オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

32 / 71
シリアスが続いて死にそうです。

2015.11.28 14:25頃 脱字修正「魔法詠唱者は常にパーティで一番冷静でなくてはならい。」→「ならない。」


第26話:私には仲間がいるのだよ

 

 

周辺を警護するエイトエッジ・アサシンからのメッセージを受け、ジョンは罵声を上げるのをなんとか堪えた。分ってはいる。理解してはいたのだ。

NPC達が人間を軽視している事。自分達(創造主)を最優先で考える事。意外と融通が利かない事。

 

だからこそ、ジョンの探知範囲外で漆黒の剣が何者かと交戦し、死亡した事をシモベが伝えてきても、その相手を追跡していない事も、それは一つ一つ指示を出していない自分の(創造主)側が悪いのだ。

 

設定量の多い守護者クラスのNPC達はその限りではないが、エイトエッジ・アサシンやシャドウデーモンなどの自分達がモンスターとして見ていた特に設定を持たないもの達は主体的に動く事が苦手のようだった。その意味では一般メイド達の方が優れている――メイド班の熱意を異世界で見た。

 

それは兎も角、街に着いた直後に全滅戦闘とか、何処のクソゲーだ。なんでセーブしておかなかった、とか誰かに言いたい事は山ほどあるが…。

各々の登録は済んでいたのに、森の賢王を従え、装備も整っている自分達の実力を知ろうと、組合長まで出てきたのに対応し、あれこれ雑談に興じていたのが悔やまれる。

 

腹の底が煮えたぎるように熱く、全身は冷たい炎に包まれているように冷える。

先ほどまでざわついていた室内は静まり、ジョンへ視線が集中していた。

 

「……ジョジョン」

「悪い、モモン。漆黒の剣がやられた。様子を見てくる」

 

眼の錯覚か褐色の魔法詠唱者の周囲で蜃気楼のように揺らめいてるように見えた。室内の人間達は突如として発生した正体不明の大きな怒りに煽られると、冷気に触れたように身を振るわせ、本能的な恐れから、距離を取った。

 

ジョンは一瞬、ルプーと呼びそうになりながら「レギナ、ついて来い」言い直し、組合を出て行く。

 

 

/*/

 

 

現場は組合から直線距離で500mほど離れた大通りからも外れた路上だった。

 

エイトエッジ・アサシン達にしても、感知ぎりぎりの距離だろう。シモベ達が気づけたのも戦闘で《雷撃》と《火球》が使われたからだと言う。

それであれば、気づけただけでも幸運だ。シモベ達にも非はない。人間同士の戦闘などシモベ達に取って価値の無いものなのだから。

 

組合から外に出て、耳を澄ませば、数ある音の中から選別して聞きたい方向の音だけを意識へ伝えてくれる。

ンフィーレアの自宅のある薬師街の方面からは「火事?」「人殺し?」「人攫い?」と言った人々のざわめきが聞こえる。恐らく漆黒の剣は戦闘を避け、そう言った騒ぎを起し、追っ手を撹乱しながら自分達の下を目指して移動してきたのだ。

 

漆黒の剣の誤算は、彼等の演出した騒ぎが期待するほど大きくならなかった事。逃走ルートを特定もしくは追跡され、捕捉されてしまった事だろう。

 

殺ってくれた相手を捕捉するなり、追跡するなりしてくれよとジョンは思ったが、《雷撃》と《火球》まで使われた戦闘に気づき、状況を確認し《伝言》をくれただけ良しとしなければ。

エイトエッジ・アサシンも、シャドウデーモンも、自分の指示を待っていてくれたのだ。モモンガのように即対応と行かなくても、ここにくるまでの間に冷静になれば、自分は彼らに指示を出せた筈なのだ。

 

だから、怒りを静め、冷静になるべきなのだが、燃え上がる怒りをジョンは消し去る事が出来ないでいた。

 

集まりつつあった野次馬を殺気で追い払い。戦闘跡が荒らされる事に腹が立つ。

それでも、ニニャだけはまだ微かに息があった。微かな生命反応をジョンの感覚が捉えている。

ジョンは戦闘跡が更に荒れるのも構わず、ルプスレギナに《大治癒》の使用を命じた。

 

人間形態である為、ステータスは下がっているが、《リアル・シャドー》《トラッキング》などを使用しながら、ジョンは戦闘跡から情報を収集する。

 

漆黒の剣を襲った者は一人。身長はそれほど高くない。足のサイズ、歩幅からすると小柄な男性もしくは女性だろう。

幸い石畳では無く踏み込みの跡がくっきりと残っている。レベル的にガゼフ・ストロノーフに匹敵する(現地としては)強力な部類。漆黒の剣では一溜まりも無かっただろう。

ダインの遺体の下に何か血文字で書き込み、ンフィーレアと思しき5人目を担いで離脱した様子までは見て取れた。

 

