オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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ほのぼのとは目指すものッ!
目指すと言う事は! 乗り越えるべき障害があると言う事ッ!!
障害とは! 行動すれば勝手に目の前に現れるものッ!!!

2015.11.8 00:08頃 最後の方「ルプスレギナは感心したように笑い。それから真面目な顔を~」の後ろ側がイメージに合わず文章を差し替えました。
2015.12.01 誤字修正


第21話:何を隠そう! 俺は特訓の達人だ!

 

 

カルネ村の農地は元々その貧弱な道具の為、耕すだけでも1~2ヶ月掛かってしまっていた。その為、スキ入れの順番待ちによる種蒔の時機のバラつきが避けられず、その影響を受け難いよう耕地と休耕地、所有者が複雑に入り交じる細切れの状態だった。

これを人口が減っているのと、しばらくはナザリックからの援助で凌ぐ事にし、耕地を大きくまとめ一度に耕せるようにしてしまう事にする。

 

通常の(?)内政物と違い。最初からチート級の強大なバックアップがあればこその力技だ。

 

いずれは牛に引かせるスキも作るが、今回は農具の粗末さ故に、これまで十分に耕せなかった土を柔らかくする。

休耕地全体を深さ3mほど掘り返して、土に空気を取り込み、ふっかふかにする事にした。

 

「ぃよッしッッ!!」

「リーダー! 頼むぜ!!」

 

《チーム時王》における重機担当とは『重機並みに働く担当』略して、重機担当である。

 

気合十分のジョンは休耕地の前で腕を胸にすぱーん、すぱーんと打ち付け、マッシュとナーガンは等間隔に深さ3m程の縦穴を掘っていく。

肉体武器である爪を伸ばした腕でマッシュとナーガンは穴を掘っていく。狼そのものが穴を掘る習性があるので、皆、穴を掘るのを楽しんでいるようであった。

幾つか縦穴が掘れたところで、ジョンは縦穴の中に飛び込む。ここから今度は次の縦穴まで横方向に土を柔らかくしていくつもりだった。

 

「ふん!」

 

縦穴の底で、ジョンは壁面に向かって正拳突きを放つ。

衝撃が伝わり、地面は波打ちながら隆起し、隣の穴まで衝撃が走った。次いで、正拳を打ち込んだ壁面は爆発する。

火事におけるバックドラフトのようにジョンに向かって壁面が襲い掛かり、「あ」とジョンが間抜けな声を上げている間に縦穴は崩れ、ジョンは生きたまま畑に埋葬された。

 

「……リーダー?」

「何やってんの?」

 

マッシュとナーガンが、ジョンが生き埋めになったあたりへ恐る恐る近づいていく。

同時に、どんッ! と地面が爆発し、地中からジョンが飛び出してくる。

着地し、土塗れになった全身を振るって土を飛ばすと「あー、びっくりした」と能天気に笑い出す。

 

「びっくりしたのはこっちだ!」

「今度は何始めたのさ?」

 

「いや、せっかくだから。打ち込んだ打撃の衝撃を内部に浸透拡散させる特訓をしようと思って」

 

それを聞いて、マッシュとナーガンはまたかと溜息をついた。

 

(特訓かー。リーダー、前からダーシュ村開拓の時に(ゲーム的に効果は無いのに)動作に何かを取り入れては、特訓と称して笑いを取ってたもんなー)

 

ナーガンは波打ち、隆起した地面を見る。屈んで手に取り、崩して土の状態を観察した。

耕すのとは違うが、固い地面はバラバラになって十分に空気を含んでいる。

肥料は後ですき込む予定なので、…まあ、リーダーの好きにさせても良いだろう。

 

 

「じゃあ、リーダー。俺達は縦穴掘ったら、ヤーマに合流して家畜小屋の増設をしてるよ」

 

 

日々これ特訓と言い出し、開拓初日から『アイアン・ナチュラル・ウェポン』『アイアン・スキン』を常時展開しっぱなしのジョンを休耕地に残し、マッシュとナーガンは家畜小屋の増設に向かう。

以前から、そんな事をやっても効果が無いと言われ続け、その疲労で格下に負ける事もあったのに、どうしてそんな事をするのだろうと首を傾げながら。

 

