オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/帝都高級住宅街の一角
ヘジンマールは帝都の高級住宅街の一角に小さめの屋敷を与えられて、そこで暮らしている。
一生徒には破格の扱いだが、帝国が魔導国からの留学生をどれほど優遇しているのか示してもいる。
かつては貴族の館だった館の寝室。
そのベッドの上でヘジンマールは
ベッドの上には本が散らばり、眠る寸前まで本を読んでいた様子が見て取れる。好きな本を好きなだけ読んで寝落ちしたヘジンマールの寝顔は幸せそうだ。
数度、部屋の扉がノックされて、メイド服を着た
エルヤーに虐げられていた彼女たちは、エルヤーから解放された後に魔導国に引き取られて紆余曲折あり、ヘジンマールに人間の常識を教える為にとヘジンマールに仕える事になった。奴隷の証として切り落とされた耳もルプスレギナの治癒魔法によって、今では元通りだ。
ちなみに彼女らが着ているメイド服はナザリック製であり、ナザリックの一般メイド服だ。魔法強化されており、ミスリル製
「おはようございます、ヘジンマール様」
「……むにゃ……むにゃ」
「……ああ、おはよう」
「おはようございます、ヘジンマール様。本が傷みますよ」
眉目秀麗な
彼女たちは甲斐甲斐しくヘジンマールの髪を梳き、寝間着を脱がせると用意した魔法学院の制服を着せていく。ある程度、着せたら立ち上がらせて、ズボンとパンツも交換だ。
そこに迷いは無いし、ヘジンマールにも迷いは無い。
彼女たちは自分に常識を教える為に付けられたのだから、これが人間の常識とヘジンマールは思っている。
歯を磨くのだって、食事を食べるのだって、風呂に入るのだって、人間の常識を知らないヘジンマールからすると彼女たちの手伝いはありがたいものだった。
ただ〈自己変身の指輪〉で変身している為、
/*/帝国魔法学院教室
ヘジンマールが学院に通学するようになって、数日が経過していた。
流石にこれだけの時間が経過すれば、多少は慣れと言うものが生じていた。
確かにヘジンマールが高位の魔法詠唱者であるのは、わずかな会話からもひしひしと伝わってくる。実技ではその圧倒的な力を見せつけられる。しかし、だからと言って暴君であったり、恐怖をまき散らすような事はしない。
常識に疎いところが見られるが、ある意味、そこが賢者然とした人物だ。
そこまで怯えなくても良いのではないかという、共通認識が生徒間で生まれてきていたのだ。
勿論、無駄話が驚くほど少ないと言う事は変わっていない。多少空気が緩んでいるのは同じクラスの生徒ばかりであって、他のクラスの生徒たちはヘジンマールの前で、非常に緊張した素振りを見せる。彼が食堂に入るとさざ波のように沈黙が広がっていくほどだ。
共に数日を過ごした同じクラスの生徒であっても、親し気に話しかけたりするような者がいないのだ。年齢が若干上に見える事もあるのかもしれないが、生徒である自分たちと違い賢者然とした人物になんと話しかければ良いのか?
それに指導する教員たちへ質問と言うよりも、そこはこうした方がと指摘できる能力があるのだ。指摘を受けた教員たちの緊張感が一層増したのは言うまでもない。
ただし、大きく変わったところもあった。
扉がノックされ、一人の生徒が入ってくる。
全員の視線が動き、またかと判断する。
その所為とは静かな教室内を見渡し、一直線に歩を進める。
向かった先にいるのは勿論、ヘジンマールである。
「初めまして、ヘジンマール様。私の名はジーダ・クレント・ニス・ティアレフと申します。」
貴族特有の、平民には真似のできないような品の良いお辞儀を見せた。
「……私に何か用かな?」
「はい。ヘジンマール様のチームに私を入れてほしいと思ってまいりました」
これだ。
この数日、学院の中でも指折りの魔法行使能力を持った生徒たちが、ヘジンマールに自分を売り込みに来ているのだ。
今来ている生徒も、魔法行使能力ではかなり上位に位置し、ジエットでも顔を知らなかったが名前くらいは知っているレベルだ。
そんな生徒が、ジエットの見ている間にヘジンマールに自分をチームに入れて貰うよう懇願していた。
ジエットは本気で感心してしまう。
