転生傍観者~リリカルな人達~【改訂版】 作:マのつくお兄さん
5月3日、火曜日。
津軽さんとの同盟も済んだ翌日、今日も今日とて女装して歩き回る羽目になった僕であるが、今日は初っ端からビンゴであった。
あ、昨日誰と寝たのかって? 博士とエルザちゃんだよ。博士が「エルザが我輩と同じ布団で寝るとかマジ胸熱なのである――ッ!!」とか叫んでたけど、エルザちゃんに蹴り飛ばされてた。
で、そのダメージくらった時のキモ顔を見て、刹那と津軽さんはガチひきして別々になりました。
いやぁ、なんだかんだで、寝てる時に両側から抱きつかれてると、博士がなんかお兄ちゃんみたいに思えて落ち着いたのは秘密である。絶対調子乗るから言わない。で、まぁそれはもう良いよね。
さて、現状確認。
「博士、くたびれサラリーマン発見。多分あれだよね」
公園の一角、僕が向ける視線の先には、ヨレヨレのスーツを着て、足取りもおぼつかない様子で歩く中年サラリーマンの姿。ヅラはちゃんと被りなおしていて、顎鬚がある。格好はグレイに近い明るい黒のスーツに、水色ネクタイ。ちなみにスラックスだけは何故か色が紺に近い黒で、妙に浮いている。
『で、あるな。追跡を開始するのである。話しかけるかどうかは任せるが、危なくなったら助けるので安心するのである』
『こちら津軽。間違いないわね。義嗣くんの足から感じた魔の匂いと同じだわ。回り込んだから、逃げ出したら襲う』
『こちら刹那。同じく』
朝っぱらから物騒なことであるが、こちとら色々危ないので必死である。
「じゃあちょっと話しかける。待ってても仕方ないしサクサク行こう」
『『『了解』』なのである』
さて、ここからが勝負所だ。僕、今女装姿で非常に情けないけれど、早速おっさんの前に出て声をかける。
おっと、僕じゃない。私は今、女の子!! 私は今女の子!! 自己暗示!!
「あの~、すいません」
「……」
「あ、あれ? え~っと……あの、そこ行く小粋なお兄さん!!」
「……」
――ガン無視ですね!!
「わ、私ちょっとお訊きしたいことがあって、えっと、お話いいですか?」
「――ん?」
あ、やっとこっち見た。
「えっと、あの、ちょっとお伺いしたいことがあるんですけど、い、良いですか……?」
ここで、津軽さん、否、津軽ちゃん直伝の上目遣い!!
どうだ!! 可愛いだろう!! 私すっごい恥ずかしいけど!!
「うん……? いあいあ、うん、いいヨ。ジャアちょっとついてキテくれるカナ」
「へ? あ、ちょ、待っ――」
確かに、サクサク進めたいとは思ったよ? リリカルな世界観に早く戻りたいというか、戻らないと色々お叱り受けるのではとは思ったよ? だけども、ちょっと、急展開しすぎやしませんか、と私は言いたいですよ?
首根っこ掴まれて、にゃんこの如く吊り上げられて、もの凄い速度で振り回されながら周囲の光景が流れていくんですけど、これってもしかしなくても誘拐されてるよね?
「ケケケケケ!!!!」
「完全にこの人飲み込まれてるよぉぉ!?」
「「剣群装填・全解放<ソードバレル・フルオープン>!!」」
でもでも、ご安心くだしあ。こちらには頼れるお仲間がついております。
あ、それと刹那はいつぞやのポニテ青巫女だけど、津軽ちゃんは完全に英霊エミヤの装備を女性用にアレンジしただけです。髪の毛は後ろで三つ編みになってる。
「あ、ミスった」
とかのんびり観察してたら、ザクッ、と僕の右頬を掠めて地面に刺さる懐かしい無装飾剣。
「にゃあぁ~!?」
デジャヴすぎるっていうか、何気に頬を掠めるほどの近距離って初めてだよ刹那!! やめてよ、ガチで今脳天パッカリいくかと思ったよ!? フレンドリーファイアはマジ勘弁だよ!? 私のこと殺す気なの刹那!?
