転生傍観者~リリカルな人達~【改訂版】 作:マのつくお兄さん
夜、ふと目が覚めた。
ザーザーと聴こえる音は、雨だろうか?
ゴンゴンと響き渡るのは、雷の音だろうか?
窓の外に、何かが見えた。
ごぼり、ごぼり、ぞぼり、ずぼり。
不思議な音が聴こえる。
べちゃり、べちゃり。びしゃり、ぴちゃり。
水を含んだ何かが歩き回る音。
視界の隅に捉えた不定形の黒い何かが、ごぼりぼごりと音をたてて、人の形を作っていく。
「ヨッシーくん」
いつぞやに見た、なのはちゃんに似た、ゾンビのような子。
「てけり・り。てけり・り」
笑うようにそう声を出して、彼女は僕へと手を差し伸べる。
遊びたいの? と問えば、まるでそうだと言わんばかりに彼女は頷き、「てけり・り。ヨッシーくん」と声を洩らす。
いいよ、遊ぼうか。今日はなんだかとっても気分が良いからね。
てけり・り。てけり・り。いあいあ。いあいあ。
窓の外には、カエルのような顔の、男がいた。
いあいあだごん。いあいあ。てけり・り。
「義嗣!?」
「――ッ!?」
刹那の声で、目が覚めた。
とても楽しい夢を見ていた気がするけれど、それは同時に、絶対に見てはいけない夢だった気がする。
「大丈夫? 熱はもう無さそうだけど、随分とうなされていたみたいだから慌てたよ……あんまり驚かせないでよね?」
「――ねぇ、佐々木さん。僕の顔、魚っぽいというか、カエルみたいになってない?」
「うん? 何を言ってるのかわからないけれど、いつもの可愛らしいショタっ子顔だよ。それよりも、せっかくこっちも名前で呼び始めたんだから、義嗣も名前で呼んでよね?」
「あ……ごめん。刹那。あと、おはよう」
「おはよう。義嗣」
カーテンの開け放たれた部屋は、明るく朝日に照らし出されて、どこにも不気味な物など存在しない。水に濡れた床など無いし、外は快晴。黒い影など何処にも無い。魚のような、カエルのような顔の男なんてものも、いない。
夢の内容が一気に思い出されて、気持ち悪くなったけれど、顔に出さないようにして朝ごはんへと向かうことにする。
大丈夫。顔がインスマウス顔になっていないなら、少なくとも僕が深き者共の血脈の一人とかいう不愉快な設定はなさそうだ。
しかし、やられた。よもやクトゥルフ神話系が来るとは。コズミックホラーの重鎮だ。デモンベインネタが出てきた時点で予想して然るべきだった。
あのゾンビの子は、ダンセイニ……いや、その名前はデモンベイン内だ。元ネタはどっかの伯爵だったはず。じゃあなんだ? 名前はなんだったか……ショ…ショなんとかだった気がするんだが。ショタ? ショタジーニ?
……ショタジーニって、急にちょっと可愛らしくなったな名前。
え~っと、ダメだ。思い出せない。僕もそこまで詳しい訳じゃないからな……所詮は前世でデモンベインでクトゥルフ神話を知って、友人に何冊か借りた程度だからねぇ……。
覚えているのは、タイタス・クロウが活躍するとか、ラヴクラフトが人類平等を掲げながらも典型的な白人至上主義者で、黄色人種や黒人なんかは人間ではない、線引きが必要であると蔑視していて、作品内の人ならざる物、人間との混血の存在はそれら白人以外の人間がモチーフとしていたこと等。主に知っていて覚えているのはそのくらい。
あ、でも確か、アジア系の人間の目つきの鋭さは欲しいみたいなことは言ってたらしいな。
まぁそういうわけで、ハッキリ言ってクトゥルフ神話についての知識は皆無だ。
やめてほしい。正直やめてほしい。ホラー耐性はあるほうだけど、なにが悲しくて愛と友情と魔法の物語であるリリカルなのはの世界でそんなおどろおどろしい物と関わらなくてはいけないんだ。
最近のテンションの低さと体調不良はこのせいだろうか。正直ありえないと言えないのが怖い。
僕のモブポジションから見て、完全に僕「あぁ、窓に! 窓に!!」って叫びと書置きを残して死んじゃって、主人公達がその死因を調べるパターンになるからね?
しかし全然記憶に無いんだけど、いつ憑かれた? まぁ、あのゾンビの子は、まぁ分かる。一度会って肩叩かれちゃってるし。多分、その時に眼をつけられてたんだと思う。
でも、深き者共は無い。いつどこでどういう接触した?
