オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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第44話:うわぁ、俺の一般常識…無さ過ぎ……?

/*/帝都アーウィンタール一等地

 

ジルクニフに紹介された館は正面に大きな本館、その左右にはそれぞれ別館を配し、小さいながらも綺麗な庭園まで備えていた。裏手に回れば木々が茂り、清涼な空気が静けさの中で流れる。

本当にここが帝都の一等地に建てられた屋敷なのかと思わせるだけの土地面積だ。

周辺に並ぶ邸宅も大きいものが多いが、それらと比較しても広く、恐らくは1位、2位を争うレベルであろう。

かつて帝国の大貴族と言われていた人物の保有していた邸宅というのも納得出来る、見事さだった。

 

様々な荷物がナザリックより運ばれ、館内に置かれていく。そのほかに館に魔法的防御を施したり、外部からの侵入者対策を準備したりと、ナザリックより連れてこられた数多くのシモベたちが忙しく働いている。

 

そんな騒ぎの中、モモンガは館の中を歩く。隣にはセバスが控え、現在進行している引越し作業の簡単な説明を行う。

とはいえ、大抵の説明に対しモモンガは鷹揚に頷くだけだ。別に部屋の使用目的や誰が使うかなど大して興味もないし、なにか問題が生じるとも思っていない。ただセバスが説明してくるから聞いているだけだ。

やがて初めてモモンガの興味を引く話題が出てくる。

 

「以上で、部屋の割り当ては終わりです。屋敷の準備はルプスレギナ様が先頭に立ち、指揮をとっておられます」

 

モモンガは顔だけ動かし、セバスを見つめる。

その反応にセバスの顔もより引き締まる。

 

「ルプスレギナ……様?」

 

ルプスレギナは戦闘メイド(プレアデス)の一員で、セバスの指揮下ではなかっただろうか。なぜ、セバスが様付けで呼んでいるのか。

 

「はっ。屋敷を管理する使用人の管理は、基本的には女主人の役割であります。こちらの屋敷は大使館としてカルバイン様の管轄に入りますので、その妻であるルプスレギナ様が使用人を指揮下に置きます」

「なるほど、そう言う事か。こちらではルプスレギナがお前の上になるという事なのだな」

「さようでございます。あとは右の別館の方になりますが、あちらはナザリック以外の者たちにあてがう予定です」

 

「……そうか。生活環境はしっかりと整えてやれ。魔導国は下々の者にも優しいと言うところを見せる必要があるし、魔導国の大使という地位に相応しいだけの財力を見せる必要がある」

「おっしゃられるとおりです。上に立つものはそれなりの物を見せ付けなければなりません」

 

それはそうだが、もうちょっと落ち着いた雰囲気が良いな、とは口に出さないモモンガだった。

 

 

「こちらでございましたか」

 

 

そういって現れたのは普段の戦闘メイド服ではなくドレスを纏ったルプスレギナだった。ドレスはオフショルダーのドレープたっぷりの暗い赤地にストライプの入ったワンピースタイプ。胸元から上の白いブラウスが眩しかった。

カーテシーで挨拶をするルプスレギナに、モモンガは鷹揚に頷く事で応えた。

 

「モモンガ様、メイドの件でご相談が」

「言ってみろ」

「はっ。警護も兼ねてプレアデスをこちらに連れてくる予定なのですが、一般メイドは脆弱故に、慈悲深きモモンガ様はナザリックの外へ出す事を好まれません。ですが、そのままですとメイドの数が不足致しますので、セバス麾下の王都で拾った人間のメイドをこちらで働かせたく思います」

 

いつにもまして、きりっとした表情をつくり「~っす」と口調を崩さないルプスレギナを珍しいと眺めていたモモンガだったが、ルプスレギナの言葉を深読みし、人間をナザリック内に置いときたくないとかのイジメじゃないよな?と、少しだけ心配した。

 

「……上手く行くのか?ジルクニフが連れて来るメイドたちは恐らくは優秀な者たちばかり。そんなメイドたちと比べて劣っていた場合が問題だ。ナザリックはその程度のメイドが働ける場所だと見なされないか?」

「セバスとペスト―ニャがしっかりと教育しましたので問題ないかと思われます。その辺りはセバスとペストーニャの保証つきです」

「ほう……」

「それに、カルネ=ダーシュ村の経験から、人間のメイドを連れていたほうが何かと良いと思いました」

 

