オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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第48話:受けて見よ!されば天位をくれてやろう!

/*/武王の受難の日

 

「いやーこんな陽の光が降り注ぐ中で戦うなんて初めてだわー」

 

クレマンティーヌはぐるっと周囲を見回した。戦いやすく平らに均された地面に気持ちの良い太陽の光が降り注いでいる。

見上げれば、ナザリック第6層のような円形闘技場に満場の大観衆だ。

 

まさか、自分がバハルス帝国の闘技場で武王と戦う事になるとは。

 

力試しと〈神獣様(ジョン)〉は言っていた。確かに地力が上がった今、かつては自分が互角に戦えるだろうと見ていた存在と戦うのは自分の成長を知るのに良い機会だろう。

 

『今日の挑戦者は先日武王を下したアインズ・ウール・ゴウン魔導国大使ジョン・カルバイン閣下の弟子ともペットともされる女性、クレマンティーヌだぁッ!!』

 

ペット言うのか。進行係の紹介に誰が何を言ったのか少しばかり気になりながら、クレマンティーヌは陽の光を浴びる北の入り口を眺める。

 

割れんばかりの歓声が湧き上がる。通路からゆっくりと武王が姿を見せる。巨大な棍棒に全身鎧。身長は2m後半だろう。その難攻不落の要塞のような姿が日の光を浴びると、闘技場の歓声が更にもう一段大きくなった。

 

クレマンティーヌは自身の武装を再確認する。

 

かつては殺した冒険者たちのプレートで飾った〈軽装の鱗鎧(ビキニアーマー)〉だったが、今は竜鱗を魔化した〈軽装の鱗鎧(ビキニアーマー)〉。アダマンタイトより丈夫らしいスティレットが4本、同じ素材のモーニングスター。防御の魔法の込められた指輪に耳飾り、移動速度向上が込められたブーツと法国にいた時よりも装備が整っている。

 

「まーそれでもー、スティレットでウォートロールって相性最悪だよねー」

 

強い再生能力のあるトロール相手では、スティレットのような小さな傷を与える武器は相性が悪い。バラバラにしても再生するような相手と戦うなら、打撃武器で潰してしまうと再生が遅くなり戦い易いのだ。それでもトロールは死なないが、その間に焼くなり逃げるなり出来る。

 

観客の歓声もぺしゃっと真っ赤な花が咲くことを期待するような歓声が混じっている。

 

神獣様はよっぽど力を見せつけてくれたのだろう。こっちが幼気な少女の姿をしてるってのに武王には一片の油断も見られない。

クレマンティーヌがゆっくりと姿勢を変えていく。クラウチングスタートのポーズに近いが、立ったままでの異様な姿勢だ。ある意味、可笑しくもあるポーズだが、しかしそれは決して油断できる構えではない。

 

「そんじゃー行きますよー」

 

限界まで引き絞られたバネが弾けるようにクレマンティーヌが一直線に駆け出した。土煙を置き去りにし、瞬く間に間合いを詰めたクレマンティーヌに武王の棍棒が振り下ろされる。

「〈剛撃〉〈神技一閃〉」

「〈流水加速〉〈超回避〉」

武王の武技の一撃をクレマンティーヌは〈流水加速〉でスピードを維持したまま滑らかな動きで掻い潜る。亀裂めいた笑みが武王の視界の中で大きくなる。

 

一閃の煌きが起り、スティレットが武王の鎧を貫通し、武王の皮膚を貫き、武王の身体に突き刺さる。

 

「〈外皮強化〉〈外皮超強化〉」

 

武王の武技が発動し、内部から何かが放出されたように、スティレットの先端が押し返される。

クレマンティーヌの一撃は、ほんの少し――かすり傷程度しか与える事が出来なかった。トロールの再生能力を以てすれば数秒で癒えそうな薄皮一枚の傷。

武王が安堵したのは間違いないだろう。クレマンティーヌを振り払うべく迫る棍棒の速度にそれがあった。

 