嫌味などではない。
ヘジンマールのチームに入れて貰おうと来る者は高貴な家柄の、優秀な者ばかり。そしてこれ以外でもヘジンマールに魔法の事で問い掛ける者は、皆、学院内でも名の知れた者であった。
それらの生徒に共通しているのは、優秀さでは無いとジエットは判断していた。
それは意欲。
もしかするとそれは欲望なのかもしれない。つまりはジエットのようにある程度の場所で満足するのではなく、より上を目指す意欲に燃えた者。貴族として生まれ、優秀な魔法行使力と言う潜在的な能力を保有し、それでもなお自分を高める努力をする者。
それに感心せずに何を感心せよというのか。
確かにジエットは自分で好きで今の場所を好んでいる。誰かを追い落とし、何かを犠牲にしてまで自分を高めることを求めていない。それでも自分の出来ないことをする者に、尊敬の念を抱けないほど狭量ではなかった。
やがて生徒のプレゼンが終わり、ヘジンマールの裁定が下る。
「君の思いは十分に伝わった。しかし……」
その後は何時もの繰り返しだ。
君の思いは伝わった。しかし、君を私のチームに入れる気はない。君が非常に優秀なのは分かったが、そういった人物を私のメンバーに入れることは将来の帝国の不利益につながる。この試験では優秀な人物は上に立たなくてはならないのだ。君は上に立つ者として他の仲間を引っ張りたまえ。決して私の下で引っ張られてはいけない。
そして最後に――
「君の名前は覚えておこう。ジーダ・クレント・ニス・ティアレフ君」
「ありがとうございます、ヘジンマール様」
ここまでは既定の流れだ。
生徒が深い礼を見せてからさっそうと──貴族出身の生徒はやはり品が良い──教室を出ていく。
何が足りないのか?
ジエットは考える。ヘジンマールは、この流れで売り込みに来ている者を全て断っている。
能力も、意欲にも、何も問題が無いハズなのに彼は何を考えているのだろう。
ちらりと横を見ると、次の授業が始まるまでの間に変わらず歴史書を読み込んでいるヘジンマールの姿があった。
/*/
ジエットは立ち上がると、静かな教室から廊下へと出る。ネメルと約束をしているためだ。歩く速度は何時もよりも速い。というのも約束の時間に遅れているためだ。ジエットもネメルも大抵約束の時間よりも若干早めに着くように行動する。そんな彼が今回遅れてしまったのは、あの状況下で堂々と教室から出ていくことが出来るほど、空気が読めないわけではないためだ。
こういった点がかの人を迎え入れて困る事態だ。ありとあらゆることに気を回さないと不味いということが。
心の中で愚痴を呟きつつ、約束の場所が視界に入り、ジエットは表情に敵意が現れるのを必死で抑え込む。
ネメルがいたのは良い。問題は彼女を壁に押し付ける様にしている男がいたことだ。廊下を歩く生徒は見て見ぬふりをしている。男の方が大貴族の子息であると知っているための処世術だ。
助けを求める様に動いたネメルが、ジエットを発見し、その顔を明るいものへとする。眼前の少女の急激な変化に誰が来たのか理解したのであろう、男は薄い笑いと共にジエットへと顔を向けた。
「何してるんだ……ですか?」
「いやいや、彼女とちょっと話をしたくてね」
「そんな恰好で話さなくても良いんじゃないですか?」
「色々と秘密裏に話したいことがあったからね」
ネメルはランゴバルトが離れると、すぐにジエットの元に駆けてくる。その駆け寄ってくる姿は幼馴染の昔を思い出し、より一層強い憤怒がジエットの心を燃やしていく。
拳であれば負けないだろう。
しかし、そんなことをすればジエットは退学となり、ネメル自身何をされるかわからない。
彼の立場上、家の権力を全力で使えないかもしれないが、軽くはたく程度の力でも平民と下級貴族には巨大な鉄槌となってしまう。ランゴバルトが玩んでいると思わせる程度に留めなくてはならないのだ。
殴り飛ばすなどという多くの人の前で恥をかかせる行為をしてはいけない。
「……さて」
ランゴバルトは髪をかきあげると、ジエットの方に向かって歩き出す。
一歩だけ前に出るとランゴバルトをジエットは睨んだ。
「……ふん。別にどうこうしようという気はないさ。君のクラスに用があってね」