武器は刺突武器。ペテルの喉元を一撃し、至近距離から《雷撃》――この《雷撃》は武器から放たれたようにも見える。ユグドラシルには無かった武器?――。そこから身を翻してルクルットも一撃、同時に《火球》で仕留める。ダインの攻撃を避けながら、首を強打し、へし折る。脚の運びから見ると廻し蹴りなどだろうか。そこから、飛び出して逃げるニニャを背後から一撃し、手早く情報撹乱を仕掛けて撤退。

 

手早く迷いがなかった。

 

だが、ダインを蹴り殺せる実力があるのなら、どうしてペテルとルクルットを刺突武器で殺すだけではなく、わざわざ無駄に目立つ《電撃》と《火球》を使ったのかが分らない。

一通り調べ、振り返ると、そこにはモモンガと自分達を追ってきた組合長や冒険者などの姿があった。

 

 

/*/

 

 

治癒を受け、回復したニニャだったが、顔をくしゃくしゃに歪め、両手で顔を覆って泣いていた。

 

「みん……な……また、奪われてしまいました。私……達、頑張ったんです……諦めなかった…んです……でも……」

 

既にモモンガはアンデッドであり、人類そのものに同属意識など持っていない。漆黒の剣が全滅した事にも痛痒を感じない。

けれど、彼らとはジョンの弟子として数日であったが接していた。悲鳴を上げながらも、自分達の目標の為に懸命に努力する姿は眩しく、かつてギルドであったジョンの特訓風景や、仲間たちとの冒険を思い出させてくれた。この世界で初めて会った冒険者だった。

 

モモンガはニニャの側に膝をつく。可哀想なニニャ。チーム最後の一人……自分も、そうであったかもしれない姿。

 

「……いいや、まだ漆黒の剣は終っていない。ニニャ、私達がいる。私達がンフィーレアくんを取り戻せば、君達の勝利だ。君は私達へ情報を伝えてくれた。漆黒の剣は、ンフィーレアくんを守るという役割を果たしたのだよ。君たちは、まだ終わっていない」

 

ボロボロと泣くニニャをガントレットに覆われた手でそっと撫でる。そのモモンガの手を取り、泣き続けるニニャ。その姿にまだまだ幼い様子を感じつつ、モモンガは襲撃者に対する不快感を改めて強く感じていた。

ルプスレギナを連れてきているので《蘇生の短杖》を使うまでも無く、漆黒の剣を蘇生させる事は出来る。だが、それでは幾らなんでも悪目立ち過ぎる。

 

冒険者として高位の実力があると手っ取り早く示す事は出来るだろうが、やっかみや妬み、詮索はそれ以上だろう。

メリットとデメリットを天秤にかければ、ここはニニャだけでも生き残った事で良しとするしかない。

 

モモンガはそう結論づけ、諦めた。仕方が無いと割り切った。

その横ではペテル、ルクルット、ダインの死体を集め、横たえたジョンが、ルプスレギナへ『死体の復元』と『蘇生』を衆人環視の中で命じていた。

 

「ジョジョン!!」

「モモン、漆黒の剣はクエストを一緒にやってるパーティだよな。ンフィーくんからまだ報酬は貰ってない。クエストは継続中だ」

「それは!」/《冷静になって下さい。メリットとデメリットを考えてください》

 

「……足りないか? なら《複製》」

 

ペテルの懐から取り出した漆黒の刃を、ジョンは《複製》する。特に貴重な材料も使われていないそれは問題なく複製され、ジョンの手の中に現れた。

一つをペテルの遺体へ戻し、複製した漆黒の刃をニニャへ見せ付ける。

 

「これは漆黒の剣のメンバーの証だったな。ニニャ、これで俺は漆黒の剣のメンバーだな」

「え、あ、はい」

 

気圧されたニニャが反射的に「はい」と言うのに、得意げな顔でジョンは頷く。

 

「良し。ル……」

「わかった! わかりました」/《まったく……第五位階の《死者復活》と言い張りますか》

「良いぞ。レギナ……使用を許す」

 

常に無く低いジョンの声に、ルプスレギナは小さく頷いた。

 

 

/*/

 

 

「……蹂躙された癖に、なんで笑って死んでるっすかね」

 

ルプスレギナが横たわった遺体の損傷を修復すると、そこにあったのは恐怖や苦痛に歪んだ顔ではなく、自身のやるべき事をやりきった男達の表情(かお)だった。

その表情(かお)を見て、ルプスレギナは不思議そうに呟く。

 

