トリオンエンジニアリング!!   作:うえうら

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ある意味、青少年が健全に育っていくには適さない描写があります。
≪キオン≫編も残すところこれを含めて3話、お付き合い頂ければ幸いです。
1万2千字と多いです。許してください。


17 個人戦・機能拡張・剣の音色

 キオン祭は初日が一番盛り上がる。二日目は仮想戦闘装置を使っての個人戦だから、いまひとつ迫力に欠けるのだ。そのかわりに、玄人好みの一対一の技量を凝らした戦いになる。それをコロッセウムの大型スクリーンや王都に配信されるパブリックビューで観戦するのだ。総勢80人によるトーナメント形式の連戦であるため、生でやろうものなら――トリオン体の回復があるため――一週間以上かかってしまうだろう。それゆえ仮想戦闘装置を使用するという配慮が取られている。

 エルフェールはパブリックビューで見ることを選ばず、朝早くから会場に足を運んでいた。やはり、大勢の観客との一体感がこの手の催しには欠かせないのだろう。それに加え、選手の顔が生で見られるのも会場に行く利点の一つだ。仮想戦闘空間に接続する前の煽りあいも一つの見どころである、とパンフレットに書いてあるため≪キオン≫の国民性ある程度分かってしまう。

 エルフェールの隣には岬の姿があった。彼女の護衛という役目もあったのだが、『雛鳥急襲作戦』のメンバ選びの意味合いも大きい。そのため、仮想戦場は全て三門市の3Dマップ(データ提供は岬による) で統一されている。久しぶりの三門市を前にしても岬はホームシックの欠片(かけら)も見せなかった。隠密や拉致に適したトリガー使いを選抜しなくてはならいなため、気を抜いている暇はない。

「ねえ、エルから見て昨日の予選はどんな感じだった? 」

「まあ、例年通りって感じですね! 有力7諸侯を中心に、キオンの若手ベスト80が出そろったというところでしょうか」

「ちなみに、エルの一押しは? 」

「ナガラ家の三男坊ですね! 一人で大規模トリガーを扱うんですからロマンの塊ですよ! 」

「なるほど、あ、でも有力7家はなあ……」

「おい八宮。見ろ」岬の左隣に座るリオンが4分割されている大型スクリーンの右下を指さした。「うちのノルンが圧勝したぞ」叔父が息子を自慢するかのような声色であった。

「『魔弾の射手』だっけか? 」どうしてウェーバーなのかとも思ったが、それは口に出さない。

「ああそうだ。ところで、貴様の妹はどうなんだ。ノルンから聞いているぞ、そいつも出場しているのだろう」

「ああ、ほら、あそこ」岬はコロッセウムの西側にかけられたトーナメント表を指さす。「凪ってのがあるでしょ。それが妹の名前」

 リオンは岬の指の先を見てから一度眉を(ひそ)め、深くため息をついた。その後、同情するかのように岬の肩に手を置く。仕草の一つ一つが映画のように芝居がかっていた。

「一戦目からシオン家のアッシュとは運がなかったな。ノルンから聞いていたぞ。スノリアの中で2、3を争う強さだったと。だが、残念だったな。あのアッシュでは相手が悪すぎる」

「あー、凪ちゃんも残念ですねえ。シオン家の第三子が相手では勝てそうにないですね! あー本当に残念です! まことに残念です! 」

 エルフェールは笑顔で残念と連呼する。カフェテラスでの凪との一件以来、彼女の凪への好感度は下限に振り切れており、それが露骨に現れていた。

 エルフェールのそんな口ぶりに胸の当たりに熱く感じるものがあったが、岬はそれを流すことにする。

「シオン家ってトリオン体の機能拡張が得意なんだっけ? 」

「そうだ。特に、アッシュのあれはやばい」

 まるで実際に剣を交えた経験のあるような、実感のこもった口ぶりでリオンが言う。あれがやばいと言われても、予備知識を全く持っていない岬には何がやらであった。どんなふうにやばいの? と先を促す。

「見てれば分かる。この次の次の試合だな」

 リオンのすげない返事に、岬は唇をとがらせた。

「勿体ぶらないでよ。例えば、この前の≪アフトクラトル≫遠征ではどうだったの? 」

「角付きを圧倒していた、とだけ言っておこうか。あの機能拡張は内にも欲しいな」

 そう呟いたリオンの目は、まるで過去を見るように細められていた。

 

