トリオンエンジニアリング!!   作:うえうら

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「俺ら、もっと意志の疎通に努めるべきだぜ」
           ――ローランド・エメリッヒ監督『インディペンデンス・デイ』


02 親睦・対策会議

 親睦は、鍔迫り合いから始まった。

 火花が散り。甲高い音が三門市住宅街に反響する。日は照っており、向かい合わせの剣がギラリと陽光を反射した。

 弾かれるように両者は飛び出し、剣尖(きっさき)を敵の急所へ定める。

 クラウダが振るうは幅広の大剣。

 対するは棘の生えた百足を思わせる長身の剣。蛇腹剣に似ているその剣こそが、レギンデッツの獲物――新型トリガー『剣竜(テュガ・テール)』であった。

 横薙ぎ、切り伏せ、袈裟切り、逆袈裟、大剣が繰り出す全ての剣線を蛇腹剣が逸らしていく。

 自在だった。

 『剣竜』自身が意志を持つかのように、無限の軌道で空中を這う。

 長い長いその剣は、鋭さを証明するかのように信号や電線までも容易く断ち切って見せた。

 鞭のしなやかさと剣の鋭さを兼ね備えた業物(わざもの)だ。

 素晴らしい剣だな、とクラウダは称賛を上げたくなった。

 と、同時にはたと疑問に思う。

 おかしい、あれほど長い剣を何故自在にあやつれるのだろうか。

 扱いの難しいとされる大剣を極めたクラウダだ。武器の重心を取ることの難しさは誰よりも理解しているつもりである。当然自身の技量に自負はあるし、それ以上に相手の技量の秘密が気になった。

 が、レギンデッツの全貌を一目見るなり、疑問は一瞬にして氷解した。

 ――脳波直結インターフェイス。

「びっくり人間か!? この百足野郎」

「バカッ! どう見ても竜の尻尾がモチーフだろうが」

「何が竜だ。頭からゲジゲジ生やしやがって」

「ゲジッ……! んだとこの野郎」

「100人が100人ムカデ科ムカデ目って言うぞ、このゲジゲジめ!」

「言わせておけば、金髪ツンツン野郎が」

 

 スピーカーからは、聞くに堪えないやり取りが響き合っていた。

 今にもお前の母ちゃんでべそと言い出しかねない口汚さで、凪は気が気でない。

 いっそ耳をふさいでしまおうか。いや、今すべきことはそんな現実逃避でない。彼らの口こそが塞がれるべきではないか。

 凪は冷静に思案していた。

 酔っぱらいの傍若無人の振る舞いを見て、急に酔いが醒めることがある。熱くなりすぎた人を見ると、途端に自分を理性的にコントロールできるようになる。人間とは不思議にできており、凪にとって今がまさにその状態であった。

 これは親睦を深めるための模擬戦なのだ。それを忘れてはいけない。

 兄さんがいない今、スノリアをまとめるのは私だ。

 使命感に満ちていた彼女は解決策を探ろうと(つと)めた。

 落ち着いて周りを見れば、≪ガロプラ≫と≪キオン≫の面々は(ただし、もっと言ってやれと騒いでいる王女を除いて) スクリーンを前にして頭を抱えている。

 ――故郷の恥だ。

 と思っているに違いない。

 何より、これでは親睦が深まりそうもない。

 血の気が盛んな2人を一番最初に送り込んだのは、決定的な失敗だった。

 さて、どうするべきだろうか。

 とりあえず、一緒になって頭を抱えた。

 

 レギンデッツとクラウダの罵りあいがヒートアップしていくにしたがって、戦いは何でもあり様相を見せてきた。

 インターフェイス一体型トリガーである『剣竜』がレギンデッツの思考を読み取り、刀身から無数の棘を射出すれば、高周波ブレードと化した大剣が飛来する棘を粉微塵に切り払う。

