――『十二月十一日』――
生体系の頂点が死んだ砂漠世界で、二騎の英雄が死闘を繰り広げていた。
「はぁっ!!」
気合の掛け声と共にその手の破魔の紅薔薇を突き出すのはフィオナ騎士団の英雄、ディルムッド・オディナ。
二槍二剣の使い手であり、現在は必滅の黄薔薇と大なる激情を征服王との戦いで喪失している。しかし傷も癒え、その身を縛っていた制約の鎖から解放された事で全力を取り戻した。
一槍と一剣を携え、己の力の全てをぶつけるべく、全力で駆ける。
「■■■■■■■■■■■ーーー!」
それを迎え撃つは、禍々しき魔剣をその手に携えた円卓最強と謳われし騎士、サー・ランスロット。
ディルムッドとは対象的に、その身に鎖と狂化の制約を枷られた事で喪失していた力を取り戻している。
竜殺しの神造兵装、無毀なる湖光がディルムッドの命を奪おうと神速の速さで振るわれる。
両者の
ただの武器の激突ではありえない凄まじい衝撃が発生し、死の大地を震わせた。
「ちっ!!」
前哨となる宝具の正面からのぶつかり合いはランスロットが僅かに制し、ディルムッドの身体が押し込まれる。
後退させられ、バランスを崩したディルムッドの首を切り落とそうと、無毀なる湖光の切っ先が迫るが、ディルムッドはそれを見切って避けた。
ディルムッドは振り抜いた直後の胴体を晒したランスロットの懐へ潜り込み、小なる激情を正確に鎧の脆い部分……腰の付け根に向けて切っ先を突き出す。
しかし、それはランスロットが驚異的な反応速度で後ろに下がった事で当たることなく宙を斬った。
砂漠では本来、踏み込んでも硬い地面ほど速度を出すことができない。流れる砂は力を分散させ、時には足を捕らえて動きを阻害する。
どれだけ優秀な戦士であってもそんな環境でこれほどの動きをするなど、それこそ魔法でも使わなければ不可能だろう。
しかし『その程度の事』は時代を超えて語り継がれる英雄には関係ない。地形による有利不利など地形に関する逸話でもない限り、両雄の力に影響を及ぼすことはない。
「覚悟はしていたがここまでとは……全く恐ろしいな」
捕まえる。などという選択肢は最初から捨てていた。
理性を奪われた哀れな狂戦士は、ディルムッドを殺そうと襲い掛かってくる。
これが貧弱な英雄が狂化し、獣のように挑んでくるのであれば、まだ捕縛を想定して戦う事が許されたかもしれない。
しかし目の前にいるのは己と対等に渡り合った騎士王アルトリアが生涯一度も勝てなかった騎士である。
そんな英傑が狂化によって力を増幅しているのだ。手心を加えた瞬間にこの命はこの世界から消えることになるだろう。
聖杯戦争では叶わなかった死闘。
しかし、ディルムッドにあるのは強敵と戦える事の歓喜の想いではなく、いつ訪れるともわからない死への警戒だった。
死ぬ事が恐怖なのではない。強敵と戦い、華々しく散る事は騎士としての本懐だ。理性が無いとはいえ、目の前の存在との戦いは騎士として最高の誉れと言っていい。
何も背負う物のなく挑むのであれば、ただ歓喜の想いだけがディルムッドを支配していただろう。
だがしかし―――
もし己が敗れれば、今も烈火の将と苛烈な戦いを繰り広げているフェイトがランスロットの刃の餌食になるかもしれない。
そう考えれば、絶対にここで散ることは許されない。彼女達にランスロットを止めると誓った以上、決して死ぬ訳にはいかないのだ。
「はぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「■■■■■■■■■■■ーーー!」
ディルムッドの叫びにランスロットが応えるように咆哮する。
幾度と打ち合いその度に弾かれ、ランスロットの剣戟を破魔の紅薔薇で受け止めた時と、小なる激情で防いだ時で僅かに差がある事に気が付いていた。
ディルムッドは知りえなかったのだが、無毀なる湖光は竜属性に追加ダメージを与えるだけでは無く、全てのパラメーターを一ランク上昇させる効果がある。
