オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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第57話:災害復興お手本はJ隊

 

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都市の奪還、人々の解放はウルフ竜騎兵団の力で簡単にすんだ。

攻め手の聖騎士や民兵の被害は――攻城戦の初期で挫折したのもあって――ほぼ皆無であり、囚われていた民たちの被害も戦士隊の進行ルートでこそあったものの、攻城戦と言う混乱を考えれば、その数は驚くほど少なかった。

 

これをウルフ竜騎兵団抜きで行っていれば、どれだけの被害が出たのか空恐ろしいものがある。

 

喜びに人々が沸き立つ中、ウルフ竜騎兵団は次なる行動を開始していた。

先ずはバザーのいた広場を中心としての清掃活動だ。

この都市を占拠したバフォルクたちは衛生面に関心がなかったのか、どこもかしこも生ゴミや糞尿だらけで、不衛生なこと極まりない。

工兵隊のみならず、戦士隊も総出で清掃していく。水路に繋がる大きな穴を掘り、エ・ランテルから持ってきた〈衛生粘体(サニタリースライム)〉を放り込んで、水路に流した汚物の処理が出来るように工事する。ジョンも《建築作業員の手》なども使用し、清掃しながら周囲の建物も解体し、広場を広げていく。

 

清掃が一段落すると都市外に待機していた牽引車を工兵隊のオーガたちが牽いて広場までやってくる。

 

それは複数の牽引式野外炊事車、牽引式野外食料運搬車、牽引式野外入浴車であった。

 

牽引式野外炊事車は『湧水の蛇口』『発火の焜炉(コンロ)』『無限の水差し』、〈小型空間(ポケットスペース)〉等の空間拡張を多用した釜などの炊飯器機を備え、60分で最大500名の炊事能力を誇る。調理種類は 炊飯・汁物・焼き・煮る・炒め・揚げとなんでもござれだ。更にはアイスクリーム製造機も完備する。

 

牽引式食料運搬車。これは〈小型空間(ポケットスペース)〉等の空間拡張を多用した冷蔵庫、冷凍庫を備える牽引式の食料運搬車であり、余裕があれば、卵、牛乳、生鮮野菜などは竜騎兵隊が運搬もしくは「ありんすマークの引越し便」が配送してくれると至れり尽くせりだ。

 

野外入浴車は災害派遣で評価の高い自〇隊のそれを参考に開発したものであり、『湧水の蛇口』『発火の焜炉(コンロ)』『無限の水差し』を応用したボイラー、〈小型空間(ポケットスペース)〉等の空間拡張を多用した貯水タンクを備え、装備を展開する事で男女別々の風呂を用意できる。湯沸時間は約45分。入浴可能人員は約1200人/日だ。

 

また、どさくさにまぎれて《建築作業員の手》がステージを作っていたが、誰もそこには触れなかった。

 

牽引車たちは工兵隊の隊員たちが取りつき、手際よくてきぱきと展開され、炊き出しや入浴の用意がされていく。また救護所やウルフ竜騎兵団の事務所も設営されていった。

恐るべき手際の良さであった。

 

解放に喜ぶ人々、温かいスープに落涙する人々。

 

ウルフ竜騎兵団は亜人を中心とした部隊だが、それでも温かい食事、温かい入浴に清潔な衣服。家族同士、親しい者同士の再会とプライベートが確保された個別の避難テントの温かく清潔な寝床は人々の心に平穏をもたらしていた。

 

その間、領主の館などを捜索していた聖騎士団からの呼び出しもあり、ジョンとネイアは慌ただしく広場を去ると、そちらへ向かっていった。

 

 

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領主の館では悪魔の実験が行われていた。

腕を切り落として他の生物の腕を付けてみるとか、腹を裂いて内臓を交換するなどと言う実験だ。そのレポートらしきものも発見されたのだが、悪魔の言葉で書かれたと思わしきそれは誰も読む事が出来なかった。