「俺達が来るって信じていたからだ。守るべきモノを得て(ンフィーくんを守り)、戦うべき敵を見つけて、後を託せる者がいた。なら恐いものなど何もないさ。全身全霊を懸けて戦い散っても、思い残す事は何も無いだろう」

 

ペテル、ルクルット、ダインの修復された遺体の瞼を閉じさせてやりながら、ジョンはルプスレギナへ答えた。

背後でルプスレギナの治癒に驚きの声を上げている地神に仕える高位神官ギグナル・エルシャイがいたが、それを無視して言葉を続ける。

 

「レギナ、お前だって解る筈だ。誰か(至高)の為に血を流す事の尊さが。後を頼める者がいる喜びが」

「……ンフィーくんを守るのが、彼等の忠義だったっすか?」

 

彼ら(人間)には、お前達のような揺るがない原点(NPCの忠誠心)があるわけじゃない。彼等は彼等の移ろう信念の中、それでも自分達で決めたンフィーくんを守るという意志を突き通した。…後に俺達がいると信じてな――羨ましい。俺も……どうせ死ぬなら、こんな風に死にたいと思うよ」

 

羨ましげに、寂しげな視線をペテル達へ向けながら、最後は囁くような声でジョンは告げた。

 

「……死んじゃダメっす」

「そうですよ。これから貴方の弟子を傷つけた愚か者に、身の程を思い知らせに行くのですから」

 

ルプスレギナとモモンガは、ジョンが自分の死を口にした事に衝撃を受けていた。

声の聞こえる範囲にいた冒険者組合長プルトン・アインザックは、戦士として、魔法詠唱者である筈のジョンの言葉に共感を覚えた。

 

組合長と呼ばれるようになった自分は、既に冒険にも戦いの場に出る事も無い。後は年老い、無残に朽ちていくだけかと密かに恐れていたのだ。死ぬならば戦いの中で死にたい。このように誰かを守り、悪しき何者かと戦って死ぬ。そして、後を託せる者がいる。ならば、恐れなど何も無く。誇りを抱いて死ねるだろう――羨ましい。心から、自分もそう思う。

 

この褐色の魔法詠唱者は魔法詠唱者である以前に歴戦の戦士なのだろう。

常識的に考えてありえない事ではあるが、プルトンは自分の想像が酷くしっくり来る事に納得できた。

 

 

/*/

 

 

《死者復活》には触媒が必要とされている。

それは神殿――突き詰めれば法国――が広めた話であって、別になくても蘇生は出来る。ニグンから得た情報だった。

 

だが、世界の常識としてそうなっているなら、触媒も何も無しでの蘇生は悪目立ちが過ぎる。

 

ジョンは、ニグンの時にも使った護符型の課金アイテムを取り出すと遺体に一つずつ握らせ、スペシャルパワーを解放させていった。

経験値が加算され、デスペナルティとの差し引きで若干レベルが上がる事になるだろうが、どうせステータスを確認できる者などいないのだ。

 

世界の常識として高価な触媒が必要ならば、そうやったように見えれば問題ない。そうジョンは割り切る。

 

ルプスレギナの《死者復活》と言い張るつもりの《蘇生》で、ペテル達3人が無事に息を吹き返すと周囲からどよめきが起った。

地神に仕える高位神官ギグナル・エルシャイと冒険者組合長プルトン・アインザックからも驚愕の声があがる。

 

「馬鹿な! 本当に第五位階《死者復活》だと!? 王国に2組しか存在しないアダマンタイト級冒険者《蒼の薔薇》にしか使い手が存在しないのだぞ」

「漆黒の戦士と褐色の魔法詠唱者が彼女の護衛なのか? いや、だが、漆黒の戦士が二人を従えているようにも見える。一体何者なのだ」

 

 

「ほら見ろ。大騒ぎになったぞ」

 

 

周囲が蜂の巣をつついたような大騒ぎになった事にモモンガはやれやれと肩を竦め、呆れたような声をジョンへ掛けた。

それは表情が見えない分、芝居が掛かった仕草で感情を表現する癖がついてきたようにもジョンには見えた。

 

対するジョンは、モモンガが何を気にしているのか良く分らないと言った風に答えた。

 

「誰構わず助ける義理なんて俺達には無いだろう? なんで浅ましく寄って来る奴まで気にするんだよ、モモン」

「死を振り撒く者と、死から救い上げる者では、どちらが厄介ごとに巻き込まれるかは想像に難しくないだろう?」

 

