転生傍観者~リリカルな人達~【改訂版】   作:マのつくお兄さん

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3.サッカー狐とリコーダー

 図書館での邂逅があった翌日。具体的に言うと土曜日。新学習指導要領、通称ゆとり教育万歳というわけでお休みである。

 空は青く澄み渡り、時々思い出したかのようにやってくる白いふわふわの雲たちが良い感じにファンシー。

 まぁ、一言で言うならば絶好の運動日和だ。

 

 そういう訳で僕は朝っぱらから一人キャッチボールに勤しんでいる。

 

 尚、一人キャッチボールとは想像上の人がいる場所に思いっきり投げたボールを全力で追いかけ、ボールが落下する前に想像上の人物と入れ替わって捕ってから、自分の元居た場所へと投げ返し、また走ってそれを捕り、また投げ返すという非常に体力を使う遊び、ではない。真上に投げてフライを捕る練習なら可能だが、全力投球に走って追いつくとかもう人間じゃない。

 

 本当は単純に的を描いた壁に向かってボールをぶつけ、もどってきたボールを捕る。これだけである。よくマンガなんかで高架下の柱部分の平らな部分を使って野球好きな不良なんかがやってるイメージのあるアレだ。投球練習もどきとも言えようか。

 

 そして勿論、僕がソレをやっているのも高架下である。

 

「いくぜ相棒!」

「へへっ、きなよ相棒。アタイに捕れない球は無いぜ?(裏声)」

「言ったな? だったら遠慮は抜きだ! いくぜ、必殺、ライジングストレート!」

 

 一人で裏声使ってまでかけあいをして、必殺技っぽく叫んで一人で壁打ち投球練習するとっても痛々しい、傍から見たらちょっと微笑ましい小学三年生がそこにいた。

 

 っていうか、僕だった。

 

 春も盛り。晴れ渡った空は少々の暑苦しさを感じさせるが、日向ぼっこには最高の日。だけど僕が今いるのは日陰の高架下。吹きすさぶ風がちょっと寒い。

 

 気付いちゃいけない虚しい現実に気付いたことも相まって、なんだかとってもやるせなくなったので帰ることにした。帰ってお昼寝。これが一番だよね! 僕元々文系のインドア派だしね! あ~PC欲しいなぁ! インターネットやりたいなぁ! この世界にも2chあんのかなぁ! 実は僕まとめサイトしか見ない人だったけどね!

 

 若気の至りとは言え、落ち着いて考えたらちょっとどころではない恥ずかしさを伴う先ほどできたばかりの自身の黒歴史から全力で逃避しつつそんなことを考える。恐ろしい、コレが転生による子供の体になったが故の、精神の幼児退行化という奴に違いない。

 

 ……前世でも割とこんな人間だった気がするのは気のせいだ。

 

 そんな帰り際、河川敷のサッカー場でワイワイ子供達が騒いでいるのを見つけたので、ちょっとだけ寄って行くことにした。

 知らない人しかいないなら僕も流石に行かないが、丁度目立つ赤髪の憎いアンチキショウこと虎次郎くんの姿が見えたからである。

 

「対外試合……じゃ、なさそうだな。紅白戦かな。どっちも同じチームのユニフォームだし」

 

 白地に肩から袖口まで黒いラインが入り、胸元にはデカデカとMIDORIYA(翠屋)の文字。そして半ズボン。見事なまでに将来有望なイケメンとなりそうなショタっ子達で溢れかえっている。

 

 うぅむ。ショタコンが見たら垂涎物であろうな……。

 

 ちなみにユニフォームの上に黄色いメッシュ地のタンクトップみたいな形をした服を着た子と、普通のユニフォーム姿の子達が入り乱れているので、多分その黄色くて薄い上着でチーム分けしてるんだろう。

 

「あれ、なんやヨッシーやないか。なんや道具まで持参とは、参加したいんか?」

 

 そんなどうでも良いことを考えていたら、いつの間にか目の前に爽やかに汗を流してスポーツタオルで拭いている虎次郎くんの姿があった。こやつはさっきまでユニフォームの上に黄色いの着て走り回っていたのだが、どうやら選手交代したようだ。

