トリオンエンジニアリング!!   作:うえうら

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前回、岬が凪の手をとったのは、志岐さんに色々聞いたからです。

「あなたの隊服、せっかくデザインしたんだから、早く見せなさいよ」
「え!?]

みたいな、イメージです。



06 初仕事・飲み会・派閥

ラッド駆除が僕と凪の初仕事だ。

白衣をコンセプトに据えた、お揃いの隊服をなびかせて、僕たちは走る。

 

 

 

「2.718281828、うーん…思い出せない」

この世の偶然全てを支配する、釣鐘型の正規分布曲線を頭に浮かべて、僕は呟いた。

「自然対数の底がどうかしたんですか、兄さん」

「ラッドの増加傾向が、細菌のように指数関数的なものだったからね」

「迅さんが、ラッドに気づくのに、あと2日遅れていたらと思うとぞっとするよ」

「今は数千だけど、二日後には数万単位になっていても、まったく不思議じゃない」

「なるほど、ラッドを駆逐できるか否かの均衡点に、私達はいるわけですね」

スコーピオンでラッドを串刺しにしながら、平然と凪は言った。

「まあ、そういうわけ」

木虎を始め、女子メンバーはゴキブリでも扱うかのように、ラッドに触れるが、凪はまるで気にしてない様子だ。

女子力低くないですか…、凪さん。

 

 

「クーちゃん、そろそろ、準備できた?」

「ちょっと待って、ご主人…もう少し…」

「よし、できたよ。並列化、及び、ネットワーキングの形成、完了。情報誤差に対する

 強度は基準内、その他諸々のパラメータも基準内だよ、ご主人」

「じゃあ、クーちゃんこれがデビュー戦だから頑張ってね。あ、あと、固い口調で話す

 ように気を付けてね」

「了解しました。ご主人様」

「ち、違う、そうだけど、そうじゃない」

「兄さん、顔を赤らめないでください。いよいよ、キモイですよ」

汚物でも見るかのような鋭い視線が僕に刺さる。

「冗談だよ、ご主人。僕、頑張るから見ててね」

 

 

「C級隊員のみなさん、C級隊員のみなさん、聞いてください。

 私はボーダー開発室で作られたsAI(補助人工知能) の九宮です。

 オペレート業務をすることを目的に、私は開発されました。

 ラッド駆除の能率を上げるために、私がC級隊員のオペレータを務めます。

 ヘッドセットを通じて行うので、各自、耳を傾けておいてください。

 ラッドの密度に沿って、三門市を30の区域に分けました。

 区域区分はお手元の端末で確認するよう願います。

 一区域に一人、およそ30の私が偏在しています。

 質問事項があれば、当該区域の私を呼びかけてください。

 では、みなさん良い仕事を。

  ・

  ・

 繰り返します。…………」

 

よかった、クーちゃん調子よさそう。

クーちゃんができて間もないころは、一緒に本を読みながら勉強したんだよな。

懐かしい、思えば、遠くまで来たものだ。

「兄さん、嬉しそうですね」

「ああ、そりゃね。子供が巣立って行くというのは、こういう感覚なのかもしれない」

「まあ、でも、クーちゃんがこうやって活躍できているのは、鬼怒田室長のおかげなん

 だよね。忍田本部長は、危険があるからと九宮プロジェクトに難色を示しているん

 だ。でも、僕の直属の上司である鬼怒田室長が、ラッド掃討にクーちゃんの使用のGO

 サインを出してくれたってわけ」

「それに、鬼怒田室長はかわいい子共に甘いから、クーちゃんを孫のようにかわいがっ

 てくれるんだよね。」

「それは、ギャップがありますね。デレた鬼怒田を見てみたいです」

喋りながらも、僕たちの手は止まらない。

凪はスコーピオンを振るわせて、ラッドを両断し、

僕は魔貫光殺法もとい、通常弾(アステロイド)誘導弾(ハウンド)でラッドを破壊する。

「そうそう、このラッドをレーダに映るようにしたのも鬼怒田室長なんだよね。ロジス

 ティクス(物流) ネットワークを応用して、クーちゃんがオペレートできているのも、

 室長の働きによる部分が大きいんだ」

 

 

ラッド狩りを始めてかれこれ、2時間くらいたっだろうか。

20体以上壊した気がする。

現状を確認するため、指を動かして、空中に長方形を描く。

僕専用のコンタクトレンズを介して、地図が中空にAR(拡張現) される。

ふむふむ、クーちゃんがなかなかうまくやっているようだ。

「クーちゃん、凪と視覚共有」

「ちょっと待って、ご主人。今、忙しい。………OK、できた」

「じゃあ、クーちゃん引き続き頑張って」

「あ、ご主人。人間のオペレータとの情報交換にのために、僕を一人、専門化させたけ

 ど、大丈夫?」

「ああ、大丈夫。自分の判断でやっていいよ。では、よい仕事を」

凪は表示された地図を見ながら、指折り数えているようだ。

「兄さん、この調子で行けば夕方までには、終わりそうですね」

「うん、クーちゃんのおかげも大きいと思う」

「兄さん、覚えていますか。ラッド撃破数の少ない方が罰ゲームですよ。

 私は32で、兄さんまだ24ですからね」

僕との遊びを全力で楽しむ、はにかんだ凪の顔がこちらを向いた。

僕も負けていられない、楽しもう。

 

夕方に差し掛かったあたりで、地図から全てのマーカーが消えた。

やはり、数の力は偉大である。

勝負は僕の負けで、罰ゲームはARの講義を行うこと。

凪が勉強熱心で僕は嬉しい。

 

