「わかっていたが、帰って来るなり投獄されるとはな」
アルフとフェイトと共に暗い牢獄の中で二人と同じ囚人用の服と手錠を付けたディルムッドが苦笑した。
プレシアが死亡し、次元震が停止した事で事件は終わりを迎えた。それにより協力者の肩書きを失い、犯罪者扱いに戻った。
そういう訳で現在は疲れて眠っているアルフと彼女に膝を貸しているフェイトと共に拘置室の中にいるのであった。
「ごめんね。ディルムッド…」
自分と出会わなければ彼はきっとなのは達と同じ立場でいられたかもしれない。
そう思うとフェイトは申し訳ないという気持ちを抑えることができなかった。
「お前達と共に行動したのは俺の意思だ。フェイトが気に病むことは無い」
目の前で母を失って一番辛い思いをしたはずなのに、他の者の心配をする優しい少女の頭に手を伸ばし撫でる。
「なのはと戦う前にも言ったが、フェイトの無罪は保障されている。気を楽にして待っていればいいさ」
気持ちよさそうに撫でられるままの少女の姿が小犬を思わせ、庇護欲を掻き立てる。
宝具は常にディルムッドと共にあり、この程度の牢も拘束も彼には無い物と変わらない。にも関わらず素直に捕まっているのは彼らと約束したフェイトの無罪を認めさせる為であった。
「私の責任をディルムッドに押し付けるなんてできないよ……!」
「気にするな。元々だいぶ減刑する事が可能だったらしいからな。お前の分の罪はそれほど大きくはないさ」
もしも契約を反故にするならば今からでも相応の対応を行うつもりではあったが、リンディとクロノは信用できるので問題ないだろう。
「それに、既に死した身だ。俺の犠牲で未来ある者が救われるならば安い物だろう。それにお前に自由を与えることができた今、すでに生きている意味など――」
三度の生は確かに満たされる物も多かったが、使えるべき主がいないという虚無感が現界した時から常にこの身を蝕んでいた。
新たな主君を探そうかとも考えたが、やはり心から仕えたいと思ったものはフィンだけである。令呪の様な強制力がなければ他の主君に仕えようとは思えなかった。
「そんな事言わないで!」
無いと口にする前にフェイトが大声をあげる。
優れた聴覚を持つアルフが耳元で発せられた大声に驚いて床に落ちたが、そちらを気にしている余裕が無いのかただディルムッドだけを見ている。
「私が前を向こうって思ったのは…生きようって思えたのは! ディルムッドのおかげなんだよ!」
違う――俺はそんなに立派な者ではない。主君を生涯で二度も裏切り見殺しにされてもまだ、その生き方を捨てることができない愚か者だ。
「俺を過大評価するな。そう思えるようになったのはフェイトの心の強さだ」
「きっかけをくれたのはディルムッドだったよ。貴方の言葉がなかったら私は母さんと向き合えなかった……そうしてずっと後悔する事になってたと思う」
「フェイトならば俺の言葉など無くとも立ち直れただろうさ」
彼女ならばディルムッドがいなくても過去を乗り越え、変わろうと決意して行動を起こすことができただろう。
「俺は変われなかった。結局…誰かの為に尽くすことでしか充足を得ることが出来ない」
偉そうに少女に語っておいて、何一つ変わっていなかった己に呆れ、己を嘲笑った。
少女を救おうとしたのも純粋な善意だけではなく、失った主君の代わりに尽くす相手を求めただけなのかもしれない。
「フェイト、自分の幸せの為に生きろ。これからのお前には時間の可能性も多くあるのだからな」
ディルムッドのそれは歪みだ。誰かを幸福にする事で幸せ得る…それは間違いではなく一つの生き方である。
しかし、その中に自身を大切にするという観念は存在しない。フィンの、グラニアの、ケイネスの為……常に槍を捧げる相手の事を想い、そのためだけに生きる。
