オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

63 / 71
第54話:聖王国編なんだ。帝国編は待っておくれ

 

 

/*/

 

朝のモモンガ私室。

魔導国の各支配地域からの報告書を新聞代わりに読む〈死の支配者(オーバーロード)〉と〈青い人狼(ワーウルフ)〉の姿があった。

 

リ・エスティーゼ王国の皆殺しにした北部の大規模農場化の完了報告。

 

そこに住む住人を皆殺しにした北部の空白地帯。そこにバルブロに作らせた13万を超えるアンデッドの軍勢を解き放ち、ジョン指導の下で大規模開発を行い無人の農業生産体制を確立していたのだ。人がいなくなっただけであり、畜産動物は無事だった事もあり、大量の卵、ミルクの収穫も可能になっている。……なってはいるが現在のところドラゴンを使った高速物流網がエ・ランテル周辺にしかなく、まだまだ数も少ないことからほとんどが廃棄されてしまっている。

 

「これは勿体ないですね」

「回収できる分は回収して、エクスチェンジボックスに放り込んでるけど……まだまだ廃棄が多いねぇ」

 

報告書をめくると次はダーシュ麦を使った高速〈四輪式(ノーフォーク)〉農法開始の報告だ。

土が持たないから来年からは通常通り4年で輪作するように指示してはいるが、1年目は何かと物資が必要になるので不眠不休で働けるアンデッドたちに1年で4連作を行う高速〈四輪式(ノーフォーク)〉農法を指示している。

 

王国の人口は半減しているので、北部からかき集めた物資でどうにかなるかとも思われたが、エ・ランテルの急激な人口増加。他にもゴブリンの大部族の生き残り、クアゴア氏族の受け入れ、ドワーフ王国、バハルス帝国との交易。竜王国、聖王国への働きかけなど物資は幾らあっても足りない状況だ。

 

また人が食べる分が浮いたので、その分だけ畜産動物に投資し、肉質の改善や牛乳の量を増やすなどの試みも行っている。

 

来年あたりからは魔導国では一般市民たちの食料事情はだいぶ改善している事だろう。

 

評議国は法国からの情報で、最強の竜王が治めるとの事で現在のところは情報収集も慎重に行っている。白金の竜王の居場所、探索能力はどれほどのものなのかまだ情報が取れていない。

 

竜王国へは対ビーストマンに法国から漆黒聖典の一人師団を派遣している。それとは別に魔導国からの援助が欲しいと向こうから言わせたいところだ。

 

聖王国には憤怒の魔将を魔皇ヤルダバオトとしてアベリオン丘陵に向かわせ、亜人連合を結成させて悪魔と亜人による軍勢で攻めている。こちらはデミウルゴスの台本によれば、路頭に迷った北部聖王国の残党が援助を求めて王国、魔導国と流れてくる筈だ。

 

「ジョンさん、聖王国に亜人異形種の混成部隊を率いて援軍してみませんか」

「……存亡の危機に亜人異形種人間が手に手を取って融和部隊で肩を並べて戦うとか無理だよ」

 

「そんなやる前から……」

「だって、一度受けた恨みは絶対忘れないし、恐怖も忘れない。そうでしょ?」

 

「……それはそうですね」自分たちの過去の行い――PK、PPKの応酬の歴史を思い返し納得する「でも、あいつらと魔導国のこいつらは違うとは思わせられるでしょう……それに色々と玩具も作ってるみたいじゃないですか」

 

「それはもう使ってみたいね」

 

「では、聖王国を救って勇者になってください。デミウルゴスによると聖王国の使者が、近日中にエ・ランテルまでくるそうですから。はい台本」

「……なんか段々お任せしますが増えてないか」

 

ペラペラと台本をめくりながら、ジョンはげんなりとした。

モモンガはその様子に笑いながら告げた。

 

「総監督:モモンガ 脚本・演出・その他もろもろ:デミウルゴス 主演:ジョン・カルバインで、今度こそジョンさんに楽しんで貰うって、張り切ってましたよ」

「マジか」

 

