オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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第55話:進め!我らが〇〇〇竜騎兵団

 

 

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襲撃する捕虜収容所は〈魔導国大使(ジョン)〉の提案に従い、出来る限り拠点から遠い、海辺の捕虜収容所を襲う事になった。海辺は足跡を隠しやすい。

ただし問題もあった。

あまり遠方になると移動の最中に敵の偵察隊に発見される可能性もそれだけ高まり、監視しているものたちからの報告もいってしまうと言う事だ。

結果、可能な範囲で遠方の捕虜収容所を襲撃する事となった。

 

拠点を引き払い全軍で捕虜収容所を襲撃する。

 

奇襲の筈なのに「正義を!」と旗を突き立て、叫んで、突撃していくのは如何なものかとジョンは見ていた。

手持ちの戦力で出来る限りの最善を尽くし、天使で物見矢倉への奇襲。聖騎士たちの破城槌による攻撃は順調で、あと数撃で門は完全に壊れるだろうと見えた。

 

「――下がれ!」

 

突然の大声に視線が集中する。

そこは門上部の見張り台。天使たちが占拠した筈のそこをどうやって登ったのか。バフォルク――直立した山羊のような亜人種――が1体いた。

そのバフォルクは手にしたものを聖騎士たちに見せつけながら「下がれ!」と繰り返す。

 

バフォルクの右手には少女――年の頃6、7歳ほどの子供の姿があり、その喉には刃物が押し付けられていた。

 

「お前たちが下がらないなら、この人間を殺すぞ!」

 

薄汚れた服を着た少女――顔も汚れているようだ――の身体は揺すられるままに左右に揺れる。生きてはいるが、生気を感じない。この収容所で人間たちがどのように扱われてるかを伝えてくるようだ。

 

「卑怯な!」

聖騎士の一人が怒鳴っている。

「早く下がれ!見ろ!」

少女の喉に傷がつけられ、血が流れる。聖騎士たちはどよめき、レメディオスの声が響いて後ろに下がり出す。

 

「……もうダメだな」

 

もっと下がれと叫ぶバフォルクの後ろで、見張り台のものたちが慌ただしく交代している。天使との戦いで傷ついた者から傷を負ってない者へと。

そう言った〈魔導国大使(ジョン)〉の背後には、真っ黒い真円が浮かび上がっていた。

 

「か、閣下。それは……」

「このままでは作戦は失敗する。団長たちの許可はないが、介入するしかない」

 

真っ黒い真円の〈転移門(ゲート)〉を潜って、ジョン・カルバイン麾下の兵たちが続々と姿を現してくる。

それは揃いの鎧兜で武装したゴブリン、ドワーフ、オーガ、リザードマン、ナーガ、ウォートロール、ワーウルフそれと僅かな人間。そして――ドラゴン。

 

ネイアがその御伽噺の軍勢に驚いている向こうで、人質の少女の首が斬られ、真っ赤な血を吹き出しながら、バフォルクの手を離れたその身体は崩れ落ちる。

 

卑怯者め!要求には従っているだろうと無駄な問答を繰り返すレメディオス。その間にも背後のバフォルクから次の人質となる少年が渡されていた。

怒りに震えるレメディオス。その背中にジョンの冷ややかな声が掛けられる。

 

「これ以上、無駄な犠牲を出して作戦が失敗するのは見ていられない。勝手に介入させて貰うぞ」

「――黙れ!そんな事は認められない!」

 

「団長の許可は求めていない。――突撃隊は塀を飛び越え直接攻撃せよ。重装戦士隊は門を破壊し、突入せよ。竜騎兵は空より逃げるものが無いか監視、発見しだい殲滅せよ。偵察隊は周囲を捜索、こちらを監視している亜人部隊を全滅させよ」

 

部下へ命令を下しながら、ジョンは門へと歩き出した。誰かが呼び止めるよりも早く、バフォルクの警告の怒鳴り声が聞こえてくる。

 

「そこのビーストマン!下がれと言っているだろう!」

「誰がビーストマンだ!お前が死ね!」

 

ジョンもそれに劣らない大声で応える。

 

「な、何!」

「征け、我が〈ウルフ竜騎兵団(ウルフズ・ドラグーン)〉」

 

大声で怒鳴ったジョンが手を突き出すと、その手の中に浮かび上がった炎の玉が門の上にいたバフォルクと少年に飛んだ。

炎の爆発が二人を中心に炸裂し、見張り台を包み込む。少年とバフォルクはもつれあうように頭からこちら側の地面へと落ちる。……恐らく、生きてはいないだろう。

 