モモンガは黙って考え込む。ルプスレギナの言うことも道理だと。

人間以外のものばかりで構成された場合、人間の行動が理解できずに変なミスを犯す可能性だってある。

 

「確かにメイドの数が少ないと思われるのも業腹だな。よかろう、つれて来い」

「ありがとうございます」

「ところでジョンさんはどうした?姿が見えないが?」

 

こういった事が好きそうな駄犬の姿が見えない事にモモンガは首をひねった。

 

「はい。ジョン様はナザリックでアルベド様と私のドレスを仕立てております」

「ドレス?魔法の衣服など、アルベドは作れたか?」

「いえ、普通の服になります。ドレスが数着では侮られますので、ナザリックに相応しい数を用意する予定です」

 

お洒落は女の戦闘服か……と、モモンガはルプスレギナを眺め、衣装に気が付く。

 

「そうすると、それもか?」

「はい。こちらもジョン様とアルベド様に仕立てて頂きました」

「そうか。良かったな。……良く似合っているぞ」

「恐れ入ります」

 

淑やかに一礼するルプスレギナをみて、モモンガはアルベドもこっちにきたら、ちゃんとしてくれるのかなぁと思い溜息をついた。アルベドがああして見せるのはモモンガだからこそなのだが、当のモモンガはそこをわかっていなかった。

 

「……それで警備の方はどうなっている?警備はセバスの管轄で良いのだな?」

モモンガの問いにセバスが答える。

「はい。庭園にはアースワームを放ち、地中よりの監視を行わせる予定です」

 

アースワームはその名の通り、大地の長虫――ミミズを巨大にしたような外見の、毒々しい色をしたモンスターだ。それだけで判断すればさして恐ろしくはないように思えるが、実際は大地から現れて人を丸飲みにする肉食ミミズであり、酸の体液を射出し、ドルイドの魔法を幾つか使用する、というやっかいなモンスターでそのレベルは60を超える。単純なレベルで比較するなら、戦闘メイド(プレアデス)よりも強いモンスターだ。

 

「それに屋根などにガーゴイル、家屋内にナイト・ゴーレムとシャドウデーモンを配置する予定です」

 

セバスの回答にモモンガは満足気に頷いた。

 

「そんなところか。それでアースワームだが、警備のものを襲ったりはしないだろうな?」

「問題はないかと。念を入れて蠱毒の大穴に入れて寄生させましたので、完全に支配下に入っていると思われます」

「……そうか。あそこに入れたのか……なら大丈夫か」

「そしてカルバイン様のお部屋に代表される幾つかの部屋には、防護の準備を整えております。さらに脱出路を複数用意いたします」

「脱出路の準備は非常に重要だ。転移以外の手段は当然あるのだろうな?」

「もちろんでございます。現在穴を掘っている最中です」

「よろしい。それだけ聞ければ十分だ。取り敢えずはそのままセバスの指揮下で、お前が必要だと思う工事を行え」

「承知いたしました」

 

頭を下げたセバスとルプスレギナを横目に、モモンガは転移魔法を発動させナザリックへと帰還する。次の予定は何だったかなと考えながら。

 

 

/*/使者来訪

 

 

ジルクニフに館を案内されてから3日が経過した。

その間に本館内の家具の設置、シモベの秘密裏の配置、本館内の魔法的防御網の形成、ナザリックからメイドの受け入れ、リザードマンによる館の警備など無数の事柄が完了していった。リザードマンの警備についてはジルクニフに良い顔をされなかったが、大使館の警備は自国のもので行う必要があると押し通させてもらった。

 

つまりは3日間で問題なく大使の館として活動できる準備が整ったと言うことだ。

 

ジョンは自室でゆっくりと椅子にもたれかかる。軋む音が一切しない総革張りの椅子に。

伸ばした足は足置き台に乗せ、心からリラックスした姿勢を取った。

この椅子はルプスレギナがジョンの為にとナザリックの宝物殿から選んできたものだった。ムスペルヘイムのフレイム・エンシェント・ドラゴンのレザーを使った最高級の品だ。

ジョンは室内を見渡し、赤、黒、濃紺などの落ち着いた色味で統一された重厚な装飾に満足げな笑みを浮かべる。

 

