トリオンエンジニアリング!!   作:うえうら

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09 積み重ねてきたもの

社会関係のネットワークは複雑系そのものだ。

小数点7桁以下の微細な変化で全体は全く違った様相を示す。

そうだからこそ、迅にだって未来の予測は難しく――

僕たちに至っては、全く不可能だ。

 

でも、少し考えれば、思い当れたかもしれない。

この二人が僕たちの前に表れるということを。

 

 

三輪さん、出水さん、僕と凪の前に表れたのは、玉狛の小南と烏丸。

 二人の目はまったく笑っていない。むしろ敵意に満ちていると言っていい。

 右半身に黒く光沢のない六角柱を、5つも融着させた嵐山を見て小南は言う。

「准! ぼろぼろ、じゃない…」

「桐絵、どうして」目を丸くして嵐山は言った。

「迅からの指示があって来たわ。嵐山隊だけで、よく頑張ったわね、准」

 名前で呼び合う二人からは、従妹よしみの信頼が感じられる。

 嵐山と僕たち4人を見比べて、烏丸が言う。

「遅くなってすみません、嵐山さん。あとは任せてください」

 これを聞いた嵐山は二人を見て、ふうと一息つき、あとはまかせたと残して、緊急脱出した。出水さんの弾も大分くらっていたようだし、もう限界だったのだろう。

 緊急脱出が空に残す跡を追っていた小南はその眼をこちらに向け、口を開く。

「かわいい後輩のためにひと肌脱いであげる、ズタボロにしてやるわ!」

「玉狛第2は玉狛第1が守る。向かってくるなら、相手をします」

 そう言って、烏丸は弧月を抜刀した。

 時刻は深夜にほど近いのだろう、警戒区域外の住宅地から漏れ出してくる明かりはほとんどなく、小南の持つ双斧と烏丸の抜いた弧月が鋭く光って見えた。

 

三輪の顔は険しい、まるで親の仇が目の前にいるかのように。

「近界民を庇いやがって、近界民は敵だ!!」

 言うや否や、握られているハンドガンが火を噴いた。

 放たれた弾丸は奴ら二人の間に一直線――

 そして、弾丸は二人の間で、磁石の同極が反発するかのように直角に曲がった。物理法則を無視するかの如き軌跡は変化弾(バイパー)の特徴である。

 小南と烏丸は、左右に分かれて跳んで避けた。

 ここで、僕と出水さんは三輪さんの意図を察して、誘導弾(ハウンド)通常弾(アステロイド)変化弾(バイパー)を放つ。

 ヘッドセットからは三輪さんの声。

『4対2より、2対1の方が紛れが少ない。数的有利を利用して確実に勝つ。俺と出水が烏丸をやる。八宮隊は小南をやれ』

 合理的な判断だ。烏丸は一年前まで本部にいたらしく、その動きは三輪さん達の方がよくわかっているはずだ。それに経験不足の僕のせいで、僕たち八宮隊は他の隊との連携が苦手だからね。

 

小南はこちらの作戦を受け入れたらしく、僕たちの少し先を走っている。基地から遠ざかるためだろうか。マップを表示して確認すると確かにそのようにも思える。だが、相手の意図にのせられて走るのは危険だ。いきなり狙撃されたら、お話にならない。

