オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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第45話:そんなの私が知るわけない

/*/バハルス帝国帝都アーウィンタール帝城

 

「ルプスレギナ」

「はい、ジョン様」

 

頬を微かに赤らめたルプスレギナの手を引き、ゆっくりと立ち上がらせる。ジョンは無数の凝視をその身に浴びながら舞踏会場の中央へと歩く。

突然、楽団が奏でる曲が変わった。

彼らが真剣という表情を通り越し、必死に奏でる姿は失敗した場合何が起こるかを知っての形相だ。

 

流れ出した曲は静かな曲であった。

ジョンは何気ない態度で見渡し、この曲に奇妙な反応を示す者がいないか、確認する。会場内のシモベ達も同様に観察しているだろう。

貴族達ははじめて聴く音楽に首を傾げていた。帝国で一般的に奏でられる曲とは完全に違った系統だ。幾人かはあまり良い反応を示していないが、こういったものには個人の好みというものがある。

 

会場に流れる曲は、ユグドラシルのOP曲だった。

 

ユグドラシルのBGMはモンスターの移動音など細かなサウンドエフェクトを聞く為に切ってしまっている者が多かった。しかし、OP曲ならばゲームを始めた時、ゲームを起動した時に聞いているので、耳に残っているだろうとの考えだ。また、恐怖公がこの曲を良しとしたのは、帝国で一般的に使用されている曲では、ダンスの粗さがばれる可能性があると考えてだ。今までに聞いたことが無い曲であり、かなり違った形式の踊りであれば、致命的な失敗さえ見せなければ、そういったものと誤魔化されるだろうからだ。

ジョンは恐怖公に言われた事を思い出しながら、動く。

 

演舞など同じように重要なのは姿勢。指の伸ばし方や顔の動かし方。大きな動きに細かな動きが連動してこそ優雅に見えるのだ。練度が足りないのを派手な動きで誤魔化そうとすると、雑に見えるのは演舞もダンスも同じだった。

 

幾百と練習した動きを思い出し、ジョンは優雅に踊っている――ように見える。

 

「ああ、ジョン様。このような場でジョン様と踊れるなんて夢のようです」

「そうか……ルプー。俺も、嬉しいよ」

 

ルプスレギナの吐息交じりの声を聞きながら、自分の腕の中から見上げるルプスレギナへ言葉を返す。ダンスの緊張で上手く返事が出来ていない気がする。ホールドした腰に回した手から伝わる熱い体温と柔らかな肢体の感触。幾度となく肌を重ねているのに、違った緊張にジョンの鼓動も早鐘のようだった。

 

人間相手とは言え、ナザリックの威と力を示す場所に何度となく供を許され、ルプスレギナは天にも昇る気持ちだった。まして今回は新婚旅行。至高の御方の妻としての立場である。幸せの余りに目を回しそうであった。

 

会場の貴族たちの批評の声は人狼の耳を以ってすれば、聞き分けるのも容易い。人狼形態のままでの参加だったが、おおむね好評価のようでジョンは安心した。取り敢えず礼儀作法が出来てれば良いなら、なんで亜人を受け入れないのだろうと思いつつもミスなく1曲を踊り切る。

 

万雷の喝采を全身に浴びながら、人狼は人間と違って汗腺が少ないので、緊張の汗でべっとりとならなくて済んで良かったと安堵の息をつく。ルプスレギナの手を取りながら、用意されていた席へと戻る。

そこではジルクニフとロクシーも笑顔で拍手していた。

 

「お見事でした」

「全くだよ、ジョン。素晴らしいダンスだった。それにそちらのレディも」

「ありがとうございます」

 

ルプスレギナがスカートの端を軽く持ち上げ、裏表のない太陽のような笑顔を見せる。その笑顔だけはいつも通りでジョンは少しばかり安心した。

二人が席に座るやいなや、ジルクニフが問いかけてくる。

 