「うんうん。いいじゃないか」

 

モモンガはもっと質素な部屋にしたかったようだが、それは自分たちの新婚旅行の時にでもやって貰うしかない。ジョンの厨二病はまだまだ現役なのだ。それにバハルス帝国の様式とは違うのが、異国の大使の部屋として相応しいのではないだろうか。そんなことをぼんやり考えていると、部屋がノックされる。

ジョンは声をあげ、入室の許可を与える。

部屋に入ってきたのはセバスだった。

 

「お客様がお見えです」

「どうした?モモンガさんの帝都案内とメイドの紹介で、今日の来客は終りじゃなかったか?」

 

さきほどの〈集団人間種支配(マス・ドミネイト・パースン)〉でスパイを請け負っていたメイドを送り返した件を思い出しながらジョンはセバスに問いかける。

 

「皇帝よりの使者だとのことです」

「ジルから……?良し、会おう。服装はこのままで構わないよな?」

「はい」

 

皇帝の使者に会うなら、それに相応しい服装というものがある。カルネ=ダーシュ村なら兎も角、ここは帝都なのだ。郷に入っては郷に従え。ルプスレギナがきちんとドレスを着用している事もあり、ジョンも人狼形態ながらきちんとした服装で過ごしていた。少しばかり窮屈だとは思っていたが。

 

エ・ランテルには〈上位二重の影(グレーター・ドッペルゲンガー)〉を配置しているので、人間形態で社交界デビューして、同一人物かと疑われたら「そっくりさん」で押し通しても良かったが、流石に2人ともそっくりでは無理があるかと思って、自分は人狼形態で通す事にしたのだ。

 

使者を通した部屋に入ったジョンを前に、立ち上がりかけた使者をジョンは手で差し止める。

「ジルの……皇帝陛下の使者である君ならば、私に礼など不要だ」

「滅相もございません、閣下!偉大なアインズ・ウール・ゴウン魔導国の大使である貴方様に礼を尽くさぬなどあり得ません!」

 

使者の緊張と怯えの混じった臭いを感じながら、ジョンは言葉を続ける。

 

「お世辞でもそう言って貰えると嬉しいよ。それで使者殿が来られた目的は何になるのかな?」

「はい」

 

使者は一枚の羊皮紙を広げ、その文面を読み上げる。

それは3日後に城で行われる式典の案内だった。そこで魔導国との国交樹立の宣言や同盟関係の正式発表などが行われる。

 

「ふむ。魔導王陛下ではなく、私で良いのかね」

「はい。陛下より、是非とも閣下に出席して頂きたいと言付かっております」

「そうか……では、そうさせて頂こう」

 

式典の主賓か……流石に緊張するが、3日もあれば大体の流れは把握できるだろう。そんな思いで聞いていたジョンは続く使者の言葉に息を呑んだ。

 

「そして、その後に各国の大使を招いた舞踏会が開かれる事になっております」

「………え?」

 

動きを完全に止めたジョンに対し、使者は怪訝そうな顔をした。自分が何か変なことを言ったのか、ジョンの不興を買うようなことを言ったのか。そういった不安が滲み出るような表情だ。

だからこそ慌てて問いかける。

 

「どうかなされましたか、閣下? 何か?」

 

慌てふためいた使者に、ジョンは呻くように問いかけた。

 

 

「武……道……会?」

「? あ、いえ。失礼しました。舞踏会(・・・)です」

 

自らの言い間違いかと理解した使者は再び、今度ははっきりと一言一言を区切るようにジョンへと語る。

それによって、己の聞いたことに間違いが無いことを確信してしまったジョンは、血を吐くように呟く。

 

 

「……社…交……ダン…ス……」

 

 

(やべぇ……歌って踊る系なら〈吟遊詩人(バード)〉で出来るけど、社交ダンスなんて〈特殊技術(スキル)〉にあったか?)