 次の次の試合まで、あっと言う間だった。

 観戦していたサエグサの試合が長時間に渡る接戦で、ハラハラしっぱなしの緊張しっぱなしだったからだ。延々とデュースが続く、そんな緊迫感に満ちた試合展開。

 それはツクモ家の分家を破る快挙であった。サエグサの不可視の剣がツクモ分家の遠隔刀を紙一重の差で打ち倒した。観客席の全てが熱狂の渦に包まれている。具体的には、トトカルチョのチケットが乱れ飛んだ。大穴なのだ。

 エルフェールはエルフェールで、これは剣戟部門のベストバウトかもしれません! と騒ぎ立てている。

 乱痴気騒ぎにげんなりした岬は一時お手洗いに退散することを選んでいた。護衛としてどうなんだろうとも思ったが、リオンがいるので問題はないはずだ。

 ハンカチで手を拭きながら戻ると、荒れていたはずの観客席からは嬌声にも似た黄色い声援が響いていた。

「キャー!! アッシュ様ー!! 抱いてー!! 」と言った具合だ。

 ジャニーズがいるわけじゃないんだから、と呆れ交じりの感情でスクリーンを見上げる岬。

 美青年がいた。

 均整のとれた顔立ち。金色の長髪が真っ赤な西洋式軍服との対比でトパーズのように煌めいている。端的に言って西洋風のイケメンであった。

 ただし、()()6()()()()

 左右の肩甲骨あたりから、副腕が2本ずつ。右手の3本はそれぞれ銀色の(サーベル)を握っていた。

 しかもそいつの挙動はビデオの早回しみたいに映った。なびく金色の髪がテールランプの如く残像を残し、振られる剣は銀色の糸を引いた。

 異形を前にして、岬の目は点になる。

「リオン!? あれ何? 」

「トリオン体の機能拡張だ」淡々とリオンは答えた。

「あの阿修羅みたいな腕が? 」

「阿修羅? ともかく副腕は機能拡張によるものだ」

「動きが不自然に速いのも? 」

「そうだ。慣性制御系をいじくっているらしい。重力干渉という噂もある。とにかく機能拡張だ」

「その技術ってやっぱり未公開? 」

「シオン家からは門外不出だろうな」

「なんとかならないの? 」

「家々が争っている現状ではどうにもならん」

 リオンのその返答に岬は深く肩を落とした。

 オープンソース主義陣営に立つ技術者としては、このような勿体ないことを避けなければならない、と忸怩(じくじ)たる思いがある。

 ため息を漏らす岬の肩にぽんと手を置いて、リオンは声をかけた。

「そう肩を落とすな八宮。貴様の妹もそれなりの使い手のようだ。アッシュに負けないくらい速い。というよりも〝視えている″のだろうな」

 少々的外れな励ましであったが、岬は悪くない気分であった。こういうやり取りがあるくらいには、2人の関係は改善されている。無限複製や連続跳躍、キオンの国勢や玄界のトリガー技術、多くの情報を交換する中で親交を深めていたのだ。それとも弟妹(ていまい)スキーとして、同じにおいをかぎ取っていたのかもしれない。類友であった。

 岬が顔を上げてスクリーンを見ると、剣戟の真っ最中。

 凪へと迫る3本の剣。

 一撃目をダッキングで躱し、二撃目を屈み、三撃目を跳んで躱す。

 空中で身動きの利かない凪へ、逆の腕からアッパーカットが迫る。

 その拳を円運動の型でいなす凪。

 少女の左手に拳銃を見た金髪はそれ以上の追撃を諦める。

 三連続の剣戟を凪は無傷で済ませていた。

 そのままグラスホッパーで距離を取る。

 岬がはっきりと見て取れたのは、金髪が振るった二撃目の横薙ぎまで。

 呆然とした声で言う。

「凪ってこんなに強かったけ? 何か変なことやってないよね? 大丈夫かな」

「向こうにも僕がいるから大丈夫だと思うけど」sAIが答えた。

「まあ、そうだと思うけど……。信じるからね」

 どことなく、妹の動きに違和感を覚えるのだ。

 ただ、それを上手に言語化できない。のど元まで答えが出かかっているのだが、すとんと腑に落ちてはくれなかった。 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 時は少し戻り、試合の5分前。

 場所を変え、選手控室。

 石造りの壁に、石造りの床。壁には木製のロッカー。

 簡素な部屋に20人の出場者。控室は4つあるらしく、円形の戦場の各方位の端に設置されていた。設計図さえあれば簡単に作れて、すぐに取り壊せる。トリオン製建築物の利点の一つだ。

