オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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クレマンティーヌさん強すぎ、。
特訓して多少装備を整えても、漆黒の剣とはレベル差が15以上はある感じです。

2015.11.25 17:10頃加筆修正クレマンさんの「見ぃつけたぁ」から「ペテルは後ろからの声に」の間に描写7行ほど追加。



第25話:届かなかったもの

 

 

モモンガ達と別れ、バレアレ家の工房へ薬草を片付けているンフィーレアと漆黒の剣の前に、母屋の中から現れた女は哂う。

愛嬌のある可愛らしい顔立ちが大きく歪み、悪意に塗れた笑顔は酷く醜い。そのままぺらぺらと目的を話す姿に、ペテルは警戒を強め、覚悟を決めた。

アンデス・アーミーとか言う第七位階の魔法で街をめちゃくちゃにする。その為にンフィーレアがいる。そんな事まで話すのは自分達をここで殺すつもりがあるからだ。

 

そして、師匠(マスター)の特訓を受けた今ならば理解る。

 

この女――クレマンティーヌの実力は、自分達の遥か上にある。

ミスリル級ぐらいまでなら分るようになったつもりだが、それ以上になると自分より強いとしか分らない。

 

だが、強いと分かるだけでも十分だ。分からなければ警戒すら出来ないのだから。

 

武器と盾を構えても身構えもしないクレマンティーヌへ、更に警戒を高めながら、ペテルは剣を持った腕を後ろに回してダインへ合図を送る。

ダインがクレマンティーヌから視線を外し、背後の扉へ向かったのが気配と足音で感じられた。

その間、自分はクレマンティーヌから視線を逸らさず、小さな動きも見逃さないと目を見開き続ける。

 

「ふーん。やるねぇ」

 

少し感心したクレマンティーヌの声に「遊び過ぎだ」との男の声が被さった。

背後の扉から病的に白く細い体を持つ男が姿を見せ、扉を閉じた事で、クレマンティーヌの今までのおしゃべりが包囲準備を整える為の仕込であった事がはっきりとした。

 

(…あれだけ師匠(マスター)に敵の立場に立って考えろと言われておいて、この様ですか)

 

いや、まだ終っていないとペテルは己を奮い立たせる。

クレマンティーヌは一人ぐらいなら遊んでも良いと言う。それはまだまだこちらを格下と侮っているからだ。

挟撃し、まだ襲い掛かってこないのは静かにンフィーレアを攫いたいからだ。

 

視線だけで、仲間達の様子を伺う。

 

緊張した面持ち、血の気を失った唇を噛み締めている様子。けれどまだ、恐怖に押し潰されてはいない。

自分達はまだ戦える。

 

特訓の最中、ニニャが師匠(マスター)()()()()()覚えておけと、取得させられていた()()()()()()()()()()()》。無詠唱化されたそれがこれほど使えるものだとは思っても見なかった。師匠(マスター)達はどれほどの対人戦の経験があるのだろうか。ニニャを経由して、自分の指示が仲間へ伝わっていく。目配せで確認し、努めて大きい声を出した。

 

「私達、漆黒の剣の最期らしいですね。皆、()()()()()()()()() ダインはそっちの男に。ルクルットは私達のバックアップ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

ペテルとダインがそれぞれクレマンティーヌとカジッチャンへ襲い掛かる。実力的には圧倒的に負けている。相手に損害を与える為ではなく、攻撃する事で相手の攻撃を制限し、防御しやすくする為の攻撃でしかない。

予想通りこちらを舐めているクレマンティーヌは2~3合は遊んでくれるようだ。それなら数秒間は生き延びられる。

 

「ンフィーレアさん扉に!」

 

ニニャの指示でンフィーレアがクレマンティーヌの背後の扉へ《閉門》の魔法を掛け、扉を閉ざす。

『扉に』との声にンフィーレアが逃げると警戒したクレマンティーヌが一歩下がり、ペテルの寿命がまた延びる。

 

部屋の扉は全て閉じられ、完全な密室になった。もう自分達の逃げ場も無い。

 

ダインと向き合うカジットは距離が近すぎた。更にダインへの誤射も恐れないルクルットの射撃を避ける為に無詠唱化した魔法で牽制するので精一杯だ。

彼らを舐め、肉壁となる弟子を連れてきていなかった事が仇と成った。

 

