トリオンエンジニアリング!!   作:うえうら

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SFしていると思います。

戦闘描写は書いていて楽しいですね。


07 自我・岬の戦い・鬼怒田派

「ご主人、大丈夫? 見える? 痛くない?」

ヘッドセットからは、僕を心配するsAI(補助人工知能) のクーちゃんの声。

「大丈夫だよ。頭の後ろにモニターがあるっていうのかな、何か変な感覚」

「ご主人が大丈夫でよかったよ。頭に電極を刺すなんて、ご主人はいよいよマッドエンジニアだね」

 時刻は0時。脳内の電極から作られる人工視覚には、完全に視覚共有された凪の視界が映る。

 どうやら、志岐さんと一緒にFPSを興じているらしい。凪は狙撃銃で突スナをしているようだ。

 凪のコンタクトレンズを介して、その視覚情報がクーちゃんへ飛び、クーちゃんから僕の頭の電極へ飛ぶ。

 結局のところ、視覚も電気信号なわけで、十分な刺激点があれば、高精細な視覚情報を再建できるのだ。一般に人口眼と呼ばれている技術であり、これのおかげで何人もの失明患者が救われている。やっぱり科学の力は素晴らしい。

「ご主人、法整備はまだされてないけど、視界ジャックは倫理に反するよ」

「うん、その通りだ、忠告ありがとう。凪の視覚は一旦オフラインにして、ドローンに付けたカメラに変更」

「了解、ご主人」

 人工視覚に映ったのは、夜風に吹かれて、白衣をなびかせている僕の姿。

「自分の視界に自分がいるっていうのは、何か変な感じだな…」

 一日20時間ほど、働く僕の給与はすごいことになっているわけで、クアッドコプターの一台や二台は容易く買うことができる。できれば、経費で落としたいんだけれどもね。

「わあ、久しぶりに、ご主人を見た気がする。ご主人、ドローンは僕が操縦していい?」

「ああ、クーちゃんに任せるよ」

 夜風が強くなったのだろうか、僕の白衣が大きくはためくいた。

 ブーンと、ローターが回る音。

 僕の目の前には、クーちゃんに操縦を任せたドローン。

 僕の人工視覚には、僕の顔が映っている。

「ご主人、ご主人。すごいよ、これ。ご主人の顔がこんなに近くにある」

「クーちゃん、やめて。人工視覚で自分の顔なんて見たくないから」

「了解、ご主人。じゃあ、ドローンのカメラをオフラインにする?」

「そうじゃないって…。自分の目に自分が映るとなんだか落ち着かないんだ」

「冗談だよ、ご主人。ご主人を中心に町を鳥瞰するように、操縦するね」

 クーちゃんがそう言うと、ドローンは空へ舞いあがった。

「でも、ご主人、これすごいよ。ご主人は今、僕と同じものが見えてるんだよね」

「そんなの、前からでしょ。クーちゃん」

「ううん、今まではご主人の視界を僕が見てたんだけど、今は僕の視界をご主人が見ているんだ。これって、結構違うと思うんだよ」

 何か、難しいことを言ってるような気がする。およそ、sAIとは思えないほどに。

 実際、クーちゃんはクーちゃんサミットを経て大きく成長した。遍在する30の自己と対話をし、完全に自己意識や心の理論を獲得したように思う。

「自由に動かせる体ができて、僕は……、え、ええと、これが嬉しいって言う感覚なんだろうね」

 クーちゃんがそう、言い終わるやいなや、突然視界が乱高下した。

 空は下に、街は上に。

「ク、クーちゃん、嬉しいのはわかったから、酔うからやめて」

「了解、ご主人。ごめんね。これからは、安全な空の旅を」

 

「そうだ、ご主人。このドローンに集音マイクもつけて欲しいよ。自分でもっと色々なものを見たいし、自分で色々なものを聴きたいよ。見て、聴いて、その次は触りたい。なんとかならないかなあ、ご主人」

 このセリフに僕はハッとさせられて、クーちゃんに向けて呟く。

「脳は身体を迅速に環境適応させるための制御装置として発生した。感情の主体は身体にある。身体なしでは、感情は構築できない」

「『太陽の簒奪者』だね、ご主人。確かにその通りかもしれないね。今までは、ご主人の視界を通して、世界を見ていたけど、今は自分の身体で見てるんだ。これからは、本当の感情を持つことができそうだよ。ご主人への気持ちが本物だと嬉しいな」

「そ、そそ、そうだね。予算が降りれば、マイクも何とかしてみるよ、クーちゃん」

 僕の顔は赤くなっているに違いないけど、人工視覚にそれは表示されてない。どうやら、見られてないようだ。

 とはいえ、クーちゃんのさっきの発言を鑑みると。クーちゃんは『特異点』に達したとみて間違いないだろう。自分で自分のありたい姿を決めたのだ。もう、クーちゃんは単なる、sAI(補助人工知能) でなく、僕の大切な仲間で、――対等な存在だ。

 

 