/*/

 

 

元エ・ランテル都市長の館。

その魔導国の表向きの王城となっている館の謁見の間に賓客が訪れていた。

 

それは十数人からなる聖王国からの使者団。

魔皇ヤルダバオトによって、聖王女を失った北部聖王国の残党とも言える聖騎士の一団だ。

 

守るべき、掲げるべき者を失った彼らは正式な使者団とは言えないが、魔導国は彼らを正式な使者の一団として迎えていた。

だが、受け入れられた聖騎士たちの中に魔導国の王城をみすぼらしいと侮る侮蔑の感情が無かったとは言えない。

 

それは立ち位置のあやふやな自分たちを顧みての事だったろうか。

 

「ゴホン……それでどうだろうか? 二年も短縮できたぞ」

 

使者団の代表である聖騎士団長レメディオスが求めたのはアダマンタイト級冒険者PT「漆黒」の3名、モモン、ジョジョン、レギナの派遣だった。

それに対し、魔導王アインズ・ウール・ゴウンは国内の政情安定を理由に5年後の派遣ならば可能と答えた。

 

実情、年単位での抗戦は不可能な彼らは前倒しを望む。

 

その結果、2年の譲歩を引き出したが、3年でも長すぎるのだ。その頃には聖王国は国としての形を維持できなくなっているだろう。決して受け入れる事は出来ない。しかし、それを面と向かって言う事も出来ない。3年後の派遣のチャンスを失ってしまうかもしれないのだ。

 

使者団の誰もが諦めに視線を落とし、肩を落とし、溜息をついた。

 

その絶望の只中で顔を上げた者がいた。

その悪すぎる目つきの少女は、己の死を覚悟しながら、息を吸い、声を発したのだ。

 

「大変申し訳ありません、魔導王陛下」

「……誰だ?」

「私は聖王国の聖騎士団従者を務めております、ネイア・バラハと申します。無礼を承知で言わせて頂ければ、もっと早く、モモン殿を派遣して頂けないでしょうか?」

 

魔導王が考え込む態度を取る。

モモンガはネイア・バラハの悪すぎる目つきに王国攻略で見たザナックの瞳。

その瞳はもう直ぐ死を迎えると言うのに、生命ある限り、こう生きてやろうと決意した覚悟に満ちていた。

 

「ネイア! 従者ごときが魔導王陛下に嘆願など!」

 

レメディオスの叱責にネイアが思ったのはたった一つ。

(無礼を働いた従者を剣で切り捨てるのはもう少し待って下さい)

それだけだった。

 

ネイアの決意、覚悟。それは〈ESP〉でその場の人間たちの表層意識を感知していたモモンガの好みのドストライクだった。

 

「……その瞳か」

「魔導王陛下?」

 

いや、なんでもないと魔導王は頭を振って、ネイアの瞳を覗き込む。

 

「派遣するものだが……ふむ……モモンより強いものではどうだね?」

「……冒険者モモン殿よりも……強い者ですか?」

 

そのような強者の話は聞いたことが無いが、他に強者がいるのだろうか。

ネイアを始め、使者団一行の表情に浮かんだ疑問符に答えるように魔導王が言葉を続ける。

 

「ああ、そうだ。親愛なる私の盟友にして、民からは神獣と呼ばれているものだよ。彼ならばヤルダバオトも倒せるだろうし、直ぐに派遣も出来るだろう……ただし、人間ではないがね」聖王国は受け入れられるかねと言外に聞こえた。

 

「ありがとうございます! 魔導王陛下!」

 

誰が派遣されるのか分からない。だが、先に比べればまだ救われる可能性が高まったという思いから出る言葉は本当に真摯なものだった。

続いてレメディオスが頭を下げていた。

 

「ありがとうございます! 魔導王陛下! 私どもの従者の願いを叶えて頂いた事、深く感謝申し上げます!」

「構わん。……カストディオ団長。いい部下を持っているな。他国の王に従者が嘆願するというのはよほど己の国を愛していなければ出来まい。……皮肉を言っているのではないぞ?」

