オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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第56話:繰り返される

 

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小都市といってもこの辺りでは最も大きい都市であった。

その為、村を補強した収容所よりもしっかりとした市壁と門を持っている。鉄で補強された落とし格子に石落とし、壁の材質も木ではなく石である。ただ、この都市の人口は万を超えないから、堅牢と呼べるほどの高さも厚みも無い。

 

攻め手にとっては厄介、守り手にとっては不安、と評価するべきだろう。

 

魔導国主導で快進撃となれば、戦後に困る。かと言って兵力にも不安がある。〈ウルフ竜騎兵団(ウルフズ・ドラグーン)〉は解放軍の整えられた戦列の後方で威圧するのが任務だ。せっかくドラゴンまで従えているのに、戦後南部の貴族にあれこれ言わせない為に、もう少し戦力が整うまでは余り手を出してほしくないようだ。

 

他には人質を躊躇いなく殺したジョンへ思うところもあるだろう。

 

多くを助ける為に少数を切り捨てた戦いは、レメディオスが実行すべきと信ずる正義と相容れないのだ。

 

「……さて、お手並み拝見」

 

各隊の長を従え、ジョンはぼんやりと呟いた。

「閣下。本当に見てるだけなのか?」

そう身長2mはある青い人狼の背中に問い掛けたのは、更に1mは大きな全身鎧に巨大な棍棒を背負った戦士だった。

アーメットヘルムのバイザー部分をあげ、覗かせた顔はバハルス帝国闘技場で最強を謳われた武王ゴ・ギン。

更なる強さを求めるゴ・ギンは〈ウルフ竜騎兵団(ウルフズ・ドラグーン)〉結成の話にまだ見ぬ強者への挑戦を夢見て、オスクに無理を言って今回ウルフ竜騎兵団に参加していたのだ。

 

そんな彼が参加した脳筋の集う重装戦士隊。

 

俺より強い奴の指示しか聞かないと言う脳筋の集いであった為、隊長決定トーナメントで優勝してしまったゴ・ギン。部隊運営の経験のないゴ・ギンは慌てたが、副隊長にリザードマンは〈鋭き尻尾(レイザー・テール)〉の族長キュクー・ズーズー(人材を求めたジョンの願いによって、リザードマンの族長たちは蘇生されていた)を付け、実務を行わせた。

 

かつては〈白竜の骨鎧(ホワイト・ドラゴン・ボーン)〉によって知性を奪われたキュクー・ズーズーだったが、アイテムの使用実験と魔法により族長として不足のないところまで知性を取り戻している。

 

「人質は間違いなく取られるだろうから、そこで聖騎士たちが立ち止まったら介入する」

「いいのか?」

「政治とかの難しい事はアインズたちが上手くやってくれる。俺たちは上手く戦うのが役目だ」

 

そう言って、ジョンは各隊の長に指示を出し始める。ゴ・ギンはそういうものかと納得し、待機命令に納得いっていない重装戦士隊を突撃まで鎮めておく為に隊に戻った。

 

「それで、バジウッド殿はどこで観戦されます?……俺は多分、カストディオ団長と青臭いやり取りをするから戦闘に参加は出来ないと思うよ」

「そうですなぁ。全体の動きが見れる丘とかあれば良かったんですが……」

「ああ、それなら空から観戦されるといいでしょう。――リンドウ! バジウッド殿を乗せて上空に待機だ」

 

ミアナタロンは残りの竜を率いて周囲の警戒。ジョンの言葉にドラゴンたちが次々と空へ飛び立ち、巨大な蛇のような長い胴体に一対の前足、蝙蝠のような翼を持つドラゴンが、ジョンとバジウッドの傍らに侍る。その背中には鞍が用意されており、バジウッドに乗れと言わんばかりに背を差し出した。

 

「リンドウはうちのドラゴンの中で一番強い奴だ。バジウッド殿は大船に乗ったつもりで観戦されるとよろしい」

「はい、主。――バジウッド殿、どうぞ我が背に」

 