「それでは悪いんだが、そろそろ貴族に君を紹介したいんだ。共についてきてくれるかね? 多くの者達が君と話したいとうずうずしているようでね」

「もちろんだ。面識を持つのは重要だからね」

 

正直、ダンスよりも気が乗らないが、ルプスレギナを自慢する場と思えば我慢できなくもないと自分を誤魔化す。

これから始まるのは自己紹介を兼ねた顔つなぎだ。

 

本来であればパーティーの主催であり、貴族との面会で多忙のはずのジルクニフが先導する例はあまりないそうだが、そうでないところをみるとそれだけ重要視してくれているのだろう。

 

(友人になろうというのは本気だったのかもなぁ)

 

ジョンはジルクニフの心配りを嬉しく思う。が、目だけで会場中の貴族を眺め、どれだけ時間が掛かるのだろうと内心でげんなりしていた。

 

(営業やったことあるモモンガさんの方が向いてるよなぁ)

 

ラナーとレイナースによれば「顔と名前の記憶は貴族の必須技能ですから」とのことだ。一応、ナザリックで先に食事を摂って知力バフを付けてきているが、バフが切れるまでに終わるか心配になる人数だ。魔法詠唱者であり、それだけ知能の高いルプスレギナが一緒なのだから……ん?信仰系は知能じゃなかったな。まぁ二人でなら大丈夫だろう。会場内にもシモベは放っているし。

 

お鮭様!知恵のお鮭様のバフよ!この舞踏会が終わるまで持ってくれ!!

 

「既に婚姻相手がいたとは思っていなかったよ。会場の貴族たちの幾許かはがっかりしただろうね」

「ルプスレギナも人狼だぞ。見栄えが良いから人間形態を取ってるだけだ」

「……そうだったのかい」

「美人だろう?自慢の妻だ。……ああ、それと人狼は一度決めた相手以外とは番にならないから、それも言ってくれると助かる」

「妾などは持たないのか?」

「かの狼王ロボも、妻であるブランカを奪われた後は、食べ物や水を一切口にしないまま餓死したという逸話があるくらいだよ」

 

そうするとルプスレギナはカルバインにとっての弱点と成り得るのか。ジルクニフはジョンの語る逸話を興味深げに聞きながら、これがどのように使えるのか目まぐるしく計算も始めていた。その間にも、ジルクニフとロクシーは立ち上がる準備を始める。それを見て、一呼吸遅れて、ジョンとルプスレギナも立ち上がると壇を降りる。後ろからは壇の周囲を守っていた武装した騎士達が追従した。

 

3騎士になってしまった。帝国4騎士だ。

 

残り一人〈重爆〉レイナースは、今はジョン側にメイドとして立っている。目で古巣の騎士たちと何やら会話をしていたようだったが、ジョンはその様子を思い出し、振り払う。今はもっと重要な事を、この場で注意しなければならない事に気を配るべきだ。

ジルクニフに先導されながら、ジョンは必死に恐怖公の教えを思い出していた。

 

最重要なのは言質を取られない事。

 

たとえ言質を取られようともジョンは、詰まらない理屈など暴力で捻じ伏せてしまえば良い。だが、大勢の前で取られた言質を覆してしまっては、魔導国がその程度だと侮られる可能性にも繋がる。

流石にアインズ・ウール・ゴウンの名が侮られるのは、ジョンとしても許せない。

ジョンは人間には分からない程度に目を細めた。

 

ここから始まるのは不得意な場での戦い。

しかし、敗北はギルドの名を傷つける事になる。

 

ジョンはダンスの成功で緩んだ兜の緒をしっかりと締め直した。

 

 

/*/バハルス帝国帝都の魔導国大使館会議室

 

 

さきの舞踏会から5日ほど経った魔導国大使館の一室にモモンガの声が響く。

 

「統治方針としては先程の……話がずれる前の感じでよかろう。しかし……私が実は気にしているのは、どうやって統治するかなのだ」

 

モモンガの声に会議室に集った守護者達とジョンが不思議そうに首をかしげた。

 