凪はこれから志岐さんを含めて、那須隊とお疲れ会をするようだ。

クーちゃんは、30に偏在した自分達で、クーちゃんサミット(会議) を行っている。

後になって、ログやら、評価関数の推移やら、波形やらを確認するのが大変そうで、頭が痛い。

 

そして、僕はと言うと、デスマーチの終わりが確約されたわけで、居酒屋にいる。

 

 

卓を囲むのは年齢順に、東春秋、木崎レイジ、諏訪洸太郎、堤大地、嵐山准、迅悠一(敬称略)、それと僕。あと、数人の開発課の仲間。

微塵も女っ気がない。

 

「では、最年長の東さん、お願いしまーす」

語尾をやたら伸ばして、生ビールを持って、そう言ったのは迅さん。

「イレギュラー門発生の終息と、ラッド掃討の完了を祝って、乾杯!」

いつも、落ちつている東さんのテンションが高い。

大学生、大学院生はやたら、夜勤に駆り出されていたので、その高いテンションも腑に落ちる。

「カンパーイ!!!」

テーブルの中央の上空でジョッキがぶつけられる。

卓を囲むみんなの笑顔は普通の大学生のそれだ。解放感に満ち溢れている。

――ゴトッ、ゴトッ、ゴトッ!

あっという間に、空になった三つのジョッキがテーブルに並んだ。

飲み干したのは、レイジさんと、諏訪さんと、迅さん。

プハーと、ビールを飲み下す小気味よい音が、あちこちから聞こえる。

乗用車にガソリンを入れるか如く、ビールを体に入れる人のペースに合わせてはいけない。

自分のペースを守ることが、命を守ることにつながるのだ。

「いやー、沁みる、ビールが染みわたる!」

早くも二杯目に手を付けた諏訪さんが叫ぶ。

「諏訪さん、レポートの提出、明日って言ってましたよねえ。見せませんよ」

心配して声をかけたのは、堤さんだ。

堤さんは諏訪さんの一個下のはずだが、レポートを見せるとは、どういうことだろうか。なるほど、単位を落としているに違いない。

そして今年も、瀬戸際のように見える。

「いやー連続の夜勤も終わりだ。弟と妹の顔が見れるぞ」

嵐山さんがそう言って伸びをした。

兄妹に対して、一日に一回ハグをするというのは、凪から聞いた話である。

 

大学のレポートの話。

ランク戦の話。

トリガーの話。

そんなことを、がやがやと話している。

話す相手は、自然と同じポジションや同じ隊になっていく。

彼らは、本当にボーダーが好きなのだ。

 

ところで僕はというと、乾杯と口にしてから、一切口を開いてない。

飲み会に表れるコミュ障は、さながら、紅海を割るモーセのごとし。

コミュ障は事務的な会話はできても、フリートークが苦手なのだ。

寂しくなったので、ヘッドセットの電源を入れる。

「クーちゃん、サミットは終わった?」

「今、盛り上がってるから、後でね、ご主人」

ツー、ツー、と通話の終了を告げる機械的な音。

目の前のお刺身は、孤独の味がした。

 

「そーいえば、風間と太刀川がいないな。風間はともかく、太刀川なら飛んでくるだろ」

10杯目のビールを手にして、レイジさんが言った。

落ち着いた筋肉の顔は少しの変化の様子もない。

「ああ、彼ら遠征ですよ」

東さんが淡々と答える。

誰も飲むペースを、落としていないことに驚かされる。

この卓には、アルコールモンスターしかいないらしい。

「城戸派のエースみんな遠征かよ、ケッ!!」

煙草をすり潰しながら、諏訪さんはそう吐き捨てる。

「そういえば、八宮さんはどの派閥なんだい?」

初めて話題を振られた。僕に話しかけてくれた嵐山さんは、聖人に違いない。

「ええと、直属の上司は鬼怒田さんだから、指揮系統は誰にも被らないですね。まあ、

 室長は城戸派よりだから、そちらになると思いますね」

迅さんはそう答えた僕を見て、ポンと、手を打った。

「ふむ、なるほど」

何を納得したのだろうか。というより、何が“視えた”のだろうか。

「ふむふむ、面白くなってきた」

ニヤリと聞こえきそうなほど、迅さんの口角は上がっている。

「趣味の暗躍があるので実力派エリートは、はやびきしまーす」

「お疲れ様でーす!!」

完全に大学生のノリだ、事実そうなんだけどね。

『未来視』には、いったい何が映ったのだろうか。

 

その後、僕は東さんとレイジさんと話した。

東さんもレイジさんも、他に比べたら落ち着いた雰囲気で話しやすそうだからね。

トリガー開発課の一員たるもの、現場の声をしっかり聴く必要もあるわけで。

長年の経験を持つ東さんの話はとてもためになり、今後に活かせそう。

玉狛支部独自のトリガーも興味深くて、レイジさんには、アポイントメントを取っても

らえた。

仕事だと思って会話を始めたのだけれども、楽しんでいる自分がいて驚かされた。

楽しい時間はあっという間なわけで――

気付いたら、宴もたけなわってわけ。

 

 

「おーい、二次会いくぞ、オラ!!」

煙草をくゆらせて、諏訪さんが叫んだ。

諏訪さんの肩には酔いつぶされた堤さんがいた。

これから二次会でもう一度死ぬ。

堤大地は二度死ぬ。

 

 

凪も、クーちゃんも楽しくやっているだろうか。

 

ボーダーの一日は長い。

 




もっと、戦闘描写を書きたい。

黒鳥争奪はたぶん、今までハーメルンになかった形で書きます。

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