 

ふむ、と何処から取り出した〈片眼鏡(モノクル)〉を装着し、謎言語の報告書に目を通すジョン。

 

「悪魔たちの実験の報告書のようだな。誰に何をしたのか名前と実験内容が事細かく書かれている」

 

何枚かの報告書をめくり、ざっと目を通すと紙束をレメディオスとグスターボに手渡す。

レメディオスは一瞥し、顔を歪めると即座にグスターボに手渡す。

 

「私たちには読めません。大使閣下はお読みになれるのですね?」

「マジックアイテムの力を借りてだがね――ああ、これは貸し出せないぞ。そこそこ貴重なものなのでね」

 

そのままやり取りが続くが、解読系の能力者は解放軍にいないらしい事が分かった。

 

「……彼らの治療に役立つなら解読しても構わないが、聖王国の言葉では書き起こせないぞ?」

「それでは大使閣下に読み上げて頂いて、従者ネイアが書き起こす……と言うのはどうでしょうか」

 

「俺は構わないが……バラハ嬢は構わないかな」

「はっ! 閣下のお役に立てるのであれば、これ以上の喜びはありません」

 

なんか、ナザリックのNPCみたいになってないか?とジョンは疑問に思うが、ではそれでと鷹揚に頷いた。

 

「ありがとうございます。それで――別の問題が発生しまして、豚鬼(オーク)たちが捕虜として囚われていたようなのです。どういたしましょう?」

聞けば豚鬼(オーク)たちは聖王国を攻めてきたのではなく、捕虜としてヤルダバオトに連れてこられたらしい。話を聞いても役に立つ情報もなく、これからの扱いに困っているとの事だった。

 

「分かった。場所を教えてくれるか? 彼らの対応は俺に任せると言う事で良いのだな?」

「はい。よろしくお願いします」

 

グスターボが簡単に場所を教えてくれる。都市自体、さほど大きくないので、それほど迷う事もないだろう。

 

 

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豚鬼たちがいるというのは外側から窓に板が打ち付けられた建物だった。かなり大きな建物で、この都市でも2~3番目に大きいだろう。

中に入って豚鬼たちと対面し……ビーストマンと思われたりなどもあったが、代表者と話が出来るまでになり、情報交換が行われた。

 

豚鬼はヤルダバオトに反抗し、懲罰の意味で連れてこられた事。彼らの心は折れ、もはや勇気が湧いてこないと言う。

 

彼らは衰弱している事もあり、脱出の前にウルフ竜騎兵団のキャンプで身体を休めてから、こちらが小都市を出発するのに合わせて聖王国から脱出する方向で話がまとまった。

 

豚鬼たちを連れて広場に戻り、食事や入浴、清潔な衣服を配っていると今度はグスターボからの使いがやってきた。使いに案内された先にいたグスターボの雰囲気が先ほどとは違った。希望が内面からあふれ出るような明るさがあり、声にも張りがある。厳しい現状を打破しうる何かが見つかったのだろう。

 

会ってほしい御方がいると案内された先には、レメディオスの他に一人の痩せこけた男がいた。

 

彼こそが聖王家の血を引く王兄カスポンドだと言う。

 

ジョンとカスポンドはしばし見つめ合い……やがてジョンの方から握手の手を差し出すなどといった場面もあったが、軽く挨拶をし合い。その後、悪魔が紛れ込んでいないか等の話をジョンの方から話した。カスポンドは南と合流して全軍でヤルダバオトの亜人連合と戦うつもりらしい。

 

その後、話は魔導国からの援軍派遣であるウルフ竜騎兵団の件に移る。

 

「それでカスポンド殿。このような時に大変申し訳ない……派遣の見返りなのだが、カストディオ団長たちからは“聖王国の友情と、信頼、そして敬意を”との事だったのだが、我が魔導王陛下は実利をお望みだ」

 

ごくり――その場の者たちが唾を飲み込む音が聞こえたようだった。

 