巨大な口からチロチロと舌を覗かせながら、巨大なドラゴン――リンドウがバジウッドに背中に乗れと促す。

魔導国と関わると腰が引けてばかりだとバジウッドは自嘲気味にひきつった笑いを浮かべる。乗れと言われても、生物としての格が違いすぎて震えが止まらない。ジョンのようにこのドラゴンも気配を消してくれてれば良かったのに、とバジウッドは思う。

 

「いや、これは……皇帝陛下も経験してない事を臣下がしても良いものか、と……ははは」

「ああ……じゃあ帰ったら、ジルに帝都上空の遊覧飛行をプレゼントしよう」

 

また碌でもない事を思いついた青い人狼(ジョン)の言葉に、バジウッドは余計な事を言ったと、ここにはいない自らの主人に心の中で詫びた。

 

 

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あの時と同じ光景が繰り返される。

 

あの時の子供よりももっと小さな子供を捕まえたバフォルクが、門の向こう側から聖騎士たちに何か命令している。

ここまで声は聞こえないが、言ってる内容は想像がつく。

 

聖騎士たちが後ろに下がり、具体的な策が出ない無駄な意見の応酬があって、数人が視線を交わしていると、グスターボが目に力を宿し「団長!」と声を張り上げた。

 

「あれだけ散々議論したではありませんか! 時間があっても、どれだけ考えても、手は出なかった。あの子供は救えなかった、と!」

 

グスターボの言葉を聞いたネイアは、隊列の中で幹部たち団長たちが話し合いを繰り返していた事を知った。それと同時に聖騎士では決して無血で終わらせる事も出来ない、と。

レメディオスは唇を噛み締め、一言も話さない。だが――

「団長! もはや犠牲なく戦いに勝利する事は出来ません! 一を切り捨て、多くを救うべきです!」

 

レメディオスの瞳に紅蓮の炎が灯ったのをネイアは見た。

 

「――それは聖王女陛下の戦いではない!我々は聖王女陛下の剣だ!この国全ての民が安らかに生きる事を望む聖王女様の!」

 

「哀れだな……聖王女陛下が哀れだ」

びょうびょうと風が吹きすさぶ冬の荒野のような声だった。それはレメディオスの傍らに立った魔導国大使にしてウルフ竜騎兵団の長、ジョン・カルバインの声だった。

「なんだと!?」

 

「理想を語るにはそれに見合った力が必要だ。お前たちには――いいや、レメディオスには理想を語る力が無い」

 

「きさま――!」

 

瞳に灯った紅蓮の炎を憎悪に焦がして、レメディオスは自分を見下ろす青い人狼の胸倉に掴みかかる。

その手に大きな青い人狼の掌が重ねられ、足を払われ、レメディオスはくるりと回転しながら、背中から地面へ叩きつけられる。

「がはッ」

地面に叩きつけられ、肺から空気が押し出される。上下の感覚が狂い、呼吸が止まり、思考も止まる。そこへ青い人狼の言葉の刃が降り注いだ。

 

「立ち止まるな。俺はそう言ったぞ? なのにお前は、聖王女を失い、迷い、折れた心で人質を前に退いた。前へ進み、人質を取るバフォルクを切り捨てる力があったのに退いた――故にお前は弱者だ。どれだけ力があろうとも、前に進む事を諦めた時点でお前は弱者に堕ちたのだ」

 

ジョンの強大な力で地面に叩きつけられ、衝撃で呼吸も出来ず、激情と衝撃からか瞳に涙を浮かべるレメディオスをジョンは遥かな高みから見下ろす。

 

大を救う為に小を犠牲にするという考えと、小も大も救いたいという考え、どちらの方が正義といえるのか。

言うまでもない。

後者である、と断言できる。ただ、それはあまりにも理想的すぎて、常人であればすぐに諦めるだろう。それを理解しつつも、レメディオスは全てを救うべきだと訴えていたのだ。

一般人であれば掲げる理想を諦める。

それを掲げられるからこそ、レメディオスは聖騎士団の団長であり、最高位の聖騎士でいられたのだろう。

 

その理想。

高すぎる理想――レメディオスの正義――をジョンは否定しない。けれど足りなかったと説く。

 

打ちのめされ、大地に叩きつけられたレメディオスに、折れた心では正義は体現できない。そうジョンは現実を叩きつける。立ち止まり迷うだけでは何も解決しないと突きつける。

 