ジョンに聞けば現実になったのだから――ゲーム時代からやっていたのは置いといて――、スキルを常時展開して身体を慣らして打ち込みを練習するのは、決して無駄では無い。立派な特訓だ、と胸を張って答えただろう。

だからこそジョンはあえてやってないが、畑の土造りなど本来はマーレに頼むと魔法で一発解決。重機要らずである。それを何故やらないと重ねて問われれば――。

 

 

何故なら、その方がカッコイイから。

 

 

/*/

 

 

現在のカルネ=ダーシュ村は騒がしい。

その騒がしさは何かを打ち込むような音や、力をあわせる掛け声等、普段であれば絶対に聞くことの無い音ばかりか、地面を揺らす振動と地面からも響いてくる。ドーン、ドーンという音まであった。家屋を建て直し、畑を手入れしなおして、生き残った村人達は何とか来年の春を迎えようと、これから夏となる今から復興に全力を尽くしていた。

 

村の防備を固める為に、取り敢えず《チーム時王》が立てた柵と見張り台。その見張り台に立つ大人も足りず、現在は子供たちが交代で見張り台に立っている。

 

「来たよーっ!!」

 

見張り台の上から子供の明るい声が響く。

森を抜け、村に向かって進んでくる漆黒の鎧を纏った戦士。

その背後には周囲の廃村から集められた家畜が大人しく歩いている。

 

牛、羊、鶏それぞれを全て合計しても十数頭にしかならないが、21世紀なら兎も角、そもそもカルネ村では家畜に冬を越させる飼料を用意する能力がない。

 

ラップフィルムを用いたロールベールラップサイロによって牧草を長期保存する方法があるが、それはラップフィルムと重機を用意できる文明があっての事だ。

だが、昔ながらのサイロを建築できれば飼料を保管し、飼育できる数を増やせる。

勿論、《チーム時王》はサイロ建築も行える。それでも建築し、十分な飼料を確保できるようになるまでは、ナザリックから食料支援を受けて、家畜を維持する必要があった。

 

今後、実際にどの程度の牧草が確保できるのかが問題になってくる。

 

地球であれば、このぐらいの発展度合いの場合は家畜は森に放牧して、森の恵みで育てるのが基本になる。

しかし、この世界では森は人間の領域でない為、森に家畜を放牧するなどの手段が取れず、森の恵みの恩恵が受けられない為に十分な飼料が用意出来ず。

結果、豚などの食肉家畜が少ないようだった。

 

カルネ村では猟師が獲物を取れた時に肉が食える程度であったと言う。

 

そう言った点を農業生産力と合せて考えると、この世界の人間は地球の人間と比べると、必要とするカロリーが少なくても生きていけるのかもしれない。

 

今回の殺戮劇で、他にも廃村に追い込まれた村が3~4あるようであったが、デスナイトが死体を媒介にする事で召喚時間が無制限になった事から、廃村に放置されていた死体の利用価値が上がった。その為、アンデッド召喚実験用にシモベ達を使ってモモンガは死体を集めさせたが、そのついでに主を無くした家畜をかき集め、放置されるだけになった作物を刈り取らせ、カルネ=ダーシュ村へ運ばせていた。

 

アウラ、マーレの作業が数日遅れたが、モモンガはそれほど気にしなかった。

それよりも久しぶりに仲間(ジョン)と共同で何かをやれる事が嬉しく、楽しかったのだ。

 

 

周囲の廃村から物資、家畜を集めてくる漆黒の戦士モモン、闇妖精の双子アウラ、マーレは《チーム時王》の仲間、友人として村に受け入れられていた。

 

 

村の中に入ると漆黒の戦士モモンはヤーマとコークスが増築している家畜小屋へ向かい村人へ家畜を引き渡す。

集めて何台かの馬車に分けて運んできた作物も引渡し、馬だけはアイテムで呼び出した動物の像(スタチュー・オブ・アニマル)なので像に戻して回収する。

作物は村人達とマッシュとナーガンが協力して、家畜小屋の隣に出来ている()()()()()()()()()()()()()()へ運び込んでいく。

 

モモンガが魔法で建築したものだった。その時の事を思い出し、モモンガは苦笑した。

 

