オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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原作で王国は詰んでます。IFの流れに私の力量ではオリ主ジョンの影響だけで持っていけないので、ザナック王子とクライムくんを少々改変しました。

王国とは別件でEi-s様よりネタの提供を頂きました。この場を借りてお礼申し上げます。
ありがとうございました。



第28話:王国の男達。

 

 

リ・エスティーゼ王国、王都。その最も奥に位置し、外周約800m、20もの円筒形の巨大な塔が防御網を形成し、城壁によってかなりの土地を包囲しているロ・レンテ城。その敷地内にヴァランシア宮殿がある。

この巨大な敷地を囲う王城の外壁が、カルネ=ダーシュ村を囲う石壁よりも高さ、外周共に劣ると知ったら、王国の支配者達は何を思うだろうか。

 

帝国と法国の工作により、徐々に力を削られている王国で、国王ランポッサ三世、ザナック第2王子、レエブン侯、戦士長ガゼフなど一部の人間が必死に王国の建て直しを図っている。だが、それは滅びの時を先延ばしにするだけの儚い努力であった。

 

そんな見た目は華やかに、けれども、生きながら腐り落ちていく王国の中枢。王城の中にある「黄金」と呼ばれる第三王女に与えられた部屋の一つに数人の人間が集まっていた。

 

 

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第三王女の部屋で、小太りの第二王子ザナックが弛んだ頬肉を皮肉げに歪めながら言葉を紡いでいた。

 

「父は悪手を打った。村を救った人狼とその守護神を、貴族にも理解できるよう簡略化して会議で報告してしまった。貴族達は自分達が想像できる範囲の事象として理解し、上の兄を焚き付け、人狼の討伐隊を送るだろう」

 

ザナックの疲れたような声の通り。結局、ガゼフからの報告を受けた国王ランポッサ三世は、「帝国騎士に襲われた村の一つに、偶々流れ着いていた人狼がおり、戦士長と力を合せて帝国騎士を撃退した」と、法国の特殊部隊も、神の出現も、異形異能の騎士も、人狼の恐るべき力の片鱗も、村長の宣言も、全て無かった事にして、現実的な範囲のみで貴族達への報告としてしまったのだった。ザナックの話は続く。

 

「……王の権威を守る為と貴族は独自に討伐隊を編制し、兄はそれに乗る。そして村を滅ぼし、人狼を討伐し、次期国王に自分こそが相応しいと宣伝するだろう」

 

第三王女ラナーに代わり口を開いたのは室内にいるもう一人の淑女。

生命の輝きに満ち溢れた王国唯一《死者復活》を扱えるアダマンタイト級冒険者ラキュースであった。

 

「ザナック殿下、お待ち下さい。その村に人狼がまだ残っているとは……」

「アインドラ。そこに人狼がいるかいないかなど、問題ではないのだ。お前とてわかる筈だ。叛意を示した村を滅ぼし、権威を保つ必要性。人類の領域を守ったと宣伝できる事。それが何よりも重要だと言う事が」

そのザナックの言葉の後を、長身痩躯で金髪をオールバックにしているレエブン侯爵が引き継いだ。

「陛下と戦士長が、叛意を持った村を隠した事も問題に出来ますから。そこから退位を促し、第1王子バルブロ殿下を国王につける事も可能と考えているでしょうな」

 

「お父様は時々、良く分らない事をなさいます。どうして今回、このような悪手を打たれたのでしょう?」

 

3人の会話に黄金と称される第三王女ラナーが良く分らないと零す。天才であるが故に他人が間違った選択肢を何故選ぶのかが彼女には解らないのだ。

今回の事にしても、守護神を伴った人狼を刺激するなど王国の終焉を早めるだけでしかないのに、どうして誰もそれが解らないのか。

 

「父は昔から兄に対して冷徹になりきれない部分があった。だが……言ってやるな。その甘さがあればこそ、お前のクライムはそこにいられるのだ」

「それは…感謝しておりますが…」

 

それでもザナックから、拾い子であるクライムを側におけたのと同じ父王の甘さだと言われれば理解は出来ずとも納得するしかない。

不満げなその様子が演技なのか、素なのか、見極める事を放棄しているザナックは、ラナーの背後に立つ白い鎧の少年へ声を掛けた。

 

