オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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第60話:魔皇ヤルダバオト

 

 

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西門では火災が発生していた。黒い煙がもうもうとあがり、〈密集陣形(ファランクス)〉に前を防がれたオーガたちは槍に突かれ、煙にまかれ、動揺している。

レメディオスは陣形を飛び越え、槍の届かない場所にいる亜人たちを片っ端から切り捨てる。

 

油――これもウルフ竜騎兵団から提供された良く燃える錬金油だ――を撒いた落とし格子のあたりから、こちら側に乗り込んできた亜人は少ない。50匹くらいだろう。

 

先ずはこの先遣隊を皆殺しにして、敵の戦意を僅かでも削ぐ。先陣を切った者たちなのだから、意気は高く精強な兵に違いない。彼らを掃討できれば雑魚を殺すより影響力が強い筈だ。

 

レメディオスは息一つ乱さず、敵を次から次へと切り倒していく。

 

オーガのような大型の亜人もこの混戦の中では自分の強味を活かせず倒れていく。聖剣が縦横無尽に駆け巡り、涙で滲む煙の中から亜人の姿は消え去る。壁の向こうからはまだまだ大勢の亜人たちが騒がしくしているのが聞こえた。戦列を整えている最中かもしれない。

 

ゆっくりと後退するレメディオスは黒煙の向こう、そこに数匹の亜人の姿を確認する。下がるべきではないとレメディオスの直感が囁く。

 

徐々に薄くなっていく黒煙の中、三匹の亜人がこちらに向かって歩いてくる。その姿に直感が間違っていなかったと確信する。

 

獣の上半身と肉食獣の下半身を持つ戦士。

四本の腕を持つ女の亜人。

黄金の装身具を多数つけた、純白の長い毛を持つ猿にも似た亜人。

 

本来ならばここで何万もの亜人と一人で切り結ぶつもりだったし、十分な勝算もあった。そのレメディオスをして、この三匹を同時に相手取るのは危険だと感じさせる。たった三匹。しかし、その足取りは悠然として、自信が漲っている。味方である亜人の群れでさえ、その三匹に任せて一歩たりとも近づいてこようとしない。

 

レメディオスは聖剣を強く握りしめ、振り返らずに言う。

 

「……ゴ・ギン、クレマンティーヌ」

 

二人が民兵たちをかき分けて出てくるのが音で分かった。

ウルフ竜騎兵団より派遣された二人だ。事前の手合わせで二人とも自分と同等かそれ以上の強者だと言う事は分かっている。

 

ゴ・ギンは3mはある巨体に全身鎧、巨大な棍棒と頼りがいのある外見をしているが、クレマンティーヌは戦場に似つかわしくないメイド服姿の少女だ。戦闘メイド見習いと言う役職につけられ、メイド服でいるよう命令されているらしい。本人は着替えたがっていた。

 

「まだはっきり見えないが、まずあの二匹の亜人は戦士としての力を持っている。もしかすると猿のような亜人はモンクかもしれない。四本腕は〈魔法詠唱者(マジックキャスター)〉としての能力を持っていると見なすべきだろう」

 

「それじゃーあの四本腕は私が引き受けるよー」

魔法詠唱者なら私の戦闘スタイルと相性良いしーと間延びした喋り方でクレマンティーヌが言う。

 

「それでは俺は獣の上半身と肉食獣の下半身を持つ戦士とやらせて貰おう。獲物がバトルアックスと言うのも良い。良い戦いが出来そうだ」

猿は団長殿に任せた。巨大な棍棒を肩に担ぎながら、ゴ・ギンもそう言う。

 

三匹の亜人は門の内側に入ったあたりで足を止めた。

 

 

「――たかが人間如きを相手に我々が協力して事に当たらなくてはならないとは、な」

 

 

薄れた黒煙の向こうから、余裕の感じられる声が届く。

聖剣を握るレメディオスの手に汗が滲む。舌の上に、危険が迫っているとき特有の苦みが広がる。

近くまで来るとはっきりと分かる。

 

獣と猿は強者の中の強者。四本腕は少し分からないが、並んで来るぐらいなのだから同格。つまりはレメディオス級の存在が三匹と見なすべきだ。

 

「全く――邪魔な煙だ。やれやれという奴だな!」

 

ゴウ、と風が吹き抜け、残っていた煙を全て吹き飛ばす。

亜人たちの姿がはっきりと顕わになった。先頭は巨大なバトルアックスを持った亜人。

 