 

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その塔型サイロが魔法で建築された瞬間、ジョンを含む《チーム時王》は膝から崩れ落ちて、大地を叩き、モモンガは「え?」と驚愕した。

「作りたかった」「塔型サイロ、作りたかったのに」「泣くな、良かれと思ってくれた事だ」「せめて繋ぎの保管場所でも用意していれば……」

崩れ落ちた《チーム時王》を呆然と見ていると、ジョンが立ち直り戻ってくる。

 

「あー、モモンさん。ごめんね。作ってもらって助かったよ。ありがとう」

「私の方こそ、すみません。先に確認すれば良かったですね」

 

わざわざ、《上位物品作成》で鎧を着ている際に使える数少ない魔法に、クリエイト系を入れてくれたのだ。

残念ではあるが、礼を言わねばならないとジョンは、いち早く立ち直っていた。

そのまま社会人らしく、いえいえ、どーもどーもと遣り合う人狼と漆黒の戦士。

 

「しかし、本当にクリエイト系の魔法は便利になりましたね」

「もう、モモンさん一人で何でも出来るんじゃないかって気になってくるよ」

 

人狼と漆黒の戦士は笑いあうと、「それでは私は戻ります」と漆黒の戦士は手を振って教会に入っていく。

そのモモンガの後ろ姿へ村人達は祈りを捧げていた。その村人の姿にジョンは内心、冷や汗を流す。

 

(モモンガさん。村人達に神様の御使いとか化身とか、何かそんな風に思われてるよ)

 

正体を隠して村へ物資輸送に来る割に、帰りは教会の鏡経由で帰っていくモモンガ達。

村人達が自分達に理解できる範囲で理解した結果、神様アインズ・ウール・ゴウン様の御使いや化身に違いないとの解釈に落ち着いたようだ。知らぬは本人ばかりなりだ。

アウラやマーレは、そんな村人達を見て、取り敢えずは合格と言った風に頷くと、漆黒の戦士の後を追って教会の中に消えて行った。

 

また、村の外周に《石の壁》を建てようかとモモンガが尋ねたところ、ジョンはさんざん悩んだ末にモモンガにお願いしてきた。

 

モモンガとしては、村の外周を石壁で囲うのは自身の目的の為に必要な事であったので、断られても最終的には理由をつけて行うつもりだった。

だから、ジョンが散々悩んだ末にお願いしてきたのは願ったり叶ったりだ。

 

その時の(一部に)悲壮感漂う《チーム時王》のやり取りは酷かった。

「石壁をつくるのに近くに石材を取れそうな場所が無い」「石切り場を開拓して、石を切り出すところからやりたかった」「5mの立方体に切り出して、山から担いでくれば良い特訓になりそうだったのに……」

 

「いや、まてリーダー。石の比重は2.65~2.8ぐらいあるんだぞ?」

「5m四方で切り出したら、330~350tとかになるぞ?」

「リーダーが良く言ってた仮面ライダーとかなら持てるの?」

「仮に持てても、リーダー何歩歩ける?」

 

「350t! すげぇぇ! これが持てたら…俺は、俺はスーパー1よりパワーがあるって事だよなッ!!」

 

「「「「……モモンさん、よろしくお願いします」」」」

 

重機もあれば、あったに越した事は無いと思うのだが、それはアウラ達に建設させている方で全部使って良いと言うし、ジョンの自分ルールは良く分らない。

そもそも筋トレとか効果あるのだろうか? スーパー1ってなんだ? 良く分らないが、この単純さは見習いたいと思うモモンガだった。

 

 

そんな回想から現在に意識を戻し、サイロに作物を運び込んでいる様子を見る。

 

 

サイロの中では酸素不足で村人が死ぬから、中に入る時は呼吸不要のアイテムを持ったものが作業にあたると《チーム時王》が言っていたが、酸素が何故不足するのだろう? 後でジョンに聞いてみよう。簡潔に教えてくれれば良いが。

そう自分のマジックアイテムの説明を棚に上げ、モモンガは思っていた。

 