「クライム。俺の恐ろしく賢い妹ではあるが、どうか見限らずにいておくれ。お前がいればこそ、こいつは黄金でいられるのだ」

「ハッ」「……お兄様」

ラナーの背後に立つ白い鎧の少年――クライムは、己の感情を塗りつぶしたような表情で短く返答し、頭を下げた。

ラナーは兄を咎めるように一瞬みたものの、クライムの返事に何かを感じたのか小さく微笑んだ。

二人の様子に何か言いかけたザナックだったが、開きかけた口を閉ざし、頭を振ると話題を戻す。

 

「お前達は本当に……いや、なんでもない。それで妹よ。人狼とその守護神、お前はどう見る?」

 

「どう見るも何もお兄様。戦士長は偽りを報告される方ですか」

「いや」

 

ガゼフ・ストロノーフが虚言を口にするかと問われれば、否と答えるしかない。ザナックは首を横に振った。

剣の腕前を持って王に見出され、ここ数年で絶大な信頼を築き上げた戦士長は良く言えば質実剛健。悪く言えば、貴族のやり方に対応できない平民上がりだ。

 

首を横に振り、否定の意思をその場に披露した兄へ、ラナーは自分の考えを兄にも理解できるよう簡潔に告げようと努力しながら口を開いた。

 

「なら、戦士長の仰る事は全て事実でしょう。その人狼が腕の一振りで天使を何十体も消滅させるのも、守護神が杖の一振りで教会を出現させ、人間を復活させ、《死者蘇生》を扱える力を与えたのも、異形の騎士を従えるのも、全て事実でしょう。戦士長が一合と持たずに切り捨てられると言う存在を幾人従えているのかは分りませんが、少なくとも帝国、王国、法国をまとめて敵に回す事を恐れていないでしょう。討伐隊を送った報復で異形の騎士に王国が滅ぼされても私は驚きません」

 

「どうすれば良い」

 

「人狼の守護神に跪き、許しを乞い、王国を守護神へ捧げ、法国の六大神のように王国の守護神になって頂く事が最善ではないでしょうか」

「それは出来ん」

 

「なぜですか?」

 

「人とはそれほど簡単なものではないのだ。面子、感情、そう言ったものを無視して最善手を選ぶ事は出来ない」

「良く…分りません」

 

第二王子と第三王女の話はそこで途切れた。

常識的に考えるなら、ラナーの言う事は世迷言に過ぎない。だが、この場にいるザナック、レエブン、ラキュースは王女の頭脳が先を見通し過ぎる事を知っていたし、これまでもラナーがクライムの為にと考えたものを実現する為に何度か協力した事もあった。だからこそ、王女の未来予想を世迷言と言う事が出来なかった。

 

ラキュースがせめてと口を開く。

 

「バルブロ殿下をお止めする事は出来ないのでしょうか」

「無理だ。父と戦士長が一部しか報告していない事を兄は知ってしまった。このチャンスに止まる兄では無い」

 

ザナックは忌々しげにこの場にいない者を思い答える。平民から見れば、心優しき賢王かもしれぬ。だが、為政者としてはそれでは足りないのだ。

ラキュースに続いて、ラナーの問い。それにも首を横に振るしかない己の不甲斐無さ。

 

「最初から全てを話してしまえば、理解できない分、時間が稼げたのではないでしょうか」

「それも無理だ。貴族達は自分が理解したいようにしか理解しない。結局は同じ結末だ」

 

「それでは警告を送り、王国全てが敵対するものではないと伝えるのは……」

 

「誰が行くのだ? 第一王子が討伐隊を率いていくのだぞ」

「私がクライムと……」

 

「却下だ。そんな事をして見ろ。貴族達が喜んで、お前のクライムを縛り首にするぞ」

 

組織力で大きく劣り、数多の守るべきものを抱えている自分達は後手に回るしかない。そして、後手に回り続けている限り、相手を打ちのめして優位に立つ事は出来ないのだ。

もう一世代前であれば、帝国のように自分の子らに後を託す計画を立てられたのだが、今の王国にはそこまでの時間が無い。

 