 凪は第2控室にいた。

 男女比は8:2ほど。20歳以下の集まりのため顔は若々しいのだが、全てが殺気立っていた。勝てば地位と名誉と金を手にできる。皆トリガーの調整に余念がなく、スレート型のワークステーションの稼働音が重層的響いていた。

 もちろん、凪もスレート――ノートパソコン――で調整中である。

「クーちゃん、昔、偉い人は言いました。負けるたびに強くなれるが、負けたらそれでお終いだ、と」

「なんか矛盾っぽいけど、真理っぽいよね。負けなきゃ得られないこともありそうだしね」

「負けて強くなれるところがトリオン体のいいところですよね。――でも、今回はそういうわけにいきません。何が何でも勝ちますよ」

「何が何でもって言うけど、本当にあれ使うの? 昨日作ったけどさ。だって、凪が泣いて脅すから」

「当然です。兄さんは躰を張って私を守ってくれたんですよ。……鞭に打たれてまで。それを繰り返さないためなら、何だってできます」

 sAIのデータリンクで情報を得たのは兄だけでない。

 凪もsAIから過去の映像を確認し、そして、泣いて後悔した。――私がスノリアで、のほほんとやっている間に、兄さんはこんな責め苦を受けていたのか……。這ってでも王都に向かっていれば良かった。兄さんが……、兄さんが……、私のせいで……。

 sAIは映像を止めようとしたが、凪は私には責任がある、の一点張りで時間の許す限り見続けた。昨夜の嗚咽は、慟哭そのもの。

 慙愧(ざんかい)の念は一つの動画ファイルを生み出した。

 間違って開くことのないように、sAIに管理してもらっている。

「使うのは本当にやばい時だけだからね」

「本当にやばい時はもう手遅れですよ、クーちゃん。必ず兄さんを取り戻します。大会に勝って、王族に進言して、あんな婚約届紛いぶっちぎってやります。もう兄さんとは片時も離れませんから」

 荒い足取りで、木造りのドアへ向かった。

 目の下のクマを除けば、それなりの美少女である凪に声の一つもかからない。≪キオン≫のみんなが腑抜けなわけでなく、近寄り難い雰囲気を放っているのだ。

 ドアの前で、まだかまだかと時を待つ。右足はパタパタと忙しくビートを刻んだ。

 ほどなくして、係員から言い渡された時間を迎えた。

 戦場へと向かうべく、ドアノブに手をかける。ひんやりとした冷たさに、身が少し強張った。

 ノブを回して一歩踏み出す。

 目に映ったのは、円形の戦場であった。

 昨日は金属質の遮蔽物が乱立していたのだが、今日はただ広いだけの殺風景。

 戦場の中央に、4つの仮想戦闘装置がぽつんとある。目を凝らせば、動力源となるコードがうじゃうじゃと気持ち悪い。今は3基が稼働中だ。

 残りの一基へ向け、ゆっくりと歩く。

 反対側からは、見覚えのある金髪。

 げっ、と驚嘆とも嫌悪ともつかない声を凪は漏らした。

 それと対照的に、金髪はフフッと余裕のある笑みを浮かべる。いつでも、マイペースを保つやつである。

「おやおや、これはこれは、以前お会いしましたね」アッシュはいつもの余裕のある笑みを浮かべている。「たしか、スノリアのちんちくりんですね」

 約40cmの身長差にも物おじせずに、凪は毅然と言い返す。

「すぐに吠え面かかせてあげますよ」

「強いと聞いていた割には……」奴はニタァと笑った。「補欠だったようですが」

「残念でしたね、事前の情報が得られなくて」

「それはあなたも同じですよ。予選では手の内を見せませんでしたから」

「へえ、じゃあフェアですか。残念でしたね、負けた時の言い訳が難しそうですよ」

「口が減らないちんちくりんですね」

 アッシュの余裕のある笑みが僅かに歪む。だが、一瞬の内にいつも通りの笑みを張り付けた。動揺を取り繕おうとする表情の変化を見取った凪は、案外大したことないですねえと聞こえるように呟く。これ見よがしにわざとであった。