「いえ、陛下のお言葉、あの者も嬉しく思っているでしょう」

 

「そうか。……では、彼女の勇気を称え、我が盟友に500名ほどの兵士と支援物資もつけて派遣しようではないか」

「ありがとうございます! 魔導王陛下!」

 

「それではこれで終わりとしよう。実りある会談だった」

 

「――魔導王陛下、退出します」

アルベドの声に反応し、ネイアは頭を下げる。

入ってきた時と同じ様に足音と杖で床を叩く音がし、それが遠ざかっていく。やがて扉が閉ざされる音がした。魔導王が部屋を出て行ったのだろう。

 

「退出されました」ネイアが頭を上げると、少しだけ頬を上気させたアルベドが微笑んでいた。「それでは皆さんを外までお送りいたしますね」

 

 

/*/

 

 

聖王国解放軍の拠点となっているのは、山に穿たれた天然の洞窟だった。

ここにくるまでネイア・バラハと共に馬車に揺られてきた魔導国大使――ジョン・カルバインと言う青い人狼――は興味深げに周囲を見回している。

馬車に揺られている間、他愛もない話を振ってくるジョンは恐ろし気な見た目に反して人好きのする性格なのだろうとネイアは思う。

 

しかし、流石は魔導王陛下の盟友と言うべきか……その感覚が一般市民と掛け離れているところには閉口した。

 

アルティメイト・シューティングスター・スーパーなる弓を魔導王から預かってきたと、その魔法の弓をネイアに貸そうとしてきたのだ。下手をしなくても聖王国の国宝である聖剣と同等……下手をすれば、それ以上のアイテムだ。

当然、そんなものは受け取れないと辞退したのだが……

 

あまりの熱心さに断り切れず、結局、その弓はネイアの背にある。

 

洞窟の中にある機密情報に触れてほしくないとの聖王国側の事情もあり、準備が出来るまでジョンとネイアは馬車の中で待機となっていたが、ジョンは馬車を下りてしまい長旅で凝った身体をほぐして、外の空気を吸っている。

 

エ・ランテルで約束した部隊は拠点についたら大使が魔法で呼び寄せるとの事だったが、それを信じられぬ聖騎士や団長の声がネイアの耳に入らぬわけもなく、ネイアの心をささくれ立たせた。

 

「……周囲を見回すと隠ぺい工作をしていないようだが、大丈夫なのか?」

 

なんてこともなく……疑問を口にしただけ、と言ったジョンに対して、ネイアは大きく目を見開く。

まさにその通りだ。

父のような〈野伏(レンジャー)〉が隠ぺい工作をしていない、人の手の入っていないこの山には相応の跡が残っている。

 

聖騎士たちの連れている馬の蹄の跡は見るものが見れば一目瞭然だ。今まで発見されなかったのが不思議なくらい――

 

「か、閣下。今まで隠してこなかったのですが、もしや故意に見逃されてきたのでしょうか?……一体なぜ?」

 

震える声でネイアはジョンに問いかける。

ここまでの馬車の旅路で目の前の人狼(ワーウルフ)である大使閣下が非常に賢明だとわかっている。すぐに答えを聞かせてくれるのでは、という思いはまさに正解だった。

 

「良くあるのは監視下に置くことで、出方を制御できるからじゃないか」

「監視!?出方を制御?」

「んーそうだな。ここが悪さをするネズミの巣穴だとすると、逃げられたら面倒だろう? 集まってから一気に囲んで始末する方が楽だし、出てきても何処に行って悪さをするのか監視してれば被害も抑えられる」

 

(そうか!閣下のおっしゃる通りだ。それ以外考えられない。この土地に来て数分でここまで読み解くなんて……。相手の思考まで完璧に読まれているようだし、凄い……)

 

「状況が変わらない限りは心配はいらないだろう。ただ、こちら側に援軍を呼び寄せたとか変化があった場合。あちら側に状況の変化があった場合。それによって攻撃される可能性は高まるだろうな」