「アンタ……どんだけコントロール下手なのよ」
「う、うるさいな。直撃では無いんだからいいじゃないか」
刹那、確かにそうなんだけど、そのうち心臓と頭以外ならどこに当たっても「死ぬほどじゃないしOKだよね?」とか言い出しそうで怖いよ。お茶目なところは可愛いと思うけど、割と洒落にならないよ。
ちなみに、二人の攻撃は全部回避されていた。唯一の有効打がフレンドリーファイアで僕の頬掠めただけってちょっと切ないね。
「ふんぐるい むぐるぅなふ くとぅるぅ るるいえ うがふなぐる ふたぐん<死せるクトゥルー、ルルイエの館にて、夢見るままに待ちいたり>」
「――ッ!! 召喚魔法!?」
ごぼり、と地面のいたるところが黒く染まり、まるでコールタールで出来た水溜りのような物が出来たかと思うと中から魚顔やカエル顔の半魚人みたいな連中が大量に湧いてきた。
ニ十――いや、三十はいるだろうか。周囲一帯が生臭い匂いに包まれ、どこか息苦しい圧迫感も感じる。
「いあ! いあ! くとぅるふ・だごん!! 我等が神ニササゲロ!!」
おいおいおいおい、ちょっと、ちょお~っと、安っぽすぎやしないかにゃ、この展開は。いや、急展開だし安っぽいけど、光景は割と洒落にならないんだけどね。あのね、これ見てもらえないのが残念だね。
すっごい、グロいし、エグいよ。この半魚人達。腕が腐りかけてたり、頭が割れてなんかこう、見えちゃいけないものが見えてたり、ぶっちゃけ、深き者共というよりは、半漁人のゾンビって感じ。
「ったく……なんつ~おぞましいもん召喚してんのよ……投影開始<トレースオン>――剣群装填・全解放<ソードバレル・フルオープン>!!」
「……うぅっ」
うあ~、中年おじさん足止めたけど、ちょ、出来ればこれ直視したくない映像だよ……。あのね、まぁ、言うまでもないと思うけど、刹那と違って三十本くらいまとめて、しかも結構ちゃんとした剣が津軽さんちゃんの背後から射出されてるんだけど、そんなものがゾンビさんの群れに当たったら、どうなるかくらい、分かるよね?
うん、スプラッタだよ。ものすんごい。それでも死んだ傍から新しいのが出てきてるんだけども。死体は残ってるから凄惨としか言いようが無い。
Fate/Zeroでキャスターの召喚した海魔がぐっちゃぐちゃになるじゃない? あれどころじゃない。グロ耐性なかったら一発で吐いてる。場合によっては失神してる。
確認したいんだけど、この世界リリカルなのはだよね? 僕、違う世界に迷い込んでないよね? ここ最近全然なのはちゃんとかユーノくんに会ってないせいで忘れそうなんだけど。
まぁそれはともかく、もうね~、微妙に喉に酸っぱいものがこみ上げてきてるけども、目を瞑ってるといつまた何が飛んでくるか分からないし、目をそむけようにも首根っこ掴まれてぶらさげられたまんまだから何もできないというね。
そして半魚人ゾンビーズは対空攻撃手段が無いのか、驚異的な跳躍力で家屋の屋根とかに登ってジャンプで襲い掛かろうとしてるけど、その度に刹那と津軽さんちゃんも跳躍して反撃することであっさり迎撃されている。
っていうか、あの二人って滞空系の能力無いんだね。空飛んでれば一方的なのに、跳んで避けるってことは。
しかし本当、こういうグロとかは勘弁してよね……。
「ちょっと佐々木、アンタも攻撃しなさいよ!!」
「うぉぇっ――あぁ、すまぬ。某が代わるので主は一旦内へ。……はぁ、某の本分は時間制御と近接戦ゆえ、突っ込ませていただく。援護はお任せしますぞ、津軽殿」
あ~……刹那ダウンか。まぁ仕方ないね。これはちょっと普通の女の子には無理だろ。いくら猟奇的な子とはいえ。
「……セイバー、最初からアンタが体のコントロール握ってたほうがいいんじゃない?」
「それは言っていただきますな。某はあくまで家来にして道具。主の身体を乗っ取るなどしよう筈があるまい?」
「本当そいつには勿体無いサーヴァントね、アンタ」
「サーヴァントではなく、ただのデバイスでござるよ」
二人とも、如何にも主人公達の会話って感じだけど、なんか死体がうねうね動いて一塊になってきたから気をつけてね?
これ、多分巨大化フラグでしょ?
――あれ? そういえば、結界、張られてなくない? 何気に昨日も張ってなかった気が――。
「ちょ、二人とも!! 結界張られて無いから!! 人来たら大惨事だからなんとかして!!」
「人払いの結界は張ってるわよ。この世界の魔法みたいに外界と遮断するようなのは固有結界しか持ってないから無理よ」
「同じく。某も主も結界関係は固有結界しかできませぬゆえ」
「博士!! 博士~!!」
『バカ者。せっかくの登場シーン我慢して姿隠してるのに呼ぶななのである。我輩は魔力なんて欠片も無いからそもそも魔術も魔法も使えないのである』
「なんで魔の気配とか分かるのに使えないのさ!?」
『ご都合主義、というものであるな』
「ぶっちゃけた!?」
『義嗣、魔の気配というのは魔力なんか無くても、人間が本来持つ危険察知の本能的な物で本来は感じられるものロボ。現代人はそれが希薄になっているから、感じ取れるようになるには何度も魔に出会うことで、魔を身近に感じられるようになる必要があるロボ』
「そして予想外にエルザちゃんが解説役に!?」
でも、解説役が出てきたところで、戦闘で出た被害を隠す人がいないってヤバイよ!! 人払いの結界なんてユーノくんの結界みたいに完全な物じゃないんだし!!