「どれだけの大志を抱こうとも、魔導国を利用すると……理想成就に手段を選ばなくても、一つの失敗に囚われ、恐れ、足を止めたお前に出来る事は何もない」

 

嘲笑の笑い声をあげ、優し気にレメディオスを見下ろしながら声を掛けるのだ。

 

 

「聖王女の折れた剣。それがお前――レメディオス・カストディオ。そこでめそめそ泣いて朽ち果てるが良い」

 

 

そう言った大柄な青い人狼の背後を、重装備のゴブリン、オーガ、ウォートロール、リザードマンが――その上空をドラゴンが、駆け抜けて、飛び回って行った。

 

 

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ゴ・ギンを先頭に重装備の亜人を中心とした戦士隊が門へ殺到する。

人質を取っているバフォルクたちは驚愕しているような表情を浮かべている。それはそうだろう。人間を相手に戦っていたのに見慣れない亜人も含めた亜人混成の戦士たちが突撃してきたのだから。

 

「な、何? なんで、亜人が?……いや――下がれ! このガキを殺すぞ!」

 

混乱しながらも、まだ人質は有効だろうと少年の喉首をバフォルクはぐっと強く握りしめる。

少年の生きながら死んでいるような顔に生気はない。ないが、それでも喉を締め付けられてぐっと小さく呼吸した。

 

「どぉぉっせぇぇぃぃ!!」

 

恫喝も無視して突進したゴ・ギンの巨大な棍棒が落とし格子に振るわれる。ごぉんと巨大な金属同士がぶつかる轟音が響き、鉄で補強された落とし格子が一撃で吹き飛んだ。

 

「な? 下がれ! 下がるんだ!」

 

何を感じ取ったのか、バフォルクが人質を掴んだまま、門の上で一歩後退する。

他にも人質として連れてこられた子供たちの姿があったが、バフォルクたちは見せしめに殺そうとはしていない。それは躊躇わず突撃してきた亜人の戦士隊に、人間が人質として有効なのか疑問に思ったからだろう。

 

躊躇ったバフォルクたちは戦士隊の影から跳び出した突撃隊のワーウルフたちに次々と討ち取られていった。

その下では都市内のバフォルクたちとの戦闘が始まっていた。ゴ・ギンの棍棒が唸りをあげ、戦士たちの剣がバフォルクたちを貫いていく。

 

「こいつらの毛! 剣に張り付くぞ! 剣を使ってる奴は注意しろ! 棍棒系の武器を持ってる奴を前に出せ!」

 

鍛えられた彼らは数合でバフォルクの特性を見抜くと声を掛け合い、殴打系の武器を持ったものを前面に立てて戦線を押し上げていく。

この都市を占拠したバフォルクたちは衛生面に関心がなかったのか、どこもかしこも生ゴミや糞尿だらけで、不衛生なこと極まりない。

やがて、押し上げた戦線が通りまで到達すると、道々には裸にされた人間の姿があった。

 

男女の区別なく、彼らは手を木々に打ち付けられ、バリケードの前面に押し立てられている。

 

都市内で建物の壁や屋根を足場に出来る突撃隊ワーウルフの三次元的な機動戦で、バリケードに隠れたバフォルクたちが絶叫を上げながら死んでいくが、戦士隊の進路にあったバリケードに張り付けられた人質は不運だった。

 

「助ける方法は無い!バリケードごと粉砕して楽にしてやれ!」

 

ゴ・ギンの大音声が通路に響き渡る。先頭に立って棍棒を振るうゴ・ギンの前でバリケードが飛び散り、人質の身体も飛んでいく。バリケードに隠れても無駄だと悟ったバフォルクの幾らかは逃げ出していくが、残ったバフォルクたちはバリケードの陰から槍を突き出す。

 

しかし、ウルフ竜騎兵団の鎧はジョンの抜け毛(毎日のブラッシングで回収)を強化繊維代わりに混ぜこんだ特別製のミスリル鎧だ。しかもそれをドワーフのルーン技術で強化してある。戦士たちは槍をものともせずバリケードを乗り越え、バフォルクたちを打ち倒していく。

 