「クーちゃん、ドローンから木崎の姿は見える?」

「熱観測も入れて探しているけど見当たらないよ。でも、木崎なら熱観測くらい欺瞞するかも、地の利は向こうにありそうだし、釣られないようにね、ご主人」

 だめもとで、聞いてみようか。

「小南! 木崎さんはどうしているの」

「支部で夜食を振舞ってるわ。あんた達の他にも、襲ってくるやつがいるかもしれないからね」

 なるほど、一理ある。でも嘘かも知れない。小南の性格ならそれは無さそうだけどね。すると、凪が口を開いた。

「小南さん。そこに、木崎さんが夜食持って立ってますよ。とても美味しそうです」

「えっ、そうなの?」

 小南は後ろを振り返る。なるほど、狙撃の心配はなさそうだ。

 その振り返った方角の空には、緊急脱出の跡が見えた。

『風間隊の歌川君が緊急脱出したわ。太刀川君もダメージが大きい、こっちの形成は…悪いわね』

 三輪隊のオペレータ、月見さんの凛とした声。しかし、そのトーンは低い。なるほどね、黒トリガー風刃というのはすごそうだ。6対1だっていうのに、それを諸共していない。

 今度は三輪さんが通話を入れてきた。

『迅がこっちに来る前に倒すぞ。敵を倒したら、すぐに玉狛支部へ行け』

『八宮隊、了解』

 ヘッドセットを通して、向こうで烏丸さんと戦っている二人に返した。

「どうやら、お互い時間がないようね。早く夜食が食べたいから、すぐに本部に送り返してあげるわ」

 そう言いながら、小南は双斧の持ち手の部分を近づけた。

 空気全体が小刻みに震える。高周波のような可聴域すれすれの高い音。

『接続器 ON』 これは機械音声。

 小南が改めて手にしたものは、一振りの巨大な戦斧。

 その大きさは優に小南の伸長を上回っている。白く発光する刃の部分だけでも、凪と同じくらいの大きさではないだろうか。ちなみに、凪の身長は134cm。

 そのあまりの大きさに驚嘆していると、既に、小南は刃の部分を頭の後ろに振りかぶり、腰を大きく回して――

 一閃。

 エスクード 心の中で唱える。

 「伏せてっ!! ご主人」

 凪は後ろに飛び退いたのだろう。凪の目を通して映る人工視覚からは、信じられない光景が見えた。

 伏せた僕の頭上すれすれを戦斧が疾る。下から反り出たエスクードは、熱したナイフで切られるバターの如く、綺麗に両断されていた。僕の耳には、超音波特有のキィイインという不快な音が残った。

「距離をとって、兄さん! 器用貧乏の戦い方を忘れたんですか」

後方から凪の声。その声に、気づかされる。何でも中途半端にこなす器用貧乏は常に相手の苦手な部分で勝負しなければならない。勝てる部分で戦うんだ。

「兄さん、それ使って」

 足元には鮮やかな緑色の、下敷きほどの大きさの板。凪の出したグラスホッパーだ。それを踏んで大きく跳躍。両手で誘導弾(ハウンド)通常眼(アステロイド)を展開し、弾幕をはる。凪のハンドガンからも、それなりに正確な射撃が行われている。

 しかし、その弾幕はあまり機能していない。

 シールドと戦斧で僕と凪の弾を消しながら、すごい速さで詰め寄られる。トリオン能力が違いすぎるんだ。空中のドローンの映像から客観的に僕たち三人を見ているんだけど、レアルマドリードの選手とJ2選手くらいに違う。あ、これはウイイレの話ね。

「二人とも、聞いて。あの戦斧やばいよ。さっきご主人のヘッドセットから拾ったんだけど、空気振動の波形がおかしい。約20KHz 、ほとんど超音波だよ。原理は高周波裁断機と同じだと思う、気を付けて」