 

 

/*/ダンス講師

 

 

大使館の自室に戻るとジョンは椅子にどかりと腰掛けた。

 

「……まいったな」

 

ぽつりともらした呟きには複雑なものがあった。アイドル系の歌って踊るならば、〈特殊技術(スキル)〉でなんとかなる。しかし、単なる社会人であったジョンは今まで社交ダンスなど踊った経験はない。

アインズ・ウール・ゴウン魔導国の大使が踊れないと聞いたならば、それはどのような目で見られるか……。ジョンは貴族という生き物がどういうものか漠然とだが、知りつつある。貴族が品位、そしてそれに連なるものを重視しているというのを理解してきた。場合によっては見栄を張るぐらいなのだから。

 

その様々なものの1つがダンスであろう。

 

特に今回の舞踏会には他国の人間も来る筈であり、その他国には属国として王国や法国も含まれるであろう。その場での失態はナザリックのシモベたちと作り上げてきた魔導国の権威を失わせる可能性がある。流石にそれは避けたい。

ぎゅーっと、この身体になって初めてかもしれない胃が縮みあがる感触に眉をひそめながら、ジョンは更に不味い事に気が付いた。

 

「……その前の典礼なんかも知らないな―――うわぁ、俺の一般常識、無さ過ぎ……?」

 

やはり、新婚旅行は海外だ!などと言い出さず、大人しくしておくべきだったか。頭を抱え苦悩するが、館を用意していた時のルプスレギナの嬉し気な顔を思い出し、ぐっと顔を上げる。

 

ジョンは机の上にあった小型の鈴を鳴らすと、セバスを呼び出した。

自分の指名する4名を招集するよう告げる為に。

 

 

/*/

 

 

「カルバイン様、お久しぶりに会えて、我輩嬉しく思います」

 

執務室に通されてきたのは30cmほどの直立歩行するゴキブリだ。

豪華な金縁の入った鮮やかな真紅のマントを羽織、頭には黄金に輝く王冠をちょこんと可愛らしく乗せている。手には頭頂部に純白の宝石をはめ込んだ王笏。直立しているにもかかわらず、頭部が真正面からジョンを見ている。

 

「恐怖公。良く来てくれた」

「ははぁ!カルバイン様。忠義の士、恐怖公でございます」

 

すっと礼儀正しいお辞儀を見せる。デミウルゴスに匹敵するだけの優雅さだ。流石は公爵と設定されただけはある。

 

「よろしく頼むぞ、恐怖公」

「畏まりました、カルバイン様。我輩、カルバイン様がゴキブリの舞踏会に出ても問題無いレベルまで教えますぞ」

 

ジョンは脳裏をよぎった直立歩行のゴキブリたちの舞踏会を頭を振って追い出す。

 

「それでパートナーはどなたになるのでしょうか?それと出来れば、カルバイン様が踊られる国の社交事情についてある程度の知識がある者も欲しいですな」

「パートナーはルプーだよ、恐怖公。それと国の社交事情については詳しそうな者を呼んでいるよ」

 

/*/

 

1人目はレイナース・ロックブルズだった。

モンスターの呪いから顔の右半分を損なっていた彼女だったが、ルプスレギナの〈解呪(リムーブ・カース)〉で呪いが解け、元の美しい容姿を取り戻していた。その恩から帝国の四騎士を辞め、今は魔導国大使館の戦闘メイド見習い(プレアデスに非ず)として勤めている。

 

「レイナース、君は帝国の皇帝主催の舞踏会に出席した経験はあるか?」

「警備としての参加しかございません。ですが規模は違いますが、舞踏会には出席したことがございます」

「そうか。ではその際のマナーや、その他諸々を教えてくれ」

「かしこまりました」

 

 

2人目は元法国のクレマンティーヌだ。彼女もエリートだった事から、貴族の礼儀作法などを知っていると期待してだ。

 

「ごめーん、神獣さま。私も式典用にダンスとかー。礼儀作法は最低限習ったんだけどさー。あんまり得意じゃないだよねー」

 

だと思ってたよ。

……それでも最低限は出来るのか。

 

 

3人目は先日ナザリック入りを果たした黄昏の姫君(オレンジ・プリンセス)ことラナーだ。護衛としてクライムを連れている。シャルティアの〈転移門(ゲート)〉で連れて来られた彼女は、エ・ランテル統治の激務の最中だったのだろう。若干の疲れが見えた。

 

「ラナー、君は帝国の皇帝主催の舞踏会に出席した経験はあるか?」

「申し訳ありません。外遊はした事がございません。王国の舞踏会についてであれば、マナーなどをお話させて頂く事は出来ると思います」

「それで構わない。では、それを教えてくれ」

 