それがどういう意味か、予想はできた。ヘジンマールへチーム参加希望を出すつもりなのだろう。
その瞬間、ジエットは光が輝いた気がした。
その時――
「彼らは何をしているのかな?」
「あの女性をめぐって、それぞれの権力や腕力で鞘当てをしているところです」
「めぐって……ああ、番う為の喧嘩か」
貴族らしからぬストレートな物言い。あまり聞かないが、忘れるわけにもいかない声が聞こえた。
3人が目を向けた先には、
「ジエットくんとネメルくんだったかな。彼らはカップルが成立してるようだから、彼が横入りしようと頑張っているのか……」
ヘジンマールの容赦ない物言いにランゴバルトの顔が赤くなったり、青くなったり、忙しくなる。
ふむ、とヘジンマールが考え込む。
「そうすると、彼は〈ぼっち〉……と言う奴なんだね。なら、彼なんか良いんじゃないかな?」
指差されたランゴバルトは唐突な〈ぼっち〉認定に、なんと言っていいのか分からないと情けない表情になった。
ヘジンマールに問い掛けられた
「はい。打ち解けていないチーム内に異性がいるとそれだけでチームが崩壊する危険性があります」
「私たちはヘジンマール様のものですから、そのヘジンマール様が目移りしない相手であり」
「尚且つチーム外に粉をかける相手がいる彼ならば、チームに加えても問題ないかと思われます」
ジエットはランゴバルトの顔を見る。
そこには信じられないものを見たと浮かんでいた。驚愕に目を見開き、口は喘ぐように半分開いていた。高貴な血族には似つかわしくない間抜けな態度ではあったが、嫌っているジエットですら馬鹿にしようという気は起らない。
あまりにも理不尽だろうことが彼らの前で起こったと知っているから。
「どうだろう?君、私のチームに入ってはくれないだろうか?」
廊下と言う逃げ場のない公衆の面前で恥をかかされた上で、断れる筈もない目上の者からの提案。
真っ青な顔のランゴバルトは俯いて、ヘジンマールの手を取るしかなかった。
平民の男から女性を奪おうとした〈ぼっち〉のランゴバルトと噂されたのは、流石にジエットも気の毒に思った。
/*/それいけ僕らの駄犬くん!
その日、カルネ=ダーシュ村では世界を変える……ほどではないが、人類にとっては大きな福音となるかもしれない発明品が起動した。
いつものように広場で何やら実験を行っているジョンとそれを眺めるルプスレギナ。
その前には身長3~4mはある巨大な
「今度は何を作ったんですか?」
アインズ・ウール・ゴウン教会から現れた漆黒の鎧を纏った冒険者仕様のモモンガが、
「うん。ジルにプレゼントしようと思って作ってみたんだ。あんまり強くないけど、これは楽しいよ!」
「はぁ、アイアン・ゴーレムですよね」
「よし、出来た。ルプー乗ってみて!」
「了解っす!」
膝を突いた
指先で何か操作したのか開いた胸部装甲が左右上下の順に閉じていく。
全ての装甲が閉じてロック音がすると、無駄にかっこいい起動音を立てて頭部のバイザーの眼が光り、
「……劣化パワードスーツですか。ちなみに視界は?」
「第3位階魔法に〈魔術師の眼〉ってあるんだけど、それを応用して頭部からの映像をコックピット内の正面板に投影してる」
「ほう……そうするとこれは」
「うん。第3位階魔法までの魔法で作れるように落とし込んだ劣化パワードスーツさ!」
ちなみにストーンゴーレムは開放型のコックピットにして、作業用機械としたらしい。
「この大陸だとアダマンタイトが最上品みたいだし、この技術なら渡しても問題ないでしょ?」
「……戦力次第ですね。どのくらいを想定してるんです?」
「一応、騎士が乗ったら〈
試してみますか。そう言うとモモンガは能力で〈
「流石に広場は狭いから、村の外に出ようよ」
「それもそうですね」
搭乗したルプスレギナに声を掛けると村の外に向かって歩き出す。
「拡声魔法も付与したんですね」
「あと、外の音を拾う魔法もね」
村の外に出ると早速、
斬撃に耐性のある〈
ルプスレギナは大ぶりの長剣の一撃を囮に〈
3mはある〈
遅れて、ズズンと地面が揺れるような衝撃が広がった。
「ほう……これはなかなか迫力がありますね」
「でしょ!大きいのは正義だよ」