個の幸せを切り捨ててでも主君に名誉を捧げる事を喜びにする……それは奇しくもフェイトが終わらせた『今までの自分』と全く同じ生き方であったが、ディルムッドはそれに気が付いていなかった。
「私は……ディルムッドが今までどんな生き方をしていたかわからないけど……きっといっぱい頑張っていたって言うのはわかるよ…だからね」
フェイトの瞳がディルムッドを見つめている。
「貴方が幸せになってくれる事が私の幸せになるから…! だから……これからは自分の幸せの為に生きていてください」
告白のようにも聞こえる台詞だったが、その表情は真剣そのもので、純粋にディルムッドの幸せを祈っていた物であった。
少女は、母が手に取ってくれなかった小さな手を差し伸べながら想いを告げる。
そんな少女に対してディルムッドが取るべき行動は決まっていた。
「このディルムッドが女性の頼みを断る訳は無い」
不安そうに揺れる瞳の少女を安心させるようにその手を掴んだ。
「フィオナの騎士、ディルムッド・オディナ。己の幸せの為に生きることをここに誓おう」
主君という楔を埋め込まれた騎士がそれを取り払い、人として生きる。
騎士であるという誇りは捨てる事は出来ないだろうが、そんな生き方も悪くないかもしれない。
「後、その聖誓を止めないとまた同じことやる気がするんだけどねぇ…」
「それは少し考えさせてくれ」
話に入るタイミングを逃して床で話を聞いていたアルフの呟きに答える。流石に聖誓はそう簡単に曲げることはできそうになかった。
―――――――――――――――
大量のモニターの並ぶ部屋の中、一人の男が悠然と座っていた。
「ただいま戻りました」
悠然と座り、紅茶を飲む白衣の男の前に、暗闇から溶け出すように小柄な少女が現れた。
褐色の肌に白衣のワンピースの少女。それだけ聞けば普通の少女としか思えないが、その顔を覆う骸骨のような真っ白の面が異彩を放っている。
「やぁ。ご苦労だったね」
突如目の前に現れた異質の存在に全く動じず、白衣の男が朗らかに返事する。
「プレシア・テスタロッサは虚数空間に飲まれ、残念ながらジュエルシードの回収は叶いませんでした」
「気にしなくていいよ。叶うならば欲しかったがね。Fの遺産の方はどうなったかね?」
「管理局に回収されました。今後も我々が監視を続けていこうと思います」
「よろしく頼むよ」
白衣の男がいくつか質問し、淡々と黒衣の人物が答えていく。
「プレシア・テスタロッサ…全く惜しい人物を失ったね。私の基礎理論を完成させてしまうとは全く驚嘆に値するよ」
せめて亡骸を回収できればその頭脳を手に入れることができたのだろうが、無理ならば仕方がない。そんな事よりも男にはやるべきことがあるからだ。
「娘達はまだ完全とは言いがたいからね。君
「不気味な我々を拾い、匿ってくれたのですからこれくらいは当然のことです。Dr,スカリエッティ」
白衣の男…『無限の欲望』ジェイル・スカリエッティと小柄な少女…『百の貌』のハサンが出会ったのは2年前だった。
突然研究所の中に現れた意識の無い少女を処分するのではなく、助けたのは気まぐれであった。
もしかしたら自分を狙う罠であった可能性もあった。万全を期すならば、意識を取り戻す前に処理するのが正解であったろう。
それをしなかったのは娘達の面影を重ねてしまったからだが、それは彼にとって最高の選択となった。
少女から語られた話は無限の探求欲を持つスカリエッティにとってはあまりにも魅力的であり、彼の世界を一変させる物だったのだ。
七体の英霊の殺し合う戦争。その果てに勝者が得ることができる万能の願望機『聖杯』の存在。
