転生傍観者~リリカルな人達~【改訂版】   作:マのつくお兄さん

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4.翠(チート)屋JFCと愉快な大木騒動

「明日サッカーの試合あんねん。良かったら応援に来たってや」

 

 わざわざ夜に家にまで電話してきてそう言ったのはサッカー少年こと虎次郎くんである。図書館で衝撃的事実が明らかになったことでガチ泣きすることになったその日なので、半べそかきながら了承して心配されたけど、それは余談である。

 

 そして今日、朝から僕は気合を入れてお弁当を作っていた。

 そう、先日の「たまねぎ炒め足りないし多い」と酷評されたポテトステーキの件で名誉挽回するためである。

 

 ――そう、名誉挽回のために気合を入れて作っていたせいで、家を出たのが時間ギリギリだったのだけれど。

 

 そんなわけで全力で自転車を走らせる僕。補助輪付きなのはツッコまないで欲しい。

 いや、だって街で売ってた奴の中でも一番小さい自転車なのにつま先しか付かないせいで、ちゃんと乗れるって言ってるのにお父さんにつけられたんだよ! なんなんだよもう! サイクルショップももっと小さいの取り扱っててもいいじゃない! これでもサドル一番下までやってるんだよ僕!

 

 ……いや、まぁそれはどうでも良いか。

 

 とりあえず急がねば。練習開始自体は九時かららしいが、試合は十時からと言っていた。しかし今現在の時間は九時半。練習には間に合わなかったが、試合の応援くらいはちゃんとせねば!

 

「うおぉぉ! いくぞマッハキャリバー号!」

 

 愛車(自転車)の痛々しい名前を叫びながら補助輪つきのちっこい自転車で河川敷を爆走する微笑ましい小学生の姿がそこにあった。

 

 っていうか、僕だった。

 

 この下り二回目だよ! なんで僕はふとした拍子に痛々しいこと叫んじゃうんだろう! 不思議! 誰もいないからまだ良いけど、聴かれてたら首吊るよ!

 

「あらあらまぁまぁ」

 

 いたよ人! おばあちゃんがわんこの散歩しながらこっち見てたよ! 恥ずかしい! でも首吊るのはやめとくね! せっかくの二度目の人生だし!

 

 僕は顔を真っ赤にしながら立ちこぎでサッカー場へと向かった。

 

 

 

 

 全力疾走の甲斐あって、腕時計を見ると時刻は九時四十分。どうやらまだ試合は始まっていないようだった。

 良かった……間に合った……。

 ふらふらしながら自転車に鍵をかけて、スポーツドリンクを飲んでいた虎次郎くんに声をかける。

 

「おはよう虎次郎くん……」

「なんやヨッシー、遅かったやんか――って、随分息あがっとるなぁ」

 

 若干呆れたような表情を浮かべる虎次郎くんに、僕は睨みつけるように見上げて抗議する。

 

「うぅ……これでもがんばったんだよ僕……」

「あぁうん、それはまぁ見れば分かるで。寝坊でもしたんか?」

「うぅん……二人分のお弁当作ってたら……予想外に時間くっちゃって……」

「二人分って……もしかしなくてもワイのか?」

「うん」

「愛妻弁当キタでぇぇ!! 勝つる! 今日の試合これで勝つる!!」

 

 色々とツッコミたいが、全力疾走の疲れでツッコミ入れる体力がない。

 

「うん、頑張って……僕の屍を超えていくんだ……」

「あかん!? 予想以上にヨッシーが死に掛けとる!? メディック、メデイィーック!」

 

 瀕死の僕を抱きかかえながらも相変わらずの虎次郎くんの高いテンションに周囲から笑い声が聴こえるが、とりあえずその辺のベンチで休ませてくれるとありがたいです。

 