「実利――確かに……必要でありますな」

「うん。それでだ。戦後の話を始めるのも気が早いが、戦後の聖王国北部では焼け跡からの復興に大量の物資、食料が必要となると思う。南部からの援助で復興しては、北部主導で――現場を知る者たちで、亜人と戦っていく事は出来ないだろう。そこで魔導国から物資と食料を全面的に援助しよう」

 

実を寄越せと言う話で更なる援助を申し出る魔導国大使。一体何を考えているのか。どれほどの見返りを求めているのか。……それは、果たしてこのボロボロの解放軍が差し出すことが出来るものなのか?

 

「それ……は、大変に、ありがたい申し出でありますが……」

 

「我が属国リ・エスティーゼの国王ザナックの妃として、聖王女カルカ・ベサーレスを頂きたい」

 

「「「!?」」」

 

ま、他にも港など欲しいものはあるが、一番はこれだな、と青い人狼は続けるが、その場の者たちの耳にどれほど入っただろうか。

 

「馬鹿なッ!そんな事が認められるものかッ!」

青い人狼に掴みかかる勢いでレメディオスが迫るが、ジョンは肩を竦める。

「そうは言っても団長。俺の知る聖王女陛下ならば、民の為にその身を切るくらいの事は間違いなくなさる方だと思っていたが……違うのかね?」

「ぐ、ぎぎぎ――!」

 

「し、しかし、現在、聖王女陛下は行方不明でして……」

「うん。グスターボ殿。聖王女陛下の遺体が発見されれば、魔導国で責任を持って蘇生させていただくよ。もし遺体が見つからなければ……そうだな。代わりにケラルト・カストディオ殿でもいただこうか」

その遺体も見つからなければ、また考えよう。青い人狼はしどろもどろなグスターボへそう告げるとカスポンドへ向き直った。

 

「それで王兄殿下――貴殿に覚悟はお有りか?」

 

「――そのお話」カスポンドの痩せすぎた顎がぎりっと噛み締められる。眉は寄せられ、苦悩の表情だ。その表情で絞り出すようにカスポンドは言葉を発した。

 

「お受け致します。どうか……聖王国を、お救い下さい」

 

「「カスポンド様!?」」

 

 

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魔導国大使ジョン・カルバインがネイアを伴い退出して1分。カスポンドが「さて」と声を上げた。

グスターボが震える声で問いかける。

「聖王の座にはカスポンド様がつかれるのですか?」

 

「――確かに平時に妹が事故などで亡くなったのであればそうなったかもしれん。しかし、今は状況が違う。疲弊した北と戦力を持つ南。そうなれば南が推す人間が聖王になる可能性が高い。はっきり言って南の大貴族が聖王になることだってあり得る」

 

「そんな!」

 

グスターボの驚きにカスポンドは微笑を浮かべる。

「そこまで驚く事でもないと思うが……このまま良い方向に話が転がって行き妹が見つかっても、南の貴族たちが要求するのはレメディオス団長の蟄居だろう。全責任を被せて、な」

 

「なぜそのような事に?」

 

「聖王女様を守り切れなかった聖騎士たちと言うのは不満をぶつける良い相手ではないか? 無論、そればかりではない。団長は単騎で一軍に勝る。で、あれば、最初に敵の牙を抜くのは戦闘の基本であろう?」

 

「敵など! 一体、誰にとっての敵ですか!?」

 

「南の貴族たちの敵。つまりは聖王女派閥だな。団長は聖王女様の側近だ。彼女が上に立つ聖騎士団もそうだと思われていない筈がないだろう? ……南が味方であれば、とっくに南の援軍が来ているだろう」

 

カスポンドがやるせない表情を浮かべる。その瞳にあるのは諦めの色か。

 