 新型の隠し玉が見切られてしまい、レギンデッツは(かす)かな動揺を覚えた。

 だが彼の得意分野はむしろ、トリオン兵の統率、集団戦闘にある。

 薙ぐように腕を一振り。

 地面に突き刺さった楔形の金属柱から、黒球が生まれた。

 ゴィゴィゴィと不吉な音。

 黒球の境界から前足がぬっと姿を現す。続いて後ろ足。最後に尻尾。牙の生えた頭は腰の高さほど。胴体は滑らかな流線形。人工筋肉増力機のぎゅぎゅるという駆動音。

 (ゲート)から召喚されたのは、奇妙な四脚の機械生物。それがぞろぞろと20機も。

 これには勝気なクラウダも面を食らったようだ。大剣の剣尖(きっさき)がどれを相手にするべきかと彷徨っている。

 敵の慌てようを確認したレギンデッツはほくそ笑んだ。AR(拡張現実) デバイスのキーをブラインドタッチ。偵察・集団戦闘用トリオン兵『ドグ』に次々とコマンドを与える。

 攻撃対象の認識、固定。

 データベースより類型の検索。

 【近接戦闘:対剣士】の評価関数をインプット。

 相互ネットワークの確立。

 再帰的学習処理の確立。

 コマンド>>密集隊形。

「卑怯だぞ! 」

 と相手の金髪が吠えたが、気にせず突撃指令を下す。

「上等だ。戦争にルールはねえんだよ。それはおめえらが一番知っていることだろうが! 」

「やってやろうじゃねえか、ワン公なんて相手にならねえ」

「クソッ、言ってやがれ。噛みつかれて泣いても知らねえからな」

 レギンデッツは腕をかざし、さらにドグを呼び出した。

 数は力だ!

 行け、突撃。

 (おびただ)しい足音が駆けて行った。

 敵がドグの対処に気を取られている隙に、死角から一刺しがレギンデッツの常套手段である。脳波直結インターフェイス(BMI:Brain-machine Interface)に意識を集中した。刀身からひんやりと湿った風を覚え、空気の振動さえ感じられる。まるで『剣竜』の刀身が自らの躰のようだ。

 調子は上々。

 ――早く隙を見せろ。一刺しでやっつけてやる!!

 だが、金髪の野郎は既に精神の平衡を取り戻したように見える。躰を低く構え、剣尖(きっさき)をドグから離さずにバックステップで距離を置く。囲まれないための冷静な対処だ。一対多の戦闘に慣れがあるのかもしれない。

 奴はニヤリと笑い、

「こっちにも隠し玉はあるからな」

 と言い捨て、マウスほどの球体を上空へ投げた。

 ――そんなことをしてどうなる。

 レギンデッツは鼻で笑ったが、上空から降り注いだ光に思わず目を細めた。

 見れば、奴の投げた球体から閃光が瞬き、ぞわぞわと雲のように膨張していく。

 視界はすぐに暗くなった。

 膨れ上がった雲が日差しを遮っていたのだ。

 雲の高度はおよそ80mほどだろうか。

 大きさは50m四方。いや80m、100mに近いかも。

 ビルを基準に目測していると、

 次の瞬間――

 空を覆う白い巨大な質量物が、一斉に落下してきた。

 天が落ちてくるとはこのことか。

 頭の片隅に神話の光景が過る。躰は反射で、対物シールドの傘を作った。

 ズシン! と足元に浮遊感がやってきた。膨大な質量の落下に地面が沈むように揺れている。間髪入れずに、破壊的な衝動を秘めた音が四方八方から轟いた。

 地響きにも似た慈悲のない音。

 めきめき。びきびき。圧を加えられ、もろくも崩れようとしている音。

 物体の悲鳴だった。

 白い質量物が悪魔となって、建物という建物を圧潰(あっかい)させる。切れた電線はちりちりとスパークを始めた。ひしゃげた屋根から、かつての(はり)が木切れと成り果て突き出ている。コンビニやスーパーのガラス窓はあきれるほどきれいに飛び散ってしまい、太陽光をちらちらと反射していた。