すかさずニニャが《霧の雲》を唱えて室内を霧で覆う。

「目隠し?」こんな狭い室内で、とクレマンティーヌの訝しげな声が聞こえるが、構わずンフィーレアが水をアルコールへ変える《炎の水》を唱えた。

粘膜を刺激する臭いに、カジットが「火の水だ! 火は使うな!」と叫んでいる。

 

 

漆黒の剣とンフィーレアは床に身を投げ出し、同時にペテルはジョンから貰った剣の発動コマンドを叫んだ。

 

 

「炎よ!!」

 

 

/*/

 

 

奇怪な匂いが漂う薬師達の街の一角で夜の闇を切り裂く爆音が響いた。

バレアレ家の建物の屋根の一部が吹き飛び、通り面した壁にも大穴が開いている。

そこから飛び出してきた5名ほどの男達が、「火事だ!」「人殺しだ!」「助けて!」口々に叫びながら駆け出していく。

 

少しの間をおいて、歯を軋らせながら若い女が「ふざけやがってぇ! カジッチャン行くよ!」と病的に細い男を伴って姿を見せる。

 

その瞬間、逃亡したと見せ、近くに伏せていたニニャから《クモの糸》が、ンフィーレアから錬金アイテムが襲い掛かり、強力な粘着物が二人を地面と建物に拘束する。

「なっ!?」

《クモの糸》は燃える。錬金アイテムと合わせて拘束される状態で火を掛けられては不味い。

クレマンティーヌとカジットは焦るが、漆黒の剣達は拘束された二人に目もくれず「火事だ」「人殺しだ!」「人攫いだ!」と、叫びながら、ンフィーレアを伴い逃げていく。

 

秘密裏に計画を進めたかった二人の思惑はここで潰されてしまった。

 

これでは、あの銀級冒険者で遊ぶ暇など無い。

急いで殺って、ンフィーレアを攫い。計画を急いで実行するしかない。

 

 

「糞がぁぁッ!!」

 

 

格下と思って舐めすぎた。

外見に惑わされず、こちらの実力、目的を見抜き、的確に叩かれたくないところを叩いてくる。

身体能力は自分よりも遥かに劣るが、プレートに見合わない戦闘巧者だ。油断して良い相手ではない。

 

身をくねらせ、拘束から逃れようと力を振り絞る。複数の拘束手段が使われているが、自分なら1分も掛からずに脱出できるだろう。

 

「私はあいつらを殺って攫ってくるよ。カジッチャンは拠点に戻って儀式の準備をしてちょうだい」

「分った。お主が脱出した後、魔法で身を焼いて儂も脱出しよう。拠点で待つ」

 

 

/*/

 

 

時間にして1分ほどを忌々しい銀級冒険者に奪われたクレマンティーヌだったが、この時点ではまだ悲観などしていなかった、

一当てして理解(わか)ったが、実力的には金級に迫るが銀級を出ない。

先ほどの我が身を省みない連携、こちらの目的を知って焦らせる遣り方は見事だが、身体能力も戦闘技術も圧倒的に自分が上回る。

武技《疾風走破》などを使って本気で追跡すれば、あっという間に追いつく事が出来るだろう。

 

「…こっち!」

 

曲がり角、家々の隙間の細い路地から先ほどの男装していた魔法詠唱者の声が聞こえてくる。

にたり、と笑って路地に飛び込み……先ほどの《クモの糸》などを警戒し、大きく跳躍し、上から回りこむ。

 

「…きた!」

 

声の元に嗤って着地すると、そこには地味な音声再生魔法をかけられ、一定の間隔で「…こっち!」「…きた!」と、声を再生する箒が2本立て掛けられていた。

 

 

「糞がぁぁッ!!」

 

 

クレマンティーヌの精神は一瞬で沸騰し、手玉に取られた怒りで箒を蹴り折る。

なんだこれは?

なんだこの冒険者達は?

 

どうしてこれほど、格上をいなし、遅滞戦闘を行える?