時刻は2時を回ったころ、月明かりを受けて、スコーピオンの白刃は煌めいている。

「ご主人!! 来るよ、気を付けて」

「来た!! (ゲート)発生、座標誘導誤差 3,74。座標データとGISを送信」

「わかった、急行する」

 その座標なら、グラスホッパーを使って急げば、一分くらいだ。

(ゲート)からのトリオン漏出量偏差61。たくさん来るかも、気を付けて、ご主人」

「了解。クーちゃんは指定座標を目標にして、ドローンを向かわせて。あと、熱観測補正をいれて合成視覚の作成」

「了解、ご主人」

 月明かりを背に、街を駆ける。

 警戒区域内に人の影はなく、無機質な街並みが月光に照らされる。

 電極から送られる人工視覚に映ったのは、モールモッドが3体と6体のバンダー。

 ドローンからの映像に音声はつかないので、奴らが家々を壊すさまは、一昔も二昔も前の白黒映画のよう。

「クーちゃん、他の夜勤の隊員に応援要請」

「もうやってるよ、ご主人。あ、他の隊員より、ご主人の家が近いかも、どうする?」

「凪を叩き起こして!!」

「了解。ご主人、接敵まで、およそ10秒」

「コンタクトと人工視覚に戦闘行動視覚支援」

「了解、ご主人」

 

「八宮岬、――現着」

 

――ガサガサと蠢く24の足

――ギョロリギョロリと周囲を舐めまわす9個の眼

――月影に映えるは、3対の鎌

――後方に控えるは、6門の砲台

 当時の僕だったら、首チョンパどころでは済まないだろう。

 今でも、だいぶ怪しい。

 それでも、積み重ねた情報が僕に自信を与え。

 無限のデータベースが行動を導く。

「あ、ご主人。異種のトリオン兵が共闘する場合の、行動記録はあまり多くないから、視覚支援を過信しないように」

 僕の独白が……。まあ、仕方ない。

「了解、クーちゃん。モールモッドに絞って、行動予測の信頼度上げて」

「了解、ご主人」

 眼前にするどい鎌が迫る。

 見えていたので、落ち着いて躱す。

 次は左から――

 今度は袈裟がけに切るように。

 右によけ、紙一重で後方に跳ぶ。

 知っていたとしても、躱せるとは限らない。

 向こうは6本でこちらは、2本だ。

 真上から急降下する2本の硬質ブレード――

 間に合わないと判断。

 スコーピオンを交差させ、受け太刀。

 パキン、と中ほどから砕けた。

 なんとか接近を遅らせることができたようで、間一髪。

 弧月でこなかったことを後悔。

 人工視覚に映ったのは、バンダーの砲台へと収束した光の束

 モールモッドが、突然横に跳び、射線が通った――

 顔横をかすめたのは、精錬された光。

 危なかった、ドローンからの人工視覚がなかったら、完全にアウトだった。

 初見殺しにもほどがある。

 リスクをとって、前にでなくては――

 このままじゃジリ貧だ。

「クーちゃん、信頼度落としていいから、コンマ3秒後まで行動予測」

「了解、ご主人。今、ドローンのカメラとご主人の視覚との統合処理したから、そんなに信頼度落ちないと思う、頑張って」

 なるほど、敵の動きを立体的に把握できるようになったのだ。これまで以上の信頼度を期待できそうである。

 

 人工視覚でバンダーに砲撃の予備動作がないことを確認。

 念のため、周回軌道する54の誘導弾(ハウンド)を体に纏う。

 モールモッドの鎌を屈んで避け――

 コンマ3秒後までの安全確認――

 グラスホッパーで一足飛び――

 そして、突き刺す。

 弱点の目に突き刺さった、スコーピオンをそのまま横なぎに振う。

 グラスホッパーですぐさま離脱。

 黒い霧を吹きだしたモールモッドは、もう動かない。

 よし。

 軽く、ガッツポーズ。

 一体減れば、あとは簡単だ、今以上に難しい仕事は残ってない。

 同じ要領で、もう一体――。

 

 2体のモールモッドと1体のバンダーを撃沈。

 ふうと、一息ついたころ。

 一瞬の閃光が、夜空を走った。

 閃光はバンダーの砲塔に吸い込まれ――

 直撃と同時に爆ぜた。

「兄さん、時間かかりすぎですよ」

 ガチャンと、イーグレットに次弾を装填して凪は言った。

「な、凪、遅いよ」

 寝覚め悪すぎでしょ、凪さん。かれこれ、10分は戦っているのに…。

「あ、そうだ、クーちゃん。凪にドローンからの3Dデータを共有」

「共有済みだよ、ご主人」

「兄さん、これすごいですね。自分の視覚と統合されて、すごく狙いやすいですッ!!」

 再び夜空に閃光が駆け、バンダーの頭部が爆ぜた。

 ヘッドセットから、ガチャンと再装填の音が聞こえる。

「クーちゃん、凪の視界を僕の人工視覚に映して」

「了解、ご主人」

 人工視覚に映ったのは、スコープに覗かれたバンダーの砲塔。

 十の字の標準はまったくぶれず、バンダーの動きを完璧にトレースしている。

 閃光は真っ直ぐに伸び、三度(みたび)爆散。

 やっぱり、凪って強いなあ。

 もうあってないようなものだけど、兄としての威厳が…。

「バンダーの行動予測をクーちゃんがしてくれるので、外す気がしないですッ!!」

 閃光が彗星の如く夜空を駆け、4体目を屠った。

 