「――起動」

「ご!ごわぁあああああ!!」

 

魔法が解放され、カジッチャンに込めさせた〈火球(ファイヤーボール)〉が突き立った場所から武王の身体を焼く。そのまま突撃の勢いで武王の後方に離脱すると10mほど離れて向き直る。

棍棒を持った手で肩口を押さえた武王のもう一方の手はだらりと垂れ下がり、動く様子が見受けられない。しばらく腕を封じる事に成功したようだ。

 

武王が圧倒的に不利な立場になったと見た観客から悲鳴に近い声援が巻き起こる。同時にクレマンティーヌを応援する声も出始めていた。

 

「ごっめ――ん。ちょ――っと私が強すぎたねー」

 

スティレットを抜き直して、別の魔法が蓄積されたものと交換しながらクレマンティーヌは余裕たっぷりに武王を挑発する。

 

そして――そのまま、武王に反撃を許さずにクレマンティーヌは勝利したのだった。

 

 

/*/

 

 

ブレインの刃が振り抜かれる。

 

日本刀のようなその刀身を持つ刀は、ここでは神刀と呼ばれる。

ブレインの持つその神刀を見るものは魂を吸い込まれるような感覚を覚えるだろう。それほどに綺麗な作りだ。刃紋はぼんやりと輝いているようで、それに対比し地の部分は深みある黒色。刀身には仄かな青の冷気が漂っていた。

 

チン!

 

と、鈴のような澄んだ音を響かせ、神刀が鞘に収められる。

ブレインまで3mほどに迫っていた武王の鎧――その頭部がずるりと中身ごと落下した。

 

遅れて、武王の身体が前のめりに倒れていく。

 

闘技場から悲鳴が巻き起こった。遅れてブレインの絶技を讃える大歓声が爆発する。

そんな大歓声を受けても、最強秘剣〈爪切り〉を振るって闘技場最強を謳われた武王を倒しても、ブレインの心に喜びは湧き上がってこなかった。

 

「……強さってなんだろうな」

 

 

 

/*/クレマンティーヌの受難の日

 

 

 

闘技の終わったその日の夜。オスクの主催で宴が開かれていた。

招待されたジョンたちは乾杯の後、それぞれに散らばって盃を酌み交わす。

 

「何度も勝ってすまないな」

そうは思ってないジョンはオスクへ盃を見せた。

「いえいえ、おかげ様で武王への挑戦者が増えて助かっておりますよ」

意味深なオスクの笑みに、ジョンは肩をすくめた。

 

「愚かだな。武王が弱くなったんじゃなくて、相手が強かっただけなのにな」

「1つの真剣勝負は100の鍛錬に勝ると聞きます。武王も鍛錬に力が入ります」

 

真剣勝負を鍛錬にされては相手は堪ったものじゃないなと笑い合う。

 

「ところで――9代目武王となりませんか?」

 

「ならんならん。俺に寿命は無いからな。成ったら、代替わりがなくなって詰まらないぞ」

「そうなのですか?」

「そうだよ。それより……面白い話を聞いたんだが」

 

面白い話……でございますか?オスクは目をぱちくりとさせてみせる。本当にわかっているのかいないのか。幾つかある噂のどれか考えているのだろう。

 

「うん。こないだ俺が飛び入りした事もあって、なんでもジルも……陛下も、闘技に出場しないかとの期待の声があるとか聞いたんだがな」

「ああ、その話でございますか。確かにそのような声は若いお嬢さんなどから出ておりますな。……しかし、陛下は戦士としての鍛錬はお積みではない筈」

 

駄犬(ジョン)〉は、にやりと笑うと幾つかの魔法を発動させる。

 

「こうすればどうだ?ジルそっくりだろう」

「た、確かに……しかし、その、不味いのでは?」

 

「ジルの人気取りに協力しようかと思ってな。今度、ジルと観戦する時にな……」

ごにょごにょとオスクに内緒話をするジョンに、面白そうにオスクは何度も頷く。

「おお!おお!!なるほど!それは面白い!!」

 

是非とも協力させていただきます!と、〈駄犬(ジョン)〉と〈興行人(オスク)〉は、がっちりと握手を交わす。

 

ジルクニフの明日はどうなる!?

