トリオンエンジニアリング!!   作:うえうら

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許してください。本当に許してください。
今回から三人称です。
一人称は感情移入しやすいから好きなんですけど、私の書きたいものを書くには一人称だと難しいと判断しました。それに、三人称でも地の文にキャラクターの主観を書くことは可能ですしね。よろしければ、お楽しみください。

トリオンやトリガーは私の解釈が多分に盛り込まれています。少なくとも作品内では矛盾が出ないように気を付けます。


12 告白・金の雛鳥

「遅い! 遅い! 遅ーい!! 」

 叫びながら、エルフェールはドアノブを見つめていた。

「せっかくお気に入りのドレスに着替えたのに、遅いじゃないですか! 」

 8:00に岬がやってくると兵士に告げられたとき、彼女の顔色は喜色に包まれていたのだが、今は見る影もない。彼女の頬はぷいと膨らんでいた。

 朝食を運んできた兵士が告げた時間を3分もオーバーしているのに、岬がやってこない。巧遅よりも拙速を求める彼女である。ヒロシゲ号の装備がほとんどないのも、彼女のそんな性格とヒロシゲへの少しの気遣(きづか)いに理由があった。

 エルフェールは枕をベッドに叩きつけて、ストレスを発奮する。誰も見ていないので、お(しと)やかにする必要など皆無(かいむ)であった。

 第三王女という立場上のしがらみがあったとしても、エルフェールは基本的に甘やかされて育ってきたのだ。甘やかされた理由は親バカ国王のせいだけでなく、彼女の生まれ持った才能にも由縁(ゆえん)がある。(したた)かな彼女はそれをちゃっかりと利用し、必要以上に甘えてきた。(ゆえ)に、思い通りにならないことが苦手なのだ。

「遅い! 遅い! 遅いですよーミサキ!! 」

 いつもの美しいソプラノはどこへやら、金切声に近い音程でエルフェールは声を上げる。

 彼女は声を上げながら枕を掴み、腕を弓なりにしならせた。

 放物線ではなく、直線に近い軌道で、ドアへと飛来する枕。

「へ!? 」

 間抜けな声をあげたのはエルフェール。

 ガチャリと外開きのドアが開いたからだ。

 

「手荒い歓迎だね」

 枕を顔に張り付けた男がそう言った。生身ならともかく、トリオン体であるため痛みは皆無であった。

「遅いですよ! ミサキ!! 」

 王都訛り(クイーンズイングリッシュとネイティブくらいの差) の発音で、エルフェールは彼の名前を呼ぶ。すぐさま、ロケットのような勢いで、岬のもとへ跳躍(ちょうやく)した。

 トリオン体でなかったら、岬の躰は後方に吹き飛んでいただろう。エルフェールが怪我をしないように、岬は柔らかく彼女を受け止めた。

 2人の相対距離は枕1枚分。

 エルフェールは岬の顔が自分の枕に埋まった事実を前にして、一瞬だけ顔を赤らめたが、すぐさまぶんぶんと(かぶり)を振った。

「ミサキ! 駆け落ちしましょう。駆け落ちです!! 」

「駆け落ちって……。今度こそ、死刑になっちゃうって」

 ため息を漏らすように、岬は言った。死刑はまったく大げさな話ではない。四日間、拷問にも等しい責め苦を受けた岬は≪キオン≫でなら何をされても文句が言えないと実感していた。

「いいじゃないですかミサキ! 王女と駆け落ちなんて定番ですよ! 」

 玄界から漂流してきた本のいくつかにはそういう内容の書籍や漫画があったのだろう。玄界マニアの父親の影響を受けて育ったエルフェールがそういうシチュエーションに憧れるのも偶然ではない。だが、今のエルフェールの胸中には単なる憧れだけでなく、鬼気迫った想いも存在している。

「駆け落ちって、何が不満なのさ? エルは王女なんでしょ。リオンって人もそんなに悪い人じゃなさそうだよ」

 エルフェールの必死さに気付かないミサキは(さと)すように言葉を並べた。両手でエルフェールの肩をつかみ、自身から引き離す。

 その動作の途中、部屋の様子が目に入った。王女が暮らすには似つかわしくない殺風景な部屋だった。雪のように真っ白な壁紙に包まれた部屋はそれほど広くない。ベッドと机と時計と暖炉と辞書のような本があるだけ。姿見すらない。北側の窓には狭い感覚の鉄格子が取り付けられていた。さすがに格子模様の紙はなかった。