「いや、悪魔やアンデッドに全て任せては、なんというか……いらん敵意を買いかねない不安がある。だからできれば人間達を支配して、それに統治を任せたいと思っていたのだが……」

 

モモンガの言葉にしたり顔でデミウルゴスが頷く。

「なるほど……それもあってカルバイン様はラナー王女へ、エ・ランテルの太守ならびに属国の統治を任せると」

「それもこれも、デミウルゴスとアルベドが彼女をスカウトすると決めてくれたからだよ」

 

まーもう小悪魔(インプ)にしちゃったけど、大丈夫でしょと、どこまでも楽観的なジョンであった。

 

「うむ。両名とも良くやってくれた」

「「はっ。ありがたき幸せ」」

 

モモンガの賛辞にデミウルゴスとアルベドは一斉に頭を下げる。誉められた事が嬉しいのか、その頬は微かに紅潮していた。

 

「統治の実務はラナーに任せ、アルベドはこれまで通り私に仕えよ。さて、ラナーを太守にすると発表した事でエ・ランテルの都市長なども残留を決断してくれた。次は――」

 

モモンガがそこまで言った辺りで扉が数度、躊躇いがちにノックされた。

守護者達の視線が向けられ、それがどういう意味かを悟ったモモンガは軽く頭を縦に動かす。

許可を得て、代表して扉に向かったのはルプスレギナだ。守護者会議などに同席を許されるようになったが、このような場ではナザリック内部での役割を優先させ、メイドとして控えていた。ルプスレギナは扉を開き、外の者を確認する。

 

「ユリです」

「入れろ」

 

モモンガの返事を受け、ルプスレギナが外に立っていた戦闘メイドの1人であるユリ・アルファを室内に招き入れる。

メイドとしての一礼を見せるユリにモモンガは話しかける。

 

「どうした? ユリ」

「はい。大使閣下にお目通りしたいと言う貴族が参っております。どう致しましょうか?」

「またか……」ジョンは手で目元を隠すと、乱暴に言い捨てた。「俺は体調不良だ。そう伝えて追い返せ」

「畏まりました」

 

再び一礼をして部屋を出て行くユリを見送り、アウラが口を開く。

 

「カルバイン様が嘘を言うなんて不必要です。邪魔だから失せろで十分だと思います」

「そうしたいのは山々なんだがな。一応、大使を名乗っている以上は、人間との関係も維持しておかないと、な」

 

「訪ねてきた人間を洗脳してしまうでありんす」

「流石はシャルティア。俺以上に脳筋だ」

「二人とも、ちょっと黙れ」

 

しょんぼりと顔を伏せたシャルティア。えー、と不服そうなジョンを視界の片隅に置いて、モモンガはデミウルゴスに問う。

 

「どう思うデミウルゴス」

「恐らくですが、これはカルバイン様が貴族としての十分な教養や礼儀を持つところを大勢の前で公表したからだと思われます」

モモンガはデミウルゴスが何を言っているのか理解できず、そのまま続けるようにと指示をした。

「はい。つまり、一言で言い切れば、貴族の常識が通じるので、彼らなりの常識の範疇で行動してきているのでしょう」

「……そういうことか」

顎に手をやり、考えているような仕草をすると、モモンガは言葉を続けた。

 

「さて、ではどうするか」

 

貴族としての品位を持つということを証明するために行ったことが、思わぬ事態を招いている。しかし、これはジョンが我慢すれば良いことかもしれない。貴族の一員と見なされているのだから。

ただ、この駄犬がいつまで品位ある行動を続けられるのか……ユグドラシルからの行動を知っている仲間としては不安しかなかった。そこへデミウルゴスが畳みかける。

 

「モモンガ様。そろそろ次の段階に移るべきかと思われます」

 

「何?」なんのことだ。そう問いかけるほどモモンガは愚かではない。いや、己の手に余るようなナザリックの最高支配者としての経験が、モモンガに知ったかぶりをさせる。「やれやれ。少し早いのではないか?」