それによってランスロットは若返りによる総合的なステータスダウンの影響を狂化と無毀なる湖光の力によって補っている。
普段の狂化はAランクだが、戦闘行動に移るとA+に上昇し、全てのパラメーターをAランクまで上昇させているのだ。
だが、破魔の紅薔薇は刃の触れている間だけ魔力的効果を打ち消す。それによって無毀なる湖光の竜殺しの力とステータス上昇を打ち合いの瞬間だけ無効化していた。
前者は竜の因子を持たないディルムッドには影響は無いが、後者のステータスパラメーター上昇の無効は、ランスロットに対し非常に優位に働く。
ランスロットは破魔の紅薔薇を受け、攻撃を弾く度に、ステータスの低下と上昇を繰り返している。
自身の動きや力が攻防のさなかに変化し続けるというのはかなりの負担を肉体に掛け続ける。理性があれば、破魔の紅薔薇による影響だと気付き、それを考慮しながらの戦いができたかもしれない。
しかし狂戦士となったランスロットにそのような戦いの駆け引きをすることはできず、少しずつ彼の感覚が狂わされていき、そしてそれは決定的な隙を生み出す。
「そこだっ!!」
僅かな反応の誤差を見落とすディルムッドではない。ランスロットの一撃一撃が必殺の斬撃を耐えながら、生まれた一点の隙を突き、破魔の紅薔薇を繰り出す。
ランスロットは理性の代価に得た獣の本能でそれに反応し回避行動に移ったが間に合わず。
微かに―――ほんの微かにであったが。ディルムッドの右手の真紅の刃が―――ランスロットの左腕を縛る白銀の鎖を掠めた。
「Ar■■■■■■■■■■ーーー!」
その瞬間、左腕の鎖が虚空に消えるようにその姿を消し、ランスロットの様子に僅かな変化が起きた。
―――――――――――――――
異常を真っ先に感知したのは、未だにバーサーカーの真名を知らない、なのはと対峙しているヴィータであった。
シャマルは無毀なる湖光がその凄まじい威力に比例した魔力を要求する事、その量がバーサーカーの有する魔力だけでは長時間の使用が困難である事に気が付いた。
なので魔力が枯渇して停止するという最悪の事態に備え、闇の書を所持している守護騎士から直接魔力供給を行えるように術式を構築したのだ。
基本的にはバーサーカーの消費魔力は安定しており、それほど負担を掛けることは無い。
もし所持者の魔力が不足しそうならば、最悪の場合、闇の書から魔力供給に切り替える事も可能であったので、守護騎士自身に負担をかける心配は無いはずであった。
「っ?! ……なん……だこれ?!」
「ヴィータちゃん?!」
「寄るんじゃ……ねぇ!」
《Eisengeheul. 》
しかし、突然バーサーカーに魔力を急激に奪われ、それにより激しい苦痛がヴィータを襲ったのだ。
その様子になのはが異常を感じ、慌てて声を掛けるが、ヴィータは激痛を堪えながらバーサーカーとの魔力の流れを闇の書と繋ぎ直しながら一撃を放った。
「きゃ……!」
放たれた攻撃は攻撃の為ではなく、視界と音を奪う轟音を放つ物で、それによってなのははヴィータの姿を見失い、その隙を突いて一気に距離を取った。
痛みは治まったが、バーサーカーの異常によってかなりの魔力を奪われたので、なのはと戦うのは危険と判断し、離脱してシグナムと合流しようとしたのだ。
シャマルからの念話によってバーサーカーが強大な魔力を有する飛竜を倒し、シグナムによって蒐集に成功した事は聞いていた。
(よっし……ここまで離れりゃ……!)
魔方陣を展開する。この距離であれば邪魔される事なく転移する事ができると判断した。
現在もバーサーカーは闇の書から魔力を吸収している。それどころか吸収する量が少しずつ上昇しているのだ。
このまま放置していればバーサーカーによって手に入れた魔力がバーサーカーによって消えるという本末転倒な事態になる。
そうならない為にも早く全員と合流してここから離脱しようとして―――
(うぇぇぇぇぇっ?!)