「虎次郎くん、どうしたの? 大丈夫? その子」

「あ~、ちょっと疲れたんやろなぁ……ヨッシー見た目通り体力なさそやし」

「えっと……私が肩貸して連れて行こうか?」

「あ~……うん、ほな頼んでえぇか? ヨッシーも汗くっさい男につれてかれるよりえぇやろうし」

 

 うん、まあ確かに可愛い子の方が良いけど、別に汗臭くないぞ、安心しろ虎次郎くん。

 

「うん、大丈夫? えっと、ヨッシーくん」

「義嗣だよ……うん、ありがと……なのはちゃん……ん? なのはちゃん!?」

 

 肩を貸してくれた女の子の名前を自分で呼んでおいて、自分でびっくりした。っていうか、しまった。苗字じゃなくて名前で呼んでしまった。

 

「う、うん。なのはだけど……えっと……、……あ! 同じクラスの!」

「あ、うん。そうなんだけど……えっと……」

 

 お互いに言葉に詰まりながら、女性陣が座っているベンチの方へとてこてこ歩いていく。

 うん、なのはちゃん、同じクラスだということに気付くのが遅くないかな? いや、もう名前知らないこととかはいいとしても、せめてクラスメイトの顔くらいは覚えててほしかったかなぁなんて思うなぁ僕……おかしいなぁ、なのはちゃんって割とそのへん気配り出来る子だったよね……?

 

 ……ごめん。高望みだったわ。僕モブだったわ。

 

「あ、ありがとう。もういいよ高町さん。僕そこのベンチでちょっと横になってくるね」

「う、うん。じゃあね」

 

 さらば至福の瞬間(とき)よ……ッ! 気まずかったけど、我らがヒロインに肩貸してもらって密着しながら歩いたこの瞬間を、僕は一生の宝物にするよ!

 

 ……あ、ごめん。やっぱ無理かもしれん。色々気まずくて宝物にしても「あぁ、そういえば僕クラスメイトなのに名前どころか顔すら覚えられてなかったんだっけ、この時も。おかしいなぁ。遊びこそしなくても、クラスメイト達とは毎日挨拶はちゃんとしてたはずなのになぁ……」とか思い出して鬱になりそうだわ。

 しかも、肩を貸す側の女の子が前かがみになってもらわないと引きずられそうな身長差があったなんて男として切な過ぎるよ。

 あぁ、しかしなのはちゃんなんか凄い困った笑顔浮かべて去っていくなぁ。向こうも気まずかったんだろうなぁ……。

 

「なのは、あの子知り合い? どうしたの?」

「あ、うん。ほら、クラスメイトの子だよ。応援に来たのは良いんだけどちょっと疲れちゃったみたい」

「あぁ、佐藤くん?」

「あ、佐藤くんって言うんだ。あの子」

「二人とも……クラスメイトの名前くらい覚えててあげようよ……」

 

 アリサとなのはちゃんの反応に、すずかちゃんが困ったような笑みを浮かべて言ってくれているが、知っているんだぞすずかちゃん、昨日図書館で君の身代わりに使った存在として僕の名前が刹那くんの口から出た時に「誰それ」って顔してたの……!

 う、昨日のこと思い出したら口が気持ち悪くなってきた……。あ、でも何気にアレのお陰で可哀想な子としてすずかちゃんとはやてちゃんに名前覚えてもらえたならそれはそれでラッキーだったかもしれない。

 

「佐藤ヨッシーくんかぁ」

「え、ヨッシーって名前なのあの子!?」

「え、佐藤くんってヨッシーなの!?」

「え!? ヨッシーじゃないの!?」

 

 なのはちゃんの天然ボケな発言に、アリサとすずかちゃんが発言者のなのはちゃんを凝視した後にぐったりしているこちらを暫く見てから、どこか生暖かい視線を投げかけてきた。

 

「「そう……ヨッシーなんだ……」」

「違うよ……」

 

 全力で否定したかったが、そこまで元気が出ない僕だった。さっき僕、義嗣(よしつぐ)だよって言ったよね……?