 アッシュは歯噛みをしたが、すぐに気を持ち直し、フフッと笑う。

「あなたの兄を地下牢にぶっこんだのは私です」

 凪の、理性の糸が音を立てて切れた。

 心が沸騰する。

 何故アッシュは自分にそれを伝えたのか? そんな疑問が心に浮かぶ余裕はなかった。

 問いただそうと足を走らせる。

 あいつは兄さんに償わなくちゃいけない。

 がむしゃらに足を動かした。

 が、すでにアッシュは仮想戦闘装置の中にあった。

 強い舌打ち。

「クーちゃん、電子ドラッグを」

「気を付けてね、常習性があるんだから」

「そんなの後から後悔します」

「じゃあ、ロードするよ……」

 次の瞬間、赤い光が匂った。

 青と緑の光が柔らかい。

 麻薬特有の共感覚(シナスタジア)

 光の筋が色を持つ。風の流れを視覚的に理解できる。

 万華鏡の中にいるみたい。

 その光が感触や音を伴って、脳の奥に突き刺さる。

 吹きすさぶ風が眩しかった。

 甘い味。

 流れる雪の粒が。

 止まって見え。

 観衆の声が。

 一音一音ゆっくりと。

 ――――時間分解能圧縮。

 これも効能の一つ。

 全然悪い気分じゃない。

 最高にハイってやつ!!

 トリガー起動。

 

 戦場は三門市の市街地であったが、凪の心理状態では郷愁の思いにひたることは難しい。彼女は理性的な狂乱状態といってよかった。シールドやエスクードの起動準備もせず――おまけにバッグワームすら羽織らず――ミニマップが示す兄の(かたき)へと一目散に走る。

「凪! 落ち着いて」sAIが叫んだ。「アッシュって奴はきっと狡猾なんだ。だって、わざわざあんなことを言うメリットって無いよ。地の利はこっちにあるんだからじっくり戦ったほうがいい」

 具体的な疑問点を指摘するとともに、sAIが彼女を強く(いさ)める。

 そのおかげか、凪は足を止めてバグワームを装着した。

「まあそうですね。でも、持続時間内に決めましょう。10分くらいでしたっけ。まあ電子ですから、やろうと思えば何回でも打てるんですけどね」

「絶対、もう打たないからね」

「私もその方がいいですよ。脳内麻薬ドバドバが癖になったら大変ですからね」

 深く深呼吸をするが、決して心臓の鼓動は緩まなかった。興奮を理性的にコントロールしている状態。落ち着き払った声で、けれど芯に熱を込めて凪が言う。

「あいつがあんなことを言うメリットは私を動揺させることくらいでしょう。冷静にクールに必ず勝ちますよ。まずはドローンを使います。よろしくお願いしますね」

「OK。操作は任せて、今は2対1とか関係ないからね。絶対勝つよ」

 凪が空に手をかざすとクアッドコプタが飛び立っていった。蒼穹へ向け、矢の勢いで飛翔する。高精細カメラを地上へ向けるため、半ロール。このドローンは岬が試作した偵察用常駐型トリガーだ。常駐型とは便宜上の区別であり、エスクードのように一度出してしまえば、それ以降トリオンの供給が必要のないトリガーのことである。便利であるのだが、一度出してからは細かな調節ができないのが弱点だろう。

「クーちゃん、熱観測で合成視覚、戦闘用視覚支援も。それとドローンの視覚共有」

「了解、凪――――いや、相手は隠密しないみたいだから、熱観測は僕だけがやるね、見にくいでしょ」

「ありがとうございます、気が利きますね――――げっ、何ですかあれは。……いくらイケメンでも腕が6本あるのはご遠慮ですね」

「何か、胡散臭いUMAって感じだね」

「言えてますねクーちゃん。こんなポケモンがいた気がします」

「ご主人がこれをラーンニングして腕を生やさないかちょっと心配かも」

「マニピュレータで動かしているんですかね。それとも腕のように感覚があるのでしょうか。レイジさんのはマニピュレータみたいですけど、あれは生腕っぽいですね」

 一人と一機が目にしたのは6本腕の金髪。

 赤色の洋式軍服をぴっちりと着こなす6本腕は、どこかシュールでB級映画を彷彿させた。

 アッシュは副腕をフルに活用して、突撃銃を3丁装備している。

 よほど火力に自信があるのだろう、三門公園のど真ん中で構えていた。

 それならばと凪はマンションの5階に陣取りイーグレットで狙撃を試みる。

 距離200mの中距離狙撃。彼女の一番得意な距離。

 3Dデータとの統合処理で照準には僅かの狂いもない。

 狙撃の反動でバッグワームと黒髪がふわりと翻る。

 相手が反応できる理由はないように思えたが、アッシュは正六角形のシールドで防いできた。凪とsAIがその芸当に驚愕の声を上げる時間はない。瞬刻後には、狙撃ポイントが銃弾の雨の中にあったからだ。ガン=カタで見切るどころの話ではない。嵐に見まがう銃撃であった。5階がまるごとハチの巣になり、影も形も残らない。