 

風花の手の者か?――いいや違う。

陽光聖典?――戦闘の癖が違いすぎる。

 

これは少数対少数での対人戦を知り尽くした者に、教練を受けたような行動だ。断じて冒険者の戦い方では無い。

 

クレマンティーヌはあちこちから聞こえてくる「人殺しだ!」「人攫いだ!」と、叫びながら走り回る浮浪者の声に、ギリッと歯を食い縛った。

小金でも握らせて騒ぎを起こさせているのだろう。一人二人捕まえても、そこから精々どっちへ向かったか程度の情報しか手に入らない。

その間にあの銀級達は遠くへ逃げていく。

 

袋のネズミにしたと思ったら、逆に閉鎖空間である事を利用し、部屋を爆破し壁から脱出。

そこから追ってくるよう思考を制限し、拘束魔法とアイテムを使用。一度、火で爆破しておき、火を使うと思わせ《クモの糸》ごと、焼かれると焦る虚をついて逃げの一手。

こちらが隠密に事を進めようとした事から、拘束から逃れるまでの数分で撹乱をしかけ、騒ぎを起こす。

 

これでカジットは拠点へ戻り、儀式の準備を急ぎ、脚の速い自分が急いで銀級達からンフィーレアを奪わなくてはならなくなった。

 

人類種最強の戦士の一角を自負するクレマンティーヌであったが、この騒ぎの中から先ほどの冒険者を見つけ出す捜査探知に長けた能力は持っていない。

ぎりっと奥歯をかみ締める。……小賢しい。直接相対すれば一撃で殺してやるものを。

それを承知の上で、あの銀級達は小さな時間稼ぎを積み上げているのだろう。

 

自分の調べた強者の情報に漏れがあったのか。いいや、あの冒険者は間違いなく銀級だ。しかし、何者かに対人戦の教練を受けている。

だが、野に遺賢無し。あの程度の銀級に教練をつける、つけられるような存在が、これまで裏でも表でも名も知られず存在できるわけがない。

 

もし、もしもの話をするのであれば、銀級程度の冒険者に教練をするような強者は周辺諸国に存在していなかった。昨日今日、突如として出現した謎の強者を自分が知らないなら、あちらもこちらを知らない可能性が高い。

 

クレマンティーヌは追っ手の掛かっている身であるから、街に出入りする強者と思しき者の情報は《魅了》した情報屋から取るようにしていた。

 

白銀の大魔獣を従えた漆黒の戦士。巨大な聖杖を背負った法国の修道女(シスター)のような服装の美女。褐色の戦士にしか見えない魔法詠唱者。

白銀の大魔獣はトブの大森林の賢王と魔獣が自身で話していた。そのような伝説の魔獣を力で従え、あまつさえ"黒くて丸い円らな瞳が可愛い"などとほざく狂った感性は、クレマンティーヌのクソ兄貴ですら持っていない。

 

その3人はンフィーレア・バレアレと街に入り、組合で別れたが、街に入るに当ってンフィーレア・バレアレが身元を保証したと言う。

身元の保証までして、偶々同行したなどは有り得なかった。だからこそ、彼らが別れたタイミングで強襲したと言うのに。

 

銀級とは思えない立ち回り、あの冒険者はその3人の手の者と考え、間違いない。

ならば、あの銀級はンフィーレアにつけられた警護の冒険者。不自然なあの3人もンフィーレアのタレントに用があると考えるべきだ。

 

その3人は何処にいる? いま何をやっている?

 

冒険者組合で冒険者登録と魔獣の登録を行っている。

ならば銀級達は、強者である3人の下に警護対象であるンフィーレアを連れて行く筈だ。

 

分の悪い賭けになるが、組合近くに先回りし、銀級共を一気に殲滅。ンフィーレアを確保するしかない。

銀級達がこの騒ぎに乗じ、街の中で身を隠してしまったら、もう自分には手の打ちようがないのだ。

 

 

その場合はカジットを捨駒()にし、エ・ランテルから脱出する。

 

 

/*/

 

 

「行ったか?」

「もう少し待て」

 

クレマンティーヌが立去った路地の奥から微かな声がする。

細い路地の一つを最下級の幻影で壁に見せかけた中で、漆黒の剣とンフィーレアは息を殺して潜んでいた。

音声再生魔法など、ニニャもンフィーレアも使えない。

 

だから、ニニャが取得している声を遠隔で発声させる《腹話術》を用いて2本の箒へ音声再生魔法を込めた様に見せかけ、それを囮にして更に身を潜めていた。

 

ペテルとルクルットは囁き声とハンドサインでクレマンティーヌが向かった先を警戒し、ダインは背後を警戒している。

魔法詠唱者であるカジッチャンと分断できて本当に良かった。

クレマンティーヌの側に野伏や盗賊などの探知に優れてた者、魔法に長けたカジッチャンがいないのも幸運だった。

 

「……駄目です。繋がりません」

 

メッセージで師匠(マスター)へ連絡を取ろうとしたニニャだったが、どうにも上手く繋がらなかった。

それがジョンが無意識でレジストしているのか、展開しているであろう防御魔法の影響なのかまでは、ニニャには分らなかったが、繋がらない事だけは事実だ。

 

どうするか?