 いや、まぁ変な愛称でも名前覚えてもらえるのはありがたいけど、その覚えられ方は切ないよ……。虎次郎くんめ……今度からトラさんって呼んでやろうか……。っていうか、だから三人ともその年下のちっさい子を見る母性に満ち溢れた慈愛のまなざしやめてよ……。

 

「「「ちっちゃくて可愛いね」」」

 

 ちくそう! 結局そういう覚えられ方か! っていうかそういう印象で覚えられるなら、せめて最初から覚えておいてほしかったよ僕! せつないよ!!

 

 

 

 

 試合が終わった。8対0。おかしい。これ野球じゃなくてサッカーの試合じゃなかったっけ?

 しっかし翠屋JFCの攻撃力パネェ。っていうかキーパーくん凄すぎワロタと言わざるをえない。割と際どいところに来たシュートを五回とも全部止めてたぞ。あいつも転生者じゃないだろうな。

 ちなみに虎次郎くんはシュートを三本決めていた。あいつディフェンダーじゃなかったっけ? どんだけ前線上がってんの? それともミッドフィルダーだったっけ? 最初後ろのほうにいたと思ったんだけども。むぅ、僕サッカーはいまいち詳しくないからよく分からんな。

 

 かくして喜びに湧く翠屋JFCと、悲しみに包まれる桜台JFC。そうだよね。同年代ばっかりの相手に、こんだけ大差で負けたらそりゃあお通夜みたいなムードになるよね……別に桜台の人たちの動きが悪かった訳じゃないと思うんだけどなぁ……。

 

「虎次郎くんすごかったね~!」

「そうね~。キーパーもすごかったし」

「刹那くんはサッカーやらないの?」

「いや、僕はバスケ派だから」

「俺はサッカーでもバスケでもなんでも出来るが、まぁ俺が混ざったら他の奴の出番が無くなって可哀想だからな」

 

 あぁ、そういえば隣の方のベンチから聴こえる会話から分かると思うけど、刹那も虎次郎くんの応援に……いや、もうなんか後半は逆に桜台の方応援してたな刹那くんは。僕も前半戦で翠屋が4点とった時点で桜台にエール送ってたけど。

 あぁ、変態ナルシー? そういえば来てるね。訊かれてもいないのに自信満々の笑顔で何かのたまっているけど、皆から無視されてるね。遂にそこまで嫌われたかナルシー。好きの反対は無関心とはよく言ったものだ。ハッハッハッ。

 

 ……あれ、つい最近まで無視はされなくても名前も顔も覚えてもらっていなかった僕って、もしかして彼女たちにとって無関心の極みの存在だった……?

 いや、よそう。激しく悲しくなるからやめよう。

 

「たっだいま~! どやった皆! ワイの活躍は!」

「凄かったよ虎次郎くん!」

「そうね~。キーパーも凄かったけど、まさかあの位置から一気にフォワード抜き去ってオフサイドぎりぎりの位置でパスもらってカーブシュートを決めるとは思わなかったわ」

「バナナシュートや。自分でもぶっつけ本番であんな曲がるとは思わへんかったけどな」

「アリサちゃん、サッカー詳しいの?」

「え? あ、あぁまぁ、うん。これくらいは一般常識よ! ねぇ?」

「せやなぁ。サッカーやってる人間からしたら一般常識やなぁ。オフサイドは。果たしてサッカー経験無いんが知ってるのが普通かどうかは知らへんけど」

「あ~、さてはアリサちゃん虎次郎くんがサッカーしてるから……」

「ち、ちちちちち違うわよ! なんて私がこの変態狐のためにサッカーのルールブックまで買わないといけないのよ!」

「「「「あぁ、買ったんだ(やな)」」」」

「やめて!? そんな生暖かい目で見ないで!?」

 