彼女がその中で暗殺者のクラスを与えられた百を越える人格を持つ多重人格者であり、それら全てを独立した人格と身体、個性や特技を有していること。
目の前の少女の姿は本来は意識の底に眠り現れる事のない人格だが、何らかの要因が働いたせいで現在は主人格となってしまったらしい。
「充分過ぎて怖いくらいだよ。本当に何も望みはないのかい?」
「居場所の提供で充分です。他のサーヴァントに力で劣る私は、戦い以外でしかお役に立てないので」
「それはいずれ娘達がやってくれるはずさ」
『専科百般』のスキルを持つアサシンは様々な特技を有しており、単体でも三十二の特技を発揮できるが、分担すると非常に効率よく様々な事を行える。
その種類は戦術、学術、隠密術、暗殺術、詐術、話術、読唇術、罠作成、掃除、洗濯、宴会芸、料理、裁縫、ゲーム、買い物の値切りなど多岐に渡り、おかげで今は研究に没頭できるようになった。
ちなみに裁縫が得意なのはポニーテールの女性アサシンである。
「トゥウマの食事も非常に素晴らしい物だしね」
何気に全人格の名前と顔…面の形が一致しているのはさすがというべきであろう。
「ところで他のサーヴァントという事はやはり……」
「はい。時の庭園で管理局の者と共にいるランサーを発見しました。外見はだいぶ小柄になっていましたがその実力は衰えておりません」
ランサーとアサシンがこの世界に現れた。それはつまり他のクラスのサーヴァントの現界の可能性もあるということだろう。
「なかなか面白いことになってきたね。一体これから何が起きるのか…全く興味が尽きないものだよ」
薄暗い部屋の中で、狂気の天才が不気味に嗤うのであった。
―――――――――――――――
プレシアが目を覚ますと、そこは一面の荒野であった。
アルハザードへ向かうために賭けに出て虚数空間に飛び込んだが、このような荒野がアルハザードとは思えない。
「お目覚めですかな?」
失敗したと絶望するプレシアは、背後から声をかけられ振り返る。
そこにいたのはカエルめいた異相の男であった。その隣にはアリシアの入ったガラスが鎮座している。
「私のアリシアに…近寄らないで……!」
不気味な男をアリシアから引き剥がそうとふらつく足で立ち上がるが、バランスを崩して倒れてしまう。
ジュエルシードの九個同時発動と病、虚数空間の影響。全ての要因が重なり合った身体がまだ鼓動しているのがまだ奇跡である。
「その身ではもう持たないでしょう。後ほどこの少女と共に埋葬して差し上げましょう」
「その必要はないわ……! 私はアルハザードへ……死者を蘇らせる術を手にしてその子と……愛しい私の娘と一緒に……!」
奇妙な襟首の青いローブを纏った男の言葉を拒絶し、吐血して這いずりながら娘の元へその身を進めていく。
アルハザードに辿り着いたはずだと叫び、プレシアは奇跡を信じ、再び立ち上がる。
「あるはざーど…なる場所は存じませぬが…ここは草木も水も魔術も私が目覚めるまで存在しなかった辺境です。おそらくはそのような技術がある地ではありますまい」
しかしその祈りは容易く手折られ、膝を付く。その衝撃でいつの間にか懐に入っていたジュエルシードが零れ落ち、日差しを浴びて美しく輝く。
「これは……ふむ…成程……」
男がジュエルシードを拾い興味深げに眺めているが、絶望し心の折れたプレシアはそれを気に留める余裕が無い。
「私の朋友が作りし魔導書『螺湮城教本』と貴方の命…そしてこの魔石の力を使えばこの少女の魂を器に戻せるかもしれませんね…もっとも…可能性があるだけで実際にどうなるかはわかりませぬが」
そう呟いた男の言葉にプレシアが弾かれたように顔を上げた。
魂を戻せる可能性がある……それはつまりアリシアの蘇生という意味に他ならない。
