転生傍観者~リリカルな人達~【改訂版】   作:マのつくお兄さん

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第一部~リリカルなのは 無印~
1.てんぷれ


 何もない空間。何もない世界。

 白以外の色は無くて、音も無くて、地面も無くて、空も無い。

 ここはどこだろうと考えても分からなくて、今は何時だろうと考えても分からない。

 終いには自分が誰だったかすら、なんとなくあやふやになっていることに気付いて、俺は思わず苦笑した。

 苦笑する顔があったのかどうかは分からないけれど。

 

 自分は死んだのだろうか?

 何時、どうして、何をして? 誰に?

 サッパリ分からない。ただ、誰かの泣き顔が、誰かの満足そうな笑みが、記憶に焼きついている。

 

「……選べ」

 

 ――唐突に、音も啼く、色も無かった世界に、黒い何かが現れた。

 

 誰ですか?

 

「選べ」

 

 問いに対する答えは無く、そも、自身の問いの声自体が出ていないのかもしれないと俺は納得して、黒い何かを見やる。

 いや、見ようとして実際に見ているのが、本当に自分の目であるのかどうかすらあまり自信が無いけれど、ともかくもその黒い何かを見つめて、ソレが何かカードのような物を持っていることがわかった。

 このカードから、好きな物を選べということだろうか。

 

 無い筈の手と、無い筈の目で、そっと右端のカードを指すと、選ばれたソレはもやから離れ、俺の身体があったならば、丁度胸のあたりに位置するところへと移動して、そのまま消えていく。

 

 ――と同時に、何かが、自分の中へと入っていった。

 

 けれどそれは別に不快でもなんでもなくて、むしろどちらかと言えば心地よい、欲しかったものだったような気がする。

 でも、それが何かは分からない。

 未だカードを差し出したままのソレに、今度は左端のカードを指すとまた、それも胸のあたりへと移動して、消える。

 その時点で、差し出されていたカードの残りは消えて無くなった。

 

 ――結局、このカードのような物はなんだったのだろうか。

 

 そんな疑問に答えるかのように、いや、実際答えてくれたのだろう。黒いもやは一拍置いてから、語りかけてきた。

 

「今与えたのは、自身が好意を持つ相手に幸福を与える能力だ」

 

 能力――。

 多分死んで、気付いたら謎の空間で、謎の存在が目の前に居て、能力を与える?

 そんなありふれた、転生だとか異世界移動などの設定、所謂テンプレートと呼ばれるような物を自分は今体験しているのか?

 

 実感が無いからか、死んだかもしれない(というか多分死んだ)ということよりも、そんなどうでも良い事に意識がいった。

 

 ありがちなのはネコや子供を助けるために身代わりになってトラックに轢かれたとかがポピュラーな線だと思うが、自分はどうなのだろうか。なんとなくその線でもおかしくないと思う程度には、自分で自分がどういう人間か理解しているつもりだ。

 いやいや、それよりもこの展開は、どういうアレだろうか。

 神様の手違いで死んでしまったのお詫びという、神様がヤケに立場低すぎる現実味の無いタイプか、それとも神様の暇つぶしか。

 生まれ変わるなら平和で楽しい世界が良いなぁと思う訳だが、そのへんの希望は出せるのだろうか。

 

 黒い何かに向けて期待のまなざしを向けてみるが、生憎と表情などがあるのかどうかすらわからないもや状のソレからは何も読み取れず、そんなバカなことをしている間に、急激に後ろに引っ張られるような感覚に驚く。

 

「――今度は後悔無き人生を歩むと良い。汝の行く道に幸多からんことを」

 

 ――遠のいていく意識の中で、黒い何かがそう言ったのだけは感じ取り、俺はありもしない表情筋を動かして笑った。

 

 俺は後悔なんてしてないし、幸せでしたよ。

 どんな結末を迎えたかは覚えていないけれど、こうして笑えるんだから。

 

 ――意識が、暗転する。


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