「凪、下手にシールド使わないほうが、いいっぽいな」

「ええ、エスクードが両断されるところを見ましたから」

 凪の声が上ずっている。エスクードの残骸を見ると、溶断されたかのように鮮やかな切り口だ。正直、僕の顔も引きつっている。

「ところで、凪。トリオン残量どのくらい。僕はあと、15%くらいしかない」

 3*3*3 のトリポンキューブをあと、5回くらいだろうか。

「私は、あとイーグレット4発分くらいですね」

 僕と凪はグラスホッパーを使いながら逃げるが、爆風や砂塵がそれを邪魔する。

 炸裂弾(メテオラ)で逃げ道が限定され、意識が散らされ、作戦を立てることすらできない。

「凪の射線が通るところまで行こう。残りのトリオンだと、弧月を当てるか、凪の狙撃でしか倒せないと思う。凪が本命だからね。僕をあてにしないように」

「わかりました、兄さん。期待してますからね」

 苦笑交じりの凪の声だ。その声に勇気づけられる。今は走ろう。

 少しひらけた神社かお寺のような場所に、なんとか逃れることができた。凪はもう、マンションに上っている。グラスホッパーを数多く使ったようだから、イーグレットは残り2発くらいだろうか。

「兄さん、分かってますか。ここで小南さんを倒しても、任務失敗は確実ですよ。木崎さんが控えているんですから。なんなら、緊急脱出しますか」

 こっちがNOと言うのを分かって聞いてくるのか、かわいい奴め。

「そんなわけないでしょ、凪。さあ、全力で――」

「遊ぼう」 「遊びましょう、兄さん」

 

境内を背にして立つ僕の前に、小南が現れる。

「どうやら、ここまでのようね。錆にしてあげるわ」

 そう言って、戦斧を首の後ろに振りかぶって、小南は構えた

 僕はそれを無視して、クーちゃんに言う。

「クーちゃん、もう軋轢がのこるとか、不和が生まれるとかどうでもいいから、全力でやろう。あと、二本目の電極、クーちゃん使っていいから」

「了解、ご主人。楽しくなってきたよ」

 いつもと変わらない機会音声だが、わくわくがこちらまで伝わる。さあ、信じてるよ。

 小南が横なぎに振るう戦斧を、僕は何かに引っ張られるようにして躱す。

「クーちゃん、電子攻撃」

「了解、これより電子戦を始める。ドローンのECM(電子対抗手段)CW(狭帯域連続波妨害)装置を起動」

 これは、相手が玉狛支部だからできることで、嵐山隊に使ったら、こちらのレーダーもオペレートもぼろぼろになってしまう。今、上空のドローンは玉狛からの電波信号を乱すとともに、相手の電波信号と相対する波を出している。これで、小南はオペレーターの栞から完全に孤立した。

「栞と連絡が取れないじゃない。夜食が食べられたらどうするのよっ」

 袈裟がけに戦斧が振られる。僕は自分の躰が右に動いていると自覚しながら、そのまま右に躱し、戦斧の軌跡を見た。

「クーちゃん、クラッキングは?」

「うーん、むしろ本部よりもファイアウォールきついかも」

 クーちゃんの声を聴き、弧月を抜く。

「ふん、くだらない、技をつかっちゃって。この双月で弧月ごと両断してあげるわ」

 小南は白い歯を見せながら、戦斧を上段にかまえそう言った。

何だろうか、そのセリフにすごく苛立つ自分がいる。弧月を莫迦にされた気がするのだ。激しく被害妄想ではあるのだが、憤りは隠せない。この際だ、言いたいことも言えないこんな世の中だけど、言わせてもらおう。

 

「来いよ、オーダーメイド野郎、汎用型をなめるなよ」

 僕はそう言い放ち、弧月の切っ先を見据え、構える。

 冷たく光る刀身は、一点の曇りもない清冽な肌合いを持ち、たぐいなき刃には歴史と未来が秘められている――『武士道』/新渡戸稲造

 まさに、その通りだ。弧月は現代に甦った日本刀であり、その刃には平安以来、千年を超える歴史を持つ。反り返った刀身は、その設計思想を正当に継承し、本部の技術者はまさに現代の刀匠。

 知識の素晴らしい一面は、それが紛れもなく無尽蔵であることだ。アイディアの世界には無数に組み合わせがあり、情報は情報を生む。ゆえにイノベーションは終わらない。――『繁栄』/マット・リドレー

