トリオンエンジニアリング!!   作:うえうら

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▼TIPS

〇人工視覚:もともとは弱視者のための技術。
      後頭葉や視神経、網膜に直接、電気的刺激を送り、視覚情報を再設計する。
      岬は頭に電極を刺し、ドローンから送られてくるカメラや、凪のコンタク
      トレンズに映る情報を再設計している。


※:人間関係の力学とか、『未来視』についての考察とか、読まないで戦闘描写を早く読み
  たいと言う方は、 ■ □ ■ □ ■ までスクロールしても大丈夫です。
  
  結構長々と書いてしまいましたすみません。


第二章 黒トリガー争奪戦
08 視覚共有の真価


信念、信条、イデオロギや性向は一人一人異なっている。

集団の人数が増加すればするほど、行き違いや対立は幾何級数的に増加する。

主義主張は必ず対立し、我を通そうとすれば争いにもなる。

すると、人間関係の力学は彼らに派閥を作らせ、不満を増大させ、溝を深めるばかり。

まさに、アリストテレスよろしく、人間はポリス(政治) 的動物だ。

そして、人間関係の力学に翻弄された結果、僕と凪はここにいる。

僕たちの前を走っているA級のお歴々の方々も、その力学からは逃れられない。

 

近界民絶対殺すマンの三輪さん。

バトルマニアの太刀川さん。

千発百中の出水さん。

任務に忠実な風間さん。

風間さん大好きな菊地原さん。

気遣いイケメンの歌川さん。

リーゼントが目印の飄々とした伊達男、当間さん。

 

主義主張が違えども、僕たちは目的を同じくする。

派閥と言うのはそういうもので、社会関係の力学はある意味単純だ。

 

 

錚々たる面々が、月明かりのない、無機質な夜の街を駆ける。

流体力学に導かれて、バッグワームは最も抵抗がないように形をかえ続ける。

この世を支配する力学に身を任せ、軋轢のないように、その在り方を決めるのだ。

その点では、僕も夜風に身を任せたバッグワームと何ら変わらない。

バッグワームの姿を決めるのは、空気力学の公式であり。

≒で結ばれたそれは、まさに因果関係を表したものだ。

複雑怪奇で無秩序でカオスな社会関係の網の目も因果の結果であり。

およそ、実力が見合ってない僕がここにいるのも――

因果の収斂と複雑系の歪みによるものだ。

ここでは、因果の始点であり、空間と時間の起こりである、宇宙の始まりの話をしよう。

というのは冗談で、僕がここにいるのは、2時間ほど前に、鬼怒田室長に呼び出されたからだ。

 

 

 

『calling calling 』

 

 

長旅を終えた遠征艇を整備している僕の手が止まる。

赤い文字の明滅が告げるのは緊急の連絡だ。

呼び出し先は室長室だった。

整備班のみんなにすまないと伝え、駆け足で向かう。

「この前の辞令書の秘匿任務を今夜、決行することになった」

 鬼怒田室長は椅子をくるりと半回転させて、こちらに向き直りそう言った。

 まさか、今夜、すぐにとは…。

 もともと、秘匿任務に乗り気でなかった僕は、その理由を尋ねる。

「遠征艇が帰投してからと書いてありましたが、いきなりですね、鬼怒田室長」

「まあ、そう言うな。相手のブラックトリガーはこちらのトリガーを“学習する”と、三輪隊から報告があった。それで、やるからには早い方がいいというわけだ」

 室長は諭すように、そう告げる。

「5部隊合同チームは太刀川が指揮する。今、ミーティングルームで作戦を立てている所だ。詳しくはそこで聞いてこい。忍田派も何やら動いてるようだから、気を付けるようにだぞ」