バリケードに張り付けられた人質の周りで絶叫と血飛沫が舞い、亜人たちの阿鼻叫喚の地獄から逃れようと、人質たちは悲痛な叫び声を上げながら必死に身体をよじって、己の両腕を真っ赤に染めていく。

 

戦士隊が通り過ぎ、安全が確保されたエリアには工兵隊、魔法支援隊が入り、生き残った人々を聖騎士たちと救助していく。

 

 

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血飛沫と絶叫の阿鼻叫喚を作り出しながら進む戦士隊の前に一回り大きな亜人の姿があった。

供回りの亜人たちもいたが、ワーウルフの一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)戦闘により護衛を失い戦士隊の前に誘導されたのだ。それはこの都市の首魁と思しきものをゴ・ギンと戦わせる為である。

 

その亜人。角がねじ曲がった山羊のようで、その体毛は銀色だ。立派な体格は見るからに只者ではない雰囲気を醸し出している。

角の先には黄金と宝石で装飾されたケースのようなものが嵌まり、亀の甲羅のような文様が入った緑色のブレストプレートを着用している。動物の毛皮を加工したと思しき赤茶色のマントを羽織り、左手に大粒の黄色の宝石が中央に埋め込まれたラージシールド、右手に薄い黄色の刀身を持つバスタードソードと言う装いは、威風堂々たる戦士の勇壮さを体現している。

 

亜人の中で最も恐ろしい、訓練された亜人。それも王など特別な地位にある存在だろう。

 

「なかなかやるな。この都市を、俺の部族をここまで追い込むとは……お前たちの長はどこだ?」

 

緑色の瞳で戦士隊を観察するように窺っている。ラージシールドの後ろに半身を隠しつつ、蛇髪人(メデューサ)などが持つ凝視攻撃を警戒しているようだ。

ゴ・ギンが一歩踏み出し、堂々と名乗る。

 

「ウルフ竜騎兵団が戦士隊の長、ゴ・ギンだ。名のある戦士と見るが、名を名乗れ!」

「我が名はバザー――“豪王”バザーだ」

 

豪王バザー……ゴ・ギンはその名を口の中で転がす。

天高くそびえ立つ頂を知ってしまった今、目の前の亜人からは魂すら凍り付かせるような恐怖は感じない。それでも感じる豪王バザーの脅威度は「強敵」。今の自分が強くなるのに丁度いい塩梅の敵だ。

 

「"豪王"バザー、相手にとって不足なし! 一騎討ちを申し込む。俺に勝ったら、部下に手出しはさせん。ここから脱出するがいい」

 

種族的な能力ではウォートロールであるゴ・ギンが上。戦士としての能力は相手の方が上だろう。

 

「大した自信だな。だが、今はその自信に付け込むしかないようだ」

 

バザーとゴ・ギンは10mほどの距離をおいて向かい合う。

両者はお互いを窺いながらゆっくりと動き出した。剣を交わすにはまだまだ遠いが、先に動いたのはゴ・ギンだった。

 

巨大な影がバザーを覆う。

 

その正体は振り下ろされてくる棍棒の影だ。

バザーは盾を翳すとバスタードソードを持った右腕も加えて受け止める。地響きのような音が辺りに木霊し、巻き起こされた土煙が爆風のように吹き上げられた。バザーの足元がべこりと沈む。

 

「馬鹿力めッ!」

 

再び振り上げられた棍棒が振り下ろされるより先にバザーはバスタードソードを振るってゴ・ギンに斬りつける。剛力無双のゴ・ギンの攻撃で腕は痺れているが、今の一撃で彼我の間合いの差を思い知らされたのだ。退いては後がない。

 

剣と盾と棍棒がぶつかり合う。

 

両者の攻防はあまりにも高速でその場で視認できるものは殆どいない。鋼と鋼がぶつかり合い、金属音が戦士の詩を響き渡らせる。

筋力はゴ・ギンに大きく分があったが、剣の間合いでは棍棒の強味を十分に活かせず互角の勝負になっている。

 

剣と盾と棍棒の三者が交差する。ゴ・ギンはバイザー越しにバザーの緑の眼を覗き込みながら、ぐっと力を込めて棍棒を押し込む。そして、バザーが負けじと押し返した瞬間、ゴ・ギンの足が蛇のようにしなるとバザーの足を払った。