同時に長く響く雄たけびを夜空に響かせ、ワーウルフたちが次々と塀を飛び越え、ウォートロールの振り回す巨大な武器に門は破壊され、完全武装のオーガ、ゴブリンたちが収容所に雪崩れ込んでいく。

 

それを呆然と見送る聖騎士たちへジョンは檄を飛ばす。

「聖騎士たちよ!突撃だ!中にいるバフォルクを皆殺しにするんだ!」

その声に我に返ったのか、レメディオスが動き出す。

 

「きさま――!」

「――団長!」

「ぐぎぎ!――突撃だ!」

 

レメディオスの言葉に聖騎士たちが動き出す。それは目の前の惨状に思考を止め、命令に全てをゆだねたと言う方が正解に近いだろうか。

 

「大使閣下。感謝いたします!」

 

グスターボもそれだけ言うと走り出した。続いて聖騎士や神官たち――少しでも道理が分かる者たちから感謝の視線が向けられる。ジョンに対してあからさまに敵意を向けたのはレメディオス一人だけだった。

 

ふうと息をついて、ジョンはネイアに語りかけた。

 

「……人質が有効だと知られれば、中にいる捕虜は盾として使われただろう。人質が有効では無いと知らしめれば、バフォルクたちも人質など取ろうとはしない。包囲され、追い立てられる中でなんとしてでも逃げようとする時に抵抗できない者を悠長に殺したりはしないはずだ」

「仰る通りかと存じます」

「それでも……仮に誰も犠牲にしたく無いのであれば、団長は下がらずに前に出るべきだった。カストディオ団長の膂力なら、一息に見張り台に飛び乗ってバフォルクを斬り捨てる事も出来ただろう」

 

目の前の1つに気を取られ過ぎたのが失敗だったのだろう。

 

そう言って、ジョンは足元に転がった少年の死体をゆっくりと抱き上げる。

「閣下、わ――」

「――このぐらいは、な」

ジョンに抱かれた少年と共にネイアはレメディオスが突き立てた旗のところまで戻る。

革袋の水で布を濡らし、ジョンが地面に横たえた少年の顔の汚れをネイアは落としていく。

頬はこけ、腕や足は驚くほど細い。

どれだけ劣悪な環境下にこの子がいたのかがよく分かる。

「バフォルクどもめ……」

 

「それが最善かどうかなんて振り返っても分かるものじゃないが、常に冷静さを失わず視野を広くと俺は教えられたな。そうしてればカストディオ団長も失敗しなかったんじゃないか」

「――いえ、ありがとうございました。閣下のお考え、納得がいきました。……閣下は正義を為したのですね」

「正義?」

ネイアの言葉に、ぱちくりと瞳を開くと愉快そうに狼頭でジョンは笑う。

 

「いいや――俺は悪だよ。自分らの目的、理想、信仰、欲望の為に他人の犠牲を強いる悪だ。だからこそ、いつの日か、自らも同じ悪に滅ぼされる事を覚悟する誇り高き悪でありたい」

 

(お優しい方だ……。自らを悪と貶め、自らの手を汚しながら、それでも前を向いて進んで行かれている)

門を眺める狼頭の横顔には子供を殺したことへの悲しみが浮かんでいるように見えた。

 

 

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門のところに血に濡れた剣と鎧に身を包んだレメディオスが現れた。兜を外しているが、前髪は汗で額に張り付き、疲労困憊の様子だった。

後ろに控えているグスターボに何事か指示を出したレメディオスとジョンの視線が交差する。

レメディオスは何も言わず、無表情で再び門の中へと戻っていく。

代わりにグスターボが二人の方に走ってきた。

 

「大使閣下。感謝いたします。多少の被害は出ましたが、閣下のお力のお陰で最小限に抑えられたと確信しております。本来であれば団長がお礼を申し上げなくてはならないのですが、民たちの悲惨な状況に気が動転しており、私が代わって申し上げる事をお許しください」

 

グスターボがチラリと視線を少年へと動かし、目を伏せた。

 

「気にするな。カストディオ団長を慰めてやってくれ」

「ありがとうございます」

「……戦闘が終わったなら、うちの工兵部隊を中に入れるぞ。移動の為の馬車の確保をしなければならない」

 