 なるほど、エンジニアである室長に聞くよりも、早くミーティングルームに行った方が有意義そうだな。

「了解しました、室長。一つお願いがあるのですが、開発室のスパコンのメモリ、10%だけ間借りさせてもらえませんか。」

 このお願いはどうしても通しておく必要がある。5部隊ともなれば、クーちゃんの処理可能容量を軽く上回るだろう。ラッド掃討とは、わけが違うのだ。コンマ1秒を争う戦闘行動において、処理は高速であればあるほどよい。

「いや、いかん。せっかく、近界から新しいトリガーを手に入れたのだ。スパコンはその解析に充てるわい」

 やっぱり、だめだったか。

 でも、この反応はまだ計算の内。

 僕はキャスター付きの椅子に座っている室長に近づき、その耳に自分のヘッドセットを押し当てる。

「室長、僕、スパコン使ってみたいよ。それでね、頑張ってね、室長のためにブラックトリガーを取ってくるの。室長に僕の活躍を見てほしいな、お願い」

 よく調教された機会音声はクーちゃんの声。

 それにしても、このsAIあざとい。計算され尽くした、あざとさがある。

「そうか、そうか、クーちゃん偉いね。その好奇心を大事にするんだよ。おじさんのことを気にせず、存分に使ってくれ」

 鬼怒田室長はデレッデレッ。仏のような微笑みを浮かべている。

「おい、八宮。20%だけ、間借りさせてやる。クーちゃんの足を引っ張るじゃないぞ。それと、クーちゃんのログを後でもってこい」

「ありがとう、室長、僕頑張るよ」

「室長、ありがとうございます。尽力します」

 そう言って室長室を後にした僕の背中に、よい仕事を期待しているぞと、発破がかけられた。

 

 スパコンがあるなら、できることはたくさんある。

 まずは、人工視覚用のハードウェアを凪に渡す。電極を頭に刺すのが嫌だと言ったので、わざわざカチューシャ型にしたのだ。もちろん、デザインは志岐さんに頼った。

 そして、ミーティングは凪にまかせて、僕はクーちゃんの装備を整えよう。

 もちろん、凪との視覚は共有済みで、頭の電極から発せられるパルスが僕の視覚野を刺激し、凪の見ている光景を再構成している。

「ご主人、スパコンってすごいよ。これなら、100人くらいの僕と、サミットできそう。本当にすごい、何でもできる気がするよ、ご主人」

 5機のクアッドコプターを編隊飛行させながら、クーちゃんは喜びを表している。

 スパコンって本当にすごいな。

 浮動小数点演算の速度が僕のPCの1000倍以上なので、クーちゃんのはしゃぐ姿も腑に落ちるってわけだ。

 人工視覚には、“玉狛支部へ襲撃”という文字が躍った。

 レイジさんや、栞さん、にはいつもお世話になっているので、心苦しいとともに、後ろめたい。

 それでも、スパコン装備のクーちゃんと僕と凪で、どこまでやれるか知りたいという気持ちの方が強かった。

 さあ、全力で遊ぶぞ。

 

 

 

 

『目標地点まで、残り1000』

 三輪隊のオペレータ、月見さんの凛とした声。

 自然とみんなの顔が引き締まる。

 そのよく通る声に、僕は現実に引き戻された。

 最後尾を走る僕には、みんなの様子がよく見えている。

 前方を走る城戸派ドリームチームの身のこなしは美しく、A級のトップの貫禄を見た。

 

「しかし、八宮隊って本当に器用貧乏だよな」

 ニヘラと笑って、凪を、それから僕を見たのは出水さん。

 凪は顔をしかめて出水さんを見返すが、事実だからだろう、凪の口は開かれなかった。

 “木崎レイジの再来”と言わしめた凪も個人得点は、近、中、遠、どれも7000後半で伸び悩んでいる。やはり、マスタークラスは一つの壁なのだろうか。

 シューター仲間の僕は出水さんとそれなりに仲が良く、苦笑しながら返事をする。

「まあ、凪はともかく、僕は雇われの身だからね。上がやれといったら、オペレートもするし、防衛任務もするし、エンジニアリングもする。なかなか、一つのことに集中できないってわけ」