「それじゃぁ人間のお嬢さんに……そっちの戦士はオーガかの? 自己紹介をさせて貰おうか。わしはハリシャ・アンカーラと言う。そして、こちらがヴィジャー・ラージャンダラー殿。最後はナスレネ・ベルト・キュール殿と言う」

 

「その名! 白老に氷炎雷か!」

 

背後から彼らを知っていると思しき聖騎士の声が上がる。

 

「くくくくく、儂らの名前は人間どもにまで知られておるようじゃの。雛っこは――」

「――人間。俺にはそういった異名はないのか?」

「ヴィジャー・ラージャンダラーと言う名前には聞き覚えがない。ただ、同じ様なバトルアックスを持った獣身四足獣では有名なものがいる。魔爪だ。魔爪ヴァージュ・サンディックだ」

「それは俺の親父だ」ふんとヴィジャーが鼻を鳴らした。「俺が魔爪の継承者、ヴィジャー・ラージャンダラーだ。魔爪と聞いたら俺の名前を思い出すようにさせないとな」

 

名前、賞賛、勲を立てる事に囚われている若者ならば……ゴ・ギンは自らの相手を取り込む為、先手を打つ。

 

「俺はバハルス帝国闘技場八代目“武王”にして、“巨王”ゴ・ギン。魔爪の継承者、ヴィジャー・ラージャンダラー殿へ一騎打ちを申し込もう」

「バハルス帝国? 闘技場? 聞いた事のない名前だが、“王”を名乗るのであれば強者なのだろうな? その申し出受けてたとう」

 

「……思うんだけど、こいつらって感知能力低いのかな。名乗んなくても強者って分かるよね」

クレマンティーヌが疑問を呟くが答える者はいなかった。とは言え、そんな事は意にも介さず、クレマンティーヌはナスレネににっこり笑いかける。

 

「じゃー私の相手は四本腕のおばさんかなー? お・ば・さ・んw」

「――ほぅ」

 

クレマンティーヌの嘲笑にナスレネの目がすっと細くなり、周囲に物理的に冷たい空気が漂い始める。神獣様に囚われる前は20代半ばで若作りもしていた〈自分(クレマンティーヌ)〉だが、今の自分は10代半ば。厚化粧の〈魔現人(マーギロス)〉には色々と負けない。ふふん!と胸を張って若さを主張する。

 

「では、儂はそこの人間のお嬢さんが相手かの」

かくして、1対1が三組できあがった。

 

 

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巨大な棍棒とバトルアックスがぶつかり合う。空気が大きく振動し、後方の民兵たちからどよめきが湧き起こる。感嘆か畏怖か。

ゴ・ギンの棍棒は既に修理済だ。傷一つない。ヴィジャーの武器も同様だ。

普通の武器であれば欠け、歪みが生じたであろう勢いでの激突だ。ヴィジャーの武器も魔法武器なのだろう。

 

ゴ・ギンは胸部に叩き付けられるバトルアックスをそのまま受け、振り上げた棍棒を振り下ろす。

 

ヴィジャーは頭を捻って肩で受けるとそのまま転がって勢いを殺す。しかし、肩は激痛が走り腕が上がらない。

必殺のバトルアックスは確かに胸部へ叩き込んだ筈だ。だが、ゴ・ギンの魔法の鎧は巨大なバトルアックスを防ぎ、ウォートロールの強靭な身体が衝撃に耐え切ったのだ。

 

これこそ継承者の力を見せつけるのに相応しい戦い。死闘の予感にヴィジャーは口角を上げると雄叫びと共に突進した。

 

 

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すっと行ってドスッ。自分の〈戦闘様式(スタイル)〉が通用しそうな相手でクレマンティーヌは安心する。

四本腕の亜人は〈魔現人(マーギロス)〉。魔法を扱う能力を備えた亜人だ。法国の教育にまぁ感謝しても良い。挑発も上手くいっている。

 

「おばさん、お肌の曲がり角だねー。厚化粧にヒビ入ってるよー」

 

「……小娘が。楽に死ねると思うなよ」

 

感知能力が低いのかナスレネはまだ魔法の用意もしていない。

こちらは戦闘メイド見習いと言う事で無理やり着せられたメイド服だが、身体の動きを妨げない。その上〈鎧強化〉と〈属性防御〉がほどこされ、オリハルコン製の全身鎧程度の防御力があるのだから驚きだ。ブーツも移動速度upの能力を持ち、その他の全身〈魔法の品物(マジックアイテム)〉で武装している。

 

「それじゃ、いきますよー」

 