 

「ごめん。野球用のグローブとボールを持っている人間がサッカーやりたがっているように見える理由がわからないよ虎次郎くん」

「野球の道具をサッカーに使ってはあかんなんて、誰が言った?」

「なん……だと……」

「あぁもうノリえぇなぁ。やっぱヨッシー愛しとるわ。結婚せぇへん?」

「僕が女の子だったら受けても良かったかな」

「可愛ければ性別なんて関係ないんやで」

「大有りだよ!?」

 

 あ、でも可愛ければ男女問わず可愛いのに変わりはなくて、可愛いは正義である、というのは実に理解できるね!

 

「ごめん。やっぱ可愛さに性別は関係ないね」

「せやろ?」

 

 うんうん、と頷く赤髪糸目メガネ。どうでもいいけどコイツ、サッカーの時もメガネつけっぱなんだな。

 

「そういう訳やから、あと七年したら婚姻届もろうてくるわ」

「惜しい! 結婚は十八歳から!」

「ん? なに言うとるんや。結婚は男女共に16からやで?」

「え?」

 

 この世界だとそうなの? え、それとも前世でももしかして知らない間に法改正されてた? 僕結局結婚なんかしなかったからサッパリわからないや。

 まぁとりあえず、凄いどうでも良い情報をありがとう!

 

「っていうか、婚姻届についてはツッコミいれへんのやな」

「20代半ばまで相手見つからなかったら考えても良いよ」

「わ、割とリアルな数字出してきよるな……男同士とかそういうんはもう諦めたんやな……」

「愛があれば同性でも別に良いと思うよ。僕は女の子と結婚したいけど」

「せやなぁ……ちなみにヨッシーの好みのタイプは知り合いだと誰や?」

「あ~、難しいね……そもそも知り合い少ないから……」

 

 お互い、どう考えても小学三年生のする会話じゃないというツッコミはしないあたり微妙にずれているのは、まぁ我ながら自覚しているのでどうでも良い。野球で必殺技叫んじゃうのよりもどうでもいい。

 

 しかし好みのタイプか……知り合いでそれなりに性格分かる人となると、なのはちゃんかすずかちゃんかアリサちゃんあたりになる訳だが……ちなみに友人じゃなくて知り合いというあたりがポイントである。問題点があるとすれば、なのはちゃんに到っては僕の名前を覚えているかどうかすら怪しいという点であろうか。昨日も呼び方が名前どころか苗字ですら無く"君"だったし。流石に佐藤という全国一位の知名度の苗字くらいは覚えていて欲しかった。

 

 え? 田中や鈴木こそ日本一多い苗字だろって? え? なに? 佐藤家に喧嘩売ってんの? え? 勝てると思ってるの? 僕には勝てるだろうが、第二第三の佐藤さんが君達の前に立ちはだかるよ?

 

 まぁそれはともかく、好みのタイプ以前に仲の良い友人がいないってどうなんだろう。

 コレが高校生あたりなら、まぁわかるよ? 薄く浅く広い交友関係になるもんだからね、あの年頃は。でも僕、今小学三年生だよ? なんでこんなに咄嗟に思い浮かぶ友人の名前と姿が無いわけ? 唯一浮かんだのが虎次郎くんだけって末期じゃね? 

 ……よく考えたら、僕一歩引いた位置から周囲をのほほんと眺めてるから仲の良い友人できないんじゃね?

 

「うん、虎次郎くんかな!」

「うん、いや、嬉しいんやけど、なんでそんな涙目なんや……?」

 

 僕TS転生してればこんな条件の良い物件いたのに勿体無いな! 残念! リアルBLの趣味はないよ僕!