馬が切り離れた馬車から作物をサイロに運び込むマッシュ? ナーガン? モモンには区別がつかないのだが、村人達は区別がついているのだろうか。

正直、ペストーニャとジョンぐらい見た目や色が違うのなら区別もつくのだが、と思いながらモモンガは彼等に声をかける。

 

「すまない。ジョンさんは何処にいるのかな?」

 

マッシュとナーガンは顔を見合わせ、「あー」と頭を掻いて答え難そうに話し始めた。

その動作がジョンにそっくりで、モモンはNPCは創造者に似るのだなと納得した。

 

「リーダーは休耕地を耕してるんだけど……」

「正拳突きの衝撃を、内部に拡散浸透させる特訓もするって……」

 

 

「「……パンチで畑を耕している」」

 

 

「なんじゃ、そりゃ?!」

 

精神作用効果無効がありながら、素に戻って間の抜けた声を上げてしまったのは仕方ないだろう。

先程から気になっていた地響きはそれか?

いや、だが、畑ってパンチで耕すものなのか?

 

モモンの内心は疑問符で一杯だったが、申し訳なそうにしている二人を問い詰めても仕方ないだろう。現地で自分の目で確かめてみよう。

マッシュとナーガンに礼を言うと、モモンガは休耕地へ足を進めた。

 

 

休耕地に着いたモモンが見たものは、波打った地面。爆散した地面。砂のように粒子が細かい地面。砂が噴出したような跡もある。

全体的に地面が周囲よりも盛り上がっており、下手に踏み込むと足を取られそうだ。

 

「ジョンさん!」

 

声をかけると同時に、くぐもった爆音と地響き。ボコッと地面が浮き上がり、空気を吸い込む。

そちらへ目を向けると休耕地に碁盤の目のように掘られた縦穴からジョンが跳び出し、隣の穴に着地した。

 

再び、くぐもった爆音と地響き。

 

どうやら、こちらの声は聞こえていないようだ。

モモンガは溜息をつくと、ジョンの潜っている穴に手を向け、タイミングを計って突っ込みようにセットしてある火球を打ち込んだ。

 

「もべらぁッ!!」

 

跳び出す瞬間を迎撃され、再び穴に落ちるジョン。そして火球の爆発で崩れる縦穴。

モグラ叩きと言うのだったか、とモモンが見ていると、『どんッ!』と地面が爆発し、地中からジョンが飛び出してくる。

着地し、土塗れになった全身を振るって土を飛ばす。

 

「えーと、モモン…さん? どうしたの?」

 

漆黒の戦士姿の時はモモンと呼んでと頼んでいるので、モモンガと呼びかけて訂正したのだろう。

 

「ジョンさん、冒険に行きましょう!」

「は?」

「ジョンさんばっかり開拓で楽しそうです!」

 

城塞都市エ・ランテルまで行けば、冒険者組合があり、この世界の冒険者がいる。

パンドラにまとめさせた報告書にジョンも目を通していたので、モモンガの言いたい事もわかる。

 

「あのーモモンさん? 俺、開拓始めたばっかりなんだけど」

「俺も冒険したいです。『また、一緒に冒険しましょうね』って言ったじゃないですかー」

 

ここでその話を持ってくるか。いつかは言ってくるだろうと思っていたが、開拓を始めて一ヶ月もしない内に言ってきた事にジョンは困った。

そのまま漆黒の戦士モモンは、ずびしとジョンを指差し、高らかに告げる。

 

 

「チーム時王も無制限召喚になったんだから、開拓はジョンさんがいなくても進むじゃないですか!!」

 

 

「え? 何その本末転倒」

「でも、俺にはジョンさんしかいないんですよ」

 

 

「ってっちょ、触媒召喚はこの為の伏線かッ!? いや、それよりも! 告白は止めろぉッ!! ウ=ス異本にされるぅッ!?」

 

 

確かにあの時、神秘のアイテムから目を逸らす現実逃避に、デスナイトからサポートキャラクター召喚に話が流れたけれど、モモンガはここまで計算の上で自分に話をふっていたのか。その神算鬼謀にジョンは戦慄を覚えた。

なんと言う。孔明の罠。

 

「俺との約束より、開拓を取るんですね」(ノД`)シクシク |д゚)チラッ

「(;´∀`)…うわぁ…」

 