 

「ちッ!」

 

舌打ちしながら、バザーは自ら転がりながら回避する。同時に棍棒が叩き付けられる。

バザーが飛び起きると同時に地面にめり込んだ棍棒が跳ね上がる。すくい上げるような一撃には、これで終わらせるとの気迫が込められていた。

その一撃をバザーは盾で受けた。しかし、受けきれずバザーの身体が宙に舞う。

 

数メートル吹き飛ばされたバザーはゴロゴロと転がったあと、素早く体勢を立て直して立ち上がった。

 

「〈盾突撃〉」

 

盾を真正面に構えたまま突進。ゴ・ギンはそれを棍棒で正面から受け止める。巨体と巨体がぶつかり合うと再び地響きのような音が辺りに木霊し、土煙が爆風のように吹き上げられた。

 

砂塵嵐(サンドストーム)!」

 

剣から吹き上がった砂がまるで壁のように広がり、ゴ・ギンへ襲い掛かる。ゴ・ギンの視界は砂で完全に覆われた。

 

「〈素気梱封〉!〈剛腕豪撃〉!」

 

二つの武技を発動し、先に比べて倍する速度で踊りかかる。バザーの付けた角飾りから奇妙な光が滲んで、まるで流れ星のように見えた。

 

「かぁぁああ!」

「ごぉぉおお!」

 

ゴ・ギンは振り下ろされた一撃を棍棒で受け止め――

 

「はは!!」

 

――バザーの嘲笑が響いた。

ガリッと金属が削れるような音が響く。

 

「むッ!」

 

武器に直接ダメージを入れる武器破壊攻撃だが、そのダメージは材質の差や武器の持つダメージ量に大きく影響を受ける。バザーの二つの武技はそれを強化する為のものだったのだろう。しかし、バザーは驚愕に目を見開いた。

 

「なんだ、その武器は!」

 

ゴ・ギンの棍棒はバザーの剣が当たったところが、少し欠けただけであったのだ。

 

「武器破壊か……これは、オスクに感謝だな」

 

ゴ・ギンの武具はバハルス帝国の大商人であるオスクが資産の20%を投じて作らせた武具。アダマンタイト級冒険者を雇って集めさせた材料から作り上げ、魔法を封じた一品だ。強者に憧れ、手を伸ばし続けた凡夫の夢は“豪王”バザーの一撃にも耐えたのだ。

 

先ほどとは打って変わった様子で後退したバザーを追撃する事なく、ゴ・ギンはぐるんと棍棒を振り回して虚空に美しい弧を描く。

 

「オスクと言う漢の執念が生み出した武器だ。そう簡単には壊れんぞ」

 

その言葉――オスクが聞けば、己の執念が己の理想の体現者であるゴ・ギンの助けになったと感涙にむせび泣くだろうか。それとも当然の結果と頷くだろうか。

 

「では、こちらの番だな。いくぞ――ごおおおおッ!」

 

怒号と共に巨体がバザーへ向けて突進する。武技を起動させているのか先ほどのバザーのようにこれまでに倍する速度だ。

驚くべき速度と巨体。二つの相乗効果によって生じる圧倒的な威圧感から、並の者であればそれだけで身動きが取れなくなるだろう。

 

「〈能力向上〉〈豪撃〉〈神技一閃〉」

 

大地から雷が迸ったようにバザーには見えた。その瞬間、激痛と共に全身を浮遊感が支配する。

 

「〈流水加速〉」

 

そして、上から鈍痛が走り、次の瞬間、また痛みが走る。

痛みと激しい上下動に状況の把握が出来なくなる。己が地面に倒れている事も一瞬、把握できなくなる。

ゴ・ギンにはその一瞬で十分だった。

 

「〈即応反射〉〈豪撃〉〈神技一閃〉」

 

武技で体勢を無理やり戻し、倒れたバザーに止めの一撃を叩き込む。衝撃が大地を叩き、何度目かの地響きが響き渡り、巻き起こされた土煙が爆風のように吹き上げられる。

 

 

――大輪の紅い華が大地に咲いた。

 

 

“武王”の名を捨てたゴ・ギンの勝利の雄叫びが木霊した。

 


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