男は語る。この魔導書は元々異界の在り処を示した書物で、魔術の才を持たない男でも大魔術・儀礼呪法を遂行することが可能とする代物だと。
魂の情報が近い母親の魂を依り代して、娘の喪失した魂を輪廻の輪から引きずりだし器に定着させれば可能性はあるという。
ただし、それには莫大な魔力が必要で魔導書単体では不可能だが、これほどの魔力を秘めた結晶体を使えば必要な量はあるとのことだった。
「いかがですかな? どうせ潰えるその命…最期は神に祈り、奇跡を起こす可能性に縋るのも悪くはないでしょう」
「なぜ……一体何が目的……?」
何の見返りもの無く、そのような可能性を提示するとは思えない。必ず何か裏があると考えていた。
「そのような物は求めませぬ……しいて言うならば私が罪から逃れる事に利用する…と言ったところでしょう」
以前、狂気に堕ちた彼は多くの命を弄んでいたのだが、聖なる光を受け正気を取り戻した。
なので、せめてもの償いとしてここで身寄りの無い子を救い、育てているとのことだった。
「強要は致しませぬが……もしもこの娘を救いたいと願うならば! この魔導書を手に取り! 祈るのですっ!」
大仰な動作をしながら声高に男が叫ぶ。神など曖昧なものを信じる男の妄言ではないかとプレシアは疑ったが、魔導書からは放たれるオーバーSクラスの魔力と自身の命が消えかけている事が背中を押した。
「アリシアの魂を…どうかこの世に呼び戻しなさいっ!!」
ジュエルシードを引き寄せ、男から受け取った魔導書に全ての魔力を注ぎ込みながらプレシアが叫ぶ、同時に急速に肉体から命が消えるのを感じた。
魔導書に魔力を吸い尽くされたジュエルシードが砕けていき、莫大な魔力を得た魔導書から放たれた光がアリシアの身体を包む。
―――最後の瞬間にプレシアが見たのは、うっすらと瞳を開けた愛しい娘の姿であった
そして目覚めたアリシアの最初の反応は泣き声だった。
「どっ……どうしましたかな?」
目を開けたらドアップのインスマウス顔があれば誰だって恐怖するであろうが、男はそれに気が付かない。
十分ほどして泣き止んだアリシアから目を開けてると怖いと言われ、ようやく今まで初対面で子供が泣く理由を知ったのだった。
「記憶喪失ですと?」
「うん」
落ち着いた少女に姓を尋ねると、自分の名前すらわからないという。
(本物の魂を呼んだのか、それとも別の魂か…判断する術がありませんねぇ……)
その答えを判断できる女はすでに物言わぬ亡骸となっている。そもそもアリシアという名はこの女が言っていたからわかるのであって、今となってはこの者の名も姓も知ることは叶わない。
「ではこれからはアリシア・ダルクと名乗りなさい」
「ダルク?」
「高潔にして可憐! 美しき聖処女の名です!」
男にとって最高の名前を付け、本人を置いてけぼりにして熱くなっていたが、意味は殆ど伝わっておらず、アリシアは首を傾げているだけであった。
「おじさんの名前は何ていうの?」
「私の名前はジル・ド・レェと申します。ではアリシアよ。ひとまず村に行きましょうか」
尋ねる少女に男が名を名乗り、アリシアを肩に乗せた。
そしてプレシアの亡骸と大破した杖を両脇に抱え、アリシアを肩車しながらかつてキャスターと呼ばれた男がその場を去っていったのであった。
―――――――――――――――
時の庭園での戦いから数日後、ディルムッドは一日だけの単独行動の許可を貰うことができた。
昼間になのはとユーノにフェイトと共に一時の別れと再会の約束を告げた彼の姿は、夕暮れの図書館の前にあった。
「はやて」
「ディル君! 久しぶりやね!」
目的の人物に声をかけ、それに気が付いた車イスの少女がこちらに近寄ってくる。