全身鎧で泣き真似から、チラッは止めろよ……と言うか、モモンガさん。あんた今日は飛ばしてやがるなーと、現実逃避しながらジョンは思う。

 

長いユグドラシル時代にも、モモンガにこれほど振り回された事があっただろうか。いや、無い。

自分達がモモンガを振り回す事はあっても、自分がモモンガに振り回された覚えはとんと無い。

 

 

カルネ村で神様RPした後に《一緒に冒険するのでしょう? ふふ、一度、ジョンさんを振り回して見たかったんですよね》とか言っていたが、振り回すのが、あの時の神様RPの事だと思っていた自分が恥ずかしい。

 

 

まさか、弾けたモモンガさんがここまで出来る子だったとは……ギルメンにもぜひ見せてやりたい。

これなら、るし★ふぁーさん辺りにだって「モモっち、ツマンネ」とダメ出しされる事もないだろう。

 

 

「エ・ランテルまで行けば、猫もきっといます。それに『何でもする』って言いましたよね?」

「うぐぐぐ、まさかモモンガさんが負債を回収に来るとは……」

 

 

唯一サペトンが時間無制限召喚できない事にまで付け込むとは……城塞都市ぐらいの規模になれば、確かに猫ぐらいいるだろう。

これは陥落せざるを得ない。

 

ジョンはモモンガの前に、どさりと膝を突いた。

 

 

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前回のNPC達が呼ぶところの至高の晩餐会から7日。

 

再び開催された晩餐会に料理長と副料理長は存分に腕をふるい。至高の御方々に仕える喜びを味わっていた。

今回はヴィクティムとガルガンチュアを除いた全階層守護者が参加していた。

 

食後のダーシュ村攻防戦の動画鑑賞も終え、モモンガの部屋より退出した者の内、ジョン、デミウルゴス、コキュートス、セバスは副料理長のショットバーにいた。

落ち着いた照明に照らされた静かな室内。

ジョンは一杯目のブラッディ・マリーを飲み干し、次にスクリュー・ドライバーを副料理長に頼んだ。

 

「お好みに合いませんでしたか?」

「ん? いや、俺の気分の問題かな。……うん、トマトよりはオレンジの方が良いな」

 

辛口にステアされた橙黄色のカクテルを一口含み、柑橘類のさわやかな酸味とウォッカの癖の無い酒精をオレンジの太陽のような甘味が包み込んでいる。

ジョンは満足気に一息つくと、ちびちびとカクテルを楽しみながら、先程の動画のワールドチャンピオン・ヨトゥンヘイムについての会話に戻る。

 

コキュートスとセバスは直接戦う者として興味津々であり、デミウルゴスの笑顔は、その下に先週のセバスと同じものをジョンに感じさせていた。

 

「デミウルゴス、お説教は勘弁してくれよ? 先週もセバスに叱られたばかりなんだ」

「! カルバイン様。至高の御方にそのような……いえ、君にしては上出来だ、セバス。たとえ後に死を命じられようとも、至高の御方の為に行動し、尽くさなくてはね。カルバイン様、至高の御方に意見する愚かな私を……」

 

デミウルゴスの言葉を遮ってジョンは笑う。

 

「お前のそう言うところ、ウルベルトさんにそっくりだよ」

 

恐縮するデミウルゴスの姿に、なんだかんだと言って仲間思いであったウルベルトの姿が見える。

そんな守護者達へ、気の置けない会話を楽しみたいのだから、この場では普段よりも気安く接しろとジョンは命じる。

群で下位にあたる彼等にはお願いよりも、命じてやる方が彼等も動き易いのだとジョンは学んでいた。

そうあれと生み出した彼等にそれをするなと言うのは酷な事なのだろう。

 

特に理由も目的も無く生まれてきた自分(人間)には良く分からないが、生まれた理由と自分のすべき事が一致するのは喜ばしい事なのだろうなと、ジョンは思う。

 

やがて話題は、チャンピオンの話から変わっていく。時には副料理長を巻き込み、カルネ=ダーシュ村で葡萄もやれるようになったら一緒に酒を造ろうと話し、コキュートスとはトレーニング(特訓)の話をし、一段落がつくとデミウルゴスからジョンへ自ら話題を振って来てくれた。