 自分がいた独房とそれほど変わらない部屋の様子を見て、岬は絶句する。

 エルフェールは目ざとく岬の表情の変化に気付いた。

「ね、こういうことですよ、ミサキ」

「エル、この部屋って」

「私には死ぬ自由もないんです……」

 エルフェールは(うつむ)いて、肩を震わせた。普段が自由奔放なだけに、岬の目には余計しおらしく映った。

「死ぬってどういうこと……」

「ミサキを牢から出さないなら自殺してやるって、お父様とお母様を脅してやったんですよ。そしたら、血相を変えたお母様が私をこの部屋にぶっこんだんです! 」

「自殺はよくないって。そんなこと娘に言われたら、どんな親だって心配する」

 岬のこの台詞は玄界でなら正論で通っただろう。≪キオン≫でだって、大半の家庭にあてはまるはずだ。

 だが、エルフェールにはこの台詞がひどく無神経なものに思えたのだろう。

「それは違います!! 」彼女は乱暴に言葉を吐きつけた。「お母様は私の心配なんてしていません! 私の、私の……」

 力なく腕がだらんと垂れ下がる。宿命から逃れられないことを表すみたいに、重力へ従うままその手は引きずられた。

 感情の起伏が激しい王女様を前にして、岬はどのようにすればいいか困惑した。かける言葉も見つからず、ただエルフェールの手を取った。

「ミサキ……」感触を確かめるように、エルフェールは岬の手を握り返した。久しぶりの温もりであった。「これを聞いたら、後戻りはできませんよ。なぜなら、国家機密ですからね! 」そして、ニカリとほほ笑む。

「え、じゃあ、遠慮しとくよ」

「いえいえ、愛し合う2人に隠し事は必要ありません! 」

「いいよ、別に……」

 国家権力がらみのごたごたはもう勘弁だと岬は考えていたのだが、岬の事情を斟酌(しんしゃく)するようすもなく、エルフェールは話を切り出す。

「何で、お父様があんなに急いでいたか分かりますか、岬? 式を2週間後にあげるですって、笑っちゃいますよね! 」

 ――このお姫様は国家機密をペラペラ喋るつもりなのか!?

 岬は外に聞かれてはまずいと思い、ドアを閉めた。部屋を見回して、盗聴器の類がないか確認する。最近のは1㎠にも満たない面積の盗聴器があるため、玄界でこんなことをしても無駄なのだが、≪キオン≫における電子工学の技術水準ならこれで十分だろう。それでも、念のため小声で話すようにとエルフェールにお願いする。

「私に残された時間はそんなに長くないんですよ」こそこそとエルフェールが言った。

「もしかして、ご病気ですか? 」

「いえ、いたって健康ですよ! 」元気よく答える。だが、その顔はすぐに俯いた。「ただ、寿命があるという意味では……」

「それはどういうこと? 」

「『マザートリガー』って知ってますか? ミサキ」

「まあ、多少は……」

 『マザートリガー』、端的に言ってしまえば、星の電池である。ただし、その材料は人間だ。それも、飛び切りトリオン保有量が多い人間。

 ヒュースを尋問(半分は拷問) した際に、この程度のことを岬は聞いていた。特に、≪アフトクラトル≫特有の事情ではないため、ヒュースも白状したのかもしれない。

 でも……、と岬は疑問に思う。エルがテロリストと戦った際、彼女のトリオン量をそれほど多くなかった気がする。よくても平均くらいか、木虎よりは多いだろうけど。

「あ、疑ってますね、ミサキ」

 岬の怪訝(けげん)な表情を見咎(みとが)めたエルフェールはずいと左手を突き出した。人差し指には銀色の指輪がはめられている。えいやと掛け声を(ともな)わせ、彼女はそれを外した。