 小学生にしてボッチであることに気付いた今の僕には、目の前の我が親友とならたとえ同性とはいえ付き合っても良いかも知れないと思えてしまう今日この頃。いや、付き合わないけど。

 

「いや、でも実際ね? 付き合うならやっぱり話が盛り上がる子がいいかなぁって。或いは話なんてしないで一緒にいるだけでお互いほんわかできるような人?」

「あ~、確かにそうやなぁ……話題が噛み合わん子と付きおうても疲れるだけやし、やっぱそうやんな。ワイにとってのバーニングみたいなもんか。一緒にいてほんわかするっちゅうんなら、なのはちゃんやないか?」

「あ、やっぱり虎次郎くんってバニングスさん好きなんだね。高町さんか……まぁ確かに可愛いし一緒にいてほんわかできそうだね」

「おう、まぁアリサだけやなくて、女の子は全員好きやけどなワイ! なのはちゃんも勿論大好きやけど、ヨッシーになら譲ったるわ!」

 

 そう言ってナハハ、と笑う虎次郎くん。本当清々しいくらいあけっぴろげにハーレム系主人公だなぁ。実際、本気でコイツが女の子口説きに入ったら多分相当数確保しちゃうだろうな。そして良い奴だなコイツ、メインヒロイン譲ってくれるなんて! ……まぁそれ以前になのはちゃんから全く覚えられてないし、なのはちゃんは物じゃないよ! とか、そもそもなのはちゃん最初からお前さんのじゃないよ! とか色々ツッコミ入れるべきなんだろうけど。

 

「あ、ちなみにヨッシーのことも好きやで? やなかったら大好きななのはちゃん譲ろうとは思わへんからな!」

 何故かドヤ顔して言う虎次郎くんに苦笑してこちらも返す。

「うん、僕も虎次郎くんのことは好きだよ」

「ほな結婚しようか」

「お友達で」

 

 さっきはえぇ言うたやんか~、と口を尖らせる虎次郎を軽く流しつつ僕はサッカーに興じる他の男子達を眺める。

 結構いるな~、っていうか皆うまいな~。やっぱスポーツできる男子ってかっこいいよね。

 僕、できないけどね! 運動神経、皆無とは言わないけど悪いからね! いや、運動音痴というほどではないけども!

 

「ん、そない熱心に練習見つめて……本当に混ざりたいんか? やりたいんなら監督に一声かけてくるで?」

「あ、いや、良いよ。僕運動神経悪いし、あんまり知らない人たちのところに混ざってするのって落ち着かないし……」

 

 インドア派の人なら分かってくれるだろう、この気持ち! 実はちょっとだけやりたかったりするんだけど、迷惑かけるんじゃないかと思うし、なによりこっちも見知らぬ人の群れに混ざって一緒にやるなんて神経使って仕方ないからね!

 

「ほか? ちゅうても運動なんてせぇへんことには上手くもならへんし、ちょろっと参加したらどうや?」

「う~ん……でもサッカー自体そもそも経験が殆どないんだよね」

 

 実際、前世でもせいぜいが学校時代にリクリエーションやら体育の授業、球技大会でやったくらいでルールもいまいちよく知らない。今生に到っては経験0である。まぁそれを言ったら野球とてルールはある程度知っててもキャッチボールレベルしかできんのだが。

 

「やったことないこと怖がってどないすんねん。誰だって初めては怖いもんやし上手くいかないもんやけど、それでもやってみた先にしか見えへん景色もあるんやで?」

 

 同い年なのにお兄さんぶる虎次郎くんマジイケメン。身長差が結構あるために僕を見下ろしつつ右手中指でメガネをクイっと持ち上げる動作も年上っぽさのポイントである。とはいえ、膝をたたんで視線をあわせながら語りかけるようにやってたらもっと年上っぽさポイント略してTPが多く獲得できてたのだが。惜しかったな、虎次郎くん。

 

「成る程、確かにその通りだね、虎次郎くん」

「なんやろ、珍しくえぇこと言って、反応も悪くなかったはずやのに微妙に惜しいことした気がするんわ」

「多分、虎次郎くんの芸人魂が面白いボケをしなくてはならないって叫んでるんだよ」

「成る程。ほなら一発芸いくで」

「うん、この流れであっさり一発芸とかやろうと思える虎次郎くんには本当脱帽する思いだよ」

「一発芸、高町なのはの真似」

「なのはちゃん、存在が一発芸扱いなんだ……」

 

 なのはちゃん、恐ろしい子!