魚顔の人間なんて僕最近会った覚えないけど。っていうか、前世でも無いわ。そんな特徴的な顔。魚好きで魚の被り物して「ギョギョー!!」とか叫んじゃう有名人ならテレビで見たことあるけど。
もうさ~……確か次の原作イベントって、海の上でしょ? そこで深き者共と父なるダゴンの名前が出るとか、完全にフラグだよ……コレ虎次郎達に話して事前に対処でもしてもらわないとヤバイよ……。
っていうか、誰かクロウか九郎呼んで、きてよ。最悪、五千歩譲ってドクターウェストもといドクターハーバートでも良いよ。あいつなんだかんだでデモベキャラな以上、なんとかしてくれるかもしれないし。
「ふむ……佐藤殿? なにやら顔色が優れませぬが……未だ体調が?」
「あ――いや、大丈夫。身体は大丈夫なんだけどね?」
「うん? 身体は?」
「うん。あ~……一応二人には言っておいた方が良いか。クトゥルフ神話、って知ってる?」
「あぁ、ハワード・フィリップス・ラヴクラフト著作の名作コズミックホラー発祥の神話だね? 後に様々な作家達によって肉付けされていった、ホラー好きなら知っていなければ恥と言われるほどの有名な架空の神話じゃないか。まぁ呼び名はクトゥルフ以外にもクトゥルー神話、ク・リトル・リトル神話、クルウルウ神話なんて呼び方もあるし、更にその中でもラヴクラフト本人が作った設定のみの原神話ラヴクラフト神話や、ダーレスが記した設定を含む物をダーレス神話と呼ばれることもあるね。で、それが一体どうしたの?」
「うん、とりあえずあの神話がそこまでメジャーな物だったという話に僕はビックリだけども、セイバーは?」
っていうか、刹那は博識すぎて、今後そうやって物語の情報補足要員になりそうな気がしてならない。歩くウィキペディアだこの子。セツペディアだ。
「ふむ。某は初耳ですな。神話、というからには神々の話なのでしょうが。いや、浅学で面目ない」
「いや、刹那がちょっと異常に物知りなだけだから。それが普通だから」
ホラー好きがクトゥルフ神話詳しくないとダメなんて初めてしったもんさ、僕。前世でホラー映画好きだった友人なんて、クトゥルフをなんかのロボットの名前だと勘違いしたからな。
僕がクトゥルフ作品で似たような怪物いたなぁと思ってクトゥルフの名前出した時「そういうアニオタくさい話すんなよな~。ホラー映画見に来た時にさ~」とか怒られたからね。アレは軽いショックだったよ。
そういうわけで、ホラー好きでもクトゥルフ神話知ってない人はザラにいる。これガチな。特に和製ホラー好きなだけの人なら絶対知らない。
「まぁ、それは良いよ。で、なんでまたクトゥルフ神話なんてものの名前が君の口から出ることになったんだい?」
「多分ね、クトゥルフ神話系の何かを持つ能力者とかがいるか、或いはクトゥルフそのものがこの世界にいるか、どっちかの可能性があるんだよ」
「は――?」
「神話の能力を、でござるか?」
二人が呆気にとられたような顔をしてるけど、まぁそうだよね。なんでこんな比較的平和な筈の世界でそんなもんがって思うよね。
「えっと……どうしてそう思うんだい? 義嗣」
「ここ数日、どうもおかしな夢見ると思ったら、今朝は完全に深き者共が出てきた。ついでにいうとショタジーニも」
「ごめん。深き者共は知ってるけど、ショタジーニってなんだい?」
「あ、ごめん。違う。それは違う」
いけない。それは僕の造語だった!!
「あの、ほら、テケリリって泣き声の不定形生物。ショなんとか」
「鳴き声がテケリ・リならショゴスだね? ……深き者共よりも余程危ないよ。というか、もし原作の能力そのままのショゴスだったら、下手したら虎次郎と悠馬あたりが手を組んでも勝てるか私にすら分からないよ。しかしそれで起き抜けに妙なことを訊いてきたのか。でも証拠が夢、か……ふむぅ」
「あの二人で勝てぬほどでござるか? ……それはなんとも……」
「あ~、信用できないかもだけど、僕の嫌な予感そのものは前世の頃から良く当たるんだよ。何が起こるかが毎回わかるわけじゃないんだけど、今回のはかなりあからさまだし、多分間違いない。ちなみにショボスはこの前肝試しで会ったゾンビさんだった」
「ショゴス、ね? ショボスだとなんだかショボい人みたいだから。しかし……ゾンビの外見でグールじゃなかったのはある意味不幸中の幸いかもね。最終的な被害を考えたらショゴスのほうがマズイけど、グールだった場合とっくに義嗣が食べられちゃってた可能性があるし。まぁ交渉の余地もあるにはあるっていうだけ、ただの一般作品におけるグールよりはマシだけど」
ショボスなんて名前だったら割と親近感持てたんだけどなぁ。
しかしグールとか……ショゴスとやらの実性能がさっぱりわからんだけに、僕にはグールの方が恐ろしいよ。交渉できるのは知らなかったけど、他の人間を差し出すとかでしょ?
