トリオンエンジニアリング!!   作:うえうら

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皆様お久しぶりです。
とりあえず、5万字ほど書きました。ルビふりがあるため、5日に1回のペースで更新します。7万字くらいまで進むと、好ましくない形で原作と合流する予定です。

お久しぶりですので、三行あらすじ。
 sAIの助けで地下牢を脱出した岬。
 国王に自分の無罪を認めさせることにも成功した。
 だが、凪の身の安全と引き換えに、エルフェールの護衛を言い渡されてしまう。


11 剣聖・技術交換

 姿見に映る僕の背中には、赤黒い蚯蚓腫(みみずば)れが縦横に走っていた。蚯蚓腫れでは済まず、皮膚が避け、赤い肉が見えてしまう部分すらある。鞭は存外非人道的な武器だと僕はため息をついた。当然、シャワーを浴びようとは思わなかった。

 玄界から持ってきた救急箱から、包帯と消毒液を取り出す。マキロンの殺菌成分が傷口に沁みて、目から火花が飛び出るほど痛い。

「ご主人、大丈夫? 」ヘッドセットから、心配げなクーちゃんの声。「背中と肩がひどいことになっているね。ごめんね、僕がもう少し早く助けられたらよかったのに」

「クーちゃんが謝ることじゃない」僕は小さく首を振った。「むしろ、もっと誇ってもいいんだよ。クーちゃんがいなかったら、僕はきっと死んでいたし」

「ううん、それでもごめんね。それに、ドローンも全部壊しちゃったし」

「ドローンも設備があれば直せるから、そんなに落ち込まないほうがいいよ」(なだ)めるように僕は言う。

「うん、それでも……」

 クーちゃんの声の調子は低いまま。

 思えば、この4日間、クーちゃんもほとんど一人ぼっちだったのではないだろうか。不安に思うのも無理はないだろう。

「ところでさ」話題を変えようと、僕は話し出す。「どうして、≪キオン≫は同性愛がOUTなんだろうね」

「理由は色々とあると思うよ。出稼ぎが主要産業らしいから出生率を気にしているのかもしれないし、王政だから気まぐれな国王が気の向くままに制定したのかもしれないし、もしかしたら、敵性文化かもしれない。でもね、ご主人が地下牢に入れられたのは、たぶんそれだけが理由じゃないと思う」

「そうだね」僕は頷く。「エルにつくお邪魔虫だったかもしれないし、荷馬車ロータリィを襲った一団の黒幕による腹いせかもしれないし、眼鏡の側近が言ったみたいに≪アフトクラトル≫の間者と思われたかもしれない。」

「まあ、蝶の楯(ランビリス)を使っちゃったもんね。疑われるのも仕方ないか。……でも、僕は嬉しかったよ。そこまでして、あのリオンって人に勝ちたかったんでしょ。だって、サエグサとかクラウダにも使わなかったんだもんね」

 クーちゃんの台詞は暗に自分のために、僕が蝶の楯を起動したと言っているようなものだ。おそらく、それは半分だけ正解。リオンに謝罪させたかったのが僕の本音だと思う。もちろん、蝶の楯を使ったら(まず)いなんてことは頭から消えていた。ヒュースの聴覚ログをクラックした僕は、≪アフトクラトル≫が≪キオン≫に遠征したことを知っていたはずなのに。それだけ、リオンの行動が頭に来ていたのだろう。

「蝶の楯のせいで捕まったのなら、今度からはもっと冷静にならないとね」

 クーちゃんはそうだねと、軽く返事をした。

 僕はそれを聞き流して、洋装風の正装に着替える。その恰好は先日のダンスパーティとほとんど一緒。

 エルの父親(国王) に指定された時間の10分前に着くように、僕は部屋を出た。赤いカーペットが敷かれた渡り廊下を革靴で歩く。結露(けつろ)のある窓枠から城下の様子を見下ろす。街は先日よりも活気に満ちていた。トリガー使いの大会が近いらしいので、きっとそれの影響だろう。目をこらしてみると、広告を吊り下げたバルーンや縁日みたいな出店が並んでいた。噴水広場の(あた)りが一番(にぎ)わっているように見える。きっと、あそこが商業区の中心なのだろう。