「……とりあえず、王女殿下が我が子と婚姻を結ぶというのはどうでしょう?」

 

ピクリと額を悪い意味で動かしたラナーを差し止めるように、レエブン侯は手を上げる。

訝しげな目でザナックもレエブン侯を見た。

 

「我が子と婚姻を結び、殿下は例えばクライム君と子を成し、我が子の跡継ぎは子供の最も愛した女性との間の子――私からは孫ですか、にすれば良い。そして申し訳ないが、殿下が母親というふうに偽装してもらう」

「なるほど。偽装結婚で血を入れるということですね」

「はい。そうすれば殿下は愛した男との間に子をなせ、我が家は偽装ですが王族の血を引き入れることが出来る。両者の得にはなっているかと思いますが?」

「非常に素晴らしい。王派閥の重鎮たるあなたが言えば、父も無下には出来ないでしょうし」

 

素晴らしいのか。その場の者達は脱力を覚える。

だが、とザナックは考える。王家の血を絶やさず、ラナーの機嫌を損ねず、王都から引き離すには現状では最善だろう。

ラナーの右後ろで青を通り越して真っ白になっているクライムの気持ちを除けば。

 

「俺も共犯だな」

「殿下、宜しいので」

 

レエブン侯爵の白々しい問いに、ザナックは鼻を鳴らして答える。

 

「堂々と俺の前で話をしておき何を言う――良し。ラナー、地方視察だ。侯の領地エ・レエブルへ侯の妻子とクライムを伴い向え。状況が落ち着くまで王都へは戻らなくて良い。そのまま侯の領地へ留まれ。父とは私と侯爵が話をつける」

 

「殿下。出来れば、そう言ったお話は私達がいないところでして頂きたいのですが……」

 

ラキュースからすれば、これまでも友人であるラナーを挟み、奴隷や麻薬の取引撲滅に協力してきたザナック王子とレエブン侯だったが、目の前で王家の偽装結婚など話し合うのは止めてほしかった。ラナーもラナーで偽装結婚が素晴らしいとはどう言う事だ。いや、確かにラナーがクライムくんと一緒になるのには正攻法では無理なのだと解ってはいるが。こんな事を知ってしまって、自分はどうすれば良いのか。冒険者をやってる時点で実家に相当の迷惑をかけている自覚があるのに、こんな事を知ってしまっては迂闊に実家に帰る事も出来ないではないか。

 

 

だと言うのに、この小太りの王子殿下は「お前は一体、何を言ってるんだ」と呆れた表情でこちらを見てくれる。この殺意は許されるだろうか?

 

 

「それは無理だ。アインドラ、お前達には妹の護衛を頼まなくてはならない。王都が落ち着くまでお前達も帰ってくるな。朱の雫もタイミングを合わせて仕事を回し、遠隔地へ飛ばしておく。出来れば戦士団からも、幾人かお前達につけてやりたいが…」

「それは止めておいた方が宜しいでしょう。ガゼフ殿を通じて陛下。陛下よりバルブロ殿下、貴族派へ情報が漏れます」

 

「……そうだな。レエブン侯、最後まで苦労をかける」

 

混乱するラキュースの前で、ザナックとレエブンの話は続いていく。

討伐隊がカルネ村へ着くタイミングで自分達を王都から遠ざけようと言う二人は、覚悟を決め、死地へ向かう男の表情(かお)をしていた。

 

何処か透明な表情で、ザナックとレエブンの二人はこれまでに見た事がないような朗らかな調子で会話を続けている。先ほどの問題発言で真っ青になったクライムも、今は二人の覚悟に当てられたのか、いつもの奥歯を噛み締めた表情でラナーの右後ろに立っていた。

 

 

「殿下……私は息子に領地を引き継がせてやりたかっただけなのですがね」

 

「仕方なかろう。このままでは王国は神の怒りを買って滅ぶ。我が怖い妹の見立てに間違いは無い。エ・レエブルはエ・ランテル寄りであるが、エ・ランテルから王都までの街道から外れている。王都周辺が神の怒りで貴族も王族も綺麗さっぱり滅んだら。妹よ。後はお前の好きにせよ。守護神に国を差し出し、何とか出来るならなんとかしろ」

 

「ああ、王女殿下。そこまで王国が追い詰められ、わが子との婚姻も必要ないようでしたら、そのように立ち回って下さい。出来るなら、わが子には普通の婚姻を望みますので」

 

ザナックとレエブンの透き通った晴れ晴れとした微笑にラキュースは覚えがあった。

ラキュースがかつて救った亜人の村。スレイン法国の陽光聖典から村人を守る為に戦った亜人の戦士達。生きて帰れぬと知って尚、愛する者を守る為に笑って死地へ向かって行った戦士達と同じ笑顔がそこにはあった。

 

だからだろうか?