「そこがわかんないんだよ? 気に入った者、例えば漆黒の剣なんかと、その他のどうでも良い人間を何で同列に扱う? 助けたくない奴をなんで助けなきゃならない? うるせぇ、死ねって踏み潰せば良いだろう」

 

「王国の法を持ち出されて、《死者復活》が使えるものは神殿で蘇生作業に従事しろ、とか言われたら面倒だろう」

 

単純明快な強者の理論を語るジョジョンと、法や他人の目を気にするモモンの言い合い。

そば耳を立てているプルトンやギグナルは、苛烈果断なジョジョンと理性的なモモンであれば、モモンに交渉を持ちかけるべきだろうと考えた。

 

《死者蘇生》が使えるほどの神官を従えている人間だ。冒険者登録をしたと言う事はしばらく腰を落ち着ける気もあるのだろう。ならば、その期間を出来るだけ長く。出来るならばエ・ランテルに取り込めるよう働きかけるべきなのだ。この二人の感情的な言い合いは、その交渉における情報として非常に価値あるものだった。

 

「それって俺達に何か利益あるのか? 互いに利益があるから法を守るんだろう? 俺達の正体知ったら手の平返す奴らをどうして守らなきゃいけない? 生命なんて平等じゃない。俺が助けたい生命を助けられるから助けるんだ。助けたくない生命をなんで危険を冒して助けなきゃいけない。人助けなんて趣味でやるものであって、義務じゃない」

 

聖騎士(たっちさん)だったらだな」

 

聖騎士との単語にプルトンやギグナルなどは、何処か自分達の知らない遠方の神殿などに仕える戦士なのだろうかと考え、次いで、モモンの言葉にモモンには規範とすべき価値観があり、それは自分達にも理解できる理想の騎士のようなものだろうと彼等は想像した。

 

「あの人こそ究極の趣味人だよ。自分の利益にならないのに人を助けるなんて、それが好きでやってる人だけだ。助けたくない人は助けなかっただろう。もし本当に義理や使命感で人助けやってるなら、聖騎士(たっちさん)は浅ましいPK野郎だって助けてた筈。聖騎士(たっちさん)が助けた人、それはモモンを含めて、聖騎士(たっちさん)が助けたかった人であって、聖騎士(たっちさん)は助けたくない人は助けない。《死者蘇生》に群がってきた奴らだって、助ける動機がなければ踏み潰すだけだ。恨まれる? 今までと何の違いがあるよ?」

 

褐色の魔法詠唱者は聖騎士と呼ばれる程の人物の行動も、あくまで自分本位のものだと断じる。その結果、恨まれるならば、喧嘩を売られたら、買って踏み潰すと強者の理論を振りかざす。敵と見なせば容赦は無いだろう。漆黒の戦士は、その結果として敵が増える事を案じていた。

 

「敵対的存在がそれを理由に敵対勢力を集めたらどうする?」

 

「そんな割り切りも出来ない奴は、最初から俺達の敵足り得ない。俺達が負けを覚悟した相手は、割り切りが出来る相手だけだったじゃないか?」

 

慎重なモモンに恨みなどで敵対するものは、大した脅威足り得ないとジョジョンは笑う。

 

「だから、俺はどの法に従うも、俺が決め、誰の許しも必要としない。俺が常識的に見えるとすれば、それは法だからじゃない。皆が好きだから、仲間といたいから、その為に最低限のルールがいるからだ。モモンもそうしろよ。その方が俺達のリーダーらしい」

 

鮮やかに言い切って笑う褐色の魔法詠唱者へ、漆黒の戦士は「まったく」と、小さく呟き、兜の中で苦笑したように、プルトンには見えた。

 

 

/*/

 

 

「わしの孫が! ンフィーレアが!」

 

ニニャから事情の説明を受け、ンフィーレアがマジックアイテムの媒介にされると知ったリイジーが顔色を青を通り越して白に染める。

冒険者達はダインの背中に隠れてた地面に地下水道らしき血文字と2-8の数字を手がかりに、依頼に備え、あれこれ話し合っている者もいる。

 

「うるせぇな。ンフィーくんは好きな子と添い遂げるのにカルネ村に移住するんだよ」

 

半分は演技だった筈の先程までのやり取りで、感情が高ぶったままのジョン。

その様子にモモンガは溜息をつくと、グレートソードの腹でジョンの頭を叩いた。岩か金属の塊を殴ったような音が響き、周囲の人間をぎょっとさせる。

 

「ってぇ~」

「魔法詠唱者は常にパーティで一番冷静でなくてはならない。誰もがカッカしてる時、恐怖で我を忘れている時、それでも一人氷のように冷静に戦況を見ているのが、魔法詠唱者だろう?」