 

「ヨッシーくん、私、君のこと前から抱きしめたくて……いい……かな?」

 

 小首を傾げ、自分の頬を人差し指で軽く突きながらあざとく、無駄に似ている声音で言ってきた虎次郎くんに、不覚にもちょっと可愛いとか思ってしまった自分が憎い。見た目は相変わらずの糸目メガネなのに! でもコレってなのはちゃんの真似に入るのか? 声だけじゃないか、真似てるの。

 

 とか思ってたら、音もなく現れた士郎さんが若干ハイライトの消えた瞳で笑顔を浮かべて虎次郎くんの肩を叩いた。

 

「虎次郎君? ちょっといいかな?」

「ん? あ、なんや監督やないですか。ん? なんでそない良い笑顔してはるんですか? なんかえぇことでもあったんです? あれ? なんでワイ猫みたいに首根っこ掴まれて持ち上げられとるん? あれ? 監督?」

 

 さらば虎次郎くん。高町家のアイドルを虚仮にした罪は重いのだ。その命をもって償ってくると良い。

 

 ほなな~! と叫びながら手を振ってくる虎次郎を敬礼して見送り、知り合いのいなくなったこの場には興味がなくなったので僕はいつもの図書館に寄って帰ることにした。

 

 べ、別に寂しいから人のいそうなところに行こうだなんて思ってないんだからね!

 

 

 

 

 図書館である。土曜ということもあって時刻は十時を回っていないというのに人が多いが、混雑しているというほどではない。図書館が混雑するなんてことまず無いだろうけど。

 そう言うわけで赤川○郎作品の小説を適当に5冊ほどとって適当な席に座る。日当たりの良い席は多少空いているものの、空席を二つ置いてまた人が座っている、みたいな座る場合必ず誰か見知らぬ人の隣になるという圧迫感がある空間だったためにやめておいた。

 

 いやぁ、しかし赤川先生の作品はアレだね。よくぞまぁこんだけホイホイとネタが浮かぶよね。小説の刊数こち亀抜いてんじゃない? いや、それどころかゴルゴ以上? このライトな感じの作風といい、推理小説ちっくな作品も多いながらどれもとっつきやすい。どんでん返しも多いし、基本的に主役級のキャラが不幸になることも少ないし、安定している。

 

 あと他にオススメだと。電撃文庫とか富士見書房作品も良いけど、コバルト文庫も結構良いの多いので是非ともオススメしたい。少女向け小説が殆どだけど、世界観がしっかりしてたり、起承転結が上手く出来てる作品も多い。意外に主人公が男の作品もあったりするので。

 

 あ~……でもBL要素とか寝取りとか割と平気で入れてくるから、そういうの抵抗ある人にはちょっと向いてないかもしれないなぁ。

 

 などと、居もしない聴衆に向けて脳内で語りつつ、気付いたら一冊読み終わっていた。一時間かかったかかからないか。なんともこの読みやすさもこの作者の作品の醍醐味である。世界は変われども、似たような作家さんが同じような作品を作っているというのは良いことだ。

 さて次は何を読もうか。

 

「そうなんだ……大変なんだね」

「いやいや、大したことあらへんよ。脚は使えんでも手は問題無く動くんやからお料理やなんかも出来るし、家もちゃんとバリアフリーやし、週一でお手伝いさんも来んねんで」

 

 と、次の本を探しに行こうとしたところで聞き覚えのある声が聴こえてきたのでそちらを覗いてみると、すずかちゃんとはやてちゃんが居た。

 

「う~ん……でも寂しいでしょ? あ、この本私のオススメだよ」

「お、それ私も読んだことあるわ。えぇよなソレ! 特にラストの子犬が主人公に駆け寄ってきて抱きつくシーンなんか感動物やったわ!」

「そうだよね! ふふ、こんなにお話の合うお友達初めてかも」

「わ、私もやな……っていうか、お友達自体、その……すずかが初めてやで?」

 