「少し、立て込んでいてな。時間が取れなかったのだ」
はやてと図書館で出会ってからすぐにアースラと交戦、その監視下に入り、昨日までは営倉の中で過ごしていたのでこうして会ったのは一ヶ月ぶりである。
あの時のように談笑する二人であったが、ディルムッドがここに来たのは別れを告げるためであった。
「さて…すまないがはやて。本日はしばしの別れを告げに来たのだ」
「えっ?!」
驚くはやてに魔法に関する事を伏せ、遠くへ行かなければならない事情ができ、しばらくは戻れないという事を伝える。
これからアースラと共にミッドチルダという地に向かい、一ヶ月後そこで法の裁きを受ける。
しかし、次元漂流者であり物事の危険性を把握していなかった事、アースラへの敵対行動はこの世界で衣食住の提供をしてくれた
フェイトへの礼であり悪意があっての物ではないとクロノとリンディが擁護してくれたおかげで実刑を受ける事は無いとのことだった。
「せっかく友達になれたのに……」
「いつ戻れるかわからないが、近いうちに戻れる努力はするつもりだ」
これからディルムッドは嘱託魔導師という資格を取る為に色々とする必要がある。
彼の持つ特異な能力と武器は上層部の興味の対象であり、このままでは裁判後に何をされるかわからないという事でアースラ所属の魔導師としてリンディの保護下に入る為に裁判中に取得する必要があった。
「再会の約束する証としてこれを渡そう」
「指輪?」
チェーンに通された銀色の指輪をその手に握らせる。最悪の場合は二度と会えない可能性もあったので、せめて孤独な彼女の傍に何か送りたかったのでクロノとの『賭け』に勝った時に貰った金で購入した。
特にそれ以外で必要な物は無かったので残額は返したが。
「安物だがな。本物はいずれ君にふさわしい男から貰ってくれ」
「ありがとうな。大事にする…じゃあわたしはこれを代わりにあげるわ」
「俺も大事にしよう。お前との語らいは実に心地が良かったぞ」
そう言って彼女が取り外した髪留めを手渡されたディルムッドは彼女が偶然持っていたカメラで共に写真を撮り、二人は別れたのだった。
「待たせたか?」
「いや、約束通りの時間ピッタリだよ」
待ち合わせの場所へ着くと、そこにはすでにクロノの姿があった。本来は監視を行わなければならなかったのだが、ディルムッドの二人で会いたいという願いを聞き入れてくれたのだ。
「君の力は稀少技能扱いだからね。フェイトと違って試験は実技だけできれば通るはずだよ」
だからすぐに戻ってくることができると言葉の中に含ませクロノがそう言った。
リンディの計らいでディルムッドの出自はアースラの人間以外には伝えられておらず、特殊な武器を呼び出すという
「裁判は君もフェイトも実刑は絶対にさせないって約束する」
「感謝するぞ」
幼い少年に負担を掛けることしかできない事を申し訳なく思いながら、感謝の意を伝える。
「その必要はないよ。その分僕の部下として頑張って働いてもらうからね」
「承知致しました、ハラオウン執務官殿。このディルムッド、この槍を貴殿のために振るいましょう」
「止めてくれ! やっぱり君の敬語はなんか凄くプレッシャーを感じる!」
冗談めかしてディルムッドが恭しく膝を付きながらそう言うとクロノが叫んだ。
主君に絶対の忠義を誓う騎士であるという事を知っているせいで、敬語だと結構緊張するらしい。
今朝、それをなのはの前でそれを聞いたディルムッドはそんなの気にする必要はないと笑ったが「気になるよっ!」とクロノとなのはに同時に突っ込まれた。
「まぁ、なんにせよ。しばしの別れだ。海鳴市よ」
ディルムッドの別れの言葉と同時に、二人の姿が光に包まれ、フィオナの騎士はこの地球から姿を消した。