 

漆黒の戦士がその場の誰よりも冷静な声で告げた。

褐色の魔法詠唱者は叩かれたところを摩りながら、漆黒の戦士へ返す。

 

「……その数字はブービートラップに決まってんだろ? ダイン、首折れてたのにどうやって死に際にメッセージ残すんだよ。血文字を書く余裕は無いし、死体を動かした痕跡もある」

 

血文字を残すならニニャだろ。よっぽど余裕がなかったんだな。

そう言うと、まだ蘇生したばかりで満足に動けない漆黒の剣の面々へ「良くそこまで格上を追い詰めたな」と、ジョンは笑いかけ続ける。

 

「儀式魔法でアンデス・アーミーを発動させるなら、数時間は余裕がある筈だ。先ずはどっか宿でも取って、4人を休ませよう。……お婆さん、一緒に来るか?」

 

「そうだな。ご老人、ンフィーレアくんは私たちが必ず取り戻して来る。安心すると良い。……依頼をすると言うなら受けるが? 私の仲間は大食らいばかりでね、食費が些か馬鹿にならないのだよ」

 

ジョンの言葉を受け、モモンガはリイジーへ冗談交じりに肩をすくめて見せる。

それはジョンの真似であった。ジョンがモモンガのNPC達への対応を真似るよう、モモンガはジョンのそれを真似てみたのだった。事実、人狼2人と巨大ハムスターが本気で食べると食費が酷い事になる。その為、モモンガとしては冗談でもなかったのだが。

 

面頬付き兜(クローズド・ヘルム)の向こうで、モモンが笑ったような気配にリイジーの肩の力が抜けた。

 

「確かに、森の賢王を従え、高位魔法を扱うおぬし達ならば……」

 

ペテルとルクルットを担いで立ち上がったジョン。ダインを担いだモモンガに続いて、ニニャ、ルプスレギナが立ち上がると、慌てたようにプルトンが一行を引き止めた。

 

「まってくれ! それなら組合を使ってほしい」

「だってさ。どうする、モモン? ……先に俺の意見を言っとくが、涎垂らしてレギナを見てる奴らが気にいらねェぞ」

 

不機嫌そうなジョジョンの声に、プルトンはジョジョンとレギナの二人が同じこの辺りでは見ない褐色の肌に金色の眼である事から、二人は関係を予想し、それなりの対応を考えた。

 

「申し訳ない。そのようなつもりはないのだ。この街には君達のような高位の実力者がいなかったので驚いているのだ。それに加えて杓子定規に銅プレートとして申し訳なかった。特例で君たちのプレートはより高位のものに替えさせよう」

 

プルトンの言葉にジョジョンとレギナは答えず。事前に打ち合わせしているような自然さでモモンが一歩前に出てくる。ジョジョンは分を弁えているかのように何も言わない。

癖の強そうなジョジョンを完全に従えているその様子に、プルトンはモモンの評価を更に引き上げた。

 

特に、これが交渉の為にジョジョンにあえてやらせていると言うなら、この戦士は決して戦うだけの男と侮ってはならない。

 

 

「高位のプレートか。それで? それは私達を縛るに相応しいものなのかな」

 

 

ごくり、プルトンは唾を飲み込んだ。ここが正念場だ。

周囲には他の冒険者達もいる。下手な特別扱いは彼等の嫉妬を買う。だが、破格の扱いである事を周囲と3人へ知らしめれば、彼等をエ・ランテルに引き止める楔と成り得る。

 

「ミ、ミスリル……いや、オリハルコンを出そう」

「組合長!? い、いや《死者復活》が使えるなら相当だ」

 

周囲の冒険者が息を呑み。高位神官であるギグナルが驚愕、次いで納得の声を上げる。

エ・ランテルにおけるほぼ最高位の実力を持つギグナルとて第三位階までの魔法しか扱えないのだ。

決して破格の扱いでは無いと、地神の高位神官が納得する姿を見て多くの冒険者も納得した。

 

「おお! ふざけんな! ぽっと出の奴にオリハルコンだと」

 

だが、エ・ランテルに3つしか存在しない冒険者パーティ。

エ・ランテルにおける最高位であるミスリル級冒険者パーティの一つ『クラルグラ』のリーダー、イグヴァルジが声を上げた。

 

「反対意見があるようだな、組合長」

 

モモンの冷静な声を聞きながら、プルトンは周囲の冒険者の様子を窺う。イグヴァルジ以外は第五位階《死者蘇生》が使えるレギナの存在だけで、彼等にオリハルコンを与える事に納得しているようだった。それは、恐らく自分達の仲間に《死者蘇生》を使える者が存在すれば、自分達の万が一の保険となるとの計算も働いている事によるものだった。