 国王から指定された場所は北側の棟だった。今いる棟が南側なので、僕は若干不思議に思った。雪国だからこそ、南側が王女様に与えられるべきなのではないか、と。

「ご主人、ちょっとおかしいね」クーちゃんが問いかける。「この前エルは、このフロア全てが私の部屋ですって言ってたよね」

 クーちゃんも国王から指定された場所に疑問を抱いているようだ。

「そういえば、そうだったね」僕は首を縦に振った。「僕が地下牢にいた間、エルに何かあったりした? 」小首を傾げて訊く。

「うん。一度だけ、刺客がエルフェールを襲ったらしいよ。そのときは、兵士が刺客をやっつけたんだけどね」

「じゃあ、それのせいなんじゃない」

「そうだね、そっちの部屋の方が警備しやすいのかもね。でも……」

「でもって? 」

「いや、何でもないよ、ご主人」

「え、本当に? クーちゃん」

 言い終わった直後、ドン、と肩に衝撃を覚える。

 渡り廊下の終端。つまり、曲がり角でのことだった。

「すみません。ちょっとよそ見していました。ごめんなさい」

 反射的に謝罪の言葉を並べ立てる僕。

「なっ!? 貴様は!! 」

 聞き覚えのある声だった。熟練した将校のように威圧感のある声音から、リオンだと予想。

 僕は、謝る際に下げていた顔を起こす。

 予想通り、目の前に立っていたのは爽やか系短髪美青年だった。ただし、その顔は敵意に満ちている。

「牢に入っていたはずだ! さては脱獄か? 」リオンの右手は帯刀された直剣の(つか)へ伸びていた。「いいだろう、すぐに叩き切ってくれる」

 リオンは鋭い双眸さらに尖らせて、僕を睨んだ。

 僕は真っ直ぐに射返した。

「違う。脱獄じゃない」顔の前で手を横に振る。「国王陛下から許可を頂いている」

「そうか」リオンは首を小さく縦に振る。「国王陛下なら玄界人に甘いのも分かる」

「僕が捕まったのはあんたのせい? 」

 今度はこちらが訊く番だと言わんばかりに、詰問(きつもん)調で僕は問いかけた。もし、この問いにリオンが首を縦に振ろうものなら、今すぐにでもトリガーを起動させて、ズダボロにする用意がある。それくらい、あの地下牢の件は僕の心身にダメージを与えていた。

「キリン家に誓って、卑怯な真似はしない」

 端的にリオンは答えた。彼の手は直剣の鞘からすでに離れている。

「僕に負けて、かっとなったんじゃないの? 」

「ちょっと、ご主人!? 」ヘッドセットからクーちゃんの慌てた声。「何で、(あお)ってるのさ」

「こいつはまだクーちゃんに謝ってないから」

 襟に着けたピンマイクがギリギリ拾えるくらいの声量で答えた。この答えも間違いなく本心であるのだが、仕返しをしたくて煽った、などと答えるのは恥ずかしかったのでこちらを選んだのだ。

 リオンの右手の位置は直剣の柄に巻き戻っていた。

「あの時、俺は本気を出せなかったからな。やろうと思えばいつでも殺せる奴に負けたからと言って、口惜(くや)しいなんてことはない。有力七諸侯の跡取(あとと)り達の前で、自らの技の種を見せるわけにもいかないからな」

 吐き捨てるようにリオンは言った。落ち着きのある怜悧(れいり)な表情からは、それが決して強がりでないことが(うかが)える。彼は左手の白手袋をゆっくりと外した。それはおそらく決闘の合図だろう。もう後には引けない。

 高まる鼓動が加速するにまかせて、僕は煽るための台詞を口にする。

「負け犬の遠吠えにしか聞こえない」

「なんなら、今、貴様を斬って証明してもいい」リオンは白手袋を勢いよく投げつけた。「2秒もかからん。叩き切るぞ! 」

「また、地面に()(つくば)らせてあげる」

「後で、ほえ面をかくなよ」リオンはこれ見よがしに、左手につけられた指輪を外す。

「這い蹲ったままクーちゃんに()びろ」

 まさに売り言葉に買い言葉といった調子であった。

 