恐怖公と共に3人からマナーなどを聞いていく。恐怖公の姿にラナーだけが拒否反応を示さないのが印象的だった。国毎のマナーの違いや、舞踏会での不文律などを聞き、恐怖公は腕を組んで、ふむふむと講義を組み立てていく。

 

「……では、カルバイン様。講義を始めますかな。エーリッヒ擦弦楽団のものを呼びましょう」

「ああ……と、折角だから、クライム君もダンスの練習をしていくと良い」

 

旅は道連れである。

 

「私も……ですか?」

「うん。今後はエ・ランテルで舞踏会などあれば、君がラナーちゃんのパートナーを務める事になるからね」

「しかし、私は平民……」

「何を言ってるんだ?君は魔導国の黄昏の騎士(アーベントデンメルング・リッター)だぞ。文句をつけるような奴は俺が滅ぼす」

 

魅力的な提案に、クライムの心は大きく揺れた。そんな夢を見た事がないと言ったら嘘になる。しかし、もう、自分は夢のような体験をしているのだ。これ以上は望み過ぎではないだろうか。

 

「クライム。カルバイン様のご好意に甘えましょう。私も、貴方がパートナーであると嬉しいです」

「ラナー様……」

 

上目遣いに強請るように頬を染めるラナーにクライムの瞳が揺らぐ。イイ感じに見つめ合う二人の間にジョンの言葉が割って入る。

 

「それで、どうかな?クライム君」

「……はい。よろしくお願い致します。カルバイン様」

 

/*/

 

クライムの練習相手は勿論ラナーが務め、それによりエ・ランテル統治の進行が数日遅れる事になった。

本来であれば厳罰ものであったが、至高の御方の命故にシモベたちはどこからも文句を言わせなかったと言う。

 

「……クライム君に、ずっと警戒されてるんだよねぇ?俺なんかしたっけ?」

 

クライムから見れば、ラナーに人間を辞めさせた側の存在だから当たり前である。

 

 

/*/バハルス帝国、皇帝執務室前

 

 

ニンブルは新しく作られた皇帝の執務室を前にする。扉は重い作りであり、囚人の拘置所を思わせる。周囲には魔法使い、神官、近衛などが目を光らせている。それだけではない。盗賊という判断が間違っていないだろう者や、レンジャー風の者。そういった感知力に優れた者も多く控えている。

一種異様なその景色は、どれだけ警戒をしているか、何を警戒しているかが一目瞭然である。

 

アインズ・ウール・ゴウン魔導国。

 

強大すぎて何も言えなくなるほどの魔法を使う存在を仰ぐ国。それは恐らくは個にして数国を滅ぼせるだろう力をもつ化け物の中の化け物。そのおぞましき素顔はニンブルの心に強く焼き付いている。

そんな強大無比な存在に対して、これらの対策が効果を発揮するかは不明だが、それでも警戒はおこたれない。

 

/*/

 

皇帝の執務室に滑り込んだニンブルは一通りの報告を済ませると、主に問いかけた。

 

「式典の出席は魔導王陛下ではなく、カルバイン様で良かったのですか?」

 

問いかけられたジルクニフは冷ややかな笑みを浮かべる。

 

「いや、問題があるだろうな。私と魔導王とカルバインが友という対等の関係であっても、このように上下を付けられては問題だ。だが、それ故にやる価値があると考える」

「それは一体……」

「魔導王の手は長く、耳は敏い。ここで語るのも危険だろう。まぁ、しばらくはあまり本腰を入れて調べるのは止めて、魔導王の鎧を剥ぐか、持つ武器を強化するしかないな。取り敢えずは地に伏せて隙をうかがうとしよう」

「はっ」

「そしてその前に幾人か帝国に反旗を示そうという意志が見受けられるものがいた。魔導国の強大な力に魅せられた者だろうな。それらの者は別の羊皮紙に記載してある。早急に調べ上げ、場合によっては首を切れ」

 

首を切れは追い出すなどの比喩ではない。何らかの罪を捏造し、断首しろということだ。鮮血帝と言われているのはこういった面を平然と見せるからこそ。帝国の害悪は即座に切って捨てる。

ジルクニフの冷徹な瞳を目にし、ニンブルは深く頭を下げるのだった。

 


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