 カタストロフが自分を包んでいる。

 思い出したくない光景の再現だった。

 傘によってぽっかりと空いた穴に、自分だけが取り残されている。

 全く同じだ。

 それが引金となって、

 記憶が脳の奥底から這い出てきた。

 まだ10にも満たない頃、

 自分一人を残して、何もかもが崩壊してしまったあの時が。

 両親の死が。

 その虚ろな目が。

 屈辱感と己の無力さが。

 這い出てくる。

 叫びだしたい衝動が腹の真ん中で渦巻いた。

 クソッ……。オレ達が何をしたって言うんだ。何だって大国の奴らはみんな勝手なんだ。

 あの時だって、キオンに救援要請を送ったのに……。それなのに、奴らのやったことは――――。

 焼けつくような怒りがふつふつと沸き上がった。

 怒りをぶつけるべきは、あの大剣野郎。

「クソッ、ぶっ殺してやる!」

 拳を振り下ろすと、白い粉が舞い散った。手が冷たい。それすら苛立たしい。

「これは…………雪か」

 ぺろりと舐める。味はしなかった。故郷には降らずとも、知識としてなら知っている。

 腰まで積もってやがる。腹立たしい。

 ドグは頭まで埋もれてしまった。防水仕様だが、耐冷性ではなかったはずだ。この程度の温度なら大丈夫か?

 愚痴らずにはいられない。

「クソッ、これだから資源のある国は……」唾を吐き、足元をげしげしと踏み固める。「これだけ動きづらいんだから、向こうは何かしらの移動装置を持ってそうだな」

 暖機運転のために(ゲート)からドグを再展開していると、滑らかかつ鋭い音が聞こえてきた。

 音は急速に近づいてくる。

 風切り音だ。

 視界の端を銀色の煌きがスッと横切った。

 大剣野郎が飄々とスキーで雪上滑走をしていたのだ。ボッボッと爆発音も聞こえる。内燃機関付きだ。

 ――クソッ、いけしゃあしゃあと。これだから資源のある国は。だったらこっちは、ドグに乗って戦うか? いや、だめか。

 薄く光る下敷きのようなARデバイスでドグ指示を与える。

 作戦単位を2小隊にリ・コマンド。

 α>>密集防御。

 β>>散会包囲。

 それから、自らの戦意を固めた。

 返り討ちにしてやる。≪キオン≫のハイエナ野郎め。

 

 侵略による略奪は≪キオン≫の本分であった。長いキオン史において、主要産業は略奪であり、次いでトリオン兵の製造、トリガー製造、これらに大きく水を空けて主食であるジャガイモの生産が続く。

 クラウダの戦い方はキオンの軍事史において、テンプレートと言ってよかった。

 端的に言って傍若無人。

 相手の土地でホームのように振る舞う。

 敵の領土に迷惑がかかることなんて、考慮にいれさえしない。

 それが当然だとクラウダは教官から教わってきたし、今も忠実に再現している。

 ICEB(内燃機関付きブレード) によって加速した大剣を心の赴くままに振るわせる。これが最高に心を躍らせるのだ。

 対するレギンデッツはドグと連携し、後頭部から生えた『剣竜』をサソリのように扱って応戦した。

 2人は喧嘩の不文律をすっかりと忘れ、ましてやガトリンが親睦を深めるために訓練装置を使わせたことなど、頭には毛頭残っていない。無我夢中と言われる危険な真理状態でさえある。

「ラタッ! ウェン! 来てくれ」

「じゃあこっちも増援だ。サエグサも凪の姐御も頼むぜ」

 

 ガロプラ=キオン合同メンバは顔を見合わせた。

 そして、コクリと首を縦に振る。

 心が合わさったのかもしれない。

 ――親睦のために、まずあの2人を黙らせるべきだろう。

 冷静になれば、それが第一歩であるべきことは明らかだ。

 個人の感情より優先すべきことは山ほどある。

 ヨミはコントローラを握り、他の全ては仮想空間へと消えていった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 岬、ガトリン、コスケロの3名は航法室に来ていた。天井は蛍光灯で、壁のあちこちにアナログ式の指示器が埋め込まれている。メインコンソールの前は複座になっており、少し後ろに4人掛けの椅子とメッキ塗装のテーブルがあった。