余裕たっぷりに相手を挑発しながら、クラウチングスタートのような独自の構えを取ると後方から歓声があがった。

「見えた」「黒だ」「うおおお」とかの声が聞こえる。その声を耳にしてクレマンティーヌはげんなりする。自身の超前傾姿勢故に丈が短いスカートでは、後方の民兵たちから下着が丸見えと言う事だ。

 

本来はペストーニャが用意してくれたズロースを穿くハズだったのだが、あの〈神獣様(エロ神様)〉がガーターベルトを寄越してきたのだ。それも無駄に〈魔法の品物(マジックアイテム)〉。〈筋力強化〉と〈敏捷強化〉の施された強力な〈魔法の品物(マジックアイテム)〉のガーターベルト。着用するのとしないのでは突進の速度も威力も段違い。悔しいが装備せざるを得ない。そこまでするなら下着も〈魔法の品物(マジックアイテム)〉で寄越せと言うものだ。

 

「〈疾風走破〉〈超回避〉〈能力向上〉〈能力超向上〉」

 

解き放たれた一本の矢のように走り出す。武技と全身の筋肉、装備の能力を全て解放し、まとめ上げての突進。

力の差を思い知らせようとしていたナスレネは、まだクレマンティーヌの距離ではないと何の用意もしていなかった。

 

「ちぃぃぃッ!? 〈氷葬騎……(フリーズラ……)〉」

 

切り札の一つである第四位階魔法〈氷葬騎士槍(フリーズランス)〉を発動させ――ようとしたが、それよりも早くクレマンティーヌのスティレットがナスレネの胸に突き刺さる。

 

「――起動」

 

突き刺したスティレットから〈火球(ファイヤーボール)〉が起動し、ナスレネを内部から焼き焦がす。

 

「ぎゃあぁぁぁああッ!」

 

「まだまだぁッ!」

 

突進の勢いのままにナスレネを側転宙返りで飛び越しながら、次のスティレットをナスレネの後頭部に突き刺し……

 

「――起動〈雷撃(ライトニング)〉」

 

今度こそ声もなく、長き時を生きた〈魔現人(マーギロス)〉は黒焦げになって倒れた。

ずざぁぁッとナスレネの後方に足を揃えて着地すると、クレマンティーヌは密集陣形の方へ向き直る。

 

民兵と聖騎士の歓声が爆発した。

 

 

やっぱり私って実戦(初見殺し)向きだよね。それはそれとして、パンツパンツうるさい。

 

 

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レメディオスは初っ端から苦戦を強いられていた。

このハリシャ・アンカーラと言う亜人が何か特殊能力を起動させたのか、不自然に硬い。いや、これは聖剣の斬撃が無効化されている。

ハリシャは防御姿勢を取らず一方的に攻撃してくる。

 

「無駄じゃ!無駄!無駄!儂にはそよ風よ!」

 

ハリシャの拳を聖剣で受ける。これも重い。素手とは思えない重さだ。

だが、攻撃の苛烈さに僅かの焦りも感じる。

 

「貴様の防御。時間制限があると見た!」

 

レメディオスのブラフにハリシャの表情が変わった。それが答えだ。

 

「かぁぁぁッ!」

 

石喰猿(ストーンイーター)〉であるハリシャの口から石礫が吐き出される。

苦し紛れの石礫は聖剣に受け止められる。

びりびりと聖剣が震え、レメディオスの腕まで痺れる強力な一撃だったが、聖剣は傷一つ付く事無く耐え切った。

 

しかし、距離は離れた。

 

あの飛び道具で攻撃されると懐に入るのが難しい。聖剣を構えながら隙を窺うレメディオス。

 

 

唐突に――ハリシャとレメディオスの間に炎柱が吹き上がった。

 

 

同時に上空から炎柱の中に何者かが飛び込んでくる。

轟音が響き、爆発したように土煙が舞い上がった。

 

その場の誰もが喉が碌に動かず、口の中に滲む唾を飲み込もうとするが、それが上手くいかない。

本能的にその場の誰もが感じ取っていた。

 

圧倒的な力の塊がそこにある、と。

 

土煙がおさまるまで、誰も言葉を発しない。発せない。

 

炎がおさまったそこには大きな影と燃え上がる炎の色があった。

 

「――私を出迎えてくれた事に感謝しよう、人間たちよ」

 

重く、太い声。

それは悪魔だった。

怒りを湛えた顔に紅蓮の翼。その燃え上がる手――その片手には何かが握られており、レメディオスは目を疑う。

 