 今日も主人公グループは大騒ぎである。

 あ、ナルシー? ごめん。何か言ってた気がするけど皆無視してるし、僕も意識から消えてたから何言ってるかわかんなかった。

 しかしアリサちゃんマジツンデレ。流石はCVくぎゅう。

 

「あ、そうだ。アリサちゃんとすずかちゃんお弁当作ってきたんだよね?」

「「え!?」」

 

 と、そこでふと思い出したと言わんばかりになのはちゃんがニヤリと笑って親友二人組に笑いかけた。

 なるほど……天然キャラでありながらも親友のアタックポイントはしっかり道筋を作って狙いやすくしてくれる。良い子だねなのはちゃん!

 

「お、なんやなんや? もしかして二人ともワイのために作ってきてくれたんか? く~! 泣ける! 泣けるで!」

「あはは……ま、まぁ確かに作ってきたけど……」

「あ、え、えっと……ま、まぁ、疲れてお腹減るだろうなと思って……べ、別にアンタのために作ってきたんじゃないんだからね!?」

「アリサのツンデレいただいたでぇぇ!!」

「ちょっ、ツンデレって何よ!? っていうか、今普通に私の名前呼んだわよね!? 普段から普通に呼びなさいよ! バーニングって今度言ったら殴るわよ!」

「ありがとなアリサ!」

「あう……」

 

 流石はオリ主。ここでバーニングと呼んでフラグ折るようなことはしない。いや、待てよ? 三枚目担当としてはここは敢えて「バーニング」と呼んでラブコメ感を演出すべきだったんじゃないかね?

 いや、でも顔を真っ赤にして俯くアリサちゃん可愛いよアリサちゃん。いや、今まで実はちゃん付けにちょっと抵抗あったんだけど、あえて言おう。アリサちゃん可愛いよアリサちゃん。

 アリサちゃんは虎次郎くんの嫁。

 

「今なら……今なら死んでも悔いはないでぇ……」

「虎次郎くん、死ぬなら食べてから死ぬべきだと思うよ」

「ハッ! せやな、あかんあかん。美少女の作ってきたお弁当を目の前にして食べずに死ぬなんて、死んでも死にきれんわ!」

 

 どっちだよ、という無粋なツッコミは内心だけにしておく。

 しかしお弁当か……僕も作ってきたんだけど、これは言い出せる雰囲気じゃないなぁ……。

 

 ……あれ? コレって普通、僕が先に差し出してアリサちゃんが自分も作ってきたとは言い出せなくて、作ってきたのを知ってたなのはちゃんとすずかちゃんがやきもきする的なシーンじゃないの?

 なんで僕が「彼のためにお弁当作ってきたけど、無駄になっちゃったな……」のポジションなの?

 

 ……待って!? 僕もしかしてヒロイン枠だったのかな!? アレか、最近は男性向け恋愛ゲームでも攻略対象に実は女装っ子が混ざってたりするパターンの、女装っ子ポジだったのか僕!? 待って!? 僕、一応ノーマルだから! 女の子大好きだから!

 

 ハッハッハッ、なんちゃって。大丈夫大丈夫。僕は黙々と食わせていただくよ。ここで一人お弁当を!

 さ、寂しくなんて無いんだからね!

 

「あ……弁当ちゅうたら……」

 

 と、そこで何かを思い出したかのようにこっちを申し訳なさそうに見てくる虎次郎くん。

 そしてそんな虎次郎くんと僕を見て首を傾げる主人公メンバーズ。そして何かに気付いたのか、アリサちゃんがハッとした顔でこっちをすまなさそうに見てきた。

 

 ……うん、待って。なんか、え? あれ、待って? なんかちょっとこの空気、僕も飲まれて失恋した女の子みたいな切ない感じが胸に到来してきたよ!?