 ガトリンに促され、岬は上座に座る。この隊長には歓迎されているらしい。

 尻が痛くなりそうな椅子に全員が着くと、早速本題に入った。

「お互いの目的の確認だな」ガトリンが言う。「こちらは玄界の恨みを買わない範囲において、奴らの足止めだ。方法はボーダーの遠征艇を破壊することに決めた」

「こっちはボーダーの技術略奪です。方法は――」

「八宮、お前は俺の部下じゃないから別に(かしこ)まらなくてもいい。隊を任されたもの同士、対等な方がいいはずだ。その方がお前の部隊にも心象が良いだろう」

「確かに」岬はこくりと頷いた。「じゃあそうするよ。悪いね、目上なのに」

「フフッ、順応早すぎでしょご主人」

 話の腰を折らないでよ、とsAIを軽くあしらって、岬は再度話し出す。

「目的は技術略奪。主にトリガー関係。可能なら、スパコンも盗みたい。方法は開発室に突入してから、手当たり次第って感じ」

「雛鳥はさらわないのか」

「人間はかさばるから、後味も悪いし」

「そうか、わざわざここまで技術略奪か。ご苦労だな」

「情報や技術の方がよっぽど有意義ってのが上の判断かな。あ、それと――」

 とってつけたように、岬は言った。ガロプラの遠征メンバにユーマのようなサイドエフェクト持ちはいないと分かっているが、それでも顔に出るかもしれない。金の雛鳥がボーダーにいるとガトリンに知られるわけにはいかないのだ。

 とにかく、口を滑らせる前に話題を変えたかった。

「≪キオン≫本国から既に聞いていると思うけど、今回の侵攻におけるヘイトを≪キオン≫に向けさせても構わないって」

「それはありがたい申し出だが、方法はどうするんだ」

「『キオンより参上』って、スプレーで壁にでも書いておくよ。それか拡声器で叫ぶ」

「ははっ、そりゃ面白いね」コスケロが笑った。「玄界だとあっぱれあっぱれと言うんだっけか」

 ちょっと違うと思ったが、岬は流した。ところどころに散らばっている玄界に対しての知識の出所も気になりはするが、それは本題が済んでからだ。

「まあ、そんな感じ。敵の敵は味方とはよく言ったものかな。お互いの目的が背反しないようだし、煮詰めていこうよ」

 

 話し合いの末、作戦の大筋は強行突入に決まった。

 ガロプラ内で既におおよその計画はできていたらしく、聞いてみれば、それは岬の描いた青写真を邪魔しそうになかった。基地の中で暴れてくれる分には、一向にかまわない。

 特に紛糾することなく、スムーズに話が済んだおかげで議題は次に移った。

 題して、『個々のボーダー隊員の傾向とその対策』。

 岬が事前に送信したランク戦の映像に基づいて、個人総合ランク1位から対策会議が行われていた。

 テーブルには泥のように苦いコーヒーが湯気をたてて並んでいる。コスケロが淹れてくれたのだ。彼が言うには、軍部には配給品が優先的に回されるらしい。

「この太刀川ってヒゲはなかなか腕がいいな」ガトリンが目を細めて言う。「イルガーはあんなに容易(たやす)く切れるもんじゃない」

「隊長の『処刑者(バシリッサ)』でもスパッとやれそうなものですがね」コスケロは思案顔で顎の髭を撫でた。「ただ、レギーの『剣竜』でもできますかね?」

「レギーが新型に慣れればできるはずだ。だが、今の本題はこいつをどうするかだ。できれば遊ばせておきたいところだが」

「イルガーを2機ずつ計16機を8方位に飛ばすから、そのどこかに行くと思う。太刀川と小南くらいしか、イルガーを上手に対処できなそうだし」岬は頷き、クリアファイルからA4の印刷物を取り出した。マトリクスに、数字がびっしりと整列していた。「これが弧月の平均的な出力で、この値がイルガーの腹面装甲の中央値」