 

答えの分かり切った問いを、問いかけてしまったのは。

 

 

「殿下、そこまで状況は悪いのですか」

 

 

「悪いな。アインドラ、お前の友であり、私の怖い妹の発案。……実現できたのは僅かではあるが、どれも素晴らしい成果を上げている。その妹が国が滅ぶと見るのだ」

「お兄様。私が、私のクライムと一緒になる為に、お兄様と侯爵を誘導しているとは思わないのですか?」

 

ザナックの様子に何か思うところがあったのか、ラナーも普段ならば口にしないような事を口にしていた。

対してザナックはこれまで見せた事がないような優しげな視線を腹違いの妹へ向けながら答えた。

 

「結構な事じゃないか。俺もお前と同じだ。このクソったれな王国なんぞどうでも良い。だが、侯爵は愛するわが子に領地を引き継がせたい。お前は愛するクライムと一緒にいたい。なのに私は、ただ王族としての責務でここにいるのだぞ? お前が私をはめて、私を終らせてくれるなら喜ばしい。後の面倒は宜しく頼むぞ、妹よ」

 

本心からの言葉で、晴れ晴れと継げるザナックにラナーは戸惑ったようだった。

 

 

「……クライムと過ごす時間が減ってしまうので、実務はお兄様とレエブン侯にお願いしたいのですが……」

 

 

ラナーの言葉にザナックは笑う。ようやく兄妹らしい会話が出来たと言う風に朗らかに笑った。

そうして、不意に表情を改めるとラキュースに向かい、これまで口にしなかった憧れを口に上らせた。

 

「アインドラ。私とて、全てを放り出し、冒険者などをやって見たいと思ったものだ」

「……殿下」

「ん? 目は口ほどにものを言うが、アインドラよ。お前、私のような豚には無理だと思ったな?」

「殿下! そのような事は」

 

慌てるラキュースを見て、ザナックはもう一度、笑った。

 

「気にするな。このような身体で豚を演じているとな、侮ってくれるのだよ。疑われ、警戒されより、侮られるほうが良い。ただ、少々、太りすぎた。身体の調子も良くはない。幕引きとしては良い頃合だったかもしれん」

 

 

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その日《飛行》でカルネ=ダーシュ村上空に上がったジョンは、チーム時王のメンバーであるワーキャットのサペトンと眼下に広がる景色を観察していた。

 

エ・ランテルで捕獲した野良猫を媒介に召喚されたサペトンはようやく異世界開拓に合流できた。召喚するに当たっては媒介となる猫を犠牲にする事に少なくない葛藤があった。人間を生贄にするなら何の躊躇いもなかっただろうが、可愛い小動物へ自分の都合で犠牲を強いるのは心が痛む。可愛いは正義なのだ。

 

そんなジョンの胸を内を他所に、体長1m少々の真っ白い年老いた直立猫の姿をしたサペトンは、遠くアゼルリシア山脈に抱かれるひょうたんのような形をした湖を杖で指し示す。

 

「やっぱし、あそっから水を貰ってくるしかねぇなぁ。こん辺りは水が少ねぇよ」

 

その言葉に腕組みをしたジョンが唸る。カルネ村や滅ぼされた開拓村は入植してから100年は経っているのに、それほど豊かとも言えず生産力も低かった。最初は北の方で寒冷な気候だと思っていたのだが、しばらく過ごしてみると寧ろ暑い地方のようだった。それでいて冬に生産をしないとか、技術が低いにしても、おかしいと思っていたのだが、生産力が上がらなかった大きな原因が水不足だ。

 