 ちなみに僕は、弧月が6200、誘導弾(ハウンド)が6400、といった調子で、高めに見てもB級中位が関の山ってところ。

 苦笑する僕を見て、トリオンお化けの出水さんはこう返してくれた。

「でも、俺は、八宮さんまだまだ行けるって思ってますよ。魔貫光殺法と静止衛星誘導弾(ハウンド)また、みせてくださいね」

 魔貫光殺法と言う言葉に反応して、凪がこちらを睨んだ。

「兄さん、まだそれやってるんですか。あれ、誘導弾(ハウンド)の速度“無駄”に増やしてる分、威力減ってもったいないですよ。相手を倒すシューターやるなら、二宮さんみたいに、スタイリッシュにやってください」

 ああ、どおりでと、出水さんは呟き、顔を綻ばせた。

 いつの日かの模擬戦を思い出したのだろう。

 

 

『目標地点まで残り 500』

 月見さんの声だ、先ほどよりも声の調子は高い。

「ご主人、人影を確認、ズームして確かめる」

 その人影は僕の人工視覚にも見えている。

 誰だろうか、気になる。ドローンに付けられたカメラから送られる映像が、どんどん拡大されてゆく。

「 ――ッ、止まれ!!」

 僕が、人影の正体に気づいたのと同時に、ヘッドセットからは太刀川さんの声。

 迅さんだ。人工視覚の向こう側は何やら剣呑な雰囲気。

 まだ、大分距離がある。

「急ぐぞ!!」

「急ぎますよ、兄さん」

 出水さんと凪に急かされて、僕も足に力を籠めて走った。

 

 

「ふざけるな、近界民(ネーバー)をかくまっているだけだろうが!!!」

 声を荒げたのは、近界民(ネーバー)へ不倶戴天の殺意を持つ三輪さん。

「俺の後輩は、正真正銘のボーダー隊員だ。誰にも文句は言わせないよ」

 迅さんのこの科白には、凄みを感じだ。

「野良近界民(ネーバー)を仕留めるのに、なんの問題もないな」

 バッグワームを消して、臨戦態勢に入った太刀川さんが冷たく言い放つ。

「お前ひとりで勝てるつもりか?」

 風間さんの実力に裏付けられた態度は、任務の達成を少しも疑ってない。

「嵐山隊――現着。忍田本部長の命により、玉狛支部に加勢する!!」

 佐鳥を除いた嵐山隊が現れ、迅の方に加勢した。

 飲み会のときに、迅が僕と嵐山を交互に見て、“なるほど”と呟いたのは、このことだったのだろうか。

 ところで、僕は敵に敬称をつけるほど、お人よしではない。

 

戦闘用視覚支援、凪との視覚共有、熱観測での合成視覚の作成、月見さんとの視覚データの共有、ドローンの運用方針の策定、嵐山隊の戦闘行動の類型化を済ませ――

僕がようやっと追いついた頃には、あれよ、あれよと話が進んだ後で――

そこには、人間関係の力学における均衡点があった。

 

敵も味方も一触即発の中、冷たく光る刀身を鞘から抜いて、太刀川さんは言う。

「おもしろい、お前の予知を覆したくなった」

「やれやれ、そう言うだろうなと“思ったよ”」

 噂に聞く風刃を半身だけ怪しく抜き放ち、迅は答えた。

 

 

『未来視』の『副作用(サイドエフェクト)』は絶対だろうか。

 未来が決まっているなんて、そんなつまらないことはない。

 自由意思の不存在に関する議論は古代ギリシアまで遡るが、今は置く。

『未来視』の本質を探るために、日本人が大好きなシュレディンガーの猫を用いよう。

 端的に言って、迅はどの箱を開けるか選ぶことができる。無数に枝分かれする世界枝を選択できるってわけだ。

 未来も結局は量子の振る舞いの結果であり、その在り方は常に揺れ動いてる。

 そして、迅は揺れ動く不確定な世界を見て、行動を決める。

 