「今のところヤルダバオトに勝利し、妹を……聖王女様を蘇生していただいて、その上で今回の責任を取る形で聖王女様が王国へ嫁がれ、その引き換えに――南の介入を許さず――魔導国を後ろ盾に北部が復興を果たす……聖王国を立て直すにはそれが現実的なところだろう」

 

「王兄殿下。……我々はどうすればよろしいのですか?」

 

「モンタニェス副団長。それはどういう意味だ? 団長が謹慎処分を受けないようにか? それとも聖騎士たちが連座させられる事を避ける方法か?」

 

「より良い聖王国の未来の為に、です」

 

「……妹を見つける事だ。次はこの国を救ったとも言えるような功績を打ち立て、民に全面的に認められる事だ。誰の力も借りずに、我々だけで奴らを追い払うなどと言ったな」

 

「無理です……。もはや魔導国の力なくして戦える筈もありません」

 

グスターボが思わず漏らした泣き言にカスポンドは肩を竦めた。

「しかし、それぐらいしなくてはならないんだ。そうしないと勝った後に来るであろう南の圧力には耐え切れない。――ああ、そうだ。あとは南も北と同様の被害を出すとかだな。結局は力が均衡を保てば問題ないんだ」カスポンドが天井を見上げた。「もっと前に南との融和を図っていれば問題なかったんだがな。あいつの理念は優しすぎた」

 

やるせないと再び肩を竦めたカスポンドに、凍てつくような寒さを宿した声が掛けられる。

 

「弱き民に幸せを、誰も泣かない国を、という聖王女様の願いが間違っているというのか?」

「カストディオ団長……その願いは間違ってなどいないさ。ただ――そう、ただ……我々の力が足りなかった……そう言う事なのだろう、な」

 

くッ。レメディオスが悔し気に漏らした吐息と共に、彼女が掴んだ椅子の背もたれがバターのように千切られた。

 

 

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ジョンとネイアが広場に戻ると広場は、複数の牽引式野外炊事車、牽引式野外食料運搬車、牽引式野外入浴車、それに救護所の周りが賑わっていた。どれもこれも聖騎士や神官たちが提供できるものよりも、豊かで多岐にわたり、聖騎士・神官が率先してウルフ竜騎兵団の亜人たちに協力しているような状態だった。そして、聖騎士と神官が協力している事で、解放された民たちも安心してウルフ竜騎兵団のサービスを受けられる様子であった。

 

「閣下。これは……凄い、ですね」

「だろー。これはまだ魔導国でもウルフ竜騎兵団しか持ってない装備なんだぜ」

 

ネイアの感嘆の声に、知力バフが切れたのか砕けた調子で返事をするジョン。突然、アホの子っぽく喋り出したジョンにネイアはぎょっとするが、度重なる戦闘と移動で張り詰めていた神経を慰撫してくれているのだろうと良い方へ解釈する。俺たちも食事にしよう。ジョンはそう言って、食事待ちの列に並ぶ。

 

「閣下は……その、閣下も列に並ぶのですか?」

「まだ、忙しいしな。2~3日したら、ちゃんとするさ」

 

誤魔化すようなジョンの言葉の間にも、列はどんどん進んで行き、途中でお盆とスプーンとフォークを受け取ると列の長さの割にはさほど待たずに先頭に達する。そこでは白い割烹着を着たゴブリンが給仕をしていた。

 

「団長。何玉?」

「三玉頼む。ネイアは一玉だ」

 

これほど流暢にしゃべるゴブリンをネイアは見たことがなかった。ネイアが驚いている間にゴブリンは大きな器に真っ白い麺を3つ入れると、炊き出し用と思しき大鍋からスープをすくって麺がひたひたになるまで注ぐ。そして、小エビと香草のかき揚げを上にのせる。

 

「天ぷらうどんか」

「はい。ウドンたちが張り切って作りました」

 

「うどん、ウドン?」

 

会話に疑問符を浮かべていたネイアにジョンは笑いながら応えた。

 

