オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~ 作:ぶーく・ぶくぶく
王国侵攻時に謎の白金鎧に襲われた事から、至高の御方の護衛と警戒網を担うには49Lvの〈
〈透明化〉のアイテムを与え、〈透明化〉した状態で上空に警戒網を作っているバイアクヘー。地上波は〈
その直径数kmにも及ぶ巨大な警戒網の中に侵入者があるとハンゾウより〈
王国で遭遇した白金鎧――リク・アガネイア――である。ジョンは〈
ヤルダバオトへ向かいながら、ジョンは〈準備の腕輪〉で状態異常――特に拘束無効系のアイテムを外したセットに装備を切り替える。
数万の亜人の軍勢の前に堂々と立つのは悪魔。炎を上げる翼に紅蓮の拳を持った巨体の悪魔。
ナザリックにも存在する憤怒の魔将だ。だが、これはデミウルゴスの50時間に1回の魔将召喚によって一定時間使役されるものであり、殺されてもナザリックに損害は無い。
レベルは84。
魔将の中では物理攻撃に重点が置かれたタイプでHPもかなり多い。純戦士系モンスターだ。主要スキルがモンクであるジョンとは相性が良い。本気で戦うなら手抜き装備だが――第四位階魔法までしか使えないジョンだが、自身にバフを掛け捲れる分、有利だ。
罰ゲーム有で魔将と戦う予定だったが、覗き見しているもの(白金鎧)がいる以上は軽口は不要。
「――いくぞ!」
魔将の巨大なハンマーのごとき拳による一撃とジョンのテレフォンパンチが交差する。地響きと土煙が撒きあがり、双方が反動で吹き飛ばされる。
当然痛みはあるが、三桁Lv物理アタッカーの防御力は〈アイアン・スキン〉で強化され、そこまでのダメージではない。逆に魔将は膝をがくがくと震わせている。
モンクの素手攻撃は〈アイアン・ナチュラル・ウェポン〉で強化されるが、異形種であるジョンの場合、そこに身体武器の威力が上乗せされる。廃人プレイで〈
同レベルの人間種モンクと比べ、スキル構成で不利があっても、基礎攻撃力では圧倒的に有利なのが異形種モンクなのだ。本気の場合はこれに〈
〈
膝が笑って行動が阻害された魔将へ第三位階魔法〈
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都市の上空に逃れた魔将への攻撃はギャラリーに良く見えるよう試作品の小手(モンクにとっての武器である)を使う事にする。それは〈
ジョンの腕に龍のごとくのたうつ白い雷撃が生じ、手から肩口までを荒れ狂う。一拍の後、突きつけた指の延長上にいる魔将めがけて落雷にも似た放電を発しながら雷撃が中空を駆けていく。
〈
双方のレベルからすれば大した事のない魔法だが、それは地上から見上げる者たちには神話の光にも見えた。
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都市内部で多くの人と一緒にネイアは空を見上げていた。
ウルフ竜騎兵団に助けられ、歌に励まされ、ジョンに心服している者たちが多いがそれだけではない。
聖騎士だっているし、神官だっている。ネイアからは人の壁で直接見えないが、レメディオスだって話し声が聞こえる程度の距離にいる。
そこで眺めている誰もが、例える言葉もない戦いだった。
観戦する最中も、風が、炎が、雷が、人知を超越した巨大な力の奔流が荒れ狂う。その中の一つでも、多くの命を容易く奪うであろう力の放射。
そして、神話の戦いから零れ落ちてくる歌声。
勇気を、意志を奮い立たせるような青い人狼の歌声が降ってくる。
弱い僕が叫んでいた、と。強くなるんだ、と。
「弱いままじゃダメなんだ。強くならなくては、強くなる努力をしなくては。心無い言葉ではなく、心有る言葉で自分を、隣人を奮い立たせて……強くなるんだ」
ネイアはこの頃いつも思う事を小さく口にする。幾度も繰り返し続けた事によって、それは祈りの言葉にも似てきた。
上空から拡声魔法を使っているのかヤルダバオトの声が聞こえてくる。
「……私の勝ちだな。貴様は無事かもしれないが、都市の人間は皆殺しだ」
ネイアは優れた視力でヤルダバオトの手が天へ向けて突き上げられたのが見えた。