 コンマ1秒で、僕とリオンはトリオン体に換装。

 黒い洋式軍服をなびかせて、リオンは直剣を右手に取る。突きを意識した構えはフェンシングのそれに近く、膝は緩く曲げられている。右手の直剣は無駄の一切を排した直線的なフォルム。

 廊下というフィールドの都合上、剣は振り回すより、突く方が幾分使いやすいだろう。

 前回と異なって、リオンの左手に十字楯はなく、フリーになっていた。

 大方、テレポートを仕組んでいるのだろうと僕は予想を立てる。 

 こちらの周囲には、蝶の楯による無数の金属片が浮かんでいる。電磁気力に導かれた金属片は、離散、集合を繰り返し、数十の小楯を組成した。

 両の手で握った弧月は顔の前横一文字。

 白光を放つ刀身の向かい側に、リオンの姿。

 リオンはそれが合図だと言わんばかりに、直剣の鞘を宙に放り投げた。

 鞘が地に落ちるときに、戦いは始まる。

 弧を描いて半回転。

 くるくると一回転。

 位置エネルギィが減少し二回転

 カキン、と金属質の音。

 それと同時に、リオンの姿が消えた。

 背後に気配を感じる前に、僕は前方20mへテレポート。蝶の楯の金属片を半分だけその場に残してきた。

 案の定、リオンは数瞬前まで僕がいた場所へテレポート。

「クーちゃん! 」僕は言う。

「わかってる、ご主人」

 残してきた金属片が鋭い円錐に組成変形される。

 異極に働く引力を利用して、リオンへ殺到。

 瞬間、リオンの姿が消える。

 背中の方に気配。

 弧月をOFF。後方にシールドを展開。

 正確さよりも、速度を意識。

 直後、ガラスが割れるような破砕音。

 金属と金属の衝突が発する甲高い音。

 閃光にも似た火花。

 ピリッとした痛み。

 首筋を(かす)めたのはリオンの直剣。

 シールドと蝶の楯が()らしたのだ。

 僕は、右足を軸に、半回転。

 振り向きざま、横薙ぎに弧月。

 だが、刀身は空を切った。

 リオンの姿がない。

「後ろだ」

 奴の声。

 背後からだ。

 空気を凍てつかせる、威圧感を含む声音だった。

 僕はテレポート。

 まずは逃げなきゃ。

 座標指定は目視。

 距離は大体10m。

 幸い、最初の“跳躍”が20mだったので、インターバルは1秒弱。

 ギリギリ、跳ぶことに成功。

 敵を確認しようと首を振る。

 だが、リオンの姿がない。

「だから、後ろだ」

 声。

 また背後から。

 僕は振り向こうとしたけど、できなかった。

「遅い」

 冷え切った声とともに、氷柱(つらら)みたいに冷たい刃が僕の首筋に触れていた。

 すこしでも僕の首が動いたら、氷が溶けるみたいに滑らかに切れるだろう。

 凍土のように重く、空気まで凍えさせる気配が、背後から(にじ)み出す。

「降参」

 そう呟いて、僕は弧月を鞘にしまい、両の手を上に向ける。

 それを確認したリオンは直剣を鞘にしまった。

 僕が彼を負かした際、僕は割と酷いことをしたのに、彼はやり返してこなかった。リオンは僕よりもきっと大人だ。

 圧倒的に負けたのだが、不思議と悔しさを覚えなかった。レベルが違いすぎるせいだろう。

 この感覚は、アフトクラトル襲撃の際、白髪をオールバックに撫で付けた老人と対峙した時のものと酷似している。

 無制限にテレポートが使えるとしたら、はっきりいってお手上げだ。

「何で、連続跳躍を前の時に使わなかったの? 」

「種がばれたら(まず)いからだ。それと、貴様が弾を出しすぎて、テレポートする場所がなかったのもある」

「見ればわかるものなの? 」僕は小首を傾げて訊いた。

「そういう『副作用(サイドエフェクト)』がある。例えば、トリオンの性質が色で見えたり、トリオンの流れが見えたり、思考が読めたり、過去が見えたり、分解能が尋常でなかったり」