「うどん、ってのはこの料理の名前。で、この料理を伝授した奴(オーガ)が随分と気に入ってな。自分の名前を「ウドン」にしたんだ」

 

ジョンがくいっと顎をしゃくった先では、白い清潔な割烹着を着たオーガが厨房で小麦を練って、どしんどしんと叩き付けていた。その様子を子供たちが覗き込み人間では出せないオーガ料理の迫力に歓声を上げている。

 

「な、なるほど……」

 

もう何に驚いているのかネイア自身わかっていない。自分の名前をウドンにしたことに驚けば良いのか。聖王国では決してみられない、オーガに人間の子供が歓声をあげているのを驚けば良いのか。亜人たちが用意した料理を自分が食べる事を驚けば良いのか。分からなかった。

 

広場に張られた壁の無い背の高いテントに用意された席に付き、食前の祈りを捧げると二人はうどんを食する。

 

ジョンとしては箸でうどんを啜りたいところだが、この身体になってから(人狼形態では)口の構造上、啜るのが上手く出来ない。なので、フォークでうどんをパスタのように食べていた。当然、それを見たネイアはうどんとはそうやって食べるものなのだと誤解した。

 

そして、ネイアが驚いたのはスプーンとフォークそれに器だ。

 

銀色っぽい色合いをしている金属製だが銀ではないようだ。硬く、軽く、一体何で出来ているのか想像もつかない。シンプルな作りだが、弓なり型の四本歯のフォークは高精度で、庶民が使える木製の出来の悪い食器とは比べ物にならない。器は高価な陶器だ。これを今、食事をしている民数百人に貸し出せる数を持っているのは、どれだけの財力を以ってすれば可能なのか想像もつかない。

 

フォークで丸めて口に入れたうどんは噛むごとに口の中で跳ねるようなコシがあり、仄かに甘味がある。そして、きのこ出汁のスープが絡み、味に深みを出していた。シンプルだが、これまでに食べた何よりも美味いと言える。小エビと香草のかき揚げはサクサクで信じられないほど良い油を使っているのを窺わせる。

 

温かく、美味い食事だけで、何も問題は解決していないのに、幸せな気持ちになれる。

 

ここまで考え、食事にも力を入れているのかと感激するネイア。すでに食事を終えたジョンは、うどんでは足りなかったのか何処からかお鮭様のおにぎりを取り出してかぶりついていた。

 

 

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そして、お風呂である。

 

貴重な水と燃料をまさしく湯水の如く使って、大きな湯舟に大勢が肩まで浸かれるお湯を張ってある。身体を洗う為の洗い場にはお湯の出る『湧水の蛇口』と応用で作られた『湧水のシャワー』。更には身体を洗う石鹸。髪を洗う為の専用の液体まであった。

 

行軍で汚れた埃と汗を落とすだけでも、さっぱりとする。囚われた人々の身を清められる事への喜びは如何ほどか。

 

身体と髪を清め、恐る恐る湯船に浸かる人々の表情がゆっくりと溶け、温かな至福の表情になっていくのを見ながらネイアもしばし至福の時を過ごすのだった。

 

風呂をあがり、脱衣所に用意されている温かくふかふかのタオルで髪と身体を拭く。そのテントの裏では工兵隊の亜人たちが囚われていた人々の服を慌ただしく洗濯していたが、その様子も〈魔法の品物(マジックアイテム)〉を使っての作業であり、ネイアには見慣れぬ光景であった。ネイアの衣服も入浴中に綺麗に洗濯され、ほのかに温かい衣服は綺麗に畳まれていた。

 

また、囚われていた人々の衣服はボロボロであったので、繕うのも無理なものは新品の服に取り換えられていく。

 

着替えて、外に出ると先に上がっていたジョンに、メイド服とシスター服を足して二で割ったような衣服の赤髪の美女が飛びついているのをネイアは目撃した。

 

「ジョン様! 寂しかったっすよ!」

 