空が曇り、都市に影が落ちた。
「団長! あれはッ!?」
聖騎士が空を指さし、叫んでいる。
その先にあるのは巨大な燃える星――隕石だ。突如、現れた隕石は真っ直ぐに都市に向かって落ちてきている。
「ふざけるな! たかが石ころ1つ。
空中でぶつかり合っていた2つの光。片方が飛び出して、隕石に体当たりし――そのまま隕石を支えようと踏ん張っている。しかし、足場の無い空中では力が入らないのかじりじりと押し負けている。
「Croitzal ronzell gungnir zizzl――団長!今行きます!」
光が迸ったかと思うとメイド服から、白と黄色を基調として、身体にぴったりと密着する奇妙な恰好になったクレマンティーヌが空へ飛び立ち、隕石を押し戻そうとしているジョンのフォローに入る。
「俺も」「私も」
そう声が続き、ウルフ竜騎兵団で〈
「止めろ! こんな事に付き合う必要はない! 下がれ! 来るんじゃない!」
「多くを救えるかどうかの瀬戸際なんだ。やってみる価値はありますぜ!」
そう言って、飛ぶ能力のある者たちが次々と飛び立つ。その中には解放軍の神官の姿もあった。
(私は――カルカ様の思いを――!)
失意の底にあった。憎悪に焦がれた心であった。しかし、その闇の中に一欠けらの光が残っていた。
レメディオスは決意の瞳で空を見上げると鎧の力を解放し、飛び立った。
亜人、異形種と共に、人々を守る為に、飛び立ったのだ。
それはまさに神話の光景だった。
翼の無い誰かが手を組む。その横で誰かが真似をする。それは連鎖し、感染し、爆発的に広がっていった。都市の空を見上げるほぼ全ての人々が空を見上げ、手を組んだ。
それは崇拝にも似た何かだった。
どれだけの時間が経っただろう。短い時間だったかもしれない。ネイアには分からない。やがて――空を震わせる雄叫びと共に巨大な隕石は粉々に砕け散った!
細かな燃える石が雨のように降り注ぐ。
「見事だな。だが――捉えたぞ!」
ヤルダバオトの重く太い声と共に空に浮かぶ青い光が暗闇に飲み込まれる。
青い人狼の周囲に闇が渦巻き、ボコボコと黒い泡のようなものと共に低レベルの悪魔が零れ落ち始める。悍ましい闇から鎖が伸びて浮かび上がる悪魔像に青い人狼を十重二十重に縛り付けていく。
青い人狼を助けようと飛行している者たちが舞うが、悪魔たちに邪魔されて近づけない。
「強者であったが……愚か者だ。脆弱な人間などを庇い、勝機を失うとは、な」
ゆけ悪魔像よ。我が神殿へ! ヤルダバオトの言葉に悪魔像の目が光ると、ジョンを拘束するそれは空へ向けて飛び上がった。その光はやがて点となり、落ちるように東の空に流れ――そして消えていった。
誰もが見守る中、紅蓮の炎が地上に降りてくる。
人々は沈痛な静寂に包まれている。ただ、誰一人として逃げようとする者はいなかった。あの戦いを目にすればわかる。逃げたところでどうしようもない。
炎を纏った翼をはためかせ、勝者がその姿を見せた。
全身には隈なく電流が走った跡が残り、顔の半分はつぶれたようになっている。深い傷口からは新鮮な血がだくだくと流れ、血は高熱を発しているのか大地に落ちるとじゅっという音を上げた。
二人の戦いがどれだけ熾烈だったかを言葉以上に雄弁に語っている姿だった。
「……強者であった。侮った。愚かな事をした。亜人を率いた意味を失うところだった。だが――そう、だが、お前たちのお陰で勝利を掴めた」
信じたくはない。だから、ネイアは叫ぶ。
「嘘よ!」
ヤルダバオトの無事な方の目がネイアを見据えた。生物としての格が違う視線を浴びながらも、ネイアは揺るがない。心を激情が支配しているからこそ、恐怖という余分なものが入らないからこその蛮勇。
「嘘ではない。お前たちの存在が奴の足枷となったのだ」
繰り返されるヤルダバオトの言葉にネイアは胸が潰れたような衝撃を受ける。
ぐらぐらと世界が揺れる。
「あやつがお前たちのような人間を庇おうとしなければ負けていたかもしれん。――何を優先すべきか血迷うような愚か者とはな。お前たちには感謝しているぞ」
(やっぱりだ。やっぱり弱いと言うのは悪なんだ!)