 

「アルベドはモモンガ様の伴侶として創造されたとお聞きしました。シャルティアはペロロンチーノ様の伴侶として。ならば、カルバイン様は?」

「え?」

「オオ、カルバイン様ノ創造サレタ、シモベトハ何処ニ」

 

自分は仲間達の創造を手伝う方が主であり、製作者に名を挙げられる者はいないのだとジョンは笑う。

シャルティアのスポイトランス素材集めもしたし、プレアデスの装備素材集めもした。そう言った意味では大体のNPCに関わっていると笑うジョンに、デミウルゴスは皆まで言われなくとも理解できると大きく頷いた。

 

「なるほど言われずともわかります。カルバイン様が先程からお飲みになっているカクテル。それこそがお答えなのですね」

「え?」

「ドウ言ウ事ダ。デミウルゴス?」

 

珍しくコキュートスのそれには答えず、デミウルゴスは喜びを隠し切れない様子でセバスへ語りかけた。

 

「セバス、君にしては本当に上出来だ」

「デミウルゴス様に二度も褒められるとは恐縮です」

「セバス、敬称は不要だよ」

 

お前等本当は仲良いだろ? ジョンの内なるツッコミをよそに、デミウルゴスは輝かんばかりの笑顔でジョンへ続ける。

 

「ルプスレギナがカルバイン様のご寵愛を受けたとメイド達の間で噂になっているようでしたが、彼女はセバスよりカルバイン様専属に命じられ、モモンガ様よりカルネ=ダーシュ村常駐の勅命を受けております。これほどの別格の扱い。カルバイン様のご寵愛はルプスレギナにあると言う事なのですね」

「オオ、ナラバオ世継ギノ誕生モ間近ト言ウ事カ」

 

ご寵愛? メイドで噂? 世継ぎの誕生?

ちょっとぉぉぉッ! 俺まだ何もやっていないんですけどぉぉぉッ!?

 

内心でムンクの叫びのように絶叫するジョンだったが、それでも、まだ何もやってないとも言えないヘタレであった。

だって、ここまでやってると思っている守護者達に「何このヘタレ」なんて眼で見られるのは耐えられない。ちっぽけな魔法使いの意地である。そして、ジョンはようやく気づく。

 

 

――これ、仮にルプーに手を出したら、翌日どころか当日中にナザリック全域に知れ渡ってるよな?

 

 

会う奴、会う奴に「おめでとうございます」とか、「これでお世継ぎは安泰ですね」とか、悪意の無い。心からの祝福を笑顔と共に言われ続ける事になるのだと、本当にようやく気がついた。

 

ちょっと考えてみてくれよ。

それって、黒歴史が自走式になってるより恥ずかしいぞ。どんな羞恥プレイだよ?

 

よし――モモンガさんが、アルベドに手を出してナザリックがお祭り騒ぎになるのを見計らって……木を隠すなら森の中、スキャンダルはより大きなスキャンダルで覆い隠してしまえば……。

 

先日の夜の散歩(デート)も勿論、当日のお昼前にはNPC達全てが知る事になっていたのだが、知らぬは至高の御方ばかりなりだ。

 

 

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翌日、カルネ=ダーシュ村に来訪者があった。

荷馬に引かれた馬車が1台。軍馬に引かれた馬車が1台。それに人間が6名、ゴブリンが12名の大所帯だ。

皆、一様に驚いたように村の外周を大きく囲む石壁を見上げながら、まだ門の作られていない壁の間を通り抜け、村の居住地を囲む木の杭で出来た壁に向かって進んでくる。

 

「お姉ちゃん!!」

 

見張り台に立っていたネムが喜びの声をあげて、馬車に向かって大きく手を振る。

その声が聞こえたのか、軍馬に引かれた馬車に乗る少女――エンリが大きく笑顔で手を振り返した。

 

姉を出迎えようと門の前にネムが駆けつけた時に見たものは……。

 

エンリを中心に珍妙なポーズを決めるゴブリン達。それを苦笑しながら見るンフィーレアと4人の護衛の冒険者。

どう対応して良いか分からず困っている村人に、ゴブリン達に大笑いしているルプスレギナ。俯き、真っ赤な顔で地面を凝視しているエンリの姿だった。

 