そう言った美女は何者なのか?とネイアが疑問に思うが、言わずと知れたルプスレギナである。ルプスレギナは俺もだぞ、ルプーとジョンに言われご機嫌である。そんなリア充の傍らには、げんなりとした表情の膝丈メイド服を身に纏った金髪ボブカットの少女の姿があった。

 

「どうして、クレマンティーヌがメイドなんだ?」

「戦場に一般メイドを連れ出すのはアインズ様の許可が出なかったので、戦闘メイド見習いって事でクーちゃんを連れてきたっす」

「私、メイド(100点満点中)5点とか言われたのに酷くない?」

 

出来が悪かったら、帰った後にまた特訓すね。にししと笑うルプスレギナ。

 

「奥方様がメイドやれば問題ないじゃない」

「私は従軍シスター役っすよ」

 

役ってなんですか。とネイアが思っていると、ジョンに抱き上げられていたルプスレギナの足が地につき、こちらを見る。あまりに整った美貌。その金色の人懐っこそうな丸っこい瞳に見つめられると自身の凶眼が恥ずかしくなって、ネイアは視線を落とした。

 

「おお! 凄い目つきっすね。クマが酷いけど寝てないっすか?」

 

私がいないからって、こんな子を寝かせないなんてジョン様ケダモノーとけたけた笑うルプスレギナ。だが、〈大使閣下(ジョン)〉の奥方にそんな冗談を言われてネイアは冷や汗が流れっぱなしである。

 

「風呂上りで、すっぴんだからっすかね」

「いや、その子はいつでもすっぴんだったぞ」

 

やめてください大使閣下(ジョン)。こんな美女の前で容姿を語られるとかとんだ拷問です。まして化粧もしてないとバラされるとか。

ふむふむ、とネイアに近づき獲物を見分する獣のように覗き込むルプスレギナ。冷や汗が止まらないネイア・バラハ。

 

「……クマが濃いっすから、オレンジ系のコンシーラーでカバーして――ジョン様、ちょっとこの子借りるっすね」

「おー上手くやってやってー」

 

ウルフ竜騎兵団の事務所――テントだが――の一室に連れ込まれたネイアはルプスレギナに化粧を施される。化粧など紅をひくくらいしか知らなかったネイアにとっては魔法のような……あるいは悪魔の拷問器具のような、メイクセットとメイクアップ術だった。

 

悪夢のような時間が過ぎ、仕上がったと見せられた鏡の中には知らない人物がいた。

 

すっと目尻が上がった涼しげな目元。小さい黒目はアイラインで強めた目の印象とマスカラでちょうど良い大きさに見える。目の下にあったネイアを長年悩ませてきたクマは殆どわからないまでになっている。これだけでも別人に見えるところだが、全体として凛々しい男装が似合いそうな涼しげな美少女に仕上がっており、ネイアは鏡に映った自分自身をぼーっと眺めていた。

 

「うんうん、我ながら良く出来たっす。あとでメイク道具も用意するし、やり方も教えるから、しっかり自分で出来るようになるんですよ」

「え、え、で、でも、私にこんな……」

「ジョン様の従者になったからには、それに相応しい身だしなみも求められるわ」

 

上手く出来ない。そう言おうとしたネイアの弱音を遮って、ルプスレギナはジョンに仕えるならそれに相応しい者になれと言う。魔導国でジョンに仕えるものはオーガですら流暢にしゃべり、亜人たちは清潔できちんとした身なりをしている。偉大なものに仕えるにはそれに相応しいものになれと言うのは、ネイアの心にストンと落ちた。

 

「分かりました。ネイア・バラハ、誠心誠意全霊をもって大使閣下にお仕えいたします」

 

覚悟を決め、決意を宿したその瞳にルプスレギナはうんうん良い心がけっすね、見習い(クレマンティーヌ)よりも見どころがありそうだとネイア・バラハを従者としたジョンの慧眼に感服し頷いていた。

 

 


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