 

これだけのことを的確に指摘できる大使の聡明さに、ネイアはただただ感服するほかなかった。

身内に犠牲が出たからと、同じ様に身内に犠牲が出ている従者に八つ当たりをする団長とは大違いだった。

 

やがて、二人を探して聖騎士がやってくる。

 

「大使閣下、お部屋の準備が出来ました」

迎えに来た聖騎士の一人がネイアの持つ弓を見て、驚愕からか目を大きく見開いた。

(……あーうん。そうだよね。私もその気持ちよくわかります。絶対に従者が持つ武器じゃないですよね……)

 

「申し訳ありませんが、カストディオ団長とお話したいことがありますので案内して頂けますか? 閣下もご一緒したいと仰せです」

「ぁ、あ、はい。畏まりました。それでは私についてきてください」

 

聖騎士、青い人狼、ネイアの順番に洞窟に入る。

 

洞窟の一角には地下水が湧き、高さはそれほどでもないが横幅は広く、馬も入れるだけのスペースがあった。更には青白い光を放つキノコ――高さは人の半分ほどもある――が生えており、照明を必要としていない。

このような優良物件を知っていたのは、かつてここを根城にしていたモンスター討伐に聖騎士団が派遣されたことがあるからだ。

 

とはいっても所詮は洞窟だ。

 

逃げ込んだ聖騎士189名、神官――見習いや関係者を含む――が71名、行き場のなかった平民87名の合計347名の大所帯。個室など望むべくもない。

青白い光に照らされて洞窟を進めば、警護の聖騎士や神官、行き場のない平民の姿を見かける。

 

先に入った団長たちから話は聞いているだろうが、それでも大柄な青い人狼(ワーウルフ)への驚愕の視線を隠しきる事が出来ていない。

(失礼なんだけど……)

大使閣下は決して怒らないだろう。この大使は団長などと比べると非常に温厚だ。ただ、そういう人物ほど怒らせた時怖いものだ。

 

その為にも失礼な態度を取るなというべきなのだろうが、一人一人に言ってもしょうがないし、言ったところでどうにかなる問題でもない。聖王国の民にとっては亜人異形種は敵なのだから。

 

(団長に言っておくとして……まぁ、武器を抜いたりしていないのだからまだマシなのかなぁ)

 

ふと、先を歩く大使閣下が小さな紙を取り出し、それを眺めているのに気が付いた。何が書かれているのかとネイアは興味を抱くが、手の中に隠すように持っているので、そこに書かれた文字を読むことは出来ない。

やがて案内された先には一枚の布が垂れ下がっており、向こう側からは意見の飛び交う騒がしい声が聞こえてくる。

 

「カストディオ団長。魔導国大使閣下が従者バラハと共にお見えになりました」

 

室内が一気に静まり返った。

その時にはジョンの手の中にあった紙はどこかに消えていた。

 

「入ってもらえ」

 

団長の声に、聖騎士が布を捲り上げる。

立ち上がって魔導国大使を迎える聖騎士や神官――使節団に参加していなかった者――たちの目には様々な感情が籠っていた。

ネイアにだって分かるくらいだ。当然、大使閣下も分かっているはずだ。しかし、その背中には何の感情の変化も見受けられない。

 

(この御方がこの場の空気に気が付かないわけがない。……小物など気にしないのが強者というものなのかもしれないなぁ)

 

「皆、聞け。この御方こそ魔導国大使ジョン・カルバイン閣下である。この度は我が国の困難を見過ごせないとわざわざ助けに来て下さった。失礼のないように!」

 

レメディオスの言葉に、部屋の中にいた者たちが一斉に魔導国大使に頭を下げた。

皆が頭をあげたところで、魔導国大使が堂々たる風格を漂わせ口を開いた。

 