「そのようなことはありません。そろそろかと」

 

わけも分からず答えるモモンガと、全てお見通しという表情のデミウルゴス。その二人の会話についていけない守護者たちがボソボソと言葉を交わす中、ジョンもまた、ドヤ顔で口を開く。勿論、何のことかはさっぱり分からない。

 

「デミウルゴス。守護者達に説明を」

 

「畏まりました。カルバイン様は礼儀を持って貴族社会に溶け込まれました。ここで重要なのは、帝国など力で捻じ伏せられる至高の御方が、何故そのような行動をされているのかと、考えるべきだという事なんだよ?」

「それは……新婚旅行の為でしょ?」

 

アウラが即座に答える。

ジョンも大きく頷いた。

モモンガは内心で頭を抱えた。

 

「その通り。その為に至高の御方は慈悲深くも帝国の独立を許している。貴族達との付き合いはあくまでも、至高の御方の生活に彩りを加えるスパイスでしかないと、教育する時だという事だよ」

「フム……ソコガ分カラン」

「つまりね、コキュートス。至高の御方が理知的であると言う宣伝は終わったのだから、次は力と恐怖を演出するべきだろう?」

「ソウ言ウ事カ!」

「そうさ。天にも等しい力を持つ至高の御方の力と恐怖を知れば、自らの社会に属するものと知りながらも対等の付き合いは出来ないと悟る。近づいてくるものは欲望に身を滅ぼす愚か者だけと言うわけさ」

 

デミウルゴスはそれだけ言うと、上座の二人に頭を下げた。

 

「お見事です。全て計算づくとは……」

「……いや、そこまでジョンさんの全ての策略を読み切るデミウルゴスこそ見事だ。……そこまでジョンさんの心を読んだのだ、準備は任せても良いか?」

「勿論です。カルバイン様のお目に適うようなものを準備したいと思っております」

 

/*/

 

《え?……ちょっっ俺、なにされるの?》

《そんなの私が知るわけないじゃないですか》

 

/*/

 

帝都アーウィンタールの一等地に立てられたその建物の警備には、蜥蜴人(リザードマン)がついていた。人間種の支配するこの国で亜人、異形種の姿は珍しいものであるが、大使館の警備に立つ蜥蜴人(リザードマン)というのは帝国初であろう。

 

それを指揮するのは先の蜥蜴人(リザードマン)征服で、アインズ・ウール・ゴウン魔導国の支配下に下った蜥蜴人(リザードマン)部族から選ばれたザリュースとゼンベルだ。

 

コキュートスとの戦いでの勇猛さと旅人、族長としての知見を期待した抜擢だった。

 

人間種国家で大使館の警備など初めての経験だったが、魔導国からキチンと報酬は支払われ、ジョンの作った水路を伝ってのカルネ=ダーシュ村との交易で使う外貨を稼ぐのには都合が良かった。

その蜥蜴人(リザードマン)警備隊の隊長室で二人の蜥蜴人(リザードマン)が会話をしていた。

 

「……新婚だってのに一人で良かったのか?」

家族で赴任しても良いって言われたんだろ?とゼンベルがザリュースに問う。

「ああ。だが、流石にここは子供には刺激が強すぎる。成長してから見聞を広めると言う事なら良いと思うんだが……」

「それもそうか」

 

ザリュースは報告書、日報を書きながらゼンベルと会話を続ける。必要だからと教えられた読み書きだが、まだ十全には出来ない。なので、書類は基本的にチェックシート方式だ。何れ読み書きを覚え、人間種の書物を読めれば……それは蜥蜴人(リザードマン)にとって、どれほどの利益になるだろうとザリュースは考える。

 

だからこそ、ゼンベルにも勧めたのだが「俺はもう良い。新しいものは若いものに任せるさ」と読み書きを早々に放棄し、警備隊の副隊長におさまった。……結局は副隊長にも最低限の教養は必要と、使命感に燃える館の女主人(ルプスレギナ)から鉄拳制裁を受け、勉強する事になったのだが。