こちらに向けて魔法を放とうとしているなのはの姿を見た。
ヴィータの考えは間違っていなかった。
ここまで離れれば普通は転移魔法を展開するまでの間に長距離魔砲の準備を整える事など不可能に近い。
この距離から砲撃を当てようなど考え、実行する者などほんの一握り程度だろう。
《Divine buster. Extension.》
「ディバイン―――!!」
ただその一握りがヴィータの前に立ちはだかった少女であっただけだ。
「バスタ――――!!」
なのはの掛け声と共に、ヴィータに向けて桜色の砲撃が放たれた。
ディバインバスター・エクステンション―――ディバインバスターのバリエーションで最大射程を強化したものである。
常識外の遠距離から放たれる砲撃は、目標を捉える事ができる弾速、精度、威力を持ち、さらにはバリア貫通能力まであるという常識を超えた一撃だ。
話をするためならば逃げる相手を打ち落としてでも会話可能な状態に持っていこうとする。
それが高町なのはという少女なのだ。
撃つ方はいいが撃たれる方はたまったものではない。おそらく自身が放つ攻撃の恐ろしさを理解していないのは本人だけだろう。
かつてフェイトとの一騎打ちの後、ディルムッドが敬語になったのは巫山戯た訳でも茶化した訳でもない。
彼はクソが付く程、真面目な人物である。彼が怒る時は本当に許せない時であるし、冗談など言えるような性格でもない。
―――――アレは本当に不味い
つまりはあの時、ディルムッドはなのはが見せた子供とは思えない苛烈な『お話』の方法に割と本気で引いていたのだ。
そんなEX宝具の如く規格外の魔法を撃つ魔導師の少女の一撃が迫ってくるのだ。浴びる方も見てる方も……皆共通して同じ思いを抱く。それは―――
(あ。死んだ……)
ヴィータもその例に漏れず同じ感想に至った。
貫通効果が付与された極悪な桜色の一撃が少女を吹き飛ばす直前―――予想外の乱入者がそれを阻んだ。
「……あんたは?!」
「鎖が一部破壊された。アレと共に離脱しろ」
仮面の男……バーサーカーを守護騎士に与えた者はそう言った。
鎖という言葉が何を指しているかは明白だ。つまりこの異常事態はバーサーカーの制御能力に異常を来たした事による影響なのだろう。
仮面の男がなのはにバインドを掛けて動きを止めている間、ヴィータは転移魔法を発動し、シグナムの元に向かったのであった。
―――――――――――――――
戦いが始まった時、ランスロットが優勢であった。
宝具の相性でディルムッドが優位であっても、元々の強さはランスロットの方が上回る。
それを更に無毀なる湖光と狂化の影響で底上げしていたのだから当然といえば当然の結果であった。
「Ar――thurrrrrrッ!!」
しかし、現在戦況は大きく変わり、二騎の英雄は現在互角の勝負を繰り広げていた。
異変が起きたのはランスロットの左腕に巻かれた鎖を破魔の紅薔薇で破壊した時である。
最初はただ機械的に、襲い掛かってくるだけだったランスロットに変化が起きた。
見る者を感嘆させる 類い稀なる剣の技量に変化は無いが、その動きが騎士らしい動きから聖杯戦争の時に見られたような獰猛な獣を思わせるものに変化した。
それと同時にただ吼えるだけだった彼の声に、ただ一種の感情が明確に篭ったのだ。
凄まじい負の感情である。
先ほどまでも咆哮の中に微かには感じていたのだが、今は憎悪と絶望を込めれるだけ込めているかのような慟哭へと変化している。
「Ar――thurrrrrrッ!!」
「……それではこのディルムッドには届かないぞ? ランスロット卿」
アーサーと……彼の主君であるアルトリアの名を叫びながら襲い掛かってくるランスロットの斬撃を、小なる激情で逸らし、破魔の紅薔薇の一撃を放つ。
どうやら鎖の破壊に比例して狂化の影響も失われていくようで、最初は押し込まれていた無毀なる湖光による斬撃も、
鎖を四ヶ所破壊した時点でようやく小なる激情で受け止められるようになった。
しかし、ランスロットの理性が戻るにつれ、主君の名を叫びながら牙を向く様子に、ディルムッドは違和感を感じ初めていた。
目の前の騎士の叫びはただの咆哮なのではなく、まるで己に向けられているような感覚。それはまるで――――
(
そこまで考え、ディルムッドは一つの可能性に至った。
「ランスロット卿! 貴殿の狂化はこの世界に来ても続いていたのではなく―――」
答えが返ってくるはずはなかったが、思い至ったその可能性を思わず問いただそうとしたが、それは最後まで言うことは叶わなかった。
突如ランスロットの頭部と胴体に残っていた鎖が後ろに引き寄せられたかと思うと、そのままいつの間にか現れていた魔方陣に飲み込まれ、その姿が虚空に消えていく。
―――――王―――貴方に――裁かれ――――――――――
最後の瞬間に聞こえたのは初めて聞く声……しかし間違いなく、鎖が破壊されたことによって溢れた最強の騎士の想いであった。
『ディルムッド! 撤退する! フェイトが!!』
虚空に消えたランスロットのいた場所を見つめながら思考していたディルムッドであったが、クロノからの念話で中断される。
魔方陣が展開した次の瞬間、ディルムッドの身体は砂漠ではなく、アースラのブリッジにあった。
そして、そこで伝えられたのは、フェイトが蒐集を受けて意識を失って運ばれたという結果であった。
アロンダイトとゲイ・ジャルグの激突によるステータス変化は独自解釈です。いやそれはねぇだろうと思う人もいるかもですがこのSSでは『そういうもの』と思ってください。
なのはさん嫌いとかじゃないですがストライカーズの『アレ』の印象があれすぎて……こうなってしまいます。