 

 

/*/

 

 

クレマンティーヌの杯へ酒を注ぎながら、オスクは至極真面目に問い掛ける。彼は本気だった。

「貴女ほど強い女性は見た事がない。どうです?うちの武王の嫁になりませんか?」

 

「「ふはぁッ」」

 

オスクの言葉にクレマンティーヌと武王が同時に噴き出した。

 

「ないないないないありえない。あんちくしょうじゃあるまいし、どーしてウォートロールに抱かれなきゃならないのよ!?」

「そうだぞ。人間など勘弁してくれ。俺はそんな変態的嗜好じゃない。そもそもお前が欲しいのは俺の子供だろう?」

 

「それなら、神獣様のところにウォートロール(♀)がいるからそっちにしてよー!万一シャルティア様の耳に入ったら、どーしてくれるの」

 

ウォートロールの女がいるとの事にオスクは反応した。

 

「……ほほう。それでそのウォートロール(♀)は強いのですかな?」

「え?いや、全然」ぱたぱたと手を振って否定するクレマンティーヌ「……まぁ強いのがいいなら、鍛えれば良いんじゃないかなー」

 

「……俺たちトロールからすれば、人間は食料だからな。嫁が平然と人間を喰うぞ」

やれやれと武王は口にする。基本的にトロールは動くものは何でも食べてしまう悪食なのだ。

「それは心配ないんじゃないかなー。神獣様が他種族と共存できるようにって教育したから、人間、ゴブリン、オーガなんかと暮らしてるよ」

 

「武王!魔導国へ行くぞ!お前の嫁取りだ!!」

 

オスクの瞳に強い炎が燃え上がっていた。

 

 

 

/*/ジルクニフの受難の日

 

 

 

滅多に来ない皇帝の続けての来訪に貴賓室も喜んでいるようだった。

ジョンに誘われての観戦だったが、今日はニンブルとバジウッドの他の警備は通常のシフトであり、メイドも控えていた。

魔導国の側は見えている範囲ではジョンとルプスレギナ。そして護衛を兼ねたレイナース。

 

ジョンの武王を一蹴する戦闘力や、水路を掘る時に見せた巨大な姿〈雷の暴風〉を見る限り、護衛はジョンの為ではなくルプスレギナの為なのだろうとジルクニフは思っていた。

 

まさかルプスレギナも常識外れの戦闘力を持っているなど思いもしない。

 

そして、幾つかの試合が繰り返されて、今日の大一番となった。

武王ではないようだが、また対戦相手がシークレットとなっている。どうせ、また〈駄犬(ジョン)〉が乱入するつもりなのだろう、とジルクニフは思って〈案内書(パンフレット)〉を眺めていた。

 

 

 

『不敗の天才剣士がやってきた!冒険者では物足りない!』

『俺に敗北を教えてくれ!ワーカー!天武のエルヤー・ウズルスだぁッ!!』

 

 

 

『奴隷の扱いに物申したい!人も亜人も余の配下ッ!』

『大臣と護衛の騎士たちには内緒だぜッッ!ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス陛下だぁ!!』

 

 

 

「ぶほぉッ!?」

 

 

 

突然の進行係からの指名にジルクニフは飲み物を噴き出した。皇帝として取り繕う余裕もない完全な不意打ちだった。

 

「ごほッ!ごほッ!」

「へ、陛下。大丈夫ですか!?」

「な、何事だ!?どういう事だ!?」

 

「我が友ジルよ。ここは俺に任せろ」

 