ネイアは己の考えが間違っていなかった事を確信する。
「だからこそ褒美をやろう。それはお前たちの命だ」
「……どういう意味だ?」
誰かが発した問いにヤルダバオトは楽し気に嗤った。
「命を助けてやると言った。この場では、な」
誰かが安堵の息を吐き出し――ネイアは激怒した。
「ふざけるな!ふざけるな!ふざけるな!」
ネイアの手が勝手に動いた。弓を構え、放つ。完璧な一射。予備動作さえなかった一射だった。
しかし、ヤルダバオトは矢を掴み取った。あれだけの傷を受けていながら機敏な動きだ。
ヤルダバオトが真正面からネイアを睨み、その視線がネイアの弓――アルティメット・シューティングスター・スーパーに動く。
同時にネイアの視界に巨大な聖杖が割り込んできた。
「そこまでよ。……ヤルダバオト、あなたもここは退いたらどうかしら?」
黒い宝珠の嵌まった聖杖を持つルプスレギナだった。夜の月のように、静かに、金色の瞳でヤルダバオトを睨むのだった。
「確かに頭を無くした群れなど恐れるに足りないな。お前たちの命を助けてやると言った言葉。感謝して貰おうか。〈
ふっとヤルダバオトの姿が消えた。
「お、く、さま」
「うん。ジョン様の奥様ルプーちゃんっすよ」
「おぉくぅさぁまぁぁぁ!!」
ジョンを失った喪失感、罪悪感に圧し潰されたネイアの精神は限界だった。ルプスレギナに縋りついて泣く事しか出来なかった。
「……工兵隊は入浴車を展開して、避難民の仮設テントの再度の設置をしなさい。ペテル、救出隊を結成します。偵察隊から志願者を募りなさい。ゴ・ギンは戦士隊からよ」
しばらく、ルプスレギナの胸で泣き続け、鎮静魔法も掛けられたネイアは感情が落ち着いてくると、頭上で交わされるルプスレギナの声に恥ずかしくなってきた。一番辛いのはルプスレギナである筈なのに自分は何をしているのだろう。
「落ち着いた?」
「……はい。奥様、ありがとうございます。お恥ずかしいところをお見せしました。もう大丈夫です」
今だ涙の跡が残るものの冷静さを取り戻したネイアは、ルプスレギナの前に立つと決意と覚悟の決まった眼で己のやるべき事を話す。
「先ずは王兄殿下に大使閣下の救出部隊の派遣をお願いしてきます。次に私が直接魔導国へ赴き、大使閣下の現状を隠す事なく報告し、閣下の救出隊のご協力をお願いするつもりです」
この状況下で魔導国に行けば碌な運命は待っていないだろう。それでも大使閣下の従者としての務めを果たす必要があるとネイアは考える。
ここから魔導国までネイアが無事にたどり着けるかどうかと言う不安はある。それでもこの命に代えてでも行かなくてはならない。
「おっと、魔導国に行くならバラハさん。俺も一緒に行くぜ」
声を上げてくれたのは元軍士であり、退役後は狩人として暮らしていた初老の男だ。弓の腕を買われ、ネイアの班に所属している。
「気にしないでくれ。ここまで生きてきたんだ。生い先短い身だしな」
「バルデムさん!」
彼の言葉は無事に魔導国へ着いたとしても、その先に待つ運命を理解してのものだ。
「おっとネイアちゃん。俺も忘れないでくれよな!」
「コディーナさんもですか!?」
「俺も一緒に行くぜ。別にお嬢ちゃんの為に働く気はねぇけど、
「メナさんまで!」
ネイアの班に所属してる中でも、優秀な者たちが率先して名乗り出てくれた。彼らが協力してくれるのであれば、無事に魔導国に辿り着く事も無理ではないだろう。