湖から流れ出す大きな川の流れが無く、こちら側の平原に落ちてくる水が地下水脈に限られるように見える。その為に農業用水が確保できず生産が増えなかったのだろう。20世紀からの農業では水やりを積極的に行うが、それ以前は水を運ぶ労力が大き過ぎ、近代前後とは水やりに使う水の量が段違いだ。

 

現実において近代以降に大規模事業で数十kmに及ぶ水路が建設され、初めて発展した街もある。

農業工業における水の確保はそれだけ重要で、大きな労働力を必要とするものだ。

 

 

ジョンとサペトン、二人の眼下に広がるカルネ=ダーシュ村は、モモンガが魔法で建設した高さ6mの石壁が村の広場を中心に半径500mほどの広さでぐるりと広がっている。村の規模が小さいので壁の内側にある程度の畑も含まれているが、余りに広すぎて監視の目が行き届いていない。ジョンを冒険に引っ張り出すに当ってモモンガが張り切った成果である。張り切りすぎて、エ・ランテルや王城にも勝る石壁になってしまったのだが、今のところ問題はおきていない。

 

その石壁の外側は、現在、チーム時王によって幅30mほどの空堀がぐるっと村を囲むように掘られている最中だった。

 

掘った土は取り敢えずは堀の脇に積み上げて土塁にしている。ひょうたん湖から水が引ければ、この堀も水堀兼ため池として使えるだろう。

ジョンはサペトンと二人、上空から地形を見ながら水路を何処を通すか。下流へはどこから流すかを話し合った。

 

一番の問題になりそうなのは、ひょうたん湖の手前。ぐるりと湖を囲む山地の一部にトンネルを通す必要がある事だ。ここは魔法で補強しながら掘り進めても落盤の危険が高いと予想され、何かしらの方法を考える必要がありそうだった。

 

 

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以前、ジョンは村人に死んだ家族を蘇生してくれと頼まれ、生命力(Lv)が足りないから無理と説明した事があった。その際に村人から、ならば子供たちの生命を鍛え、日々の生活で備えるのにどうすれば良いか教えてほしいと願われた。

 

答える必要も無いし、そんな事は自分で考えろと言う事も出来たのだが、満足に教育を受けられず、何も情報を持っていない。

その日を生きるのに精一杯な彼らにとっての最善は、厚かましいと分っていても、自分達よりものを知っているジョンへ聞く事であったのだ。

 

あれこれ聞かれ、思ったよりものを知らない村人にイラッとしたジョンだったが、リアルで自分がものを尋ねた時、相手が浮かべたイラついた表情は、こう言う事だったかと納得してしまった。自分はネットワークから情報を得る事が出来た。だが、村人達はそれすら出来ないのだ。そう思ってしまえば無碍にも出来ない。

 

字が読める。計算が出来る。

それは、それだけで力になるのだなとジョンは実感していた。

 

そんな村人達に何をしてやれるのか考えた時、成長が速く栄養があり、ちょっと危険だが、村人の特訓にもなるものがあったとジョンは思い出す。

これが出来れば、現在、ナザリックから食料支援を受けて村を維持している状態から自立にむけて一歩前進できる筈だった。

 

そんな考えから、村の一角にジョンは家庭菜園を作った。

ドルイドではないのでマーレのような大規模な事は出来ないが、サペトンとルプスレギナの力を合せれば小規模ながら似た効果を得る事も可能だ。

 

 

この家庭菜園の収穫は毎日交替で村人全てが行う。

 

 

収穫に当る村人達の補助には、ゴブリン隊か漆黒の剣をつける事とした。

チーム時王のヤーマが主に見ているこの家庭菜園。今日の収穫当番はエモット姉妹とンフィーレア、それにゴブリン隊から3名だった。

 

「おはよう! 良い朝だね」

「はい、ヤーマさん。おはようございます」

「ヤーマさん、おはよう!」

 

狼頭で爽やかに挨拶してくるヤーマに挨拶を返す面々。ヤーマの後ろからは「うけけか~」「ぎゃっぎゃっ~」と笑い声がしている。

その声に、ゴブリン隊のカイジャリが呆れたような声を出す。

 

「……相変わらず、すげぇ眺めですね」

「まぁ、うちのリーダー。時々突飛な事を思いつくからねぇ」

 