このまま夜通し移動となる。救助した捕虜にもその旨を徹底して伝えておくようにとジョンは言い。グスターボは亜人の生き残りがいないか収容所内を捜索するので、もうしばらく時間が欲しいと言って門へと戻っていった。その後ろに〈ウルフ竜騎兵団(ウルフズ・ドラグーン)〉の工兵部隊のゴブリン、ドワーフ、人間、オーガが続いていく。

 

それを見送って、10分ほどすると、門のあたりにちらほらと人の姿が見え始めた。

 

囚われていた人々だ。人質だった少年と同じ、冬の寒さからは考えられないようなボロボロの服を着ている。門のところまで警護してきたであろう聖騎士に伴われて、ジョンとネイアの方に歩いてくる。

身体全体で歓喜を表現しながら歩いてくる人々の足が、ある一定の距離でぴたりと止まる。

 

大柄な人狼――ジョン――の姿と、その背後に控える魔法支援隊のナーガ、ゴブリン、リザードマン等の姿を見たからだろう。

 

聖騎士たちが安全だと声をかけるが、彼らの足は進まない。

逆に白地に赤十字のキャップを被ったナーガたちが解放された人々に近づき、回復魔法をかけ、蒸しタオルで顔を手足を拭き、毛布をかけてやる。

戸惑いはなくならないが、ひとまずは敵意がない。危険はないと少しずつ理解できていけば良い。

 

その中から、一人の男が走り出した。

息を切らしながら走ってきた男はジョンとネイアの足元に寝かされた少年の前に膝をついた。いや、崩れ落ちた。

そして、少年の頬を撫で、そこに命が宿っていない事を認識すると、悲鳴のような鳴き声を上げ始めた。

 

間違いなく父親だろう。

 

ネイアは下唇を噛む。

少年の名を呼びながら泣く父親に、掌の中に視線を落としたジョンが静かに声をかけた。

 

「その子供を殺したのは俺だ」

 

ぎょっとしてネイアはジョンを見る。そんな話を今するべきなのだろうか。

見上げる父親の目には見る間に憎悪の炎が灯り始め――

嘲笑の笑い声がジョンから上がった。

 

「どうしてお前は我が子を守らなかった?この子は人質として俺たちの前に連れてこられたんだぞ」

「守ったさ!でも奪われたんだ!奴らは俺よりも強くてどうしようもなかったんだ!」

 

再び人狼から嘲笑の笑い声が響いた。

 

「なんでお前はそこで死ななかったんだ?」

 

父親が呆気にとられる。

 

「どうして子供を守って死ななかった?俺はお前たちを助ける為にその子を殺した。ならば、その子を守るのはお前だったはずだ。どうして俺たちの前に連れてこられる前に死に物狂いで守らなかった?」

 

民たちが遠巻きに様子を窺っている。

あるのは不安や恐怖、そして子供の命を奪ったジョンに対する怒りと憎しみだろうか。

 

「な、なにを……」

「お前が守れなかったんだ。それを他人のせいにするな。弱いお前が、弱いままで居続けたお前が悪いんだ。そして言っておく。……俺はお前が自分より強いと言ったバフォルクたちよりも強いぞ? 子供を失ったお前の哀れさに免じて多少の暴言は許すが、限度を越えればお前も殺す」

 

長大な爪の生えた人差し指が伸び、父親の顔に突きつけられた。

 

「あ、あんたが強いから――強いから言えるんだ! みんながみんな強いわけじゃない!」

「そうだ。俺は強い。強いからこそ言えるんだ。そしてお前たちが弱いなら――あそこで体験した通り、何もかも奪われて当然だろう?」

「強ければ何をしても良いのかよ!」

「当たり前だ。正しいものが強いんじゃない。強いものが正しいんだ。だから、俺は、俺たちは力を求める。より強い相手に奪われない為に」

 

ジョンの視線が周囲にいる民たちへと動く。

 

「まあ、だからこそ哀れに思うよ。もし、お前たちが魔導国の民であれば、俺たちが最初から助けに……いや、こんな目にはあわせていなかっただろうからな」

 

周囲にいる誰も何の声も上げない。

ジョンの意見は冷徹で残忍だが、この世界の真実を告げている。

この意見に対抗するには理性ではなく感情に訴えるしかないだろう。だが、力あるもの――ジョンへの恐怖がそれをさせない。

 

「こ、こいつは亜人じゃ!人間じゃないじゃないか!なんでこんな奴がこんなところにいるんだ!?」

 