 

「ぼ……僕ヒロイン枠なんかじゃないんだからぁぁ!! 僕いたってノーマルだからぁぁ!!」

 

 とりあえずそれだけ叫んで僕は逃げ出した。だってこの空気いたたまれなすぎだろう。

 逆じゃね? 普通逆じゃね? なんで僕が失恋ヒロイン側なの!? アレか!? この後に失恋して傷心しているところに甘い言葉を囁いてくる後半で悪役として出てくるキザ男とかに身体を弄ばれて、主人公達の敵にまわっちゃうフラグなの!?

 あ、悪役のキザ男で真っ先に出てきたのがナルシー悠馬だった。奴に舐め回される自分を想像してしまった。怖い。キモイ。

 くそぅ、とにかく逃げるが勝ちだよ!

 虎次郎くんに呼び止められた気もしたけれど、僕は無視して自転車の鍵を外すと全力でこいで逃げ出した。

 

 あっぶねぇ。あともうちょっと遅れたら追いかけてきた虎次郎くんに自転車掴まれてつかまるところだった。ふぅ……。

 

 

 

 

 

「つかまるところだった。ふぅ……じゃないよ!」

 

 自宅に帰った僕は自室にこもってあがりきった息を整えたところで正気に戻り、全力で叫んでベッドに倒れこんで枕に顔を埋めてゴロゴロした。

 訳のわからないところでテンパってしまったが、よくよく考えたらアレ別に気不味くもなんともないよね!? 僕、普通に弁当持って行って「あ、僕も作ってきたんだけど、折角だから皆で分け合って食べない?」って言えば良かったよね!? これ一番後腐れ無かったよね!?

 大体すずかちゃんが持ってた包みもサイズ的に重箱っぽかったから、多分皆で食べる分のだよ彼女のは! つまりまったく臆する必要は無かったよ!

 

「僕のアホぉぉぉ!!」

 

 なんてこった。コレで僕はホモ疑惑が立ち上がってしまったに違いない。そしてちょっと僕に気まずそうに顔を向けた虎次郎くんにもその手の噂が広まってもおかしくない。これはいけない。悪いことをした。我が唯一の友になんという迷惑をかけてしまったのだ。

 

 ……っていうか、そもそも虎次郎くんだけが友人という状況がまずマズいよ僕! せめて原作関係ない人とくらいは交友持とうよ僕!!

 

 正気に戻ったら戻ったで自分自身にツッコミの嵐を炸裂せざるを得ないよ! 小さい頃って男女関係なく恋愛感情と友情がごっちゃになって、友達をとられたっていう思考が恋人奪われた思考と似たような物になってるんだというのを家に帰ってきてから理解したけど、出来ればこれを自分自身の身で発見したくなかったよ! 精神完全に肉体に引っ張られてるよ!

 

「そして弁当置いてきちゃったよ!!」

 

 あのイケメンメガネのことだから後日会った時、或いは夜あたりに電話で「その……なんや。美味しかったで? ヨッシー……いや、ちゃうな。義嗣のお弁当」とか言い出すよ!?

 死にたい! なにそのちょっとした青春の香りのする恋愛風景!!

 

「何度も言うけど僕にリアルBLの気は無いんだからねぇぇ!!」

 

 世界の意志で僕をBL道にひた走らせようとしてるんじゃないかと思わず邪推してしまわずにはいられないレベルだよ!

 

「僕は身も心も男の子だからねぇぇ!!」

 

 大体、介入するつもり皆無な筈の主人公が結局物語に介入させられる羽目になる物語はよくあるけどさ、でもさ、こういう介入の仕方はどうかと思うよ僕は! なんで!? なんでオリキャラ同士でしかも横恋慕で同性愛!? いや、百合ならわかるよ!? 需要あるもん! でもさ! BLは無いよ! アレは腐女子用だよ! 僕は腐士になった覚えは無いよ!

 

「そして横恋慕するつもりすらねぇよ!」

 

 っていうか、するとしたらアリサちゃんの方を狙ってだろ普通!