 忘れるな、荒船さんを始め、小荒井さんや奥寺さん、理論派攻撃手が積み重ねてきた、メソッドを。切磋琢磨し理論を更新し、時に感覚派の助言をうけ、技術は創造的破壊を起こす。 

 刀身は歴史で――

 剣筋は技術の共有で――

 故に、この一振りは無限の情報で構成される。

 

僕の独白もお構いなしに、一点ものの孤独な武器が振り下ろされる。

[いいか、八宮。刀をどれだけ見ても、次の動きは読めない。刀が自在に操れる者でも、自分の躰はそうはいかない。躰は刀より重いからだ。躰は簡単には翻らない。したがって、見定めるべきは、相手の躰の動き。そして、その意思だ。逆にお前が意識することは――] 

 荒船さんの指導を思い出せ。

 積み重ねられた理論を信じろ。

 相手の腰や、腕、目線を見ろ。

 クーちゃんのサポートを信じろ。

 戦斧が僕の顔横をかすめる。

 相手の手首の返しを見ろ、地を踏みしめる足を見ろ。

 ほら、翻るぞ――

 左斜め下から、右に切り上げるように戦斧が疾る。

 動かされるのと、ほとんど同時に自分も反応――

 躰を屈ませて躱す。

[逆にお前が意識することは ――]

 いかにして、刀を隠すか――

 バッグワームを形成。

 いかにして、動きを隠すか――

 バッグワームを中空へふわりと、投げる。

 いかにして、意思を隠すか ――

 ひらりと浮かぶバッグワームを、隠れ蓑にして、一閃。

 戦斧の刃が急降下――

 逆に持ち手の部分が急上昇――

 手に衝撃が疾った。

 弧月が宙へ―― 

 杖術の動きか!?

 小南の目線は弧月を追っている。

 それは意識の拡散だ。

 残念。

 こっちが本命――

 振った勢いをそのままに――

 鞘で一閃。

 鈍い感触。

 相手の膝の皿への打撃。

 一瞬の怯み。

 意識のそれ。

 僕のもう一つの視覚はそれを逃さない。

 一筋の閃光。

 中距離からの狙撃だ。

 レーダーのない奴にはわからん。

 仮にわかっても、一枚のシールドではね。

 首に風穴――

『トリオン伝達系切断』聞きなれた機会音声。

 しかし、これほど、聞き焦がれたものはない。

「ちっ、やるじゃない…。帰って、夜食を食べるわ」

 ざまあみろ、特注品野郎。

 空に昇る、緊急脱出の軌跡。

 玉狛支部へ向かうそれは、祝砲に等しい。

 ああ、それと言っておかなくてはね、ありがとう荒船さん。

 

「兄さん、やりましたね。結局最後は私じゃないですか」

「言ったでしょ、僕をあてにしないでって」

「二人ともお見事、戦闘支援を終――」

「え…? なにこれ… ――きゃっ!!?? 兄さ――『トリオン供給機関破損』」

「ご主人、これは風刃――」

 真下に薄緑に輝く線、線、線、線。

 後方の境内からも光が見え――

 無数の斬撃。

 躰のあちこちから僅かな痛みを感じる。

 八つ裂き、四肢断裂、だるま状態とは、まさにこのこと。

 上空のドローンからは、ポージング可能な人形のパーツをバラバラにしたもののようなものが見えた。

 『トリオン供給機関破損』

「さて、烏丸はガイスト使ったって言うし、向こうに――」

 最後に映ったのはこちらを見下ろす迅の姿――

 

 

 

◆原作との結果の相違

・風刃の箔が凄いことになっている。

・忍田さん、抜刀寸前。

・三輪は迅の過去を嵐山から聞いてない。

・派閥争いの激化。

・無いツインスナイプの活躍。

 




三輪さんの弧月キックの例があるから、鞘でも怯むよね。

――追記――
9話まで読んでくださった大切な読者様から、何かアドバイスや疑問点をもらえると、
作者は喜びます。

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