 6本の腕を駆使した、突撃銃の面制圧射撃だった。

「あの腕は飾りじゃないっぽいですね、クーちゃん」

 テレポートで3階へと逃れた凪は嘆息とともにsAIに語りかけた。

「うん、いよいよご主人が腕を生やそうとしないか心配になったよ。――それはともかく、向こうも反応速度がかなりいいみたいだね。イーグレットを防ぐのはなかなか」

「ええ、そうです。遠距離・中距離からの火力勝負は不利なんで接近戦ですね」

「まあ、それが常套手段だろうね」

「ということは、向こうも接近戦慣れてそうですね。私みたいな考えをする人はきっと多いでしょう」

「なんだか、ゲーム理論みたいだね」

 相手の間合いに入るための道筋を凪は頭でシミュレートした。

 地を強く蹴って、行動に移す。

 エスクードを円形の公園に4つ用意。

 そのうちの一つへ距離100のテレポート。

 カチャリとアタッチメントを弄る音を凪は聞いた。

 脳内の窓でドローンの視覚を確認。

 突撃銃の銃口に対戦車砲のように膨らみのある弾頭が装着されていた。本来はイルガー等の大型トリオン兵を相手に使われるものかもしれない。それを3丁もアッシュは構えているのだ。

 トリオンの推進剤が吹き上がり、後方噴射で金髪がなびく。

 弾頭が白い噴煙を引いて飛来。

 3つのエスクードは爆散し、跡形もなく吹き飛んだ。

 エスクードの破片がぶつかったのだろう、公園の水飲み場は中ほどから砕けている。

 ごうごうと吹き上がる水が噴水みたい。

 金髪がしっとりと濡れている。

 水がプリズムとなって虹が生まれた。

 場違いな華やかさであった。

「ちんちくりんの割には運がいいんですね。それともお得意のテレポートですか」

「答える必要はありません。ただし、私が勝ったら兄さんの件は教えてもらいます。いきますよ、クーちゃん」

 鼓動の高鳴りを意識して、

 速く速くと押し上げる。

 心のギアを変える意識。

 時間を刻んで。

 落ちる水滴の一粒一粒がよく見えた。

 物事を離散的に捉え。

 クーちゃんの返事の一音一音がゆっくりと。

 水の跳ねる音が混ざらない。

 聴覚の時間分解能も圧縮されている。

 奴は右手に3本の直剣を形作るらしい。

 コマ送りのように、トリオン粒子が真っすぐに組成されていく。

 銀色がギラリと鋭い。

 一直線に奴の懐へ。

 副腕が振りかぶった。

 腰の動きからいって、たぶん袈裟切り。

 右へ足を滑らせる。

 水が落ちる音。

 風を切る音。

 髪が揺れる音。

 剣の音色。

 はっきりと聞こえる。

 やっぱり袈裟切りか。

 上体を沈め、

 ダッキング。

 たぶん躱せるはず。

 二本目が水平にこちらへ。

 屈みながら、目は三本目を追う。

 そっちはもう少し低い水平横薙ぎ。

 屈んだ反動を利用して跳躍。

 と、同時にスコーピオンを構え。

 球形の雫と、

 鳴る風の間を、

 剣尖(きっさき)が抜けていく。

 惜しい、はずれか。

 まだ、慣れ切っていないのかも。

 相手は空中へ向けアッパーカット。

 くるっと円のように、右手で逸らし左手でいなす。

 右手は拳銃を握った。

 これは牽制の意味。

 相手の右手が光る。

 シールドの用意だろう。

 奴の速度も相当だ。

 無駄打ちはしない。

 グラスホッパーで退避。

 タタンと足が踏んだ。

 風になびく白衣の裾。

 揺れる流しっぱなしの髪。

 銃口を敵に向けながら着地。

 相対距離は20m。

「ちんちくりんにしてはやりますね」アッシュは右に2本、左に2本と剣を持ち直した。「あなたも自己加速装置ですか? 」

「自己加速装置? 何ですかそれは。アッシュって言いましたね、あなた想像以上に馬鹿ですよ。ぺらぺらと種をばらしちゃって」

「どうせあなたは消えるんですから関係ありません」アッシュからは余裕のある笑みは消えていた。

 彼の心理状態を看破しているのだろう、凪はフフッと笑う。蔑むような、煽るような視線が捉えて離さない。

 相手を怒らせて冷静な判断力を削ぐ戦法はディベートや議論でよく用いられることだ。その有効性は冷静な判断の連続を要求する剣戟においても変わらないだろう。意識誘導を得意とする凪は無意識にこれを行っていた。