 何が言いたいかっていうと、迅も結局は予測して行動しているってこと。

 そして、未来の予測は極めて困難。

 科学技術が恐ろしく発達した現在であっても、地震を予知することはできない。

 バタフライエフェクトよろしく、僕達は小数点7桁以下の揺らぎで、世界が180度変わる複雑系を生きているのだ。

 株式市場、疫学的均衡、これら複雑系にある不確実性の予測は困難を極める。

 短期における未来予測はともかく、中長期にわたっての未来予知は不可能だ。

 ニュートン力学はもう時代遅れってわけ。

 そして人間関係の力学は、変数が変数に相互作用する泥沼、まさにカオスな複雑系、きっとどこかで“読み逃す”。

 

 

■ □  ■  □  ■  □

 

夜の帳が降りた街路を駆けるは、三本の白い閃光。

 三振(みふり)のスコーピオンは一つの意思を持って、迅を襲う。

「邪魔になるから、見てるだけでいいよ」

 ミーティングでの菊地原の言葉を思い出す。近接攻撃手の連携はシビアだと肌で分からされた。

 嵐山隊から放たれる弾丸を巧みに躱し、風間隊は阿吽の呼吸で連携し、鋭い斬撃を振う。

 それでも、未来視を擁する迅に剣の軌跡は届かず、切り結ばれ、歌川さんは手傷を負った。

――歌川さんに刀身を振った隙を太刀川さんは見逃さない。

 上段に構え――

 鋭く振り下ろす。

 どこまで、先が見えているのだろうか、迅はこれを易々と受け、ニヤリと笑い、両手を剣にあて押し返す。

 切り結ぶ二人の剣線は、闇夜に青白く残影をのこした。

 太刀川さんの剣筋は重くて、軽い。

 その刀は軽く、簡単に向きを翻して敵を襲う。

 その刀に意志はなく、突然向きを変え相手を両断せんとする。

 軽く動く刀に、体重を乗せ、するどい刺突を放つ。

 これには、たまらず迅も後ろに飛びのいた。

 

僕は近接攻撃主の身のこなしに驚嘆するばかりで、せめて邪魔にだけはならいようにと、斜角をあげて誘導弾を撃つことに専念した。

 基本的には、距離を置き、相手の意識がそれればそれで十分とする、チキン戦法だ。

――カシャン、と言う音

 上空のドローンに付けられたカメラから送られる僕の人工視覚が、突撃銃のアタッチメント付け替える嵐山の動きを捉えた。

「クーちゃんデータベースと照合――」

「メテオラだよ、ご主人。『みんな気を付けて、嵐山からメテオラが――』」

 閃光の後に響く爆音。

 ナイスオペレートのおかげで、なんとか事なきを得た。

 奴らは後ろに飛び退いている。

 僕の人工視覚は立ち込める砂塵を超えて、相手の位置を把握した。

 僕に見えているということは、当然、凪にも見えているわけで――

 吹き上げる砂塵を一つの銃弾が貫く。

 迅がなんとか予知したようで、時枝の腕を引っ張るが、間に合わない。

 凪が放った弾丸は、肩ごと時枝の左腕を吹き飛ばした。

「兄さん人工視覚すごいですね、無い射線が通りましたよ!」

 

情報の非対称性は戦場において非常に有効な武器となる。

 相手はこちらが何を知っているかを知らない。

 何が分からないのか、分からない――これほど恐ろしいことはない。

 5機あるドローンの内2機に付けられた、指向性を持つ集音マイクが嵐山隊と迅の会話を拾う。 

 どちらも、考えていることが一緒で苦笑してしまった。

 僕たちも奴らも、分断しての戦闘を狙っている。

 それと、迅の“ちょっとまずいかもな”という声も聞こえた。『未来視』があるというのに、何がまずいというのだろうか。

「ご主人、これ悪いことに使っちゃだめだよ」

「クーちゃんがマイク付けて欲しいって、言ったから付けたのに…」

 防衛任務のような軽い会話。緊張感を持った方がいいのかもしれない。

 それにしても、スパコンは本当にすごい。クーちゃんは別々の役割をもつドローンを巧みに操縦して、その上オペレートまでこなしている。さらには、雑談する余裕まであるときた。

