の男。ディルムッド達の妨害をし、闇の書の完成の協力していた、今の彼を見つけ出す力を持った人物だ。
「守護騎士の元から姿を消し、このような所に身を潜めていたとは―――」
闇と一体化していた彼を回収しようと近寄った仮面の男が異常に気が付いた。
彼の姿が完全に闇と溶け込んでいるという事の違和感に。それはランスロットの姿が完全な漆黒に包まれているという事を意味する。
「貴様―――ッ!!」
それは、白銀の呪縛を完全に振り払った証明であった。その事実に気が付いた仮面の男の反応は早かった。
ゆらりと立ち上がるランスロットの左手に変貌した鉄パイプを握っている事に気が付き、それが振るわれる前にと彼に向けてその手に表出させた物を投擲した。
仮面の男が放ったのは白銀の鎖。
ディルムッドに破壊されるまで彼を完全に支配し、制御下に置いていた、強力な術式により具現化させた実体を持った鎖だ。
実体を持っているので、純粋な魔力だけでは引き千切る事は困難で、対魔力と相当の筋力が無ければ容易に破ることができないという特性を持っており理性を奪い、支配下に置くという性質と相まって悪質で強力な代物である。
回避できない距離で対象に向けて放たれれば、普通は対処する事はできない。
そう、普通であれば―――
ランスロットは至近距離で放たれた鎖を、防ぐ事も避ける事もせず、ただ右腕に飛んできたその鎖をそのまま右手で掴んだ。
「なんだとっ?!」
その瞬間、驚愕する仮面の男の前でまばゆい輝きを放っていた白銀の鎖が、禍々しい黒に豹変し、真紅の紋様がその表面を走った。
仮面の男はランスロットの過去を見た時、致命的な誤解をしていた。彼の能力を武器を強化する物だと考えていたのだ。
それは間違いではないが、ランスロットの能力の本質ではない。その真価は彼の真名を看破したディルムッドも気が付いていないものであった。
ランスロットの伝承が具現化した宝具『
その本当の能力は、彼が武器と認識できるものを己の支配下に置き、宝具へと変化させるというものだ。
どのような物であっても武器として扱えるのであれば、性能の差はあれど、英霊の持つ切り札である宝具へと変質する。
その左手に握られていた鉄パイプは、並みのデバイスであれば容易く破壊できる凶器となり、彼に向けられていた白銀の鎖は、彼に仇なす愚者を捕える楔へと変貌していた。
ランスロットが宝具となった鎖を振るうと、蛇のようにしなりながら仮面の男を捕えて引き寄せ、その勢いのままに突き出された鉄パイプが障壁を強引に抉り、仮面の男の腹部を貫く。
「ぐっ……あぁ……!!」
焼けるような痛みが仮面の男を襲う。
鎖を力で引き千切ろうとするが、Dランク相当の宝具へと変貌した鎖は、筋力だけでは破壊不可能な強固な代物に変化しており、同様の神秘を有する宝具か、魔力を込めた攻撃……もしくは魔術を無効化する破魔の紅薔薇でなければ破ることはできないだろう。
その為、
鎖によって思考を狂気に蝕まれていく苦痛に、仮面の男の施していた術が解かれ、その姿が揺らぎ、変化した。
「やはりあの姿は仮初めの物であったか……」
鎖に囚われ、苦痛の声を上げながら地面に蹲っている
深い悲しみを漂わせたような声……それは彼女が記憶を覗いた時にも殆ど聞く事がなかったランスロットの声であった。
「なんで……鎖が……」
「闇の書の力を使わせてもらった。ランサー殿が鎖をあそこまで破壊してくれなければ、今も囚われたままであったであろうがな……貴様に問う事がある。何故、あの魔導書の完成を目論む? 貴様の…貴様達の目的を答えてもらおう」
圧倒的。二人の実力差を表す言葉にこれ以上ふさわしい言葉は無いだろう。
彼女も戦いに関しては自身を持っていた。
それは驕りでも何でもない。事実、接近戦に関してだけならば、彼女に勝る物は管理局でも少ないだろう。おそらく並みの局員が相手であれば勝負にならないはずだ。
―――――まさに今のように追随を許さない戦いになるはずである
「くっ……!」
支配する者とされる者は完全に逆転した。
ランスロットを操る手綱となっていた鎖は、支配者であった彼女を封じ込める堅牢な檻と反転した。
もし彼の事情を知らぬ者がこの光景を見ていたのならば、その姿は主に対する『裏切り』を行っているように見えるのではないだろうか。
見えない筈の漆黒の兜の中の目と視線があった気がしたその瞬間、彼女の持つ獣の本能が警鐘を激しく鳴らす。答えなければ……いや、抵抗すればその次の瞬間には自身の命は潰えると。
恐怖はある。しかしそれは自身が死ぬ事ではない。自身の死ねば『主』と共にここまで覚悟を決めて推し進めてきた計画が、破綻してしまう可能性に対してであった。
ここで沈黙し、死を受け入れた後、自身の死の原因から主の計画にたどり着き、阻止されてしまうかも恐れがあった。
