送られる。私は今、世界の何処にもいない。それは言葉通り、私たちが住む時空の外側。ありとあらゆる時空につながる究極の門を通り抜ける。そこには、知識を司る『副王』が居て、時間に関係する邪神に、奉仕種族、さらには神話生物たちもいる。
私は彼によって送り出された。最後の抵抗をするために。全てを終わらすために。
そろそろ、私は目的の場所へたどり着く。救われない絶望を、救われる絶望へと変えるために。
私が目を開けたのは、私にとって最も恐れていた場面だった。もしかしたら。そう思ったけれど、彼はそれを許容してくれなかったようだ。私に、私に必ずそれをさせるために、自分が切り裂かれたところに私の精神を飛ばした。
目の前で黒い血液に、内臓をこぼしながら落ちていく九頭竜君を見ながら、私は彼の最後のお願いを果たす。
「ああ、あああ!」
「……早くしてくれないか? 私も暇ではあるし、愚かな人間のする馬鹿馬鹿しい行為というのにはなかなか嗤わせてもらっている。しかし、いつまでも待つほどの価値はない。お前が答えないというのなら私は唯すべてを終わらせるだけだぞ?」
はやてちゃんでは世界は救えなかった。九頭竜君でも救えなかった。
だから私がここに来た。未来の知識を、
彼の力は彼自身という人間の器と魂で阻害されていた。けど他の器を利用すれば、彼の力は彼自身が使うよりも利用できる。
「いや、その前に貴様に聞くべきか? 如何やって未来の人間がこの時間にいるのかを?」
「私がここに来たのは、貴方を止めるため。その為の手段を彼に託されて」
私は目の前の、世界を一度破壊した邪神を睨みつけ、宣言する。
「貴方の思い通りにはさせない。クトゥルフを起こしてアザトースを召喚させ、世界を破壊なんてさせない」
「ほう! 良く分かったな。いや、未来から来たのであれば当然か。それでどうする人間? お前に何かできるだけの力があるのか?」
私だけの力で言えば、それはない。私の力なんて人間では強かったとしても、邪神の前では蟻以下。踏みつぶされても気が付かれず、そのまま死を突きつけられるだけの力しか持たないのだから。
だから、九頭竜君は私に力を託した。私ならばそれをできると信じて。それは絶対にしたくはない行為。だけど、しなければ世界が滅ぶ。だからしなければならない。二律背反と変わらない。いや、必ず選択しなければならない分、二律背反よりひどい。
「私にはない」
「ほう。では如何する心算だ? まさか、そこに倒れている愚か者を頼るとでも?」
「そう」
「……、は、くははははは! 私に決してかなわない、そんな残骸に何を頼る? 面白い。面白い事を抜かすな人間!」
嗤うのなら、嗤えば良い。私は唯、するだけ。儀式を行う道具になれば良い。
「――いあ! いあ! アザトース!」
「……何?」
「――来たれ! 汝絶望をもたらす者。世界全てに絶対的な救済を強いるもの! 我らはその裁きに従おう!」
「それが何を意味するのか分かっているのか?」
分かっている。そして、この呪文が何を起こすかも。私は知っている。
体の奥底から、黒い何かがこみ上げてくる。これは九頭竜君の力。闇であり、霧でもあり、混沌が混ざった物質。全てを支配する万物の王の力。
それが体を巡って私に力をくれる。知識をくれる。この儀式を成功させるための力を。
「されど、我らは汝を憎まず。愚かな我らをお救い下さい! アザトース!!」
私が最後の詠唱を終えた瞬間、全てが終わりを迎える。
変化は九頭竜君から始まる。切り裂かれて、二つに分かれた体がそれぞれ宙に浮く。こぼれた中身も浮き上がり、空中の一点に集まって混ざり始める。
それはあたかも世界の始まりのようだった。全てが集まってそこから広がっていく。それこそが世界の始まりではないだろうか。そう思わざるを得なかった。
けど、それが意味することは……。
『うぉおおおおおおおおおおおおおおん』
低く、高く、不安定な音程でそれは咆哮を上げた。その音は一瞬で結界を破壊して、世界に響き渡っていく。
私はこの瞬間に罪人となった。世界を救うためとはいえ、私は余りに多くの人間を殺したのだから。
その一点は拡張していく。煙のようであり、霧のように。はたまたもしかしたら雲かも知れない。水あめのようにうねうねと動きながら、形を形成していく。最終的には、地球を覆う程に巨大化するだろう。
空を覆う暗雲に似た、しかしさまざまな色に光り輝く彼。そこから幾つもの腕が伸びていく。それは地獄から罪人を救う釈迦の腕であり、天国から地獄へと罪人を突き飛ばす神の腕でもある。
「アザトースならまだしも、こいつを呼び出すとは!」
ニャルラトトテプの声を聞きながら、私は願う。せめて、せめて多くの人が助かって、と。私に願う資格はないが、それでもやはり願わずにはいられなかった。
「っち! 仕方がない。今回はあきらめるとしよう。人間よ、お前がもたらした絶望をよく見ておくんだな」
「言われるまでもないよ。私は最後まで見なければならないんだから」
私とニャルラトトテプの最後の会話をしている最中に、体の形成は終わったようだ。
私と、この邪神は今つながっている。だから、今何をしているかがわかる。
「そのまま、壊しちゃえ!」
大海原に一つの腕を突き刺していく。それは余りにも大きく、この地球上、ううん。どんな時空でもそれを越えるものは存在しない。そんな腕。全てを救うためにありながら、全てを滅ぼす。その為の腕。
その腕が海を割っていく。言葉の通り、そこに存在する水という存在を滅ぼして。そしてそれは浮上している巨大な建造物、ルルイエでも変わらない。
浮上しているルルイエを掴み、そのまま力任せにその腕はルルイエを粉砕していく。中にいる奉仕種族も、クトゥルフも関係なく。
『うおおおおおおおおおおおおおおおおん!!!!』
また咆哮が響く。その咆哮は全ての時空につながって響き渡る。全ての存在が、邪神ですら恐怖する咆哮が。
そしてその咆哮が響き終わった後、彼は最後の役目を行う。
「ふん。前回は成功して、今回は失敗か。まあ良い。今度星辰がそろったときに、今度こそ世界を崩壊させよう」
「そんな時は来させないよ」
「くははははははは! お前ごときが? それとも、人間ごときがというべきか。ではな、愚かな人よ。全てを滅ぼした悪魔として、歴史に刻まれるが良い」
「分かっているよ」
そして腕はニャルラトトテプをも巻き込んで、結界が無くなった影響で現れた近くの人間ごと……粉砕し、消えていく。
倒れ伏した、他のみんな。でも、全ては救われない。
「ごめんなさい。ごめんなさい……」
涙を流しながら、私は崩れ落ちる。
この時世界は救われ、人類も同時に救われた。けど、
私は涙を流しながら、何度も謝る。世界に、人に、そして何よりも私が恋をした人に。彼らを殺したのは私なのだから。
san値チェック
高町なのは 1D100
チェック 自動失敗
san値減少 65-64=1
状態 絶望の救済
次回エピローグ