「話題転換ですか? 馬鹿ですねぇ、あなたがお喋りのお馬鹿さんだってことは変わりませんよ」

「ちんちくりんがッ! 減らず口をッ――! 」

 激昂とともにアッシュが駆ける。

 それを妨ぐべく、20に近いエスクードをアトランダムに展開。

 スパイダーを拳銃にセット。

 第2ラウンドの開始だ。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 アッシュと凪の試合は注目のカードというわけで、その戦闘の様子が音声付きでスクリーン上に流されていた。

「おい、八宮。貴様の妹は怖いものなしだな」蛮勇を前に呆れる表情で、げんなりとリオンは言った。「有力7諸侯の実子に向けてあの言いようは(まず)い」

「仕方ないよ。だって、知らないんだし」

「ミサキ! 知らないで済んだら警察はいらないですよ! あー妹さんもかわいそうですね。六本腕で八つ裂きですよ、そうに決まってます! 」

 語尾のたびに栗色の髪を跳ねさせながら、快活にエルフェールは言う。

「むふふ、私のお小遣いのほとんどをアッシュに賭けているんです。オッズは低いですが、堅いですよ! 」

 彼女は観戦中も、やれっ! そこだっ! 抉れっ! 等と凪への敵意をむき出しにしたままお上品とは言えない野次を飛ばしていた。でも、そんな無邪気なところも彼女のチャームポイントなのかもしれない。そのせいもあってか、王女様のあまりの熱狂ぶりに岬とリオンは彼女を(たしな)められずにいた。今さらこのお姫様に向けて、王女が賭け事をしていいいのか? なんて聞くのは野暮に思えてしまう。

 エルフェールが目を血走らせて試合を見ているため、岬は会話の相手をリオンに絞っていた。

「ねえ、アッシュって奴が勝つと思う? 」

「まあ、そうだな」リオンは腰を深く席に埋め、腕を組んだ。「貴様の妹もそれなりに使えるが、慣性制御機構を備えた多腕型トリオン体には敵わないだろう。アッシュは内乱の頃から活躍していたようだしな」

 真面目腐った表情と声音でリオンは言った。人に気を遣わず、正直に述べるところが彼の美点の一つなのだろう。その端的な口ぶりに他意がないことを実感している岬は、凪に低評価が下されても目くじらを立てはしなかった。

「シオン家のみんなが腕をたくさん生やしているの? 」

「いや、そうでもないな。直接、銃や剣や楯を生やす奴もいる。むしろ、そちらの方が多い。ほら、トリオン体はイメージで動くだろ、腕を生やす方が汎用性に優れるが、動きのイメージをつかむまでが難しいんだ。だから、直接武器を取り付けるやつの方が多い」

「へえ、練習が大変なのね」

「練習というよりも、センスの世界だろうな。慣性制御の方も通常と異なる荷重が働くせいで、そちらに慣れ過ぎてしまうと日常生活が困難になるらしい」

「ふむ、強さを求めるのも大変そうだね」

「そうだよご主人」sAIがチャンスだとばかりに声を跳ねさせ、会話に割って入ってきた。「こんなに大変そうなんだから腕を生やしちゃだめだよ。6本腕のご主人はなんとなく嫌かも」

「でもさ、大変な部分はエンジニアリングで解決できそう。というか、一般性を高めることが技術者の役目というか」

「ご主人…………、技術陶酔症(ユーフォリ・テクニカ)もほどほどにね……」

 

  ◇ ◇ ◇

 

 2人の死力を尽くした戦いは、5分もの長時間に及んでいた。

 戦いが進む中で、戦場である三門市中央公園は戦後跡地と見まがうほどの変わり果てた姿になっていた。アッシュの突撃銃が芝生を鋭く耕し、白銀の直剣がジャングルジムやブランコ等の遊具をスパスパと切断する。切られた遊具の代わりに、エスクードが現代前衛的アートを彷彿させる奇妙な形で乱立していた。エスクードからエスクードを生やすという芸当がこれを可能にしている。そのエスクードすら、アッシュの対大型トリオン兵弾頭の前では紙細工のように瓦解した。

 2本の直剣と3丁の突撃銃で火力押しをするアッシュ。対して凪は、迷路のようにエスクードを展開し、蜘蛛の巣の如くスパイダーを張り巡らせ、アッシュの意識を散らし続けていた。