プルトンはエ・ランテルに3つしか存在しないミスリル級パーティの一つとモモン達を天秤にかけた。答えは考えるまでも無かった。

 

「イグヴァルジ! お前は黙っていろ! 《死者復活》がどれだけ貴重か」

「なら、その女だけオリハルコンにすりゃ良いじゃねぇか! なんでそんなぽっと出の奴ら…」

 

イグヴァルジからすれば、自分達が夢見て、血と汗を流して、這い上がってきた階段を突然に横から現れた者が悠々と上に立つ。許せる事ではなかった。

どす黒い怒りと嫉妬で心が埋め尽くされる。滲み出る負の感情で叫ぶ顔は醜く見苦しい。

そのイグヴァルジの顔を見つめ、レギナが冷めた声で告げる。

 

「私が御二人より高位などありえません」

「ま、良く話し合ってくれよ。俺達はこいつらを休ませて、仇を討ってくるんだからよ」

 

イグヴァルジを歯牙にもかけない二人の言い草に、イグヴァルジは背後から殴りかかりたい衝動を必死で抑えた。

自分は英雄になるのだ。こんな衆人環視の中で背後から殴るなど行うべきでない。

だから、どす黒い感情に任せて唾を吐き、「けっ、そんな銀級を仲間とか」そう言うのに止めた。仲間など自分が頂点を取る為の道具だ。そんな弱い仲間を後生大事にしている奴が、自分の上であるわけが無いと自分に言い聞かせながら。

 

 

「……なんつった? おい、そこの? 今、なんつった?」

 

 

急に冷たい風が吹いたようで、イグヴァルジは身体を震わせた。

自分の言葉に感情的になったジョジョンへ、してやったりと嘲笑を浮かべる。

 

「はっ、なんべんでも言ってやるぜ。そん…な……カッ」

 

イグヴァルジの周囲から弾かれたように人が、仲間が逃げ出し、イグヴァルジは心臓を鷲掴みにされたように呼吸が出来ない。

自分の身に何が起こったのか理解できず、目を見開き、胸を押さえながら、ふらつきながらも意地で立っていた。

 

「さっき、モモンが言ったよな? 俺の弟子を傷つけた馬鹿野郎に、身の程を教えに行くってよ……お前も、馬鹿か?」

 

殺意の波動とも言える不可視の波動、殺気がジョジョンから放たれている。それはイグヴァルジの心臓を握り潰すような圧力を伴い、呼吸すら出来ず、視界にはジョジョンの姿しか映っていない。恐ろしいのに目を逸らす事も出来ず、動く事も出来ない。目を逸らせば死にそうだ。動いても死にそうだ。呼吸をしても死にそうだ。

 

恐怖で身動き出来ないイグヴァルジの前で、ペテルとルクルットを担いだまま、ジョジョンは片手の人差し指をゆっくりと上げる。そして、見せ付けるようにイグヴァルジの額へ近づけてくる。

 

何をするつもりなのか?

そんなものは決まっている。奴は人差し指で、自分を殺すつもりなのだ。

 

冷静に判断すれば、指一本を額に突きつけられた程度で死ぬ筈がない。けれども、その指は戦士の必殺の一撃よりも強く、自分を打ち砕く死の具現にしか思えなかった。そう理解してしまったイグヴァルジは、がたがたと震えながら、顔を左右に振る。死を告げる指がどんどん自分に近づいてくる。目を逸らす事も出来ない。視界の中には指が大きくなり、迫り来る死のように大きくなり、視界も意識も、死で、死の恐怖で一杯となる。怖くて怖くて、死にそうに怖くて、なのに怖すぎて意識を手放す事も出来ない。イグヴァルジの目からは涙、鼻からも水が、それに混じってアンモニア臭も漂い出す。

 

「……ジョジョン。君と言う魔法詠唱者を前に身動き一つ出来ない腰抜け戦士でも、冒険者としては先輩だ。初日から手荒な真似は良くないな」

 

漆黒の戦士の冷徹な声に死の指が姿を消す。

 

意識の空白。身体が空気を求めて、痙攣するように呼吸を再開し、その肺の動きに耐えられずイグヴァルジは自分で塗らした地面に崩れ落ちた。無様に這いずり、貪るように荒い呼吸を繰り返すイグヴァルジの頭の上から、漆黒の戦士に劣らず冷え切った声が聞こえた。

 

「馬鹿は死んでも治らないんだぜ。……《下位強制》『俺に害意を持つ事を禁じる』。大した魔法じゃない。逆らっても一寸ばかり頭痛がするだけだ。害はない」

 