 すずかちゃんがゆっくりと車椅子を押し、はやてちゃんがすずかちゃんの顔を見るために上を見上げながらにこやかに会話しつつ一緒に本を選んでいる。会話の内容がとっても初々しい。くっそぅ。なんて百合百合しいんだ。

 

 ……いかん。なんか毒電波でも受けたかな。なんて可愛らしいんだ、が正解だったね。小学三年生の女子が和気藹々としてるのを見て「百合百合しい」とか思うって多分末期だよね。病院行ったほうがいいかもしんない。主に頭的な意味で。

 

「百合百合しいな……」

「「ッ!?」」

 

 しかしそんな微笑ましい光景をぶち破るかのように聴こえてきたるは我らが変態ナルシー悠馬の声である。っていうかアイツ思考が駄々漏れである。っていうか、僕の思考回路がアレと一緒とか死にたくなってきた。

 

「ゆ、ゆゆゆ悠馬くん。き、奇遇……だね……」

 

 超動揺するすずかちゃん。

 勿論、この動揺は好きな人に声をかけられた的なものじゃなくて、生理的嫌悪を感じるほど嫌いなのに粘着してくる相手から唐突に声をかけられたことによる動揺である。断言する。間違いない。

 

「あぁ、これはもう運命を感じずにはいられないな。おはようはやて、すずか。今日も可愛いな」

「うぅ……なんなんやこの人はほんま……」

 

 逃げて! 二人とも超逃げて!

 

「二人が怖がってるいるだろう。やめてあげなよ悠馬」

 

 しかし、そんな僕の応援を聴きつけたかのように、そこに現れたるは救世主。

 

「なっ! 貴様は刹那! どうしてここに!」

 

 そう、我らが主人公、刹那くんである! しかしナルシーの反応が完全に三下の悪役だな。良いのかコイツ、ここまで露骨な悪役くささだと逆にわざとなんじゃないかという疑問が浮かぶレベルだぞ。

 

「せ、刹那くん!」

 

 そして、刹那くんが来たことで目を輝かせて頬を上気させ、弾んだ声をあげながらさっきとは正反対の意味で動揺したのか挙動不審になるすずかちゃん。

 こういう反応見ると見ているこちらもなんだか恥ずかしくなってくる。そしてやっぱり刹那くんは間違いなく主人公。

 

「なんや、すずかの知り合いなんか?」

 

 そんなすずかちゃんの反応を見て、はやてちゃんも少し安心したのかひきつっていた顔をゆるめて刹那くんを見て、数秒ほど固まった後に感嘆したような声をあげた。

 

「……ほわぁ……ベッピンさんやなぁ……」

 

 だよね。そいつどう見ても美少女だよね。

 はやてちゃんの言葉に俺も頷いておく。向こうからは全く気付かれてないけど。 

 

「そうかな? ありがとう。えっと、はやてちゃん、でいいのかな?」

 

 そして性別を間違われたことを怒るでもなく、優しく微笑む刹那くん。コイツ高校に上がるとき祖父の遺言で女子高に入って全校生徒からお姉さまとか呼ばれる奴に成長するんじゃないだろうな。なんだこの可憐な笑顔は。見ればナルシーもちょっとその笑顔に見惚れているような気がする。だよね。可愛いもんね。可愛いは正義だよね。

 

「そ、そうや。私ははやて。八神はやてや。よろしゅうな。えっと……刹那ちゃん?」

 

「よろしくね、はやて。僕は佐々木刹那。それとこの名前と外見じゃわからないかもしれないけど、僕男の子だよ」

 

「……な、なんやってぇぇぇ!?」

 

 叫び声を上げて驚愕するはやてちゃん。うん、気持ちは分かる。僕も初めて聴いたときは驚いたよ。まぁ女顔どころか平気で女装する主人公すら最近多いからすんなり受け入れられたけど。

 