まったく安心できない。任せられない。任せたくない声だった。

嫌な予感しかしないが、自分を友と呼ぶその声に振り返ると、そこには自分がいた。

 

「……は?」

 

ジルクニフ(ジョン)〉は貴賓席から立ち上がり、観衆にその姿を見せつけながら穏やかな表情で手を振ると、市民からは大歓声が、若い女性からは悲鳴のような黄色い声援が上がった。腰に1本の長剣を佩いた〈ジルクニフ(ジョン)〉は大きく跳躍すると闘技場の中央へ舞い降りた。

 

ジルクニフ(ジョン)〉が持つ長剣は、ジョンがバハルス帝国で遊んでいる間に、ドワーフの国へ冒険にいったモモンガが手に入れてきたものだ。職業的制約に関わらず装備できる魔法の長剣は玩具にぴったりだった。

 

ドワーフとの交易やドラゴンとの邂逅など、心躍る冒険を堪能してきたモモンガを羨ましく思ったが、だからといって新婚旅行の途中で、新妻を放って冒険に行くわけにもいかない。

 

「……亜人奴隷の扱いなど持ち主次第では、皇帝陛下?」

「ものには限度があるのだよ。それに……私は人間以外とも友誼を結べる事を知ったのでね。君は私の治める国に不要だ」

「それを私が認めるとでも?」

「君の意志など聞いていないとも。私こそが皇帝であり、私の決断が、バハルス帝国の決断なのだ」

 

不満があるなら剣で語りたまえ……天才剣士なのだろう?と〈ジルクニフ(ジョン)〉は美麗な装飾が施された長剣を抜くと、エルヤーに突きつけた。

 

「皇帝如きが天才剣士である私に敵うとでも思っているのですか」

「無知とは恐ろしいな。皇帝の真の力も見通せぬ眼で天才剣士とは笑わせる」

「ならば、皇帝を私の足元に跪かせましょう!」

 

エルヤーが走り出し、〈ジルクニフ(ジョン)〉も走り出す。お互いの体重を込めた一撃が、火花を散らす。

 

刀と長剣がぶつかり合う。

重く高い金属音が響き渡る中、武器に込められた相手の動きや狙いを読み、少しでも有利になるように動く。刀身に沿って刀を走らせたり、即座に引いて突きに切り替えたりという具合にだ。

そうすることで結果、効果的なダメージを与えるチャンスが生まれてくる。

 

ぶつかり合いながら、即座にフェイントを交え、互いの死角を突こうと動く。刃がぶつかり合う音が止まずにどこまでも続く。何十合とのぶつかり合いに激しい金属音は一つの音のように響き渡った。

 

一見、互角のぶつかり合いに観衆が大いに沸き立った。

 

しかし、有利なのはエルヤーだ。見る者が見れば〈ジルクニフ(ジョン)〉の方は長剣を振るうのが一瞬遅く、判断に時間が掛かっているように見える。数十合の打ち合いの末、〈ジルクニフ(ジョン)〉の身体をエルヤーの刀が捉える。噴き上がる鮮血に闘技場から悲鳴が上がった。

 

数度、〈ジルクニフ(ジョン)〉の身体をエルヤーの刀が斬撃を加えた頃、と、と、と、という感じで〈ジルクニフ(ジョン)〉が後退する。絶好の機会だというのにエルヤーは追撃をかけない。それは剣の腕の差を認識したからこそ来る余裕の為だ。

 

「大した事が無い!」

 

エルヤーは強く断言した。

短い時間の攻防だが、刃を交えたおかげで〈ジルクニフ(ジョン)〉の実力をほぼ把握できた。そこそこは強いが、この程度の強さなら何の問題もない強さだと理解して。

 

「ふふ、なら……少し力を込めていくぞ」

 

ジルクニフ(ジョン)〉が僅かに身構え、踏み込む。

 

「なッ!?」

 