 

「ぶははははっはは! 最高っす。面白っす!」

 

 

大笑いしているルプスレギナへ、護衛の冒険者の野伏らしい金髪の男が真剣な眼差しで詰め寄り「好きです! 付き合ってください!」と言い、手を取ろうとした瞬間「…あべし!?」と声を残し、何かに吹き飛ばされたように、ごろごろと地面を転がっていく。

 

「…ルプーに色目を使うとはいい度胸だ。胸に七つの傷をつけてやろう」

 

低音のドスの利いた声がネムの背後、頭上から聞こえてきた。

その声にネムが「狼さん!」と振り返ると、大きな手がネムを抱き上げ、あやすように背を軽く叩く。ネムが青と白の毛並みの境目あたりに甘えるようにしがみつく。

 

「ジョン様?」

「ビーストマン!?」「人狼!?」

「ンフィーレアさん下がって!!」

 

「カルバイン様、無事に戻りました」

 

大柄な人狼が現れ、子供を抱き上げた事に浮き足立つ冒険者と少年ンフィーレアを余所にぺこりとジョンに頭を下げるエンリ。

ルプスレギナだけが少々不満げな表情をしていたが、それには気がつかずにネムを下ろして、ジョンはエンリに向き直った。

 

「良く戻った。無事に戻ってくれて嬉しいぞ」

 

エンリにねぎらいの言葉をかけるジョンだったが、そのジョンへ「異種族は人の恋路に口を出さないでくれよ」と、金髪の野伏は、気丈にも不満げな様子を隠そうともせず食って掛かる。先程、吹き飛ばした際に若干の殺気も漏れていた筈なのだが、それでも立ち向かってこれる気概に、唯のナンパ師ではないのかとジョンは少しだけ金髪の野伏に感心した。

 

「異種族はお前の方だ。……ルプーは俺のだ。今度色目を使ったら、本当に胸に七つの傷つけるぞ」

「! はい!! 私はジョン様のものですッ!!!」

 

太陽のような満面の笑みで答えるルプスレギナに、がっくりと肩を落とす金髪の野伏だったが、それでも不満は残っているようだった。

 

見た目で判断してるのか、とジョンは人間形態を取る。数秒で人狼が、褐色の肌に銀髪金眼の逞しい青年になった事に冒険者達は驚いた。

ジョンはそのままインベントリから適当な上着を取り出すと、裸の上半身に直接羽織る。

 

(なんか思わず、俺のだとか言っちゃったけど……ルプー凄い喜んでるから良いか。――って、俺こんな事を人前で言えるキャラだったっけ?)

 

久しぶりの人間形態に人間基準の感覚が少しだけ戻り、無自覚だった自身の変化にやっと気づいて内心で首を捻るジョンだった。

 

「カルバイン様、人間の姿にもなれたんですね」

「そうっすよ! ジョン様はとても強い人狼なんですよ」

 

エンリの感嘆の声に張り合うようなルプスレギナ。その子供っぽいその様子にジョンは苦笑し、ルプスレギナの頭を落ち着けと軽く撫でてやる。くすぐったそうに眼を細めるルプスレギナにジョンも頬が緩んだ。そうしていると。

 

 

「仲間がご迷惑をおかけして、申し訳ありません!」

 

 

冒険者のリーダーらしい金髪碧眼の男が深々と頭を下げてくる。

 

「うちのチームのルクルットが失礼しました。チームの目や耳として優秀な野伏なんですが……その、ちょっと軽いところがありまして」

「ひでぇな。俺はいつでも真剣だぜ? ただ、まあ、知らなかったとは言え……その、申し訳ない」

 

ルクルットと紹介された金髪の野伏と、他の二人も合わせて申し訳なさそうにジョンへ頭を下げる。

軽薄な仲間の為に、人外に頭を下げられる彼等は仲間想いの良いチームだな、と思うと同時に、ルクルットも軽薄なだけではないのだろうとジョンは評価を下した。

 

「人間は見た目で判断しがちだからな。気にするな」

 

ひらひらと手を振って、もう気にしていないと示す。

 