『みんな、知っていると思うけど、嵐山隊のテレポートには気を付けてね』

『スナイパーのみんなには、ドローンが観測したここら辺一帯の詳細な地理データと狙撃ポイントを配るよ』

『今、嵐山隊の佐鳥をドローンを使って鋭意捜索中だから、見つけたら報告するね』

 スパコンすごい、本当にすごい。

 

僕たちと奴らは隊を分断し、局地戦に臨んだ。

 迅を追いかけたのは、風間隊と太刀川さんと三輪隊の狙撃主2人。

 嵐山隊と交戦するのは、出水、当間、三輪、米屋(敬称略) と八宮隊。

 ドローンの振り分けは迅のところに1台、僕たちのところに4台。

 

「近界民の排除がボーダーの責務だぞ!!!」

 本日三度目の激昂。彼の近界民への敵意は底なしだ

「さっさとやっつけて、太刀川さん達のところへ向かおうぜ」

 そう言って、出水さんは両手にトリオンキューブを構える。僕の三倍くらいありそうだ。

――ギィン! と金属と金属が相打つような鋭い音。

 シールドと狙撃銃から放たれる弾丸がぶつかる聞きなれた音だ。

 出水さんのトリオンキューブはブラフだったらしく、佐鳥の位置が割れた。

 位置バレした狙撃主を守るために、木虎がマンションの方へ跳び、米屋さんがそれを追う。

 「兄さん、私も行きます」

 遅れて、凪もグラスホッパーを使って二人を追った。

 凪の目を通して見る人口視覚には、マンションの一室で切り結ぶ米屋さんと木虎の姿。

「クーちゃん、佐鳥は?」

「大丈夫だよ、ご主人」

そういって、クーちゃんは通信先を対嵐山隊のメンバーに変更。

『みんな、佐鳥の位置を把握したよ。今ドローンで追いかけてる。みんなのミニマップに表示させるよ』

 来る方向が分かってる狙撃は怖くもなんともない。

 俺が片付けてくると言って、当間さんは佐鳥を狩りに狙撃ポイントへ向かった。

 

三輪さんと出水さんと僕の前には、嵐山と左腕を失った時枝。

 時枝からの正確な射撃はないと考え、注意すべきは嵐山のメテオラとテレポートだと言ったのは三輪さん。すごく的確な分析だ。心はあんなに熱いのに、とても冷静な理性を持っている。やっぱり、A級はすごい。

 8*8*8=512!! に分割されたトリオンキューブが、夜空に幾何学的な模様を描き、敵へと迫る。

 出水さんは、誘導弾(ハウンド)変化弾(バイパー)通常弾(アステロイド)を的確に使い分け、嵐山を追い込んだ。

 追い込まれ先には、三輪さんの鉛弾(レッドバレット)が待っていて――

 嵐山のサポートに徹っした時枝のシールドに干渉せずに、鉛弾(レッドバレット)は嵐山に融着し、その機動性を奪った。

 その間にも、容赦のない物量投射が嵐山を襲い、着々と彼の命を削っていく。

 僕は何をしていたかと言うと、シールドをはって援護し、二人が攻撃に専念できるようにした。

 分業と専門化は人類の叡智だから仕方ないね。

 