そう言いながら、褐色の魔法詠唱者は魔力系第四位階魔法《下位強制》をイグヴァルジの指に一本ずつかけていく。

モモン、レギナ、ペテル、ルクルット、ダイン、ニニャと指1本につき、一つずつ《下位強制》をかけられ、変色した指を呆然と眺めるイグヴァルジ。

 

「第四位階の魔法……魔法詠唱者の方もオリハルコン級だぞ」

 

冒険者組合を訪れていた魔術師組合長テオ・ラケシルの呆然とした言葉に、プルトンは最初から3人へオリハルコンを出すと告げた判断が間違っていなかったと胸を撫で下ろす。

ジョジョンの魔法行使に、興奮したテオがプルトンへ解説をしてくれる。

攻撃魔法と違って精神に作用する魔法は相手の抵抗を打ち破らなくてはならない。イグヴァルジへ容易く何重にも《下位強制》をかける力は、ミスリル級のイグヴァルジが足元にも及ばない力を持っている事の何よりの証明だと言う。呼吸が落ち着くと、頭を押さえ、頭が痛いと、のた打ち回り始めたイグヴァルジの姿に溜息が出る。

だが、それでも立場上、一応は聞かねばなるまい。プルトンは意を決してジョジョンへ声をかけた。

 

「解いてやってはもらえないか」

 

ジョジョンの返答は吐き捨てるような声だった。

 

「悪いが、俺はそんな信用はできないな。こいつが頭が割れるとか言ってるのは、俺達を殺して遣りたいとかレギナを辱めてやりたいと考えてるからだぞ? 俺は害意を持つ事しか禁じていないんだ。俺達がいない者として振舞うか。俺達と普通に接するなら何も問題が無いんだぞ。で? 組合長、俺を殺して遣りたいとか、俺の大事なレギナをどうこうしてやりたいとか考えてる奴から鎖を外せって? こいつ、これでもミスリル級なんだろ?」

 

尤もな話だとプルトンも思う。どちらにせよ、第五位階と第四位階の使い手と引き換えならイグヴァルジも惜しくない。

ましてイグヴァルジと違い。この3人は漆黒の剣と言う銀級冒険者を弟子にしている。弟子はまだ増えるかもしれない。

なら、この街の戦力がそれだけ増えると言う事だ。力を誇り、自分だけが強者で良い強者と、その力を下位の者に分け与えるより上位の強者。

組織を預かるものとして、どちらが価値ある存在かなど考えるまでも無い。都市内での魔法行使?そんなもの犬にでも食わせろだ。

 

「頭痛以上の害は無いのか」

「ない。そこの魔法詠唱者に聞いてみたらどうだ」

「私には使えませんが、組合長。彼の言うとおりです」

 

プルトンはジョジョンへ向き直ると、真摯に深々と頭を下げた。

 

「不快な思いをさせて誠に申し訳ない。心からお詫びする。組合としてお詫びがしたい。貴方の弟子達の手当てもさせては頂けないか」

 

組織を預かる自分が冒険者に軽々しく頭を下げるものではないし、特別扱いもするものではない。それで調子に乗って要求をエスカレートされても限度があるからだ。

 

だが、プルトンには勝算があった。

 

自分が頭を下げ、自分達の非を認め、イグヴァルジを切り捨てても、周囲の冒険者達は損得でも感情でも、イグヴァルジを選ばない。

そして彼ら3人も、衆人環視の中であれば、粗暴に見えるジョジョンは兎も角、彼等のリーダーであり、騎士的な典範を精神に持つモモンなら、必ず自分の謝罪を受け入れるとの勝算が。

 

 

「ジョジョン、レギナ。組合長もこう言っている。一目見て実力を見抜けと言うのも酷な話だ。組合長の謝罪と好意を受け取ろうじゃないか」

 

 

「っち」わざとらしいジョンの舌打ち。「わかったよ、モモン」と頷くジョン。

「御二人の決定に従うっすよ」

 

モモンの言葉に勝利を確信したプルトンだったが、ジョジョンの舌打ちに自分は彼等に踊らされていたのでは無いかと一抹の不安を持った。

 

「組合長、貴方の謝罪と好意を受け取ろう」

「感謝する。モモン殿」

 

プルトンはもう一度。今度はモモンへ深々と頭を下げた。

 

 

/*/

 

 

《ちなみにあの冒険者、今後はどうなると思います?》

《下位強制を解除できないなら、パブロフの犬見たいに条件付けされて、俺達を見るだけで頭痛で苦しむか。俺達を見ても何も感じなくなるか。それとも俺達が視界に入らないよう無意識に行動するかじゃない?》