 いや、待て、こういう考え自体が既に世界の罠に、世界の意志に流されている証拠ではないのか!

 

「ヒャッハー!!」

 

 もう、とりあえず叫んで発散しておくことにした。カラオケ行きたい。

 そして鳴り響く家の電話。

 

「……うあ~……」

 

 どうしよう。なんで僕最近、この二日で同性関係からのダメージがでかいの僕……いや、虎次郎くんに関してはお互い全く悪いところは無いんだが……。強いて言うなら状況が悪かっただけなんだが……。

 電話無視しようかと思ったけど、ここは素直に出ておくことにした。父さんからの電話かもしれんしね。今日は接待ゴルフだと言っていた。頑張れ、お父さん。

 

「はいもしもし、佐藤ですが」

『あぁ、義嗣か? 父さんだが』

 

 本当にお父さんだったぁぁぁ!!

 なんだかんだ言いつつも流れ的にここは虎次郎くん、或いは主人公メンバーの誰かとかかと思ったよ! あっぶねぇ! よくよく考えたらそういうご都合主義起きるのは主人公達だけだよ!

 

「うん。どうしたの?」

『あぁ、いや、お土産なにがいいかと思ってな……』

「気を使わなくて良いのに……えっと、じゃあケーキ……は翠屋で買ったほうが美味しいか……え~っと……あ、そうだ。家計簿用のノートがページ残り少ないから、適当に罫線引かれてるタイプのノート買ってきて」

『え? い、いや、お土産だぞ? ほら、何かお菓子とか玩具とか……その……今日も遅くなりそうだしな……』

 

 僕のお願いに何故か慌てる父さんだが、別に携帯ゲームだって去年の誕生日に買ってもらったし、お小遣いは小学三年生なのに月に三千円も(多いよね? 僕、前世だと中学で千円、高校で三千円だった覚えがあるんだけど)もらってるから個人的に何かお菓子食べたかったら近所のスーパーで買ってこれるし、ちょっと贅沢したい時は女性客が多くて恥ずかしいけど翠屋行けば美味しいケーキとか食べれるし特に文句は無い(そしてたまに料金オマケしてもらえたりする)。

 

「そんな気を使わなくても、お父さんの苦労は知ってるんだから別にいいよ。それよりもお父さんの方こそもっと贅沢していいんだよ? 先月も付き合いで結構お金かかったのは知ってるけど、お父さんの稼ぎだったらもうちょっと遊んでたって誰も文句言わないんだから」

『うっ……ぐすっ……』

「え!? なんでお父さん泣いてるの!?」

『いい……良い息子を持ったなぁって……思ってな……』

「泣くほどなの!?」

 

 えぇぇ……なんかごめんなさい……。

 いや、だって前世で父親に対する正しい接し方とかわからんかったし、っていうか殴られないように怯えながら過ごしてた覚えしかないし、今世のお父さん良い人すぎてなんか迷惑かけるのが悪い気がするんだよね……。

 いや、でもね、社会人を一度経験している身としては、お父さんの苦労がそれとなく分かるんですよ! しかも自分の血縁でもなんでもない子供引き取ってるシングルファザーだよ!? どんだけ大変だと思ってんの!? 僕だったら絶対無理だよ! 絶対途中で身体壊すよ!

 

 ……い、いや、まぁ良いや。父さんと話してたらなんかさっきまでの自分がバカらしくなってきた。もう少ししたら翠屋に行こう。士郎さんお手製の美味しい軽食の数々が待っていることだろう。応援席にいた僕にももらう権利はあるよね?