彼女が死ねば彼女の弟子は間違いなく動くだろう。そして聡明な『彼』ならば自身の正体に気付き、主に辿り着くかもしれない。
可能性はゼロに近いがゼロではない。
だから彼女はランスロットに対し、その目的を話した。
苦渋の決断であったが、自身の死が原因で阻止されるなど、断じてあってはならなかったから。
「そうか……。ところで貴様の治癒の魔術で自身の負傷を治す事は可能であろうか?」
「? ……一応ね。この程度の負傷なら治せるレベルは使えるよ」
全てを語り終えた時、ランスロットが言ったのは哄笑でも憐憫の言葉でもなかった。
それを訝しげに思いながらも彼女がそう答えると、彼が鎖の呪縛を解き、同時に左腕の鎧が霧のように消失する。
「ならば魔力を譲渡する。それで傷を癒せ」
そう言うと、露わとなったランスロットの左手の薬指に付けられた指輪が、魔力帯びた光を発し、それが彼女の中に流れ込んでいった。
そして、彼が左腕を下げると、臓器を傷つけない絶妙な部分に刺さっていた鉄パイプが、引き抜かれ痛みと出血が襲ってきたが、即座に渡された魔力で傷を塞ぐ。
「……どういうつもり?」
「まずは謝罪をさせていただきたい。情報を聞き出す為とはいえ、女性に手傷を負わせるなど騎士道に反する真似をした事を」
その姿は先程までの威圧感を放っていた人物とは同一とは思えない程に穏やかである。
そして膝を付き、最強の騎士が深く頭を垂れる。その様子は演技でも無く、本心からの謝罪であった。
「……恨んでいないの? 私達を……」
「貴方は我の過去を見たのであろう? 己を保つ為に王を恨んだ愚かな過去を。そんな我がこれ以上他者を恨む事など、許されるはずはない」
生前の彼が本当に憎んでいたのは王ではない。親愛なる王を裏切り、守るべき主君を死へ追いやった己自身である。
「これはその裁きの一つであったのだろう。故に少女よ。我は貴様を恨む事はない。だが――」
記憶を操作されていた事で忘れていた聖杯戦争での己の最期。それを思い出した事でランスロットの心は救済された。
彼の悲願であった王の手に掛けられるという望んだ結末を迎えたのだ。今の彼には憎しみは無い。それでも為すべき事だけは見つけた。
「新たなるマスターはやては我を受け入れた。切り捨てられて当然の我に守護騎士と同じように接した。
煉獄の業火に焼かれるべきこの身を、光の中に戻したのだ。故に我はその恩義に報いよう」
理性無き獣に堕ちても、彼女の暖かな想いはランスロットに届いていた。穢れ無き優しい少女が理不尽に殺されてしまうなど、あってはならない。
「貴様達がマスターの命を奪うというならば我はそれを阻む。貴様達が再び我と刃を交えない選択を選ぶ事を祈ろう」
「……なんで主と守護騎士達から離れたの?」
「あの光の中に闇はいらぬ。只それだけの事である」
最後にそれだけ言うとランスロットは背を向けた。
ディルムッドとランスロット。
異なる時代に生まれ、異なる大地を駆けた英雄は、共に騎士道に殉じ、愛と忠義の狭間に苦悩しながら生きた。
時空を超えてサーヴァントとして出会い、その果てにこの世界へと降り立った二人が、その心に抱いた想いは異なる物であった。
ディルムッドにとってこの世界への転生は、三度与えられた宿願を叶える好機であり、奇跡のような幸運であった。
だが宿願を果たし、狂気に駆られて多くの者を犠牲にした償いを望んでいたランスロットにとっては、この新たな生は苦痛でしかない。
ランスロットが現れた場所が彼女の主の住まいの前でなければ、目覚めた直後に自刃していたはずである。そういう意味では彼女達はランスロットの命を救ったと言えるだろう。
――――――――価値なき命だが、せめて最期は主君を守ってから迎えたい
それが王と同じ理想を抱きながらも、その理想に殉ずるにはあまりにも弱すぎた騎士が見出した命の使い方であった。
「ところで『この姿』は違和感はないだろうか?」
「なっ?!」
彼女は驚愕した。しかし、驚くのは無理はないだろう。
振り返った人物はランスロットではなく、平凡な日本人の青年の姿だったのだ。
先程までとは声も背丈も体格も全く異なっている。記憶の中の彼の姿は、彼女の主と同じ西洋系の顔であったはずだ。
「『
姿を覆い隠す黒い魔力は彼の伝承が昇華した宝具の持つ力の副産物であり、その本当の力は、他者の姿への完全な変身能力である。
狂化によって真価を発揮できなかったが、今のランスロットはその力を全力で発揮する事が可能になったのだ。
「我は常にその身を他者に変える事ができる……貴様達に我を追うことはできないだろう」
その姿のまま、ランスロットは再び暗い森の中へと姿を消したのであった。
もし興味があったらちょっとお試しで書いた方のSSも読んで感想下さればうれしいです。
そっちをちょこちょこ書いてたりもします。