《それも興味深いですが、現地の人間としてはそこそこ実力もある方の様だし、適当なところで街を出たら攫って実験に使いますか》

《その辺りはお任せします。出来れば後顧の憂いを断つ為に処分しておきたいので》

 

 

/*/

 

 

組合の一室を借り、漆黒の剣を休ませたモモンガとジョンは別室と地図を借りて、ンフィーレアの探知を開始しようとしてた。

魔法行使の現場を見ようと必死に同席したがる魔術師組合長には、丁重に退出してもらった。

幸い《叡者の額冠》を使うつもりとの情報は漆黒の剣から得ている。そして《叡者の額冠》は以前、スレイン法国の神殿から入手している。今は手元に無く、ナザリックで能力の再現実験などに使われているが、モモンガもジョンも《物体発見》で捜索するのに不都合は無い。

 

ジョンが《偽りの情報》《探知対策》など十に及ぶ防御魔法を巻物から発動させた上で、《物体発見》を行使する。場所はやはり墓地だった。

 

そのまま他の魔法を行使し、現地の様子を確認する。低位のものしかいないが、良くこれだけ集めたと言う数のアンデッドの群だ。

モモンガとジョンは頷き合うと、扉を開け放って組合内で同じく待っていたリイジーへ、モモンガが大きな声をかける

 

「リイジー! 準備は整った。私たちはこれから墓地へ向かう!」

「地下水道は!?」

 

遠くから声が返り、組合長達と何事か話していたリイジーがバタバタと走ってくる。

 

「地下水道は偽装工作だ。本命は墓地だ。しかもアンデッドの軍勢付でな。その数は優に数千を超えている」

「なっ!」

 

「そう驚くな。私たちはその中を突破する予定だ。問題があるとすれば、アンデッドの軍勢が墓地の外に溢れ出ないとも限らない。……組合長、組合は何か出来ますか?」

 

リイジーの後ろから現れたプルトン達に墓地の封鎖。事の大きさをアピールする。騒ぎが大きければ、解決した時の名声は大きくなるのだから、出来るだけ大事に受け取ってもらわねば困る。

 

「シルバーいや、アイアン以上の冒険者をも動員して墓地を封鎖しなくてはならないだろう……。都市長にも連絡を!」

 

効果は劇的だった。驚愕し、一瞬で表情を硬いものに変えたプルトンはすぐさま冒険者の動員を決め、部下達へ指示を出し始める。

 

「話は終わりだ。時間が差し迫っているので、早速向かう」

「アンデッドの軍勢を突破できる手段を持っておるのか!?」

 

モモンガはリイジーを静かに眺め、次いでジョンへ視線を向けた。

 

「私には仲間がいるのだよ」

 

 

/*/

 

 

「あ、プルトン組合長。漆黒の剣も動けるようになったから、墓地の封鎖に使ってくれ。銀級ぐらいの役には立つ」

「……復活したばかりでは、生命力を失い実力が落ちていると聞いた事が…」

「金級ぐらいには使えるように鍛えたんだ。だから、まぁ、銀級程度には使えるさ」

 

ジョンは騒がしく部下へ指示を飛ばし始めたプルトンへ近づくと、騒ぎを聞きつけて部屋から出てきた漆黒の剣を指差しながら笑う。

 

「漆黒の剣は墓地から溢れ出すアンデッドを衛兵と協力して討伐しろよ。次に死んだら灰になると思うから、気張ってな」

実のところスキルで見た感じ、12Lv前後はありそうなので、もう一回ぐらいは死んでも大丈夫だろう。次は復活できないと告げられ、表情を強張らせた漆黒の剣へ「あと復活の代金は徴収するからな。稼いでこいよ」と、さらっと続けた。

 

「鬼! 悪魔! 師匠(マスター)! 払えるわけがねぇだろぉッ!」

 

ルクルットが叫び、ペテルの突っ込み、いつもの漆黒の剣の空気が少し戻ったようだった。

弟子達の恐怖と緊張を解きほぐすジョジョンの手腕に、プルトンは褐色の魔法詠唱者(ジョジョン)は、何処かで戦技教官でもやっていたのだろうかと考え、評価をまた一段引き上げた。

 

勿論、ジョンはかつての仲間達の真似をしているだけだったのだが。

 

 




カジッチャンとクレマンティーヌは第26話から逃げ切ったのだ。
7つの呪いを持つ男、イグヴァルジ……なんだろう。この胸の高鳴りは。

次回本編「第2部ED:そして誰かが伝説へ」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。