 

自分達は待ち伏せされていた。

狙いはンフィーレア。自分達ではクレマンティーヌに数秒時間を稼いで殺されるだけだ。

 

「…組合に向かおう。師匠(マスター)達と合流するんだ」

 

ペテルの判断に漆黒の剣とンフィーレアは頷いた。

 

自分達では守りきれないだろうが、師匠(マスター)達なら守れるだろう。

圧倒的な強者に追われている状態では、戦力の集中と言う意味でも間違いは無いと思えたのだ。

 

 

/*/

 

 

「見ぃつけたぁ」

 

組合を目前に後ろから聞こえた声。ペテルは自分の失敗を悟った。

追いつかれた。

 

日も暮れ、夜に賑わう花街などをのぞいて人通りも減った街の中、5人でぞろぞろ歩けば目立つ事この上ない。見通しの良い大通りを避け、細い路地を渡ってきた。

浮浪者達に小金を掴ませ、騒ぎを演出させていたが、何時までも続ければ騒ぎの基点から自分達の逃走経路が露見してしまう。続く火の手も薬師街から上がったわけでもないので、騒ぎは遥か後方に去り、既に静まりつつあるのかもしれない。

 

あと、幾つかの角を曲がり、大きな通りに出れば組合は目の前だ。

 

この時間、組合に残っている冒険者は少ないだろう。万一、師匠達と入れ違っていたらと恐れもある。それでも組合長などは嘗てはミスリル級冒険者だった筈だ。魔法詠唱者も何人かいるだろう。最悪でも自分達よりは戦力がある筈……そう思って進んできたのに。

 

追いつかれた。

 

ペテルは後ろからの声に追いつかれたと判断したが、クレマンティーヌは経路を予想し、待ち伏せしていたのだった。

奇襲せずに進ませてから声をかけたのは、彼等の選択肢を制限する為。

 

ゆっくりと見せ付けるようにスティレットを抜くクレマンティーヌの姿に、覚悟を決めた顔でペテル、ルクルット、ダインがその場に残り、ニニャがンフィーレアを伴い組合に向けて駆け出す。

 

そうだ。それで良い。

 

それを見たクレマンティーヌの笑みが更に大きく裂ける。

自分(クレマンティーヌ)が道を塞げば、彼らはまた時間稼ぎの撹乱を仕掛け、姿を隠してしまう。

それでは勝負が着かない。目的が達せられない。

 

だが、自分(クレマンティーヌ)が背後から現れればどうだろう?

 

彼らは自分(クレマンティーヌ)の足止めをし、もう見えそうな組合…強力な庇護者がいる場所へ、一目散に駆け出したくはならないだろうか?

 

絶望的な実力差から、戦えば自分(クレマンティーヌ)が勝つ。

彼らが戦闘を選択した時点で自分(クレマンティーヌ)の勝ちは決まったのだ。

 

嬲り殺しに出来ないのは残念だが、自分をコケにしてくれた銀級冒険者。これを最後に自分の思うよう誘導できた事で良しとしよう。

 

口が裂けるのでは無いかと思われるほど、大きく三日月のように裂けた笑みを浮かべ、〈疾風走破〉〈超回避〉〈能力向上〉、三つの武技を同時展開し、能力を大きく引き上げる。万が一の反撃に備え、〈不落要塞〉などを起動する余裕もある。今度こそ一撃必殺で一人ずつ片付ける決意で、クレマンティーヌは突進を仕掛けた。

 

 

/*/

 

 

見える。

こちらを突きにくる鈍く輝くスティレットも、踏み込む足も、三日月のような裂けた笑みも、見える。

これなら、避けられる。

避けられる筈だ。

 

なのに、身体が重い。

見えてるのに、分っているのに、動かない。

いや、動いてはいる。

 

動いてはいるが、自分の身体はこんなにも重かったか? 遅かったか?