 外したからと言って、何か雰囲気が変わるわけでもなかった。もしこの場に天羽がいたら、彼女の変化をはっきりと見て取れたかもしれない。

「もしかして、その指輪がリミッターなの」

「リミッターというよりも、欺瞞(ぎまん)装置ですよ。確かめる方法はありませんか? 」

「ちょっと待ってて」

 そうとだけ残して、岬は部屋からでた。玄界のトリガーを自室から持ってきて、再び入室。

「このトリガー使ってみて」岬は白い直方体を手渡した。「それで、メインの方に入ってる『スコーピオン』を」

「メインとやらよく分かりませんが、とりあえずは了解です! 」

『トリガーの起動を確認。新規の素体を確認。素体の測定を完了』

 エルフェールが起動の意思を持つと、電子音声が彼女の耳にだけ届いた。

 淡い光の粒子にエルフェールの躰が包まれる。実際には彼女の躰がトリガーに格納されているのだが、傍目にはこのように映る。

 一瞬間にして、黄色のドレスが白衣の隊服に変貌(へんぼう)した。

「ワオ! お揃いですねミサキ!! お揃いですよ!! 」

 エルフェールはくるっと一回転。その流れに沿って栗色の髪がふわっと広がり、白衣の裾が楽しげに踊った。岬をその軌跡を目で追った。見とれているのかもしれない。

「ムッ……。ご主人、目線が怪しいよ」sAIは声をとがらせた。

「そうだね、気を付けるよ。トリガーにエラーが出ないか心配だったから、ついね」

「そう、ならいいんだ。浮気はダメだからね」

(浮気って……)

 板挟みに胃を痛めつつも、岬は気を持ち直して、スコーピオンを起動させた。質量と体積を持たない、力(エネルギィ) でしかなかったトリオンが化学反応を起こしたみたいに忽然(こつぜん)と実態を持つ。岬の手に握られたのは白光を放つ直剣。

 エルフェールもそれにならって、右手に直剣を形成する。男の子が初めてのおもちゃを手にした時のように、彼女はそれを振るった。岬はエルフェールの無邪気な表情を眺めていた。

「何本まで、増やせる? 」

 そう訊きながら、岬は右手のスコーピオンは3本に増やした。密度を変えずに枝剣(ブランチ・ブレード) できる本数は岬は3本が限界であった。

 トリオンの最大瞬間出力量と最大保有トリオン量は厳密に言えば別物であるが、両者には強い相関がある。簡易的なテストならこれで十分だと岬は考えていた。

「何本でも増やせそうですよ」

 涼しい顔でエルフェールは言う。

 ハイッ! と威勢のいい掛け声。

 瞬刻にして、エルフェールの躰はスコーピオンの集合に包まれた。

「ご、ご主人、ハリネズミみたいだね」

「人間針山地獄でしょ、これは」

 二人の比喩は(多少失礼であったかもしれないが) 的を射たものであった。数えるのもばからしいほどの刀剣の数々。エルフェールのトリオン保有量は雨取千佳を彷彿(ほうふつ)させるに十分であった。

「どうですか? 」エルフェールは得意げな顔を作ってニカッとほほ笑む。ヒマワリのような輝きだった。「信用しましたか、ミサキ! 」

「『マザートリガー』の(けん)は納得した。あと、近寄らないで」

「むっ、それはレディに対して失礼ですよ! 」

「危ない! 刺さる、刺さるって」

 岬は手を前に突き出して、じりじりとにじり寄るエルフェールを遠ざけようとする。

「おっと、これは失礼しました」

 エルフェールはスコーピオンを停止してから、ぺろりと舌を出した。

「これがテヘペロですね! ミサキ!! 」

 岬は苦笑いで返す。これからトリガーにされる少女がこんなにまぶしい笑顔を作れるものなのかと、若干であるが疑問に思った。いやむしろ、自分の将来がわかるから無理にでも明るく振る舞っているのではないだろうか。エルの父が甘いのもそれが原因なのかもしれない。

 岬の脳内で点と点が線になり始めている。それを確認するため、彼は口を開いた。

「それで、いつなの? 」

 “トリガーにされるの”この部分は省略された。明るく振る舞うエルの前だからこそ、形にするのが(はばか)られた。

「私が『マザートリガー』になるときですね。20歳の誕生日ですよ。あと1年もありません! 」

 あっけからんとエルフェールは言った。

 出会った当時であったら、岬は気付かなかっただろう。エルフェールのそれが空元気だということに。

 それだけに、岬は言葉を継げないでいた。

「ミサキ! こんなことを打ち明けた後に言うのは卑怯なんですけど、10ヶ月だけでもいいんです」岬の目をエルフェールの蒼い瞳がまっすぐに見据えた。「私のお婿さんになってください! 」