ヤーマも答え、家庭菜園を振り返って眺める。

 

そこには、きゅうり、なす、カボチャ、人参、ジャガイモが立派に実っていた。

先日まではカボチャが無かったが、そろそろカボチャを植えても大丈夫だろうとの見立てだ。

 

 

野菜からは「うけけか~」「ぎゃっぎゃっ~」と笑い声が絶えない。ここは所謂、植物型モンスターを栽培する家庭菜園だった。

 

 

きゅうりとなすは笑いながら噛み付いてくる程度だったが、カボチャはツタを振り回して、丸々とした実で殴りつけてくるので村人達には強敵だ。

 

だが、毎日のモンスター討伐と食事で少しずつではあったが、村人達のLvも上がり始めている。植物型モンスターを処理しているので、微少ながら、収穫(討伐)、料理、食事(討伐)でも経験値が入ってるのでは無いかとジョンは想像していた。この生野菜をサラダで食うのは一種の討伐なのではないだろうか?

 

 

これがジョンの作戦「村人全員6Lv以上になれば、蘇生ワンちゃんあるよね♪」である。

 

 

今は魔法で野菜(植物モンスター)の生育を早めているが、何れは村の子供が10歳ぐらいになる頃には自然と6Lvになれれば良いと考えている。

ジョンは、10歳で6Lvを、漆黒の剣やゴブリン隊には20Lvぐらいを求めていた。この世界で20Lvはミスリル級冒険者になる。既に要求水準がおかしい事(間違い)になっていた。

 

その基準では村の子供が鉄級冒険者級(多分5~7Lvぐらい)になる。

中堅冒険者である銀級が8~11Lv程度あるとすれば、帝国騎士だって皇帝が惜しむ精鋭騎士は冒険者で言う金級(多分12~14Lvぐらい)なのだ。

誰かが力尽くで、ジョンの間違いを正さなければ、何処かの自称美少女魔道士の故郷化、待った無しである。

 

 

ただ、一つ言わせてもらうならば、誰もが自分を基準にものを考えるものだ。

 

 

100Lvのジョンからすれば、無力な子供は「せめて6Lvぐらいないと転んだだけで死ぬんじゃないか」と心配なのだ。火球ツッコミは無理にしても、魔法の矢ツッコミぐらいは出来ないと寂しいとか。そんな馬鹿な事を考えるのもカンストガチ勢の一角だからであって、決して悪意からでは無いのだ。

 

 

どこの世も、善意から出る余計なお節介の方が性質が悪いものなのだが……。

 

 

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「今日はンフィーレアくんがいるから、楽が出来るな。でも、油断するんじゃないぞ」

 

 

ヤーマがそう言って一歩下がるとカイジャリ、クウネル、パイポがそれぞれ、エンリ、ネム、ンフィーレアの護衛に付く。

ンフィーレアの《ヒプノテイズム/睡眠》が炸裂し、野菜(植物型モンスター)の笑い声が治まった。

 

「それじゃ、静かにね」

 

ンフィーレアの声に、そーっと家庭菜園に入ったネムは、野菜を起こさないよう息を潜めながら、きゅうりをハサミで、ぱちんと切り離してカゴへ入れる。

木製の農具やナイフ、包丁などしかなかった村だが、チーム時王のマッシュは鍛冶仕事も出来た。その彼が作ってくれる道具はまだ数も少ないが、この家庭菜園での収穫に貸してもらえるハサミは、とても便利だった。

 

先日から丸々としたカボチャを振り回すカボチャが加わった事で、朝の収穫祭の難易度は一気にあがっていたが、効果も出ており、村人からは「疲れにくくなった」「力が強くなった」「白髪が減った」「まな板が切れた」「腹筋が割れてきた」など喜びの声が寄せられていた。

 

そんな毎朝の野菜との死闘。

襲い掛かるカボチャを盾で受けるゴブリンと、そのゴブリンに身を挺して守られる村人。

その間では、ドキドキなつり橋効果も発生し、ゴブリンと村人達の間の溝は急速に埋められていた。

 

ンフィーレアとしても、ドキドキつり橋効果ドンと来いであったし、ゴブリン達も応援してくれていた。

 

だが――。

 