 

『いや……すまんな。ついつい……じゃ、じゃあノートは買って行く。今日中に帰れるか分からないが……』

「身体壊したら元も子も無いんだから、日を跨ぐようなら無理に帰ってこないでホテルにでも泊まって、そのまままっすぐ会社行っても大丈夫だよ? 一日二日帰らないくらいでお父さんのこと嫌ったりしないから」

『駄目な……駄目なお父さんでごめんな……義嗣……』

「全然ダメじゃないよ!? 自慢のお父さんだからね!?」

 

 毎回思うんだけど、なんでお父さんこんな涙もろいの!? そして自虐的すぎるよ! もっと自分に自信持ってよ! なんで奥さんいないのかいっつも不思議で仕方が無いよ! 会話の内容からじゃ想像つかないかもしれないけど、お父さん見た目は若干渋めなダンディなおじさまなのに!

 

『うん……ありがとうな……お父さんがんばるよ……じゃあな義嗣』

「うん、本当無理しないでよ……? じゃあね」

 

 ピッ、と電話を切って嘆息し、僕はとりあえず汗が張り付いて気持ち悪いことに気付いたのでとりあえずお風呂入ってから翠屋に行くことにした。

 

 

 

 

 ふふふ……やっちまったよ……昨日も一昨日もシャワーだけで済ませたせいで二日ほどお風呂洗ってなかったことに気が付いて、若干濁っているぬるま湯(なんか変な匂いした)がバスタブにはられていることに気付いてしまって、風呂場を本格的に掃除してしまったよ……ドアのパッキンのところに中々立派なカビができてたよ……。

 脚立取り出してきて天井まで綺麗にしようとした結果、綺麗になったお風呂場でお風呂を楽しんで気付けば午後二時過ぎだよ……試合終わったの十一時半ちょいだったから、もうコレ完全に翠屋の戦勝お昼パーティー終わってるよ……。

 くそぅ、お弁当……お弁当持って帰ってきていれば……ッ!

 

「うおわっ!?」

 

 と、突然大きな揺れが家を襲い、僕は思わず尻餅をついた。

 

「なんぞ!?」

 

 やけに大きい地震である。え、何、もしかして原作でもこの時期にでっかい地震のシーンなんてあった!? アニメ第一期でそんなの見たことないんだけど! もしかしてゲーム化されてる奴の話とか!?

 台所から響いてくるコップやらのガラス製品が落ちて砕ける音に、僕は一瞬台所の様子を見に行くべきか迷ったけれど、安全確保を優先して家から飛び出す。ラジオくらい家に常備しておくべきだった! 震度どんくらい!? 前世で福島住んでた時に起きた震災の時ばりに揺れてんだけど!?

 

 玄関のドアを開け放って外に出て、僕は一瞬で事態を把握した。

 

「……この~木なんの木気になる気になる……」

 

 見たことも~ない木ですから~。

 

 ……大木。そうとしか形容できない物が街のど真ん中に現れていた。そして家の前の道路を突き破るかのように地面から生えている電柱よりも太い根っこらしき物。それが家の敷地に侵入し、家にぶつかるギリギリ直前で成長が止まっていた。

 

 ジュエルシードのアレである。

 

 舐めてたよ……アニメだとコレ割とあっさり終わるから舐めてたよ……。そりゃそうだよね……こんだけでかいもんがいきなり地面の中潜り込んで数百メートル……いや、それどころか数キロも先まで根っこを生やして一瞬で伸びるんだ。そりゃあ根っこ生やされた周辺は大規模な地震も起きるよ……。

 大体なにあの大木……どんだけデカいの? 東京タワーほどではないと思うけど、対比できる物が無いからいまいち大きさが分からない。でもとりあえず街中にあるどんなビルよりもデカいのは間違いない。

 

 あ、っていうかお向かいの家、根っこ叩きつけられたのか屋根が一部吹き飛んでるんだけど……大丈夫かな、あそこおばあさん一人暮らしなんだよね。ちょっと様子見てこようかな。

 

「とか思っている時期が僕にもありました」

 

 お隣さんの心配をしていた僕の目の前にある木の根っこに、いつの間にかいつぞや見た覚えのある、無骨な剣が突き刺さっていた。

 もうね、アイツはどこを狙って撃っているのかと。いや、根っこに刺さってるからまだ良いんだけどね? でも刺さっても別に根っこを燃やすでもなく凍らせるでも無く、ただ刺さってるだけってなんか意味あんの……?