「エル……」

 沈黙が数秒。部屋の空気は凍り付いたみたいに固まっている。

 岬は答えられずにいた。どういう表情をすればいいかも分からない。ただ、彼女が卑怯だとは思わなかった。

「なに暗い顔をしてるんですかミサキ! 冗談、冗談ですよ!! 」

 沈黙に耐えられず、エルフェールは自身の告白を冗談と偽った。

 それはつらい行為に違いなかった。エルフェールは両の手を躰の後ろへかばっている。それが震えていることを、岬には容易に想像できた。

 エルフェールはこんな嘘で自分を騙せるはずはないと分かっていながらも、無理に偽って無理に明るく振る舞っているのだ。エルフェールも自分が看破していると見抜いているだろう。そこまで理解していながらも、理解しているからこそ、岬は選ぶ言葉を迷っていた。

「さあミサキ! 大切なのは今ですよ!! 暗い顔してたら楽しいことが逃げていきます! 早速、訓練をしまショウ!! 」

 迷いを吹き飛ばす勢いでエルフェールが言葉をつないだ。それは間違いなく、カラッとした涼風であった。

「訓練? 」

「あれ? お父様から聞いてないですか」

 エルフェールは小首を傾げて訊いた。岬は首を横に振ってこたえる。ふむと手を口元にあてるエルフェール。

「そうですか、お父様もうっかりさんですね! 私に似たのかもしれません。キオン祭の成績優秀者と王族がエキシビションマッチをすることになってるんですよ。去年までは、第二お姉様と第三お兄様がやっていたんですけど、二十歳(はたち)を超えられたので、私にお鉢が回ってきたってわけです! 」

「なるほど、ボディガード兼指南役ってわけか」

「ふふっ、玄界の戦い方をしっかり吸収させてもらいますよ! 」

 

 岬はエルフェールに連れられて、お城の地下へ向かった。地下には仮想戦闘空間をエミュレートする装置がある。これは他国から鹵獲(ろかく)したもので、≪キオン≫国内には六つしかない。城内に四つと、有力七諸侯の内、シオン家が二つ、ソリュー家に一つ。(まが)い物の戦闘は戦いじゃねえ、とバーサーカー気味な国民性もあいまって、この装置が増える予定はあまりない。技術もないし、インセンティブも少ないのだ。

 通常、城内の四つのエミュレータは兵士の訓練に使われるが、国王の一声があればどうにでもなるものであった。エキシビションマッチでそれなりの試合をすることは国家の威信にもかかわるので、それを邪険(じゃけん)に思う兵士もいない。

 地下一階は上階よりも幾分暖かいが、沼のように空気が濁っていた。ランプの明かりが少し不気味な雰囲気。

 『仮想戦闘訓練室』と書かれたドアを開けると、会議室くらいの広さの部屋であった。石造りの床に、薄く光る巨大なコンソールとマルチディスプレイのセットが四つ。そこに絶縁ケーブルがうようよと繋げられている。天井に吊るされたランプの淡い光が、うじゃうじゃのケーブルを樹海の(つた)のように見せてくれた。

「なんかパッチワークみたいだね、ご主人」思案気な調子でsAIが言った。

「そうだね、ちぐはぐな感じ」

「技術の歴史がかみ合ってない気がするね」

「中世の日本にトリガー技術がもたらされたらこんな感じになるかな? 」

「それもまたちょっと違う気がするかな」

「それもそうか」

 sAIの問いかけに岬は頷いた。キオン史なるものがあったら是非知りたい。玄界の文化を紹介しているのだから、エルも≪キオン≫の成り立ちを説明してくれたいいのに、とエルフェールへ視線をやりながら岬は思う。

 エルフェールはコンソールの前に立ち、たどたどしく指を動かしていた。エラーを知らせるヴィープ音が一度なる。それが気になって駆け寄る岬。

 コンソールのインターフェースは玄界で見たものと大きな違いはない。同じ人型なのだから、大きな差が生じる必然性はないのだろう。数も論理回路も車輪も増幅素子もこの宇宙では普遍的なのだから。

「ミサキ! フィールドは雪原でいいですね? 」

「エキシビションマッチも雪原なの? 」

「そうですよ! では、転送!! 」

 岬の返事も聞かずに、エルフェールは勢いよく腕をしならせる。

 タッターン! と軽やかな音を鳴らし、彼女の指がエンターキィを叩いた。

 




ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
感想やアドバイスを頂けると、とんで喜びます。どしどし募集中です。
三人称は視点人物を固定するのがコツだと思っているんですが、とっちらかってしまいました。

アドバイスや批判を頂けると喜びます。一人称に直したほうがいいと言われたら、そうできる覚悟と所存です。
ただ、大規模な戦闘シーンを書いてみたいので、三人称に挑戦した所存です。

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