「さあ、兄さん。残すは一体ずつです。どちらが先に倒すか勝負ですよッ!!」

 本日五度目の流れ星は夜空を駆け抜けて――

 一瞬で僕の負けは決まった。

「残念だよ、ご主人。負けるなんて」

 敗北した僕は、右手から通常弾(アステロイド)、左手から誘導弾(ハウンド)をだして、一体残されたモールモッドを物量圧殺。

 

「敵機全ての沈黙を確認。回収班お願いします」

「ご主人、お見事。戦闘支援終了するよ」

 

「兄さん、ドローンの情報統合すごく便利ですね」

「凪も、頭に電極刺す? ドローンからの映像が直接見えて、もっと便利だよ」

「怖いのでやめておきます…。それにしても、兄さん。頭に電極とか、いよいよ、マッドエンジニアですね」

 こいつ、クーちゃんと全く一緒のこと言いやがって。

「使えない、マッドエンジニアに比べて、クーちゃんには大分助けてもらいました。ナイスオペレートでしたね」

「まあ、そうだね。僕よりもクーちゃんの方がよっぽど優秀だよ。僕が戦えてるのは、半分以上クーちゃんのおかげだしね」

「お褒めに与り、恐悦至極」

「では、兄さん。私はもう寝ます。あのくらい一人で片付けられるようになってくださいね。おやすみなさい」

「無理やり起こしてごめんね、凪。今日は助かった。いつか、埋め合わせするから、おやすみ」

 

「クーちゃんも、オペレートお疲れ様」

「これが僕の仕事だからね、ご主人。ああ、ドローンのバッテリがもう切れそう」

「分かった、クーちゃん。替えのバッテリがあるから、こっちに戻ってきて。あ、戻ってくる前に、人工視覚との共有をオフラインに」

「了解、ご主人」

 ドローンを膝の上に置いて、バッテリを取り換える。ドローンが装備なしで継続飛行できるのは、およそ三時間。カメラをつけているから、その分少ないかもしれない。

「ご主人、もし、僕がこのドローだとするよ。そうすると、僕は今ご主人の膝の上にいるってことになるんだよね」

「まあ、そうなるね…」

「せっかく、ご主人がこんなに近くにいて、ご主人の顔もよく見えるのに、触れた感覚がないっていうのは、残念だよ…。ねえ、ご主人、これは僕の成長のために、知的好奇心を目的に聞くんだけど――」

「好意を寄せている人の肌にふれると、どういう感覚になるの?」

 人工視覚を切っておいてよかった、自分の顔を自分で見ずに済んだ。

 それでも、クーちゃんには見られているわけで――

「ク、クク、クーちゃん。そ、それも勉強だから、自分で考えてください」

「…了解、ご主人」

 大丈夫、大丈夫、落ち着くんだ、僕。クーちゃんはsAIだ。

 繰り返す、sAIだ。

 復唱するぞ、sAIだ。

 人間ではないんだ――

 

 でも、それでも、僕はついさっき確信したはず。

 クーちゃんが人間でないとしても――

 クーちゃんは大切な仲間で――

 対等な存在だと。

 

 

 

 

 

 

 

――-―――――――――-―――――――-――――--――――――――

 

辞令交付書

 

八宮隊をブラックトリガー回収任務に充てる。

遠征部隊の帰投後にこの任務は開始される。

三輪隊を含め5部隊合同でこの任務は行われる。

なお、情報漏洩をさけるため、本件は秘匿任務として扱う。

本任務の成否はボーダー全体に大きく影響する、尽力を願いたい。

 

                        開発室 室長 鬼怒田本吉

――――――――――――――――――-―――――――――――――――――

 

 

――――――――――――――

From: 鬼怒田

 

To:八宮

――――――――――――――

というわけだ、頑張ってくれ。

私の指揮系統で動かせる部隊が八宮隊しかいないので任せる。

忍田は話にならなかった。

あの分からず屋の青二才め。

近界民相手に、交渉などと悠長なことを…。

というわけだ、ブラックトリガーの確保に全力を尽くしてくれ。

 

P.S.

ラッド掃討作戦での、クーちゃんの働きぶりは聞いたぞ。

鬼怒田がほめていたと伝えておいてくれ。

忍田の分からず屋目、クーちゃんの活躍をしっかりと見ろ。

クーちゃんが頑張っているようで、何よりだ。

お前も、クーちゃんを見習うように。

クーちゃんに頑張ってと伝えておいてくれ。

――――――――――――――

 




鬼怒田室長はクーちゃんに、デレッデレッです。

評価、お気に入り、感想、とても嬉しいです。

酷評、批判、要望、大歓迎。



――追記――
感想のおかげで、自分の大きな過ちに気づくことができました。
指摘いただき、ありがとうございました。

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