「ほう、なら大丈夫か。万が一対峙するとしても、『処刑者』の硬度を上回る切れ味はなさそうだ。次に移ろう」

 岬はクリックで、動画ファイルを再生した。

 一口に動画ファイルといっても、それは苦労の結晶であった。玄界と≪ガロプラ≫では、通信規格や圧縮方法、映像コーデック、音声コーデック、……etcetc、何から何まで互換性がなかった。バイナリデータまで戻しての作業は苦痛を極める。当時の岬は干からびたゾンビになっていた。

 送った動画ファイルは2種類あり、編集で短くまとめたものと全試合をフルで録画したもの、今映っているのは前者だ。

 スクリーン上では、流星のようなアステロイドが猛威を振るっている。

 正確無比だった。

「この二宮ってやつは落ち着いてるな。ポケットに手を入れたままだから、射線が読みにくい。シールドを見る限り、トリオン量もありそうだ」

「ガトリン隊長。なんでこいつ雪だるま作っているんですかね」

「皆目わからん。玄界の新型トリガーかもしれんし、儀式めいた呪術かもしれん」

「ああ、玄界には八百万の神々がいるそうですからね。そこんとこはどうなんでしょうかね、八宮さん」

「彼の趣味です」

 毒にも薬にもならない嘘を岬はついた。岬にだって二宮の雪だるまの意味は分からない。もしかしたら、本当に呪術めいた儀式かもしれないのだ。sAIがクスッと笑っていたので、岬はたたみかけた。

「別に祈祷というわけでなく、彼が雪だるまフェチなだけです」

「そうか……。まあ、個人の自由だ。こいつもイルガーを追っかけてくれると楽だな。もし初見なら、ラタでもやられていたかもしれん。それも、今となっては憂う必要もないのだろうが。よし、次だ」

 クリックで再生。投影用スクリーンに砂時計のアイコンが映り、やがて消えた。

 次の瞬間、虚空から突如として現れた白刃が隊員の首を掻っ切っていた。

 たちまち白刃が溶けるように消える。

 別の場所で再び、見えない刺突が繰り返された。

 不可視の相手に一方的に蹂躙される。ランク戦は始終その調子だった。。

 ガロプラの2人は驚愕を隠せずにいた。

「隊長、アフトはこんなトリガー報告してきませんでしたね」

「確かにこれはまずいな。トリオン探知だけで(さば)ききれるとも思えん。一番厄介かもしれんな」

「これは対策すればそんなに脅威じゃない」

 岬が断言すると、ガトリンとコスケロは目を丸くした。それから視線で先を促す。

 透明人間相手に決定的な有効手があるっていうのか。

 だとしたら、それはどんな手段だ。

 好奇の視線が向けられるのを岬は感じていたが、得意げになって解決策を披露しようという気にはなれなかった。

 自分は裏切り者なのだ。

 とっくの昔に手段は択ばないと誓っていたが、それでも躊躇はある。

 岬はおずおずと説明を開始した。

「あれは『カメレオン』っていう光学迷彩トリガーなんだけど、光屈折型や空間歪曲型じゃなくて投影型だから穴は結構多い。おっしゃる通りトリオン探知に映るし、何より熱観測で捉えられる。ちょっと僕の視覚をスクリーンに出力しますね。クーちゃん、熱観測」

「了解、ご主人」

 キーを数回叩くと、スクリーンに遠赤外線で作られた世界が映し出された。2人の男の体温が感知され、赤からオレンジのグラデーションでそれが画面に表示される。

 おおっ、何だこれは、とどよめきが生まれた。

「クーちゃん、合成視覚」

 岬が頼むとすぐに、7色のグラデーションで作られたのっぺりとした世界が遠近感を持つようになった。熱観測だけでは立体感がつかみづらく、それを光学観測と合わせることで、岬は欠点を補っている。

「隊長、これはすごいですね」

「うむ」

 どよめきが歓声に変わっていた。

 悪い気はしない。

 岬は詳細な説明を語りだした。

「この熱観測は可視光線でなく、熱、つまり長波赤外線から遠赤外線を捉えているんです。熱観測視覚の前だと、投影型迷彩は丸裸も同然だし、玄界は冬だから一層有効に使えるはず。あと、スモークを焚いても、砂埃を巻き上げても熱観測ならよく見えると思う。このソフトウェアはトリオン体を少し弄れば組み込める。もちろん僕に任せてもらえれば施術できる」