 神経をすり減らす戦いかたである。

 その戦いかたからも分かるように、真っ向勝負では、10:0でアッシュに分があるだろう。

 だからこそ、アッシュは表情を跳ねさせた。

 それと同時に、(いぶか)しく思う。

 白衣の少女が、スコーピオン片手、拳銃片手に一直線で切り込んできたからだ。頭が地面につくほど低空の姿勢。一切の反撃を恐れない突撃。

 当然、無策とは思えなかった。アッシュは視線を走らせ、周囲に糸がないかを確認する。彼の目に糸は映らなかった。

 だったら――剣戟ならばこちらが有利だ、と合理的な推算をアッシュは行った。副腕をフルに活用して、6本の直剣を手に持って待ち構える。6本を交差させるその構えは、360度、どこにも隙のない剛の迎撃体制であった。

 太刀の間合いに入った瞬間、アッシュが右手2本を振り下ろした。

 剣尖(きっさき)がちょうど触れるギリギリの間合い。

 見切っているのだ。

 通常とは異なる慣性が躰にかかる自己加速術装置をアッシュが使いこなしている証とも言える太刀筋。

 ガラスが割れるような細く高い音。

 密度を増したシールドさえも、アッシュの直剣は圧潰(あっかい)させる。その破砕音であった。

 シールドが稼いだ一瞬間を利用して、凪はさらに距離を詰める。

 その先には、3連続の横薙ぎが待ち構えていた。

 2本でさえも、容易くシールドが破られたのだ。シールドは無駄で、エスクードが間に合う間合いでもない。

 ニヤリと笑みを浮かべるアッシュ。

 加速する剣尖(きっさき)

 ――この剣を防ぐすべはありません。読み切りましたッ!

 一閃。

 アッシュには、確かな手ごたえがあった。

 剣尖(きっさき)からは黒い霧。肉片がこびりついている。

 確かに斬ったのだ。

 戦いの最中にも構わず、思わず高笑いしたくなる。

 (こら)え切れず、フフッと笑みを漏らした。

 アッシュの視界には太腿から切断された凪の右足が映っており、もうもうと黒煙が立ち上っている。――――突然、その右足が爆ぜた。爆音とともに砂塵が巻き上がる。

 ジャリッと砂を噛んだ。

 少し苦い。

「チッ、悪あがきですか」砂を吐き出すべく、唾を吐き捨てる。「ですが、機動力は削ぎましたよ」

 砂埃を吹き飛ばそうと6本の腕を薙ぐ。

 けれど宙に浮かぶ砂は、まるで密閉された室内を泳いでいるかのように、霧散することをしない。

 もう一度大きく腕を振る。「ガンッ」と重い金属音が響いた。

 ちんちくりんが出す『壁』に剣が当たった時の手ごたえと酷似している。

 というか、正にそれだ。

「また壁ですか、すぐに吹き飛ばし――」

 耳に違和感。

 それで、言葉を切った。

 自分の声が遅れて聞こえてくる。そんな気がする。

 ――もしや、反響しているのか?

 頭に浮かぶ疑問を振り払うべく、状況の整理を行う。

 消えない砂埃、周囲の壁、自分の声の反響。

 点と点が繋がり、愕然(がくぜん)と声を上げた。

「――まさかッ!! 」

 これもまた、反響した。

 剣を全力で振るっても、ちんちくりんのおかしな壁には、ヒビを入れるので精いっぱいだ。

 囲いを壊すには、対大型トリオン兵弾頭しかない。

 しかしこれを使えば、自分が爆風に巻き込まれることを避けられない。

 逡巡する。

 振り返ってみれば、迷わずにぶっ放していればよかった。

 当たり前だが、敗因は負けてから決まるものである。

 

 アッシュが予想した、そのまさかであった。

 凪の目の前には、プレハブを一回り小さくしたくらいの立方体が鎮座している。

「捕獲完了ですねクーちゃん。隙間から熱観測を」

 アイビスにバイポッドを立て、朗々(ろうろう)と凪は言った。

「了解、凪。エスクード16枚って大盤振る舞いだね」

「まあ、初見殺しみたいなものですけどね」

 彼女はそういうものの、その狡猾さが光った計略であった。突撃することで相手に剣戟だと意識させ、自分の足を切らせることで意識を逸らし、メテオラの爆音と爆風でエスクートへの認識を逃がす。

