転生傍観者~リリカルな人達~【改訂版】 作:マのつくお兄さん
翌日、4月28日木曜日。翌日が祝日ということもあって浮かれる生徒達も多い中、アリサちゃんやすずかちゃんの表情は多少落ち込んでいた。それでもすずかちゃんの顔にはそこまで陰が無いのは、刹那が登校しているのが大きいのだろう。
あのあと三人はアースラに移ることになったのか、教室にはなのはちゃん、虎次郎、悠馬の姿が無い。先生からも連絡があったが、全員家庭の事情でお休みすることになっているそうだ。
それが嘘であり、ジュエルシード探索のために彼らがこの場に居ないのであるということを知っているのは、この場では僕と刹那、そして恐らくは、あれ以来一度も会話していない恵理那さんだけだろう。
外は快晴。前世では花粉症に悩まされていた物だが、幸いなことに今世では今のところ発症していないため春の麗らかな陽気を楽しめているのは結構なことではある。とはいえやはり仲の良い友人がいないだけで、そんな爽やかな気持ちも落ち込んでしまうものだ。
昼休みになって、刹那のお手製弁当を二人で食べている時も、どうにもいつものような気分になれなくて僕は生返事ばかり返していた気がするけれど、刹那もすずかちゃんやアリサちゃんに話しかけられてもなんだか似たような状態だった。
虎次郎となのはちゃんが休んだ理由を知っていそうだから訊きに来たのに、どうにも要領を得ない刹那に腹を立てながら僕にも質問してきたアリサちゃんだったが、僕も教える訳にはいかないので「知らないけれど、何も事前連絡しなかったってことは、きっとすぐに済むことなんじゃないかな」と笑って返すので精一杯で、申し訳ない気持ちになる。
すずかちゃんだけは、ぼんやりしたままの刹那に懸命に声をかけていたけれど、結局何にもならなかった。
放課後になり、刹那と二人で下校することになったのだが、会話が弾まない。
気分転換に図書館に行くことにしたら、久しぶりに(とは言っても三日前にも会っていた訳だが、体感としては久しぶりな気がした)はやてちゃんに会ったことで少しは気が紛れたけれど、そのはやてちゃんにも「二人とも具合でも悪いんか?」と心配される始末で、どうにかしないといけないと思ったが、思うだけでどうこう出来る状態ではなかった。
昨日、落ち込んだ気分を明日からはいつも通りにと思ったはずなのに、何故か全然気分が上を向かない。刹那がぼんやりしているのは、恐らく自分だけがジュエルシードの案件から一抜け出したことでなのだろうとは思うのだが。
……おかしい。本当におかしい。放課後になって、更に図書館ではやてちゃんとも話したというのに、ろくにボケの一つもでないなんておかしい。
いや、口には出さなくても心の中ではいつもハイテンションが僕のはず。こんな憂鬱でローテンションではいけない。
ヒャッハー、僕ってばなんってクールなんでしょう!!
……なにがどう、どのへんがクールなんだろうね。知らん。
う~……虎次郎が戻ってくるまでには直しておきたいところだけど……なんなんだ……? 確かに嫌な予感みたいのがずっと頭の片隅で警報を鳴らしてるんだけど、それが何なのか全然分からない。少なくともさほど原作とは絡んでないし、原作イベント関係じゃないとは思うんだけど……。
アインのもふもふで多少は癒されたけど、なんなんだろう。
その日は結局、セイバーにまで心配される始末で、刹那と添い寝させてもらった。どうやらセイバーもそれを許してしまうほどに今の僕は具合が悪そうに見えているらしい。
その日は何かに飲み込まれる夢を見た。
☆
風邪をひいた。らしい。
らしい、というのはどうにも身体が重く、身体が熱く、身体の内が冷えて、震えが止まらず、視界も定まらなくて寝言も酷かったらしいということを起きたら言われて、体温計を腋に入れさせられたのである。
出た体温は、39度6分。高熱だ。
きっと寝汗も酷かったから、抱きつかれていた刹那は大分不快な思いをしただろうし、その上この風邪を刹那に移していないだろうかと不安になったけれど、刹那は笑って大丈夫だと言ってくれた。
時間操作で風邪をひく前まで戻すかと訊かれたが、子供の内は病気にかかって免疫を高めてなんぼだ、と伝えて学校に行ってもらおうとしたら、今日は休みだと笑われた。
でも買出しとかも必要なので、刹那が栄養食品とかを買出しに出ることになった。家を出るまで何度も僕を心配してくれていたけれど、セイバーもいるから大丈夫だ、と伝えて行ってもらう。
しんどいが、とにかく一度シャワーを浴びてからセイバーに身体を拭いてもらい、そのままベッドに運んでもらって寝込む。
……しかし、どうして今更風邪なんかひいたんだろうか。ひくならば土日あたりに寒い中薄着でいた時だろうに。それとも今までひいていたのに気付かなかったのダろうか?