 

盾は? 間に合わない。

剣は? 間に合わない。

 

鎧の継ぎ目、喉元を狙ってくるスティレットの一撃――これは、死んだ。

 

空気が冷水に変わったように血の気が引く。間延びした時間の中、それでもペテルは笑った。

自分は今、ここで死ぬ。

 

だから、どうした。

 

死ぬならば、1秒でも長く仲間を守り、ンフィーレアとニニャが逃げ延びる時間を稼いで死ぬだけだ。

例えこの一撃に生き残っても、ンフィーレアとニニャが逃げ延びる時間を稼いで戦うだけだ。

 

する事は――何も、変わらない。

 

相手は軽戦士。剥き出しの腹に一撃を。手傷を負わせれば、脚も遅くなる筈。

避けられないなら、避けなくて良い。

奪われる生命なら、奪わせれば良い。

手傷を、時間を、避けられなくても、見えてはいるのだ。

 

スティレットが喉元に届く。これが根元まで刺さった時、自分の剣は相手に届くかどうかだろう。

 

少しでも時間を――。

 

 

〈要塞〉!

 

 

クレマンティーヌが自信を持って放った一撃は、全力の一撃では無いにしても、銀級冒険者を一撃で殺すには十分な速度と威力、命中箇所だった。

全身鎧の喉元。稼動するパーツが集中する装甲の薄い部分。例えこの地味な鎧がミスリル製でも自分の一撃は余裕を持って鎧を打ち抜ける。

 

遊べなかった事を残念に思う気持ちと、自分をここまで翻弄してくれた格下へのどろりとした怒りを、この一撃に反応も出来ずに死んでいく戦士の無念さで、少しは晴らせるだろうと思っていた。

 

ずぶり、と全身鎧の薄い部分を貫き、戦士の喉元へ突き刺さっていくスティレット。

 

その感触がやけに重い。柔らかい肉ではなく、硬い土へ突き刺しているような感触に、クレマンティーヌは驚きと怒りを燃え上がらせた。

 

(喉元で〈要塞〉!?)

 

武技〈要塞〉は〈不落要塞〉と違い、吸収できる威力衝撃が少ない。

クレマンティーヌの攻撃力であれば、十分に貫いて致命傷を与える事が出来るだろう。

だが、これでは即死させられない。そして、致命傷に十分な深さまで刺さる時間が、ほんの瞬きほど伸びる。

 

ペテルは己の生命を差し出し、瞬きの時間を手にし、それを使ってクレマンティーヌの腹を狙い突きを放つ。

 

自分の生命と引き換えに、僅かな手傷を与えようと割り切ったペテルの行動、覚悟に、クレマンティーヌは僅かな恐怖を感じ、恐怖を感じた自分に激怒した。

この自分が、人類最強の一角を謳う自分が。

遥か格下の銀級冒険者如きに、一瞬でも、僅かでも、恐怖したなど許せるものか。

 

《マジックアキュムレート/魔法蓄積》解放。

 

スティレットに込められた《雷撃》が傷口から体内へ叩き込まれ、暴れまわり、ペテルをスティレットのダメージと合せて殺してしまう。

 

それで尚も、惰性で繰り出される剣を身を捻ってかわし――僅かに掠った剣が、クレマンティーヌの白い肌に薄く赤い線を引く――小剣を抜いたルクルットを突くと同時に《マジックアキュムレート/魔法蓄積》解放。《火球》も加え、一撃で殺す。

怯まずメイスを振り下ろしてきたダインの一撃を問題なく捌きながら、虚空に曲線を描いたクレマンティーヌの回し蹴りがダインの首をへし折った。

 

ンフィーレアを逃がそうと振り向きもせず、見事な逃げっぷりを見せる魔法詠唱者(ニニャ)に本気の走りで追いつき、背後から殴りつけると背骨から危険な音を立てながらニニャは吹き飛び、倒れて、動かなくなる。

 

ほんの僅かな時間で警護の冒険者がやられ、その恐れか驚愕かで脚を止めたンフィーレアへ、クレマンティーヌは僅かな安堵を感じる。

 

これで、この少年まで教練を受けていたとしたら、悪い冗談だ。

自分の常識は何処に行ったのかと疑うしかない。

 

 

「は~い、ボクぅ。鬼ごっこは終わりよ。お姉さんのお・ね・が・い、聞いてくれるかしら?」

 

 

眼だけはまったく笑っていない笑顔で、三日月のように口を歪め、クレマンティーヌはようやく捕まえたンフィーレアへ哂いかけた。

 

 




次回本編「第26話:私には仲間がいるのだよ」

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