 意識誘導(ミスディレクション)がこの計略を成功させたといっても過言ではない。

「サーマルがあると丸見えですねっ! それっもう一発! 」

 アイビスのトリガを引き、座標指定を同じく出現させたイーグレットのトリガをコンマ2秒で引き切る。アイビスとイーグレットの弾速の差を考慮に入れた狙撃であった。

 弾着。

 アイビスがエスクードに風穴を開け、イーグレットの弾丸が真っすぐに突き進む。

 砂埃の中に、首に穴をあけた六本腕が見えた。

 凪は安堵することもせず、一本足で駆け寄る。

 奴には聞きださなきゃいけないことがある。

 だがたどり着く前に、奴のトリオン体が微小な粒子となって弾けた。

 

「あなたですか? 私の兄さんを牢屋にぶち込んだのは」

 仮想空間から現実に戻るや否や、凪はアッシュに詰め寄った。≪キオン≫では仮想戦場から吐き出される際、雪上へ向けて落とされる。特にマットレスの用意がないのは、雪がクッションの役割を果たしているからだろう。それとも仮想戦闘装置があまり使われないため、その用意がないからだろうか。

 受け身が上手くいかず、アッシュは首を抑えながら横になっていた。

 凪はずんずんと歩み寄る。

「ええ? 何とか言ったらどうです? さあ、早く。吐いて、どうぞ、さあ早く、さっさと言ったらどうなんですか」

 胸倉をつかみ、ぶんぶんと揺すった。勢いよく、何度も何度も。

 アッシュの後頭部が雪に打ちつけられるのも気にせず、何度も何度も。

 それでも言わなければ、胸倉でなく首元を掴んで、何度も何度も。

「凪! 気絶してるって」

「おっと、少々やり過ぎてしまいましたか。まあ、兄さんが味わった苦しみに比べるべくもないでしょうけど」

 




『副作用』で時間分解能圧縮を考えていたのですが、やめてしまいました。
理論としては、トリオンが神経伝達物質の役割を果たすというものです。トリオンの非実在性と非局所性(量子力学かよというツッコミがあります) を利用することで、人間の反応限界を超えて認識や行動が可能になるというものです。これはもしかしたら、トリオン体の研究が進めばエンジニアリングで可能になるかもしれませんね。
ただし、思考する部分と躰を動かす部分は脳の使っている部分が全く違うため、よくある思考加速とは異なるものになると思います。
途中から『副作用』を覚醒するのはどうなんだ? という疑問と『副作用』覚醒のために一話使うのもどうなんだ? という不安からこういう形になりました。

ヤク中少女です。脳内麻薬ドバドバ系少女です。スマートドラッグなのでセーフです。
自作した電子薬物を自分に使うことを縛る法律はない、そうなのです。ましてここは玄界でない、ここに彼女を縛る法律は無く、sAIを裁く法もありません。

多腕型トリオン体なんですが、誓って本誌にレイジさんのフルアームズが登場する前に書いていました。wordの作業記録を見れば、これは証明できます。と言ってもスレの方で、かなり正確な予想が出ていました。私はこれを参考にしたみたいです。

※以下はチラシの裏、気になる人なんていないだろう。

「ねえ、凪」

「何ですか、クーちゃん」

「さっきの試合のトリガー構成どうだったの? 」

「え、イーグレットとアイビス、テレポータとエスクード、バグワームとグラスホッパー、スパイダーとメテオラですよ」

「凪……。シールドがないんだけど」

「あ、それはですね、兄さんが緊急脱出の代わりにつけてくれたんですよ。ベイルアウトは本来トリオン体にデフォルトでつくんですけど、ここじゃ意味ないですからね。ベイルアウトもトリガーですから、その枠にシールドをいれてくれたみたいです。ベイルアウトが強制発動しないおかげで、戦闘に回せるトリオンも増えていいことづくめですね」

「なるほどね。トリガーの枠がギリギリだったから、ちょっと気になってたんだ」

「8個しか枠がないのは困りますよね。これといった必殺技のない器用貧乏には不利な仕様ですよ」

「あ、凪。次の相手が決まったみたい。トーナメントだと、対策練れるからいいよね」

「そうですね、次は銃撃手っぽいので、テレポートからの突スナでズドンと仕留めちゃいましょう」

「そうだ、そういえば、ボーダー隊員の能力表ってあったでしょ。上層部がシフト組む時に参考にする表なんだけどさ、凪とご主人ってどう評価されてるのかな」

「それは確かに気になりますねえ、クーちゃん」

「ご主人がデータ持ってるかもね」

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