 あ、ちなみに僕は女装とかお願いされたらあっさり応じるよ。まだちっこいから着飾ったら多分普通に可愛いと思うし、女の子だと思われるとお菓子をくれる人とか多いのでお得です。

 大体、男装する女性がいるんだから、女装する男性がいたって良いじゃない。あんまりにも気色悪くて目の毒になるレベルじゃなければ、と自論を頭の中で熱く語ってみる。

 

 どうでも良いことに思考を飛ばしてたら、司書のお姉さんに苦笑されながら「図書館ではお静かに、ね?」とはやてちゃんが注意されて、慌てて頭を下げていた。ドンマイはやてちゃん。でも本当、図書館ではお静かにね? 僕は良いけど図書館の静かな雰囲気が好きって人もいると思うから。

 

「あ~びっくりしたわ……。そうなんや……男の子なんや……なんや女の子として負けた気がするわぁ……」

「ちなみに料理もお裁縫も出来るよ」

「追い討ちかけんといて!?」

 

 意外にどSな刹那くんである。だが男の子だ。そのうちそれ忘れて本気で惚れそうなので気をつけよう。

 

「おい刹那……てめぇどうしてここにいやがる」

 

 そして気を取り直して噛み付くナルシーこと悠馬。

 

「え? 僕が図書館に来るのがそんなにおかしいかな……むしろ悠馬くんこそ、本とか全然読まないのに図書館に居るなんて珍しいんじゃないかい?」

「ぐっ……!」

 

 そしてそれを華麗に受け流し、逆に切り返す刹那。いいぞもっとやれ!

 

「……あぁ、いや、アレだ。ちょっと憲法の勉強にな! 一昨日六法全書も丸暗記したところだ!」

 

 なにその凄い無理のある反論。アレか。中学生とか高校生が六法全書を開いて「政治に詳しい僕かっこいい」とか思っちゃう一種の厨二病と一緒のやつか? でもコイツが六法全書読んでるところなんて見たことないぞ。そもそもあれ貸し出し不可だし、そんな分厚い本を放課後にちょろっと顔出しただけで読み終えた上に暗記できるとはどう考えても出来ないと思うんだが。それともチート能力のひとつとか?

 ……いや、今までの言動からするに、ただの格好付けでしかないな。本当は全く覚えてないだろう。

 

「へぇ……ちなみに憲法69条は?」

「ふん、常識だろ? 不戦の誓いだな」

「え? 内閣総理大臣が欠けた時に内閣は総辞職する、っていう条項だった気がするんだけど」

 

 予想通りに間違っているナルシー。しかしそれはともかくとして刹那はなんでそんなもん知ってるんだ……?

 

「そ、そういえばそうだったな!」

「あ、ごめん。それは70条の項目のひとつだったね。69条は内閣不信任案可決後に衆議院が解散しなかった場合に内閣が総辞職する、って感じの条項だったね」

「そ、そうだったかもしれないな……」

 

 なんでこの子日本国憲法暗記してんの……小学三年生じゃなかったの……もしかして前世は法学生かなんかだったとか……?

 

「そういえば悠馬くん、前からすずかちゃん達のこと付けまわしてたっけ? 最近アリサちゃんもなのはちゃんも距離とるから、すずかちゃんだけに狙いを変えたの?かな すずかちゃんだって嫌がってるんだからやめておきなよ、そういうことは」

「なっ、違う! 僕はアリサもなのはも愛してるさ! ただ……そう、すずかが心配だっただけだ!」

 

 ……まぁ、刹那くんの無駄なスペックの高さはもうオリ主だからという理由で片付けておくとして、刹那くんの言葉はどうしようもなく正論である。そして悠馬の発言はこの上なく胡散臭い。

 

「あ、そうだったんだ。ごめんね? 僕、心配だとこっそり後をつけたり、階段でスカートの中覗いたり、リコーダー舐めたりしちゃう人の心理って分からなかったから……」

「「え……っ」」

 

 そして凍りつく周囲の空気。

 ……スカート覗いてるのは何度か目撃したことあるけど、リコーダー舐めるって……ある意味小学生らしいけど、気色悪ッ。

 

「ち、違う! 誤解だ! そんなことしてない!」

「あ、そうだったね。ごめんね。うん、リコーダーは佐藤くんのだったね」

「佐藤ってだ――」

「なにぃぃ!?」

 

 思わず声を上げながら立ち上がり、驚愕の表情でナルシーを見る僕。

 え? 座ってるときよりも身長低くないかって? うるせぇ畜生!