――――そして五ヶ月の月日が流れる
フェイト・テスタロッサとディルムッド・オディナは嘱託魔導師の資格を与えられ、アースラ所属となった。
その代償としてその力に大きな制約を与えられた彼が再び地球に降り立った時、新たな戦いの幕が上がるのだが、今はまだその事を知るよしは無かった。
運命の邂逅まで後、数日――――
―――――――――――――――
アリサ・バニングスの日曜日は優雅な物であるはずだった。
今日はなのはやすずかと遊ぶ約束をしていなかったので、犬と一緒に庭で遊ぼうかなと考えていた彼女だったが、その思考は突如中断されることになる。
―――庭から聞こえてきた巨大な音によって
何かが墜落したような轟音に驚いたアリサが執事の鮫島を引き連れ、大慌てで庭に飛び出すと巨大なクレーターの中に男がいた。
歳は二十と行ったところだろうか。紅い髪、紅い髭の筋骨隆々の身体。真紅の外套を羽織った男の横にはアリサの背ほどの長さを持つ剣が刺さっている。
「むう…ここはどこだ? ウェイバー…はおらぬようだが……」
屋敷の人間が唖然として見ている中、男が頭をかきながら起き上がり、クレーターの中から出てくる。
「でっ…でっかい……」
二メートル程の巨体の男がキョロキョロと周囲を見回していたが、アリサの呟きを聞き止め、その視線をそちらに向けた。
「おう、小娘。ちぃと聞きたいのだが……ここは冬木のどこらへんだ?」
フユキなどといういう地名はアリサは知らない。隣にいる鮫島に視線を向けるが首を振る。どうやらそんな地名に心当たりはないらしい。
「そっ……それよりアンタなんでウチの庭に降ってきたのよ?」
「うむ。英雄王に討たれた所までは覚えているんだがなぁ……気が付けばここにいたのだ」
「えいゆうおう?」
二人ともウタレタと言う意味を『討たれた』と脳内で変換できなかったのだが、本人が現状を理解していないことはわかった。
大男がふぅむと言いながら振り返り地面に刺さっていた剣を軽々と引き抜くと、鞘に収める。
「何故だが知らんが受肉しておるし……とりあえずは街中にでも繰り出してみるか。ではな小娘、邪魔をしたな」
「ちょ…ちょっと待ちなさい! アンタ一体誰よ!」
不法侵入だとか銃刀法違反だとか庭の惨状どうするんだなど色々言いたかったがとりあえずは飛び出しそうになった言葉を堪えた。
「余か? 我が名は征服――」
「グルルルッ!」
男が答えようとした瞬間、一匹の立派な黒い毛並みを持つ大型犬が男に向けて突進してきた。
先日怪我しているところをアリサに拾われたその犬は懐かず、暴れてばかりで檻に入れられていた。
「あ…あぶな―――」
その様子からアレキサンダー大王の愛馬であった暴れ馬の名を取り、ブケファラスと名付けられた犬は男に飛び掛かろうとした。
しかし、男の双眸が大型犬を捕らえた瞬間、ピタリとその動きを止めると、驚くほどに従順になり、素直に男の大きな手で頭を撫でられていた。
「なかなか生きが良いではないか! 小娘! こやつの名はなんという?」
「ブ…ブケファラス……だけど」
初めて見るその様子に唖然としながらアリサが答えると、男は満面の笑みを浮かべた。
「ほほう! 我が愛馬と同じ名であるとは! 気に入った! ブケファラスよ! 余と共に世界を目指すか!」
そう言って男が豪放磊落に笑っている間にも屋敷の犬が続々と男の周りに集まっていく。
「む……腹が減ったな。念願の受肉が叶ったのだ…まずは手始めに市街を侵略し、美味なる物を食らうとするか!」
男が発する言葉には不思議なカリスマが秘められており、それに反応するかのように屋敷の犬がそれに付いていく。
「ちょ……ちょっと待ちなさい!!」