 

一通りの書類を片付けたザリュースは時計を見ると、頃合いだと立ち上がる。

 

「閣下のお出かけの時間だ。護衛についていくぞ」

「あいよ。……ま、閣下の方が全然強ぇんだがな」

 

/*/

 

ジョンの護衛はいつものように八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)とシャドウデーモンの組が周囲を警戒。飛行できるものが不可視化し、上空から監視する布陣だった。

大使と言う立場上、目に見える護衛も必要との事で、ザリュースとゼンベルを護衛として近くに配置している。

ジョンとしてはルプスレギナと二人で出掛けたかったのだが、当のルプスレギナが護衛は必要と言うので護衛を受け入れた。

 

帝都の中心たる皇城の直ぐ側の広場。

恐らくは様々な用途に使用することを前提に考えられた場所を見渡し、ジョンは感嘆の声を上げた。

それはまさに驚くべき光景だった。

右を見ても左を見ても、たくさんの露天が立ち並び、様々なものが売りに出されている。無数の屋台からは美味しげな匂いが漂い、威勢の良い声が通りがかる者に投げかけられる。

帝国の活気を全身で感じ取れるようなそんな場所だ。

 

そんな場所の視線をジョン達は独占していた。広場にいる者全てがこちらを凝視しているのではと思えるほどの視線だ。耳を澄ませば、店の話題になっているのも聞き取れる。

 

「本当に人間種ばかりなんだな。〈人狼(ワーウルフ)〉や〈蜥蜴人(リザードマン)〉がそんなに珍しいか」

「いいえ。ジョン様の強大なる力を感じ取り、その力に引き付けられてるっすよ」

 

一応、気配は抑えてるし、感知防御系のアイテムを持ってるからそれは無いよーと思いつつ、絶世と言っても良い美女であるルプスレギナに集まる視線について考える。

 

「なんか、ルプーに視線が集まってさ。俺たちが悪者みたいに見られてるな」

「どうしてっすか?」

 

ジョンは人狼形態だ。蜥蜴人(リザードマン)としても強面のゼンベル。蜥蜴人(リザードマン)としてはスラっとしたイケメンではあるが、人間からみれば強面のザリュース。

亜人・異形種3人に囲まれた絶世の美女。控えめに見ても籠の鳥。色眼鏡で悪く見れば人間を奴隷にしてる悪い怪物である。

 

「人間は見る目がねぇっすね。ジョン様は私の最愛の人なのに!」

 

わざと大きな声でそう叫ぶと、ルプスレギナはそのままジョンに飛びつき、たてがみのような首回りの毛に顔を埋めてスーハ―スーハ―と吸う。

 

「ああぁ、ジョン様を吸うのは心に効くっすー!」

 

多少は視線が和らいだ気がする。

 

ぐるっと周囲を見回すとジョンはどこから見物しようかと考える。スイカを細長くしたような食料はどんな味がするのか?ゴールデン芋に見えるジャガイモは、やっぱりジャガイモのように調理するのか?ブドウっぽい食品は、やはり図鑑で見た事のあるブドウなのか。

布を売っている店、装飾品を売っている店、怪しげなものを売っている店。どれもが未知であり、全てが輝いて映った。

 

「よし!あそこから見ていこう!」

 

活気の中にジョンはその身を投じると、周囲を渦巻く喧噪が熱気となって全身を包み込む。

露天から通り過ぎる者へかけられる呼び声、老若男女の笑い声、威勢の良い値引き交渉の声。そして、時折聞こえる殺伐とした声。

まさに帝国の繁栄を凝縮したような、そんな場所だった。

ジョンは雰囲気に酔ったようなふらふらとした足取りで、幾多の露天を冷やかし半分で眺め、売られている商品を興味深く触る。

誰がどう見ても満喫しているというのが一目瞭然な、そんな姿だった。

 