「私がツタを抑えている間にンフィーはカボチャを収穫して。カイジャリさんとクウネルさんは、左右の畝のカボチャに注意して下さい。……あ、ンフィー。そこの子ヅルも一緒に切っちゃって」

 

最近、エンリの指示がやたらと的確で口を挟めない。しかも気を張ってる時の言葉には何故か逆らいがたい。

ツタに襲われ「きゃー」となったエンリを魔法で助けるとか、そんな事はまったくなかった。密かに魔法の矢を取得していたのだが……。ジョンに言われた通り、錬金術でチーズケーキを作った方が好感を持たれるような気がしてきているンフィーレアであった。

 

「ネム、パイポさんと一旦、畑から出てくれる? 私たちも畑から出ましょう。そしたら、ンフィーはもう一度《ヒプノテイズム/睡眠》をお願い」

「なんだか、最近、エンリが凄く頼もしく見えるよ」

「ンフィーの兄さん。そりゃ、俺達の姐さんですから」

 

冒険者であるペテルや、ゴブリン達のリーダーであるジュゲムと比べられても、年頃の娘としては不満なのだが、本心から褒めてくれているので、そこはぐっと我慢する。

 

 

確かに最近は力も強くなり、大きなカメで水を運ぶのも楽になった。八つ当たりで野菜を切ったら、まな板が切れ、包丁が欠けてしまって困った。時王のマッシュが鍛冶も出来たので、無事に包丁を直してもらえてほっと息をついたが、ゴブリン達が思い描く完璧な姐さん像に近づいてるようで、ちょっと嫌だ。どうせなら、たとえ無理でも、ルプスレギナのような美人になりたい。

 

そんな話をした時、ルプスレギナはいつもの調子で。

 

「私は御方々のメイド。それ以外では、指一本動かしたくないっすねー。仕事以外はゴロゴロしてたいっすよー」そう言っていたが、「でも、カルバイン様の為なら何でも出来るのですよね」エンリがそう聞くと「当たり前じゃないっすか。友達のエンちゃんだって、殺せって言われれば、さっくり殺っちゃいますよー」などと笑顔で答え、ゴブリン達をぎょっとさせた。

 

「……人を好きになるって凄いんですね。私、まだ好きって良く分らないですけど、カルバイン様の話をしているルプスレギナさんは綺麗だなって思います」

 

ほうっ息をついたエンリに、ルプスレギナはきょとんとした顔でエンリを見つめると、困ったように頭を掻いた。

 

「……エーンちゃん? 私、エンちゃんをさっくり殺っちゃうよって、お話してるっすよ?」

「カルバイン様は意味も無くそんな事を言う方ではないです。そう言われてしまった時、私はそれだけの事をしてしまったんでしょうから、仕方ないですよね」

 

ルプスレギナがジト目でエンリを見つめる。これほどの美人がやると、そんな顔も可愛いなぁ、なんてエンリは考えていた。

じっと、エンリに秘したものが無いか見極めるように見つめたルプスレギナだったが、もう一度頭を掻くと、ぽんとエンリの肩を叩いた。

 

「たはー、エンちゃん。すげぇっすね……あと、ありがとう」

 

肩から手を離すと、ルプスレギナはくるりとその場で一回転する。滑るような滑らかな動きだった。そのまま「うんじゃ、ね」肩越しに手をぴらぴらさせながら、ルプスレギナが歩み去っていく。その先には青と白の毛並みの大柄な人狼がいて、ルプスレギナの輝くような笑顔を向けられていた。

 

 

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Ei-s様よりネタの提供を頂きました。この場を借りてお礼申し上げます。

ありがとうございました。

 

絵面的にはGS美神の唐巣神父の家庭菜園です。

 

家庭菜園における収穫難易度。:多分1Lvで受けるダメージ目安。

こんな感じで。ぶーくは考えております。

 

1.きゅうり、なす、噛み付きます。:軽傷

2.ニンジン、ジャガイモ、引っこ抜くと叫びます。:状態異常:恐怖

3.カボチャ、ツタを振り回し、実で殴って来ます。:重傷

4.トマト、タマネギ、爆発します。:死にます。

5.未定

 

 




次回本編「第29話:スタッフが美味しく頂きました」

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