「お初にお目にかかる。魔導国大使ジョン・カルバインだ。魔導国として君たちに力を貸しに来た。それで、いきなりで悪いのだが、この地に来てあることに気が付いたのだ。それに関して諸君らがどのように考えているのかを問いたい。俺に付けてくれた従者の口から説明させてもらう」

 

魔導国大使が大柄な身体を少しだけ横にずらしたので、ネイアが脇をすり抜けて形で前に出る。

 

「皆様、失礼いたします。大使閣下より先ほど伺ったお話をさせて頂きます」

ネイアは大使閣下から聞いた話を全員に聞かせる。短い話を終えた後、室内は重い沈黙で支配された。

「……それでどうすればよいとお考えですか?」

 

レメディオスが魔導国大使に問いかける。

 

「いや、その前に君たちはどのように考えているのだ? 俺は援軍に来たのだが、君たちを指揮する為に来たのではない。あまり魔導国主導で関与しては、ヤルダバオトを退治し終えた後、面倒な事にならないか?」

ざわっと部屋が揺れた。

「……それとも俺の指揮下に入るか? それなら俺が最善の手段を以ってこの国を救ってみせよう」

 

(それが最善なんじゃないかな。大使閣下は人間じゃないけど、言ってる事は正しいし、約束事はきちんと守ってくれる。今、この瞬間、苦しんでる多くの人を救う為であれば、他国の大使に一時的に従うのも正しい判断なんじゃないだろうか?)

 

「我々の上に立つのは聖王女陛下のみ。申し訳ないが、他国の指揮下に入る事は出来ない」

 

即座にレメディオスが否定した。

「――!」(苦しんでる民を救う為ならどんな手段でも取るべき。そう考えられたからこそ、他国を、それも素晴らしい王の厚意を、大使閣下を利用する事も是としたのではないですか!)

ネイアは顔を伏せる。胸の内に溜まったドロドロとしたものを決して表に出さないようにする為だ。

 

「参考までに閣下であればどのように考えられるか、教えて下さいますか?」

その場の者たちに気が付かれない程度にネイアに視線を向けた魔導国大使だったが、レメディオスの問いかけに視線を戻す。

「俺であれば、か? きちんと隠ぺい工作をするのが一番だが、こうとなってはな……一つ行動を起こしたら、この拠点を捨てて新しい拠点へ移動する事だな」

「新しい拠点ですか……」

レメディオス以下部屋に集まった者たちが難しい顔をしている。それはこの拠点以外に隠れる事が出来そうな場所の心当たりなど無い為だ。

 

「知らないという雰囲気だな。であれば、動くほどにヤルダバオトの軍勢が攻めてくる可能性が高まると言う事を前提に作戦を練るしかない。ここは監視下におかれているだろうから、俺の部隊も今呼び寄せれば、ヤルダバオト側の攻め込むきっかけになるだろう。……さて、他に意見はないな。俺は部屋に戻らせてもらう」

 

ネイアも同行しようとするが、大使閣下に手で止められる。

 

「悪いがバラハ嬢にはここに残って、俺の代理として話を聞いておいてほしい」

「畏まりました、閣下」

 

身内と考えられているわけではないだろうが、代理と認められるのは嬉しい。この務めをしっかりと果たさなくては失望されてしまう。大使閣下に失望されるところを想像すると、なんとなく心がざわめく。

 

「それではよろしく頼む。よろしいな、カストディオ団長」

 

 

/*/

 

 

ネイアがグスターボ副団長と魔導国大使の部屋に戻ると、布切れ一枚下げただけの戸口の前には一人の聖騎士がついていた。警戒しているのは中の貴賓に害をなす者なのか、それとも貴賓その人なのか。

グスターボに席を外すように命じられ、聖騎士が立ち去る。

 

許可を得て、グスターボを先に立てて部屋へと入る。

 

みすぼらしい部屋の中央で魔導国大使は座禅を組んでいた。それだけなのに部屋の中の空気は洞窟の淀んだ空気とは違い、静謐で……それでいて力強い息吹を感じる……例えるならば大自然の中にいるような空気になっていた。