先の踏み込みが嘘のような人間を凌駕した踏み込み。その踏み込みから続く、閃光のような一撃に武技を使いなんとか視認できたエルヤーが負けじと刀を合わせる。

刀と剣がぶつかり、激しく火花を散らせる。甲高い音で刀が悲鳴をあげる。2つの刃がぶつかるあまりの勢いに、刀の刀身が僅かに欠け、火花と共に飛び散った。

 

「ぐぅ!」

 

エルヤーは歯を噛み締め、軋む手で次の〈ジルクニフ(ジョン)〉の攻撃に合わせ、刀を振るう。

再び、火花が飛び散り、金属音が響き渡る。

 

再び、〈ジルクニフ(ジョン)〉が後退する。

 

やはりエルヤーは追撃しない。余裕ゆえではない。碌に刀が持てないほどに、ビリビリと手が震える為だ。もしも、もう一度打ち込まれていたら、無様に刀を落としていただろう。驚愕の表情を隠しきれないエルヤーに、悪戯っぽい笑みを〈ジルクニフ(ジョン)〉は向ける。

エルヤーが無様に叫ぶ。

 

「き、汚いぞ!何をした!」

「汚い?……少し力を込めただけだぞ?」

「嘘を言うな!そんな肉体能力があるものか!魔法を使っただろう!」

 

魔法を使ったからと言って何か問題があるわけではない。時間を掛けて修練を積み、技術を磨き、装備を集め、全てを以て戦うのだ。持っているものを使って、何の問題があるだろうか。〈ジルクニフ(ジョン)〉はエルヤーの豹変したような態度に首を傾げる。同時に「ああ、こんなプレイヤーいたなぁ」と少し懐かしく思い出していた。

 

エルヤーからすれば、〈ジルクニフ(ジョン)〉の肉体能力の向上はイカサマだ。全ての剣士はエルヤーに負ける為に存在するのに、今、〈ジルクニフ(ジョン)〉はエルヤーを凌駕した。それは決して許されるものではない。

 

「おまえら!何をぼうっとしてる!魔法をかけろ!1人であんな力が出せるものか!誰かに魔法を掛けてもらったからに違いない!」

森妖精(エルフ)〉奴隷に口汚く罵りながら命令する姿には、開戦前の余裕はどこにもなかった。

 

エルヤー――自らの主人からの命令に慌てて、〈森妖精(エルフ)〉奴隷たちが魔法をかけ始める。

肉体能力の上昇、剣の一時的な魔法強化、皮膚の硬質化、感覚鋭敏……。無数の強化魔法が飛ぶ中、〈ジルクニフ(ジョン)〉はその様を黙って見つめる。

幾つもの魔法による強化がされていくにしたがい、エルヤーの顔に再び軽薄な笑みが浮かびだす。

 

「馬鹿が!余裕を見せたな!お前が勝つにはとっとと攻撃するしかなかったのにな!」

 

膨大な力がエルヤーの体を走る。

 

今までこれだけの魔法による強化を受けたとき、敗北したことは決してなかった。それがどれだけ強大な敵でもだ。

ブンと刀を振るう。通常よりもかなり速くなった剣閃だ。これなら〈ジルクニフ(ジョン)〉にも互角……いや互角以上に戦えると自信を持って。

 

「武技!〈能力向上〉〈能力超向上〉!!」

 

自慢の武技だ。特に能力超向上は通常、エルヤーのレベルでは取得できない武技だ。

(それを取得できるからこそ天才!俺はやはり強い!)