「道々、エンリから聞いてると思うが、俺がジョン・カルバインだ。こっちがルプスレギナ・ベータ。そちらの少年がエンリが言っていた薬師の友人で、君達は護衛の傭兵? 冒険者で良いのか?」

 

まあ、とりあえず詳しい話は集会所で話そうとジョンは移動を促す。

ゴブリン隊と、護衛の冒険者“漆黒の剣”を門のところに残し、彼らの案内にルプスレギナをつけると、ジョンはエンリとンフィーレアを連れて集会所へ移動する。

 

門から離れるジョンの耳に、楽しそうなルプスレギナの声が聞こえていた。

 

 

「――うんでさぁ、何処までマジ?」

 

 

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漆黒の剣の面々は目の前で行われる絶世の美女とゴブリンのやり取りを息を呑んで見守っていた。

 

ジョン・カルバインといた間は始終、恋する乙女の表情を浮かべていたルプスレギナは、今はニヤリと肉食獣の笑みを浮かべている。

それに対し、ゴブリンリーダー(ジュゲム)も歴戦の戦士が浮かべる笑顔でもって迎撃していた。周囲の馬鹿話をしていたゴブリンたちは未だ口は動かすものの、注意をルプスレギナに向けているのは見渡せば一目瞭然だ。警戒感の強く混じった視線が自らに向けられる感覚に、ルプスレギナは笑みをより強くする。

そこにいるのは狩りを始める前の狼に似た生き物だった。

 

「何の話ですかね?」

「本気でやったわけじゃないんでしょ? あの馬鹿騒ぎ」

「なんのこと……」

 

そこまで口にしてゴブリンリーダー(ジュゲム)は黙る。無駄だと理解したようだった。

 

そうして語り出すゴブリンの作戦、戦略眼に漆黒の剣は舌を巻き、自分達を怖くないと言っていたゴブリン隊の面々が、確かに自らを上回っていた事を理解し、更にその伏兵すら看破するルプスレギナに恐怖を覚えた。

 

ゴブリンリーダー(ジュゲム)は続ける。

 

「……口封じ、証拠の抹消。エンリの姐さんは、さっきの人狼の兄さんに依頼されましたが、あんたたちみたいな存在がいるのに単なる農民の姐さんにお願いする理由が今一歩理解できなかったんですよ。この村の人間じゃなくちゃいけないとするなら、それはどういうことなのか。それは成功を期しての行動なのか。本当に生きて帰ってほしかったのか……村の全員より姐さん1人の命のほうが重いですけどね……でも、妹さんはここにいるし……だから一同覚悟を決めてここに来たってわけです」

 

ゴブリン達の自らを危険に晒し、生命を捨ててでも主を守ろうと全身全霊を尽くす姿にルプスレギナは共感を覚えた。

それは至高の御方の為に尽くす自分達と同じ想いだったからだ。

ルプスレギナは感心したように笑い。それから真面目な顔を作った。そして、丸っこい瞳に幼い優しい表情を浮かべた後、凛とした声でゴブリン達へ言った。

 

「ゴブリン。ジョン・カルバイン様はエンリ・エモットが生きて帰れるようお前達を授けた。お前達が心配するような事は何も無い」

 

ゴブリンリーダー(ジュゲム)はルプスレギナの顔をしばらく眺め、それから深く頷いた。

 

「……信じますぜ、美人のメイドさん」

「超を付けてほしいけど勘弁するっす。それともし彼女達に何か起こりそうなら、命乞いは私もしてあげるよ」

「たのんます」

 

ぺこりと頭を下げるゴブリンリーダー(ジュゲム)にルプスレギナは邪気の無い笑顔を向ける。

 

「私は好きっすよ。忠義に厚い奴って」

 

 




ジョン・カルバインを生贄に墓地へ送り、特殊召喚「怒れる生死の支配者(モモンガ)

《ワイデンマック/魔法効果範囲拡大》
《クライ・オブ・ザ・バンシー/嘆きの妖精の絶叫》
《The goal of all life is death/あらゆる生あるものの目指すところは死である》を発動。

フィールドの全てのカードはゲームから取り除かれる! とか妄想した。

次回本編は「第22話:エ・ランテルの錬金術士」です。

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