頭が回らない。酷く切ない。心細い。誰かに傍にいてほしい。泣き喚きたい。抱きしめてほしい。お風呂に入りたい。汗が気持ち悪い。寒い。温かい物が飲みたい。熱い。身体を冷やしたい。
グルグルグルグルと頭の中で取り止めも無い感情が蠢く。アインが僕の汗だくのほっぺを舐めてくれたり、セイバーがつきっきりで身体を拭いてくれたり、水やポカリなどを飲ませてくれているのが何よりも嬉しい。
セイバーなんか終いにはボロボロと涙を流しながら水を飲んだ僕をそっと抱きしめて背中をポンポンと撫でてくれた。……ありがとう。大好きだよ。
病気にかかると人間、心が弱くなるものだ。特に子供の身体だから尚更だろう。
申し訳無かったけれど、「某はデバイスですから、風邪になどかかりませぬでな。不肖このセイバー程度の胸で良ければ貸しますゆえ、今は暫し泣かれるがよかろう」などと言われてしまったもので年甲斐も無く抱きついたままぐしぐし泣いてしまった。
いつもみたいな半泣きではなくて、本気でだ。本当に、恥ずかしい。
まぁ、年甲斐といってもこの身体で生きているのはまだ8年ちょっとだ。仕方ない。精神は身体に引っ張られるのだ。
そうして、昼より少し前くらいだろうか。眼が覚めるとセイバーがいなくなっていて、代わりに刹那がアリサちゃんとすずかちゃん、それにはやてちゃんを引き連れてわざわざお見舞いに来てくれたのだと教えてくれた。
昨日の僕のおかしな様子で心配していたら、案の定今日高熱を出して休んだということを刹那から電話で聴いて呆れながらも来てくれたそうだ。はやてちゃんには、アリサちゃんから電話して呼んでくれたとか。
とても嬉しかったが、風邪を移すかもしれないのであまり近づかない方が良い。
そう思って伝えたら、アリサちゃんにでこぴんされた。
「高熱出して寝込んでる時まで人に気ぃ使ってるんじゃないわよ。ったく、虎次郎ならまだしも、アンタがそんなに根性あるとは思わなかったわ」
呆れた、と言わんばかりにアリサちゃんが言っていたけれど、正直この体調時にでこぴんは勘弁して欲しかった。その気持ちを分かってくれたのか、刹那が「言いたい事はわかるけど、病人にでこぴんはやめてあげようよ」と苦笑して注意したためにアリサちゃんに謝られたけれど、ちょっと今更である。
そしてはやてちゃんが「病気で心細い時は、やっぱり人肌恋しいやろ~? このはやてお姉ちゃんが添い寝したってもええんやで~?」とか、凄い優しい顔で言ってくるもんだから、本気でお願いしたくなった。
「ありがとう。でも風邪うつしたら悪いし……大好きだよ、はやてちゃん」
ぼろぼろ涙がこぼれて仕方が無い。人の優しさが心に染み入るって感じ。
はやてちゃんも、アリサちゃんも、すずかちゃんも、刹那も、セイバーも、虎次郎も、なのはちゃんも、ユーノくんも、フェイトちゃんも、あと悠馬も、皆大好きだよ、と、それだけ伝えて僕はふわりと意識が刈り取られる。
――遠くで、何かの這いずる音が聴こえた。