ジョンが恐ろしくて何も言えなくなった父親がネイアに矛先を向けた。

だが、ネイアが何か答えようとするよりも、やはりジョンの方が早かった。

 

「決まっているだろう。お前たちの国を助ける為だよ。そして、そのこんな奴にお前たちは助けられたんだ。それが気に入らないと言うなら、これからも俺たちの世話にならず、お前たちだけで国を救ってみせたらどうだ?」

 

その宣言に父親の目がネイアに問いかける。しかし、ネイアには何も言えない。

 

なぜなら、それもまた事実だからだ。

もしこの国の人間だけでヤルダバオトを倒せるのであれば、ジョンはここにいなかったのだから。

 

父親が怯えたように少年の死体をかき抱いて背を向け、走り出す。父親の走っていく方向にいた民たちの顔に怯えの色が浮かんだ。

 

その背に語りかけたのか、それとも独り言だったのか。ジョンの呟きがネイアには聞こえた。

 

「俺だって弱ければ奪われる。だからこそ常に強さを求める事を忘れてはいけないんだ。俺より強い奴なんて幾らでもいるんだから」

 

 

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一つ目の捕虜収容所を襲った後、囚われていた人々を解放した解放軍は夜を徹して移動していた。

 

ウルフ竜騎兵団(ウルフズ・ドラグーン)〉の偵察隊、ゴブリンライダーと冒険者数チームからなる偵察隊が先行し、周囲の安全を確保しながらの移動である。囚われていた人々に夜通し歩き続ける体力などなかったが、接収した馬車と工兵隊がでっち上げた馬車でなんとか平民を馬車に詰めて移動していた。

 

馬が足りない分はこれも〈ウルフ竜騎兵団(ウルフズ・ドラグーン)〉のエリートである突撃隊のワーウルフたちが馬車を牽いていた。ワーウルフの底なしのパワーは一人で二頭立て、四頭立ての馬車を軽々と牽くだけのパワーがあり、浮いた馬を聖騎士、神官たちに回す事が出来た。

 

ドラゴンたちは目立ちすぎるので、〈転移門(ゲート)〉でエ・ランテルに帰している。

 

ジョンは隊列の先頭を進みながら、戻ってきた冒険者チームのまとめ役と会話をしていた。

 

「それで……他にもベテランはいるのに、どうしてお前がまとめ役なんだ、ペテル?」

 

ウルフ竜騎兵団(ウルフズ・ドラグーン)〉はまだ偵察隊を出来るだけの人員が少なく今回は特例(国対国ではない。亜人――モンスターによる襲撃であり災害派遣である。ウルフ竜騎兵団は傭兵団であるとの建前など)で冒険者数チームを雇って偵察隊を補強しているのだが、エ・ランテルで雇ったベテラン冒険者のベベイ、ギグナル組。ミスリル級チーム「虹」、帝国から移籍の元ワーカーのヘビーマッシャー、そして伸び盛りの期待の新人である漆黒の剣などが参加していた。

そして、まとめ役と言うか代表は何故か「漆黒の剣」のリーダーであるペテル・モークが務めていた。

 

「それが、漆黒のジョジョン氏とカルネ・ダーシュ村のジョン・カルバイン氏の繋がりが疑われてて……」

「雑な隠ぺい工作しかしてなかったからなぁ」

「多分、確認の為にうちに代表が回ってきた、と」

 

一般市民が不安にならない程度の一部の人間が知る程度なら構わないさ。気にするなとペテルに鷹揚にうなずくジョンだった。

そして、ペテルは馬を走らせ、パーティメンバーと合流すると再び偵察に戻って行った。偵察隊には冒険者の他にゴブリンライダー、ジョンの眷属招来で召喚されたウルフ系のモンスター、黄金の蜂蜜酒で召喚したバイアクヘーがいる。

 

次にジョンのところへやってきたのは後方から上がってきた白い鱗に黒髪のナーガの女性だ。黒髪を飾るのは白地に赤い十字の入った帽子だ。

 

「神獣様、背中の皮を剥がされていた者の治療は全て完了しました。それ以外は食事を与えられていなかった事による衰弱なので、どこかで休憩を取る必要があります」

「ご苦労、グレイシア」

 