 

「え、えっと……アレが佐藤くんだよ」

「いや、誰だあのモブ」

「僕がすずかちゃんの忘れていったリコーダーを舐めようとしている悠馬くんに気付いて、同じくリコーダーを忘れていったあそこの佐藤くんのと取り替えておいたんだよ」

「な、なんだと!? 刹那てめぇ!」

「いや、待っておかしい! それは色々とおかしい! なんで僕のと取り替えたの!? え、じゃあ何、僕、ナルシ……天ヶ崎くんと間接キスしたの!?」

「おいてめぇ今なんて言おうとした」

「ごめんね? まさかここにいるなんて思わなかったんだ」

「謝るところそこじゃないよぅ! 勝手に交換した事実を謝るべきだよぅ! バレなければ良いと言う考えは人間として最低だよ佐々木くん!」

 

 僕、ガチで涙目である。なんだか口調まで幼児退行している気がする。

 あ、僕今幼少時だったわ。誰ウマ。

 

「そ、そうだよ刹那くん。えっと、未然に私の被害を回避してくれたのは嬉しいけど、佐藤くん? が可哀想だよ!」

「せ、せやで! 流石にあの男と間接キスなんて女の子やなくても嫌がるわ!」

「おいちょっとまててめぇら! 俺一応女の子達からはモテモテなんだぞ!?」

「「「「嘘だ(や)な(ね)」」」」

「殴るぞてめぇら!!」

 

 思わず僕まで刹那たちと同時に言ってしまった。ヤバイ。殴られるのマジ怖い。そしてすずかちゃん超強気。嫌悪が恐怖を上回ったんだね……。

 

「うぅ……汚された……僕汚されちゃったよぅ……」

「ご、ごめんね佐藤くん。流石にそこまで嫌がるなんて思わなかったというか、知らなければソレが幸せだろうなって思って……」

「佐々木くん酷いよ。僕もうお婿にいけないよ! 大体取り替えるなら自分のと取り替えればよかったじゃない!」

「え、嫌だよ僕こんな人と間接キスなんて。しかもあんなにベロベロ嘗め回してたし」

「うわぁぁぁん! 道理でやけに湿ってる時があると思ったよぉぉぉ!!」

「間接ディープキス……やな」

「追い討ちやめてよぉぉ!!」

 

 僕、ガチ泣きである。

 

「ほ、本当にやってねえからな!? てめぇちょっと調子乗りすぎだ刹那!」

「あはは、ごめんごめん。佐藤くん、冗談だから気にしなくてイイヨ」

「なんでカタコトなのさぁぁぁ!!」

 

 その後、またもややってきた司書さんに僕は怒られたが、「こ、この人が僕(のリコーダー)を舐めまわしてう……うっ、ぐすっ」とガチ泣きしつつ、顔を真っ赤にして刹那くんに掴みかかろうとしていた変態ナルシーを指差すと、司書のお姉さんの謎のパワーによって首根っこ掴まれたナルシーは抵抗も出来ぬまま図書館から放り出された。

 その後、司書のお姉さんに抱きしめられて慰められ、はやてちゃんとすずかちゃんに背中や肩を優しく叩かれながら慰められ、流石に本気で悪いと思ったのか刹那くんが平謝りしてきたことを述べておく。

 

 あ、ナルシーは図書館を出禁になったらしいです。良かったねはやてちゃん。すずかちゃん。

 

 僕の心の傷は消えないけど、二人の安住の地は守られたね! そういう訳だから僕ちょっと家に帰って歯磨きしながら泣いてくるね!!


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