 

「ふむ、周囲の気配を探っていたが、やはりここは監視されているようだな」

 

閉じていた瞳を開きながらの大使の言葉にグスターボは驚愕する。

「か、閣下。誠でございますか!?」

「君たちや野生動物以外のものの気配を感じるよ。おそらく亜人連合の監視と考えるのが自然じゃないかな」

 

それで副団長はいかなる御用かな?大使の問いに副団長である自分から説明させて貰う為に来たとグスターボが答えると、どのような目で見られても、どんな態度を取られても、決して怒りを見せなかった魔導国大使が初めてネイアの前で僅かな怒りを見せた。それがネイアを信頼してくれていたからこその怒りだと知ってなんとなく胸が熱くなる。自分をここまで評価してくれたものが他にあっただろうか。

 

「俺は彼女であれば出来ると思って送り出したんだ。それを上司だからと横からしゃしゃり出てくるのは不快だぞ?」

「これは大変失礼いたしました!」

「謝罪なら、俺にではなく、彼女に……まあ、いい。それでは説明を聞こうか」

 

グスターボが一通りの説明をすると、魔導国大使は興味なさげに返事をする。

 

「なるほど、そうするのか」

「それで大使閣下はこの作戦をどう思われましたか?」

 

「どうするもこうするも、俺の部隊を呼ぶかも決められないではどうしようもないじゃないか」

「申し訳ございません。ですが現状では閣下の部隊を迎えてはヤルダバオトの監視に……」

「わかったわかった。……先ほどの作戦を聞いた限り、食料も武器も、収容所任せの危うさがあるな」

 

そう言って魔導国大使とグスターボは作戦の問題点やこれからの懸念について話し合う。

 

その中で聖王女の蘇生についても話は出たが、死体の所在は不明で、状態も分かっていないとの事でこれもどうしようもなかった。

生き残った王族を救出するにしても、捕虜収容所のどこかにいるといいなといった状態で聖騎士団の情報収集能力の低さが露呈しただけだ。

 

捕虜収容所の解放について詳しい情報を求めて、魔導国大使が地図を求めると流石にグスターボは断ろうとしたが、ネイアが途中で口を挟んだ。

 

「ここにはないと思いますので、私が取ってまいりましょうか?」

 

地図は国の宝だ。詳しければ詳しいほど攻める時も守る時も容易になる。だから将来的に敵に成り得る隣国に自国内の詳しい地理を知られるなど百害しかない。だからグスターボは断ろうとしたのだ。

しかし、ネイアはそこまでは許せなかった。

魔導国が王国を属国にした時、魔導国王がザナック国王に言ったと言う。「私は礼には礼を、仇には仇を以って返す」と。

 

知恵を、力を借りるなら、その代価を支払うべきだ。

 

グスターボは鋭い目をこちらに向けてきたが、ネイアは素知らぬふりをする。

「ああ、それじゃあ後で見せて貰おうか。それではバラハ嬢。この辺りの地理について君が知ってる事を教えてくれ」

「はっ!」

 

二人で返事をし、グスターボは布をまくって外に出ていく。彼の足音が聞こえなくなった辺りで魔導国大使がぽつりと呟いた。

 

「気にしなくていいぞ。魔導国として派遣されているんだ。俺がただここにいるだけでも魔導国の利益になるんだからな」

「はっ」

地図の件を言っているのだろう。

 

ネイアは胸を熱くする。自分のやっていることがちゃんと認められる事がどれほど嬉しい事か。

 

「それにしてもここは人界万里のどんづまりだ。逃げ場なんてどこにもない危機存亡を迎えても、やっぱり人は一枚岩にはなれないんだな」

謳うように呟いたジョンの声にネイアは思わず視線を上げた。

「なんか大きな危機が迫って、恨みつらみ忘れて判り合えるとかはやっぱり無理かぁ」

 

その声に残念そうな響きを感じ、思わずネイアは視線を〈青い人狼(ワーウルフ)〉に向けたのだった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。