「ほーこれは面白いな。よし買おう!……ゼンベル。持っててくれ」

「了解だ。閣下」

 

美女を引き連れた大柄な亜人と異形種3名の集団は目立つ上に、会話などから人狼がなにか立場のある者だと判断した者達が道を開けてくれるので、人混みはさほど気にはならない。前衛職で体力のあるジョンは好奇心を強く刺激されてる事もあり、休みなく歩き続けた。中央市場から冒険者やワーカーの集う北部市場まで渡り歩き、また戻ってくるほど歩き続けた。

 

音を上げたのはゼンベルとザリュースだ。

 

ルプスレギナほどのレベルもない彼らでは慣れない人込み、周囲からの奇異の目もあって、疲労の蓄積が早かった。

「……待ってくれ、閣下。少し疲れた」

「情けないっすねぇ」

「奥方様の体力には感服するよ……」

 

その声に連れの疲れ具合に気が付いたジョンは一つ提案をする。

 

「それじゃ、何か食べながら休憩とするか。串肉と果実で良いか?」

 

おい、おっちゃん。それを4つくれ。なんだよ、人狼が珍しいのか?そりゃ喋るし、飯も喰うさ。

そんな会話をしながら、ジョンが買ってきたのは深い緑色のゴツゴツとした外見をした果実だ。巨大なライチと言うのがイメージに近いだろう。レインフルーツと言うらしい。

 

続けて、串焼きの屋台を探すと同じようにエイノック羊の焼き串を買ってくる。

大降りの肉が数切れ刺されたもので、肉の表面には程良く脂が滲み、焼き加減もちょうど良さそうだった。肉の焼ける腹の減るような良い香りにまじって、タレの甘い香りが立ちこめる。

 

「おお、ちと濃い目の味付けだが、こりゃ美味いな!」

蜥蜴人(リザードマン)の主食は魚って聞いてたからな。肉が口に合わないかと心配したが、美味いなら良かった」

 

ゼンベルと同じように豪快な食べっぷりのジョンが言うと、ザリュースがそっと口を挟む。

 

「閣下、肉を狩りで得るのは危険が伴う。戦士たちでも獲物を見つけ、仕留めるのが難しい」

「ああ、湿地だから食肉獣を飼うのは無理だものな」

 

肉を食べ終わったら、次は果実だ。レインフルーツの皮をライチのように剥くと、中から姿を見せたのはピンク色の果肉だ。香りは酸味のない柑橘系に似ている。果汁が果肉の表面に浮かび上がり、口の中に涎が溢れるような瑞々しさだ。

 

「これは女子供が好きそうな味だな」

「なんだ。蜥蜴人(リザードマン)でも甘いものは女子供が好きなものってのか」

「まぁ、そうだな。閣下」

「なら、もう少し買って、さっき買った冷蔵庫につめたら、ザリュースの嫁に送ってやろう」

「……ありがたい、閣下」

「いいって事さ。蜥蜴人(リザードマン)に豊かな生活をさせてやると言った言葉に嘘はない」

 

そう言いながら、先ほどから会話に加わってこないルプスレギナをジョンが見ると、彼女は食べ終わった串とレインフルーツの皮を名残惜し気に見ていた。

 

「ルプー、もう少し食べるか?」

「あ、いや、違うっすよ。ただ……ジョン様に頂いたものがなくなってしまったなーって」

 

寂しいような悲しいような。それでいてそう思う自分にぞくぞくするって言うか……そんな感じっす!と言われても、SっけもMっけもないジョンには良く分からない。

 

「普段、食ってるものとは比べられないが、楽しかったか?」

「ジョン様と食べるなら、なんだって美味しいっすよ!」

 

そう言って笑うルプスレギナを心底から愛おしいと思うジョンだった。

 

/*/

 

後日、案内無しで市場に行った事がバレて、ジルクニフに深読みされた。

あと、モモンガにゼンベル貸してと言われて後で悔しい思いをする事になるのだった。

 


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