 ジト目で大木の方に目をやると、大木からちょっと離れた位置のビル屋上に小さくピンク色の翼っぽい物が広がるのが見えた。

 距離ありすぎていまいちわかりにくいけど、アレってなのはちゃんだよね? 探査魔法でジュエルシードの大元探してるとこかな?

 

 ……いや、まぁそれは置いておこう。どこだコレ撃ったバカは。っていうか、そもそも今回のは大事になるって想定して事前にこの事態を回避するために動かなかったのかよオリ主三人組。全くもって駄目なチートオリ主共だ。こういうところこそ原作介入して被害を減らすべきではないのかね、全く。虎次郎くんと刹那くんは絶対ハイスペックだし頑張るべきだよ。

 

 うん? お前が言うなって? うん、いや、その通りですねハイ。ごめんなさい。割と調子こきました。でも心で思う分にはタダなんだし、誰に迷惑かけるわけでもないんだもの。いいじゃない。

 

 ザクッ。

 

 とか思ったら今度は僕の頭上で何かが刺さる音がして恐る恐る振り返ると、剣と同じくなんの装飾も色づけもされてない無骨な槍が我が家の壁に刺さっていた。

 

 うん、ちょっと出てこいやナルシー。

 流石に、流石に他人様のお家に槍投げってのはどうなのかとぼかぁ思いますよ?

 

 きょろきょろと首をまわして奴の目立つ姿を探すと、居た。なのはちゃんのいる位置より更に大木から遠いところ。姿自体は見えないけど、金色の空間の揺らぎがキラキラと真昼の空に輝いていた。

 うん、この大木はもうどうしようもないくらい秘匿できない規模の異常だけど、アイツ完全に魔法の秘匿とか考えてないよね。本人の姿すら見えないほど相当離れてるのにそんだけ目立つ行動してるって大問題じゃないかな。しかも位置的にお前また空に浮いてるよね。っていうか、その距離からなんでピンポイントに僕の周辺に流れ弾が飛んでくるのかな?

 

 他に目立つ物はそのナルシーがいると思わしき場所となのはちゃんがいると思わしき場所以外無い。あの二人はちゃんと魔法を秘匿してる感じするなぁ。目立ちたがり屋なナルシーのせいで全部無駄になってる気もするけど。

 あの二人ってどんな感じのチート能力なんだろ。やっぱ無限の剣製<アンリミテッド・ブレイドワークス>とか約束された勝利の剣<エクスカリバー>とか持ってんのかな。

 あ、空間を操る程度の能力とか、空を飛ぶ程度の能力とか、そういうのも有るかもな。後者は効果地味っていうか、この世界においては魔法で飛べるから欠片も意味の無い能力だけど。

 

 閑話休題。

 

 とにかく、どうせ僕が何か出来ることがあるわけでもなし。どうしたものか。

 

 とか考えてたら、無骨なハンマーがお向かいの斎藤さん宅(おばあちゃん一人暮らし)に激突して壁が崩れる。

 何故かその光景がスローモーションで見えたが、僕は一瞬呆然とした後に正気に戻って思わず叫んだ。

 

「さ、斎藤のおばあさあぁぁん!!」

 

 まずはおばあさんの安否確認が先決だよ! 老後の年金暮らしのいたいけなおばあさんの数少ない財産であるお家になんてことするんだあのナルシー! っていうか、どうしてアイツのいるであろう位置と大木の位置の関係的にくるはずの無い方向であるこっちに飛んでくるのさ! 勘弁してよ!!

 僕は涙目でお隣さんの家へと駆け出したのであった。


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