剣を振るう。身体が軽く、動きがスムーズだ。イメージをそのままトレースしたように刀が動く。

にやりとエルヤーは笑った。今度は自分の番だと。

 

刀と長剣が交差する。

 

高速で繰り返される斬撃に甲高い音が再び響き渡る。しかし、血が噴き上がったのはエルヤーの方だ。小手先の技術で勝っていても、根本的な力と速度で追いつけない。

 

接近戦は不利。

 

肉体能力を高めても、それでも〈ジルクニフ(ジョン)〉の方が優れている。ならば――〈縮地改〉で一気に後方に下がる。

ジルクニフ(ジョン)〉が追ってこない内にエルヤーは刀を上段に構え、振り下ろす。

 

「〈空斬〉!」

 

刀を振った延長上に風の刃が生まれる。陽炎のように揺らめきを残しつつ、高速で飛来するそれは〈ジルクニフ(ジョン)〉の胸部を切り裂く――。闘技場に悲鳴が響いた。

 

〈空斬〉を連続で使用する。飛距離がある分、ダメージ量が下がっている。これで致命傷は難しい。

釘付けになった〈ジルクニフ(ジョン)〉は先ほどの位置から動かずに、両手を交差させて防御一辺倒になったように見える。

 

「これが天才とそうでないものの差です!」

「……風の刃の手本をみせてやろう」

 

ズンと大気が震えた。

 

交差した腕が大きく振るわれた。

振るった腕が風を巻き起こし、突風と衝撃波が〈ジルクニフ(ジョン)〉を中心に半円形に広がり、周囲を喰らい尽くす。衝撃波が走ったのは一瞬だったが、その結果は歴然として残る。

 

「いぎゃああああ!」

 

巨大な〈真空斬り(ソニックブレード)〉の衝撃波に巻き込まれたエルヤーは全身を切り刻まれ、肉が引き裂かれた。同時にべきべきと骨がへし折れる音が身体の中から響き、激痛が電撃のように脳髄目掛けて走った。

痛みの余り口からネバついた涎を垂らしながら、エルヤーはよたよたと立ち上がる。

 

不味い。

エルヤーは悲鳴をかみ殺す。

こんな状態で攻撃されては負けてしまう。

 

「お!お前ら!何をぼうっとしてる!魔法を掛けろ!治癒だ!治癒魔法を寄越せ!はや、はやく奴隷ども魔法を掛けろ!」

 

自らの主人からの命令に慌てて、〈森妖精(エルフ)〉の一人が魔法を掛け始める。全身の痛みは抜け落ちるようになくなる。

 

「まだだ!もっと強化魔法を寄越せ!」

 

肉体能力の上昇、刀の一時的な魔法強化、皮膚の硬質化、感覚鋭敏化……無数の強化魔法が飛ぶ中、〈ジルクニフ(ジョン)〉は静かに様子を眺めていた。

 

「……もう終りか?」

「ぬかせ!」

 

エルヤーは突進する。全身に漲ったこの力で一気に潰してやると。〈縮地改〉を使いつつ、牽制に〈空斬〉を放つ。

怒号と共に刀を全力で振り下ろす。

全力で振り下ろされた刀は――

 

 

 

「受けてみよ! されば天位をくれてやろう!」

 

 

 

エルヤーの刀よりも速く走った長剣が、巨大な〈真空斬り(ソニックブレード)〉を生み出し、同時に突進した〈ジルクニフ(ジョン)〉の斬撃が、〈真空斬り(ソニックブレード)〉に追いついて、エルヤーの身体で炸裂する!

 

 

全てがバラバラになったような衝撃を感じて、エルヤーの意識が消滅し、闘技場に真っ赤な花が咲いた。

 

 

「ふッ……また詰まらぬものを斬ってしまった」

 

 

バラバラとエルヤーだったものが降り注ぐ闘技場の中、ビュンと長剣を振るって、血と脂を飛ばすと〈ジルクニフ(ジョン)〉は長剣を鞘におさめる。

武王のそれを上回る大歓声が闘技場を包み込んだ。

拳を掲げる〈ジルクニフ(ジョン)〉の姿に観客の熱狂はおさまる様子もなく、やがて「皇帝陛下!バンザイ!」の声が上がり始めて、その声は途絶える事が無かった。

 

 

/*/

 

 

この一件からバハルス帝国の皇帝より一流の戦士の証として、「天位」が授けられる事になったと歴史書には記されている。

 


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