呆気に取られ、思わずそのまま見送りそうになったが、流石に屋敷中の犬を連れていかれそうになれば、嫌でも正気を取り戻す。
「むぅ? なんだ小娘、余の覇道を邪魔するというのか?」
「覇道だかなんだが知らないけどウチの犬を勝手に連れて行こうとしないでよ?!」
怪しさ満点の大男にペットを全て奪われかけたのは正直堪えていたアリサだったが、黙って連れていかれる訳には行かない。
とはいってもペット達は男に付いて行く気満々と行った様子であり、このままでは大脱走してでも付いていってしまう恐れもある。
「さっきは聞きそびれたけどアンタ一体何者よ!てか侵略ってどういうこと?!」
侵略などと発言する正体不明の男にアリサが叫ぶ。
最初は呆気に取られたせいで忘れていたが、ようやく今は警察に電話するべきだという考えに至っており、返答によっては連絡を―――
「我が名は征服王イスカンダル! マケドニアの覇王である! 聖杯の呼びかけに答え、ライダーとして我が忠臣、ウェイバー・ベルベットの元に現界した! 受肉を果たした今ッ! 余が求むのは世界の征服であるっ!!」
ヤバイちょっと危険な人だ。アリサと鮫島は同時にそう思った。
イスカンダルと名乗った男にふざけている様子が無い。世界征服というのが本気かはわからないが、鍛え抜かれた身体に纏われた日本ではありえない軽鎧と外套。そして腰にある剣という不審者全開の男をここから出したら碌でもない事になるのは明白である。
宣誓と同時に発せられた圧倒的な存在感を受け、警察ではこの男を物理的に止める事は不可能だと本能的に感じ取った二人がイスカンダルの前に立ち進路を阻む。
「どうした? 余は我が忠臣を探し出し、これから世界を征しに向かねばならぬのだが…」
物理的な意味では老人と子供では勝ち目が無い。つまりこの男を止めるには何か留まりたくなる事を言わなければならない。
「え…えっとね? 私、あんたの世界征服のやり方に興味があって……一緒にゲームでもしながらゆっくりと話を聞いてみたいなーなんて思って……」
一か八かと賭けに出たアリサの言葉にイスカンダルは―――
「ほう! 余の壮大なる計画を聞きたいと申すか! 小娘! なかなかに見所があるぞ! ちなみに余はゲームも好きだが……アドミラブル大戦略はあるか?」
―――あ。こいつバカだ
あっさりと話に乗ったイスカンダルに対し、アリサが心の中でガッツポーズをした。
そんなアリサの内心を他所に、覇道を語ろうと嬉々としているイスカンダルがアリサを持ち上げズンズンと屋敷に歩を進めていく。
「では小娘よ! 聞かせてやろう! 余の覇道を!」
「ちょっと! 下ろしなさいよ! というか私にはアリサって立派な名前が――」
「なぁに、余からすれば貴様なんぞまだまだただの小娘よ!」
アリサの抗議を無視し、イスカンダルは悠々と屋敷の中に入って行き、その後を慌てて執事が追ったのであった。
その後、鏡を見て若返ったと驚いているイスカンダルを上手くおだてつつ、彼が侵略に向かわないように上手く約束を取り付けることに成功した。
犬の逃走を防ぐためにゲームと行動の自由を約束にバニングス家に居候させる事にしたアリサは、この問題児を大事な親友に絶対に会わせないと胸に誓うのであった。
キャラ違う。と思われるかも知れませんが、各英霊達は脱落直前までの記憶を有している。という設定です。
なので、一部性格の変化やステータスダウンや上昇、スキル消失など第四次の時とは変わっています。
たとえば救いを見つけたのでキャスターからスキル『精神汚染』が消え、龍之介の言葉で神を再び信じている。などです。
ご意見ご感想…後、毎度気を付けてるのにやらかす誤字指摘などお待ちしております。