人工視覚から見える凪の様子はというと――

 熱観測の補正を入れた合成視覚で、木虎のスパイダーの罠を見破っていた。

 しかし、狭い室内での近接攻撃手同士のコンビネーションは難しく、なかなか、米谷さんを助けにいけない。射線も通りづらく、手にしたハンドガンも、火を噴かせられない。

 米谷さんの邪魔にならないように、牽制射撃を入れるくらいが僕の人工視覚に映った凪の役目だった。

「こいつ、ちょこまかとっ!」

 槍の穂先を巧みに操りながら、刺突を繰り返すが、木虎には当たらない。

「広報の仕事をした上で、私達は5位なんです!」

 スコーピオンを振わせながら、木虎は強い口調で言う。

 槍と剣の切っ先は、周りのテーブルや椅子ついには壁まで、豆腐を切るように容易く断ち切る。

 狭い場所では、数の利を活かせないと判断し、米屋さんと凪は窓から外に出ようとする。

 二人の後を追う木虎の突然の加速――

 木虎はスパイダーの張力を活用していた。

 バネのように加速した身体から繰り出されるスコーピオンは米谷さんに突き刺さり――

 その体から、黒い煙を吹かせた。

 米屋さんの、一瞬の目配せ――

 瞳に映ってるのは、窓。

 凪の目に映るということは、僕の目にも映るということ。

「出水さん!!」

 僕は大きく呼びかける――

 僕の頭上に、先ほど別れた三人が飛び出す。

「シューターども、出番だぞ!」米屋さんが言った。

 

「「通常弾(アステロイド)」」

 

 圧倒的な物量投射。

 しかし、時枝が飛んできて――

 4重のシールドが張られた。

 僕と出水さんのフルアタックでも、なかなか破れない。

 それでも――

 まだ、僕たちの攻撃は終わらない――

 人工視覚には、スコープに覗かれた、時枝の頭。

 凪の近距離狙撃(クロスレンジスナイプ)

 まず、時枝の頭に風穴があき、

 それで、シールドが減ったため ――

 次に木虎がハチの巣になった。

 一気に三人が減った。

 

『そこだ!』

 ヘッドセットから、当間さんの声。

 そう言えば、彼は佐鳥を狩りにいく、と言っていたなと思い出す。

 声に反応し、顔を上げると、一筋の光が見えた。

 そのすぐ後に、本部基地へ緊急脱出(ベイルアウト)される佐鳥。

 ドローンで佐鳥の位置は丸見えなのだから、仕方がない。

 場所がばれてしまった、スナイパーに先は無いのだ。

『うおっっ!!?? てめっ、嵐山っ!!』

 僕と出水さんが振り返ると、そこに嵐山の姿はなく――

 ヘッドセットから漏れた声と、本部へと帰っていく、光を見て考えるに、これは釣られてしまったのだろう。

 向こうのオペレータはよほど優秀なのだ。

 被弾した佐鳥の体の損傷具合から、どの角度、どの距離から、撃たれたかを計算し、嵐山に伝えたに違いない。

「そこへ、嵐山がテレポートってわけか」

 そう、出水さんが呟いた。

 

 

こちらサイドに残ったのは、三輪さんと、出水さんと僕と凪。

 向こうは、機動力を失った嵐山一人。

 

 

消化試合をしに、嵐山のもとへ向かうとそこには――

心苦しいことに――

 

ある意味そこにいて、当然な二人が現れた。

 




ここまで読んでいただきありがとうございました。

感想、お気に入り、疑問、評価、どれもとても嬉しいです。
更新のエネルギーですね。

▼TIPS
複雑系:初期値に対する鋭敏な経路依存性。
    気象現象や経済現象のように、あまりにも多くの要因や未知の要因が相互に関
    係している系(システム) では、ごく微細な初期値の相違がシステム全体の振る
    舞いに大きな影響を与える。

    迅の未来視はシステム全体でなく、局所的なものを変えようとしているので、
    実は覆すのが、とても難しいのではないかと。

――追記――
米屋の漢字を米谷と間違える痛恨のミス。書いてるときに違和感はあった。

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