もうさ、そんなの溢れかえったら完全にバ○オハザード起きる前兆だもの。本気で勘弁してほしい。そんなことになったら、僕に出来るのはガンショップのおじさんと一緒に爆弾で自爆して強化型ゾンビ吹っ飛ばすくらいです。
いや、そんな出番すらなく、多分最初からオブジェクトみたいに地面に転がってる死体役しかできません。そしてゾンビかどうかのチェックのために死体蹴りとかされる始末。哀しい。
「うぅ、まぁとにかくそういうわけでね。もし起きないとしても、対策だけは必要だと思うんだ。原作イベントだと次の大規模な戦いって海でしょ? 深き者共はともかく、父なるダゴンも夢で名前が出てきたからマズイと思うんだよ。もし本当にこの世界にいるなら、下手したらクトゥルフ復活まで有り得るし」
「ソレはちょっと……マズいね」
マズイなんてもんじゃないよ。余裕で地球滅亡だよ? 下手したら地球以外の世界にも飛び火するよ? ジュエルシードみたいに受動的な災害じゃなくて、アレは能動的な天災だからね。
「もう冗談じゃないよね……なのはちゃんたちがアースラに行ったから、暫くは平和な日が続くかなって思ってたけど、なんで原作関係ないところでさ~、もっと深刻な事態が起きる訳~?」
「いや、逆に考えるんだ義嗣。最悪の事態を免れたと思えばマシだよ。それにまだそれが正夢とも限らないし」
「いあいあ、タブン間違いないって」
「……ごめん。マジみたいだね。確かに最近君、稀にいあいあって言ってたね……」
僕別に邪神崇拝なんてしてないのにねぇ。
「にゃ~?」
「おぉうアイン……お前の存在が今の僕の最高の癒しだよ。もふもふ……」
うぅ、どうしてこうさぁ……、もう僕の幸運値、Fateとかで表したら絶対Eマイナスとかだよ。間違いないよ。巻き込まれて進化していく主人公物ならいいんだろうけど、僕全く進化なんてしないからね……。
「あ、猫といえば猫の女神バーストがいるじゃないか。まぁオーガスト・ダーレスの設定だから、もしラヴクラフト神話であれば関係無いかもしれないけど」
「おぉ、じゃあもしやアインがそのバーストさんとやらの可能性も!?」
「にゃ?」
「生贄を求める物騒な女神様だけど、良いの?」
「にゃあ!?」
「アインは我が愛娘として、人畜無害なアイドルにゃんことして育てますので無しの方向で」
「にゃあ……」
アイン、お前尻尾が滅茶苦茶面白いことになってたよ、今のやりとりの間だけで。なんで可愛いんだろうね。うりうり。もふもふの刑じゃ。
「まぁ、女神ではなかったとしても、クトゥルフ神話において猫の立ち位置は――外宇宙からのまでは流石に私もわからないけど、基本的に善なる者だから、少なくとも義嗣にとってなんらかの守りになる可能性はあるよ。
実際、クトゥルフ神話において邪神の存在の大半は海洋生物で、猫は天敵と言えば天敵だしね」
なるほどね~。でもアインに守ってもらうのは流石に悪いから、僕もなんとか自力で逃げ出せるように頑張るね~?
「にゃ~」
おうおう、なんだい? 任せとけってかい? いやいや流石にそれはマスイよ。アインに何かあったら、僕泣いちゃうよ? 間違いなく三日三晩は塞ぎこむよ?
でも本当、なんで原作関わらなくて済むぞ安心だわ~いとか思ったところにさ、もっと重いのがくるんだろ。
あ~……願わくば、この世界にクトゥルフいませんように。誰かの能力で一部生物が出て来てるだけでありますように……。
「ま、なんにしてもご飯にしよう。折角の土曜日なんだし、朝は軽いのにしておいたけど、義嗣の復活を祝って昼と夕ご飯は贅沢にしちゃおう」
「うぅ、そうだね。もう最悪の場合は虎次郎達に丸投げしちゃえば良いし」
「いや、それはそれでどうかと思うんだけど……まぁ、でも義嗣が無理するよりは良いか」
「まぁ某達もついておりますからな。佐藤殿にも滅多なことは無いと思いますが……何かあったら、叫ぶなりしてでもお呼びくだされ。迅速に駆けつけますゆえ」
「マジでそん時はお願いしますですよ……」
……あ、そういえば虎次郎の目がどうたらって話を訊くの忘れてた。あいつ目見えてないの? その割にはメガネかけてるし、単純に視力が悪いってだけじゃないの?
まぁ、そのうち訊けばいいや。大事なことなら虎次郎も自分から教えてくれるだろう。とりあえずそういうことを聴いたってことだけ覚えておこう。
何はともあれ……うぅ~……クトゥルフ怖い。