 リオンは指折り数えながら、いくつかの『副作用』を列挙した。

 僕は相槌を打ちながら聞いていた。クーちゃんのドローンを踏みつけたはずのリオンが、それほど敵対的でなくなっているため、すこし驚いてもいる。単に、汚名返上をできて気が良くなっているだけのなのかもしれない。

「やけに色々教えてくれるね」

「貴様の進言のおかげでエルフェール殿下が救われているからな」

「ああ、なるほど」僕は頷いた。「エルフェール殿下が狙われるのは何で? 」

「ありすぎて数え切れんな」

 ため息を吐くようにリオンは言った。

 数え切れんと言うのはどういうことだろうか。自分で聞いてなんだが、彼女が第三王女というだけで十分ではないか。身代金を要求してもいいし、国家転覆を狙ったっていい。

 取り留めもないことを考えている僕を、リオンは値踏みするように見下してきた。

「フッ、貴様は何も知らないようだな」

「知らないままでいい。もうごたごたに巻き込まれるのはたくさんだよ」

「そうだ、あまり深く関わるな。王宮は色々と面倒だぞ」

 どこか自嘲気味にリオンは肩を竦めた。彼は俳優みたいにハンサムだから、映画のワンシーンみたいで、ちょっと面白い。だから僕は思わずくすっと笑ったんだ。そしたらリオンは目を尖らせてこちらを睨むものだから、僕はやっぱりこいつが好きじゃない。

 国王から言い渡された時間が気になった僕はそれじゃあとだけ残して、リオンと別れる。

 その間際、

「おい、貴様、あの弾を大量に展開する技を教えろ」

 投げるようにリオンが言った。

「何で? 」僕はきょとんと返事をする。

「力はいくつあっても無駄にならない。弟と家を守らなければならないからな」

「条件は3つ」僕は3本の指を立てた。「1つ僕の名前は八宮岬、1つクーちゃんに謝ること、1つ連続テレポートを僕に教えてほしい」

「済まなかったな、AIのクーちゃんとやら」迷いなく、リオンは流麗(りゅうれい)な所作で頭を下げた。「それと、蝶の楯(ランビリンス)の扱いは見事だった。称賛に値する」

 クーちゃんは自分の存在がばれていたことに驚きの声をあげた。

「何で、sAI(補助人工知能) が動かしているって分かったの? 」

 だから、かわりに僕が訊いた。

「蝶の楯を生身の人間が扱うの無理だ。拷問にかけられた≪アフトクラトル≫のトリガー使いから、そう聞き出している。それに玄界は電子工学が進んでいるようだからな」

「リオンって実は頭いい? 」

「当たり前だ。キリン家の長子だからな。さあ、約束は守ってもらうぞ八宮」

 リオンは手のひらをずいと僕に向けた。それはたぶん、情報をよこせっていうジェスチャだろう。

「分かった。じゃあ今日の夜、26:00くらいにまたこの場所でね。無限複製を教えてもいいけど、理解できるとは限らないよ。というか、僕に教えてもいいの? その連続跳躍を」

「貴様に使いこなせるとは思っていない」リオンは首を横に振る。その所作がとても気障(キザ)っぽくて、やっぱり映画みたい。「貴様がキリン家に害をなすとは思えんからな。どうせ、すぐにここからいなくなるんだろ」

「うん、今すぐにでも逃げたいよ」僕は自嘲気味に呟いた。

「その技術を置いていくなら、今すぐにでも消えてかまわん」

 リオンはそう言い残して去って行った。その雄々しい背中が一族の長という立場の重みを物語っている。

 僕は踵を返して、エルが待っているであろう部屋へ向かった。

 リオンにエルの警護があると言わなかったのは、彼が逆上するのを避けるためだ。僕は彼の背中に向けて、あかんべーをお見舞いした。

 




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私のアイデアに共鳴して受け入れるものがあっても、私のアイデアが減るわけではない。それは私のロウソクから火をもらう者があっても、私のロウソクが減らないのと同じである。――――トーマス・ジェファーソン
アイザック・マクファーソン宛の書簡より

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