それは腐敗した人の死体だった。かつての美しさの面影もなく、肉は腐り、骨が覗き、内臓は零れ落ちている。至宝と謳われた美の一片さえ残していない。あまりに酷い変わり果てた聖王女カルカ・ベサーレスの姿だった。

 

「キィイイァアアア!」

 

雄叫び。いや奇声と言うべきだろう。感情のタガが外れ、狂気に陥った人間が上げるような声が上がった。

声の主はレメディオスだ。

レメディオスは聖剣を真っ直ぐに構え、防御を考えていないかのように、悪魔に突進する。

 

「――邪魔だ」

 

重く静かな声と共に、バシャンという水音が起こる。それと同時にレメディオスが一直線に吹き飛び、壁が壊れたかと思うほどの激突音で、市壁にぶつかった。そして、ボールのように弾んだレメディオスは、力なくその場に崩れ落ちる。

 

悪魔が持っていた死体でレメディオスを殴り飛ばしたのだ。

 

常人なら死んでいたであろう一撃だったが、流石は聖王国最強の聖騎士。命は無事のようだ。代わりと言ってよいのか、鼻に突き刺さるような、吐き気を催す異臭が立ち込めた。

レメディオスを殴った衝撃で悪魔が手にしていた腐敗した死体が、バラバラの肉片となって飛び散った為だ。

 

「おお、なんと言う事だ。君たちの玄関口を汚した事を先ずは心より謝ろう。あの女が何も考えずに突進してこなければ、このような事にはならなかった筈なのだが――言い訳だな。許してほしい」

 

ゆっくりと悪魔が頭を下げる。本心から悪いと思っているかのような態度が、逆に一層恐ろしく感じさせる。

そして、手の中に残っていただろう、炎で黒く焼け焦げた人の足首の骨を無造作に放り捨てた。

 

「やれやれ。君たちが直ぐに撤退してしまうから、あまり振り回せなかった聖棍棒だが、汚くなってきたので処分するチャンスを窺っていたのだ……最後までちゃんと働かせて私は本当に優しい悪魔だ。彼女もきっとあの世で感謝しているだろう」

 

誰に言うともなく、悪魔が言う。

 

「ああああああああああ!」

 

悲痛な声が上がる。口元から血を流しながら、身体を僅かに起こしたレメディオスが、己の身体を撫でている。いや、付着した肉片を集めている。

 

「いい音色だ」悪魔が指揮者であるように軽く片手を振る。「さて、初めまして、だな」

悪魔の視線の先。西門の上には青い人狼の姿があった。青い人狼は問う。

 

「お前が魔皇ヤルダバオトか」

 

「その通り。私こそが魔皇ヤルダバオト。君は、私と戦える強者かな?」

その問いに青い人狼は肩を竦めた。こうすれば分かるか?そう言って、指から1つの指輪を外した。

 

ずん、とその場の空気が重くなったようだった。

 

大きな力の塊が出現した。誰もそう思った。広場で歌っていた気の良い、気持ち良い人狼の雰囲気はどこにもない。見なくても分かる。これは圧倒的な強者だと。

 

「ほう?これはこれは……相手にとって不足なし、と言う奴かな」

「……ゴ・ギン、クレマンティーヌ。下がれ――ルプスレギナ、後は任せる」

 

悪魔――ヤルダバオトを迂回して、民兵たちの密集陣形まで下がる二人(+捕虜になったヴィジャー・ラージャンダラー)を眺めながら、ヤルダバオトは口を開く。

 

「良い判断だ。弱き者が幾らいても意味はないからな」

 

青い人狼は、一瞬、すすり泣いているレメディオスに視線を向けて答えた。

 

「同意するよ。無駄な犠牲は本意ではない」

 

ヤルダバオトがすっと手を挙げると、ハリシャ・アンカーラが彼の斜め後ろにつく。

「まさか、卑怯とは言わないだろうね?」

「――そんなので良いのか?」

ハリシャの頭部がパンと熟れたトマトのように爆ぜた。青い人狼が蹴った小石で頭部を破壊されたのだ。

 

「供回りには弱すぎたな」

「そのようだ。では――」

 

 

いくぞ。

 

圧倒的強者同士の戦闘が開始され――「死ねぇええ!!!」聖剣を握りしめたレメディオスがすすり泣きから、飛び跳ねるように走り出したのだ。

レメディオスの耳に心の内から囁く声が聞こえたのだ。

 

――聖王女の折れた剣。それがお前――レメディオス・カストディオ。そこでめそめそ泣いて朽ち果てるが良い――

 

違う。

自分は折れた剣ではない。聖王女カルカ・ベサーレスの理想を体現する剣なのだ。

こんな所で終われない!終わってはならない!