彼女はトブの大森林でぶいぶい言わせていたリュラリュースの孫だ。ジョンの強大な力にひれ伏したリュラリュースに姉妹そろって隷属の証としてジョンに差し出され、改名した過去を持つ。魔力系信仰系の両方を扱える魔法支援隊でもトップクラスの実力者である。

 

「聖騎士の皆さんから聞いたのですが、本当に小都市についたら彼らも動員するんですか?」

「まぁそのつもりらしいぞ」

「人間って怖いですね」

「彼らはもう逃げ場がないからな」

 

ぶるっと冬の寒さにあてられたように自らの肩を抱くと一礼して、グレイシアは隊列後方に戻っていった。

彼女が下がっていくのと入れ替わりに近くを歩いていた騎馬がジョンに近づいてくる。

 

観戦武官として第三国から派遣されたバジウッドだ。帝国三騎士の一人である。

 

「馬上から失礼します、閣下」

「種族差だ。気にするな」

 

疲労を無効化するアイテムも持っているが、そもそもとして一週間やそこら無理をしてもガタが来るような身体能力ではないジョンは徒歩で隊列の先頭を進んでいたのだ。

 

「閣下の部隊。練度が高いのはもちろんですが、支援隊の魔法を使わない応急処置……見事ですな。数が限られるポーションや治癒魔法の割り振り、清潔な包帯や強い酒精を使っての消毒……と言うのですか?衛生を保つ事で傷の化膿を防げるなど――本当に見てもよろしかったので?」

「バハルス帝国では騎士団に治癒魔法の専門家からなる部隊があるのだろう?」

 

同じことだよとジョンはバジウッドに笑う。

 

「いやー陛下は同じだとは思わないですぜ」

バジウッドは苦笑いで自分より何手も先を読み考える主人の苦悩を思う。

「帝国と同じだけの時間を掛けられたら必要なかった技術なんだろうが、そうもいかなかったからな。苦肉の策と言う奴だ」

「そこで必要な技術を用意できる事が脅威なんですよ」

 

ふっとジョンは笑う。

 

「人が無駄無理と言われながら、紡ぎ、鍛え、積み重ねた技術だ。俺たち――意外と人間を好いてるんだぜ?」

 

楽々PK術とかも人の叡智の結晶だしな、とは口に出さなかったけれど。

 

 

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ネイアは申し訳ない気持ちで一杯だった。

それは従者である自分が馬に乗って、仕えるべき大使であるジョンが徒歩である事から来ていた。

 

種族差。

 

そうジョンは笑って済ますが、聖騎士団の従者としての教育を受けていたネイアにとってはなかなかに居心地の悪い時間だった。

しかも、歩きながら各隊の長たちと話し合い情報を交換し、的確に思える指示を与えていっている。

 

理想の上司とはこういうものではないかとネイアが思い始める頃、白み始めた空の頃、前方に目的の小都市が見えてくる。

 

敵に近づくのは夜の方がマシだが、夜目の利かない人間には不利だ。特に徴兵された時にしか戦闘訓練を受けていない平民にとって、夜間戦闘は危険が大きい。

そういう事もあって、夜明けに時間をあわせて進んできた訳であるが、〈ウルフ竜騎兵団(ウルフズ・ドラグーン)〉の見事な采配で時間ちょうどに到着できたようだ。

 

隊列後方の荷馬車から平民がおろされ、収容所の家を壊して作った木の壁や棒を持たされ、最前列の聖騎士の後ろに並んでいく。最後の列は神官たちだ。

 

作戦としては前回と同じで、天使たちが市壁の防衛兵を抑えている間に、聖騎士たちが扉を破ると言う力押しだ。平民たちの役割は数合わせで、兵力がこれだけあると敵を威圧する部分が大きい。その為、平民たちには戦闘は避けるように、もし戦闘になったら複数で一人を相手にするように、という指示が出されていた。

 

 

「……さて、お手並み拝見」

 

 

隊列の先頭に居たジョンを次々と人々が追い越していく中、ジョンがぼんやりと呟く。

ウルフ竜騎兵団(ウルフズ・ドラグーン)〉は戦闘に関わらない。

こういった攻城戦でこそ力を貸して欲しいと聖騎士たちは思っていたが、人質を焼き殺したことに思う事があるのかレメディオスが会議で戦闘参加を乞う事はなかったのだ。

 

一応、レメディオスには躊躇わず前へ出るよう助言したが、理想の追求者である彼女がどこまで実行できるか疑問であった。

 

 

あの時と同じように――戦いが始まる。

 

 


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