からからと笑うジョンを横目にモモンガは戦闘をつぶさに観察する。ルプスレギナからすれば〈
だが、そうはならず殴り合いを続けているところを見ると操縦者のLvは関係なく
材質の差もあって、戦闘は
モモンガの見るところ普通の騎士を〈
ジョンの言う通りロマン装備でしかない。
まあ、見栄えは良いからジルクニフにやると言うなら、あげても良いだろう。
結果、めっちゃ受けた。
なんだったら、アンデッド輸出よりも
アンデッドと違って命令権が完全に人間側に委ねられているのが良かったらしい。
アンデッドの方が疲労しないし、色々と便利なのに……と、モモンガは一寸拗ねた。
/*/アゼルリシア山脈の東側
アゼルリシア山脈の東側帝国領に近い、トブの大森林の北限を少し行ったところにジョンはいた。
「この辺りは少し寒すぎるな。もう少し標高の低いところが良いか」
「閣下、どこまで歩くんです?」
顎鬚を生やした自称むさいおっさん。バジウッドが、地面をほじくり返して土を見ていたジョンに問う。
いつもの上半身裸に道着のズボンのスタイルになったジョンがバジウッドに振り返る。
「まだまだ歩くぞ。国境線を決める下見なんだからな」
「何百km行くつもりですかい。ドワーフの国まで行っちまいますよ」
「そのつもりだぞ。だいたい、お前はヒポグリフに乗せて貰ってるだろう?」
お前歩いてないだろうと、後で翼を休めている
周囲は森林限界により木々が低くなってきており、季節的に雪が降り積もっていた。
「地形と偏西風の影響かな。山脈の西側と比べると雪が大分すくないし、乾燥している」
バジウッドには何を言ってるのか良く分からない内容の事を口にすると、ジョンは掘り返した場所を元に埋め戻すと狼形態になって、先に進むと宣言する。
その背にルプスレギナを乗せると、山脈を吹き下ろす風のような勢いで駆け出していく。
「……ヒポグリフでも追いつかないって、どんだけだよ」
やれやれと頭を掻くとバジウッドは、ヒポグリフに跨る
/*/
青い空が茜色に染まり、そのまま夜闇が落ちてくる。星々の海を背景に巨大な山がそびえ立つ光景は壮大で、この遥かな景趣でさえ世界のほんの一欠けらに過ぎないと思うと、それだけで自然の大きさに圧倒されそうになる。
鼻腔を震わせ、流れ込んでくる新鮮な空気に含まれる香りを嗅ぐ。
焚火のオレンジ色の炎に照らされながら、夕食の準備をする。
お湯を沸かし、簡単なスープを作りながら、干し肉を酒で戻して焼いていく。数日の予定なのでパンは比較的柔らかいものがある。
野営地の中央には第三位階《環境防御結界》と《毒ガス防御結界》を付与した水晶球が置かれており、食事の良い匂いも外に逃がさなければ冬山の厳しい寒さに悩まされる事もない。
「お前たちの分も作ったから、持っていけ」
「閣下!手ずからとは恐れ入ります」
流石にバジウッドも恐縮して、人数分の食事を受け取ると
彼らの野営地にも貸し出した第三位階《環境防御結界》と《毒ガス防御結界》を付与した水晶球が置かれており、騎士とヒポグリフを寒さから守っていた。
「これは凄いな」「第三位階魔法だそうだ」「いや、それより飯が美味いぞ」
「金貨何千枚になるかな」「これ飛ぶ時に持っていたら寒くないんじゃないか?」
食事も含めて好意的に受け入れられている事にジョンは笑みを零す。
ルプスレギナと二人食事を終えると、二人で食事の後片付けを行い空を見上げた。
空には宝石をぶちまけたように無数の星々と月のような大きな惑星。
冬の澄んだ空気はいつか二人で夜に散歩した時よりも星々をくっきりと見せてくれて、月明りに浮かび上がるアゼルリシア山脈の山々の雄大な姿は世界の広さを教えてくれる。
「……あの時は、ジョン様の妻になれるなんて思いもしませんでした」
炎に手をかざし、左手の薬指に嵌った〈指輪〉を見ながら、しんみりとしたルプスレギナの物言いにジョンは何と言うか考え……結局、気の利いた言葉が浮かばなかったので、「そうか」と、一言だけいってルプスレギナの肩を抱き寄せた。
月と星々に照らされ、優しい青に染まる世界の中の小さな炎に照らされたオレンジ色の一角で、二つの影は一つの影となって、遥かな果てで空と大地が交わって地平線となる様を見つめていた。