 

〈聖撃〉を飲み込み強化した聖剣サファルリシアがまばゆい光を放つ。

 

防御装甲無視の聖なる波動。

どんな固い鎧も、鱗も、外皮も意味をなさない。魔法の武具ですら透過する悪を討つ聖なる光輝。

長大な光を宿した聖剣の軌跡が光の帯となって、ヤルダバオトへ向かい突き刺さった。

 

 

「――なんだ? これは? 満足したか?」

 

 

冷ややかな声だった。

「な……な、んで……聖剣の……一撃を受けて……悪な筈なのに……」

あまりにも小さなレメディオスの背中だった。

 

「分からんな。なんで? なんでとはどういう意味だ? ちくりとはしたぞ? それで満足したなら邪魔だから退いてくれないか? お前をここで殺すつもりはない。そこの青い人狼を殺した後だ」

 

ヤルダバオトはレメディオスを無視し、そのまま炎の翼を大きく広げる。それに吹き飛ばされ、レメディオスは転がって戻ってくる。ヤルダバオトは無様に這いつくばった彼女を一瞥もせず、「ここでは邪魔が多い。場所を変えようではないか。……ああ、逃げるなら逃げても良いぞ?」そう言って飛び去った。

 

「大使閣下、大丈夫なのですか?」

 

密集陣形から出てきたグスターボが質問する。その視線は立ち上がろうとはせず、がっくりと肩を落としたレメディオスの背中に向けられていた。

 

「大丈夫さ。神獣様と呼ばれる俺の力、しっかり見てくれよな」

 

「……大丈夫だ。まだ大丈夫だ。妹が、ケラルトがいる。あの子ならカルカ様だってきっと……」

ぶつぶつと呟いていたレメディオスが己の顔を叩き、勢いよく立ち上がる。

 

「カルバイン! 私も行くぞ! 奴にダメージを与える事が出来る武器を貸せ! お前の剣に一時的だがなってやる!」

 

充血した目に憎悪を宿したレメディオスに対し、ジョンは首を横に振った。

 

「全ての刀は黒刀に成り得る……と言う言葉がある。聖剣がヤルダバオトに通じなかったのは単に担い手であるレメディオスの力不足だ。俺の拳は聖剣でもなんでも無いが、奴に届くぞ?」

 

モンクの理屈でレメディオスを煙に巻く。

己の力不足故に聖剣最強の一撃も届かなかったと突きつけられたレメディオスは。

 

「……ああ、分かった」唇を噛み締め、吐き捨てるように言う。「あのゴミ野郎を絶対に殺せ」

「了解だ」

 

ジョンは(ああ、やっぱりレメディオスは育ちが良いんだな。俺が同じ状況なら伏字オンパレードの罵詈雑言だわ)と内心で思う。

 

「――聖騎士たちよ、その遺体を丁寧に集めてくれ。少しも残さないように」

「団長……この、ご遺体は……」

 

心当たりがあったであろう聖騎士の震える声を、レメディオスが断ち切る。

 

「悪魔の欺瞞工作の可能性を忘れるな」

 

レメディオスが振り返りもせずに歩き出す。幾人かの聖騎士が半分怯えたような表情でその後ろに続いた。

「大使閣下、団長の態度は誠に申し訳ございません」グスターボが頭を下げた。「……謝罪して許される事ではありませんが、お詫び申し上げます」

 

 

「気にしてない。では――行ってくる」

 

 

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ツァインドルクスは顔を上げた。

 

魔神の出現を受け、聖王国へ派遣した鎧が〈ぷれいやー(ジョン)〉を見つけた。

どうやら聖王国の人間を助け、魔神と戦っているらしい。

 

ツアーは考える。

 

あの〈ぷれいやー(ジョン)〉は王国では大量虐殺を行っていた。今度は聖王国で、魔神を相手に人間を守って戦っている。この違いはなんだろう。王国では〈ぷれいやー(ジョン)〉の領域を侵したから、反撃したと言っていた。攻撃されなければ助けると言う事だろうか。その強大な力の使い方を学び、注意を払い、責任をとる事を学び取ったのだろうか?

 

かつての友のように?

 

 

ならば判り合える道もあるのだろうか。全ては私たちの過ちだ、それでも……それとも最後は――

 

 





ついにヤルダバオトと対峙したジョン・カルバイン。
死闘の果てに待つものは何か!?

次回「俺がガンダムだッ!」

乞うご期待!

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