彼らの己の生命すら投げ出して魔導国に向かおうとする覚悟の決まった瞳にルプスレギナは見覚えがあった。
「……ああ、ジョン様が好きな瞳ですね」
独り言のようなルプスレギナの呟き声に、ネイアは思わず顔を赤くしてしまう。別にそういう意味でいったのではないだろうが、それでも尊敬する人の好きと言う言葉にはかなりの破壊力がある。
「何を勝手な事を言っているんだ。お前たちは聖騎士団の指揮下にあるんだぞ」
「カストディオ団長こそ何を仰っているんですか!? 大使閣下の救出以上に優先すべき事があると言うのですか!」
「部隊の立て直し、捜索隊の編成。すべきことは山ほどある!」
「――それは!?」
「王兄殿下の元へ行くぞ。ウルフ竜騎兵団に遅れるわけに行かないからな」
/*/ チョロゴン /*/
あの〈
八欲王とは違うのか……友よ、どう思う……友よ……。
/*/
会議は政治と権力のドロドロとした臭いが漂い始めていた。
聖騎士や神官が多くの民を救える道を模索しても、貴族たちは戦後を見据えると南の影響力を少しでも削ぐため西の大都市カリンシャを落とす事を望む。
貴族派閥と聖騎士神官派閥で二分された会議だが、カスポンドの「犠牲が少なければ良いのだな?」との言葉にレメディオスを除いた面々が頷いた。
「よし。それではカリンシャ奪還に関しての作戦を後で練ろう。さて――次の件だな」
そうして、カスポンドはネイアに向き直った。
使者を送り出す件は王兄であるカスポンドが、正式な使者を立てるとの事でネイアたちは何も言えなくなった。王兄の言葉を信用しないという態度を示すのは非常に不味い。レメディオスは納得していたようだったが。
捜索隊を出す件も、人跡未到のアベリオン丘陵に赴き探す手段があるのかと言われれば、言葉に詰まる。
土地勘なしで、亜人たちの住まう大地を捜索する事など出来る筈がない。二重遭難になって捜索隊が全滅するのは火を見るより明らかだ。
丘陵で生存する技。亜人たちの監視網を掻い潜る技。情報を集める技。それらを準備せずに向かうのであれば、それは遠回りな自殺だ。そう指折り数えてカスポンドに言われ、ネイアは押し黙る。
「だからこそ、丘陵について知識を持つ者を見つければいい」
その言葉に目をぱちくりさせたネイアにカスポンドは苦笑する。
「いいかね?亜人を捕虜にして、連れて行けば良いのだよ。その亜人に先導を命じれば安全度はそれなりに高まるはずだろう?」
「あ」
「だから、少し待ちたまえ」
そうは言っても、ネイアに思い浮かべられる亜人は目を血走らせて殺到してくる姿ばかりだ。寝返り交渉に応じるようにはどうしても思えない。
ぐるぐると思考の迷宮に迷い込んでいると、扉が勢いよく開かれ、一人の聖騎士が入ってきた。
荒い息で室内を見回した彼はレメディオスではなく、カスポンドの元に向かった。
周りには知られたくない情報なのか、王兄を部屋の隅に連れて行って耳元で何か呟いているのだが、ネイアの鋭敏な聴覚は所々の単語を捉える。その中で最も興味を引いたのは「亜人」「使者」と言う単語だった。
「諸君、私は急用が入ってしまった。申し訳ないが、この会議はここまでにさせて貰う。君たちでカリンシャ攻略の作戦を立てておいて欲しい。それではカストディオ団長。私について来てくれ」