カン、カンと空き缶が空を舞う。私が操作するスフィアによって空き缶を飛ばしている。あの日からいくらかの時間が経った。フェイトちゃんは今、アースラでミッドチルダと言う場所に行って裁判を受けている。ビデオメールで話をしているけどやっぱりかなり辛そう。
「52、53…」
それにユーノ君も。プレシアさんが……殺されたのは自分の所為だって自分を責めている。私はあの時プレシアさんの次元跳躍魔法で戦える状態じゃなかった。フェイトちゃんも私と同じようになっていてあの子を止める事が出来なかった。
「68、69……」
あの時、あの子はまだ対話していてくれた。私ときちんと向き合ってくれていた。まだ止められたかもしれない。そうしたらプレシアさんも助けられたかもしれなかった。けど私が弱かったからあの時堕ちてあの子を止める事が出来なかった。
「70、7い」
「あ」
そんな事をボンヤリと考えていたのが悪かったんだろう。缶は明後日の方へ吹き飛んでいって見えなくなっちゃた。
「マスター、一度休憩することをお勧めします」
「分かった、レイジングハート」
少し気分転換をしよう。そう思って体の中の流動している魔力を一旦止める。
公園に流れる風に身を任せるとさっきまでの魔法制御の訓練で火照った体が冷やされる感覚にしばらく身を任せる。
「ねえ、レイジングハート?」
「如何しましたか、マスター?」
「魔法ってなんなのかな?」
「……私に何故それを聞くのでしょうか?」
何でだろう? 何となく聞きたくなっちゃたんだよね。
「私ね、ユーノ君は別に責めるつもりは一切ないの。
けれど、ジュエルシードが、魔法の技術が戦争、ううん。それどころか人を殺すためだけに作られたっていうのは本当なのかな?」
「……マスター、ジュエルシードについては私は分かりません。ですが他のロストロギアではそう言った目的の為に作られたというものもあります」
やっぱり、そうなんだ。
「もっとも有名なものとしてはベルカ時代に作られた『王達』です。彼らは国を守るために自身の体を生態ロストロギアと言われる状態にして戦うための道具にしました。ですがそれはあくまでも自国を、自国の民を守るための手段で作られた存在であり、人を殺すためのロストロギアではありません」
人も、人間もロストロギアになったの?
「それって人間を改造したっていう事?」
「そうです」
レイジングハートから帰ってくる機械的な声が私の中に入ってくる。
「ですが彼らはそれを自ら望んでしたのです。ロストロギアの中には平和利用が可能なものも数多く存在します。魔法技術が全て悪いわけではありません。それは誤解しないでください」
「うん」
そうなのだろう。レイジングハートのいう事が正しいことは分かる。けどそれでもやっぱり。
「……プレシア・テスタロッサの事ですか」
「うん、そう」
魔法が無ければあの人はあんなふうに死ぬ事はなかったのかな? そんな風に考えてしまってこの頃は余り寝れていない。
「思うの。もしあの時、ううんもっと前に、そもそも魔法文化が無ければそんな事は起きなかったのかなって」
「確かにそうかもしれません。ですがもしそうだとしたら彼女、フェイトさんは生まれなかったはずです。マスター、一度起きてしまった事は変えられないし変えてはいけません。確かにあの事件は悲惨な結末を迎えました。あの事件を引き起こした容疑者であるあの少年は決して許してはなりません。ですが今の私達では如何しようもないのです。出来るとしたらもう二度とあのようなことが起きないようにするだけです」
「……そうだね、そうだよね。一度起きたことは変えられない。二度と変えられないのなら起きないように努力するしかないよね?」
「そうです。変えられないのなら起きないように。そう決めたのはマスターです。如何か過去にとらわれるのは止めて下さい。人間は進む生き物です。時には過去を振り向くのも必要でしょう。ですがそれは今ではありません。もっと後、過去を受け入れられるようになってからでも遅くはありません」
励ましてくれたレイジングハートの声に勇気づけられ私は立ち上がって家に向かう。くよくよしたって何も始まらないもの。全力全開で頑張らないと!
この時私はまだ知らなかった。例えどれだけ人間が頑張ろうと絶体絶命な状況はできてしまいそれを覆すことはできないのだと。そしてそれを作り出すのは人間の狂気と悪意なのだと。
きっとそれは神様からの贈り物やったんだ。そう思わずにはいられなかった。だって、そうやろ? 今までずっと一人。それが私の日常だったんや。それなのにいきなり家族が四人も増えたんや。神様からの贈り物と思っても可笑しくはないやろ?
「なぁ、はやて。さっきから何読んでいるんだ? 表紙を見る限りものすごい化け物が乗っているんだけど?」
そんな中私と同じくらいの身長の新しい家族、ヴィータが私が読んでいる本について尋ねてくる。
「コレ? コレはな、クトゥルフ神話って言うんよ。クトゥルー神話とも呼ばれていてな。コズミックホラー、宇宙的恐怖を題材にしてラブクラフトによって作られた創作神話なんや」
「クトゥルー神話?」
「そうや。例えば有名なものとしては魔道書、ネクロノミコンや神話の名前そのものの邪神、クトゥルーとかやな」
とはいえあまり私の近くにクトゥルー神話を好んで読む人はいない。まあ、中身が中身やし仕方がないんやけどな。
「何か物騒だな。邪神とか」
「まあな。邪神が現れたら間違いなく世界が滅ぶんや。クトゥルフ神話をモデルにしたtrpgでは大概世界を滅ぼす最強の敵として出てくるし」
「最強の敵? だったとしても私たちの敵じゃないぜ。はやてを守るためなら私たちは無敵だからな!」
「そうやな。ん~、もし邪神が出たら私を守ってーな」
「おう、はやて!」
うん。私が笑って話しかけるとヴィータもうれしそうにはにかみながら笑ってくれる。
「まあ、任せとけ!
何や? 今一瞬ヴィータの顔が強張ったような。
「そうだ、はやて。アイス、アイス食おうぜ!」
「ハイハイ、一日一個までよ」
気のせいやな、きっと。
今回の話で唯一クトゥルフ神話にを知っているはやてさんの登場です。