「そうか、それは助かるな。確認するが、向こうは八宮が敵になっているということを知ってないんだな」

「九分九厘そう」岬の口から希望的観測が出た。

「なら、見えてないふりをしよう。向こうがカモだと思って近づいてきたら、カウンターをお見舞いしてやればいい。これは向こうの誰と対峙する時でもそうだ。こっちが知っていると知られないほうが有利に戦える」

「情報の非対称性ってやつだね」sAIがピンマイクから言った。

 こんな調子で次々と傾向と対策が練られていった。

 個人ランク1位から10位が終わり、次は黒トリガーの対策に移る。

 岬の提供した情報を前にして、ガトリンとコスケロは怒りを露わにした。アフトクラトルが寄越した事前情報が曖昧すぎたのだ。――アフトはこちらを捨て駒として見ているのではないだろうか。疑念は一層強くなる。

 だが、それなりの対策が可能と知れたので、むしろ気分は上々。

 次いで、『副作用』対策が終わり、首尾よくA級部隊の対策が済む。B級部隊はマスタークラスだけで問題はないだろう、と3人の見解が一致した。

 和やかに対策会議は進んだ。会議の終わり際、「今度飲みにいこうじゃないか」とガトリンが誘うほどに和気あいあいといった雰囲気。岬は笑顔で首を縦に振った。

 気づけば部屋の温度とは対照的に、苦味たっぷりのコーヒーはすっかり冷え切っていた。

 若い連中はもうとっくに親睦を済ませているに違いない。

 3人は期待を持って訓練室へと向かった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

「あっ、兄さん」

 訓練室に入ると、聞き慣れた声が迎えてくれた。

「会議お疲れ様です。兄さんもどうですか」

 凪は壁に掛けられたマトリクスを指さしている。手にはマジックを持っているようだ。

「どうですかって、何をやっているの」

「察しがわるいですねえ。この表を見ればすぐに分かるはずですよ」

「あー、なるなる、楽しそうだね。サエグサが強くてちょっとびっくり」

 マトリクスの行と列にはそれぞれの名前が書かれてあり、交点の部分には○か×が記されていた。○と×の印は左上と右下を結ぶ直線に対して、対称である。

 早い話がリーグ戦の表だ。

 今は、凪が凪とレギンデッツの試合の結果を記しているところだった。

 結局、拳で語り合うのが彼らの流儀なのだろう。

 それは凪も岬も経験がある。スノリアの自警団はとにかく好戦的なのだ。兄妹の2人とも、初顔合わせの際、有無を言わさず戦う羽目になった過去がある。≪キオン≫では、戦いが握手の役割を果たしているのかもしれない。

 どうやら≪ガロプラ≫の面々も戦闘訓練は望むところであったらしく、高勝率を収めているラタリコフはしたり顔で椅子に座っていた。

 ただし、一つ協定があったらしい。

 リーグの表の右下に『※相手の国や人格を(おとし)める発言があった場合、無条件で負けとする』と記述がなされていた。

 クラウダとレギンデッツの交点がどちらも×なのは、どうやらこのルールに依るのだろう。

 岬は合点した。

 ガロプラのトリガーも気になるところである。せっかくだし、躰も動かしたい。

 凪への返事はすぐに決まった。

「じゃあ、僕も参加させてもらおうかな」

「コスケロ、お前もやっておけ。いい練習になるはずだ」

「じゃあ、隊長が言うならやらせてもらいましょうかね」

 

 そういうことになった。




ここまで読んでくださってありがとうございます。最近気づいたんですけど、行の幅はパソコンで見るように合わせています。スマホだと変に切れてる場合が多々あると思います。許してください。

私、レギンデッツがお気に入りです。剣竜って毛虫かげじげじに見えませんか。見えないですか、そうですか。気になった方はグーグルサーチをお願いします。
レギンデッツのコマンダー的なポジションって本誌にないので、書いてて楽しかったです。今後とも彼の活躍をみてやってください。

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