にゃ~!! 虎次郎!! 虎次郎カンバーック!! あいつ結界も使えるよね!? 或いはユーノくんカンバーック!!
と、思ったらいつもの結界と似たような光景が急に周囲に広がった。背景から色が抜けていく。ただ、いつもと違うのは一瞬見えた光がユーノくんの緑っぽい色じゃなくて、オレンジっぽい色という点だろうか。
「てめぇら結界も張らねぇで何やってやがる!?」
あ、悠馬くんだ。なんともいいところにきたね。この結界もしかして悠馬くん張ったの? あ、それとついでに助け――お?
あれ、ちょっと? 今現れた悠馬くんに皆が気を向けるのは仕方ないけど、気付いて? おじさん、逃げ始めたよ? 僕、つかまったままで誘拐されかけてるよ?
お~い……ダメだ。ただでさえスプラッタ見て気持ち悪かったのに、首は絞まって声は出せないし、揺れが酷くて……うぷ。
☆
鼻につく何かが腐った匂いと、酷い刺激臭。
勘弁してほしい、と口に出すことすらはばかられる。口を開けたら口から入ってきた空気がどんな味するかなんて想像もしたくない。
あの後、逃げたおじさんに気づいた皆が追いかけようとしてきたけれど、皆の視界から隠れるように民家の陰に入り込んだ瞬間、おじさんの足元に召喚魔法を使った時と同じ黒いコールタールの水溜りみたいなのが出てきて、私ごとずぶずぶと飲み込まれていった。
あ~、私口調別にいらないかな。いや、でもボロを出さないように心の中でも演技はしてよう。男だって知られたら多分すぐに食われる。食事的な意味で。
で、気付けばここである。洞窟のような、なんとも言えない空間。ところどころに蝋燭が立てられていてある程度の視界は確保できるものの、むしろ見たくない物も見えてしまうので出来れば消していただきたい。
もうね、典型的なクトゥルフ神話の邪神崇拝者達のねぐらって感じ。
或いは、Fate/Zeroの小説のキャスターのねぐらに更に大人とかの死体も混ぜて大人の汚い欲望とか全部ぐっちゃんごっちゃんに混ぜた感じ。
分かる人なら分かるでしょ? 流石にちょっと酷すぎて、ここの状況正確に語ろうとしたらR15とかR18とかってレベルじゃないから、言わないでおくけどさ。
リョナグロ好物な人が歓喜するような、凄惨な状態とだけ言っておく。リョナの意味がわからない人はそのまま純真に育ってほしい。
もうね、ぶっちゃけ吐きそうだけど、逆にあまりにもグロすぎて現実感湧かないってのもあってか、割と冷静な私だよ。ただね、一つだけ言いたいのがあるんだけど、言っていいかな。いいよね? 心の中だけだし。
どこのバカがクトゥルフ神話この世界に持ち込んだんだと本気で怒鳴りたい。
今まで割と思ってたことだけど、この光景は洒落にならなさすぎる。恐らく私を持ち上げて今もどんどん奥へ奥へと歩いているこのサラリーマンのおっさんが元凶なんだろうけど、不幸なことがあったからってこんな最悪な環境に他人を巻き添えにする、その根性は過去に何があったんだろうが絶対に許しちゃいけないと思う。
う~……っていうか、それはそれとして、ここの空気ちょっとダメ。甘ったるくて、変な気分になる……気分が変に高揚するっていうか、若干気持ちよくナルッテいうカ。
私ガ本来イルベキ場所にキタとイウカ。
あ~、ヤバイ。これダメかモしんナイ。
「佐藤さンの冒険はここデお終イなのデシタ……」
頭がくらクラする。気持ち良い。楽しい。嬉シイ。叫ビダシタイ。
右足の聖骸布ガ、ニーソックスの中デぼろボロとクズレテいく。
いあいあ、くとぅるふ・だごん。
いあいあ。いあいあ。くふふ。
「佐藤――? 陽子……?」
ギギ、とおじサンが足を止メテ私をミル。
「モシカシテ君――佐藤裕子チャンかい?」
――裕子? ……裕子。誰ダッケ? 私の名前は裕子?
「オォ……なんテ幸運ナンダ。我等が神ヨ、父ナるダゴンよ。感謝ヲ。今マサニ私の願イは最高の形デカナウ」
クヒ。嬉しソウだね、オジサん。
「クヒヒ……嬉しイよユウコちゃん。君のお母さンには一杯お礼ヲしないトいけなインだ」
「ソウなんダ。クヒゃ」
ぐるぐるグルグル。世界ガ回ル。
楽しイ嬉シい面白イ。
ココハ楽園。皆ガ平等ニ愛し合イ、平等ニ泣き叫ビ、平等ニ穢れ、平等ニ壊レてテイク。
クヒャヒヒヒ。くふひひひ。
――ネェ、皆。早く来てクレないと、私ソロそろわりかしガチでヤバいかも。